研究内容
概要
テーマ:「慢性炎症の運命決定を担う未知核内エピゲノム制御メカニズムの探索」
本研究室では、核内受容体であるグルココルチコイド受容体(GR)とアンドロゲン受容体(AR)を題材にして、炎症とエネルギー代謝の接点における未知核内エピゲノム制御メカニズムの探索(「疾患エピジェネティクス」解析)を行うとともに、その応用として画期的な生活習慣病の治療開発を目指しています。I:背景と目的・目標
近年食生活の欧米化と相まって糖尿病をはじめとする生活習慣病は非常に大きな臨床医学的な問題となってきていますが、それと同時にその病態に関しての病態生理学も明らかになりつつあります。このような中で、糖尿病の主病態は、脂肪などの組織の慢性炎症に伴うインスリン抵抗性であることが明らかになりました。従来の糖尿病の治療はそのさまざまな合併症の根源である高血糖状態に対する治療としての「血糖降下」を目的としたものでありましたが、その主病巣である「慢性炎症」治療を目指す治療法は未だ存在しません。実際に「慢性炎症性疾患」には対しては抗炎症剤を使用するのが一般的でありますが、このような慢性炎症性疾患には一般的な抗炎症剤の効果も限られているのが現状であり、病態のメカニズムに根ざした新しい治療法開発が望まれています(図1参照)。一方で、自己免疫疾患を含む様々な炎症性疾患に対する抗炎症薬として用いられているグルココルチコイド(ステロイド)は、難治性炎症性疾患に対する強力な抗炎症作用を有するが、副作用の問題から長期利用には問題が残されている。その作用メカニズムは、核内受容体GRによる炎症制御転写因子AP-1やNF-kBのリガンド依存性の転写抑制であることが知られていますが、その詳細なメカニズム解析が困難を極めているために、その改良による長期慢性炎症疾患治療法開発には進んでいないのが、現状であります。このような背景の中で、我々はこれまでの炎症疾患創薬の分野ではあまり試みられていない生化学的な手法による核内エピゲノム制御因子の同定と機能解析というアプローチを主体に総合的な解析を行っていきます。この新しいアプローチによってこれまでに同定しえなかった生活習慣病に対する画期的な創薬標的の同定を目的としています。扱うタンパク標的は抗炎症薬として広く用いられているグルココルチコイド(ステロイド)の標的である核内受容体グルココルチコイド受容体(GR)と男性ホルモン受容体(AR)を考えています。また、その機能制御解析の場所としてマクロファージ、脂肪、血管平滑筋と内皮を中心に考え、in vitroの生化学実験とin vivoのマウス実験から総合的な機能制御メカニズムを解明し、「疾患エピジェネティクス」という分野からの新しい創薬を考えています(図2参照)。
III:具体的な研究内容
1)GRによるエピジェネティックな抗炎症メカニズムの解析
メカニズムが明らかでなかったGRによるAP-1に対するグルココルチコイド(ステロイド)依存性の転写抑制メカニズムの解析を進めてきた結果、GRがAP-1構成タンパクc-Junのリガンド依存性のSumo化を制御する複合体 (Sumo化E3 リガーゼ)の構成因子として機能することが明らかになりました。また、c-JunがSumo化された後にヒストンメチル化複合体がリクルートされ、エピジェネティックな転写抑制がなされることも明らかになりました。つまり、この転写抑制はこれまで知られていなかった2段階のステップによってなされる新しい転写抑制メカニズムを介することが明らかになったわけです。今後さらなる解析が必要ですが、おそらくこのような制御を介してマクロファージ内などでは、炎症サイトカインの分泌抑制制御がされ、生理的な条件下でも炎症がコントロールされるのだろうと我々は考えています(図3参照)。
実はこれまでに明らかにできたGRによるリガンド依存性の抗炎症制御は細胞内のグルコース濃度変化によって規定されています。そこで、GRのタンパク修飾状態を様々な刺激下で解析して、その後のエピゲノム制御因子群同定の第一段階とするつもりです 。実際には、細胞内に標識GRタンパクを恒常発現させ、様々な刺激や培養条件下でのGRタンパクの修飾状況をLC-MS/MSシステムを用いて探索し、転写活性制御機構との関係を明らかにしていきます。手始めにリン酸化に着目して、修飾状況変化をLC-MS/MSにて解析することによって、機能制御スイッチ発見の糸口としたいと思っています。
