サード「『ナンバーズ〜魔法が使えない男リベンジ!〜』始まるわよ。って、今回私の出番無いの!?」
No.10 独りって寂しいじゃないか
ドゥーエとの同居生活三日目。
初日のお仕置きから何とか生き延びた俺とサードは、部屋でグッタリとしている。もう何にもやる気が起きなくて、ベッドの上で横になって、ボーッと天井を眺めてるだけだ。
ドゥーエのお仕置きは、そりゃ凄かった。殺されなかっただけマシだけど、なかなか辛かったな。あの日から、もう夜は下手に部屋から出ないようにした。また風呂上がりのドゥーエと遭遇して、お仕置きされるのはちょっとキツい。もう少しソフトなら、まあ、一方的に責められるのも悪くないかな、と思ってしまう俺って危ないかもな。
戻ってこい、普通の俺。
しかし、暇だな。ドゥーエは本局に出勤していて、部屋には居ない。脅威が去った事で、気が抜けて疲れた心を休めるけど、暇でもあるんだよな。
ああ、何か小腹も空いたな。ドゥーエからは、お腹が空いたら好きに食べていいって言われてるから、お言葉に甘えるとするか。
ベッドから体を起こして、俺は部屋を出る。サードは、ベッドで寝たままだ。
起こさないように静かにリビングに出た俺は、台所に向かった。あちこち棚を開けて、食パンを見つけた。他の所も探してみたけど、残念な事に何も無かった。ドゥーエは、家ではあんまり食べないのかね? 多分、本局の食堂とかで済ませてるんだろうな。まあ、いいや。
冷蔵庫の中を開けて、バターかジャムが無いか探す。だが残念な事に、バターやジャムは中身が空だった。買い替えようよ。ガッカリする俺は、何か代わりの物は無いか冷蔵庫の中を見回した。すると、ある物に目が止まった。ソレは、卵だった。
「卵と食パン……」
確か、この二つで何か作れたような気がする。んで、俺の好物でもあったような気がするんだよな。
う〜ん、と唸りながら考えた。
ふと俺は思い出す。
「ああ、そうだ。フレンチトーストだ」
アレ、甘くて美味いんだよね。昼飯の時に、よく食べたな。
「んじゃ、フレンチトーストにしてみっか」
そうと決まれば、早速作りますか。
でも、フレンチトーストって卵と食パンだけじゃないよな。確か、他にも砂糖と牛乳が必要だった気がする。さすがに、卵だけじゃあそこまで甘い味にならないからな。まず冷蔵庫で、牛乳を発見した。
俺は再び台所の棚を開けて、今度は砂糖を探す。下の段の棚を開けて、並ぶ調味料の中に砂糖を見つけた。
これで材料は揃った。
ふと思ったんだが、ドゥーエって料理するのか? 今日までの飯も全部レトルトだったけど、じゃあココにある調味料の意味は何? う〜ん、解らん。まあ、いいや。考えるのも面倒だし、それより早くフレンチトースト作って食べたいし。
そんな訳で、俺はフレンチトースト作りを始めた。ちゃんと手は洗ったからね?
まずは確か、卵と砂糖と牛乳を混ぜるんだったな。アレ? どれぐらい混ぜればいいんだっけ? 実際に作った事無いから、細かい過程が解らん。まあ、何とかなるっしょ。しばらくかき混ぜた後で、食パンを一切れボウルの中に入れた。裏表をかき混ぜた卵に浸して、フライパンに乗せる。火を点けて、浸した食パンを焼く。おおっ、段々良い匂いがしてきたぞ。お母さんが作ってくれたヤツと、似てる気がする。おっと、そろそろひっくり返してみるかな。フライ返しを使って、食パンをひっくり返した。
おおっ! 黄色い表面に、焦げ目の付いた食パン! コレだよ、コレ! コレが、フレンチトーストだ!
久しぶりの料理に、テンションが上がる。料理をするなんて、中学の時の家庭科の授業以来だ。両面焼き終え、食パンを用意してた皿に移す。
焼き立てで、白い湯気を上らせてる。フレンチトーストの出来上がりだ。初めてにしては、なかなかの出来じゃないかと思う。ヤベッ、口の中に涎が溜まってきた。俺は猫舌だから、もうちっと冷ましたらいただくとしますか。
そう思いながら、リビングのテーブルに皿を移した時だった。
ガチャ、バタン。
ドアを開閉する音が聞こえて、俺は動きが止まった。音は玄関の方から聞こえてきた。俺は、恐る恐る玄関に続く廊下に振り返った。
「ちょっと時間が空いたので戻ってきたんですが、何か良い匂いがしますね」
リビングの入り口に、制服姿のドゥーエが立ってた。
おお、神よ。俺が一体何をしました?
美人なドゥーエだが、悪いが俺には鋭い鎌を携えた死神にしか見えない。だって、ドゥーエはスパイであると同時に暗殺者でもあるからね。凡人の俺を殺るなんて、赤子の手を捻るように簡単だろうよ。
恐ろしい想像を膨らませる俺に近付き、ドゥーエはテーブル上の皿に目を向けた。皿には、出来立てのフレンチトーストがある。
「コレは、何と言う料理ですか?」
「えっと、フレンチトーストって言います。俺の世界にある料理です」
そうですか、とドゥーエはフレンチトーストに視線を注いだままでいる。ミッドチルダにフレンチトーストが無いからか、興味を抱いたようだ。
するとドゥーエは、俺に顔を向けて要求してきた。
「一口食べてもいいですか?」
「え、ええ、勿論。あっ、まだ熱いので気を付けて下さい」
ダメです、なんて断れる訳ないでしょ。その瞬間に八つ裂きにされちゃうよ、俺。
「では、一口」
右手を伸ばして、フレンチトーストを掴んで口に運ぶ。熱いのも構わず、一口食べ、咀嚼する。
この時、俺は物凄く緊張してた。まだ味見をしてないから、もし不味くてドゥーエの機嫌を損ねたら、俺は殺されると不安になってたのだ。
「ど、どうですか……?」
心臓をドキドキさせながら、俺は味を尋ねた。ミスったら、打ち首獄門だ。って、江戸時代か!
