この話はよくしますよね。
自分の意見はこの世で一番だと思う気持ちで発言するべきです。
というか、自分の意見が3番か4番目くらいにしか良いと思えない人の意見などは
聞く時間だけもったいない。そんな人は自分の意見が一番だと自信が持てるほど
ちゃんと意見を煮詰めてから出直していらっしゃいと伝えたい。
その上で自分の意見を上回る意見が出てきたらその時は脱帽、尊敬、拍手喝采ですよ。
迷わずその人の意見採択です。
自分の意見が最強だと言い切る為には多くのシミュレーションを経る必要があります。
何もしないでおいて自分の意見が最高!とか言うのはただのおバカさんです。
稀に天才肌から根拠/論拠無しのすごい良い意見が出る場合もありますが、
天才肌の存在は稀であるという事を考えると、我々凡人は努力をしないといけません。
自分の意見が一番だと思えるくらいに考えましょう、想像しましょう、調べましょう。
あんま良い意見じゃないかもしれないんだけど、
というようなモチベーションの人が参加できちゃうミーティングも要りません。
ま、そういうモチベーションのトークは飲み会でならいいんじゃないですかね。
勉強あんましないんで、という人なら、勉強始めてみたらどうでしょう。
大人の勉強って子供時代、学生時代の「勉強」とはずいぶん違いますよ。
知らない事を知ろうとするという、単純な好奇心ベースのものなので、明らかに楽しい。
一番簡単な方法、安易とも言う人がいそうな程の方法は、まず単純にわき起こった疑問を
Googleのサーチエンジンに入力してみる。そこからなら入るのが楽だと思います。ただ、
ネット上には背骨のないもの=確固たる根拠も無しにテキトーに書かれたものがあります。
そこにだけは気をつけるという事さえ心がけていればそこから興味の連鎖が始まります。
で、最終的にはアナログではありますが書物に再び戻るのであれば最高です。
ネットの情報って本当に、私のこのブログもそうですが、プロフェッショナルではない人が
意見や見解を実に簡単に載せる事ができる。非常にリスクが潜みます。
これからの子供達はその膨大な情報の海から玉石混淆を見極める力が必要です。
その為には小学校までの間にプロの監修が施された百科事典や辞書の利用が必要かもしれません。
中学にも上がればもう自分の意思でのみ、興味の赴くままネットを泳ぎ出して行くでしょう。
私たちの年代は大学時代からインターネットが自分の生活に入ってきました。
ウェブ情報を活用しだしたのはこの代、大抵の人もだと思いますが社会人になってからでした。
その際学生時代までにちゃんとした出版物などを通して形成された軸が命綱となり
情報の波の中でも呑まれずいられたと思っています。結果論ではありますが恵まれていました。
勉強し始めると意思は強固になりますが頑固にはなりません。
頑固な人は自分の自信が揺らぐのが怖いという勉強不足な人です。
意思が強固ではない人の意見は明日変わるかもしれない非常に曖昧なものです。
何かを決定する時にはそういう意見はいたずらに時間を食いつぶすものです。
しかし時間制限の無い自由な時間にはそういう人との語らいもまた楽しいものです。
決定とは実に難しい。時間という制約があるからです。
時間という資産を最大限に使う為にはまず日頃からの考察、イマジネーション力の強化が大切。
それって単純に楽しい事ではありませんか。それが時短に繋がるなら最高じゃないですか(^_-)☆