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  シーカー 作者:安部飛翔
第四章
2話
 会議の本題に入る事を宣言したゲッシュは、冷静に、現状の確認から話を進める。
「さて、皆様に知らせを出した時とは状況が大きく変わった事もありますし、一通り現状の確認をしたいと思います」
「待ちたまえ、状況が大きく変わっただと?いや、確かにそちらのメンバーのスレイ殿の事情は聞いたし、ディザスター殿の存在もある。しかしこれ以上、まだ何かあるのかね?」
「それも含めてこれからお話させていただきたいと思いますので、話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……ふむ、わかった」
 このような事態でも落ち着いて質問し、あっさりと引き下がるアルス。
 アルスが先陣を切って動いて、引き下がってみせた事で、周囲の者もその雰囲気に呑まれ、静観の構えに入る。
 勿論呑まれていない者達もいるが、そのような者達なら始めから騒ぐ訳も無い。
 つまり敢えて自らが動く事で、アルスは意図してこの空気を作り出したのだろうと予想し、やはり役者が違うと、ゲッシュはやや苦笑した。
「それでは続けます。現在、邪神の封印が解けかかっているのは皆様ご存じの通りです。ただ封印が解けかけているとはいっても、マリーニアの見立てによると、まずこれは酷く恐ろしい事実なのですが、本来ならば最上級の邪神は既に封印を破る事が可能なのに、思惑は全く分かりませんが何故か始めから封印を破るつもりがないらしく。そして他は上級の邪神であと1年、中級の邪神であと10年、下級の邪神に至ってはあと数十年は封印は保つという事で、あとは何とか封印の地を見つけて、職業:勇者の方々の封術により封印を再度強化すれば、何も問題は無いはずだったのですが……2つ、問題が起きました」
「問題は無いはず“だった”?それに、2つ問題が起きた?……そういえば、そこの邪神ディザスター殿は、邪神としては何級なのかね?」
 話を進めると言いつつ歯切れの悪いゲッシュに、再びアルスが問いかける。
「……まず、1つ目の問題がその質問されたディザスターの事になります。幸い、ディザスターはこちらの味方となりました……いえ、厳密にはスレイの味方なのですが。しかし、我々としては残念な事に、ディザスターはあれほどの力を持ちながら、邪神としては下級なのです」
 ざわっ、と場がざわめく。
 先程、圧倒的なプレッシャーで以って、この場の実力者達を圧倒してみせたディザスターが下級の邪神ということに、実力者達は誰もが驚きを隠せずにいた。
 まあ、肝心のディザスターといえば始めから変わらず主の足下でくつろぎ中で、その主のスレイに至っては、1人ティータイムと洒落込みつつ、未だ侍女を呼ぶ度、侍女が近付く度に口説き続けているのだが。
 そしてその地道な努力は、急速に身を結びつつある。
 どこまでも真面目に引き締まっていた表情は時折笑みが浮かぶようになり、頬もやはり赤らむ頻度が増え、プロフェッショナルに客人全員に対し仕事をこなすのは変わらねど、ややスレイの元へと足を運ぶ頻度が増えているように見える。
 何より今の状況では、侍女に色々と注文する相手などスレイぐらいのものだ。
 先ほどゲッシュとアルスをすら戦慄させた、その口説きの技術は伊達ではない。
 周囲の女性陣の視線も、今の状況ではスレイに向く事は無く、それすらも相手の侍女の緊張を解くのに一役買っている。
 この真剣な場の空気すら侍女を口説くのに利用しているスレイは、まさに不真面目の極地であった。
 当然、そんなスレイは置き去りに、深刻な会議は続く。
「待ちたまえ!先程、“星詠”マリーニア殿の見立てで、下級の邪神の封印は、あと数十年は保つと言ったね?それならば、何故その下級の邪神であるディザスター殿がここに居るのかね?いや、そもそもその見立てを聞いた時から、例え下級でないとしても、ロドリゲーニの様な例外は除き、邪神が既に復活している事自体を疑問に思っていたのだが」
 ドラグゼスが力強い声で質問する。
 流石に、これは見逃せない事態だ。
 何しろ全ての大前提が崩れている。
 理由が分からなければ、邪神に関して何があっても不思議が無いと言う事にもなりかねない。
 故にドラグゼスの視線はゲッシュを逃さないとばかりに見据えていた。
 勿論、他の者達とて一部の例外を除けば同様だ。
 ドラグゼスの視線の強さにたじろぎかけたゲッシュだが、何とか踏み留まる。
 覚悟を決め、一度目を閉じ、ゲッシュは一息吐くと、キッと眦を上げ、大きな声で答えた。
「実は、それが2つ目の問題となります。これはそのディザスターから齎された情報ですが、ドラグゼス殿が例外と仰った、約二年前に復活した、“黒刃”スレイの幼馴染だった、覚醒した邪神ロドリゲーニの転生体が、他の邪神の封印を解除して回っているらしいのです。ディザスターも、ロドリゲーニによって封印から解放されたそうです」
 やはり場にざわめきが巻き起こる。
 当然だ、邪神が邪神の封印を解いている。
 証明となる存在もこの場に存在している。
 先ほどのような疑問ではない、もはやこれは誰もが戦慄する事態だ。
「ふむ、それでは既に最上級の邪神や上級の邪神の封印すら解かれているかもしれないという事かね?」
 そのような事態にも関わらず、落ち着き払った無表情のままでアイスが静かに問いかける。
 アイスの落ち着きぶりは、僅かとはいえ場に安心感すら与える力があった。
 アイスによって僅かに静まった場の空気に後押しされるようにゲッシュが答える。
「いえ、それはありません。先ほども申し上げましたが、マリーニアの見立てでは、最上級の邪神は何故か既に封印を破れるにも関わらず、そもそも始めから封印を破るつもりが無いらしく。上級の邪神達については先の一件のように、自分の一部を外へと送還するなど、自らの力で封印を破る為に幾つも特殊な試みを行っていて、また自らの力で封印を破る事に拘っているので、ロドリゲーニとしては彼らに干渉するつもりはないらしいです。なのでロドリゲーニの封印の解除は、あくまで下級と中級の邪神に限られるとか」
「その情報もディザスター殿から?」
 アルスの問いに重々しくこくりと頷くゲッシュ。
 緊張は残しつつも、僅かに場の空気が弛緩する。
 ほんの少しであっても安心材料が出たのだ、仕方の無い事だろう。
 だがすぐに、そんな場の空気を引き締め直すように、鋭い声での質問がイリュアから飛ぶ。
「つまり、残り二柱の下級の邪神と三柱の中級の邪神は、既に封印が解かれているかもしれない、という事ですね?」
 僅かに弛緩した場の空気が、先ほど以上に緊迫した。
 先程思い知ったディザスターの力と同格の敵が二柱、それより上位の敵が三柱も既に封印を解かれているかもしれない、などと考えれば当然である。
 ディザスター一柱にさえ、この場の総力を結集しても勝てるかどうか……認めたくは無いが無理な可能性が高いと、この場の実力者達は思い知ったのだ。
 理解できなかった者達も、実力者達が発する鬼気に近しいその空気に当てられ沈黙せざるを得ない。
 尤も、そんな空気を良い事に、自分の傍にそのような空気を遮断した空間を作り上げ、お茶を嗜むのは一休みし、ペット達を愛でながら、その職業意識の高さでも、流石に空気に押されてスレイの傍に無意識に近付いてしまう侍女を、スレイは口説き続けていたが。
 そのスレイに与えられる安心感も相まって、侍女は今まで以上に急速にスレイに傾いていた。
 この会議の空気をそんな意味で有り難がるスレイ。
 もはや不真面目の極みすら越えていた。
 勿論、会議は真面目に続く。
 イリュアの鋭い質問、今まで以上に緊迫した空気、その中でゲッシュは丹田に力を込め、地を踏み締める様に力強く立って、その空気に対抗するように答える。
「いえ。まず、一つ訂正させて頂きます。下級の邪神はディザスター以外に、あと二柱ではなくあと一柱だけ。もう一柱は、かつての聖戦においてある男に滅ぼされたそうです」
 邪神が既に一柱滅ぼされていた。
 しかもそれがただ1人の男によって成された。
 明かされた信じ難い事実にまた場がざわめく。
 ただ1人、シャルロットのみがわかりきった事実だというように頷いていたが。
「そして中級の邪神は三柱にして一柱たる存在。実質一柱と考えて構わないそうです。その分強力な力を持つが故に中級としても最上位の存在だという事ですが」
 中級の邪神についての知られざる実体を知り、やはり場がざわめく。
 ただシャルロットのみがやはり既知の事実を聞いただけと言う様に落ち着いている。
 シャルロットの様子に気付いたサイネリアは、問いかけるように睨みつけた。
 シャルロットはやや苦笑し、後でと言わんばかりに目線でゲッシュの方を見るように促した。
 不満気にしつつも、必ず聞きだすと言わんばかりに強く睨んでから、ゲッシュへと向き直るサイネリア。
 やれやれとシャルロットは肩を竦める。
 そんな中、空気の質が変わった事で、侍女、いやスレイはとっくに名前を聞きだしていたので内心、どころか声に出しても既にエリシアと呼んでいたが、エリシアは、気を取り直すように真面目な表情に戻り、職務に忠実であろうと、円卓の客人達の冷めてしまっただろうお茶を注ぎ直しに、スレイの傍を離れる。
 尤もスレイは、それが無理をしていると分かり、もう殆どモノにした感触を得て、内心ガッツポーズをしていたが。
 だが、王城へ来る機会などあまり無いだろうから、もう一押し、時間を置いても問題無い様に、完全に堕としておきたい所だと考える。
 いくらスレイが“個”として世界から隔絶しているが故に、何ものにも縛られず、完全なる自由を体現した存在だと言っても、もはやここまで来るとただの女好きでしかない。
 ……いや、実際その通りで、それを野望の一つとまであちこちで公言している訳なのだが。
 世界にとって紛れもなく重要人物でありながら、世界などどうでも良いと考えているスレイを置いて、会議は続く。
「それで結局、もう下級の邪神と中級の邪神の封印は解かれたと考えるべきなのかしら?」
 今度はサイネリアが質問した。
 やはりイリュアを意識しているのだろうか?
 何せ聖王と魔王。
 世界の表舞台で最も輝かしい頂点に居る者と、世界でも差別された種族の頂点たる者。
 光の神の最高の寵愛を受ける者と闇の神の最高の寵愛を受ける者。
 あらゆる意味で対極な存在だ。
 実際、今の発言を受け、イリュアもまた、僅かばかりサイネリアを意識したような視線を向けた。
 周囲の実力者達ですら気付かない、微妙な空気。
 だがスレイは敏感にそれを嗅ぎ付けて、聖王と魔王か、両方とも絶対モノにしてやるが、この2人を同時にとか……、などと不埒な事を考えている。
 闘争の場に於いての凄絶な姿など、見る陰も無かった。
 だがディザスターにしてみれば、戦闘欲求だろうと性欲だろうと、どちらにしても異常を通り越した圧倒的な欲望として、自らに力を供給してくれるので、そんな姿も全肯定するが。
 ただ、やはり戦闘欲求の方がかなり強いだろうか?
 神々に埋め込まれた異常な戦闘本能に加え、最近気付いたのだが、スレイ自身が育んだ、神々に埋め込まれたそれを遥かに越えた闘争への飽くなき探究心が合わさり、相乗効果でとんでもない事になっている。
 そのスレイ自身が育んだ闘争への探究心もまた、探索者だというのにイミテーションの欲望ではない。
 全く性欲といい闘争への探究心といい、探索者としての改造により奪われた筈の本物を、しかもただの人間など比較にならない程に強く、何故持ち続けているのか、ディザスターは疑問に思いながらも面白いと感じ、スレイへの忠誠心をなお厚くする。
 だが、それがいかなスレイの強さを支え、またディザスターのスレイへの忠誠心を深めるものだとしても、場に合わない不真面目な態度には変わりない。
 ましてやそんなスレイの精神構造など理解できない者にとってみれば尚更だ。
 現にサイネリアに質問を受けたゲッシュは、スレイとペット2匹の周囲のみ、あまりにも場とかけ離れた空気を醸し出している事に、こめかみに青筋を立てつつ、なんとか自制しながらディザスターに話しを振った。
「……ディザスター?」
『ふむ。下級の邪神、絶望クライスターの気配は感じるが、中級の邪神、三位一体トリニティの気配は感じない。どうやら現在は、まだ中級の邪神の封印の解除中といったところらしいな』
「だ、そうです」
 ディザスターが告げた言葉を以って、ゲッシュはサイネリアへの解答とし、それを聞いていた場の空気は微妙なものになる。