心中でツッコミつつ、俺は緊張した面でドゥーエの反応を伺う。
咀嚼を終え、ドゥーエは飲み込んだ。
「甘過ぎますね」
「えっ!?」
ドゥーエの感想を聞いた瞬間、俺の表情は凍り付いた。
──さ、砂糖の量を間違えたかァァァァァ!? ヤベー、ミスったァァァ! ここ、殺されるゥゥゥゥゥ!
人生終わった、と俺は絶望した。
しかし、続くドゥーエの言葉は、俺の予想とは全く違った答えだった。
「ですが、美味しかったです」
「え……?」
続く意外な感想を耳にして、俺は半ば呆然となった。
ドゥーエが、顔をこっちに向けた。笑ってる顔には前のような妖艶さや怖さが無く、何て言うか、普通の微笑みだった。
「隼樹さん。もし良ければ、今夜も作ってくれませんか? 疲れた時には、甘い物が一番と聞きますから」
「え? あっ、はい」
思わず返事をしちゃったが、どうやら死亡フラグは回避出来たようだ。
安心した俺は、小さく息を吐いた。今ほど生きてる、と実感した事はない。緊張の糸が解けていって、体中の力が一気に抜けていった。
そんな俺を見て、ドゥーエがクスクスと笑った。
「隼樹さんは、本当に可愛いわね」
「は?」
ドゥーエの言葉に、俺は怪訝な顔になる。
可愛い? 俺が? 顔はイケメンじゃないし、体つきだってそんな立派でもない、俺が可愛い? 意味解らん。
俺が疑問に思ってると、ドゥーエが続けた。
「反応が一々正直なのよ、貴方。私がフレンチトーストを食べていたら、味の感想が気になってソワソワしていたり、今さっきも安堵して体の力が抜けたり、見ていて飽きないわ」
それは『可愛い』と言うより『面白い』では? なんてツッコミは口が裂けても言えないので、胸の内にしまっておく。
「嘘やごまかすのが下手な正直者で、可愛いと言う事ですよ」
俺の心を読んだように、ドゥーエが言った。
「それに、追い詰められて怯える様子も可愛かったわ」
アンタ、ドSですからね。俺の反応見て、楽しむのも納得ですよ。
まあ、何にせよ一つ解った。現段階では、ドゥーエは俺達を殺す気は無いって事だ。とりあえず、邪魔者とは思ってないみたいだから、命の危険は格段に減ったと考えていいだろう。それに、最初は凶器を使った脅しにビビって怖い人って印象だったけど、意外とドゥーエ良い人かもしれない。サディストだけど。
ドゥーエに対する印象が、俺の中で変わってきた。
「あっ、そろそろ戻らないといけませんね」
時計に目を向けて、ドゥーエは玄関に向かう。途中で足を止めて、見送りに来た俺に振り返った。
「それじゃあ、今夜楽しみにしてますから」
「は、はい」
「もし、美味しくなかったら覚悟しておいて下さいね?」
「え゛っ!?」
ドゥーエの顔が、微笑みから悪魔のような笑みに変わった。
「そう、その反応よ! それじゃあ行ってきます」
「い、行ってらっしゃい」
苦笑いで見送る俺を背に、ドゥーエは部屋を出ていった。
どうやら俺は、邪魔者ではなく、イジメ甲斐のある獲物と定められたようだ。命の危険は減ったが、危ない事に変わりはない。もし料理をしくったら、ドSなドゥーエからどんな罰を受ける事になるか解らない。前みたいな、エッチ系のヤツなら、まあ、いいかな。誤解の無いように言っとくが、俺は決して鞭でぶっ叩かれたり、蝋燭で炙られて感じるマゾではない。実際、そんな事はされなかったし、嫌だし。
エッチ系なら悪くはないけど、やっぱ女に一方的に責められるのって格好悪いよな。男の尊厳の為にも、美味いフレンチトーストを作らねば!
俺は決意を固め、フレンチトーストの特訓を始める事にした。
*
「行ってきます、か」
廊下を歩く私は、さっき部屋を出る時に言った言葉を呟いた。
長い潜入任務で、あんな事を言ったのは今日が初めてでした。それも、姉妹でも何でもない赤の他人に、です。外見はパッとしませんし、頭も良くありませんし、何より臆病者です。良いところなんて、無しに等しい人間です。任務の邪魔になるだけ、としか思ってませんでした。
ですが、意外と面白くて可愛いところがありました。弄り甲斐があって、さっきも出掛ける時についつい意地悪な事を言ってしまいました。
本当に、楽しいと思ってしまいました。
彼等と一緒に居るのも、悪くないと思ってしまいました。
二人を私の身内と認めてしまった、かもしれません。
そんな事を考えてる私の足取りは、自然と軽くなっていた。
色々考えるのは、また今度にしましょう。
「今夜が楽しみだわ」
さっきの甘過ぎまるフレンチトーストの味を思い出しながら、私はマンションを出た。
家に帰るのが楽しみ、と思ったのも今日が初めてでした。
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