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隼樹「欲望のままに生きたっていいじゃない。だって人間だもの」
第四話:掃除と改革とNOZOKI
 ナンバーズとの通信機能が付いた、携帯電話のアラームが鳴る。充電器はスカリエッティが用意してくれたので、バッテリー切れの心配はない。
 隼樹は掛け布団の中でモゾモゾと動き、手を伸ばして携帯電話を掴む。携帯電話を開いてボタンを押して、アラームを止めた。掛け布団の中から出て、頭をぽりぽりと掻き、眠い目を擦る。欠伸をした後、ベッドから降りて背伸びをする。
 午前5時。塚本隼樹の朝は早い。ナンバーズの料理を作るので、彼の朝起きる時間が早くなったのだ。パジャマを脱いで、黒いズボンと白いワイシャツを着て、洗顔と髭剃りを行う。ちなみに彼が使っている電動髭剃りも、スカリエッティが作ってくれた物だ。
 顔を洗ってスッキリした所で、彼は台所へ向かった。台所に着くと、エプロンという戦闘服を着用する。冷蔵庫から食材を取り出して、目の前に並べた。
 料理という名の死闘が始まる。


*


 朝食の時間になり、ナンバーズの面面が食堂に集まってきた。

「おはよう」
「おはよう」
「おはようっス」

 隼樹と挨拶を交わして、ナンバーズは席に着く。
 相変わらず、スカリエッティとウーノの姿はない。また研究室にいるみたいだ。
 朝食のメニューは、ご飯に味噌汁、アジの開きだ。ちなみに、この世界にアジがあると知って、隼樹は少し驚いた。アジってどこの世界にもあるんだなぁ、と思った。

「いただきます」

 全員が席に着いて、声を揃えて朝食が始まった。
 箸を手に取って、次々と口の中にオカズを入れていくナンバーズ。

「ん〜。相変わらず隼樹の料理の味は微妙っスね〜」
「微妙だね〜」

 ウェンディとセインが、食べながら感想を言った。
 二人の感想を聞いて、隼樹は頭を抱えて叫んだ。

「オー、シット!」
「何故、英語?」

 と、チンクが静かにツッコんだ。


*


 食事を終えて、食器洗いを済ませた隼樹は、トイレにいた。バケツやモップ等の掃除道具を持って、これからトイレ掃除にかかる所だ。

「トイレ掃除かぁ。懐かしいな」

 中学時代のトイレ掃除の時を思い出しながら、隼樹はトイレ掃除を始めた。
 隼樹が此処にきて驚いた事の一つは、トイレが“女子トイレ”しかない事である。いや、一応男子トイレもあるが、それはスカリエッティの研究室に一つしかない。隼樹が来る前は、アジトにいる男はスカリエッティ一人だけ。基本、研究室から出る事がないので、男子トイレは研究室にしかないのだ。以前、そうとは知らずに隼樹は慌てて女子トイレに入ってしまった事があった。しかも運が悪いことに、武闘派のトーレ、ノーヴェの二人と鉢合わせしてしまい、

「この変態野郎!!!」

 と怒鳴られ、ボッコボコにされてしまった。

「あの時は、マジ死ぬかと思ったね」

 過去の事故を思い出して、隼樹はうんうんと頷く。
 ちなみに彼が今、掃除をしているのは女子トイレ。ちゃんと入口の前に、『掃除中』と書かれてあるプレートを置いてあるので、誰かが入ってくる心配はない。

「よーし。終わり」

 トイレ掃除を終えて、隼樹は掃除道具の片付けを始める。
 ふと片付けをしていた隼樹の手が止まった。隼樹の視線の先にあるのは、何の変哲もない普通のバケツ。
 隼樹は、ジーッとバケツを見つめる。

「……久々にやってみるか」

 何かを思いついて、隼樹は空のバケツを手に取った。


*


「あれ?まだ掃除終わってないみたいっスね」
「何トロトロやってんだよ、アイツ」

 トイレの入口に立っているのは、ウェンディとノーヴェだ。

「しょうがない。別のトイレに行くっスよ」
「ったく」

 二人が踵を返して、移動しようとした時だった。

「うおおおおおお!!」

 突然、トイレの中から隼樹の大声が聞こえてきた。
 二人は足を止めて、トイレに向き直った。

「これ……隼樹の声っスよね?」
「……アイツ何やってんだ?」

 中の様子が気になって、二人は『掃除中』のプレートをどかして中に入った。
 中を覗いてみて、二人は目を丸くした。

「ヤッベ、超〜楽しい!!」

 そこには、テンションを高くして片手でバケツをグルグル回している隼樹の姿があった。普段、あまりテンションが高くない彼が、これほどハイテンションになっているのは珍しい。

