『真相』〜〜「Kの夜話」より〜〜
如月マヤ
蒸し暑い日だった。リエコが、ボートに乗ろうと誘ってくれたのだ。
昼下がりの湖に人気はなく、木陰で暑さをしのいでいるのだろうか、鳥の声もしない。オールがきしむ音と、ボートにあたる波の音が、単調に耳に響いてくるだけだった。湖畔の木々がしだいに遠ざかり、弾力があるかのような緑色の水面で、手漕ぎのボートも波とともにうねっている。カンナはオールを握るリエコの手の動きを、なんとはなしに眺めていた。
「ねえ、知ってる?」
不意に、リエコが話しかけた。
「向こうに、松の木が一本だけあるでしょう?」
カンナはけだるく頷いた。頷いてから、リエコが言った方向に視線を向けると、遠くの岸辺に、湖面に突き出すような形で大きな松の木が枝を広げているのがわかった。
「あの木はねえ、首吊りの松って呼ばれているんだって」
カンナはまた頷いた。オールのきしみと水音の間に、リエコの声だけがくっきりと耳に入ってくる。
「もう、ずうっとずうっと昔のことなんだけど。年頃の若い娘さんが失恋して、あの松の木で首を吊ったんだって」
ふうん、というように、カンナは無言で顎を上げてみせた。湖面を渡りながら周囲の熱を冷ましていく風が、カンナの身体もしだいにひやりとさせていく。リエコは淡々と話を続ける。
「ほら、湖のほうに少し張り出した枝があるでしょう? あの枝の先、折れてなくなっているでしょう?」
ああ、本当だ。確かに、松の枝の先が折れてなくなっている。古い木のようだが、枝は自然に落ちたようには見えない。何かの力が加わって折れたのだろう。あるいは、何かの重みのせいで……。
カンナが確かめるように松を見やっている間、リエコはボートを漕ぐ手を止めた。ゆったりとうねるボートの脇に、単調な波音が響く。松の枝から目をそらせないまま、カンナは無意識に、片手を水の中に差し伸べた。もし、カンナが上の空でなかったら、湖水が思ったよりも冷たく、塊のような感触を残して指の間を通り抜けていくのがわかって、冷静になれただろう。しかし、カンナの感覚はそのまま、失恋して首を吊ったという娘のことに向いていった。それが気になったとたん、ほかのことは何も考えられなくなった。娘のことを考えるのがやめられない。
男への当てつけにそんなことをするなんてね……。恨みがましくて醜い女ね。どうせ何でも他人のせいにして、同情を買おうとしてるだけじゃない。そんな女が死んだからって、誰もかまいやしないわよ。そんな人間が一人いなくなっただけでも、ああ、せいせいする……。
カンナの、長年なじんだ習慣なのだ。いつものようにカンナは、何か毒々しいものが身内から吹き出るに任せて、娘をけなしておとしめた。手のひらを水の中で泳がせながら、カンナの頭の中は、娘をおとしめることでいっぱいになっていた。ずっと昔に死んだ娘にさえ、カンナはくすぶった自分をぶつけてやめられない。そうしているほうが、そうしている自分に気づくよりも気持ちがいいからだ。他人を憎悪する快楽のために、進んで自らを犠牲にする。カンナも、そうした一人だった。物憂げな波音を裂くように、リエコの言葉が続いていた。
「娘さんの遺体を降ろすとき、松の枝が折れたんだそうよ」
カンナはその水音を聞いた、と思った。
一瞬だけ細かいしぶきをあげて、湖に落ちる遺体。思わず悲鳴を飲み込む人々。そこだけ時間が止まったかのように……。娘の長い髪が水中に漂って、ひっそりと黒くゆらめいている。それがありありと見えるようだ。そして、カンナは思った。生々しいその娘が目の前にいて、私は、自分自身にそうする代わりに、見知らぬ彼女に憎しみの刃を突き立てている。
カンナは、ふと、湖水に浸していた手を引き上げた。指先がちりちりする。黒い髪が一本、カンナの指に絡みついていた。リエコの声が耳に飛びこんでくる。
「その娘さんに本当に何があったかなんて、他人にはわからないわよね。ね、そうでしょう?」
リエコはオールを握ったままの姿勢で、微動だにしない。口元だけが、かくんかくんと言葉を発している。まばたきをしない真っ黒な瞳に囚われて、カンナはゆっくり頷いた。そうよね、感情的に他人を断じることは、誰にもできない。でも、私はやめられないの。他人にそんなことをされたら嫌だけれど、でも私は、他人のことはおとしめたくてたまらない。
それにしても、リエコはどうして私にそんなことを言うの? それに、そう、私はリエコを知らない。そんな名前の知り合いもいないし、目の前のリエコというこの女性に、私は今まで会ったこともない……。
カンナは無意識にまた、指先を水に浸す。カンナがもう一度手を引き上げると、黒髪の束が巻きついていた。
その日、湖には、ボートが一艘揺れていたという。
カンナは今でも、失踪したままだ。
(終)
それはそうと、稲川淳二さんに朗読してほしいかも!
