如月マヤ
「おおっと!」
エビスダイコクは反射的に身を引いた。巨大スクリーンに、青山君の顔がぬっとアップになったのだ。その顔が、スクリーンに現れては消え、現れては消えしているのは、作法にのっとって二礼しているからだろう。そのたびに、脳天に突き刺さった矢羽根がひょこひょこ揺れる。まるで、珍種の鳥が地面をついばんでいるようだ。続いて二拍手の音が静まると、青山君の声が朗々と響き渡った。
「かけまくもぉーかしこきぃー、富カモンの大御神ぃー」
ふむふむ。青山君、オーソドックスな作法は心得ているね。が、一礼で締めないところをみると、富カモンの神様とやらに願い事をするつもりらしい。どアップの青山君の顔は、真剣そのものだ。
「富カモンの神様っ!」
「はぁ、なんぞご用ですかいのう?」
エビスは思わず、懐かしいトミ婆さんの口調をまねる。もちろん、青山君には聞こえない。
「なにとぞ! 俺に、とりあえず100億円か200億円ください!!」
青山君の背後を、カラスが飛んでいくのが見えた。しばしの沈黙……。エビスが溜め息とともに言う。
「とりあえずだってよ。なあ、どうする?」
「なにとぞ、ってわりにはアバウトな人だねぇ」
「差額の100億円も、相当アバウトだけどな」
願い事をしたので、二拍手でしめくくって一礼。満足げな青山君の顔は、光り輝いている。これで願い事が叶う……欲求が満たされて当然……自分は何もしなくていい……神様なんだから、満足させてくれて当たり前だろ……。こんなだから、本人はご満悦でも、光り方輝き方がどうにも粘っこい。いやーな感じ。臭ってきそう。毘沙門天はそっぽを向いたし、白虎は不機嫌そうに唸り声をあげている。こいつを食べてもおいしくないと思ったらしい。エビスダイコクも眉根にしわを寄せて、汚いものでも見るような目つきになっている。まぁ、しかたがない。神様から見れば、こういうのが穢れなのだから。
人間にはそれぞれ個性があるから、その人がどんな色の個性をしていようと、神様は厭わない。問題になるのは、その人の個性そのものではなくて、その色の純度透明度なのだ。古来より、魂を磨けという教えが伝わっているのには、そういう理由があるからだ。透明度の高さは、その人が内側から発する力の強さでもある。何か偉大なことを成し遂げたかったり、自分には価値があると証明したければ、その力をつけるためにも透明度を上げなくてはならない。魂を磨き上げるのだ。
磨き上げるほどに魂は純粋さを増し、魂の力の強さが増すと、人は自分の人生の意味に気がつくようになる。身体の奥から充足感があふれ出る。心の底から満足だ。自身で満ちて足りるから、他者から称賛を得るためにきりきりする必要もなければ、他人より上に立とうとして感情が乱れることもない。余計なことに気が散らないから、効率よく物事に集中し、夢をいくつも叶えることができる。気がつけば、いつの間にか自然と、他人から褒め称えられていたり、特別な人だと価値を認められるようになっている。虚栄心も支配欲もないから、実に爽やか。他人のやっかみを寄せつけることもない。
人間は、そんなふうに自分のすべきことをまっとうして、人生をとことん楽しめばいい。それが人の幸せってもんじゃないかと、神様たちは考える。
ところが青山君ときたら、何でも自分の思い通りにならないと不快になるタイプ。自身で充足するより、満足させてくれと他人に要求することに熱心だ。自分のエゴが気持ちいい状態がスタンダードになっているから、よっぽどのことがない限り、心地良さも満足も感じない。欲求が叶っても、ありがたいと感じることもないのだろう。こういう人間は昨今珍しくもないが、青山君を担当することになったエビスダイコクはいい迷惑だ。丸ぽちゃだけど、エビスダイコクの頬はげっそり。もう神様なんか辞めてしまいたい。彼ら神仏にとって、願い事はいくらしてもらってもかまわないが、掬い上げることができるのは、人間のピュアな想いだけなのだ。
射駒神社の泉にその人となりを自ら映し出してみせた通り、エビスダイコクの目に、青山君はどろっと澱んで濁って見える。その上とげとげしいものだから、願い事が叶わなかったら、どんな八つ当たりをすることだろう。人生が思い通りにならないのは社会のせいだと言って、まさか、人様を傷つけるようなことなんて……ねぇ。
「それなら、いっそのこと……」
エビスがおもむろに口を開いた。ダイコクが緊張した顔で頷く。もしや……。とんでもないことをしでかす前に、青山君をどうにかするってこと?
「これを使うときがきたねぇ」
そう言いながら、ダイコクがどこからともなく取り出したのは、言わずと知れた打ち出の小槌。毘沙門天がぴくりと片眉を上げた。やややや、やっぱり! 昔話の起源を探ってみると、打ち出の小槌は、どうも武器なんじゃないかと思われるフシがある。そもそもが槌だから道具には違いないし、ダイナマイト然り放射線然り、生活に不可欠な道具や幸せのために発見された技術を、何かの拍子に武器に使ってしまうのはよくあることだ。でも、それは人間の十八番であって、ここのエビスダイコクは、あからさまな武器を持つ射駒姐さんや毘沙門天とは一線を画す、おめでたいコンビではなかったか? おめでたい丸ぽちゃと油断させておいて、ここは目撃者もいないことだし、打ち出の小槌で一息に……。青山君を消す!?
ダイコクが打ち出の小槌を振り上げた。その瞬間、かっとまばゆい光を放って小槌が巨大化した。すすすす、すごい! どんな仕掛けで小槌が超大槌に!? ……じゃなくて、パワーがみなぎってる感じがすごい。それに、眩しくて熱い。ほんとに熱いわけじゃないけど、とにかく熱い。神様が持っている物だと、理屈じゃないところに説得力がある。
槌が身体より大きくなったので、そのままひっくり返らないように、エビスがダイコクを支える。エビスダイコクは声を張り上げた。
「青山文彦よ! よろしい! それほどまでに願うなら、100億円でも200億円でもくれてやろう!」
え? なーんだ、サスペンスじゃないのか。打ち出の小槌、あっさり振っちゃうんだ。願い事、簡単に叶えてあげちゃうんだ。要求の内容の精査なし。評価も議論もしないまま。自己中心的でマナーをわきまえないやつに、文句を言われたり暴れられたら面倒だからってわけ? どこぞの政府みたいに弱腰で不甲斐ない。神様がそんなでいいのか!
「いいわけがなかろう!!」
毘沙門天の野太い声が轟く。あ、聞こえてたか……。
おめでたさにすっかり油断していたが、エビスダイコクもそれなりに神様。タメをきかせた打ち出の小槌、いや超大槌を、力まかせに振り下ろす。超大槌は巨大スクリーンを通り抜けて、粘っこい笑顔の青山君の脳天を直撃した。おお、なんとショッキングな! スピリチュアルファンにはなじみの深い、頭頂のクラウンチャクラを一撃である。青山君、射駒姐さんには脳天を射抜かれ、エビスダイコクには脳天を殴打され……。神なる次元とつながるクラウンチャクラというのも、あながち嘘ではないということか?
それにしても、さすがはエビスダイコク。福々しい体型は伊達じゃない。ほんとに太っ腹だねぇ。100億円でも200億円でもくれてやろう、だなんてね。くれてやろう、ってあたりのニュアンスがにくいねぇ。つまり、神様の言葉では「100億円分、200億円分、人様のために働いてもらおうじゃないか」という意味になるのだが。お金は力だから、応分の力を発揮しないとね。青山君、わかってんのかな?
(続く)
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