(1)英和辞典:国際レベルで見てもハンパじゃない充実ぶり

英和辞典には、種類がいろいろある。大きく は、(小中学生用)入門辞典、高校生用学習辞典、一般用(学習)辞典、一般辞典・大辞典、と分かれる。

<入門辞典>

昨今の顕著な傾向は、入門辞典の隆盛である。これは当然であろう。事実上小学校でも英語の時間ができ、その一方では急増しつつある「まだまだ若い高齢者」 が英語最入門に興味を示す。英語産業にとってはおいしくてたまらない時代が来つつあるわけである。

その割にはあまり良いものができていない、これも当然である。まともな英語関係者なら現行の「小学校で英語」がいかに無意味なものかをよく知っている。金 儲け目的の出版社が「先生、これこれこういうことでひとつ」と持ち込んでも、今ひとつ盛り上がらないというか、やはり悪いことはできないもんだというか、 まぁ明確な指針がないからうまくいかないわけであろう。良い先生がバチッと作ってくれないので「○○辞書編集部 編」の辞書が多くなる。別に嫌味を言っているわけではない。正直な状況判断である。書店で片っ端から検討した限りでは、学研『ジュニア・アンカー英 和辞典(第4版)』(2001年)が良心的なところであろうか。

すると残るは「大人のための英語再入門辞典」というジャンルである。ここには将来性があると思う。目下、結構売れているのが学研『アンカー常用英和 辞典』(2009年)である。収録語数をざっくり減らし、再入門の大人を対象にした付録情報をつけ、ちょっとビックリするほど大きな活字で見やす く・わかりやすく仕上げている。

同様の理由で密かな人気があるのが、くもん出版『グリーン英和辞典』(2002年)である。元々は小学生・中学生向きに作ったらしいが、む しろこれを買い与える親の方に「あら見やすくて良いじゃない」と受けてしまった。

この流れの中、三省堂『エースクラウン英和辞典』(2008年)も無視できない。一見、「学力低下した高校生向けか」と思われるかもしれな いが、そうではない。巻頭に思い切って英会話の教科書的なページをドンとつけ、いわばこれを読みながら使うための英和がついている。字は大きく見やすく、 図やイラストも多い。成功作とは言えないと思う。読み手のことを考えて一から丁寧に作った感じがしない。というか、読み手の立場に立って書いていない感じ である。どうやら「再入門にも、高校生にも、あわよくば小中生にも」と欲張った結果、読者対象を絞りきれなかった感じである。しかし、これから出てくるも のを感じさせる辞書、というか本である。

実のところ、語るに足るものは多くない。この再入門辞書という分野は、まだまだ空白なのだ。英語に押し付けられた「学校の科目」「テストの科目」という呪 縛は、あまりにも重かった。ある程度教養のある大人に対して英語という外国語をバランス良く、わかりやすく提示するという精神から考え直せば、優れたもの はまだまだできる筈である。実はこの種のジャンル、白水社の『パスポート』という入門者向け辞書のシリーズが(英語以外の言語で)上手に開拓しつつある。 英語についても同じことをやればよろしい。これからが楽しみである。


