隼樹「あのさぁ、俺、本当に魔法覚えないの?」
赤夜叉「覚えないよ」
隼樹「手から気功波の類は?」
赤夜叉「出るわけないじゃん」
隼樹「マジで!?ってか戦闘に巻き込まれたら、俺勝ち目なくね?生存率ゼロじゃね?」
赤夜叉「こんな弱っちぃ主人公がいても、いいんじゃないでしょうか?」
隼樹「よくねぇ!!」
赤夜叉「では主人公も納得したところで、本編をどうぞ」
隼樹「いや、納得してねェェェェェ!!」
第三話:微妙
やはり何とかしなければ、と塚本隼樹は思うのだった。
朝食を食べ終え、隼樹は台所で食器洗いをしていた。洗剤を使い、スポンジで擦って泡立て、食器洗いをしながら、今朝の食事の内容を思い出す。予想はしていたが、やはり朝食もキャロリーメイトだった。ナンバーズの皆は、何の問題もなく食べていた。これから三食ずっとキャロリーメイトだけかと考えるとゾッとする。誰も料理を作れないとはいえ、この現状はあまりにも酷すぎる。
隼樹も今は大丈夫かもしれないが、同じ物ばかり食していけば、いずれ『飽き』がくる。と言うか、もうすぐそこまできている。水で洗い流して、食器を揃えて置いていく。
仮に、正義の味方になりたいと頑張っている、ある高校生がナンバーズの食事を見たら、どう思うだろう。おそらく納得しないだろう。『神や仏が許しても、この俺が許さん!』とか言いそうだ。
せめて普通の食事がしたい、と隼樹は思った。同時に食器洗いを終えて、濡れている手をタオルで拭いた。
すると、ディエチが台所にやってきた。隼樹が洗ったのとは別の新しいコップを持って、水を入れようとする。ふと隼樹の顔を見る。何やら神妙な顔で、何か悩んでいるようだ。
ちょっと気になったので、声をかけてみる事にした。
「どうしたの?何か悩み事?」
「ディエチ」
隼樹は、ちょっと驚いた様子でディエチを見た。
どうやら悩みに没頭して、ディエチに気付いていなかったようだ。
「何か悩みがあるなら、あたしでよければ相談に乗るよ?」
あたしがそう言うと、隼樹は顎に手を当てて考え出した。
数秒考えた後、隼樹はディエチに顔を向けた。
「ディエチ。貴女は今の食事に満足してますか?」
「え?」
聞かれて、あたしは少し考えた。
「栄養補給できれば問題ないから、満足してるしてないなんて考えた事ない」
「やっぱり……」
あたしの答えを聞くと、隼樹は溜め息をついた。
彼は食事に、何か不満でもあるのだろうか?
「ディエチ。悪いけど、俺は今の食事に納得できない。満足できない。と言うか、食事とは呼べない」
あたしは黙って、隼樹の話を聞いている。彼は、とても真剣な表情をしていた。
「あれでは、ただの三時のオヤツだ。あんな食事、俺と某正義の味方になりたいが許さん」
隼樹は拳を握って言う。
「改革が必要だ」
「改革?」
ディエチは首を傾げた。
構わず隼樹は続ける。
「食事という根本的なところから、ナンバーズは変わらなきゃいけない。そう、食事革命だァ!!」
驚いてるディエチの横で、隼樹は食事革命に燃えていた。
*
「買物に行きたい?」
「はい」
と話すのは、スカリエッティと隼樹であった。
場所は、スカリエッティの研究室。台所で食事革命を決意した隼樹は、スカリエッティに買物に行く許可を貰いにきたのだ。
事情を聞くとスカリエッティは、うんうんと数回頷いた。
「つまり、今の食事が気に入らないと。そういう事だね?」
「はい。て言うか、アレ食事じゃないでしょう?ただの三時のオヤツですよ」
「栄養は十分入っているのだがね」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
困惑しながらも、隼樹は食い下がる。今後の食生活が懸かっているのだ。
ウーノは、そんな二人のやり取りを静かに見守っている。
「ふむ。まぁ、止める理由もないからね。キミの好きにしたまえ」
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
頭を下げて、スカリエッティに礼を言った。
だが、まだ安心はできない。他にも課題はあるのだ。
「それで、あの……俺この世界のお金、持ってないので……」
「なに、お金は私が出そう」
「ありがとうございます」
一つ目の課題クリア。
さて次だ。
「それと、もう一つ」
「何かね?」
「俺、この世界の文字が解らないので……誰か一緒に連れて行ってもいいですか?」
そう、文字が読めない。
一応、言葉は通じているが、文字の読み書きは出来ないのだ。やはり文字が読めないと何かと不便なので、読める人が一緒にいてくれると心強い。
ふむ、と少し考えてから、スカリエッティはウーノに顔を向けた。
「ウーノ。キミが一緒に行ってくれるかい?」
「私ですか?」
突然の指名に、ウーノは少し驚く。
「こっちの方は、もうすぐ終わるからね。私一人でも問題はないよ」
「わかりました」
ウーノは頷いて答えた。
──計画通り!
