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隼樹「『ナンバーズ〜魔法が使えない男リベンジ!〜』始まります。あの、俺、面接間に合いますか?」
No.1 隼樹リターンズ
 暗闇の中で、俺は薄らと意識を取り戻した。
 周りが暗いのは、瞼を閉じてるからだ。小さな唸り声を漏らしながら、俺は顔を横に動かした。すると布に触れたような感触がして、鼻では何かの匂いを嗅ぎ取った。甘くてイイ匂いで、何だか落ち着いてしまう。
 次第に意識がハッキリしてきて、手にも何か触れてる感覚を憶えた。触れてるのは右手で、位置は顔の真横だ。そう言えば、顔全体も柔らかい物で挟まれてる感じだ。目を開けながら、手を動かして触れてる物が何なのか確かめる。
 俺が目にしたのは、一つの膨らみを掴んでる自分の右手だ。んで、俺の右手が掴んでる膨らみは、柔らかくて気持ちイイ。こんな気持ちのイイ物は、今まで触った事も無い。だが、何故だが同じような物を見た事がある気がする。
 何気なく顔を上げると、人の顔があった。顔を赤くさせて、眉根を寄せて細めた目で俺を睨んでいた。
 目が合った俺は、半ば茫然とした顔で固まった。俺を睨んでるのは、女だ。怖い顔で睨んできてるが、かなりの美人だ。濃い紫色の長い髪で、多分ウェーブがかかってる。瞳は綺麗な金色で、髪の色同様に日本人離れしている。相手が女となれば、俺の右手が掴んでる物の正体も判明した。
 俺の右手が掴んでるのは、相手の女性の胸だった。折り重なるように密着した状態になってて、顔は胸の谷間に埋まっていた。
 事態を把握した俺は、自分の置かれた状況に慌てて体を起こした。

「いや、これは、その……! すす、すいませ……ぶっ!?」

 謝罪の言葉を言い終える前に、俺の左頬に痛みと衝撃が走った。
 俺が体をどけた事で自由の身となった相手の女が、頬にビンタを食らわせてきたのだ。バチンッと部屋にイイ音が鳴ったと同時に、俺はバランスを崩して後ろに体を反らす。左頬に強烈なビンタを受けたと思ったら、直後に床に倒れて頭と背中を打ち付け、新たなダメージを受けた。受け身も取れなかったから、かなり痛い。

「ぐああぁぁ……!」

 頭と背中を押さえて、俺は痛みに悶える。

「な、何者ですか、貴方はっ!?」

 俺を張り倒した女が声を上げて聞いてくるが、正直それどころではない。
 アンタのビンタのせいで、俺は三重の痛みを受けたんだぞ! 左頬、後頭部、背中の三ヶ所を痛めるなんて初めてだよ……! ああ、もう嫌だ。いっそ死にたい。なんで目覚めて早々、こんな目に遭わなきゃいけないんだ? 俺が胸を触ったからだよ、チクショー! でもワザとじゃないもん!

「い……いえ、その……。お……いえ、私は塚本隼樹、です」

 ジンジン痛む後頭部を擦りながら体を起こして、俺は名乗った。

「塚本、隼樹……ですか……?」
「はい……そうです……」

 女は警戒した様子で、俺をジッと睨んでいる。
 ベッドの上で、掛け布団で体を隠していた。
 世の中第一印象が大事って言うのに、最悪の展開だよ。自業自得かもしれないけど、俺だって故意に胸を触った訳じゃない。

「では、次の質問です。貴方は、どうやってココに侵入したのですか?」
「えっと……それが、自分でもよく分からなくて……。ああっ、そうだ! 道で赤いビー玉みたいなのを拾ったら、突然光り出して、気が付いたらココに居たんです……!」

 嘘偽り無く正直に話したが、果たして信じてくれるかどうか。玉拾って瞬間移動なんて馬鹿な話、俺だったら信じないね。
 そう考えると、目の前の女にも信じてもらえないだろうな。嘘だと一蹴されて、警察を呼ばれ、強姦か痴漢の容疑で逮捕されて、俺はブタ箱にぶちこまれるんだ。ああ、鬱だ。

