少子化に歯止めがかからない日本の人口は、2050年には9200万人程度になるという推計があるそうだ。生産年齢人口(15~64歳)の減少は国内需要を縮小させ、雇用・労働環境の悪化にもつながるという見方もある。
ある会社では、昨春入社の新人女性社員の妊娠が発覚し、長期離脱を余儀なくされることが分かって、現場で混乱が起きているという。
――小売チェーン本部の人事です。この春、10数名の新入社員を採用したのですが、この中の女性社員の1人が妊娠したようだ、とマネジャーから報告がありました。
A子さんは高校卒業後、入社して意欲的に仕事を覚えていましたが、冬に入って体調不良で休みがちになっていました。マネジャーが心配して電話したところ、「産婦人科に行ったら妊娠3か月だった」と明かされたそうです。
予想外の妊娠だったようですが、これを機に結婚し、夫と力を合わせてやっていくつもりということでした。ただ、親からの経済的支援は期待できず、夫もまだ若いため、会社を辞めず働きたいという意思を持っているようです。
その意欲はいいのですが、実際には妊娠後の体調不良が強く、医師の勧めもあって当面は私傷病休職を取得し、さらに出産が近くなれば出産・育児休職を取得したいとのこと。これを聞いたマネジャーは、
「会社に入ったばっかりの新人で仕事も一人前にできないくせに、自分らの勝手で避妊しないなんて無責任だろ。最近の若い奴は何を考えてるんだよ、ふざけるな! 休職だと代わりの人員を補充できないし、採ったお前のところでクビにしてくれ」
と私を怒鳴りつけてきました。
確かに、戦力になっている中堅社員なら、復帰に期待が持てますが、入って1年も経たない社員に復帰してもらっても、次の新人を抱えた現場では足手まといになるのは目に見えています。こういうとき、どう対処したらいいのでしょうか――
リスクを最小限にするには、女性社員の申し出どおり育児休業を取らせ、復職させる方がいいと思います。雇用機会均等法や育児・介護休業法は、育児休業を取得したという理由で、解雇などの不利益な取り扱いをすることを禁じています。労働基準法にも解雇制限があり、産前産後の休業期間とその後30日間は、労働者を解雇することはできません。
傷病休業および産前産後、育児休業の間は、会社の規定によりますが無給でも問題ないでしょう。満3歳までの子どもを養育するために育児休業を取る場合、申請をすれば会社分と本人分の社会保険料が免除されるので、会社の負担はほとんどないと思われます。本人には健康保険から出産育児一時金、出産手当金が支給されます。
とはいえ、実際の復職に当たっては現実的に懸念されることもあるわけですから、そのような点について慎重に説明をしたり相談をしたりすることは、実務的にはありうるのではないかと思います。ただし、禁じられている不利益な取扱いには退職勧奨も含まれますので、「辞めて欲しい」という言葉は使わないようにすべきです。
マネジャーの苛立ちも分かりますが、そのような「業務至上主義」の考え方しか取れないとすれば、不幸なことではないでしょうか。社会人には責任ある行動が求められるとはいえ、社会や会社のために個人が存在するわけではありません。恋愛したり結婚したり、子どもを産んだりすることが「新人のくせに」「中堅社員のくせに」「管理職のくせに」無責任などと言っていたら、誰もが会社のために一生を捧げなくてはならないことになります。それが少子化という社会的な大問題の一因になっているかもしれません。
これまで「子どもを産むなら会社に迷惑をかけるな」「それが嫌ならヨソの会社に行け」「女の結婚や妊娠は会社を辞めてするのが当たり前」という声があったかもしれませんが、生産年齢人口も減っている現在、意欲や能力のある人に働いてもらわなければ社会の活力は維持できません。そういう意味では、いまの日本社会で存在する限り、企業はいわゆる昭和的な家庭観、労働観を脱したやり方を選ばざるを得ないでしょう。まずは「育児休業者の代わりの人員を補充しない」といった会社都合の制度を改めるところから始めてはいかがでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。
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