ウーノ「『ナンバーズ〜魔法が使えない男リベンジ!〜』始まります。ドクター、今作業に戻ります」
No.2 異世界で鬱を呟く男
目が覚めると、知らない天井が広がってた。
まだ半分寝てる状態で体を起こして、自分が居る場所を見回す。簡素な室内を見た俺は、異世界にトリップした事を思い出した。
密かに夢オチの可能性を抱いてたんだが、どうやら現実のようだ。現実は非情である。
まあ、元の世界に戻れたとしても、面倒な就活が待ってるだけなんだけどな。そんな事を思いながら、俺がベッドから降り立った時だった。
「隼樹。起きているか?」
ノックの音と共に、少女らしき声が聞こえてきた。
この声は、チンクだな。
「はい」
返事をして、俺は入り口に歩いていった。ドアを開けると、小柄な少女──チンクがこっちを見上げる形で立っていた。
「昼食の用意が出来たぞ。食堂へ案内しよう」
「ありがとうございます」
やっぱり敬語になってしまう。シッカリし過ぎだろう、チンク。何だか未だに精神年齢がガキな自分が、物凄く恥ずかしいよ。ヤベッ、帰りてぇ……。あっ、帰れないんだった。
内心で一人呟きながら、俺はチンクと一緒に食堂を目指した。
*
チンクの案内で食堂に着くと、ソコには他のメンバーが既に揃っていた。
悪の組織の拘りか、今も全身タイツだ。恥ずかしくないのかね、と言うか、見てるこっちの方が恥ずかしい気持ちなんですけど。と言うか、目のやり場に困るんですけど。
俺達が入室した途端、一同の視線が一斉にこっちに向いた。いや、怖ェェよ! マジ、ビビっちゃったよ! 他人の注目を浴びるのって、物凄いプレッシャーなの知ってる? 皆さんの視線を一身に受けて、もう体ガッチガッチに固まってんだよ。
「それじゃあ、紹介するぞ」
俺の緊張を他所に、チンクはクールに姉妹紹介を始める。
チンクさぁぁぁぁん! 今こそ助けて下さぁぁぁぁい!
「№3のトーレと№4のクアットロだ」
俺の心中の救助願いは届かず、チンクが姉妹を紹介する。
紫色のショートヘアで、鋭い目をしてる女性が、トーレ。何かリーダー的な感じがする。
栗色の髪を両脇で結び、眼鏡をかけてる女性が、クアットロ。あっ、俺と眼鏡キャラ被ってるじゃん! まっ、いいか。
トーレは無愛想な顔をして、俺なんかに興味の欠片も無いって感じだ。クアットロの方は、何が楽しいのかニコニコ笑っている。
「№6のセインに、№9のノーヴェと№10のディエチ。最後に№11のウェンディだ」
「よろしくな!」
「ウェンディっス! よろしくっス!」
水色セミロングの女の子が、セイン。笑顔が眩しい、明るい女の子だ。
赤髪の女の子が、ノーヴェか。気の強そうな女の子だ。あれ? 何か苛立ち気味じゃね? 俺、何か悪いことした?
