2011年11月16日

『Kの夜話』(5)

『Kの夜話』(5)

  如月マヤ


「おう、K。待たせたな。すまんすまん」
 そう言いながら部屋に入ってくると、米原はKの目の前に缶コーヒーを置き、自分もパイプ椅子を引き寄せて座った。この部屋は取調室ではなく、警察に来た相談者の話を聞くために用意された一室だ。とはいえ、事務机が一つに、その周囲には段ボール箱が無造作に積まれている。年末の大掃除までに、一年分の不用品が徐々にたまっていく物置でもあるということだ。この部屋には予備室というプレートがかかっており、それに気づいたKはなるほどと一人で頷いた。
「何考えてた? 好きな女でもできたのか?」
「そんなんじゃないって。物珍しくて眺めてただけ。一般人がめったにこんなとこ来ないでしょ。ヨネさんこそ、警察の人間がいつまでも独身でいいんですか?」
 米原と軽口を叩けるようになった今でも、Kは米原に対して時々敬語が混ざる。米原は甘いコーヒーを一口すすると、にっと笑った。この顔を見るとKは安心する。米原と親しくなるにつれ、Kの目には、米原がただ透明なだけではなく、まさしく彼そのものといった色をしているのが見えるようになった。米原そのものの色をしていて、なおかつ透明な発光体。それが米原という人間だ。その個性がいちばん現れるのが、彼がにっと笑う、この顔をするときだった。
「今はほら、晩婚化ってやつ? まだ三十じゃ、誰もうるさく言わないよ。そういうお前だって、三十だろ」
「僕のほうが三日若いですけどね」
 Kも笑いながら、缶コーヒーのプルトップを開けた。Kのコーヒーはブラックだ。
「あれからもう、三年経つのかあ。それにしても、早いな」
 今しがたKが考えていたことを、先に米原が口に出した。
「塾のほうはうまくいってるんだろ?」
「おかげさまで。こんなご時世だけど、赤字を出さないで食べていられるんだから、ありがたいかぎりですよ」
「うん。何よりだよな」
「これもヨネさんのおかげですよ」
「お前が頑張ったんだって」
「いやあ、でも、あのときヨネさんの言うこと聞いといて、本当によかったなあ」
 Kが真顔でそう言うと、米原は缶コーヒーに口をつけたまま、「だろ?」という目でにっと笑った。

 正直なところKは、自分が学習塾の経営者になるなど夢にも思っていなかった。まさか自分が会社を辞めることになるとは。事実上は解雇されたのだが、Kは自分から会社を辞めたと思っている。そう受けとめることがKには意味があった。三年前、事件のあった翌日にはもう、Kは笠岡から解雇を予告されていた。Kから異物の知らせを受けた笠岡は、冷凍肉の回収と、別な業者から代替の鶏肉を買い取る段取りに追われていたはずだった。その一方で、笠岡は素早く、自分と会社の保身も進めていたのだった。異物を見つけて事を表ざたにした張本人の首を切り、取引先に申し訳が立つように画策したというわけだ。
 Kが後から知ったところでは、笠岡は上に報告した後すぐに、地面に落ちていた冷凍肉をすべて、ドライアイスと一緒にクーラーバックに投げこみ、近くの交番に届けに行ったのだそうだ。笠岡は食品を扱うときに使う薄いビニールの手袋をはめて、地面から一個一個肉を拾ったという。あの、おそらく人間の腕の一部も、笠岡はその手でつかんで拾い上げたのだ。Kはそれを思うと、自分の手のひらにその感触があるかのように感じて、また胃のあたりが緊張した。しかし、Kを本当にぞっとさせたのはそのことではない。Kは思った。笠岡さんは冷静な行動でそうしたんじゃない。笠岡さんにとっては、これが人間のものかもしれないから大ごとなんじゃなくて、これが世間に知れたら会社の責任が問われて、自分の立場が危うくなるから大ごとなんだ。それに比べたら、人間のものらしい肉を触るなんて、笠岡さんにはどうってことなかったんだろう。わが身だけしか眼中になく、わが身以外のことには無感覚な、そういう人間はそら怖ろしい。そのことにKは背筋が凍えたのだった。

(続く)
posted by まやちんの友達 at 13:22 | Comment(4) | 「Kの夜話」 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Kの3年間が気になります!
続きを楽しみにしています☆

そして、私の場合、「ワークって毎日必要だな」と今、感じています。
1日のスケジュールを考えて、時間を作ってトライしてみます!
Posted by ガブ at 2011年11月19日 13:50
先日のセミナーありがとうございました。
アセンション新案、興味深かったです。いやー、マヤさんは精神世界じゃなくて似非科学だなー、と思いました。これ、褒め言葉なんですけど(^-^;
肉眼というわけではないのでしょうが、目を開けたままアカシックを見させるマヤさんの技?は、なんとも変わった体験でした。うーん、確かにホログラフィックというか、3Dというか。
Posted by kei at 2011年11月24日 10:39
keiさん、もちろん、お褒めの言葉とわかっております。ありがとうございます〜。
あれは「技」というほどのことはなく、単に、ビジョンを司るあたりや肉眼あたりの振動数に一時的に干渉する、似非科学的手法なのですよ〜。
Posted by 如月マヤ at 2011年11月24日 13:35
あの時はあまりに普通状態で驚きの反応も起きませんでしたが、後から驚愕しました。
Posted by kei at 2011年11月24日 14:46
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