 中級の邪神がまだ復活していないのは歓迎できる事実だが、下級の邪神が既に復活しているのはディザスターの力を片鱗とはいえ感じた場の実力者達にすれば戦慄すべき事だ。
 しかも、ディザスターを見ていても、どうも彼は邪神としては例外らしい。
 伝え聞く邪神の行状からは全く想像できない姿だ。
 だからこそ、他の邪神はいったいどんな行動をしてくるのか、いや今既にもう何かをしているのかも知れない。
 圧倒的な力を持った世界の敵が復活しているというのに、世界に何も変化が起こっていない、その事が逆に疑問を掻き立て、場の者達を混乱させる。
「ちなみにですが」
 場の空気を察し、少しでも良い材料を提供しようとゲッシュは続ける。
「本来ロドリゲーニは上級の邪神だそうですが、人の身に転生することでその力は下級の邪神よりも弱くなっているそうです。それでもEX級相当の力を持つらしいですが。それと、弱くなった代わりに今この時も使われている封印解除を含む、特殊な力を幾つか手に入れたと聞きました」
「ふむ、なるほど。そのような状況だからこそ、他の邪神の封印を解除するなどという行動に出た訳か。いや、邪神の行動を我々の常識で図っていいものかは難しいところだが。ところでディザスター殿は本当に味方と考えていいのかね?彼もまた、ロドリゲーニが解放したのだろう?」
 納得したように頷きつつ、アルスが懸念を表明する。
 今の姿を見ている限り、完全にスレイに対し忠実で、心配する必要があるとは思えない。
 だが、ディザスターの力は強大に過ぎる。
 だからこそ、どのような姿を見ようと安心せず、常に警戒しなければならないと、称号:勇者にして一国の王たる身としては、気を緩められない。
『我は主に従うのみだ。主が望むならお前達が相手でも、最上級邪神であるイグナートが相手であろうと滅ぼしてみせよう、例え存在の全てが喪われる事になろうとも』
「という事ですので、スレイが居る限り心配は無いでしょう」
 アルスの問いにディザスターは、敢えてプレッシャーは放たず、しかしその深淵の奥深くから宇宙創成の爆発の眩い輝きを放出してるが如き圧倒的な美しさの瞳に、どこまでも強い絶対の意志を込めてアルスと目を合わせた。
 そのあまりにも強い意志の力に、名伏し難き感情を覚えるアルス。
 自身でも理解できないその感情。
 だが一つ理解できた。
 ディザスターのスレイへの忠誠が絶対のものだという事だけは。
 スレイの為ならば、この場に居る者達全ても敵に回す、そう本気で言ってみせた事で、自分達に対して見せ掛けの友好などそもそも見せる必要も無いのだと、アルスに理解させた。
 その一時で以ってアルスはとりあえずの、一時の安心を得る。
 しかしその後言った、恐らくは人間で言えば命を賭けてという意味になるのだろう、そこまでしてスレイの為なら最上級邪神だろうと滅ぼしてみせる、実際に邪神の本当の力という物を知る訳でない自分にも、その格差を考えれば絶対に不可能だと分かるそれを、本気でやると言ってのけているのを理解させるほどの覚悟の籠った言葉。
 王たる身としては、ただ一人からでもこれほどの忠誠受けられるのならどれほどの喜びであろうか、そう感じさせる程のものであった。
 しかも邪神たる身にそれ程の忠誠を誓わせるとは。
 ディザスターを叱っているらしい……恐らくはその存在の全てが喪われるという言葉に怒っての事だろう……そんなスレイを見て羨ましいと、そしてそれを叱ってみせる主というその信頼関係は尚羨ましいと感じた。
 そしてスレイとはいったいどれほどの人物なのかと、恐怖に近い感情さえ覚える。
 正直、話には色々と凄いその功績や実力を聞いてはいた。
 だがこの場に現れてから見ているのは、ふざけた姿ばかりだ。
 少々疑いが生じてさえいた。
 この青年が本当にそれほどの者なのだろうかと。
 だが今の一時で以ってスレイに対する疑念は薄れ、なんとなく理解する。
 スレイとは恐らく自分達とは見ている物も感じている物も何もかもが違う人間なのだと。
 規格外、一言で言い表すとそういう事だろう、国も権力も権威も何もかも、彼にとってはどうでもいいものなのだ。
 この場に来たのとて、邪神や世界の危機、などと言う事より、彼なりの何かの価値観によってなのだろう。
 驚くべき洞察力で以って、ディザスターとの一事から、内心でスレイに対する理解まで深めてみせているアルスに、ゲッシュがディザスターの言葉を補足するように言っていた。
 尤も、もはやアルスにとって、そのような補足は不要な物だったのだが。
「それでは結局私達はどうするべきなのかな?」
 カイトがこの場にありながら軽い口調で結論を尋ねる。
 スレイと同じ様に不真面目なように見えるが、そうではない。
 彼の瞳の奥には常に狡猾な光が宿っている、常に取っている軽薄な態度は相手の油断を誘う為の物だ。
 このような場ですらそれを通すのは筋金入りだが、それを常態としていた故の失態でもあろう。
 常なる癖で、この場ですらその態度を通して見せてしまったことで、この場にいる見識の深い者達は、彼という人間について、ある程度理解を深めてしまった。
 当然カイトはすぐに気付き、この場の、つまり彼が常に駆け引きするべき世界の権力者達相手に、自分という人間をある程度理解させてしまった事に、その事による損失に、思わず舌打ちをし掛けるが、慌てて押し留める。
 バレてしまったのなら仕方がない、もう隠しても意味が無いのだから、だったら気楽にこのまま通す事にしようと思う。
 気付いてない馬鹿共は逆にいくら見せても、いつまで経っても気付かないだろうしな、と辛辣に一部の人間を内心笑うと、そのままの態度を通した。
「……そうですね。まず、既に復活している邪神、絶望クライスターに関しては、なんとかディザスター殿を中心に討伐し、次にまず最優先で中級邪神、そして次に上級と最上級邪神の封印の地を探し出して、中級邪神の封印解除前にロドリゲーニを討伐後、職業:勇者様達の封術で全ての封印を最盛期のレベルまで強化する。これが最善だと思います」
「なるほどね」
 僅かにカイトに警戒の視線を向けつつも、この場では問題無いと判断し、すぐに答えたゲッシュに、カイトも他の者達も、皆が納得したように頷く。
「それで、その邪神達は大まかにはどこに封印されてるんでぇ?探すつぅくらいだから、そこのディザスターって邪神も知らないって事だろうが、仮にも今でも恐れられてる邪神どもだ、ある程度ヒントになるような伝承の類ぐらいは残ってんだろ?」
「それが、探索者ギルドの諜報員達を総動員し調べたのですが、何処の地域にも、全く何の伝承も伝わっておらず、逆に迷宮都市、しかも探索者ギルドの古い文献で一応の情報は掴めたのですが、全ての邪神が迷宮都市の迷宮に封印されているという事と、それが何処かの未知迷宮の最奥という事ぐらいしか……」
「はぁ?」
 ノブツナの問いに対する弱弱しいゲッシュの答えに、ノブツナは思いっきり呆れたような声を出す。
 表情も大げさなまでの呆れ顔だ。
「それじゃあ何も分かってねぇのと一緒じゃねぇか?そうだ、そんな時こそあんたん所の“星詠”の占術で何かわかんなかったのか?」
「それが、かつての職業:勇者様達が、……こういっては何ですが、我がギルドの古い文献に残る記述によると、かつて邪神との戦いに身を投じていた称号:勇者様達やSS級相当探索者達、それに精霊王達や他にも様々な種族がいましたが、その中でもある男を除けば、当時10000歳を越えていたというもはや神々に近しかったその代の竜皇と並び、3人共最大の戦力の一角だったそうで」
「そいつは、また……随分と今代のとは出来が違うんだなぁ?」
 職業:勇者の3人を、見下すように見て言ったノブツナの言葉。
 顔を真っ赤にして何か怒鳴ろうとする3人を、アルスが疲れたように手を上げて制する。
 アルスの表情にやや青くなり何もいえず、そのままの3人。
「あと、そのある男ってのは何者でぇ?」
「恐らく、私の想像では、その男こそが、下級邪神の一柱を滅ぼしたある男、だと思い、ディザスターに確認を取った所、それは肯定されたのですが、何者かという件に関してはディザスターが口を閉ざしてしまい」
「はぁ?おい、そこの狼、何でそいつを教えねぇ?」
 ノブツナの質問に返されたゲッシュの答えに、ノブツナは恐れ知らずにも、ディザスターに対し喰ってかかる。
 ノブツナとてディザスターのプレッシャーを感じた一人だ。
 そしてこの場でも最強の一角である。
 力の差を分からない訳でもないのにこの胆力。
 少しばかり感心するスレイ。
 だがディザスターは違った。
 何せスレイに色々と面倒臭そうだから、スレイの前世とスレイが繋がるような情報については伏せるように言われている。
 スレイ自身もまだ完全に思い出せた訳では無いが、前世について“識った”ある程度の記憶と、出会いの時のディザスターの言葉から、ディザスターが過去の聖戦で忠誠を誓っていたのがスレイの前世である事は分かっている。
 だからこそのディザスターに対するお願いだ。
 ディザスターからすれば主からの頼みだ、それに触れたノブツナは即ちディザスターの逆鱗に触れたに近い。
 先を越える圧倒的なプレッシャーがノブツナを襲った。
『一つ言っておく、我は過去の聖戦でその男に忠誠を誓い他の邪神達と戦った身だ。そしてその男に自らの事は話さぬ様頼まれている。我に我が忠誠を破らせようというのなら、相応の覚悟は出来ていような?』
 あまりのプレッシャーに、恐怖が麻痺し、戦闘体勢に入りながらも、先ほど以上の驚愕に襲われるノブツナ。
 触れてはいけない事に触れていると理解し、ここは引く事にする。
 ノブツナ程の男がその程度の判断を出来ない訳がない。
「悪かった、すまねぇ。この事についちゃあ今後一切聞かないと約束する。許しちゃあくんねぇか?」
『聞かぬというのであれば、何も問題は無い』
 ノブツナの謝罪に、謝罪に興味は無いが、弁えるというのならば良かろうと、プレッシャーを収めるディザスター。
 麻痺していた恐怖が戻ると同時に、ドッと汗が噴出し掛けるのを、意識して汗腺を閉ざし、汗となりかけた水分も全て血液へと戻すノブツナ。
 落ち着いた事で、話を脱線させていた事に気付き、自らが勝手に脱線した事を棚に上げ、ゲッシュに対し、再び問いかける。
「良く考えたらかつての職業:勇者や、下級邪神を滅した男なんて何も関係無いじゃねぇか。で、占術はどうしたんでぇ?」
「ええ、つまりその、それだけ優秀だった職業:勇者様達の封術ですので、緩み綻びが生じていてもその力は強大な物で、封じる術ですので力の気配は完璧に隠され、逆に封印から漏れ出る邪神の気配は強大に過ぎて世界全てにすら広がり、中心点が分からない程で……つまり、マリーニアの占術でも何も“視えない”と」
「は?なんだそりゃ?完璧に隠されてるのに世界に広がってる意味不明だろうが?」
 ノブツナが言うのに、とりあえずは全てノブツナに任せ様子を伺っていた一同も、一様に頷いてみせる。
「ええ、まあ。そんな矛盾すらも当然に起こすようなそれだけ無茶苦茶な力だという事で」
「はぁ、意味不明なのには変わんねぇが、つまり結論としちゃ、“星詠”は役立たずで、結局は何もわからないのと同然、とそういうことだな?」
 ノブツナの厳しい言い草。
 だがその通りなのでゲッシュは何も言えない。
 同じく役立たずと言われたマリーニアも俯き黙り込むだけだ。
 ケリーは姉のその姿に拳を握り締めるも、ケリーにも何も言える事が無く、また相手が自らより遥かに強大な相手な為に無謀に突っ掛かる事も出来ず、ただ唇を噛み締める。
 そんな弟子の様子を見て、やれやれまだまだだな、と肩を竦めるクロウ。
「まあ落ち着けクソ息子」
「なんだとっ、このクソジジィ!」
 弟子の代わりに仕方なく、しかし妙に楽しそうにクロウが乱雑な言葉でノブツナを嗜め、ノブツナがそれに思わず強く反応する。
「ゲッシュ殿達を責めても仕方あるまい、分からぬ物が彼らを責めて分かる様になる訳ではなかろうに。それよりはもっと建設的に物事を考えるべきじゃろう?」
「うぐっ」
 クロウのもっともな意見に、悔しいが納得するしかなく、一つ唸り黙り込むノブツナ。
「ふむ、それではクロウ殿はこれからどうするべきだと思いますか?ここは一つ、ご教授願いたいですね」
 賢者アロウンが興味深そうにクロウに質問する。
 嫌味な言い方に聞こえるが、本人にそんな意図は全く無い。
 ただ純粋に、ここでクロウがどんな考え方をするのか興味があるのだ。
 ひたすらに好奇心の塊なのである。
 勿論過ぎた好奇心が自らを殺しかねない危険な物だという事は理解している。
 より多くの物事を知りたい身としてはその命は永らえたい。
 それでも変えられない性分なのだ。