<高校生用学習辞典(5万語前後)>

学研『スーパーアンカー英和辞典(第 4版)』(2009年)
 とりあえず、一番「良い」学習辞典としてのスーパーアンカーも、4版を数えた。初版を書店で見つけて「こりゃスゴイ」と驚き、買って帰ってそのまま何日 かかけてほとんど通読したのも懐かしい思い出になりつつあるなぁ。
 1972年に初版が発行された『アンカー英和辞典』は質も人気も高く、版を重ねて『ニューアンカー英和辞典』などに名前を変えた。それが全面改訂され、 さらにちょっと手を加えたのが、これ。もともとが良い辞書だったのに加え、「現役大学生約1,000名の協力を得て」そのリクエストに答えたとか。悪く なりようがなかろう。
 ことわざやキリスト教関係の概念・文化一般の解説が圧巻で、語義・語法解説なども明快そのもの。「日⇔英比較」などのコラムもよくできている(例えば scripted の項目のコラムなど;'How are you?' と声をかけると必ず 'Fine, thank you.' と返ってくるのを不気味に思っている英語話者の同僚は多い)。また、巻末付録も充実:「和英小辞典」「語源で覚える英単語」「英米人のファーストネーム」 一覧(←留学予定の人はこれをしっかり音読する必要がある)など、極めて実用的にして親切そのもの。総項目数72,000と、この4版でグッと増えた。
 この第4版が出る前に、「アンカーコズミカ英和辞典」という少々紛らわしいタイトルの辞書(↓後述)が出ているのでご注意。そのコズミカで増やした語彙 や記述をちょっとこちらにも、というわけでこの第4版はずいぶん分厚くなった。それはそれで仕方ないと思う。しかし、スーパーアンカーの良いところは、 「本のように読める」ところだった(私はかつて大学の授業で教科書にした)。これだけ分厚くなると気軽に持ち歩きにくいと思う人が多くなるかもしれないと 思うと、内容が良いだけに少々残念である。そろそろ「紙の辞書」から電子辞書に乗り換えようというわけであろうか…。

 この辞書も、初版発行から結構な年月が経過した。「くしゃみをした人にはBless youなどと言います」をはじめとした内容は(初版発行時でもすでに古かったが)急速に古くなっていく。「キリスト教文化では…」という記述も成立しなく なってきた。辞書はやはり言葉に徹するのが良いのである。そこでこの第4版では、「直訳の落とし穴」というコラムも新設され、そのあたりも強化されてい る。相変わらずお買い得というか、大したものである。(2900円)

ベネッセ『Eゲイト英和辞典』 (2003年)
 ベネッセコーポレーション(かつての福武書店)は、『プロシード英和辞典』、『ニュープロシード英和辞典』と、見やすく良質の英和辞典を出し続けてき た。この『Eゲイト』は、『ニュープロシード』を土台にしながら、基本語について全面書き換えを行なったというもの。見やすく、わかりやすい(そして開き やすい!)という点はそのままに、内容は大きく変わっている。
 最大の特徴は、基本語・多義語の語義の示し方であろう。「要するに、その単語の中心的な意味は何か」を直感的にとらえやすいよう、図にしたり、おおまか な語義に分けたりと、あの手この手で示している。また、巻末にはちょっとした和英がついているので便利。縦書きの3文字インデックスなど、「それは、ど〜 かな〜」と思うところもあるが、全体にすっきり見やすく、学習者思いの辞典。
(3255円)
☆オマケ情報:それでも旧版のファンが多いのであろうか、あるいは単に売れ残ったのだろうか、はたまた名前が変わ り過ぎて店員にわからないのだろうか…、大きめの本屋とか百貨店の本屋なんかに行くと『ニュープロ シード』も転がっていることが多い。興味のある方は探索なさってください。

三省堂『グランドセンチュリー英和辞 典(第3版)』(2010年)
 『ニューセンチュリー英和辞典』の改名・改訂版(この初版など、私の愛用辞典の一つだった)。語義の示し方が大変見やすいのが特長。「ひとつの単語にい ろいろな意味があってかなわん」と思う人は、一見の価値あり(とはいえ、この工夫は他の辞書にマネされてしまっているので、もはやこの辞書だけの特長では なくなってしまった)。この第3版では、巻頭にちょっとした会話と発音解説があり、それに対応した音声CDが2枚付属している。これからの英語指導におい て、発音は逃げられない分野であるから(発音解説はかつて「スーパーアンカー英和」の巻末にもあったが…)、これは見逃せない付録と言うべきだろう。
  「センチュリー」は、今日書店にあふれる「見やすい・わかりやすい」学習辞典の先駆であり、この辞書のアイディア・工夫は様々な辞書に真 似をされている。この第3版(の途中)で、その監修者、木原研三氏が亡くなった。実を言うと、この第3版、各種英英辞典を並べて細かく検討すると語義解説 に甘いところもあるのだが、ひょっとしたら、そういうことなのかもしれない。いずれにせよ、
「セン チュリー」にいろいろ教わった私としては感無量のものがある。「最初の学習辞典の最後」としての価値もあろうか。「英和6万8千項目、和英1万4千項目」。 (2980円)

