2011年12月24日

『Kの夜話』(9)

『Kの夜話』(9)

  如月マヤ

 その日の夕方、土井はいったん営業所に戻ると、残りの荷物を積みこんで夜間の配達に向かった。夜8時を過ぎると駅前でも人通りがなくなるような土地柄のことだ。夜間配達と言っても、たいていの荷物は、時間が指定されていても8時より遅くなることはなかった。ところがその日は、8時から9時の最終配達時間帯に指定された荷物が一つあった。営業所では、連絡係を一人だけ8時まで残して7時には店を閉める。土井は、最終荷物の配達完了は翌朝報告することにして、配達を終えたら直接自宅に帰ることになっていた。
「土井が最後に配達に行ったのが、別荘地。配達は終わっていた。残された車の中に伝票があって、受取人の印鑑が押してあった」
「それじゃあ、配達を終えた後に事件に巻き込まれたってこと?」
「その後の立ち寄り先もわからないしな。土井と電話で話した者もいないし。配達を終えてから車が発見されるまでの間に、何かがあったってことになる。最初は事件だとは思われてなかったんだけどな」
「どうして?」
「土井は、仕事が長続きしないたちだった。このバイトも、親戚の口添えだからってことで、初めのうちはおとなしくしてたんだろうけどさ。お客から警察に苦情の申し立てがあったくらいだから、職場じゃあ、かなり困ったやつなんだろうな。無断欠勤のまま電話にも出ないし、所長も、この際だから説教するつもりで自宅に行ったんだと。そしたら車がない。営業所と土井の自宅の間で事故があった気配もないし、じゃあ、どこかへ遊びにでも出かけたのかってことになった」

 午後になってから土井の母親と連絡がつき、所長が事情を説明したところ、自宅には前夜土井が帰宅した形跡がなく、母親にも土井の立ち寄りそうな場所に心当たりがないことがわかった。土井の携帯電話は電源が切られたままだった。最後の配達先に所長が確認の電話をしたが、土井は前夜8時を少し回った頃に配達に来て、その後すぐに車で立ち去ったとのことだった。
「で、土井の親戚と所長とで、最後の配達先の別荘地あたりから探し回ったら、その先の県境の林道で営業車を見つけたってわけ」
「ふうん。車の中に血痕があったとか?」
「いいや。車は林道の脇に停めてあったんだけど、ドアはロックされてなくて、キーは差しこんだままになっていた。代引き荷物の代金がそのまま残されていたから、車内には荒らされた跡がなかったってことなんだが。土井は普段から車の中を乱雑にしてたらしくて、見た目だけでは事件の可能性は判断できなかった」
「やっぱり、事件性があるってわけでもないんじゃない? 車を置いて、突発的に家出しちゃったとかさ。友達か、付き合ってる女の子と一緒に行っちゃったとか」
 米原は首を振った。
「いや、土井に友達はいない。彼女もなし。行きつけの飲み屋があるわけでもなくて、店の女に入れこんだってこともないそうだ。カードローンはあったけど、借金取りに追われるような金は借りてない。思い当たるフシと言えば、いつものことで、仕事に嫌気がさして無断欠勤したんだろうってことだけだったんだけどな」
「でも?」
「うん。ところがだな……」

(続く)
posted by まやちんの友達 at 18:11 | Comment(23) | 「Kの夜話」 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マヤさんの小説の更新はいつも楽しみです。
ちょっと前になりますが11月2日に私も個人ワークを受けさせてもらいまして、私の魂の性質を感じました。その節は本当に本当にありがとうございました。
そこで長年自分の中に感じていたとてつもない静けさの気配への謎が溶けたように思いました。

ただ、今生の魂の性質を思いきり発揮する道をまっすぐ進んでいく、という瞑想をしましたが、私は薄暗い道を歩むことを躊躇い、足を踏み出せなかったように思いました。道を歩むのではなく今いる場所がふわ〜っと明るく変化していくイメージがありました。
自分の周りの同心円上に花が咲き、芽が吹き生命が生まれ、大地が明るくなっていき少しずつその同心円が広がり続ける、という感じでした。
その時は私は、えっ道を進まないでいいの?!と焦っていました。

