太陽系第三惑星地球。
緑の大地には多くの人と動物が暮らしていて、果てしない青空は無数の鳥たちが飛び交い、底知れない海の底には想像もつかない様な生き物が数多く生息している。
人や動物や植物や怪獣、生きとし生けるものたちが住む星。
無限の彼方まで広がる宇宙でも有数の美しい星。
そんな地球の中の小さな島国で、今、一人の男が命を落とした。
なんてことはない、大勢いる人間の一人がいなくなっただけのことである。
◆
一方、地球から遠く離れた遙か彼方の銀河にて。
M80さそり座球状星団の惑星の一つ、「来訪者」と呼ばれるものたちが住む星。
地球と同じ様に数多くの生命が暮らすこの星は、壊滅の危機を迎えようとしていた。
異生獣――スペースビーストと呼ばれる凶悪な生物の襲撃は、あっという間に彼らの星の大部分を食い尽くし、人々を恐怖と絶望の底に叩き込んだ。
彼らもただ為すがままに侵略されていたわけではない。
次々と新しい兵器を作り出し、多くの勇敢な者達が戦いに挑んだが――全てが無駄に終わった。
他の生物や物質と融合することで進化する特性を持つスペースビーストは、新しい兵器が来ればそれに対応した物質を取り込み、時には挑んできた人間を捕食し、彼らの抵抗を次々と無力化したのである。
「悪魔だ。あれは、生物じゃない。生物を滅ぼす為に生まれた、恐ろしい魔物だ」
戦えば戦う程、此方が消耗すればする程、スペースビーストは益々凶悪な進化を遂げる。
「俺には撃てない。あれは、あれは、あの顔は――」
かつての戦友の顔をした怪物が、愛する者の顔をした化け物が、殺意を以て襲いかかる。
誰もが終わりを受け入れ、諦めかけたその時――天からの救いが舞い降りた。
「それ」は無数のスペースビーストが犇めく荒野に降り立つと、目映い白銀の光を放ち、一瞬にしてビーストの半数を消滅させた。
「それ」の腕から放たれる光線は、ビーストの進化能力を上回る勢いで次々と驚異を駆逐する。
「それ」の掌から放たれる光は様々な奇跡を起こし、荒れ果てた大地に恵みをもたらし、食い潰された自然に緑を与えた。
絶望の中に突如舞い降りた救いの神。
スペースビーストの脅威から彼らの星を守り抜いた「それ」は、全ての力を使い果たすと眠りに付いた。
この星の未来を、彼らに託して。
「それ」の名は――ウルトラマンノア。
この物語の全ての始まりとなった、白銀に輝く光の神である。
うるてぃのいど・ざぎ
――彼は混乱していた。
記憶にある自分の最後は、車線と信号を無視して歩道に突っ込んできた大型トラックが 自分の目前にまで迫り、ライトの光で視界が真っ白に埋め尽くされたところまで。
自動車事故。普通なら死ぬ。だが、自分には意識がある……ということは、ここは病院か、はたまた死後の世界である筈なのだ。
だが、自分の目の前にあるのは――
「■■■■■■■―――――――――!!!!」
なんとも形容しがたい叫びを上げる、恐竜の様な姿をした怪物。
黒い皮膚と鋭い牙、極太の鞭を思わせる長い尻尾。爬虫類のように縦に裂けた瞳孔。ギョロギョロと辺りを見渡す琥珀色の瞳からは、理性の光は見受けられない。
その姿は、子供の頃によく見た特撮テレビ番組に登場する怪獣によく似ていた。
もし本物の怪獣であるならば、自分は逃げ回る群衆の中に混じるエキストラでなくてはならない。
――スペースビーストを確認。
――これより、戦闘及び排除を行います。
未だ混乱の抜けきらない頭の中に、機械で合成したような音声が響く。
益々訳が分からなくなるのだが――自分の意思とは無関係に、体は動いた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
両手を広げ、絶叫。
勢いに任せて目前の怪獣にタックルを繰り出し、押し倒してマウントポジションを取る。
