◎パレスチナ側から

◎ガザが襲撃される本当の理由

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トップニュース記事内容

ガザって何

    本当は緑豊かな土地

    たまにきく”ガザ”ですが、これはヨルダン川西岸と構成されるパレス チナ自治区の一部です。ガザとは”ガーゼ”の語源でもあるとも言われ 、綿花がよくとれる緑豊かなところです。しかし、現在は製造業を初め とするほとんどの産業は壊滅に近い状況です。
    イスラエルによる度々の侵攻と各国の経済制裁がその理由です。

    電気も水も食料もない

    この種子島ほどの小さな土地に150万人が暮らし、そのうちの80%が食糧 援助に依存しています。住民の3分の2は第一次中東戦争によって発生し たパレスチナ難民とその子孫です。

    なぜ、本来なら保護されるべき難民たちがイスラエルからは攻撃を受け 、経済制裁を受けることになったのでしょうか。
    これにはパレスチナ自治政府の与党にハマスが総選挙で選ばれたことと大きく関係しています 。

ハマス政権って何?ファタハって?

    ハマスが掲げる"イスラエルせん滅"

    いかんせんハマスはイスラエルとの和解など少なくとも表面上は一切考えていなく、イスラエルのせん滅をすろーがんにしてる組織でこれまでも頻繁にテロ行動を起こしてきたとされています。
    しかし、パレスチナで行われた2006年度の総選挙で、パレスチナ人からの圧倒的な支持を得て第一党となったのです。

    なぜハマスはファタハに圧勝したのか

    それまでパレスチナ自治政府を率いてきたPLO傘下のファタハの汚職と、穏健派もとい生ぬるいままのファタハの主導でいつまでも続く貧困と争いに国民が疲弊しきったときに 強烈なスローガンとともに選挙に名乗りを上げたのがハマスでした。

    昔は仲が良かったハマスとイスラエル

    イスラエルは、当初はPLOに対抗する勢力となることを期待し、密かに援助したこともありました。当時のイスラエルの交渉相手であるPLO(後にファタハが加入)とハマースは敵対していたからです。

ハマスを認めたくない各国

    穏健派のファタハと交渉したいイスラエル

    パレスチナ自治区の2大政党として穏健派のファタハと過激派のハマスがあり、2006年の総選挙でハマスが勝ったことは前述のとおりです。
    しかしファタハのアッバースは引き続き自治政府大統領の地位にあり続けました。
    また、イスラエル・アメリカ合衆国はハマスを相手にせず、引き続き穏健派のファタハを交渉相手にすると宣言します。
    なにしろハマスはこれまでテロリストを黙認するどころか、テロ集団を組織し ていました。 当然イスラエルをはじめ各国は政権として認めたくありません。
    ますます国民を扇動してテロを増幅させそうなハマスよりは、より親イスラエル寄りのファタハに政権を持たせたほうが交渉はやりやすいのは確かです。

    一旦は協力をはじめるものの

    2007年3月17日、ハマスとファタハの挙国一致内閣が成立しましたが、両者の抗争は断続的に続きました。
    同年6月11日、ハマスがガザ地区の占拠に及んだことで、アッバースは一方的に内閣の解散を宣言。ハマースを排除した新内閣(首相:サラム・ファイヤド)を組織したのですが、ハマース側は当然これを認めませんでした。
    それ以後は、ガザ地区を領するハマースと、ヨルダン川西岸地区を領するファタハの内戦状態に入っています。

イスラエルのパレスチナ攻撃が激化

    ハマスを攻撃したつもりが全パレスチナ人を敵に回す

    イスラエルはハマスに経済制裁を加え、パレスチナ人のハマスへの支持率を落とそうと画策しました。
    が、パレスチナ人の怒りはもちろん、ハマスには向かず、イスラエルに向かいました。
    その間にハマースは教育、医療、福祉などの地道な活動で着々とパレスチナ人への支持をますます広げました。
    その一方で、イスラエルに向かいロケット砲を度々打ち込むハマスはそのたびにイスラエルに10倍返しをされてきたのですが、2008年末についに大変な戦争へと突入します。

    第五次中東戦争とも呼ばれる悲惨な戦争

    双方のやったやらないのすったもんだの末、2008年11月にイスラエルが停戦協定を破り、ガザ中部へ侵攻し、パレスチナ人6人を殺害しました。
    ハマスはこれに応じイスラエルにロケット砲を30発以上発射しましたが幸か不幸か被害はまるでありませんでした。
    しかし、ロケット砲を打ち込んだのは事実ですし、これをきっかけにイスラエルはガザ全土に大規模な空爆に踏み切ります。
    これには、イスラエル国内で2ヵ月後に迫った選挙の集票を意識して行われたと言われています。

    稀に見る"悲惨な"死んだ子供たち

    戦いは誰が見ても明らかで大人と子供が同じ土俵の上で戦うようなもので、パレスチナ人の死者は1200人以上、たいするイスラエル側の死者は 13人(うち4人は味方の誤射)、 歴史上稀に見る子供が犠牲になる割合が 多い戦争となりました。
    国連は戦争が始まった後に、「即時かつ恒久的 な停戦」とイスラエル軍の撤退を求める決議を賛成14、棄権1(アメリカ )で採択しました。
    ここでもアメリカは強行に”棄権”したことは多くの国の非難を浴びることにつながりました。

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