今になって質問して恐縮なのですが、魂のエネルギーの示す方向に進んでいくという言葉に囚われていたので、このような感じ方になったのでしょうか。
Posted by あや at 2011年12月25日 14:13
あやさん:
この場合、2つのことが考えられます。
ひとつは、顕在意識に、現時点から未来という方向性、つまり「未知のもの」に向かっていくことへの不安や躊躇がある場合。
もうひとつは、その前段階で体感した自分の魂が、自ら、現時点から未来への道筋を自分自身に明かし始めたために、もうわざわざ他者からの言葉(私からの誘導)に従う必要がなかった場合です。全ての答えは自分の内にあるということを体験している状態になるので、「(この場合は、未来という、時間軸上の)未知のもの」は存在しなくなります。
あやさんの場合は、後者ではないかと思います。
あやさんが体験したイメージを、もう一度ご自身で振り返ってみたときに、「そうしていれば自分は道を間違えない、私は大丈夫なんだ、ということをわかっている自分がいる」というような、悟り感的なものを、みぞおちあたりの奥のほうで感じるのではないかと思うのですが、それが証拠です。
Posted by 如月マヤ at 2011年12月25日 23:26
マヤさん、マヤちんのお友達さん、お元気でしょうか。

以前、「魂の力・魂の体感において生きることに挫折しそうになったら、(魂の力において)生ききった人の伝記を読むといい」ということが、どなたかのここのコメント欄にございました。
たとえば、誰の伝記が如実なのでしょうか?
いわゆる少年少女向けの、世界の偉人シリーズでとりあげられてるような方は、おしなべて、魂の力で生ききった方と考えていいのでしょうか。
それとも、その中から選ぶのも、各個人の魂の力なんでしょうか。

どうぞよろしくお願いします。
Posted by さ at 2011年12月27日 12:52
さ さん:
今ここで解説したり具体例を挙げたりすると、(このところずっとささんが陥っていた)ささんのこんがらがっているところを、余計に複雑にしてしまいます。
どんなときでも、まずは原点に戻って、リセット。この心の構えからでないと、ちゃんと自分の力にならなかったり、道を間違えたりしてしまいます。
その上で、私が「そのような方法」を「例に出して」勧めるのはなぜか、という意味を感じとってもらえると、ささんが自分でわかる手応えがあって、いちばんいいのですが。
ちなみに、私がそのような方法を例に出すときは、伝記という言葉の形にとらわれることがないように、「(有名無名にかかわらず)そういう人たちについて書かれたもの」という表現をしています。
Posted by 如月マヤ at 2011年12月27日 14:50
マヤさん
ありがとうございます。
”あの感覚”のなかに未来への道筋も含まれていたんですね。私は動かない、という意味合いを感じたので躊躇があるのかな?と思っていました。

今のところ、自分ではみぞおちの奥で深〜〜く落ち着いているのを実感しつつ、家族のひとりからは、お前はこのままじゃ大丈夫じゃないだろ。 と心配されています^^;
この深〜〜い感覚そのものが人として生きている私と連動すると、日常で色んな魔法(魂の目的に沿った、魔法的効果を生むような言葉が話せたり、行動ができたり、必要な情報をつかめたりすることなど)が自然に使える気がします\(^o^)/ とは言ってもさすがに体ひとつで空は飛べませんね(笑)でも飛行機や電車に乗るなどしてます(笑)
Posted by あや at 2011年12月27日 20:54
マヤさま(と思わず書いてしまいます・・・。)すいませんでした。
お返事を、本当にすごくすごくありがとうございました。
読ませて頂いて、しばらく何を言って良いのやらわからず
どきどきして、PCを閉じました。

マヤさんにお返事をいただくと、マヤさん自身がアカシックみたいに感じられ、もう一言も発することができなくなってしまいます。あまりのことに、「あんぐり」するしかなくなる感じです。