 業が深いと心中苦笑を漏らすアロウン。
「まあ、まずせっかくSS級相当探索者や人外の強大な存在がこれだけおるんじゃ。未知迷宮を虱潰しに探索して封印の地を探し出すしかないじゃろう」
「まあ確かに、未知迷宮を最奥まで探索できる可能性があるのなんて俺達SS級相当探索者やそれ以上の力を持つ人外の連中ぐらいだろうしな。だが、ただ働きってのは無体だろう?報酬は出るのかい?」
 クロウの言葉を軽く肯定するグラナルだが、ここにこれだけの者が集まった理由などは無視して、当然とばかりに報酬の話を持ち出す。
「この阿呆。ただでさえこのような事態だからここにこれだけの者が集ったというのに、自らにも関係の無いこの事態に報酬を求めるのも論外だが。そもそも未知迷宮を探索すればそれだけで十分以上の収入が得られるだろうが。その上さらに報酬を求めるなど、どれだけ馬鹿だ、お主は」
 オウルに叱責され、流石にオウルには頭の上がらないグラナルは、罰の悪そうな表情になる。
「しかし、いくらこれだけのSS級相当探索者や強大な人外の存在が居るとはいえ、封印の地を見つけ出せるかどうかは賭けになると思いますが?」
 ブレイズが真面目な表情で意見を述べる。
「そうさねぇ。それに私らだって最奥まで探索できるかどうか分からない迷宮だって存在するんだ。それこそ探索の数をこなすのなら戦力を分散させなきゃいけないが、分散させ過ぎても最奥まで辿りつけなきゃあ意味がない。さて、いったいどうするんだい?」
 どこか面白そうに、意地悪気に告げるミネア。
「申し訳ないが、私は聖王猊下の傍を離れるつもりは無いので協力するつもりはない」
 ヴァリアスが一人、己が主張を告げ、協力を拒否する。
「それを言うなら俺だって、カイトのおっさんの傍を離れる気はないぜ?」
 ダリウスも同調するように告げた。
「それなら私も立場上、それほど国を空ける訳にも行きませんが」
 フェンリルまで同調してそう言い出す。
 当然他にも様々な立場を持ち事情を抱えながらも協力するつもりでいた者達は、こいつらは何を言っていると言わんばかりに睨み付ける。
 対抗するように睨み返す3人。
 カイトは面白そうにしていたが、イリュアは頭を痛そうに抑え、アイスは無表情ながらフェンリルを責める様な瞳で見ていた。
「あらあら、随分と意思がバラバラね?かつての聖戦時、協力せずに傍観に徹していたが故に今でも世界中から差別を受けているわたし達、闇の種族としては、この状況はとてもじゃないけど納得できないわねぇ?」
「むぅ」
「うぐっ」
「くっ」
 サイネリアの痛烈な皮肉に、3人は思わず唸り、俯く。
 そんな3人をなぶるように見つめ、なお何を言ってやろうかと考えているようなサイネリア。
 だが、そんな中、何かを考えていたシャルロットが提案する。
「ふむ。妾はただ封印の地を探すだけではなく、いざという時に備え、戦力の増強を図るべきだと思うのだが、どうかのう?」
「戦力の増強とは言っても、既にここに居る殆どの探索者が限界レベルまで到達していますし、人外の種族の方々も短期間での急激な成長など不可能でしょう?そうでないのは職業:勇者の方々や、ケリーとマリーニア、それにスレイぐらいのものだと思いますが」
 ゲッシュが言うのに、シャルロットはやれやれ分かってないのうと言わんばかりに首を振り、他にもこの中でも一部の者達は、シャルロットに同調するように、ゲッシュの言葉に否定的な視線をしている。
 だがシャルロットは、ゲッシュに言っても結局は理解できないだろうと思い、それでも一応は告げる。
「ふむ、そうだのう。その5人には、まあスレイ殿は除いて、他の者達には安全の為に実力者を一人は付けて、普通に未知迷宮を探索すると同時にレベルを上げてもらい、他の探索者達と人外の者達は同じく迷宮を探索しながらの技量の底上げかのう?」
「それだけで劇的な戦力の増強が図れるとは思えませんが?」
「やり方次第ではそうでも無いのだがのう……。まぁこれはある程度以上の者でなければ分からなくとも仕方無いか。後はまあ、どうやら妾も含め色々と面白い事を考えてる、しかも一部は実用化さえしてるらしい連中に、それを提供させるのは当然として……まぁ、後はここにはシークレットウェポン持ちが多いとはいえ、使い所によってはそれ以上に役に立つ場合もある武具の収集、それに迷宮探索で手に入れた非常に効果的なレアアイテムの共有。それに各地の神獣などと交渉し助力を頼み。封印が破れた場合は封印の維持から解放された神々の助力もあると、期待するしかあるまいて」
 疑念を示すゲッシュに対し、やはりやれやれと肩を竦めつつも暢気に返すシャルロット。
 シャルロットの提案に、一部の者達が、露骨に嫌な表情を見せている。
 当然一部の者達のその表情は、見破られている、という事とそれを提供させられる、という事への拒否反応だろう。
 そうでない探索者達は、レアアイテムの共有という提案に対する拒否反応だ。
 彼らにとってみればレアアイテムとはいざという時の切り札なのだから。
 だが他の、ゲッシュや大部分の者達は、理解できない提案内容の一部に、疑問の表情を浮かべるのみだ。
 これは期待薄かとやはり肩を竦めると、仕方なくシャルロットは最も手っ取り早く、しかも何の障害も無い提案をする。
「ついでじゃ、属性面での戦力の増強が図れるじゃろうから、我ら闇の種族はとりあえず最初に【闇の迷宮】に挑ませてもらおうかのう」
「なっ!?未知迷宮について知識をお持ちなのですか!?しかも属性面での戦力の強化とは!?」
「ああまあ、これも年の功というものかのう。【闇の迷宮】には異界の闇の神々が封じられているであろう?闇を扱う我ら闇の種族にしてみれば、その力を吸収し、己が強化に使えるのじゃよ。尤も我ら闇の種族単独では流石に神たる身に対抗は不可能じゃから、ある男に協力を頼む事になるじゃろうがの」
 未知迷宮への知識を持ち、しかも自らが知らぬ提案を述べるシャルロットに驚愕し、強く疑問の声を投げかけるゲッシュ。
 サイネリアも、またも臣下が自らの知らぬ事を知り、それを自らに秘していた事に、怒りの目を向ける。
 シャルロットはゲッシュに軽く答えつつ、サイネリアの視線を無視し、誰にも気付かれぬ様、軽くスレイの方を意味ありげに見やった。
 だが、スレイがエリシアを完全に堕とす為の機会を図り、エリシアの様子を熱心に伺っているのを見て、途端不機嫌な表情になる。
「あの、ある男とは?」
「……秘密じゃ」
 何故か不機嫌そうに、そう答えられ、目を白黒させるゲッシュ。
 そこで話を聞いていたドラグゼスが興味深そうに尋ねる。
「それでは、我々竜人族が属性の強化の為に、最初に探索するべき未知迷宮なども心当たりがおありかな?」
「うむ、御主等竜人族は【竜帝の迷宮】に挑むのが良いとおもうぞえ。異界の竜の神々が封じられておるからの」
「なるほど。ゲッシュ殿、探索者ギルドに【竜帝の迷宮】についての情報はありますか?」
「え、ええ。未知迷宮でも屈指の難易度の高さの物として有名ですので、ほんの表層階に限られますが、一応は」
「それではその情報を後程教えていただけますかな?」
「は、はい。それは当然」
 ドラグゼスの質問と要求に、ゲッシュは流されるように答える。
 だがそこで、シャルロットが待ったを掛ける。
「まあ、待て。【竜帝の迷宮】についても、妾の方が有用な情報を与えられると思うぞえ?とりあえず一つ忠告じゃ。あそこの神は皆強力じゃから、当然竜人族単独で挑むのは止めるべきじゃろう、後で協力を得るべき男について教えてやろう。あと、あそこの最下層の神はこの世界で強大な力を手に入れた上に狂っておるからのう。注意せねばならんぞえ」
「……シャルロット殿、失礼ですが、何故それほど強力な神が居るという迷宮の最下層の情報まで貴方はご存知なのでしょうか?」
 思わず疑念を抱き質問するドラグゼス。
 当然他の者達も同様の疑問を抱いている。
「簡単じゃ、妾は約5000年前、当時の最盛期の魔導科学の知識も持ち、魔導科学の研究者でもある……まぁ、ここ暫くはサボっておったがの。その中の装置の一つに、占術の真似事を出来る装置があっての。ただし、酷く限定的な上、不安定なので、知る事が出来たのは当時特に知る必要も無かった知識で、しかもとっくに壊れてしまったがの。しかも妾でも修復不可能な当時の神々の手による遺物と来た物じゃから、既に手に入れた情報以外は提供しようが無いがの」
「なんと!?」
「え?シャルロットってそうだったの!?」
 驚愕するドラグゼスに何故か追随して疑問を投げかける主の筈のサイネリア。
 他の者達も驚愕し、更に一部の者達は狡猾に計算高く目を光らせている。
「ちなみに、役に立つ物なら提供しても構わんが、趣味の代物じゃから、あまり戦闘で役に立つ物は……あるといえばあるが、お主らの趣味には合わんとおもうぞえ?それに、お主らでは神々の遺物を研究しても何も分からぬように、妾の知識や妾の製作した装置を研究しても何も分からぬぞ?」
 その言葉に、一部の者達は露骨に表情を落胆のものに変えていた。
「ついでじゃ、聖王殿?お主も光神ヴァレリアの神子故に、肉体の改造は受けれない身であろうが、逆にそれ故に異界の光の神々が封じられし【光の迷宮】に挑めば、光の神々の力を吸収し、どのような物かは分からぬが相当な力が得られる筈じゃ」
「なっ!?戦う術の無い聖王猊下に迷宮探索に挑めというのかっ!!」
「その為のお主であろうが?」
 シャルロットの正当極まりない指摘にうぐっと黙り込むヴァリアス。
「尤もお主では不足じゃから、後で聖王殿にも手を借りるべき男について教えてやろう。お主といい竜皇殿といい、これは破格の情報なのじゃから、あくまで好意で提供するのじゃ、そこは忘れるでないぞ?」
「貴様っ!!」
「ヴァリアスッ!!……ありがとうございますシャルロット殿、感謝しますね」
 シャルロットの、自分に対する力不足という指摘、それにイリュアに対する態度に激昂するヴァリアスをイリュアが静止し、僅かに挑むような視線でシャルロットに礼を述べる。
 だが軽く受け流すシャルロット。
 これも年の功と言う物か、流石は約5000歳の超お婆ちゃん、お婆ちゃんの知恵袋だな。
 何時の間にか、エリシアについては一時保留し、見物人と化していたスレイが、自分の女にしようという相手に対し、随分と失礼な感想を内心で呟いていた。
「さて、それでは他に何かあるかのう?」
 何時の間にか、場はシャルロットに仕切られていた。
 やはりこれも年の功というものだろう。
 流石……。
 再び内心の失礼な呟きを繰り返すのを途中で止め、スレイが質問する。
「神獣の助力を願う交渉は、誰が行うんだ?」
「それはまあ適時、適当にのう」
「いい加減だな」
 スレイに声を掛けられ、やや嬉しそうになったシャルロットに気付かず、呆れたようにスレイがぼやいた。
「そうそう。スレイ、お主には是非とも【邪龍の迷宮】に是非挑んでもらわねばな」
「俺が?何かあるのか?……それに俺は今はレベルをなるべく上げたくないんだが」
 スレイの宣言に場がざわめく。
 当然だろう。
 探索者がレベルを上げたくないなどという宣言をすれば、普通は正気を疑う。
 だがディザスターは満足げに頷きつつ、シャルロットの提案にも肯定の視線をスレイに向けていた。
 それに気付き、スレイは【邪龍の迷宮】には何かあるのだろうか?と思う。
 ディザスターはディザスターで、スレイに完全に忠実なのだが、あまり多くを語らないので、色々と分からない事があって困るな、とも思った。
 シャルロットも何故か満足げに頷きつつ、質問に答える。
「まあ、あの迷宮とお主に関しては、必然がある、とだけ言っておこう」
 スレイは特に拘らずその答えで納得し黙る。
 むしろ周囲の方が疑惑の感情の色合いの籠った視線をスレイとシャルロットに向けていた。
「私からもいいかね?」
 そこへふと、アルスが口を挿む。
「ふむ、何かのう?」
「いや、ここに居る全員の現在の力をこの眼で確認してみたいと思ってね?探索者に関してはカードを見せてもらうのは当然だが、能力値では本当の力を把握できないし、人外の方々はそもそもカードが無いから、軽く適当な組み合わせで手合わせなどしてみたいと思ってね?」
 そう言いながらも、アルスの視線は強くスレイに向けられている。
 場の殆どの者達はアルスの『能力値では本当の力を把握できない』という言葉に、一国の王に対して不敬な、何を言ってるんだコイツは、という視線を向けている。
 だが一部の者達は当然といったように頷いていた。
「ふむ、なるほどのう。それは良い考えだの」
 シャルロットも賛同し、まずは探索者達がカードを見せ合う事になった。

