◎ガザ支援船拿捕事件

◎その後も続く拿捕

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トップニュース記事内容

●レイチェル・コリー号●

2010年6月5日レイチェル・コリー号拿捕

イスラエル側からの再三の迂回命令を無視した同号が拿捕されました。

レイチェル・コリーって変な名前ついてるけど誰?

2003年に、ガザ地区で人間の盾としてパレスチナ人住居を破壊する武装ブルドーザーに立ちはだかり、轢き殺されたアメリカ人反戦活動家です。
アメリカ人でありながらパレスチナのために犠牲となったコリーの死は、様々な議論を巻き起こしました。

当初は5月31日に急襲・拿捕された6隻の支援船とともにガザに向かう予定だったが、故障のために遅れていました。

●リビアのガザ支援船●

2010年7月10日 ギリシャ南部を出港

コメや砂糖、医療物資などの2000トンの救援物資を積載。
リビアの最高指導者ガタフィ大佐の二男の慈善団体がチャーター。

リビアってどんな国

エジプトの西にあるアラブ連盟にも加盟している国です。ちなみに国旗は緑一色と非常に簡素。
この国旗以前はエジプトと共通国旗を使っていましたが、エジプトがイスラエルと国交樹立をすると実質的な国家元首のガタフィ大佐(今回の支援船のリーダーのお父上)が怒って、エジプトとの国交を断絶。国旗の変更を部下に命じたものの、時間がなく、イスラム教の象徴である緑一色になってしまったというものです。)
リビアはかつて反欧米・反イスラエルのアラブ最強硬派の国家で、1970年代から80年代は欧米やイスラエルでテロを起こしてきましたが、近年はだいぶ丸くなりました。

7月13日イスラエル海軍がガザ接岸を阻止

支援船にエンジントラブルか。
海軍から、目的地を変更しなければ拿捕するとの警告を受け針路を変更。エジプト北東部のアリーシュに向かう。

一口メモ

本当にエンジンに問題が発生して、ガザ付近の海に駐留していたかどうかは不明です。この間に交渉をして衝突を避けた可能性もあります。

7月14日 ガザ国境近くのアリーシュ港に到着。

国境のラファから陸路で物資を届ける見通し。

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