承知しました。原点にもどってリセット。

がんばります。
ありがとうございました〜。

Posted by さ。 at 2011年12月27日 21:19
あやさん:
お! 自分で答えがわかっていますね〜^^
「私は動かない」という意味合いは、「自分以外のものになろうとしなくていい。私は、(この魂において生きている)私で在ることで、それでいい」ということだったと思います。
Posted by 如月マヤ at 2011年12月27日 22:50
皆さん、こんにちは。

一体このストーリーが最初の鶏肉事件とどうつながっていくのだろうと、気になりながら小説を読んでいます。

最近『お金持ちになる生き方』を買いました。
既に電子書籍『お金と仲良しになる幸せの仕組み』も持っていたのですが、本山さんの漫画がついたこちらも楽しく読めました。

パワーストーンなどの開運グッズの効果を自己達成予言で説明している辺りは、こうしたジャンルの本には珍しいなと思いました。大抵の本は「何か不思議なパワーがあって〜」と言う方向で説明しますよね。

(もしかしたら間違った使い方かもしれませんが)猫袋には「仕事場で良い人間関係を作りたい」など金銭に関係の無い願い事も書いて使っています。

本書を読んでいて自分のお金との接し方で気付いた事があるので、質問してもよろしいでしょうか?

私の父はいつも母や私に対して「俺が稼いでるんだぞ」と言っていたため、自分は子供の頃からそれが悔しいと思っていました。そして、現在、私がもっとお金が欲しいと思うときや、家族に対して何かをプレゼントする時には、「自分がお金を持っている事を誇示したい」「父を見返したい」と言う気持ちが裏にある事に気付きました。

如月さんの本を読んで、私はお金に対して「力を見せつけたい」などの気持ちが入るのは良くないと感じています。

こうした考えを持たずに金銭を扱えるようになるにはどうすれば良いでしょうか?

突然の質問ですみません。
Posted by hisa at 2011年12月28日 20:12
そういうことは、あたしに任せるにゃ!

hisaさんの猫袋の使い方は、理想的な使い方の一つなのにゃ。例えば「安心な暮らし」と袋に書いたとしたら、その言葉が、どういう状況が叶っていれば自分は安心なのかという、オールインワンを表現することになるからなのにゃ。「ブライダル」という言葉に、式場やら衣裳やら披露宴やらが全て「込み」になっているようなものなのにゃー。

お金はエネルギーが形になったもの。エネルギーは、すなわち「力」。だから、権力欲とか支配欲とか虚栄心といった、人間界における「力」を象徴する感覚と結びつきやすいのにゃ。
でも、その「力」にhisaさんのいちばん純粋な想いをこめれば、権力でも支配でも虚栄でも、我欲のない、ほんとうに自分と他者のためになる「力の発揮」として使うことができるにゃ。

自分を心地よくこの世に生かすために。
自分と家族の安全を守るために。
家族が喜んでいる顔を見る幸せのために。
その力(お金)が自分にあって、よかった。
お金さん、ありがとう! 自分に感謝!
幸せを無限に創り出せるこの自分の力を、もっともっと持てますように。
自分にラブ!! お金にラブ!! なのにゃー!!
Posted by まーちゃん at 2011年12月28日 23:05
hisaさん:
hisaさんがお父さんに対して「お金を通して自分たち家族にどういう想いを注いでほしかったのか」と思うそれを、hisaさんが実行すればいいのだと思います。
それがhisaさんの心から望む幸せにつながりますように!
Posted by 如月マヤ at 2011年12月29日 09:18
まーちゃんさん:

「金銭の力」もどんな思いを込めるか次第で良い物に変わるのですね。私はずっと「お金の力」と言うと、欲や権力と結びついた悪いイメージばかり連想していたのですが、まーちゃんの説明を読み、安全、幸福など良い方向にも結び付けられると分かりました。

猫袋の使用法についても説明ありがとうございます。今の使い方でもOKなのですね。

如月マヤさん:

