『Kの夜話』(4)
如月マヤ
「どうしてわかったんですか?」
「え?」
米原の直球は痛くはなかった。いや、痛いのかどうかさえ、Kにはわからない。Kの身体のどこをも傷つけず、けれど身体の奥深いどこかに直接投げこまれた速球だった。これは自分にとって重要な、真剣な瞬間だ。それはわかった。が、しかしKは反射的にその場を逃れてしまった。
「あ。ということは、あれですか。やっぱりあれは人間の……」
「まだわかってない」
真面目さを装って話をそらしたKに、篠崎がぴしゃっと割って入った。
「それを今捜査中なんだよ。断定されたなんて言ってないだろ。え? 人間のだなんて、こっちはひと言も言ってないんだからな」
「はあ。すみません」
篠崎に威圧されて小さくなったKだが、実は内心したり顔だった。やっぱり自分は他人より上手なところがある。肝心なところに意味を持たせない反応のしかたをすれば、表面的な言葉尻をとらえて反応する者が現れる。そこから連鎖的に起こる会話は、重ねれば重ねるほど本質からそれていき、いちばん肝心なところはすぐにうやむやになるものだ。誰もそれを疑問に思わない。こうやって人は、目の前に肝心なものがあったことを風化させるのだ。人が見ないものはなかったも同然、ないも同然なものになる。それでも話をそらさない相手には、下手に出て油断させるか、自分の性格には合わないが、キレて優位に立てば押し切れる。
米原が再びKに尋ねた。
「どうしてわかったんですか?」
「はあ」
Kは神妙な面持ちを作ったが、このときKは、米原が先ほどと同じ意味では質問していないのを感じ取っていた。米原はKの作った流れに乗ったのだ。逃げおおせたと確信して、Kは安堵した。米原は話を進めたが、やはり柔らかい口調だった。
「Kさん。袋から出てきた肉が、ぱっと見て鶏肉じゃないとわかったのはなぜか、という理由を聞きたいんですよ。まあ、これは、誘導するわけにいかないので、そのへんは了承してもらいたいんですがね。例えばですね、いつも見ている鶏肉とは種類が違うと思ったから、といった感じでいいんですよ。何か理由があって上司の方に報告したわけですよね? なので、そのとき気づいたことを教えてもらえるとありがたいんですよね。報告書に書かないといけないもんで」
「はあ。そうなんですか。ええとですね、あのときは確か……」
それなら余裕で説明できる。しかし、説明しながらKは、今しがた感じたばかりの優越感がだんだんしぼんでいくのを感じていた。米原はとっくに、表向きにまっとうな逃げ道を用意してくれていたのだ。その上で最速の直球を投げこんだ。たとえ本当にありのままを話したとしても、米原ならきっと即座に、「さすがはプロの勘ですね」と返してくれたはずだ。Kが反射的に逃げたことで、米原はかえって疑念の答えを知った。直観なのか推測なのかはわからないが、彼は最初から、Kには表向きにはまっとうでない理由があると仮定していたのだ。米原が求める答えを手に入れるには、一瞬でよかった。だから、同じ意味の質問を繰り返す必要もない。米原は真実を知ると同時に彼の仕事をし、そして立ち去っていくだけだ。それがわかって、Kは取り残された気になった。
あの瞬間が自分にとってどのように重要なものだったのか、機を失って初めてKにはわかる。ここにあってここにはないものがKに見えるように、米原には人間が見えるのだ。他人が見るものとは違った風景を見るKが何者か、それを教えてくれる者がいるとしたら、米原かもしれない。表向きのやりとりをしている間に、目に見えないところでは、次に米原とつながる接点が結ばれているはずだった。しかし、そうしなかったのはK自身なのだ。
米原は今、彼の仕事を終えようとしていた。
「ああ、なるほどね。地面に散らばった鶏肉を拾い集めようとしてかがみこんだとき、そのうちの一つに黒い毛がついているのに気がついた、と。それで、これはもしかしたら人間の体毛ではないかと考えて、その時点で上司に報告に向かった、と、こういうわけですね?」
米原は手帳に目を落としたまま、Kの説明を復唱した。
「間違いありませんか?」
「はい、その通りです」
Kが答えると、米原は篠崎と目配せをして頷いた。聞き取りをしめくくったのは篠崎だった。
「それじゃあ、どうも。笠岡さんの話とも合ってますんでね、事情はわかりました。ご苦労さんでした」
帰っていく二人の背中を、Kは何か満たされない思いで見送った。双方のどちらかが、まだ気が済まない思いを抱いているときには、互いにそれが雰囲気で伝わるものだ。相手の背中にも、こちらを気にする気配が見て取れる。しかし米原は、後ろ姿も透明なままだった。Kはやはり、その場に一人で取り残されたのだった。
真実が一つ明らかになってしまえば、その真実を隠すために築いてきたものはすべて変化する。Kはこのとき、まだその変化に気づいていなかった。