「隼樹……何やってるんスか?」
「あっ、ウェンディ、ノーヴェ」

 二人に気付いた隼樹は、バケツ回しを止めた。額から汗を流して、少し息を切らしている。
 少し呆れた様子で、ノーヴェも尋ねた。

「お前、何やってんだよ?」
「コレ?コレはアレだよ。遠心力でバケツの中の水がこぼれない、という遊び」

 中身に水が入ってるバケツを示して、隼樹が言った。

「くだらねー」
「いやいや、コレが結構楽しいんだよ。中学の時よく掃除の時間にやったな〜」
「いや、真面目に掃除やれよ!」
「ノーヴェもやる?」

 と言って、持っているバケツをノーヴェに差し出す。

「やらねーよ。何であたしがそんな事……」
「一回だけでいいから」
「やらねー」
「一回だけ!」
「やらねぇ!」

 ──数分後。

「遠心力パワァァァァ!!」

 ノーヴェが楽しそうに、水が入ってるバケツを回している。

「おおっ!ノーヴェ凄いっス!」
「俺より回転の勢いがスゲー」

 二人は、バケツ回しをしているノーヴェを見て、それぞれ感動と驚きの声を出す。
 すると、ノーヴェの目付きが変わり、

「リバース!!」

 叫んだと同時に、前に回していた腕を、後ろ回しに切り替えた。

「な……何ぃ!?リバースだとォォォ!!?」

 回転を切り替えたノーヴェを見て、隼樹は目を見開いて驚愕した。

「ば……馬鹿な!アレやろうと思っても、恐くてなかなか出来ないんだぞ!それを一回目で成功させるとは……ノーヴェ、恐ろしい娘……!」

 この日からノーヴェは、バケツ回しの達人となった。


*


 昼食の時間。
 全員が食堂に集まって、昼食を食べている。昼食の内容は、手作り料理ではなく、パン。みんな、それぞれ好きなパンを取って食べている。
 パンを食べながら、隼樹は“ある物”を待っていた。
 そして、みんなが昼食を食べ終わったと同時に、それがやってきた。

「隼樹さん」
「ウーノさん!」

 珍しく食堂にウーノがやってきて、隼樹が席を立ち上がる。ナンバーズは、ウーノの姿を見て少し意外そうな顔をした。
 ウーノは両手に袋を持っていて、それを隼樹に手渡した。

「頼まれた物を買ってきました」
「ありがとうございます。それと、すみません。ウーノさんに、こんな事頼んで……」
「いいえ、気にしないでください。ちょうど時間が空いてましたから」

 ウーノは微笑んで、隼樹に返事をした。

「それじゃあ、私はこれで」
「はい。ありがとうございました」

 ウーノは食堂から去り、隼樹は受け取った袋の中身を見る。

「隼樹。それは何だ?ウーノに何を頼んだんだ?」

 チンクが隼樹に尋ねる。
 すると隼樹は、答える代わりに袋の中にある物を取り出して、ナンバーズに見せた。

「服?」

 隼樹が持っている物を見て、トーレが呟いた。
 隼樹が持っている物は、女性用の服だった。

「ウーノさんに頼んで、街の洋服屋で買ってきてもらいました。女性専門の店に入る勇気は、俺にはなかったので……」
「それは誰が着るんだ?」
「決まってるじゃないですか。ナンバーズのみんなだよ」
「えっ!?」

 隼樹の言葉を聞いた瞬間、ナンバーズが驚きの声を上げた。

「ぶっちゃけ、ずっとそのスーツ姿でいられると……ムラム……とにかく俺が落ち着かないから、ここにある服を着てください」

 食器を片付けて、テーブルの上に服を出して並べる。

「へぇ〜、色んな服があるんスね」
「……うん」

 ウェンディとディエチが、興味津々に服を見る。他のナンバーズも、近づいて服を見る。
 ただ一人、トーレだけは座ったまま動かない。

「ふん。くだらん」
「いや、そう言わないで、トーレも見てみてくださいよ」
「断る。大体、何故そんな物を着なければならない?」
「だから……そのスーツ姿は、俺にとっては、ちょっと刺激が……」
「そんな事、我々の知った事ではない!」

 トーレは、服を着るどころか見ようともしない。
 そんなトーレに、必死に説得を試みる隼樹。

「絶対似合いますから!」
「ええい!くどい!」

 トーレが声を荒げる。
 そこへセインが助け船を出してくれた。

「まぁまぁ。この服、わざわざウーノ姉が買ってきてくれたんでしょ?だったら着てあげようよ」

 ウーノの名前を出すと、トーレは少し考え込んだ。

「トーレ……」

 懇願するように、隼樹がトーレの名を呼ぶ。

「ああ、もう!わかった!着ればいいんだろ?着れば!」

 半場ヤケクソ気味に、トーレは服を着る事を了承した。
 これいいっスね。何かヒラヒラしてるぞ?露出度が高い。下着もあるぞ。デザインや色が違うな。こんな感じで、ナンバーズは服を手に取って見ていく。
 こうして見ると普通の女の子だな、と隼樹は思った。