「赤い玉と言うのは、コレの事ですか?」
「へ?」

 伏せていた顔を上げて、思わず間抜けな声を出してしまう。
 ベッドの上の女は、片手に赤い玉を持っていた。間違いなく、ココに来る前に拾った赤い玉だ。

「そう! ソレです!」

 女が持つ赤い玉を指差して、俺は必死に訴えた。この機を逃せば、俺は弁解出来ないような気がした。
 俺の訴えを聞いた女は、手に持つ赤い玉を黙って凝視する。
 数秒の間、玉を凝視していた女の空いてる手が動いた。顔の前くらいの位置で手を止めて、モニターと操作盤みたいな物を出した。
 って、待て待てェェェ! えっ? 今この女、何したの!? 何も無い空間に、薄い半透明のモニターと操作盤みたいなの出したよ!? あの、SF映画でたまに見かける、ああいうヤツだよ!
 内心で動揺混乱してる俺の前で、女は出したモニターらしき板を黙々と操作している。さっきまで赤かった顔色は戻り、真剣な目つきでモニターと向き合っていた。
 未だ落ち着かない俺だが、凛とした顔の女を見て思った。
 ──綺麗だな……。
 半ば見惚れてる俺の前で、女は作業を止めてモニターと操作盤を消した。
 俺に向き直って、凛々しい顔で言った。

「お話があります。私と一緒に来て下さい」
「は、はい……」

 当然断る事など出来ず、俺は頷いた。まあ、断る理由も無いしな。
 女の後に続いて部屋を出ながら、俺は心の底で思った。
 あの時味わった胸の感触は、絶対に忘れないと──。


     *


 アホな誓いをした俺は、自分の置かれてる状況に不安を募らせていた。
 いや、だってさ、俺の周りを七人の女に囲まれてるんだぞ。しかも、何故か全員が青と薄紫を基調とした全身タイツを着ている。
 捕われの身のような状況で、俺は思った。
 ──ゲ●ショ●カーの戦闘員じゃね?
 しょうがねーじゃん! だって、マジにそう見えるんだもん! 本家ゲ●ショ●カーの戦闘員の格好と比べると地味な方だけど、近い感じなんだぜ。
 それで一番の問題が、目のやり場に困るって点だ。全身タイツは隙間無く密着してて、体のラインがハッキリと浮き出てる。マジ、ヤバいってこの格好は。やらしい目で見たら殺されそうだから、今は床をガン見して回避している。冷たい床に正座して、ジッと床の一点だけを見つめるのだ。コレ以外に、危機を回避する方法は無い。それに相手は無言のプレッシャーを与えてくるので、顔を上げられる状況に無かった。
 ちくしょう。何だよ、何なんだよ? 俺が一体何をした? 何か悪い事でもしたか? 何で、こんな訳の分からない状況になってんだよ? ああ、もう無理無理。超帰りたい。でも俺、事故とは言え女の胸触っちゃったから、やっぱ警察に通報されるのか? そうなったら、俺の人生完璧に終わりじゃん! 痴漢で「僕はやってない!」と無実の人間が無実を主張しても、9割強は逮捕されて冤罪になるんだぞ。結局、被害者の女が有利なんだよ。ちくしょう! そんなのって無いぜ! 俺達『男』が一体何をした!? ああ、憂鬱だ……。どうすれば俺は、この苦しみから解放されるんだ?
 苦悩する俺の脳裏に、ある圧倒的な閃きが過った。

「そうだ、死のう」
「は?」
「いやいや、早まっちゃダメっスよ」

 俺の圧倒的ナイスアイディアを聞いて、連中の何人かが反応した。その中には、俺を気遣うような声も混じってた。ちょっと嬉しかった。

「やあ、待たせたね」

 部屋の自動ドアが開いて、二人の男女が入ってきた。一人は、俺と事故った女だ。俺を囲んでる女達と違って、紫と白を基調とした制服を着ている。割と普通の格好な事に、俺は人知れず安堵した。
 もう一人の男は、一緒の女よりも更に濃い紫色の髪を肩の位置まで伸ばし、端正な顔立ちで目の色は女と同じで、白衣を着ている。見た感じだと、科学者のように見えなくも無い。まあ、男の格好と部屋の中を見れば、科学者決定かな。部屋の中には、パソコンやら怪しげな機械やらが並んでいて、少々薄暗い感じでちょっと不気味だ。さしずめ、悪の秘密基地ってところだろ。だって、男の顔が悪人の笑みっぽいんだもんよ。
 二人が歩んでくると、タイツ姿の女達が道を開けた。どうやら、ココではあの二人が偉いようだ。