二人に気付かれないように、隼樹は邪悪な薄笑みを浮かべた。
文字が読めないから、誰か一緒に来てほしい。この理由に嘘はない。だが、この理由は隼樹の“もう一つの目的”を達成するための布石でもあった。
ナンバーズとデートがしたい──。
今回の買物には、そんな下心があるのだ。
本当なら本人の前で、面と向かって誘いたいのだか、あいにく隼樹にそんな勇気はない。要するに、彼は『ヘタレ』なのだ。
という訳で、今回の買物にナンバーズの誰かを付き合わせて、デート的な事をしたいなぁと考えたのである。
「それじゃあ行きましょうか、隼樹さん」
「は、はい」
若干緊張して、隼樹は返事をした
*
街まで結構な距離があるらしく、転移魔法というのを使って『クラナガン』という街に移動した。大きなビルが立ち並び、隼樹がいた世界よりも文明が進んでいる。
「車は空飛ばないんだ」
「?」
車が空を飛ぶことをひそかに期待していた隼樹は、少しガッカリした。
まぁそんな事は置いといて、スーパーを目指して二人は歩き始めた。
やはり大きな街だけあって、人の数も多い。そんな中で、隼樹は緊張していた。女性と二人で街を歩くなど、元の世界では経験した事がないからだ。
「ところで、隼樹さんは料理をするのですか?」
「え?えーっと……中学の時の家庭科で作って以来、料理はしてません」
「そうですか」
隼樹は食事革命を決意した時、自分に料理の経験が殆どない事を忘れていた。
「すいません。こんなド素人で……」
「いいえ。頑張ってくださいね。応援してますから」
ウーノは優しく微笑んだ。
「ウーノさん……」
なんて優しい微笑みをするんだ、ウーノさん。ウーノさん大好きです。
ウーノの微笑みに見惚れて、危うく目的を忘れそうになった。
街の中を歩いていくと、色んな店が目に入ってくる。
ふと隼樹は、途中で違和感を感じた。違和感の正体を見つけようと、キョロキョロと周りを見る。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
隼樹は首を傾げる。
何かが足りない。全てにおいて、俺がいた世界よりも発展しているハズなのだが、この街には何かが足りない。結局、何が足りないのかわからないまま、隼樹はウーノと共にスーパーの中に入った。
買物籠を手に取り、食材の前へと移動する。ウーノに食材の名前と種類を教えてもらい、籠の中に入れていく。
「これで全部ですか?」
「あ、すみません。あと一つだけ」
言って、隼樹は目的の食材を探す。
店内を歩き、目的の食材らしき物を見つけた。
「ウーノさん。コレ卵ですか?」
「はい、そうですよ」
隼樹が探していた食材──それは卵だった。
卵が六個入ってるパックを、幾つか籠の中に入れてレジに向かう。
その途中で、隼樹はウーノにある事を聞きたくなった。
ウーノさんの好きな男性のタイプは?
今なら、スカリエッティも他のナンバーズもいない。聞け。聞くんだ隼樹。
「あ、あの……!」
「はい。何ですか?」
声をかけられて、ウーノが隼樹に顔を向ける。
目が合った途端、隼樹はドキッとした。
「う、ウーノさんは……どんな……どんな料理が好きですか?」
そうじゃないだろ!と心中で自分に毒づく。
するとウーノは、顎に人差し指を当てて考える。
「そうですねぇ。料理を食べた事がないので、よくわかりません。ですから、隼樹さんがどんな料理を作るのか楽しみです」
ニッコリ笑って、隼樹に答えた。
ああ、なんて良い笑顔なんだ。写メ撮りたい。
会計を済ませて、二人はスーパーから出た。だが、買物はこれで終わりではない。
次に二人は、本屋に向かった。ここで料理の本を買うのだ。料理本を買って、今度こそ本日の買物は終了。
そういえば漫画雑誌の発売日、今日だったなぁ。本屋を出ながら、隼樹はそう思った。
それと同時に、街に来てからの違和感の正体に気付いた。
「ああっ!」
「ど、どうしたんですか?」
いきなり隣で大声を上げられ、ウーノは驚いた。
「やっとわかった!この街に足りない物……!」
「足りない物?」
「はい。この街には『コンビニ』が無いんです!俺いつもソコで、好きな漫画雑誌を買ってるんで」
そう。隼樹が感じていた違和感。それは、街にコンビニが無い事だった。
「勿体ないなぁ。こんなに文明が発展してるのに、何でコンビニという便利な物がないんだ?」
「?」
コンビニを知らないウーノは、よくわからず首を傾げる。
買物を済ませた二人は、人気の無い所まで移動して、また転移魔法を使ってアジトに帰った。
*
買物から帰ってきた隼樹は、ウーノに礼を言った後、食材の入った袋を両手に台所へ向かった。
台所へ着くと、とりあえず食材を冷蔵庫の中にしまっていく。誰も料理を作らないのに、何故冷蔵庫があるのだろう?という疑問が思い浮かんだが、