茶色のロングヘアーを、黄色いリボンで後ろで縛っている女の子が、ディエチ。何かおとなしそうな感じだな。
濃いピンク色の髪を後ろでまとめている女の子が、ウェンディ。この娘も可愛いなぁ。セインと同じで、元気が良いよ。
つーか、その№って何よ? まあ、いいや。
さて、相手側の挨拶が済んで次は俺の番か。ヤベーよ、超緊張してきたよ。感覚的には、企業の面接みたいだよ。ちくしょう、真面目に企業面接の練習しとけばよかったァァ! 大丈夫だ。落ち着け、俺。練習は不十分だが、本番の面接は一、二回は経験してきたじゃねーか。
緊張を解すように、俺は深呼吸をした。
「つ、塚本隼樹です。よろしくお願いひ……」
ザ・●ールド! 時は止まる。
か、噛んじまったァァァァァァ! 最後に俺の自己紹介で締めようとして、噛んだ。台詞噛んじゃった。
俺が噛んだ瞬間、食堂は静まり返った。棒のように突っ立ってる俺は、固まって一同を凝視する。恥ずかしさで、顔の熱が上がってるのが分かる。おそらく俺の顔は、トマトのように赤くなってるだろう。
「ぷっ。あははははは! じゅ、隼樹……お前、今噛んだのか?」
チンクが腹を抱えて笑う。
「あははははは! よ、よっぽど緊張してたんだね!」
セインも大笑いしてる。
「ダメッスよ、セイン。そんなに笑ったら、隼樹が可哀相っスよ! くくく!」
「そう言うウェンディちゃんだって、うふふふふふふ!」
ウェンディも手で口を塞ぎながらも笑い、クアットロも笑っている。
トーレは呆れ顔になり、ノーヴェは眉根を顰めて溜め息をついてる。
ディエチは伏せた顔を手で覆って、必死に笑いを堪えている。
──ぐわァァァァァァ! 超恥ずかしいィィィィィィ! 穴があったら入りてェェェ! ココに来てからロクな目に遭ってねぇよ! ウーノさんには叩かれるわ、沢山の女の前で恥かくわ……もう最悪だよ。ああ、もう死んだ方がよくね?
「……すいません。死んでいいですか?」
「わ、悪かった。そう落ち込むな。くくく」
おおおおいっ! チンク、まだ笑うか!?
もう駄目だ。こりゃあ、マジで死ぬしかねーや。食事終えたら、紙とペン貰って、部屋で遺書を書こう。
ネガティブ思考のまま、俺は席に着いた。この料理が、最後の食事になるんだな。
長テーブルの上に、皿とコップが一つずつ置かれてある。皿の上には、四角いクッキー的な物が三枚。皿の隣には、栄養ドリンク的な液体が入ったコップがあった。
目の前に並べられた料理と呼べない料理を見て、さっきまでの羞恥心が吹き飛んで、急速に冷静さを取り戻した。
──何すか、コレ? え? コレが飯? このキャロリーメイト的な物体が、昼飯なのか? マジでか? いやいや、冗談だよね? コレは、前菜みたいなもんだよね?
「あの、チンクさん?」
「何だ?」
「コレって……え? コレが食事ですか……?」
「ああ。コレだけで、必要なカロリーと栄養を摂取出来る」
俺に答えた後、チンクはモシャモシャとキャロリーメイト的な物を咀嚼する。
──え、栄養食品で済ませてやがるゥゥゥゥゥゥ!
驚愕の事実を目の当たりにして、俺は内心にシャウトした。
いやいや、いくら何でもソレはないわ。米出せ、肉出せ、ジャパニーズ&アメリカンフード出せェェェェェ!
心中で叫ぶが、連中に届く訳も無く食事は続く。住まわせてもらってる身だし、小心者の俺が連中に意見なんて出来ないから、受け入れるしか無いんだよね。
諦めた俺が、コップに手を伸ばして中身を口に含んだ時だった。
「あら~? 『隼ちゃん』は食べないのかしらぁ?」
「ぶーっ!?」
盛大に吹いた。
ば、爆撃来たァァァァ! 完全に気を緩めてた隙に、奇襲を受けたァァァ! 恥ずかしい呼び方をされた俺は、呼び主に顔を向けた。
「えっと……クアットロさん、ですよね? 何ですか、今の呼び方!?」
「あら~、隼樹って呼ぶより、こっちの方が可愛いでしょ? 隼ちゃん」
「いえ、あの……結構恥ずかしいんで、やめて下さい! お願いですから、その呼び方はやめて下さい!」
この時、俺は自分の行為が逆効果である事に気付いてなかった。
俺の必死な様子を見て、クアットロは素晴らしい笑顔で言った。
