チンク「『ナンバーズ〜魔法が使えない男リベンジ!〜』始まるぞ。今回は私の視点で話が進むが、よろしく頼む」
No.7 子守りと小さな変化
私は、ナンバーズのNo.5のチンクだ。
ドクターの命令で私は、ある日突然アジトに現れた塚本隼樹と言う男の世話役を任された。当初の目的は『監視』だったのだが、今では純粋に世話役になっている。監視目的が無くなった理由は、隼樹と言う男が警戒する必要の無い人物だと判断されたからだ。
私個人の意見は、『グータラ男』だ。本人には悪いが、コレが私の抱いた感想だ。
基本的に隼樹は、自分から何か行動を起こすような人間ではない。何も無ければ、殆ど部屋に引きこもっている。最近では、トーレとの訓練を週二でやっているが、ソレ以外はやはり部屋に居る。
それから、かなりのネガティブ思考の持ち主だ。常に物事を悪い方向に考え、やってきた最初の頃は「そうだ、死のう」と口に出す程だった。そのネガティブさは、ウーノに心配させる程だ。隼樹の将来を案じたウーノが、「彼のネガティブ思考を、何とか改善出来ないかしら?」と私に相談までしてきた事がある。私も、あのネガティブ思考はどうかと悩んでいるが、なかなか改善策が思い付かない。ノーヴェ逹の教育係の経験はあるが、隼樹はある意味ノーヴェ以上の強敵だ。
そんな隼樹だが、最近では私達と親しくなってきている。最初はぎこちない感じで警戒心もあったが、トーレとは訓練をして、セインやウェンディとは談笑してる姿をたまに見る。相変わらず、クアットロには弄られてるがな。最近では、あのノーヴェも隼樹と親しくなろうと思ってるようだ。口では言ってくれないが、地下騒動の一件以降、ノーヴェは隼樹の事を気にしている様子でな。ただ、ノーヴェはああいう性格だから、気の弱い隼樹は苦手にしてるようだ。
世話役として、私自身も隼樹とは多く接している。私は、隼樹が持っている『漫画』と言う物を読んだが、コレがなかなか面白い。最初は異世界の文字に苦戦したが、理解すれば面白さが解る。隼樹は、こんな面白い物を家に百冊以上あると言う。是非読んでみたいが、帰る事が出来ない現状では諦めるしかない。ギャグやバトルと言ったジャンルが好きなようで、私達に似たようなキャラクターとやらの知識もあるようだ。私達が戦闘機人と知っても、あまり驚かなかったのはコレが理由だったのだ。
隼樹は『グータラ男』だが、決して悪い人間ではない。面白い物を持っていたり、地下騒動では妹であるノーヴェを護ってくれたり、おにぎりと言う隼樹の世界の料理まで作ってくれた。単純な料理だったが、中身に色々な具を入れて、楽しめながら食事をする事が出来た。あんな食事は、おそらく初めてだろう。隼樹が現れた事で、私達の生活は少しずつだが変わってきた。
そんなある日、隼樹と私はドクターに呼ばれた。隼樹は面倒くさそうにダルい足取りで、研究室に向かう。ネガティブ思考もそうだが、このやる気の無さも問題だな。
研究室に着くと、ドクターとウーノ、それに地下騒動で確保した聖王の器の姿もあった。
「やあ、待っていたよ」
「お呼びでしょうか、ドクター?」
「ああ。実は、二人にちょっと頼みたい事があってね」
そう言って、ドクターは視線を移した。
私も視線を追うと、一人の少女の姿を捉えた。机の陰に隠れるように、こちらの様子をうかがうのは地下騒動で確保した例の聖王の器だ。少女を見て、ドクターの頼みごとの内容を察した。
「マテリアルの世話をキミ達に頼みたい」
やはりな。
隣の隼樹を見ると、嫌そうな顔をしていた。声には出さないが、苦笑いでハッキリと気持ちを表している。面倒くさがりな隼樹なら、まあ嫌がるだろうな。だが、同時に『NO』と言えないのが隼樹でもある。嫌な顔こそしたが、結局断る事が出来ずにマテリアルの世話を受けた。
*
ドクターに頼まれ、私達はマテリアルを連れて研究室を出た。
しかし、ソコで事件が発生した。
「うえええええん!」
隼樹の部屋に向かう途中で、マテリアルが泣き出してしまった。教育の経験はあるが、マテリアルのような小さな子の大泣きを止める術を私は知らない。初めての状況に、どうしたらいいか困惑してしまう。
隼樹なら何か方法を知ってるかもと顔を向けるが、手で両耳を塞い喧しそうに顔を歪めていた。
私は溜め息をついて、隼樹に声をかけた。
「隼樹」
「はい?」
「私はこの場面、どう対処すればいいのか分からない。隼樹は泣き止ますやり方を知らないか?」
「知りません」
即答で返された。
「だから嫌だったんですよ~。子供世話なんて、陰湿なイジメ以外の何物でもないですよ~」
「ほう。その口ぶりから察するに、過去に子供の相手をした事があるんだな?」
「あ……」
どうやら墓穴を掘ったようだな。
唸り声を上げる隼樹は、しばらくして諦めたように溜め息をついた。
「分かりましたよ。何とかしてみます……面倒くさいな」
最後のボソリと呟いたが、シッカリ聞こえてるぞ。
さて、隼樹がどうマテリアルを泣き止ますか拝見するか。
隼樹は屈んで、マテリアルと目線を合わせて話しかけた。
「あ~はいはい。ええっと、どうすりゃいいんだっけ……? あ~とりあえず、泣き止もう? ね? お願い。お兄さんのお願い!」
「う……うぅう……ひっく……」
おおっ! マテリアルが泣き止みつつあるぞ!
