2012年1月10日03時00分
東欧ハンガリーで昨年9月から始まった「ポテチ税」が、菓子業界を直撃している。売り上げ減を恐れてリストラに踏み切る企業が続出。3千人以上が失業の危機にさらされている。国民の健康向上と税収増を狙った奇策は、副作用も強かったようだ。
■菓子業界、売上減に恐々
「62人の仲間とお別れしなければならない。すべてポテチ税のせいだ」
昨年10月、ハンガリー最大手の菓子メーカー「ボンボネッティ」のシャーンタ社長は地元紙に、従業員62人をリストラする考えを明らかにした。海外にもスナック菓子やチョコレートを輸出する1868年創業の老舗(しにせ)。全社員の約1割に当たる集団解雇に業界は騒然となり、地元メディアは「ポテチ税で菓子業界もダイエット」と書き立てた。
政府は、肥満防止のためだと理解を求めるが、菓子業界は納得がいかない。課税で見込まれる税収は昨年が約50億フォリント(約16億円)、2012年は約200億フォリント(約62億円)。業界団体の試算では、半分以上が菓子業界関連とされる。同団体のベーライ事務局長は「摂取カロリーに占める菓子類の割合は約5%に過ぎないのに、不公平だ」と反発する。
課税で菓子類が高くなれば、消費者が離れてしまうかもしれない。税金がかからない砂糖や塩分控えめの新商品の開発には、金と時間がかかる。行き詰まった企業が選ぶのがリストラだ。労働組合の試算では、主要24社で8〜14%の従業員が解雇される見通し。下請けの中小企業まで含めると食品業界全体で、3千人以上が職を失うという。
労働組合のイエヌ・デカン委員長は「国民の健康を守るための政策で、労働者が仕事を無くしてしまうのは納得できない」と憤る。
影響はハンガリーに進出している外国企業にも及ぶ。ドイツ系のスナック菓子大手「Chio」はポテチ税導入を受け、ハンガリーに予定していた工場建設を取りやめた。
ブダペスト中心部の雑貨店ではポテチ税導入前にめいっぱい商品を仕入れて備えたが、在庫が底をつき、昨年11月に値上げに踏み切った。例えば、1袋120フォリント(約37円)だったポテトチップスは160フォリント(約50円)に。店主のアリさん(58)は「売れ行きが落ちるとすればこれから」と不安そう。隣国オーストリアやスロバキアでまとめ買いしてくる人も増えているという。
■欧州危機で新税次々
ハンガリーでは新税が矢継ぎ早に導入されている。
政府は1月、消費税に当たる付加価値税を従来の25%から欧州最高水準の27%に引き上げた。他にも、自賠責保険業者に掛け金収入の30%を納めさせる「事故税」や、文化財保護の財源に充てるとして、成人向け映画や雑誌などにかける「ポルノ税」を導入した。
背景には、厳しい財政事情がある。2010年の総選挙で、8年ぶりに政権に返り咲いたオルバン首相は当初、国際通貨基金(IMF)や欧州連合(EU)に頼らず自力で経済再建する道を選んだ。だが、欧州危機で経済は失速。国債の格付けは「投機的な水準」に引き下げられた。政府は方針を転換し、IMFやEUに支援を要請している。
相次ぐ課税に国民の不満は高まっており、ポテチ税も「国民の健康維持は建前で、真の狙いは税収増だ」との批判が根強い。
■ルーマニア、魔女税は見送り
財政基盤が弱い中・東欧の国々は財源確保に苦労している。ルーマニアでは「魔女」が標的になった。
国内に1千人以上いるとされる呪術師や占師で、古くから歴史の舞台裏で活躍。最近の世論調査でも約7割の人が「魔女の力を信じる」と答えている。
長く正規の職業と見なされていなかったが、昨年1月、魔女にも16%の所得税などを課すべきだとの議論が浮上。これに対し、一部の魔女たちが「呪い」で報復すると騒ぎ出した。
「人助けに税金なんて、民の血を吸うドラキュラ以下だ」。母親がチャウシェスク元大統領の妻のお抱えだったという占師のロジカさん(47)は憤る。相談料は1件数百円から。「税金を払うほどもうけていない。そもそも秘密の相談に領収書は出せない」
「呪い」が効いたのかは定かでないが、結局、手続きが煩雑になることなどを理由に「魔女税」の導入は見送られた。(ブダペスト=玉川透)
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〈ポテチ税〉 スナック菓子など塩分や糖分の高い食品を対象に、ハンガリー政府が導入した。食べ過ぎを抑え、成人病の原因となる肥満を予防する狙い。税率は食品ごとに細かく規定され、100グラムのポテトチップスなら約7円の税金がかかる。栄養剤やアイスクリーム、アルコール入り飲料なども対象。経済協力開発機構(OECD)によると同国の肥満率は約20%で、欧州でも有数の肥満大国とされる。