如月さんのお返事を読み、しばらくPCの前で自分の理想のお金の使い方、どう家族と接したいかなど色々考えていました。理想とする行動を自分自身が実行できればと思います。

お二人ともお返事ありがとうございました。アドバイスを読み、家族との関係やお金について新しい視点を持つ事が出来ました。
Posted by hisa at 2011年12月30日 00:43
マヤさん、まやちんのお友達さま、コメント欄のみなさん
今年一年、どうもありがとうございました。

こうして、小説が読めたこと、予見にて今がどんな時かを理解することができたこと、マヤさんがコメント欄のお返事を下さったこと、皆さんがコメントをされたこと・・・
そしてそして、マヤちんのお友達さんが管理してくださること、全てに感謝します。

魂で生きるというのは、厳しくやりがいにあふれたことですね。達成できなければ(ものすごく乱暴に言うと)、全て自分にかえってくるし、そのゆがみはどこかで誰かに影響するのだ・・・という理解ができた・・という感じです。

今回のセミナーでは「自分は完全におちこぼれだな〜」という厳しい現実に直面しましたが、はっきりわかってよかったです。マヤさん、迫力あってシビレました。

とにかくがんばります。ありがとうございました。良いお年を!!
Posted by さ。 at 2011年12月31日 00:30
マヤさんをはじめ、コメントされている方々、そしてこちらに関わっている全ての方々へ。

今年は色んなことを学ばせていただき、本当にありがとうございました。
マヤさんの言葉はもちろん、皆様のコメントにも本当に多くの気付きがありました。
むしろ皆様のコメントがなかったら何も得ることはできなかったと思います。
ここは気付く為のエッセンスが凝縮された特別な場所かもしれませんね。

それでは小説の続きを楽しみにしつつ、皆様良いお年を〜〜♪
あ、来年は映画化も期待したいです〜!

さ。さんへ

私もここでは一番のおちこぼれだとずっと思っていました。
だからとってもその気持ちは理解できるのです。
案外多くの方がそう思っているのではないでしょうか。
でも、人と比べないで下さい。絶対落ちこぼれなんて存在しません。
難しく考え過ぎているだけだと思います。
さ。さんらしくいればそれだけで十分!(^^
横からコメントごめんなさい。

Posted by moriyama at 2011年12月31日 11:34
落ちこぼれた気分の時、マヤさんはいつも、こう言ってくれます。
「犬が吠えてもキャラバンは進む。」
Posted by まやちんの友達 at 2011年12月31日 12:11
マヤさん、マヤさんが居てくれて良かった!と、年の最後に言わせてください。

顔も見えない私の質問に、いつも指針となるお返事をくださったこと、本当に感謝しています。
本当にありがとうございました。

わらしべ記事や小説、コメント欄と隅々まで堪能して楽しませていただき、ありがとうございました。

そして、今朝の朝日の光りの輝きが凄くて、“大丈夫だ”と思えました。何が大丈夫なのかわかりませんが(笑)希望を感じました。
私は年末年始も仕事ですが、ちゃんと年が越せる!と嬉しくなりました。

みなさま、良いお年をお過ごしくださいませ〜。

Posted by ガブ at 2011年12月31日 17:17
2012年も押し迫ってるのに質問すみませんm(__)m

私は意識的に自分の源に繋がれた事はありません。
が朝起きた時、寝る前まで悩んでいた事が、
「どうしよう」から「大丈夫」に変化している事がよくあります。
でも起きてから時間経過と共にまた不安な自分に戻っていきます。
そして夜寝て翌朝また「大丈夫」の状態…のエンドレスです。

もしかして寝てる間に源と繋がっているって事もあるのでしょうか?

あと、すごくムシャクシャして、不安定な気持ちの時外に出て星空を見たら一瞬で、気持ちがスッと落ち着き「大丈夫」になりました。
今まで星を見てもそんな事はありませんでした。

もう一つ、
湯舟につかっている時に悶々と悩んでいたら、突然また「大丈夫」な感覚が降ってきた様な湧いて出た様な状態になりました。
そしてこの時は、今悩んでる視点よりもっとずーーっと大きな、全てを見通した様な?(何て言ったらいいか分からなくて大袈裟な表現になってます)視点になって、全ては大丈夫、という感覚になってとても安心しました。

これは繋がれたのか、あと一歩の所まで来れているのか、妄想だったのか?
どんなもんでしょうか?