桐原書店・ロングマン『ロングマン英 和辞典』(2007年)
 驚きましたねぇ。確かにLDCEは良い辞書である(英英辞典紹介のページを参照)。しかし、 これを(もとにして)英和にしちゃうとは…ほんと、日本人の英語学習熱は上から下までスゴイものがありますなぁ。
 基本的に、こういうことは、やらないものである。英英辞典は、大量のデータに触れながら基本語彙を本当に習得していくための道具である。いわば、英語の 世界での幼年時代・少年時代・青年時代を疑似体験しながら身体で英語を覚えるわけである。だから収録語数はそれほど多くなく、その代わり大量の典型的例文 が投入されているのである。いわゆる専門用語なんかについては英和辞典の方が断然早い。あるいは、自分でその分野の英語をバンバン読んで習得する。英英辞 典は、英語の基本部分を体得する道具なのである。
 これを英和化するとどうなるか。まず第一に、大量の例文に和訳をつけるので巨大なものとなるし、第二に、日本語が邪魔になって「基本的な英語を身体で経 験する」という眼目の部分がなくなってしまう。だから、普通、英英辞典の日本語化はやらないのである。英和辞典には英和辞典の用途が別にある。
 にもかかわらずやったんだから、当然の結果になる。すなわち、(巨大なものになるのを避けるため)バンバン例文が消された。例文に日本語の訳がつい た。つまり、「大量の例文に触れて基本的な英語を身に付ける」の裏返しができあがった。すなわち「例文は少なく、基本的な英語の例文にわざわざ日本語の訳 がついている」となったのである。
 もちろん、そんなことは百も承知でやったはずである。この辞書の編集には、私も尊敬する先生方が名前を連ねておられる。敢えてやったからには、何か思わ ぬ利点もあるのだろう。そう思って虚心に検討した。良い点を見つけようとした。何とか自分を納得させようとした。確かに悪くない出来ではないか。初学者に は良いかもしれない。中学高学年なら良いかな。いや、小学校から英語を導入するとかいう学校も出てくるだろうから(ヒドイ話だねぇ、あれも)、それに対応 するためかな。あるいは学力低下に対応かな。待てよ、それなら良い英和辞典がすでにいくらでもあるではないか…。まぁその種の英和辞典も、どうせLDCE やOALDを引き写しているのは事実だが、それにしても…
 というわけで、「やっぱりこれは根本的にどこかがオカシイ」という腹の底からの感覚が否定できない。もともと「英語の世界を生で体験してね」という趣旨 の作品を、「おまえらには無理だろうから」と言わんばかりに作り替えるという態度が納得できない…いや、そう書いてもまだ何かがある。これは根本的にオカ シイのだ。早い話、「英語が出来なくても大丈夫だよ」と言ってアメリカなんかに日本の若者を送り込む(悪質)留学エージェントを連想してしまうのである、 と言えばおわかりいただけるであろうか。まぁ、あとは、ご自分で判断なさってください。英和辞典のあり方を考えるきっかけになる一冊ではある。

小学館『ユース・プログレッシブ英和 辞典』(2004年)
 定評ある『プログレッシブ英和辞典』(後述)から生まれた見やすく良質の学習辞典が『ラーナーズ・プログレッシブ英和辞典』であった。その改訂版がこ れ。まぁ、もとが良いんだから、悪くなりようがない。例によって昨今流行のコーパス情報を取り入れたりしているが、基本的には言葉の使い方に徹したわかり やすい辞書である。手応えのある習得を目指す人なら、持っていたくなるだろう。「総収録項目数」8万5千。(3150円)