「ところで、先程は探索者ギルドの代表者達から先に紹介をしていたであろう?今度は逆に妾達から力を見せていくのはどうかの?」
「し、しかし力を見せるとはいったいどうやって?探索者でないあなた方はカードなど無いでしょう?」
 いきなり、先ほどの決定の前提を覆すシャルロットの台詞に、ゲッシュは思わず疑問の声を上げる。
 ゲッシュの疑問にさもありなん、と頷いたシャルロットはその方法を語る。
「なに、先程そちらのディザスター殿がやってみせてくれたように、妾達も力の波動を解放してみせてはどうかと思ってのう。ここに居る者達の殆どは、それで十分妾達の力量を読み取れよう?妾達はディザスター殿程器用な真似は出来んが、邪神には遥か及ばない妾達の力の波動程度ならただの人でも耐えられん事はないだろうしの」
「あら、いいわね、ソレ」
 サイネリアが面白そうに賛同する。
「ふむ、しかし力を見せると言っても我ら竜人族は竜化せねば本来の力を見せる事はできないのだが?ここで竜化する訳にもいかんし、どうすればいいかね?」
「それでは城の練兵場に行きましょう。ドラグゼス殿達がこちらにいらした際も着陸に使っていただいた場所ですので広さに問題はありませんし、王都の民も王城に貴方達が滞在している事を既に知っていますので、竜の姿を見せても混乱を招くことは無いでしょうからね。もちろん一応知らせは出しますが。それにその後の手合わせにも丁度良いでしょう」
 ドラグゼスの言葉にアルスが提案する。
 場の一同も賛同する。
 そしてそのまま練兵場へと場を移して、力を見せ合う事になり、次々と室内から全員が退出していく。
 そんな中一人、スレイはエリシアに向き合うと告げた。
「エリシア、あんたの淹れたお茶は実に美味しかった。何よりあんたの仕事ぶりには感心させられた。もしまたここに来る機会があったら是非あんたの淹れたお茶をまた飲みたいと思う」
「は、はい!ありがとうございます!雇われている私などが本来言えた台詞ではありませんが、またのご来訪、是非お待ちしています」
 エリシアが、スレイの言葉に顔を明るくして嬉しそうに答える。
 もう完全に堕ちていた。
 内心で完全に勝利宣言しながら、そのまま退室するスレイと名残惜しげに見送るエリシア。
 すると、扉を出てすぐの所にいた、探索者ギルドの代表として来ている女性陣、真紀、出雲、セリカ、マリーニアなどが呆れた視線をスレイに向けていた。
「ん、なんだ?」
「いえ、確かにあんたの野望とやらは聞いたけど、まさかあんな場で、しかも王城の侍女まで口説くなんてね」
「うん、今回のスレイには流石に驚いた」
「本当に、どんだけ女の扱いに手慣れてるのよ」
「そうやって犠牲者を増やしていくんですね、貴方の手口は良く分かりました」
 次々と言われ、スレイは目を白黒させる。
 特に出雲に驚かれるなんて、と、マリーニアは“まだ”関係無いだろうにと内心思う。
「まあ、言ってる事はその通りだが、責められる筋合いは無いぞ?」
 スレイの言い草に、内心色々思えども、納得するしかない女性陣は、諦めたような顔で、そのまま先に場内の廊下を進んで行く。
 尤もスレイとしては言われた事に本当に納得した訳では無かったのだが、方便という奴だ。
 先程までのあまりにも傍若無人にして自由奔放なスレイの振る舞い。
 だがそれは当然の事だった。
 例えば戦いの分野を限定すれば、スレイと拮抗ぐらいはしてみせる相手もあの場には確かに何人か居た。
 だが全てを出し尽くすというのならば、あの場に居た者でスレイ以上なのは、成長途上の今でさえディザスターとフルールくらいのものだろう。
 別に力に驕っている訳ではない、これはただの事実だ。
 そしてそのディザスターとフルールにすら戦うならば、いかな手を尽くしても勝つ。
 まあ、尤もディザスターとフルールがスレイと戦う事などもはやありえないのだが。
 ともかくその事実は、スレイという存在からどんどんと枷を無くしていく。
 スレイが成長すればする程にだ。
 現在この城に集まっている者達は、それこそこの世界屈指の強者、しかも数の論理など無視した馬鹿げた個の力を持つ者ばかりだ。
 それはこういう意味も持つ。
 スレイならば、今でさえ、この世界全てを敵に回しても勝つ事が出来る、と。
 人が社会という枠組みに捉われるのは、ひとえにそれがその人間にとっても必要な事だからだ。
 スレイにはその必要が無く、更に時を経る毎にますます枷は外れ、より社会に迎合する必要が無くなり、その在り様は自由さを増していく。
 現在この城に集っている者達の地位も権威も力もスレイには何の意味も成さなくなっていた。
 だから特に意識せず、いや意識する必要すら無く、スレイの行動はあまりにも常識から逸脱したものになっていた。
 振舞いがあまりに好き勝手が過ぎたのも、円卓で職務に忠実にどのような状況でもプロフェッショナルに徹しようとしていたエリシアを口説き堕としたのもその表れに過ぎない、……恐らく……多分。
 しかし、とスレイは思わず口に出す。
「圧倒的な知識量、しかも自分の物では無いとはいえ経験まで伴ってる物とは相当に使えるな、相手の性格から嗜好から何まで推測し、導き出した最適なタイミング、最適な口説き文句の効率ときたら。後はシチュエーションまでこの知識量を利用し、自分で演出すれば、もっと効率が上がるな」
『主よ、……なんというか、能力を絶賛無駄遣い中だな』
 流石に呆れたようにディザスターが言う。
「何を言う、俺の野望は何度も聞かせただろう。女を堕とす為に能力の全てを駆使するのは、むしろ俺の本道だ」
「まあ、確かにそうなんだろうけど~」
 フルールさえも面白そうどころか呆れた顔になっている。
「とは言えだ、勘違いするなよ?俺は女性を簡単だなんて思ってない、むしろ逆だ。女の方がよっぽど狡猾で、男の方がよっぽど単純で馬鹿だ、当然俺も含めてな」
『いや、主よ、さっきと言っている事が……』
「何を言う、頭の良い馬鹿なんてありふれているだろう?頭の良い男ってのは大体その頭の良い馬鹿だぞ、当然俺が筆頭だ」
『……』
「……」
 もはや黙り込むしかない2匹。
「黙るなよ、これほど分かり易い理屈も無いと思うがな?自らの相手に見目の良さ、なんて物を第一に選ぶ比率の高さの男女比。それだけ見ても分かるだろう?他の男の女を除いた美女・美少女を全て俺のモノにするなんて言ってる俺なんて、最も単純明快じゃないか」
『主……』
「スレイ……」
 何故か、むしろ楽しそうに自らの馬鹿さを熱弁するスレイに、2匹は微妙な表情だ。
「逆に女は本能レベルで狡猾だぞ?かなりの割合の女が、ちゃんと優秀な、つまり使える男を無意識に選んでる。散々堕とすだの何だの言ってるが、結局俺は俺の有用性を、つまり能力を効率的にアピールしてるだけだ。俺がいればいかな危険からも護られるし、色々便利だし、望む事は大抵叶いますよ、ってな。多少、ミューズの魂の波動の後押しもあるが、それもアピールの効率を上げているだけだ。結局、俺という男が、誰よりも強く、誰よりも優秀で、誰よりも使えるから、女は俺に恋愛感情を抱いてくれる訳さ。一目惚れしてくれた連中なんてそれだけ直観に優れてるんだろうな。まあ尤も、女自身裏にあるそんな計算自覚してないし、実際それこそが本来の生物としての当然の本物の恋愛感情って物だから俺としては全然問題無い。つまりちゃんと俺に恋愛感情を持ってくれて、俺が独占さえできる訳だしな」
 もはや恋愛観すら世間とは隔絶した主に、頼もしく思うべきか、悲しむべきか、判断に迷う2匹であった。