(続く)
個人的にとてもタイムリーだったりして…。
いずれにせよ、楽しみです。
以前、一度だけセミナーに参加させて頂きました。
今までこの場から発信される情報を良いヒントとして受け取ってきました。
お陰様で、もうどこに力を注ぐかはハッキリしてきました。セミナーの時に頂いたアドバイスの意味もようやく理解し、現実に生かせるようになりました。
ありがとうございます。感謝しています。
小説も感覚的なものが新鮮で楽しく読んでいます。
なんとなくわかります。
これってマヤさんが私達にかけてくださる言葉と同じ。
自分にとって重要な、真剣な瞬間。それを反射的に逃れてしまうか、受け止めてきちんと反応を返すか。
どちらを選ぶかによってその先が変わってしまう。
でもどちらを選ぶのもその人の自由。
マヤさんが「逃げないでください」と仰っていた事を思い出しながら読んでいました。
ただ、いくら逃げても「真実が一つ明らかになってしまえば、その真実を隠すために築いてきたものはすべて変化する」んですね。
Kがどんな変化に飲み込まれて学習塾を開くようになるのか、続きがとても楽しみです♪
表面に出てる事柄は違えど・・・・内側にあるものは同じ。
時々、痛ぁ〜と思いながら読んでいます。
もう発信が難しくなってしまったということ。
これからマヤさんがどんな表現をしようとも、そこから何かを感じ取れる自分でありたいと思います。
マヤさん、そしてここの皆様にはいつも感謝しております。
starbellさん、セミナーを思い出していただいて、ありがとうございます。
「あなたは、真剣に受け止めてる?」
といつまでも問いかけてくださると
心のどこかで期待して逃げていたように思います。
でも魂の体感において今回の人生を生ききろう
とすることはあきらめません。
マヤさんはよくムダなことは何一つないと言い、温かいお茶を飲む一瞬をも大切にしている…と私は思うのだ。特別でない日常のありがたさをよくわかっている人だ…
だからこそわらしべの旅に書いたような選択なんだな…
…と高田と話していたところですー。
マヤさん、その節は大変お世話になりました。
ありがとうございました。
あれから、自分の行動や思考が、うまく「逃げている」ことが少しずつ分かるようになりました。
驚くほど巧妙です。
本当に、今までの自分を思うと身悶えするぐらい恥ずかしく、まさしく「穴を掘ってでも入りたい」心境です…
自分自身を生きたい、魂の性質において、今世を生き切りたい、と思いながら、恐いんですね…
ちっぽけな自分を守ることに精一杯で、肝心な所を見ようとはしていませんでした。
どうしてこんなに恐いのかは、まだ分かりませんが、やっと半歩を踏み出したばかりです。
まだまだ他人を羨ましく思ったり、知ったかぶりをしたがったり、一日を無駄に過ごしてしまったりしますが…
知りたいことも山ほどあります。
でもごちゃごちゃと思考を働かせて言い訳をして、自分をごまかさずに、とにかく苦しくても逃げずに自分と向き合うことを続けていきます。
マヤさんの言葉は自分にとって気付きでした。
自分に向けて、言ってくださったたくさんの言葉をしっかり胸に刻んで、思い出しては「自分自身がやらなきゃな」と襟を正します。
ああ自分はマヤさんみたいになりたかったんだなー。
わらしべ長者を読めなくなるのは寂しいですが、自分自身が自分を指針として、これからを生き切ります。
うん、そうですね。順番が違ってたんですね。「順番が違う」の意味がやっと分かりました。
まだ、間に合うかな…
“自分を偽るって、自分を否定するってことでなっんにも良いことない。まだ正直でいる恥ずかしさの方が楽だー”と実感中なんです。。。
“魂の性質に触れたい”とワークをやりはじめてから、パッと状況が明るみになって、変化の時を迎えています。
まだまだ後退りしたくなったり、“こちゃこちゃ”したり、苦しかったりしますが、螺旋上に自分の足で上がっていこうと決めました。
(上がっていくことなら苦手イメージの“地道に”もできる様な気がして)
私は自分を恥ずかしいと思わない様になりたいので、「自分であるから特別になれる」を座右の銘に(軸にして)生きてみます。あと自分をBIGバグしていきます(笑)
そしていつか、普通の日常の中で“明日が楽しみー♪”とワクワクできる自分になることが目標なので、毎日寝る前に、感謝の時間をもうけます。
(と、ここで自分に向けて宣言させていただきました。(笑)
今まで“目標”を明確に設定したことなかったので、目標を設定して、宣言するって、自立の大切な第一歩だなと気がづきました。
この一歩を繋いで上がろう!と自分を励ましていきます。
マヤさん、みなさん、ありがとうございます☆