その調子だ、隼樹! お前なら出来る! 姉が見守ってるぞ!
「えっと……この後どうしよう……。ああ、そうだ。俺の名前は塚本隼樹。キミの名前は?」
「ヴィ……ヴィヴィオ」
「ヴィヴィオか。その、大丈夫だから。別に何も酷い事しないから、ね?」
隼樹の言葉に、マテリアル──ヴィヴィオは泣き止んで頷いた。まだ少し怯えた顔をしてるが、最初の時よりは大分和らいでいる。ふむ、泣いてる子供には、優しく接するのが大事なのだな。
ヴィヴィオを泣き止ませた隼樹は、立ち上がって私に顔を向けた。
「これでいいですか?」
「ああ、助かった。こう言った経験は、私には無いからな。ありがとう」
「いいえ」
私が礼を言うと、隼樹は照れ隠しでもするように顔を背けた。
やれやれ、と私はかぶりを振った。それから隼樹に習って、私もヴィヴィオに名乗る事にした。
「私はチンクと言う。今日から、ヴィヴィオの世話役を任された者だ。よろしく頼む」
「チンク、お姉ちゃん……?」
「ああ、そうだ」
微笑みを浮かべて私が頷くと、ヴィヴィオも笑ってくれた。
その時、通路の先から何か音が近づいてきた。顔を向けると、やってきたのはガジェットⅢ型だった。
「おお、サード」
やってきたガジェットⅢ型に歩み寄り、隼樹は丸いボディに手を置いた。
不思議な事だが、隼樹はガジェットに懐かれている。機械に懐かれると言うのも変な話だが、実際にそうなのだから他に言い様が無い。ガジェットは、私達戦闘機人と違って人間のような感情は持ち合わせていない、純粋なロボットだ。そのガジェットを引き寄せる隼樹は、本当に不思議な奴だ。
ちなみに『サード』とは、隼樹が付けたガジェットの名前だ。Ⅲ型だから『サード』だそうだ。
「チンクお姉ちゃん。アレ何?」
初めて見るガジェットに、少し怯えた様子でヴィヴィオが尋ねてきた。
「アレはガジェットと言うロボットだ」
「ロボット?」
「ああ。別に危害は加えてこないから、安心しろ」
私の腕にひっついてるヴィヴィオは、ジッとガジェットを見つめている。どうやらガジェットに興味を抱いたようだ。だが怖い気持ちもあるらしく、なかなか前に踏み出そうとしない。
「触ってみるか?」
「え?」
「大丈夫。姉も一緒だ」
私が言ってやると、ヴィヴィオの顔から不安の色が消えて笑顔になった。
手を繋いで、私達はガジェットⅢ型に近づき、隼樹の隣に立った。
「隼樹。ヴィヴィオに、サードを触らせてもいいか?」
「え? 別にいいですけど」
「ありがとう。ほら、触ってみろ」
私が促すと、ヴィヴィオは恐る恐ると言った様子で手を伸ばす。ヴィヴィオの小さな手が、サードのボディに触れた。
「冷たくてスベスベしてる」
触れた事で恐怖心が薄れたのか、ヴィヴィオは今度は全身で触りに行った。ガジェットのボディの感触が、気に入ったみたいだ。
すると、サードが二本のアームを出して、ヴィヴィオの体を掴んだ。ビックリするヴィヴィオを、サードは掴んだアームで高く持ち上げた。上げては下ろし、上げては下ろしを繰り返すサードの行為に、ヴィヴィオは楽しそうに笑い出した。少女の笑い声が、通路の中に響いた。
「サード……高い高いなんて、どこで覚えたんだ?」
「アレは、ああいうあやし方なのか?」
「そうですよ。サード、もうガッチリとヴィヴィオのハートを掴んだみたいだな」
「うむ。そうだな」
機械と戯れる少女を見て、私は微笑んだ。ヴィヴィオが笑うと、何だか私まで嬉しくて笑ってしまう。