三省堂『ヴィスタ英和辞典』 (1997年)
 英語を教える現場から生まれた辞書。収録語彙数を押さえて、語義や用例の示し方に工夫を凝らしてある。要らぬ文法用語は使わない(例えば、「可算名詞」 などと言わず、ポンと複数形を示す)。要するに、ゴチャゴチャ言わず、大事なことだけ、わかりやすく書いてある。英語が苦手な学生に根気よく教える先生の 姿がにじみ出ているようである。
 しかし、発音カナ表記には、やはり限界があるだろう。[サンヌ] (sun)はまだしも、[ツレムブオ](tremble)は奇妙である。この奇妙な表記に慣れるため、「カナ発音について」という解説を読まねばならな い。だったらはじめから発音記号に慣れても良いんでは、となる。
 とはいえ、この画期的な見やすさ、柔軟な文法解説(試しに adverb の項を見よ;感激するぞ)等々、これはきっと良い英語の先生が自分をごまかさずに作ったんだろうなぁと思わせる出来である。手元にあると楽しい辞書。特に 「英語が嫌い」な人や、英語の先生を目指す人にもお勧めできる。
 こんなに面白い辞書なのに、もはや市場からほぼ姿を消した。優れていても、「ちょっと変わっている」というだけで疎んぜられる…どっ かの国みたい?(2814円)

<一般用(学習)辞典(10万語前後)>

学研『アンカーコズミカ英和中辞典』(2007年)
 『スーパーアンカー英和辞典』(↑前述)は優れた学習英和辞典である。主な対象は高校生前後、英検で言えば準2級〜準1級程度といったところだろうか。 そ の辞書も、初版発行以来それなりに年月が流れた。すると、そろそろスーパーアンカーで英語を学んだ大学生や社会人が出現するわけである。そういった人々を 対象にこの辞書が出た。
 一般に、それなりに売れる学習辞典ができると、一定期間後にその拡張版が登場する。例えば、かつて研究社の「ライトハウス英和辞典」があって、それから 拡張版の「カレッジライトハウス英和辞典」が出た。これも、その伝である。しかし、スーパーアンカーの場合、中身がずいぶん丁寧・良質であるのが違うと言 えようか。
 しかし拡張版は拡張版である。基本的に「アンカーコズミカ」の良いところは「スーパーアンカー」の良いところである。
というか、見たところ、基本語についてはスーパーアンカーそのものである。革新的に新しいところはない。大学生・一般向けに収録語数を増やしたのである。この種の英和辞典を使う人は、結構難しい単語 を調べる機会がありつつも、基本語の習得の必要もあるものだ。これを使えば、両方できるのだから便利だと言えよう。
 学生時代の私は、少々難しい単語を調べるための辞書と、基本語の使い方を体得するための学習辞典を使い分けていた。外国語なんぞを習得しようと思えば、 誰でもそういう工夫をするものだ。そこらの手間が省けるんだから便利だと思えば、それでも良いんじゃないでしょうか。

 
小学館『プログレッシブ英和 中辞典(第4版)』(2002年)
 『ランダムハウス英和大辞典』(後述)を基盤に作られた、一般向け学習辞典。強力な編集メンバーによる丁寧な解説が随所に見られる。11万7千語収録。 語源解説が非常にわかりやすいのも特長。今回の改訂で2色刷になり、コンピュータ関係の新語なども追加収録され、より実用的になった。学習辞典としても質 が良く、時事英語を読む辞典としても使える、実に便利な辞書である。語義の日本語が明快なのも重要な特徴(この点、後述の「ジーニアス」と好対照;ランダ ムハウス英和を圧縮する際、日本語も磨かれたのだろうか)。英検1〜2級、TOEIC高得点などが目標の学習者にもお勧め。(3360円)

三省堂『新グローバル英和辞典(第2版)』(2001年)
 誠に便利な、実用型辞典。これほどセンスの良い辞書がもはや入手できなくなりつつあるのは惜しい。コンピュータ関係の新語も含めて10万項目収録。いわ ゆる連語(collocation)の欄が斬新にして便利(ただし、和訳 なんぞついていないから、その点では初心者向けではない)。さらに語義の示し方がわかりやすい。semicolonを引けば「semicolonの使い 方」という囲み記事が出てくる。presidentを引けば米国の歴代大統領の名前がズラリと載っている。例文が生きている。― 等々、一味違う実用性がとっても嬉しい。英語の使い方に徹しており、最近流行のウジャウジャした語法解説はないのが特徴。英語で生活しようという人には嬉 しい辞典であろう。(3255円)