 王城内練兵場。
 確かにそこは広かった。
 巨大な竜の10頭ほども、軽く動き回れそうな規模である。
 その中心へと集まる一同。
 そんな中、練兵場の外れから、クロスメリア王国の王城詰めの兵士達が、伺うようにこちらを見ている事についてスレイは尋ねる。
「あいつらは、問題ないのか?」
「ああ、あの位置ならば特に邪魔になることもないし、色々と経験にもなるだろう。それにここで機密情報を話す訳でもあるまい。ここに集った面々に憧れている者も多いだろうし、あのまま見物させてやってくれ」
「まあ、あんたが良いんなら、別に俺はどうでもいいんだが」
 アルスに対し当然の様にタメ口を聞くスレイに、ゲッシュは仮にもこの場での立場的にはスレイの監督者という事になるので、思わず胃が痛み、頭を抱えるが、スレイにとってはこれが普通だし、アルスもまた器の大きさを見せ、別段気にした様子もなくにこやかに答える。
「待って頂きたい、我々のステータスともなれば、十分に機密情報に値すると思うのだが」
 だがそれにヴァリアスが声高に反論した。
 傍ではイリュアがやや頭を抱えている。
 ……まあ、探索者として限界レベルに至るまでは迷宮都市に居たとはいえ、聖王と迷宮都市の関係を考えれば、聖王国のバックアップを存分に受けての事だったのだろうし、それ以外は恐らく光神の神殿に籠り切りだった筈。
 ならばあの未熟もまた仕方あるまい。
 むしろどうして同じく、いや探索者になった経験も無く、もっとずっと神殿に籠り切りだっただろうイリュアがあれほど世間ずれしてるかの方が不思議だが。
 と思いつつ、ふと周囲を見ると、何やらフェンリルやグラナル、ブレイズなど他にも頷いている物が居た。
 ケリーやマリーニアなども、クロウやサクヤに静止されて何のアクションも見せていないが、その表情は物言いたげだ。
 一番騒ぎそうな職業:勇者の3人については、自分達にとっての庭という事もあるのか、珍しく大人しいものだ。
 やや頭が痛くなるスレイ。
 他にも同じ気持ちを共有している者が数人いるようだ。
 一応は、グラナルやブレイズなどは、戦争での戦闘の経験は豊富だろうから、やはりそういうのとはズレがあるのだろう。
 改めて“今の”探索者達の限界を思い知る。
 ……ふと、また意識せずに、余計な知識を“識って”しまった事に気付き、再度スレイは頭痛を感じた。
「ふむ、まずは現状を考え、我々同士でカードを見せ合う事には同意して貰ったと考えていたのだが違うのかな?」
「それはっ!?しかし彼らは!!」
「確かにあの中には探索者出身の者も混じっているし、その者達ならここでカードを見せあっていても、カードを覗き見る事ができるかもしれないが、そもそも、実力の拮抗した我々同士で知られる事にこそ問題はあれど、彼ら程度に知られて何か問題があるのかね?」
「っ!!」
 アルスの理路整然とした質問に何も答えられないヴァリアス。
 他の者達も同様らしい。
 勿論アルスのこれは方便だ。
 そもそもステータス程度にこれだけ拘っている時点で、彼らはこの中でも一段劣っているとしか思えない。
 スレイとしても先程の評価を下方修正せざるを得ないと思った程だ。
 そして、どれだけ格下の相手であろうと、本来なるべくなら自らについての情報を知られるのは避けるべきだ。
 まあスレイは自分だけは例外だと思っているし、あくまで自分についての情報は戦闘者としてはどのような相手でもなるべくなら全て秘するべき、というだけであって、その情報の中でも特にステータスの重要度が高い訳では無い事に変わりはないが。
 だが本音を隠し、場を纏めてみせたアルスの手腕にはやはり感心せざるを得まい。
 そして互いの力の確認が始まる。
 まあスレイとしては大まかには先程測り終えているし、これ以上は実際の戦いでも見なければ大きな情報を得られないと思っているが、多少の参考にはなるだろうと大人しく参加する事にする。
 まずは先程、自己紹介のトリを飾った、ヘル王国の代表である闇の種族達がその力を見せる事になった。
「それではまず、不肖の身ですが鬼人オーガ族の長を務めさせて頂いている、私ダートから参ります」
 堅い言葉遣いの、三つの角と大きな身体のほぼ人と変わらないながらもやや異形の青い肌の生真面目な青年である鬼王ダートが、一同の中心に進み出て立つ。
 そしてその三つの角が闇を纏い共振しながら、どんどんと闇の力の波動を大きくしていく。
 周囲にかかる圧迫感。
 ゲッシュにケリーにマリーニア、職業:勇者の3人、アイスにシズカにエリナにアリサと、潜在的な力を含めてもSS級未満の探索者以外と、レベル80未満の神々のシステムの恐怖を麻痺させる補正を持たない探索者の面々は地に膝を着く。
 遠く離れて見ている兵士達は全員が地に膝を着いていた。
 ただ一人、イリュアだけは、戦闘能力を持たない身ながら平然と立つ。
 強大な光の力を持つだけあり、闇の力への抵抗力も強大だという事だろう。
 ただ膝を着いた者達の中でもアイスは無表情を崩さない、流石に役者が違っている。
 逆に、職業:勇者という身でありながら、膝を着いている3人は面目丸潰れである。
 僅かにアルスとカタリナ、それにジルドレイが頭が痛そうに溜息を吐いていた。
 そのまま鬼王ダートは力の波動を治める。
 今の力の波動で周囲の者達はだいたいダートの力を把握していた。
 SS級の中堅あたり、そのぐらいの力である。
 尤もスレイはそこに、経験不足という下方修正を入れている訳だが。
「それでは次は我の出番かな?」
 そういって、10メートル近い巨体の黒い狼、魔狼王リュカオンが身を起こしダートと入れ替わるように中心に立つ。
 今更ながらこれだけの巨体が平気で廊下を通れるのだから、この王城の規模の大きさが知れる。
 リュカオンはそのまま天を向き、遠吠えを上げた。
 その遠吠えで空の雲に穴が開く。
 途端広がる闇の力の波動。
 先程と同じ面々が地に膝を着く。
 周囲の者達はSS級の上級あたり、先程のダートの力より一段上と判断していた。
 スレイはそこに、約3000年という経験を加味し、もう少々上方修正しているが。
 スレイはふらふらと吸い寄せられるようにリュカオンに近付き尋ねる。
「なあ、身体に触ってみてもいいか?」
「うむ、構わんが?」
 肯定の返事を聞くと、スレイは思いっきりリュカオンの巨体を撫で回す。
 毛並みの感触が心地良い。
 どうやらその毛並みの感触が気に入ったようで、スレイは暫くそのままリュカオンの毛並みの感触を楽しみ続ける。
 リュカオンはどこか困ったような表情をしているように見えた。
 スレイの後ろから、ディザスターの唸り声が上がる。
 主の関心を奪われて嫉妬しているようだ。
 そしてようやくスレイはリュカオンから手を離すと告げた。
「うん、良く手入れされたいい毛並みだ。素晴らしかった」
「……そうか、褒め言葉、有難く受け取っておこう」
 やはり困ったように答えるリュカオン。
 満足げに元の位置に戻るスレイの足下にディザスターが飛びつき、フルールが右肩の上に乗る。
 どうやら二匹は今のスレイの行動にお冠のようだ。
 苦笑しつつ二匹を宥めるスレイ。
 そんなスレイを周囲の全員が呆れたように見ていた。
 それでも周囲など全く気にしないスレイは紛れも無く大物だろう。
 いや“個”として世界と隔絶してしまっているのを、大物と呼ぶのが正確なのかは不明だが。
「そろそろ、いいかな」
 そう告げ、リュカオンは力の波動を治める。
 そして元の位置に戻り、のそりと寝そべった。
「次は妾の番かのう」
 言ったシャルロットが中心へと進み出た。
「それでは行くぞえ?」
 前置きし、そして次の瞬間、深紅の闇の波動が迸った。
 今度は先程までの面々に加え、フェンリル、イリナ、ヴァリアス、グラナル、ブレイズまでもが膝を着いていた。
 スレイが独自に測った実力から考え、彼らより戦闘力に於いては劣る者も平然と立つ中、彼らが地に膝を着いているのは、これに関しては純粋に経験などが大きいかと思う。
 大体、彼らは探索者なのだから恐怖の感情は麻痺し、肉体は戦闘体勢へと移行している筈なのだ。
 それでこの有様は、心にも肉体にも隙があったのだろう、神々のシステムの補正が間に合わない程に。
 シャルロットの力の波動はSS級でも最上級、もはやSSS級に紙一重の領域にまで達していた。
 スレイは更に5000年の経験を加味し、あるいはSSS級の存在にも勝つかもしれないなと考える。
 続いてぼんやりと、なんとなくこの深紅の波動は、やはり血という共通点も有り、アスラに近いかな、とも考えた。
 そんな主の考えにプライドを傷つけられた様に、自分の方が遥かに上だと主張するように、左腰のアスラが震える。
 スレイは分かっているというように、そんなアスラをポンポンと叩く。
 実際似ているだけで格は違う、当然の事だ。
 シャルロットが力を治め、元の位置に戻っていった。
 周囲のかなりの者が、今まで敵として認知してきた闇の種族の、しかもナンバー2でこれほどの力を持っている事に警戒の表情を浮かべるようになっていた。
「それじゃあ最後はわたしね」
 にこやかに告げ、サイネリアが中心に進み出る。
「それじゃあ行くわよ?ちゃんと身構えてないと、どうなっても知らないからね?」
 告げると同時、サイネリアの周囲が一瞬、沈黙に包まれた。
 瞬時、爆発的に広がる闇の波動。
 物理的な圧力すら伴い周囲を席捲する。
 先程まで膝を着いていた面々は当然また同じ様に跪き、地に手すらついて伏せる。
 他の探索者の面々は流石だろう、神々のシステムを最大限利用し、あくまでその身体を戦闘体勢へと移行させる事で、膝を着くなどという無様は晒さない。
 だがその彼らをして予想はしていただろうに驚きを隠せない。
 竜皇もまた自らと同格の相手に驚いているようであった。
 配下である闇の種族達は、やはり力の属性の問題か、むしろ安らぎすら感じているようだ。
 イリュアに至っては、戦闘能力を全く持たないというのに、その光のオーラのみで拮抗してみせていた。
 そんなイリュアに笑みを浮かべて挑発的な視線を向けるサイネリア。
 同じく挑発的な視線を返すイリュア。
 いや、ヴァリアスじゃどうしようもないんだから、止めておいてやれよ、ストレスで死ぬぞ、と何となく友人以外の男の事などどうでもいい筈のスレイが同情してしまう。
 だが、なんにせよ紛れも無くSSS級の力である。
 全く反応を示していないのはスレイと2匹のペットぐらいのものであろう。
 まあスレイにすれば、経験不足で力だけ、という印象が強いので、警戒の対象になり得ないのだが。
 その点、先程のシャルロットの方がまだ、警戒に値する。
 スレイがそんな失礼な感想を抱いてるとはいざ知らず、サイネリアは力の波動を治めた。
「まあ、こんなものかしら。これがわたし達、闇の種族の力よ」
 どこか誇らしげに告げると、サイネリアは元の位置に戻っていく。
「それじゃあ次はわたくし達ですね?」
 イリュアがやはりサイネリアを身ながらどこか挑戦的に告げる。
「聖王サマは戦闘能力は無いんじゃないのか?」
 恐れを知らないスレイが楽しそうに笑いながら軽く言い放った。
「……まあ、確かに戦闘能力は無いのですが。その代わりに、わたくしの持ってる力をお見せしますね?」
 スレイのどこまでも恐れを知らぬ態度に、キョトンとした後、むしろ楽しそうに笑いイリュアはそう告げる。
 ヴァリアスはやはりスレイを睨み付けるが、先程無様を晒した手前、逆に全くと言っていい程弱さを見せなかったスレイ相手だと、やはりどこか視線も弱くなってしまう。
 そんな様子も楽しげに見つつ、中心に進み出ると、イリュアは祈るような姿勢をとった。
 一瞬の静寂、そしてイリュアを中心として光の波動が広がっていく。
 それは戦いの猛々しさとは関係の無い柔らかな波動であったが、圧倒的な影響力を持ってその場に居た人間族の者達に内側から湧き上がるような活力を与えていく。
 だがスレイは特に何も感じていない。
 同じく竜人族の面々も何も感じていないようであるし、闇の種族の面々はどこか不快そうに表情を歪めている。
 暫くしてイリュアが祈る姿勢を止めると、その波動は静かに消え去った。
「これが光神の祝福ヴァレリア・ブレス。ヴァレリアの神子であるわたくしだけが使える、代々聖王が引き継いできた秘儀。周囲の、光神の被造物である人間族を、それこそ軍勢単位で力を増幅して強化する、秘中の秘です」
 人間族の力を増幅する筈なのに、自分が特に何も感じなかったのは何故だろうか?とスレイは疑問に思う。
 やはり特性:天才は魂の素材が超神ヴェスタの遺骸、と若干ミューズの魂、なので、種族:人間であっても、厳密には光神の被造物である人間族には分類されないのだろうか?
 など、考察してみるも、別に大した事とも思わなかったので、考察をすぐに止め、そのまま忘れる事にした。
「それでは、ここからは探索者カードを見せる場面ですね。ヴァリアス、あなたからお見せなさい?」
「はっ!」
 イリュアの命令に勢い良く返事を返すヴァリアス。
 そのまま素直に従いヴァリアスは中心に立った。
 先程の失態を取り戻そうというのだろうか、やたらと気合が入っている様に感じる。
 いや、ステータスだけじゃ意味が無いと内心突っ込みつつも、興味はあるので何気に楽しみではあるスレイ。
 周囲の者達は全員カードの表示を見る為に、ヴァリアスへとやや近付く。
 そしてヴァリアスはカードを取り出しステータスを表示してみせた。