「ようこそ、私の研究所へ! 私の名は、ジェイル・スカリエッティ。隣に居るのは、私の研究の手伝いをしてもらっている秘書のウーノだ」
「は、初めまして。塚本隼樹です」

 相手はもう知ってるとは思うが、一応こっちも名乗り返した。
 さっき俺と事故った女がウーノで、男はスカリエッティか。日本人じゃないとは思っていたが、やっぱ外国に来ちまったのか?
 思考を働かせる俺の前で、スカリエッティは例の赤い玉を片手に話し出した。

「キミが拾った、この赤い玉を調べさせてもらったよ。どうやら、コレは時空移動型のロストロギアのようだ」
「時空移動型? ロストロギア?」

 聞き覚えの無い単語に、俺は首を傾げるしかなかった。時空移動なら、映画とかでたまに耳にするから何となく意味は解るが、ロスト何とかって方に関してはサッパリだ。

「次元空間の中には、幾つもの世界が存在する。ロストロギアとは、簡単に言えば他の世界よりも進化しすぎた世界の危険な技術の遺産。種類にもよるが、中には次元空間を滅ぼす程の力を持った物もある」

 スカリエッティの説明を聞いて、俺はポカンとなった。
 正直、話のスケールが大き過ぎて追い付けない。次元空間を滅ぼせると言われても、具体的な規模が想像出来なくてシックリこない。漫画みたいな設定だな、と言うのが俺の限界だった。

「このロストロギアとキミの所持品などを調べた結果、ズバリ、キミは『次元漂流者』と断定された!」

 ビシッと俺を指差して、スカリエッティは結論を言った。
 しかし、当の俺はやはり首を傾げるしかなかった。
 次元漂流者って何よ? 少なくとも、良くない方の言葉ってのは解る。
 困惑してる俺に、親切にもスカリエッティは分かりやすく説明してくれた。次元漂流者ってのは、簡単大雑把に言えば世界規模の迷子だ。なんでも、存在する世界は一つじゃなくて、それこそ星の数ほどあるらしい。世界によって環境も文明レベルも様々で、俺がやってきたこの世界は『魔法』が存在するミッドチルダと言う。
 おいおい、魔法って実在するのかよ? フィクションの世界だけかと思ってたけど、実際に俺自身も不可思議な現象を体験したしな。
 え? 夢の可能性? んなもん、ウーノさんにぶっ叩かれた時点で無しと判断したわ。アレ、マジ痛かったんだから。ってか、今もまだちょいと痛いし。
 まあ、いいさ。原因が解ったんだから、後は帰るだけだ。もう一度赤い玉を使えば、元の世界に帰れるハズだ。

「現状を理解したかい? そんなキミに、非常に残念なお知らせがある」
「え……?」

 スカリエッティの言葉を聞いて、思わず俺は顔を引きつらせた。
 おいおい、止してよ。この状況で、『残念なお知らせ』と言ったら一つしかねーじゃねーか。止めて! お願い! 聞きたくない!

「調べてみたら、このロストロギアは魔力が空になっていた。試しに魔力を注入してみたが、全く反応を示さなかった。どうやら一回限りの使い捨てのようだ。つまり……」
「つ、つまり……」

 先の言葉を予想していた俺は、苦笑いを浮かべた。

「キミは、元の世界には戻れない……!」

 予想していた残酷な現実が、俺に突き付けられた。

「は……はは……」

 ショックを受けた俺は、半ば放心状態になって虚しく笑った。
 終わった。何もかも終わったよ。大好きなアニメを観る事が出来ず、友達と通信して友情プレイで盛り上がる事も、もう出来ないのだ。何より、家に帰れない事が、家族に会えない事が一番ショックだった。この世界には、俺の知っている人は一人も居ない。正真正銘の孤独状態。
 無理だ。知らない世界で、知らない人に囲まれて、独りで生きていくなんて自堕落な俺には無理。絶対不可能。それに事故とは言え、俺は強姦をしてしまった。もう俺に明るいどころか、薄暗い未来すらない。ああ、憂鬱だ。
 苦しみから抜け出したい俺は、画期的な解決法を見つけた。