「まっ、いいか」
と、深くは考えなかった。
それから黒いスーツを脱いで、腕まくりをしてエプロンを着け、必要な食材と料理本を用意する。
さて、いよいよ調理開始だ。
「おっと、手を洗わなきゃな」
石鹸で手を洗う。
料理なんて久しぶりなので、少し緊張してきた。
「隼樹。帰ってたんだ」
「おっ、何何?隼樹、料理するの?」
今度こそ調理開始、という時にディエチとセインが台所にやってきた。
「ただいま。うん。これから料理するんだ」
「へぇ」
「隼樹、エプロン姿似合わないね〜」
セインの言葉に、隼樹はむっとなる。
自分でも、似合ってるとは思ってないよ。まぁ、なにはともあれ調理開始だ。米炊いたり、色々やることはあるけど、まぁ頑張ってみますか。
*
料理とは格闘技だ。
俺は今、この言葉を痛感している。料理ド素人とは言え、こちらには料理本という武器があるのだ、という考えが甘かった。経験が浅く、技が未熟すぎる。料理本を見ながらでは、動きがぎこちない。くっ、自分の腕の未熟さに何度歯噛みした事か──。
しかし、それでも何とか料理は作れた。死闘の末に完成した料理は、俺の好物──卵焼きだ。
「おお〜」
料理が完成すると、後ろで様子を眺めていたディエチとセインが、パチパチと拍手をする。
あっ、ちょっと嬉しい。
二人の拍手を受けて、隼樹は少し照れた。
「んじゃ、ちょっと食べてみようかな」
味見をするために、箸で摘んで、一口食べる。
その瞬間、隼樹は目を見開いた。箸を持つ手が震える。
「こ……これは……!」
「ど……どうしたの?」
「ねぇ、どんな味なの?」
困惑してる隼樹に、ディエチとセインが声をかけた。
隼樹は困惑の表情のまま、首を傾げる。
「ん〜……び……微妙だ」
「え?」
二人はポカンとなる。
「あの、美味しくはないんだけど……マズくもない。中途半端な……微妙な味……」
正直、リアクションに困る味だ。
「隼樹。あたしも一口いい?」
「あたしも、あたしも〜」
少し逡巡して、隼樹は二人に卵焼きを一口分ずつ差し出す。
卵焼きを受け取った二人は、パクッと口の中に入れると、モグモグと咀嚼して、飲み込んだ。
「ど……どうすか?」
ゴクリ、と唾を飲み込む隼樹。
すると、ディエチとセインは互いに顔を見合わせて、気まずい表情になる。そして気まずい表情のまま、隼樹に顔を向ける。
「微妙」
二人の声が重なった。
その瞬間、隼樹はガクッと肩を落とした。
*
昼食。
ナンバーズが食堂に集まる。テーブルに近づき、皿の上にある卵焼きを見て、ナンバーズは怪訝な顔をした。
「コレは何だ?誰が作った?」
卵焼きを睨むように見ながら、トーレが尋ねた。
すると、おずおずと隼樹が手を挙げる。
「……卵焼きです。一応、俺が作りました」
ナンバーズの視線が、隼樹に向けられた。
「お前が作ったのか!?」
ノーヴェが驚いた顔で聞いた。
「まぁ……うん……」
「へぇ〜。隼樹、料理作れたんスか?」
「ほう。隼樹の手料理か」
チンクも隼樹の料理に興味を持つ。
みんな席に着いて、手前に置かれてる箸を見る。
「コレは何だ?」
「箸です」
「どうやって使うのかしらぁ?」
ああ、そうか。ナンバーズは、今まで箸を使った事がないんだった。すっかり忘れていた。
「それはですね……」
隼樹が、箸の使い方をナンバーズに教える。
数分の箸講座を終えて、ナンバーズの皆は箸が使えるようになった。
「よーし。じゃあ早速──」
「ちょっと待った!」
「何だよ!?」
箸を伸ばして卵焼きを食べようとしたノーヴェを、隼樹が制した。
「食事を始めるのは、『いただきます』って言ってからだ」
「何だよ、ソレ?」
「まぁ、挨拶みたいなもの?食事に対する感謝の気持ちも込めて」
「そうなのか?」
「そうなんです。あっ、ちなみに食べ終わったら『ごちそうさま』だから」
「ふむ、なるほど。それじゃあ隼樹の言う通りにするか」
チンクがそう言うと、他のみんなも同意した。
「いただきます」
全員が声を揃えて、食事が始まった。
ナンバーズの箸が卵焼きに伸びる。箸で摘んで、卵焼きを口の中に入れて食べた。
「ど……どうすか?」
隼樹が緊張した様子で、みんなに聞いた。
ナンバーズが困惑の表情を浮かべると、声を揃えて言った。
「微妙」
言われた瞬間、隼樹は撃沈した。
び……微妙という言葉が、これほど人の心を傷つけるとは……。もう、いっそ『マズイ』と言ってください。そっちの方が、まだマシだ。
落ち込みながら、隼樹は卵焼きを一口食べる。
「うーん……微妙」
〜おまけ〜
スカリエッティとウーノは、研究室で隼樹が作った卵焼きを食べていた。
「微妙だね」
「微妙ですね」
+注意+
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