3) 慢性炎症刺激下における炎症シグナルとGRによる転写のクロストークの解析
核内受容体転写制御と慢性炎症刺激との未知のクロストークを念頭に置き、様々な組織を探索します。慢性炎症の病態においてはグルココルチコイドホルモンシグナルとストレスシグナルが様々なステップ(細胞質内クロストーク、オルガネラにおける制御レベル、核内転写レベル、翻訳レベルなど)でクロストークしている可能性が考えられ、病態の変化や治療効果との関与が考えられます。そこで、手始めにマウスを用いて炎症刺激とエネルギー刺激依存性の標的遺伝子制御解析を各臓器において行い、GRの遺伝子欠損動物(海外から取得承諾済み)との比較により、リガンド依存性の標的遺伝子制御メカニズムを明らかにしていきます。GRの活性変化を既知のGR標的遺伝子プロモーター上で解析すると同時に、GRの未知機能の発揮により制御される新たな標的遺伝子を探索する予定です(図2参照)。具体的には現在小胞体ストレスと各種核内受容体を制御するシグナルとのクロストーク解析を開始しています。
4) GRの蛋白修飾変化依存性の未知転写修飾因子群の精製と同定、並びにそのエピゲノム制御メカニズム解析
マウスで明らかになった新しいシグナルクロスークを視野に入れつつ、栄養状態変化によるGRの蛋白修飾の変化の解析を統合的に展開します。その結果を踏まえて刺激依存性に結合するエピゲノム制御因子複合体を単離、同定するつもりです (図4参照)。具体的には、マクロファージ系細胞からGR恒常発現株を作製した後これを大量に培養し、培養条件を変化させた後に回収した細胞の核抽出液などからGRとその結合因子群を精製し、質量分析システムにて同定します。次に取得因子の機能解析の一環として細胞内での転写制御実験などとともに、in vitroにおけるクロマチン再構成系を作製し、エピゲノム制御因子の機能解析を行います。in vitro のクロマチン再構築系については、すでにこれまでの研究過程で構築済みです。
取得した因子の遺伝子欠損マウスを作製し、組織観察などから生体内高次機能内での取得因子の役割を明らかにしたいと考えています。また、作製したマウスに様々な炎症刺激を加えて正常マウスや組織特異的GR欠損マウスと比較することによって、炎症発症過程や治癒過程における取得因子の役割も明らかにできると考えられます。解析に使用するマウスの培養システム並びにジーンターゲティングの技術は新しい研究グループで既に活用しています(図5参照)。
6) 性差の概念を踏まえた生活習慣病発症メカニズムの解析
(男性メタボリックシンドロームや動脈硬化発症メカニズムの解析)
近年の研究において生活習慣病の研究内容(図6参照)発症には性差が関係することが
既に知られていますが、その性差の出現メカニズムは明らかにされていません。そこで我々はこの性差が性ホルモンの機能、つまり性ホルモンによって制御されている核内受容体の機能に起因するのではないかと考え、特に男性におけるメタボリックシンドロームの解析を
開始しています(図6参照)。これまでインスリン抵抗性などのメカ二ズムの解析において男性ホルモン受容体(AR)の関与が検討されてきていますが、私たちは、新たに「慢性炎症」という病態の中での性ホルモン受容体の機能解析を行っていきたいと思って
います。具体的には、1) メタボリックシンドロームにおいて生じている脂肪組織のリモデリングにおける性差 2) 中枢と末梢におけるレプチンの作用への性ホルモンの影響 3) 動脈硬化の形成過程におけるARの役割、などについての探索をメカニズム解析を中心に展開し、最終的には 4) 老化に対する性ホルモンの作用機転、を追求し、人類の健康増進と長寿をサポートするサプリメント成分などの同定に貢献したいと考えています。先行するGRを扱った研究結果と比較検討することによって、性差特異的な疾患制御機構の理解を深められるのでは、と期待しています。
III.そのほかの計画中の研究プラン
以下はこれから是非とも始めたいと思っている研究テーマです。なるべく早く取り掛かりたいと思っています。- 慢性炎症モデルにおける時期場所特異的なエピゲノム制御メカニズムの解明
- グルココルチコイドによるRNA制御メカニズムの解析とその意義の解明
- グルココルチコイド(ステロイド)依存性の骨粗鬆症の発症メカニズム解析とその治療法の開発
興味をもたれた方のご連絡をお待ちしております。