これからインフレ?
復興に向けての経済政策について、政治家が、学者が、識者がさまざまな提言を行なっている。しかしながら、これらの提言の多くには、ある決定的な見落としがあるように思われてならない。
欠けているのは何か?――東日本大震災は戦後日本にとって、それ以上に先進国経済にとって、空前の規模の自然災害であるという視点である。そのため、不確実なことが多すぎる。ここでは、需要と供給の関係に注目してみよう。
広範にわたる地域でインフラ・土地家屋・船舶・生産設備が破壊された。さらには生産活動に携わる人びとの命・健康も損なわれた。これは典型的な供給ショックである。供給能力が低下する一方で需要水準が一定ならば、経済はインフレ状態となる。ここから、震災後の経済についてインフレ傾向と判断し、需要を抑制する必要性を説く論説が目立つ。
しかし、問題はそう単純なものではない。
短期的にさえも、生産能力の低下は同時に被災地以外での生産設備稼働率の上昇で補われる部分が少なくない。一方の需要面では所得や人口減少と、そして被災地以外での消費マインドの冷え込みといった需要縮小と、復興のためのインフラ整備需要の拡大という、相反する要因が同時に作用する。
近年の先進国での大規模災害の事例である阪神淡路大震災(1995年)、ハリケーン・カトリーナ(米国、2005年)の事例では相対的に需要縮小が大きかったため、経済にインフレ圧力は加わらなかった。もちろん今次の震災は、近年の例に比べて規模が大きく、さらにはいまだ予断を許さない電力問題が加わる。そのため「供給と需要の縮小のいずれが大きいかはわからない」というのが誠実な解答だ。したがって、現時点で一方向的な経済政策方針の策定をしてはならない。政策の決め打ちができるような明確な先読みは、誰にもできないのだ。
ただし、一定期間経過後には需要不足に陥る可能性が高い。被災設備の復旧は、いわば減価償却の先食いである。今後十数年かけて徐々に行なわれたであろうメンテナンス・設備更新の投資が復興期に一度に行なわれるため、その後に需要縮小という反動が訪れる。その一方で「若返った」生産設備の生産能力は高い。しかし、いずれくる復興反動の時期がいつになるのかも、また不明である。
このように考えると、短期的なインフレショックの有無、そして、それがどの程度の期間続き反動不況へと転ずるのか……今後のマクロ経済政策運営の道筋には、あまりに大きな不確実性が立ちはだかっている。
状況に臨機応変なシステムを
混沌とした状況では、誰もが似非予言者として振る舞いがちだ。たしかにいま「インフレがくる」(または「需要不足が深刻化する」)といっておけば、半分の確率でその予言を的中させることができるだろう。自覚的か否かはわからないが、この2分の1の賭けに乗り出している政治家・識者は多い。しかし、彼らの予言が当たったところで、それはまぐれ当たりにすぎない。必要なのは、にわか占い師の予言ではなく、「どちらに転んでもなんとかなる」政策フレームである。
物価上昇率を目安に金融政策の姿勢を決めるインフレーション・ターゲット。インフレ率と失業率(または需給ギャップ)を両にらみにするテイラー・ルール。これらのルールに基づく経済政策運営は、日本では需要喚起策の一つとして理解されがちであった。しかし、ルールに基づく政策運営は、機動的な対応を要する(つまりは、その都度、国会等で審議していたら間に合わない)不透明な情勢においてこそ、その本領を発揮する。
たとえば、2%から3%の目標インフレ率範囲を明示し、2%未満のインフレ率での低金利政策の継続やマネーの追加供給、3%以上のインフレ率でのマネーの回収を法的に定める場合を考えよう。
インフレ率が2%を下回る状況では、民間経済は低金利の継続と潤沢な資金供給を前提に、経済活動を続けることができる。それによって景況は下支えされるだろう。一方、2%を超えてくると、金融引き締めを懸念した経済活動が行なわれることを通じ、景気の過熱やインフレの加速に歯止めがかかる。かくして機械的に、システムとして景況とインフレの安定化を図ることが可能になるのだ。
日本経済に必要なのは、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の決め打ちではなく、状況に臨機応変に対応するシステムである。そのシステムを有効に活用するためには、政治の意思決定が要される。政策システムに党派的な利害は関係しない。取り沙汰される大連立以前の問題として、政治サイドの意思統一と、明確な政策コントロールの意思が示される必要があるのだ。
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(Voice 2011年6月号 より)
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