三省堂『ウィズダム英和辞典(第2版)』(2006年)
 大量のデータ(いわゆる「コーパス」)をもとに作った辞書である。「コーパス使いました」と宣伝する英和辞典はごろごろ存在する今日この頃であるが、 ちゃんとコーパス見て一 から執筆しました、というの は初めてではあろう。しかし、だからといっていきなり極端に斬新なものが出来上がるはずはない(これは良いことである)。
 この第2版では、初版以来の「ライバルはジーニアス」という姿勢が強まったというか、普通の学習辞典としての作りを徹底したというか、全体に「普通の辞 書」になった感じである。使っているコーパスとやらが三省堂内部のものであり、読者にはその実体がわからないのであるが、とりあえず期間限定で公開しているので、興味のある方 はどうぞ。また、記述過多な面も少しく修正された。まぁ、 「ジーニアス」の一人勝ちだった不健康な市場だったので、こういう辞書があるのは良いことであろう。(3465円)
☆ オマケ情報:マックをお使いの方なら、egbridge Universal を買えば、付属の電子辞書としてこのウィズダム英和と和英がついてくる。「大辞林」(第2版)も付く。辞書も安くなりましたねぇ。…と書いてたんですが、 発売元のエルゴソフトと共に消えてしまいました。私のハードディスクには残ってますが、まぁ時間の問題ですか…

大修館『ジーニアス英和辞典(第 4版)』(2006年)
 突如として「大改訂」を謳った第4版が出た。ジーニアスの生みの親というべき小西氏が他界なされた。1988年に初版が刊行される際、「この画期的な学 習英和辞典の名前を募集する」という広告を見て、「んじゃ、コンコン小西の高校英和ってのはどうだ」というネタを考えたガキは私である。その後、日本では 小西氏のお弟子さんに当たる先生方に教わった。もちろん、ジーニアスも使った。初めて留学した時は「ジーニアス」を持って行った(結局「使えねぇ」と結論 して誰かにあげたけど)。今は、
日本で英語をいじくって飯を食っている。なんとも感慨に耐えぬ。
 しかしまぁ、それとこれとは話は別なので、正直に言うしかないですわな。この4版、結局のところ、それほどの大 改訂でもない。むしろ、ジーニアスの悪いところを強化してしまったところもある。
 とにかく英米で発行されている数々の辞書・語法書の情報 を凝縮して収録してある。上記『ウィズダム』が(各種英語辞書と)英語のデータの集積であるなら、この『ジーニアス』は(各種英語辞書と)各種語法書記述 の集積である。その意味ではお買得。書くの大変だっただろうなぁ。作った人達(主に関西の英語学者達)の努力と熱意が伝わる。
 しかし、すべての学習者に好まれるかどうかは別問題。確かに、英語(学)関係者なら、各項目をじーっと見て、「おぉ、これはあの辞書(本)の、あの部分 を取り入れている! よくまぁそこまで調べたもんだ」と感心する。だからこそ高校の英語科目責任者なんかの目に留まり、学校ぐるみで採用というケースが続出し…いわば必要以上 に売れたのである。しかし、肝心の使う側(数多くの高校生他)にとって嬉しいものかどうか…。実のところ、訳語や解説の日本語がこなれていないことも多 い。ゴ チャゴチャ書いてあるけどわかりにくい辞書とも言えるわけである。例えば、「プログレッシブ」や「新グローバル」と比べていただけれ ば、その日本語のヘタさ加減がおわかりいただけるであろう。
 優れた辞書ではある。が、好きになれない人は、安心して他のを選べば良い。いや、正直に言うこと にしよう。要するに、ジーニアスは、その役割を終えたのだ。良くできた辞書だった。それ自体が良いというのを超え、日本の英和辞典の質を上げるのに大いな る貢献をした。すなわち、ジーニアスのおかげで、もはやジーニアスを選ぶ必要はなくなったのである。(3465円)