暴れる怪獣を無理矢理体重で押さえつけ、ひたすら顔面に拳を叩き付ける。折れた牙が掌に食い込むが、不思議と痛みは感じなかった。
このまま、息の根を止めるまで殴り続けて――
「■■■■■■■―――――――――――――――――――――――――――!!!!」
「グウゥッ!?」
完全に予想外の反撃。
相手の牙と爪はこちらに届かず、油断していたら、背後からの尻尾による攻撃。
大きく吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。
衝撃の割には大したダメージにはならなかったが、トドメを刺す機会を逃してしまった。
「■■、■、■■■………■―――――――――――――――――――――――――!!!!」
そして、完全に相手を怒らせてしまったようだ。
元々獰猛だった瞳は完全に怒りに染まりこちらを食い入るように見詰めている。
血塗れの口を大きく開き、咆哮。
皮膚の上に無数の血管が浮き出て、筋肉が膨らみ、体躯が二倍近く膨張する。
「■■■■■■■―――――――――――――――――――――――――――!!!!」
突進。
シンプルで原始的な攻撃方法だが、パワーと体重を最も活かせる攻撃。
怪獣が一歩踏み出すたびに大きな土煙があがり、大地が震える。
あの突進を受ければ、この体は一溜まりもなく粉砕されるだろう。
――ザギ・インフェルノ解禁
逃げればいいのか、立ち向かえばいいのか、どうすればいいのか、困惑しているところに頭の中に響く合成音声。
ザギ・インフェルノ。
それは一体何なのか、理解が追いつかないが、またもや体は勝手に動く。
「ウォォ……!」
拳が、燃える。
比喩ではなく、両腕に信じられない程の高熱が集中し、発火する。
熱さは感じるが、不思議と痛みや苦しみは無い。
「■■■■■■■―――――――――――――――――――――――――――!!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
突撃して来る怪獣に、カウンターの要領で炎を纏った両拳を叩き付ける。
巻き起こる爆発と粉塵。揺れる大地。激突の衝撃で足が地面にめり込むが、意外とダメージは少ない。
怪獣はまるでロケット花火かのように炎に焼かれながら大空へ吹き飛ばされ――雲の上で、爆散した。
――テスト終了。
――ウルティノイド・ザギ、起動実験、成功。
全てが終了したらしい。
未だ興奮と混乱は収まらないが、自分がどうやら、人間とは全く別の何かになってしまったことは理解できた。
漸く少しだけ冷静になって、自分の体を見渡す。
無機質な黒い体。筋肉に沿うように引かれた赤いライン。胸には赤く光るY字の発光体。
どうやら自分は、ロボットか何かに、生まれ変わって(?)しまったようだ。
これが現実なのか、トラックに撥ねられて瀕死の自分が今際の際に見ている夢なのかは分からない。
痛みを感じないのは夢だからなのか、ロボットだからなのか。
だが、なんにせよ――例え夢だったとしても、暫くは苦労と混乱が続くことになるだろう。
ウルティノイド・ザギ
恐らくは今の自分の名前であろうそれを思い浮かべると、溜息が出てしまう。
――まるで、特撮番組の、悪役みたいな名前だ。
――――ウルティノイド・ザギ
――――身長:50m
――――体重:5万5千t
――――必殺技:ザギ・インフェルノ
1兆度の炎を拳に纏い、ビーストに叩き付ける。
ウルトラマンノアが全ての力を使い果たし、眠りに付いた後。
スペースビーストの恐怖を忘れることが出来なかった彼らが造りあげた最終兵器。
彼の姿と力を摸倣して作成され、進化し続けるビーストに対抗する為に自己進化プログラムを組み込まれている。
ビーストの力に本当に対抗出来るのか、テストでは予想以上の成果を挙げた。
「いける、これならビーストにも対抗できる」
きっと、彼に替わる希望の光になる。
「来訪者」たちは、期待を込めて、黒い巨人を見上げた。