ヴァリアス
Lv:95
年齢:32
筋力:S
体力:S
魔力:SS
敏捷:EX
器用:SSS
精神:SS
運勢:S
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、竜殺し(ドラゴン・バスター)、聖剣技の使い手、光神の神殿騎士、聖王の守護者
特性:闘気術、魔力操作、聖剣技、思考加速、思考分割、剣技上昇、聖属性、光属性、炎耐性、水耐性、土耐性、風耐性、毒耐性、光耐性、闇耐性
祝福:光神ヴァレリア
職業:剣皇
装備:聖剣ヴァレリア・ソード、神殿騎士のブレストプレート、神殿騎士のバックラー、光狼の革のジャケット、光狼の革のズボン、光狼の革靴
経験値:9999 次のLvまで0
預金:0コメル

「聖剣技の使い手」とは「聖剣技」の特性の持ち主に与えられる称号である。そして「聖剣技」とは代々の「聖王の守護者」に伝えられる神聖なる剣技で、五つの剣理を超えた超剣技で構成されるとされる。そして「聖王の守護者」とは光神の神殿騎士筆頭に与えられるものであり、「聖剣技」を習得する資格を与えられ、また聖王の傍に侍る事が許される称号だ。

「SS級相当探索者なのに預金は0コメルなんだな」
 興味深そうにスレイが呟く。
「当然だろう?預金のままじゃ迷宮都市内でしか使えないんだ、迷宮都市の外に住むとなったら預金を引き出していくのは常識だろう?」
「そうなのか、なるほどな」
 納得したように頷くスレイ、そんなスレイを呆れたようにヴァリアスが見ているが、スレイとしては気にもならない。
 結局、彼に関しては「聖剣技」のみが興味の対象というのに変わりは無いと見切ったからだ。
「ふむ、それでは次は儂かのう」
 そう言うと、オウルがヴァリアスと入れ替わるように中心に立つ。
 彼に関してはヴァリアスとは逆に、その技量と経験こそが本領と分かり、またシークレットウェポンの能力も実際見なければ分からないし面白くないので、ステータスにはあまり興味が湧かないスレイ。
 オウルが探索者カードを取り出し、ステータスを表示する。

