2011年12月28日
今更ですが、「まとめに載せないで」って書いてくれれば載せませんので。
Q115
Q115
初めまして。受験ブログをまわって来た者です。
私は経済的理由でバイトをしながら定時制の高校に通っているのですが、keioさんの様に今後の事を考え大学受験を決意しました。
ですが私の通ってる定時制高校は日本史、古典の授業が無く、英語も基礎的な授業しかしてくれません。
keioさんは元々進学校に通っていたみたいですが、完全に独学だけで勉強した科目はありますか? また、1年3ヵ月で古典、日本史を無勉強から慶應レベルまで上げる事は可能でしょうか?
A115
バイトをしながら定時制に通うというのは、時間的には実際のところどのくらい大変なのでしょうか。もしバイトと授業だけで精一杯ということになると、大学受験は難しいかもしれません。
日本史などの授業がないのは別に大丈夫だと思います(どうせ定時だろうが、そこそこの進学校だろうが、授業なんて頼っても無駄です)。ただ、学校に時間を取られて自分の勉強ができないということになると、厳しいと思います。
私は普通の高校を辞めてしばらくしてから受験しましたので、ほとんど全部独学です。まあ勘みたいなものは残っていたのかもしれませんが。1年以上あれば文系3科目くらいなんとでもなりますよ。
分からないことがあれば、またご質問ください。
Q116
ここのブログで紹介されていたので、学問のすすめを読んでみました。
で、ふと疑問に思ったんですけど、なんで「天は人の上に人を造らず」の部分だけが広まってるのでしょうかね?
戦後にねじ曲げられたとか勝手に妄想してるんですけど、考えすぎでしょうか?
A116
学問のすすめ、読んでくださったんですね。
私は慶應に入る以前から福澤信者というか、「学問のすすめ」信者といったところです笑 慶應生でも読んでる人は多くないのが悲しいです。名著だと思うのですが。
さて、ご質問の点ですが、私にもはっきりとは分かりません。
確かに、戦後は余計にその部分ばかり強調された可能性はあります。ただ、おそらく発刊当時から、そのような傾向はあったのではないでしょうか。本書が出された当時、日本はまだまだ身分社会でした。しかし、四民平等を実現して国民国家を建設しなければ、西洋列強にはとても対抗できません。福澤にとっても、日本人にとっても、「天は人の上に人を造らず」ということが非常に重要だったのです。
また、日本人は元来平等が好きなところがあります。例えば傘連判状というものがありましたが、それは誰がリーダーなのか分からない書状です。そういうやり方は、うまいと言えばうまいのですが、政治家のような責任を担う人間まで同じ思考をしてしまうと、大変なことになります。
以上、答えになっておりませんが、ちょっと思い付いたことを書きました。
読者の皆さんも、おすすめの本がございましたら、ご紹介くださいませ。
2011年12月23日
意志の力こそが武器!
こういうことを言うと、精神論と切り捨てられてしまうかもしれませんが、しかし最後のところではやはり精神論は重要だと思うのです。受験でも何でも、最後に勝つのは意志の力が強い者でしょう。
前回述べたように、物量(時間)が全てを握るわけではなく、場合によっては多すぎてもいけないのですが、勉強で言えばどれだけ集中力が持つかというのは、結局は意志次第だと思うのです。やはり意志が弱いよりは強いほうが体力・集中力で上だと思います。
独立自尊!
意志の力が強い人は、他者に依存せず、自分で調べ、計画を立て、実行するのです。もちろん、依存しないからといって他者の言葉に耳を傾けないわけではありません。そうではなく、判断の基準が他人ではなく自分にあるということです。
試行錯誤して勉強法を確立すれば、自分のやり方にだんだん確信を持つことができ、やる気も出ます。つまり、すべての中心に意志の力、独立自尊の精神があるのです。この「独立自尊」は福澤諭吉の言葉です。慶應を受ける人もそうでない人も、有名な「学問のすすめ」は超名著なので、ぜひ読んでみてください。
私には絶対合格してやるという自信がありました。それは直前の頃もそうですが、最初の頃から、不思議な自信がありました。怖いもの知らずだったのかもしれません。この自信というものが、受験でも何でも、非常に重要です。
それから私は、自然と「英語は俺を裏切らない」というフレーズを思いつき、いつも心に浮かべていました。そういう決まり文句が自分の中に出来上がっていくと、一層心強いですね。
人間、やればできる。為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。
自己責任!
世の中、全て自己責任です。これは逆に言えば、自分に権限があるのです。自分で考え、自分で決める。自分のことは最終的には自分にしか分からないし決められないのです。
このブログに書かれているのは、あくまで私の勉強法であって、勉強法は細かい差異をカウントすれば、十人十色、人の数だけ種類があります。理解力や記憶力といった頭脳自体も違えば、性格も違う、これまで使ってきた勉強法も違う、知識の量も違う、そういった中で、全く同じ勉強法というのはありえないわけです。ですから、最適な勉強法というのは、自分自身にしか分からないのです。
受験に必要な力は、自分で考える力、自分で問題を解決する力だと思います。そうであれば、どのような勉強法がよいのか、自分で考えるのが当然です。