「そうだ、死のう」
「いや、何でだ!?」

 俺の画期的解決法に、女性陣全員が声を揃えた。
 驚く女性陣とは対照的に、スカリエッティは面白そうに笑っていた。そりゃもう愉快そうに。

「ハッハッハッ! まあ、待ちたまえ。孤独になって自棄になる気持ちも解るが、まずは私の話を聞いてくれるかい?」
「はあ……」と力無く頷く俺。
「隼樹君、ココに住まないかい?」
「はい!?」

 スカリエッティからの予想外な提案に、俺は目を見開いた。秘書のウーノさんや他の全身タイツ陣も、驚いた顔をしている。
 俺の反応など意に介さず、スカリエッティは続ける。

「ココは極秘の研究施設でね、外部に存在が漏れるような事は避けたいのだよ。だから、キミにはココに住んでもらいたい。外出には制限がかかるが、衣食住の世話も約束しよう。どうかね?」
「いや、その……いいんですか?」
「私がそうしてくれ、と言っているのだ。キミが気にする事じゃないよ」

 おいおい、見た目胡散臭そうで悪そうな男だけど、中身は良い人なんじゃね?
 なんて思ったが、すぐにマイナス思考が発動した。
 いや待て。もしかしたら、コレは罠かもしれない。上手い事、俺を研究所(ココ)に引き止めて、人体実験をする魂胆かもしれないじゃないか! 見た目通りのマッドサイエンティストだったら、俺の命は無いぞ!
 そこまで考えた俺だったが、しかしと思う。
 例え断ったところで、研究所の存在を外部に知られたくない連中が、俺を解放してくれるとは思えない。そう考えると、結局スカリエッティの提案を呑むしかないんだよな。
 思考を終えて、俺は結論を出した。

「分かりました。それでは、お世話になります」
「なに、困った時はお互い様じゃないか」

 頭を下げる俺に、スカリエッティは気の良い返事をしてくれた。
 それから俺は、今度はウーノさんに頭を下げた。

「あの、ウーノさん……! さっきは、本当にすいませんでしたっ!」
「頭を上げてください。アレは故意ではなく、転移の際の事故だったのですから」

 なんって心の広い女性なんだ、ウーノさんは!
 聞いたか? 警察に通報しないどころか、俺の事許してるっぽいぞ!? 見た目だけじゃなくて、心まで綺麗だよ! 本当の美人だね! ヤベッ、惚れちゃう!
 俺とウーノさんの事故が一件落着したのを見計らって、スカリエッティが指示を出した。

「ふむ、問題が解決したところで……チンク。彼を部屋まで案内してくれたまえ」
「はい」

 答えて一歩前に出たのは、チンクと呼ばれた小柄な少女だ。明かりを受けて煌めく銀髪は腰の下まで伸びて、右目を黒の眼帯で隠した十代前半の美少女だ。目の色は、やっぱり金色だ。
 感想──メチャクチャ可愛い。

「隼樹さん。お荷物をお返しします」
「あっ、どうも」
「では行くぞ。ついてこい」
「はい」

 ウーノさんから鞄を受け取り、歩き出すチンクの後を追う。
 扉の前で、スカリエッティや全身タイツ一同に一礼してから、俺は部屋を出た。


     *


 チンクの案内で、俺は通路を進んでいた。通路も薄暗くて、不気味な雰囲気が続いてる。何故に怪しい組織は、決まって建物の中が薄暗いんだ? 悪っぽさでも演出してるのか?

「着いたぞ」

 考えに集中してたら、俺が使う部屋の前に着いた。 チンクが操作をして、スライド式のドアが開く。ベッドや机と言った必要最低限の物しか置かれてない、簡素な部屋だ。他には、洗面所が備え付けられてる。

「私の部屋はすぐ近くだから、何かあったら呼べ」
「はい。ありがとうございます」

 俺より年下のハズなのに、妙に大人びてるから、ついつい敬語になってしまう。背が小さくてシッカリした女の子って、可愛いよね?

「ああ、自己紹介がまだだったな。私はNo.5のチンクだ」
「No.5?」

 数字が出てきた事に、俺は顔をしかめた。

「まあ、私達の詳しい説明は後で話そう。もうすぐ昼食だから、今は休んでおけ」

 俺に微笑みを向けて、チンクは部屋を出ていった。
 一人残された俺は、やる事も無いし疲れたので、ベッドの上に倒れ込んだ。

「ダリー」

 俺は瞼を閉じて、寝る事にした。


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