「じゅ、ん、ちゃん」
「嫌ァァァァ!」
俺は現実から目を背けるように、頭を抱えて顔を伏せた。
恥ずかし過ぎて、もう一生、顔上げられないよ。
「それよりも隼ちゃ~ん。貴方の前の人が、大変な事になってるわよ~?」
「はい……?」
クアットロの言葉で顔を上げた俺は、一度頬を引くつかせ、固まった。
俺の前の席には、頭を濡らした赤髪の女──ノーヴェが居た。液体を滴らせる前髪に隠れて、表情はうかがえないが、小刻みに震えてる体から怒りが伝わってくる。
次の瞬間、ノーヴェは額に青筋を立てて、怒りが爆発した。
「てんめェェェ! 何しやがる!」
「すいません! すいません! 本当にすいません!」
痛みも気にせず、俺はテーブルに額を何度も打ち付けて謝った。とにかく必死に謝らなければ、今味わってる以上の苦痛を受ける事になる。
「ノーヴェ、落ち着け! 隼樹も悪気があってやった訳ではないし、こうして謝っているんだ。許してやれ」
「クアットロ、お前もからかうのはそれ位にしておけ」
チンクが怒れるノーヴェを宥め、トーレがクアットロを一言注意した。
──もう嫌だ……! まるで一年分の不幸が、一気に降りかかったみてーだ……。ああ、憂鬱だ。俺はどうすればいいんだよ……? こんなの、もう耐えられねーよ……。
頭を下げた状態で悩む俺は、一つの案を思い付いた。
「そうだ、死のう」
「いや、だから早まるな!」
チンクにツッコまれました。
*
騒がしく最悪な食事を終えた俺は、即行で部屋に引きこもった。
もう俺は、絶対に一歩たりとも部屋の外に出ねーぞ。完全に引きこもってやる。嫌な目に遭うくらいなら、一生箱入り男子になった方がマシだ。食堂の一件で、俺の精神ライフポイントはゼロなんだよ。
何で異世界に飛ばされた上に、こんな酷い仕打ちを受けなきゃいけねーんだよ。俺、そんなに悪い事したか?
俺は神なんか信じちゃいないが、もし在るとしたら、とんでもなく性質の悪い奴に違いない。人を異世界に飛ばして孤独にさせた上に、辱しめて、心に傷を負わせるなんて底意地が悪いに決まってる。
憂鬱な気分で、俺は枕に顔を埋めた。
*
「あっははははは! 早速、娘達と打ち解けたようじゃないか!」
研究室で笑い声を上げるのは、スカリエッティ。
彼の目の前にある一枚のモニターには、先ほどの食堂の光景が映っていた。自己紹介で自爆し、クアットロに弄られ、ノーヴェの怒りに触れて、実に騒々しい出来事だった。
ソレを見て、スカリエッティは愉快そうに笑っていた。
傍らで一緒に見ているウーノは、少し同情の念を抱いていた。
「あの、ドクター」
「ん? 何だねウーノ?」
「何故ドクターは、彼を受け入れたのですか? 彼の出身世界は、あの機動六課の隊長陣と同じく地球だと判明しています。彼を地球に送り帰しても、問題は無いのでは?」
本人の前では「帰れない」なんて言ったが、隼樹の出身世界は判明している。帰そうと思えば、実は簡単に帰せるのだ。それに地球に帰してしまえば、スカリエッティ達の情報が管理局に漏れる事も無い。
ウーノの疑問に、スカリエッティは笑みを浮かべて答えた。
「ククク……! そんなの決まってるじゃないか、ウーノ。面白そうだからだよ! 計画発動が迫った時に現れた次元漂流者……このタイミングで現れたのは、偶然か? それとも必然か? 彼が、この先のストーリーにどう関わるのか楽しみだよ! それに!」
「それに?」
「彼の、あのネガティブ思考は実に面白い! 見ていて飽きないじゃないか! はははははははは!」
隼樹の事を語りながら笑うスカリエッティを見て、ウーノは意外そうな顔をする。
魔導師や特別な存在にしか興味を示さなかったスカリエッティが、凡人の隼樹に興味を抱くのは大変珍しい事なのだ。
隼樹のネガティブ思考が凄い事は、ウーノも同感だった。
──あのネガティブ思考、どうにか治せないかしら? 将来が心配だわ。
笑い続けるスカリエッティの傍らで、ウーノは母性を働かせていた。
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