如月マヤ
「なんなんだよぉぉぉぉぉっ!! ちくしょぉぉぉぉぉっ!!」
あーあー、荒れてるなあ。怒り狂ってる。今にも脳みそが爆発して、頭蓋骨が砕け散りそう。不快な怒りが強すぎて、それ以上の悪態も言葉にならない。キーーーッと、声にならない絶叫を頭から吐き出しきって、ぜーはーぜーはー息つぎしたら、また絶叫。あとからあとから不快感がこみあげて、これ以上ないほどの怒りがおさまらない。でも、まあ、なんかわかるな。キーッとしたこんな感じ、誰にでも経験があるもんね。……ね?
でも、こんな姿は他人に見られたくない。というか、人前にこんな姿を晒したら、ある意味もうおしまいって気がする。ところが、この一線を越えそうな青山君の危ない瀬戸際は、神様たちには全て筒抜け、丸見えなのだった。なんてったって、神様だから。すなわち、「天網恢々疎にして漏らさず」。コードネームが長い。しかしこれがまた、CIAも羨む驚異の監視システムなのだ。ずるいと言えばずるいけど、神様の特権ってやつ? だから当然……。
「俺が何かわるいことしたのかよっ! 俺が間違ってるのかよっ! 俺は間違ってなんかないんだよぉぉぉぉぉっ!」
そう叫ぶ青山君のセリフが、二十年前の噛みつき事件から変わってないのも、ちゃんと神様たちは知っている。本当は青山君自身も、うすうす気がついてはいるのかも。小さい頃の記憶が、時々ちくっと胸の奥で痛むからね。
あれは保育園の年長組のときだった。ほかの子と一緒に、四人乗りのブランコに乗って遊んでいた青山君は、ブランコの順番を待っている男の子に気がついた。同じ組のノブちゃんだ。ブランコを止めて交代しようと青山君が言うと、ほかの子たちが反対した。
「あいつ、どうせ乗らないからさ。ほっとこう」
「そうだよね。ほんとに乗りたいのかわからないもん」
「それにさ、ノブちゃん、ブランコを大きくこぐと怖がって泣くしさ」
みんなは、「ほっとこほっとこー」と知らん顔だ。青山君はノブちゃんを見た。こちらを、なんとなく羨ましそうな顔で眺めているように、青山君には思えた。青山君はみんなに言った。
「オレが降りてノブちゃんと交代するからさ、あんまりこがないで乗せてあげてよ」
「やーだーよー! フミ君ばかみたい」
ほかの子は三人で、ざまあみろと言わんばかりにブランコを大きくこぎ続ける。青山君は、振り落とされないように枠にしがみつきながら、声を張り上げた。
「ブランコは順番に乗ることになってるだろっ! 止めろよっ!」
「ばーか、ばーか、ノブちゃんばーか! ばーか、ばーか、フミ君ばーか!」
保育園児のくせに、なんという結束力、臨機応変のチームプレイであろうか。レガッタの掛け声だって、まさかこんなではあるまい。もはや遊具とは呼べないほどの危険な動きでブランコは揺れ、構造の限界に達したそのとき、青山君の幼い「キーッ」も限界に達した。
「止めろよっ! ノブちゃん乗せてやれよっ!」
叫ぶと同時に、青山君は揺れるブランコの中で立ち上がり、意地悪の先導をした男の子に向かってつんのめった。と思ったら、相手の手をつかむと同時に、がぶっと指に噛みついた。一瞬の出来事だった。
それから後は、園児たちの騒々しいひと騒動と渋い顔の先生たちと、なんやかんや……。仁王立ちの先生たちに取り囲まれて、青山君は何度も相手に謝った。とんでもないことをしてしまったと思って、一生懸命謝った。けれど、申し訳ない気持ちをはるかに上回る回数を、何度も何度も謝らされているうちに、妙なことに気がついた。相手の子も先生たちも、ほくそ笑んでいる。彼らの顔には、青山君をいたぶる喜色が浮かんでいるのだった。なんだか変だ。何かがおかしい。なんでオレがあいつに噛みついたのか、先生たちは尋ねもしなかった……。謝った後で説明しようとしたけれど、その度に話を遮られ、すぐにまた謝れと頭ごなしに叱られるものだから、ごめんなさい以外にオレは一言も言えやしない……。噛みついたのはオレがわるかった。だけど、ほんとにオレがわるかったのか? オレが間違ってるっていうのか? オレは間違ってなんかないんだよぉっ!