(以下、稲川淳二さんの声でお読みください。)
湖といえばね、私、子供の頃、夏休みに親戚の家に泊まりに行ったんですけどね。その家が、湖のほとりにあるんですよ。
ちょうどお盆でね。お盆の間は湖では泳いじゃいけない、湖に入っちゃいけない、と、その家の伯母に言われてたんですけどね。
私、こっそり、湖で泳いじゃったんですよね。
その夜……。茶の間で寝ていた私は、ふと目が覚めたんです。
「あれ? まだ夜中だ」と思った瞬間に、ボーン! ボーン!
茶の間の柱時計が、夜中の2時を打ったんですね。
あたりはシーンとしてるんです。伯母も従姉たちも一緒に寝てたんですけど、寝息も立てないで、ぐっすり眠りこんでる。
そのシーーーンとした中に、何かの音が響いてくるんですよ。外の、遠くの方から。
ぴちゃーん……ぴちゃーん……って、なんかこう、水をしたたらせるような音が、だんだんだんだん、茶の間のすぐ外の、縁側のあたりに近づいてくるんですよね。
夢を見たのかなぁ、って思ってたんですけどね。
朝、伯母に「おはよう」って声をかけたら、伯母は無言で、縁側の網戸に張りついた髪の毛をこすり落としてました。
引き出しの多いお人や〜
そして、私もsuzuさんと同じ事思いましたよ〜
いつも何気にちくっと、でも(老婆心)的な雰囲気で気づかせてくれますよね^^
ありがとうございますです。
あ、『お金持ちになる生き方』買いましたよ!
漫画だからこそ実感が倍増する「お金ラブ!」ですね^^
私のこの夏のキーワードは「キミ(お金)に胸キュン☆」で決まりです。
私が書くものは、ついつい説教臭いところが自分でも鼻につくのですが(自分自身への説教だから)、『お金持ちになる生き方』は、編集さんと作者本山理咲さんの力のおかげで、原作の私まで好評のお相伴に与っております。
ちゃっかり、「濡れ手で粟」の気分です。
お金や成功や願望に、キーワードやコードネーム、キャッチコピーやプロジェクト名をつけるのは、願い事を叶えるための方法の一つ。
その言葉が、目標の置きどころを示すシンボルとなって、そっちの方向に現実を導いていくにゃ!
私も購入しました。
漫画って、すごくいいですね。
楽しくすーっと頭にイメージできました。
私と相性がいい媒体な気がします。
というか、ただの漫画好き。
お金ラブラブします。
そういえば「胸キュン」キーワードを設置してから、もっと胸キュン度が上がるような財布を捜したりしました。
財布はきっかけにすぎないけど、そんな風に目線が変わって、少しずつ現実が変化していくのですね〜
まーちゃん、ありがとう!
※まーちゃんについては、『お金持ちになる生き方』を参照の事(笑)
漫画という形に、編集さんと作者本山理咲さんのエネルギーがこめられているからこそ、多くの人に受け入れてもらえるのだと思います。
本山理咲さんのマンガで、わかりやすくお金持ちになる生き方を教えてもらいました。
つくづく思うのは「本を読んだから金持ちになるわけじゃない」、「如月マヤさんに会ったから問題が解決するわけじゃない」ということです。
マヤさんは最大限にアドバイスとヒントを私たち読者(参加者)に与えてくれますが、それを現実のものにするためには自分の努力が必要なんだなと。
そしてできる限り純粋な気持ちになることも重要ポイントだということも今回の本で確認しました。
本は居間に置いてあり、家族の誰もが何度でも読み返せるようにしています。独り占めはもったいないし、みんなでお金持ちになりたい!(笑)
すばらしい本をありがとうございました!
(本山さんのマンガのファンにもなりましたー!)
それまでは理解できないし、目の前に見せてもらっているものが見えなかったりするので、自分が不愉快で堂々巡りするのですが(笑)
でも、自分の力で掴めた時の、腑に落ちるような、言葉では言えない感動を、自分で体験するようにと、マヤさんは僕たちに伝えているのだと思います。