如月マヤ
それにしても青山君、100億円か200億円をどうするつもりなんだろう? とりあえずと言っていたから、とりあえず家でも建てるとか?
「まずは土地だな……」
と、青山君が呟く。やっぱりね。100億円か200億円をつぎこんで、広大な敷地にどーんと御殿をかまえる。固定資産税や掃除が大変そうだねえ。
「とにかく自社工場を建てないとな」
へ? 工場?
「それから生産農家と契約して……、農場を作ってもいいな。配送も自社でやるか。あ、営業と経理を雇わなくっちゃ、と」
青山君、ぶつぶつ呟きながら歩き始めたよ。アパートに帰るつもりかな? いや、帰ろうという明確な意志はなさそうだ。考えるのに夢中で、文字通り、頭の中は夢の中。身体だけ勝手に動いて、住みかに帰ろうとしている。帰巣本能おそるべし! しかし、真におそるべきは、人が通る道から外れ、一直線に道なき道に迷い込み、客観的に見ればプチ遭難しているにもかかわらず、その状況を自覚もしないで、なんだか壮大っぽい野望を叶える資金を神頼みした挙げ句、もうそれが手に入ったものとして妄想を繰り広げる、青山君の心理状態である。他人事だけど、なんか心配。エビスダイコクも不安そう。
「いるよねぇ、こういう人」
ダイコクが溜め息をつく。
「ああ、いるいる。腐るほどいるっていうか、こういうやつはもう腐ってんだよ」
「エビス君、だめだよぉ。そんなこと言ったら、誰も僕たちを頼れなくなっちゃうでしょぉ」
「俺たちさ、神様だからって、いつでもいい顔してると思われたら迷惑なんだよな。俺たちにだって、福を授ける相手を選ぶ権利があるんだよ」
権利と聞いて、毘沙門天がぴくりと反応した。ふところから「七神授福之心得」を取り出すと、エビスの発言が七福神のルールに違反していないか、素早く確認する。毘沙門天は規律を重んじるのを旨としているのだ。が、しかし、ここの神様たちが「心得」に記されたルールを遵守しているはずがない。どう見ても無法地帯。言うまでもなく射駒姐さんは自分が法律だし、エビスダイコクは怠け気味。布袋オヤジには独自の仁義ってものがある。そういえば、新しもの好きの寿老人は今、オンラインゲームにはまっているのだった。竹林で碁を打っていたときもそうだったが、ゲームにのめりこむあまり、ペットの鹿に鹿せんべいをやるのを忘れる有様だ。福禄寿に至っては、神様にあるまじき超常現象否定派だし。オーマイゴッドである。そして気がつけば、そんな皆の世話役になってしまった毘沙門天……。ここの七福神さん、ちょっと変? まあ、ほかのエリート七福神チームと違うのは確かだが、これも妙味ってやつだろう。
「あー、ところでエビス殿」
咳払いをして毘沙門天が話しかける。
「ここに書いてあるのだがな。我ら七福神は、あまねく衆生の願いを聞き届けなくてはならぬ」
エビスはムッとした。
「聞いてるよ。ちゃんと聞いてるだろ。人間の願いはちゃんと俺たちのところに届くようになってるんだよ。だけどさ、俺たちの声を聞き取らないのは、あいつら人間の方だろっ」
「ううむ」
「俺たち神仏はちゃんと人間を見てるし、本心からの願いが何かなんて、そいつが生まれる前からわかってるんだよ。だから、本当の願いが叶うように助けてるんじゃないか。それなのに、助けに気がつかないのは人間だろっ。助けを受け取らないのは人間だろっ。願いが叶わない方に、本心が叶わない方に、人間はわざと俺たちから遠く離れていくじゃないかっ!」
しーんとなった。
「俺たちのこと、嫌いなのかよっ!」
そう言うと、エビスは黙りこくった。白虎がそっと寄ってきて、エビスの手の甲をなめている。毘沙門天は目を閉じた。自分だって、そう思う。思ってはいても、神様たるもの、おいそれと腹を立てるわけにはいかぬではないか。それをエビスが吐き出してくれたのだ。毘沙門天は無言で「七神授福之心得」をふところに押しこんだ。
「お茶でも淹れるね」
ダイコクがしんみり呟いた。こんなときのお茶は、どんな味がするのだろう。今のところ姐さんが乱入してくる気配はなさそうだから、安心して、福の神のお茶をしみじみ味わうことができるよね。神様にだって、自分たちの力で自分たちを癒す、こんなときがあるものなのさ。
と、そんなこんなしているうちに、青山君は夜通し歩いていたらしい。とある駅まで辿りつき、始発から電車を乗り継いで、ようやくアパートの最寄り駅まで向かう途中。電車の中で、大学時代の同級生とばったり出会った。
「青山君?」
「あ、えーと、村田さん?」