オウル
Lv:97
年齢:90
筋力:SS
体力:SS
魔力:SS
敏捷:EX
器用:SS
精神:SS
運勢:A
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、竜殺し(ドラゴン・バスター)、闘術を極めし者、纏う者
特性:闘気術、魔闘術、思考加速、思考分割、格闘技上昇、無拍子、寸勁、浸透勁、化勁、明鏡止水、無念無想、心眼、聖属性、炎耐性、水耐性、土耐性、風耐性、毒耐性、光耐性、闇耐性
祝福:闘神バルス
職業:闘師
装備:聖拳スラッシュ、飛竜の革の武闘着、飛竜の革の帯、飛竜の革靴
経験値:9999 次のLvまで0
預金:0コメル

 「闘術を極めし者」とは、ほぼあらゆる流派の格闘技を極めた証の称号であり、特性の格闘技上昇に加え、更に重複して補正がかかる。
 
「ほう」
「こりゃあ」
 一同が唸り、中でもクロウとノブツナがその特性に驚いたような顔で感心した声を上げる。
 スレイもまた興味が無かっただけに、逆に予想もしなかった内容に笑みが浮かぶ。
 「闘術を極めし者」の称号を得ているとは……それに何より。
「オウルはグランド家に師事した事があるのか?」
 特性を見て思わず浮かんだ興奮のままにスレイが質問する。
「いや、師事したことはないぞい。ただいくつかの分家に道場破りをして、ついでにいくつか技を盗ませてもらったがの」
「なるほど」
 オウルが物騒な答えを返し、特に気にする事もなくむしろ感心してスレイは頷いた。
 大陸中に権勢を誇る闘術の大家グランド家、分家とはいえその一門に道場破りをし掛けるとは。
 実戦での力がどれほどのものか、実に楽しみになる。
 物騒な会話に何人かが顔を引き攣らせていたが、気にも留めない。
 オウルはそのまま元の位置に戻っていった。
「さて、次は私ですかね?」
 代わりにアロウンが中心に立つ。
 彼に関しては知識面にこそ期待してるのだが、何かオウルのように隠し玉があったりするのだろうか?と少し楽しみなスレイ。
 アロウンはカードを取り出しステータスを表示した。

アロウン
Lv:95
年齢:40
筋力:B
体力:A
魔力:EX+
敏捷:SSS
器用:SSS
精神:SSS
運勢:SS
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、竜殺し(ドラゴン・バスター)、魔導を極めし者
特性:魔力操作、思考加速、思考分割、魔法上昇、全魔法効果上昇、高速詠唱、無詠唱、融合魔法、時属性、炎耐性、水耐性、土耐性、風耐性、毒耐性、光耐性、闇耐性
祝福:時間神クロノス
職業:魔賢帝
装備:時の魔杖、赤竜の革のローブ、赤竜の革靴
経験値:9999 次のLvまで0
預金:0コメル

 スレイは少しがっかりした。
 あまりに予想通りに過ぎたからだ。
 だが一部の者にとってはそうでは無かったらしい。
「あら、珍しい。貴方、時間魔法の使い手なのね」
 あのサクヤが驚いたような声を出した。
 それほどに時間魔法の使い手とは珍しいものなのだ。
 だが彼が時間魔法に特化した魔術師というのは最近では割と有名な話だ。
 隠棲していたサクヤだからこその感想だろう。
「ええ、まあ。しかしここに居る方々の殆どは平気で光速を越えるような化物ばかりなので、私の時間魔法も戦闘では通用しないでしょうがね」
 やや自嘲気味に告げるアロウン。
 光速を越えるような規格外な者達は、時間の束縛すらも超越している、故に彼の言う事は事実であった。
 だが、果たしてそうだろうか。
 僅かにスレイは疑問を覚える。
 彼の実力ならば、光速の数十倍の速度域へと突入できる者はともかく、光速や光速の数倍程度なら何とかできそうな感じも受けるのだが。
 どちらにせよ戦闘を苦手とするのは事実だろうが。
「それでは次の方、お願いしますよ」
 そう言ってアロウンは元居た場所に戻っていく。
「それじゃあ次は俺の番かねぇ」
 代わりに出てきたのはグラナルであった。
 彼の場合の得手は一対一での戦闘ではなく、軍勢を率いる事にあると見切っているので、それに関する特性などを、傍観者として楽しませてもらおうと、スレイは思う。
 グラナルはカードを取り出しステータスを表示させる。

グラナル
Lv:96
年齢:40
筋力:SSS
体力:SSS
魔力:A
敏捷:EX
器用:SSS
精神:S
運勢:S
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、竜殺し(ドラゴン・バスター)、バーサーカー、魔物騎兵モンスター・ライダー、傭兵王
特性:狂化×5、思考加速、戦技上昇、指揮能力上昇、士気高揚、魔物騎乗モンスターライディング、覇属性、魔属性、炎耐性、水耐性、土耐性、風耐性、毒耐性、光耐性、闇耐性
祝福:戦神アレス
職業:覇戦士
装備:覇王のランス、覇王のツーハンデッドソード、覇王のプレートメイル、覇王の大盾
経験値:9999 次のLvまで0
預金:0コメル