「あっ、そうだ」

 隼樹は、ウーノから渡されたもう一つの袋を開けた。

「チンク」
「ん?」

 隼樹に呼ばれ、チンクは顔を向けた。

「実は、チンクには特別な服を用意してあるんだ」
「特別な服?」

 チンクは首を傾げる。

「これだ!」

 隼樹は袋の中から、勢いよくソレを取り出した。

「!!」

 ソレを見て、チンクは驚愕して目を見開いた。

 隼樹が取り出した服は、白と黒をベースにしたシンプルな配色で、スカートや袖口、首周り等に花びらのようなヒラヒラとした、白いフリルが付いている。胸元には、白いリボンが飾ってある。
 あちこちをフリルで着飾った衣裳──ゴシックロリータファッション。通称・ゴスロリである。
 ゴスロリ服を見た瞬間、

「おお〜!」

 とナンバーズが驚きの声を上げた。

「な……な……!」

 チンクは顔を真っ赤にして、ゴスロリ服を見ている。

「お願いだ、チンク!コレを着てくれ!」
「こ……断る!!」

 真っ赤な顔をブンブン横に振って、チンクは断る。

「お願いします!」
「よ……止せ、やめろ!こ……こんな服……私には似合わん!」
「そんな事ない!絶対似合うから!」

 トーレの時と違い、強気な感じでチンクを説得する隼樹。まるで自分の中にある全てを賭けているような、そんな気迫だ。
 チンクは助けを求めて、姉妹達に目を向ける。が、姉妹達は助けてくれない。むしろ楽しそうな表情で、チンクと隼樹のやり取りを見ている。

「お願いします!一生のお願いです!!」

 とうとう土下座までして、チンクに頼み込んだ。どんだけ、チンクのゴスロリ姿が見たいんだ?
 そして隼樹の土下座に、とうとうチンクが折れた。

「……わ……わかった。それを着よう」

 顔を伏せて、弱々しい声でチンクが言った。

「ありがとうございます!!」

 隼樹は嬉しさのあまり、頭を床に思いっきりぶつけてしまった。
 だが今回は、ゴスロリ服は着なかった。ゴスロリ服を着たチンクを見るのは、また次の機会に。


*


 あっという間に時間は過ぎて、夜となった。
 隼樹の微妙な夕食を済ませ、ナンバーズは洗浄のために風呂場にいた。脱衣所でスーツを脱ぎ、タオルを持って、風呂場に入る。
 そして、風呂場に近寄る黒い影があった。塚本隼樹である。彼の目的は、お分かりでしょう。そう、“のぞき”である。
 のぞきを『NOZOKI』って書くと、何かカッコよくない?あ、カッコよくない。そうですか、すいません。
 話を元に戻そう。隼樹は今、ナンバーズの入浴をのぞこうとしているのだ。美人揃いの入浴を、のぞかない手はない。今まで、ナンバーズのボディラインがハッキリと見えるスーツ姿を見てムラムラし、何度襲おうと思った事か。ナンバーズの高い戦闘能力や、自分の中にある理性がブレーキとなって抑えていたが、それも限界がきた。
 ──そりゃ、のぞきたくなりますよ。だってあんなに美人が揃ってるんだよ?ここでのぞかなかったら、男じゃないよ。ナンバーズのボン、キュッ、ボーンな裸が見たい!チンクのスラッとした裸が見たい!
 脱衣所まで入り、音を立てないように、静かに風呂場のドアの前に歩み寄る。ドアの前で、ゴクリと唾を飲み込む。
 このドアの向こうに……桃源郷が。
 ドアに手をかけて、ゆっくりと開ける。小さく開かれたドアの隙間から、風呂場をのぞく。

「!!」

 のぞいた瞬間、隼樹は目を見開いた。そこは、まさしく桃源郷。写メを撮りたい気持ちを抑えながら、ナンバーズの裸を目に焼き付ける。
 その時だった。

「何してるんですか、隼樹さん?」

 後ろから声をかけられた。
 隼樹は、ビクリッと体を大きく震わせた。顔が青ざめ、額から汗を流し、油の切れたロボットのようにゆっくりと後ろを振り返る。
 そこには、ウーノが立っていた。

「もしかして、のぞきですか?」

 氷のような冷たい眼差しで、隼樹に聞く。

「ち……違うんです、ウーノさん!俺……」

 そこで隼樹は、ハッとなる。背後から、凄まじい殺気を感じるのだ。
 恐る恐る後ろを振り返る隼樹。
 そこにはタオルで体を隠して、殺気のオーラを放つナンバーズがいた。全員が鬼のような形相で、隼樹を睨みつける。
 前にはウーノ、後ろにはナンバーズ。隼樹の逃げ場は完全に失われた。

「……オー、シット」

 そう呟いた直後、ノーヴェとトーレの鉄拳が隼樹の顔面にめり込んだ。

「こぉのドスケベ野郎ォォォォォ!!!」

 ノーヴェの怒声を合図に、ナンバーズの一斉攻撃が始まった。

「ちょっ……死ぬ……!ぎゃあああああああああ!!!」


 隼樹の断末魔が、アジト中に響き渡った。
 その頃、スカリエッティは研究室で、ニヤニヤと笑いながら、隼樹がボコボコにされている映像を見ていた。
隼樹「えっ!?ナンバーズって他にもいるの!?」


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