彼女は就職二年目だ。ブラウスにきちんとジャケットをつけて、すっかり社会人が板についている。それにひきかえ、青山君ときたら。人間は見た目が大事だというけれど、見た目には、目に見えない雰囲気が影響しているものだ。青山君は思い込みで頭が凝り固まっているし、澱んで濁って臭いそうだし、エビスの言葉を借りれば腐っているから、目も当てられない。というか、こんな雰囲気の人とは目を合わせちゃいけない。それなのに、いくら知った顔だからって、村田さんはなんて人が好いんだろう。乳酸菌で卒論を書いて、食品会社に就職したんだったよね。
「すっごい偶然だねー。青山君、朝早いんだね」
「……会社?」
「ううん。今日は会社じゃなくて、デパ地下の食品売り場に行くの。ほら」
村田さんはそう言ってバッグを開けると、会社のロゴが入った布を見せた。エプロンらしい。
「新商品のキャンペーン中だから。デモンストレーターさんと一緒に、私も売り場に立つんだ」
「ふーん。開発部門だったんじゃないの? 販売?」
「開発だけど、これが大事なんだよ。お客様の声を直接聞けるでしょ。直に手応えを感じると、反省になるし励みにもなるし。開発だけなら机の上でできるかもしれないけど、その先に人とつながってなければ、結局売れないじゃない? 売れなければ人の役にも立たないんだから、開発の意味ないもん」
「会社員って大変なんだね」
青山君は気持ちの入らない受け答えをする。気持ちが入るのは、自分本位のことを相手に一方的に押しつけているときだけだ。だから、話の意味がかみあわない。何かが軋み始める。軋みはそれを生み出した本人にダメージを与える。
「青山君はすごいよねー。大学に入ったときから目的があったし。私はやっと会社に採用してもらって、まだ仕事を覚えている途中なのに。青山君なら、大学院にいる間に商品開発できるんじゃない? きっと早く夢が叶うね」
彼女の言葉には屈託がない。青山君が大学院をやめたことも知らないし、青山君の見た目で、すさんだ雰囲気の邪推もしない。彼女は素直に青山君を褒めている。青山君はなんだか、むかっとした。100億円か200億円の粘っこい輝きは、一瞬にして失せてしまった。目の前の元同級生に何か言いたい、何か言ってやらなければ気が済まないのだが、言葉に詰まった。そのとき、電車が停車した。
「あ、私、ここで降りるんだ。青山君、またねー。研究がんばってね」
村田さんは電車を降りても、駅の階段に向かう人波の中から、なんとかこちらに小さく手を振った。目が嬉しそうに笑っているのがわかった。
青山君の無表情の顔が、しだいに強ばっていく。むかむかが抑えきれない。射駒神社の泉に濁りを立てたときとおんなじだ。村田さんのせいじゃない。自分のせいなんだよ、青山君。自分の夢がまだ形になっていなくても、今大成功をおさめていなくても、その未来に向かって確かな行動をしている自分が今ここにいるのだったら、こんな気持ちは起こらない。むかっとするのは、自分で自分が情けないからだ。そんな自分を、本当は自分がいちばんよくわかっているからだ。だけど自分の情けない姿を認めたくない、認めるわけにはいかない。そんな相反する二つの力が強くなれば強くなるほど、人は、その間で引き裂かれる……。
アパートまでどうやって帰りついたのか、そんなことは青山君にはどうでもよかった。空腹だとか喉が渇いているだとか、トイレだってどうでもいい。青山君にとっての重大事は、元同級生に会ってむかついたこの気持ち。他人のせいで気分がわるくなった、かわいそうな自分だけが重要なのだ。わけのわからない不快感がふつふつと、とめどなく湧き上がってくる。不快さが腹立たしくて、怒りもつのる。徹夜で歩き回ったから脳は疲れきって栄養不足だし、水分も摂ってないから循環はわるくなってるし、排泄してないから身体に毒素がたまっていそう。頭も気持ちも身体も、いろんな不快感が臨界点に達したみたい。
「ちぃぃぃぃぃっくしょぉぉぉぉぉ―――!!」
部屋の真ん中に突っ立って、青山君が絶叫した。
(続く)
【「御利益」の最新記事】
続き待ってます!
私は「青山君って私みたいじゃん」って思ってました。
お財布の中がいつもにぎやかになる事、間違いナシです〜。
今日はチベットのお正月ですね。
星の恵みがありますように。
現実世界に生きる我々が知っておきたいコトがそこには書かれている。これ、大切ですね。
んでもって青山君、どうなるんだろー。楽しみ楽しみ。
今年、お金のことを書いた本を出します。私の原作を編集さんがストーリー仕立てにして、本山理咲さんが漫画で描き上げてくれるのです。
私が読者第一号で、先日上がったラフを読んだのですが、すっごく面白いです! 付録も付くので楽しみにしていていただけると嬉しいです〜。
チベット正月、私も同じ気持ちで、静かに祈りをこめました。
こんなあたりもきっかけにして、日常生活の中で、現実世界のことをいろいろ考えていただけると嬉しいです。
明晰、なんて言っていただくと、くふふふふ〜ってなっちゃいます。