 「魔物騎兵モンスター・ライダー」とは、「魔獣騎乗モンスター・ライディング」の特性を持った者に与えられる称号であり、「魔獣騎乗モンスター・ライディング」とは魔獣に騎乗する事ができる特性である。
 「指揮能力上昇」とは、軍を指揮する能力が上昇補正される特性だ。
 「士気高揚」とは、軍の士気を高揚させる能力が上昇補正される特性である。

 スレイは僅かばかり、お?、と思う。
 「魔獣騎乗モンスター・ライディング」の特性と「魔物騎兵モンスター・ライダー」の称号を見てだ。
 これはどんな魔獣を乗騎としてるのか楽しみになったな、と思う。
 だが他は予想通り軍勢を率いる事に特化していた。
「ほう、これは」
「流石は実際の戦争を数多く経験している傭兵王ということですかな?」
 アルスとアイスが、その指揮能力向上と士気高揚の特性を見て感心したように話す。
 やはり彼らも王である以上、軍を率いた経験はある。
 アイスのような探索者でない者とて、軍を率いる事自体は可能なのだ。
 前線はフェンリルに任せる事になるのだが。
 だが彼らの経験した戦いの全ては魔物や野盗相手の小規模な物に過ぎない。
 故に、その特性には注目せざるを得ないのだろう。
「父上は、未だ激戦の続くディラク島の最大国家の国主でありながら、全くこういう特性を習得してませんよね?いつも単騎で突っ込んで行きますから」
 シズカの皮肉にノブツナは罰が悪そうにそっぽを向く。
「ふむ、グラナル殿の乗騎といえば、グリフォンでしたな。ペガサスに騎乗したブレイズ殿とのぶつかり合いなど実に幻想的な光景だったのを覚えておりますぞ」
 オウルがどこか懐かしそうに呟き、グラナルは僅かに嫌そうな顔をする。
「……」
 楽しみにしていた乗騎についてあっさりとネタバレ、しかもブレイズの物まで、されてしまった事にスレイは僅かに落ち込む。
 いや、実際に見る楽しみは残っているのだが。
 そのままグラナルは元の位置に戻り、代わりにブレイズが中心に立つ。
 それを見て、ブレイズもまた軍を率いての戦いを得手とするタイプ、しかもどうやらペガサスという事は聖獣に騎乗するらしい。
 どこまでも相似で対極なのは興味深いが、グラナルと似たような能力だろうと、やや興醒めなままに見やるスレイ。
「それでは、次は私が」
 そしてブレイズはカードを取り出しステータスを表示した。

ブレイズ
Lv:96
年齢:35
筋力:SS
体力:SS
魔力:A
敏捷:EX
器用:SSS
精神:SS
運勢:SS
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、竜殺し(ドラゴン・バスター)、聖獣騎兵ホーリー・ライダー
特性:闘気術、魔力操作、思考加速、剣技上昇、カリスマ、聖獣騎乗ホーリー・ライディング、光属性、聖属性、炎耐性、水耐性、土耐性、風耐性、毒耐性、光耐性、闇耐性
祝福:剣神フツ
職業:剣皇
装備:英雄のロングソード、英雄のブレストプレート、英雄のバックラー、英雄の服、英雄のズボン、英雄の靴
経験値:9999 次のLvまで0
預金:0コメル

 「聖獣騎兵ホーリー・ライダー」とは、「聖獣騎乗ホーリー・ライディング」の特性を持った者に与えられる称号である、そして「聖獣騎乗ホーリー・ライディング」とは、聖獣に騎乗する事ができる特性である。
 「カリスマ」とは、人心を惹きつける魅力が上昇補正される特性だ。

 はて?とスレイはやや予想が外れた事を疑問に思う。
 ペガサスに騎乗する特性と称号については予想通りだった。
 だがやや若干、戦いのスタイルはグラナルよりは個人戦向けに思える、ほんの僅かだが。
 それに、軍を率いての戦いに関係ありそうな特性はカリスマのみ。
 カリスマ……どうも、人を率いるというよりは、人に支えられるような感じに思える。
 グラナルが自ら軍を纏め率いて戦うなら、ブレイズは軍勢の旗頭に祭り上げられる感じだろうか?
 それならば、これもまた相似にして対極という事で納得できるとスレイは考えを纏めた。
「これは、また」
「グラナル殿とは実に対照的ですな」
 そのカリスマと聖獣騎乗の特性を見て、グラナルと比較し、感心したように頷くアルスとアイス。
 覇王と英雄、実に対照的な2人だと、王道を行く王たる身としては思ったのだろう。
 ましてや覇道を行くグラナルはいずれ彼らにとっても敵となるかもしれない。
 逆にそうなれば英雄であるブレイズは彼らにとっての味方となるだろうから。
 このような時でも、世界だけでなく、自らの国の事も考えねばならぬ事に苦笑しあう2人。
「それでは、これで」
 そのまま遠慮深く、元の位置に戻っていくブレイズ。
「それじゃあ次は私かねぇ」
 そう言って、ミネアが中心に立つ。
 思わずスレイは身を乗り出す。
 今までどこまでも悠然としていたスレイのその様子に周囲の者は驚いたように見ているが気にも留めない。
 分かっている、そう彼女の戦闘スタイルは分かり切っているのだ。
 だがそれでもなお興味深い。
 どこまでも惹きつけられる。
 そういった類の物だった。
 ミネアを知りながら、むしろどこまでも興味を示してくる、今までにないスレイという男に、ミネアも面白げな笑いを向ける。
 ミネアはそのままカードを取り出すと、ステータスを表示した。

ミネア
Lv:98
年齢:34
筋力:SS
体力:SS
魔力:A
敏捷:EX
器用:EX
精神:SSS
運勢:A
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、竜殺し(ドラゴン・バスター)、蟲毒の主、念操絃者、バーサーカー
特性:狂化×5、思考加速、思考分割、戦技上昇、蟲毒血、オリハルコンの操糸術、毒属性、炎耐性、水耐性、土耐性、風耐性、毒耐性、光耐性、闇耐性
祝福:戦神アレス
職業:覇戦士
装備:吸血のレイピア、オリハルコンの糸、ミスリル絹のタンクトップ、ミスリル絹のスパッツ、地竜の革のハイヒール
経験値:9999 次のLvまで0
預金:0コメル

 「蟲毒の主」とは、強力な毒性モンスターを大量に使った、特別な新しい蟲毒の法の実験で生き残り、最兇の「蟲毒血」を得た者に与えられる称号であり、「蟲毒血」の致死性はどれほど強力な毒耐性を持っていても防ぐ事はできず、歴史上この蟲毒の法が行われたのは一度のみの為、ミネアのみが持つ称号である。「蟲毒血」とは、その歴史上一度だけ行われた、強力な毒性モンスターの大群の中に探索者一人を放り込むという、新しい特別な蟲毒の法の実験が奇跡的に成功し、生き残ったミネアのみが持つ、絶対致死の毒性を持った血の事であり、強い毒耐性を持った探索者でさえ、血の一滴に触れたのみで死に至る、のみならずその肌に触れただけでさえ死ぬと言う。
 「念操絃者」とは、「オリハルコンの操糸術」を極めた者のみに与えられる称号であり、そもそも「オリハルコンの操糸術」の創始者であるミネアの師匠が新しく生み出した称号である。「オリハルコンの操糸術」とは、精神感応金属オリハルコンのミクロ単位の細さとキロ単位の長さの糸を、特殊な方法で体内に埋め込み、生体的に自らと同化させ、自己修復能力など備えた自らの一部と成し、自らの意思で思いのままに伸縮させ、太くも細くもでき、また無数に分裂させ、超振動させ、千切れた一部を遠隔操作するなど、自在に操る事が可能な特殊な技法の特性であり、歴史上、この技を修めたのはミネアとそもそもこの技法を編み出したミネアの師匠の二人しかいなく、現在生き残っているのはミネア一人のみである。

 思わずスレイは獰猛な笑みを浮かべていた。
 やはり良い、こいつは最高だ、堪らない。
 女としても是非モノにしたい相手ではあるが、それ以上にこの好敵手あそびあいてと戦えるのなら、と心が猛る。
 自らの女にしたい相手だというのに自制しなければ危うく殺してしまうかもしれない。
 ミネアとは、それほどに異端な戦闘者であった。
「ぬう」
「これは」
 知識としては知っていたこととはいえ、やはりオウルとヴァリアスが思わず唸る。
 それだけでなく他の誰もが知ってはいても、驚きを隠せないでいた。
 蟲毒血とはミネアのみが持つ絶対致死の毒性を持つ血。
 あり得ない奇跡の末に生まれた人の闇の結晶である。
 しかも吸血のレイピア。
 これは本来持ち主の血を啜れば啜るほど力が増すという呪われた伝説レジェンド級のシークレットウェポンだが、その持ち主が蟲毒血の持ち主となれば、一滴の血で十分、それだけで、掠れば相手を死に至らしめる凶悪な武器となる。
 さらにオリハルコンの操糸術。
 精神感応金属であるオリハルコンの、ミクロ単位の細く、キロ単位の長い糸を、自らの身体に埋め込み、自らの意思により自在に操る技術。
 まさに“毒蜂”“毒蜘蛛”の二つ名通りの存在である。
 しかも自らが潰した過去に大陸最大の闇とまで呼ばれた巨大暗殺組織に仕込まれた暗殺技術。
 殺す事に特化した戦闘者。
 この場に居る程の、圧倒的な力を持つ者達であれ、誰しもが、決して力のプレッシャーではなく知識として与えられる恐怖の為、神々のシステムも働かず、僅かな恐怖を隠せない中、全く動じていないのはスレイとディザスターとフルールくらいのものだ。
 むしろスレイなどは目を爛々と輝かせ、ミネアを見つめている。
 そんなスレイを興味深げに見返しながら、ミネアは元の立ち位置へと戻っていった。


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