うまく説明出来なくて何言ってるのかわかりにくくてごめんなさい。

でも源に繋がれた時ってすごく安心感に包まれる感覚なのかなあって思いました。


今年はマヤさん、お友達、まーちゃん、皆さんのコメントでたくさんの気付きをもらいました!
ありがとうございましたm(__)m

来年もよろしくお願いいたします!

残り僅かですが皆様よいお年を!
Posted by モニカ at 2011年12月31日 19:31
モニカさん:
繋がっています。
だから絶対にエゴに負けないでください。そうすれば、いつでも安心です。

ガブさん:
ありがとうございます。
希望を選ぶから大丈夫なのです!
Posted by 如月マヤ at 2011年12月31日 19:54
お返事ありがとうございます!

あれがそうなんですね、本当に誰もが繋がれるんだって実感出来ました。
繋がっている時、楽観的で嬉しい幸せな気持ちの自分がいました。

エゴに負けない、まさに私の一番の課題です。
エゴに勝って、安心を保っていけるようにしていきますm(__)m
Posted by モニカ at 2011年12月31日 20:28
moriyamaさまへ

嬉しいです^^。ありがとうございます。
「moriyamaさんにも、お礼、伝えたいな。3D画像のこと教えていただけたものな〜」と考えつつ24時間前にメール送信をしてましたので、驚きながら、読ませていただきました。

そうです、考えすぎ&順序が違う、構えがちがうんですよね、これが。
Posted by さ。 at 2012年01月01日 00:00
まやちんの友達さま

大切になさっている言葉をお伝えくださって、本当に本当にありがとうございます。
雷に打たれたようでした。魂が震えます。長年ぐるぐるしていたところから、完璧に目が覚めました。
この意味を受け入れることができたと思います。
マヤさん、お友達さん、言葉にできない感謝ですが、ありがとうございます!

Posted by リュウ at 2012年01月01日 09:39
マヤさん 皆さん 
あけましておめでとうございます。
地球の公転地点のある一点に戻ってきただけなのに不思議ですね。

でも、宇宙から見たら同じ場所にいることも同じ時間も二度と戻ってこないと思うと、今の座標や今の自分の魂の本質を大切にしたいそう感じます。


マヤさんの個人ワークを受けて本当によかった心からそう思っています。

これからも皆さんのコメント、そしてマヤさんの小説楽しみにしています。
Posted by shinku at 2012年01月01日 10:58
お友達さんへ

私もです!意味を受け取れて、受け入れられました。
前にマヤさんが書いていた同じ列車(同じキャラバン)で、行くべき先に向かいたいと思っていました。間に合った……と自分でわかるように、2012年を頑張ります。
感謝をこめて!
Posted by starlight at 2012年01月01日 21:11
モニカさんと如月さんのやり取りを読んでいて気付いた事がありましたので、
コメントさせていただきます。

私は、前に一度、このブログのコメントでのやり取りを読んでいて、「今の自分のままで良いんだ」「背伸び何てしなくっても良いんだ」と不思議な安心感に包まれた事があります。
それからは少し物の見方が変わり、自意識過剰さが和らいで楽な気持ちになりました。
今でも時々この不思議な安心感に包まれる事があります。

モニカさんと如月さんのやり取りを読んでみて、「あ、如月さんが言っていた魂の性質に触れた時の感覚ってこれの事なのかな?」と思いました。

ずっと「如月さんの言っている魂の性質って何なんだろう」と頭で考えて首をひねっていましたが、少し分かった気がしました(実はおもいっきり勘違いかも)。

以上、個人的な感想で失礼しました。
Posted by hisa at 2012年01月06日 22:38
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