保育園児だからボキャブラリーは少ないけれど、小さな胸で精一杯感じて、小さな頭で精一杯考えているんだよね。まあ、間違っちゃいないという青山君にも一理ある。だから、青山君の間違ってなかったところを、神様たちはちゃんと見てたし、今でもちゃんと知ってるよ。氏神様もご先祖様も、神仏は皆、青山君が今日のこの日を迎えることまでわかっていたんだからさ。
思えば、青山君はいつもノブちゃんをかばっていたね。おっとりというか優柔不断というか、ノブちゃんはほかの子よりも動作が遅い。保育園の先生たちも、ぐずぐずと態度がはっきりしないノブちゃんを面倒な子だと思ってる。こういう子をほかの子と一緒に、規則通り時間通りに世話をするのはやっかいだ。それを感じ取っていたのかどうなのか、園児たちはノブちゃんと手をつないでお散歩するのを嫌がった。ノブちゃんの歩くペースに合わせていると、だんだん列から遅れてビリッケツになってしまうし、ノブちゃんが叱られるのに巻き込まれて、自分も先生に早くしなさいと言われるから損だもの。遠足のとき、ノブちゃんと手をつないで歩いたのは青山君だった。その日は雨が上がった翌日で、道路がへこんだところに水たまりができていた。みんなは水たまりをまたいで歩く。ところがノブちゃんは、片足を上げたまま固まってしまった。水たまりをまたごうか、またげるのか、水たまりをよけようか、よけられるのか……。と、なんとなく迷っているうちに、ノブちゃんってば、ぐらっとよろけて転んでしまったよ。水たまりの泥水を吸って、スモックもズボンもぐっちゃぐちゃ。青山君はつないだ手を離さなかった。だから青山君も一緒に転んで、泥まみれ。
列のいちばん後ろで面倒を起こしている二人を振り返り、園児たちはばかにして笑い、先生たちは渋い顔をした。もしかしたら、ここで青山君が泣きべそをかけばよかったのかもしれない。でも青山君は、ノブちゃんと手をつないだまま立ち上がり、黙ってまた歩き出した。嫌な子だねー。可愛くないね。正論をそのまま懸命に実行しているやつって、嫌味なもんだよ。周りの皆にはプレッシャーになるからね。周りの人間にとって青山君は、何かカンに障る、自分を居心地わるくさせる疫病神そのものだ。やっかい者のノブちゃんと一緒になって、泥まみれで素直に泣いてくれれば、まだ可愛げがあるってものなのに……。
だから噛みつき事件が起こったとき、それは皆にとって、自分ではわけのわからない鬱憤を晴らす絶好の機会となった。ここぞとばかり、執拗に青山君に頭を下げさせ、青山君は青山君で、泥まみれで歩き続けたときのように、謝り続けた。あーあ、不毛だね。誰にとっても本質からずれているから、誰にとっても何の解決にもなってやしない。むしろ逆。その後の二十年間、この状況は進行し続けることになったのだった。
自分の言い分が通らなければ他人に噛みつくわがままなやつ、というレッテルを貼られたまま大きくなった青山君は、ボキャブラリーが増えるにしたがってますます頑なに、言葉でも態度でも意地になって自己主張するようになった。周りの人たちはますます居心地わるくなってくる。当然、他人とはお互いに、距離も溝も壁もできていく。保育園のあの日あのときじゃなくてもいいから、青山君の思いに気がついて、それを彼に伝えてくれる大人なり友達なりが一人でもいれば、また違った成長のしかたをしたのかもしれないね。でも、将来青山君が100億円か200億円の働きをするためには、それなりの精神力を鍛えなくちゃならない。だから青山君を守護するものたちは、青山君に対してそういう面を見せてくれる人物を周りに配置しなかった。いずれ青山君が自力で、他人との距離や溝や壁について考える日が来るまでは……。可愛い子には旅をさせよ、ってやつ? 神仏は人間にとってはシビアなところもあるけれど、究極の親心を感じるね。で、人間は、旅を続けるか旅を放棄するか、選ぶわけ。
そしてその選択は、青山君が大学院をやめた瞬間に始まった。
(続く)
【「御利益」の最新記事】
ご無沙汰しております。
今日の更新非常に嬉しかったです。
今の時期をどう捉えるべきかと考えたりしましたがマヤさんの言葉でまたグッと背中を押していただけました。
一瞬も迷うことなく、在るべき自分でいることに努めます。
またお会い出来るように頑張ります!
在るべき自分が、すべきことをする。在るべき自分だから、すべきことができる。
理屈っぽいけど、そんな感じです。
某与党(!)に錬金術(!!)なんて、ナイスジョークですね〜。
えだのさんの健康に害はないケド、出荷停止とか、ほとんどコメディ。意味分かりません。
某総理の地震直後の原発視察の行動も、テロ行為に近いと思います。
この人って、もしやスーパーヒトシくん・・、じゃなくて、青山くん!?
このような時ですので、在るべき自分 + マヤさん流 - 自分応援を加えたいと思います。
「怯むな!怖くない!」っていうアレです。
このための「マヤのワーク」であったし、そして、これからのための「マヤのワーク」でもありました。
役に立てていただけることを信じております。
マヤさんのいう「魂の本質」に触れるワークが
効き目をあらわすように思います。
「未来を知って幸せになる本」を読み返して
ワークをしています。
少しでも冷静にいろいろなことに対応できるように。
今この瞬間に必要なことの
本質を見極めることができるように。
私もワークを欠かしません。
たくさんの命と引きかえにいただいた、「今この瞬間」です。
日本が再び日本になる、そのための一部でありたいと私は思います。
この道のりを、一緒に歩いていきましょう!
とても貴重なお話をありがとうございました。
『日本が再び立ち上がるにつれて、今現在の世界のスタンダードは目に見える形で変化していく。』
ここ響きました!
日本はとても重要な役割があるようですね。
時間もかなり掛かりそうな・・・・
本当に映画の未知との遭遇みたいにUFOが現れないかなぁ〜と私も思います(^^;
現実の一歩一歩を続けるには時間がかかるし、精神力も必要ですよね……。それゆえ、自分の中心軸がブレていない人には、もってこいの仕事だと思います。