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取り調べ:知的障害容疑者に立会人、4地検が試行

 知的障害の疑いのある容疑者の事件で、四つの地検が取り調べに福祉の専門家を立ち会わせる試行を始めたことが分かった。障害特性を理解する専門家らが同席することで、検事と容疑者との「橋渡し」の役割を担ってもらい、適正な事実解明につなげるのが狙い。最高検は約1年間かけて事例を集め、本格実施に伴うメリットやデメリットを検証する。

 関係者によると、最高検が東京、大阪、名古屋、横浜の4地検に試行を要請した。11月末時点で殺人未遂、事後強盗、窃盗、器物損壊など計9件の事件で、専門家ら5人が立ち会ったという。

 いずれも検事が、受け答えなどの様子からコミュニケーション能力に問題があると判断した容疑者が対象。専門家の立ち会いは、最初の取り調べにおいて検事と容疑者の信頼構築を図ったり、質問を理解していない容疑者のサポートをしたりするなどさまざまという。

 一般的に、知的障害者は事実関係や経緯を順序立てて説明できなかったり、取調官の質問に迎合する傾向があるとされる。このため特性を考慮しない取り調べでは誤誘導につながる恐れがある。大阪地検堺支部が昨年、放火を「自白」した知的障害を持つ男性の起訴を取り消した際には、検事が無理な誘導をした疑いも指摘された。

 併せて最高検は12月から半年間、全国の地検が取り扱った全容疑者について、知的障害の疑いがあるケースを抽出するよう指示した。

 罪名ごとにどの程度の割合で知的障害の疑いのある容疑者が存在するかを把握し、今後の捜査のあり方に反映させていく意向だ。【石川淳一】

◇「適正化図れる」専門家が意義強調

 知的障害の疑いがある容疑者の取り調べで四つの地検が専門家を立ち会わせる試行を始めた。最高検から依頼された専門家のうち、東北地方の大学教授が毎日新聞の取材に応じ、「誘導と迎合のリスクを避けるよう助言していけば、取り調べの適正化を図れる」などと意義を語った。

 教授は9月、最高検から依頼され、取り調べを録音・録画した数件のビデオを見せられた。容疑は窃盗や無銭飲食(詐欺)、売春防止法違反など。いずれも常習で、起訴が避けにくいケースだった。教授は「取り調べの冒頭、検事が『では、具体的に聞かせてもらいましょうか』と語りかけるが、ここが一番難しい」と指摘する。

 通常、容疑者は逮捕後、まず警察で取り調べられ、検察に送られる。だが、知的障害者は、警察で聞かれたことと同じようなことを再び検事から尋ねられる意味が理解できなかったり、不安感から迎合したり、不合理に発言を翻すケースもある。「検事は『Aか、Bか』と選択肢を示して聞くしかない。弁護士から見れば『誘導』にも映るだろうが、詳しく聞くには他に方法がない」(教授)

 こうしたことから知的障害者の取り調べは「こじれやすく」、教授は「立ち会いのメリットは大きい。こまめに休み時間を入れ、専門家が取調官、容疑者に助言していけば双方に役立つ」と言う。

 一方、知的障害者の取り調べを巡っては、東京地検が今年4月から録音・録画の試行を始めた。7月以降は試行する地検を広げ、9月末までに84人を対象に計228回の取り調べで実施している。だが、教授は録音・録画の効果は限定的との見解で、「こじれたままの取り調べを法廷で裁判官や裁判員が見てもむなしいだけではないか」と疑問視する。

 専門家の立ち会いが浸透すれば、取り調べで容疑者の特性を見極めやすく、事案によっては無理に起訴せず、福祉施設などに預ける柔軟な選択肢も出てくるという。教授は「取り調べ段階で福祉と連携することが重要。起訴猶予にして福祉につなぎ、再犯を防ぐ効果もあるはずだ」と話した。【石川淳一】

◇制度含めて議論を

 知的障害の疑いがある容疑者を対象に試行が始まった取り調べの立ち会いは、証拠改ざん事件を契機に検察改革の一環として外部有識者を交えた「知的障がい専門委員会」が最高検に設置されたことと合わせ、検察の強い問題意識がうかがえる。

 知的障害者の事件捜査の難しさは、虚偽自白のリスクにとどまらない。微罪を理由に起訴猶予にしようにも身元引受先が乏しく難航する事例も少なくない。そもそも検事が短期間に障害の有無や程度を把握するのは難しいため、福祉の専門家が外国人容疑者の「通訳」のような立場で同席することは一定の問題解消につながる可能性がある。ただ、知的障害は法的・医学的線引きが明確でなく、発達障害などとの区別が難しい容疑者もおり、実施の基準づくりは容易ではない。

 また、立ち会いの専門家が万一、中立的立場を越えるようなことがあれば、真実解明と適切な刑事処分に影響を与える恐れもある。

 試行を通じてさまざまなデータを集め、司法が知的障害者にどう関わるべきかという制度面を含んだ中長期的な議論が必要だ。【坂本高志】

毎日新聞 2011年12月31日 10時34分(最終更新 12月31日 10時34分)

 

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