東京書籍『アドバンストフェイバリット英和辞典』(2002年)
 出版された順番からいうと、高校生用の『フェイバリット英和辞典』の拡大版、と思いたいところだが、中身を見ると、打倒ジーニアスの姿勢が見え見えであ る。まぁ、とにかく見やすい。ジーニアスをスッキリまとめ、しかし収録語数は妥協しなかった、という感じである(10万語収録)。これなら何だか使いやす いな、と思う人も多いだろう。見やすい、というのはそれほど大事なことなのだ。(3255円)

研究社『新英和中辞典(第7版)』 (2003年)
 正直、なかなか良い出来なので驚いている。研究社の英和中辞典は、かつては例文に基本的な誤りがあったりしてズッコケだったが、第5版で画期的に良くな り、第6版で語数がぐっと増えた。そしてこの第7版で、さらにぐっと一歩前進。英語という言語の情報も学習辞典的な情報も、バランスよく盛り込まれた、良 質の辞書に仕上がっている。(英和大辞典の新版(後述)を出したばかりだから、その情報の蓄積もあったのかもしれない。)これほど質の良いものを作る実力 がありながら、どうしてしょーもない辞書も次々に作るのか、これが私にはわからん。10万語収録。
(3360 円)
☆オマケ情報:この辞書にはEPWING形式も電子辞書形式もあり、なんやかや でコンピュータやソフトのオマケに付いてくることも多い(実を言うと、いわゆる英語の授業の現場で私が最初にパッと使うのはこれです(その次が「リーダー ズ」)。学習者の皆さんに提示した時にスパッとわかりやすい)。また、旧版(6版)でよければオンラインで使える。

研究社『ルミナス英和辞典(第2版)』(2005年)
 初版に比べて良くなった、かな。収録語数が 多く、しかも学習辞典としての親切な情報も多い、便利な辞書である。新聞や雑誌を読むのに使える(TOEIC 対応的な)収録語数も欲しい、でも学校英語の復習もしたい、という人にお勧めできる辞典である。発音にかなり気を使っているのが特色;これはこれからの傾 向になるであろう。収録語句10万。(3360円)

<ググる前にちょっと待て:電子データならではの世界>

研究社『リーダーズ英和辞典(第2版)』(1999年)
 サイズの割に、ものすごい情報量。中型辞典サイズに、人名・地名はもとより、有名な映画や小説の題名からポップス歌手・ヒット曲の題名までもが収録され ており、なんと27万語収録。翻訳家も好んで使う、便利な辞書である。使う人は「こんなものまで載っているなんて!」と驚くことが多い。
 文法解説が親切なわけでもない。丁寧な語法解説があるわけでもない。したがって、学習辞典としてお勧めするわけではない。しかし、「とにかくたくさん言 葉が載っている、情報豊富な辞書」が欲しい人には、お勧め。ギッシリ・タップリの2900ページ、お買い得と言えるだろう(7980円)。
 これの補遺版として『リーダーズ・プラス』が出ている。両方合わせて46万語、もう無敵といいたくなるほどの収録語数となる。こうなると、いちい ち両方引くのが面倒になるが、世の中よくしたもので、この二冊を合わせたCD-ROM版が出ており、プロの必需品となっている(17900円)。
☆オマケ情報:こういう辞書であるから(そしてまた古くなりつつあるから?)、電子辞書などにおける定番となっている。EPWING対応版もある。