そんな事を思ってると、隼樹が何か閃いたように手を打った。
「そうだ! このままサードにヴィヴィオの世話を任せればいいんだ!」
「世話役を任されたのは、私とお前なんだぞ。ズルは許さん」
「ですよね~」
苦笑いで隼樹は溜め息をついた。
「あれ? チンク姉に隼樹?」
「ガジェットも居るっスよ。何やってるんスか?」
セインとウェンディが、訓練を終えてやってきた。
「ああ、ドクターからヴィヴィオの世話を任されてな」
「ヴィヴィオ? ああ、マテリアルの事っスか」
サードに高い高いとやらをされてるヴィヴィオを見て、ウェンディは納得したように頷いた。
天井近くまで掲げられたヴィヴィオは、通路にやってきたセインとウェンディに気が付いたらしく、首を傾げている。サードはアームを下げて、ヴィヴィオを床に降ろした。
「チンクお姉さん。この人達、誰?」
「私の妹逹だ」
「やっほ〜! セインお姉さんだよ!」
「あたしはウェンディっス! よろしくっス、ヴィヴィオ!」
私が紹介すると、妹逹が明るく名乗った。姉妹の中でも二人は、最も人間臭い性格をしてるからな。
「ヴィヴィオです」
ペコリと頭を下げ、ヴィヴィオも挨拶をした。うむ、礼儀正しくて良いな。
「しかし、チンク姉はともかく、隼樹が子供の世話役に選ばれるなんてな」
「いや、正直まいってますよ。セイン、良かったら代わらない?」
「こら、隼樹」
「すいません」
全く、油断も隙も無いな。サードだけでなく、セインにまで世話役を押し付けようとするとは。
私が呆れていると、一人考え込んでたウェンディが言った。
「チンク姉と隼樹の二人で子供の世話をするって、まるで夫婦みたいっスね」
「はあ!?」
ウェンディの言葉に、隼樹は目を見開いて驚く。
むむっ、ウェンディも妙な事を言うな。確かに、男女で子供を育てる様子は、夫婦とやらに当てはまらなくはない。だが、別に結婚とやらをした訳でもないし、私達が相思相愛な訳でも無いからな。
やはり、夫婦とは違うだろう。
「チンクお姉さん」
「ん?」
ヴィヴィオに手を引かれ、顔を向けた。
「隼樹お兄さん、顔が赤いよ?」
「あ?」
確かに、ヴィヴィオを一睨みする隼樹の顔は赤くなっている。
「どうした、隼樹? 顔が赤いぞ?」
「え? いや、何でもないです! 大丈夫です!」
何とか平静を装おうとしてるが、動揺してるのは明らかだ。
「あれ? もしかして隼樹、チンク姉の事……」
「わー! わー! その先は言わなくていいです!」
何故か慌てた様子で、隼樹はセインの言葉を遮った。一体、何をそんなに慌ててるのだ?
私の前で、隼樹とセイン逹が騒いでいる。
塚本隼樹とは、不思議な男だ。魔法や特別な力は持っていないが、不思議な男だ。隼樹が来てから、少々変化が生じた。
その変化の中には、ドクターも含まれてる。以前のドクターであれば、ヴィヴィオの世話を私達に任せたりはしない。計画実行まで、部屋にでも閉じ込めていたハズだ。ソレをせず、ヴィヴィオの世話を私達に任せたのは、ドクターに何かしらの変化が生じたのだろう。
そして、原因はおそらく隼樹だろうな。
ただ、悪い変化ではない、と思う。
隼樹が私達の所に来たのは、悪い事では無い。
『私達の世界』は、少しずつ変わっていった。
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