朝日出版社『E-DIC英和・和英 (第2版)』 (2010年)
 これははじめからCD-ROMしか存在しない。要するに辞書の集合体であって、朝日出版社が版権を持つ英語関係の辞典が十数冊その他のデータが入ってい る。すごく便利で お買い得…と言いたいところだけれど、この種の詰め合わせの常として、オイシイものが少ないのも事実。中身として断然嬉しいのは『最新日米口語辞典』(こ れについては和英辞典の紹介ページ参照)、 翻訳をやる人なら科学技術関係と医学関係が入ってるので助かる、…ぐらいか。もちろん、これを一気に検索できるのだから便利は便利(まぁ正直なところ『英 和単語集』がCD-ROMに入っていて良かったと思う場面は少ないではあろうが…)。
 
まぁこれは朝日出版社が持ちネタを使っているわけだからまだ良いけど、この種の辞典を新しく作る となると、やたら項目数ばかり多くて出来がお粗末なもの(「英辞郎」みたいなやつね)ばかり出てくるのではなかろうか。言葉を大事にする職人が作りました なんてやってると、コストが合わないでしょうから。ちょっと寂しいけど、これからの辞書って、やっ ぱり、こうなっていくのかなぁ。まぁ、言葉に対する思い入れがどうのこうのという世界ではなく、とりあえず大量の情報をザクザク検索したいですという場面 なら、こういうのが便利だからなぁ。あぁ何だか寂しい。(2940円)

研究社『新編 英和活用大辞典』 (1995年)
 ある単語がどの単語と結びつくのか、といういわゆる連語(コロケーション)の記述に徹した辞書である。特に英語を書く際には「よくある言い方」のデータ が必須であるから、これは大変役に立つ。比較的大きめの辞典であったが、電子版も出回っているので検索しやすくなった(13650円)。


<いわゆる大辞典:調べものには、この三つ>

研究社『新英和大辞典(第6版)』(2002年)
 わが国の英和辞典の最高峰、由緒正しい英和大辞典の最新版。なんと22年ぶりの改訂。「ITからシェークスピアまで」のコピーには微笑んでしまうが、や はり信頼できる26万項目収録は大したものである。図書館に、あるいはご家庭に、ぜひ一冊あるべき辞書といったところ。
 岡倉由三郎(これは『茶の本』の岡倉天心の弟)の『研究社新英和大辭典』が出たのが昭和2年。以来、改訂が続けられ、今日に至る。記述は正確。語源情報 は圧巻。軽薄極まる出版物が溢れる昨今、こういう辞書があるのは嬉しい。使わぬ人も、これがあることを知っているべき。(18900円)
 なお、これによって、非常に評価の高かった第5版が「旧版」となる。古本市場に出回るやつを安く買うのも悪くない。(その前の第4版も、学習者のための 熱い気持ちが伝わる良い出来だったなぁ。私もこれだけは捨てられず、今でも本棚に置いている。)
☆ オマケ情報:CD-ROM版データはEPWING形式なので使いやすい。仕事で使う人なら、検討なさってはどうでしょう。


小学館『ランダムハウス英和大辞典(第2版)』(1994年)
 基本的には、アメリカの代表的辞書、The Random House Dictionary of the English Language (2nd edition) (1987) の日本語版である。しかし、強力な編集メンバーが集まって総力を結集した結果、オリジナル版よりも収録語数が多く、また日本人にとって役に立つ情報や解説 を増強した辞書になった(例えば third sector を調べればわかる)。語法解説も豊富で、専門用語などには、訳語だけでなく解説があり、有名な映画やヒット曲の題名も入っている。とにかく使って面白く 買って損のない辞書(私も昔は翻訳の仕事中にまずサッと使うのがこの辞書だった)。総収録語数34万5千語(オリジナルに比べて見出し語3万、語義5万の 追 加)。しかしですねぇ、刊行から12年! そろそろ改訂すべきでしょう…。
(15120円)
☆オマケ情報:これにはCD-ROM版がある…けど、独自フォントを使ったり、独自ソフトが変だったりで、あまり 評判は良くない。中身が良いだけに残念。データ変換してJammingで読めるようになるはずだけど、私はやってません…。

大修館『ジーニアス英和大辞典』(2001年)
 学習辞典としての『ジーニアス英和辞典』は、出来が良かった。そこで、その後の新しい情報をもとに、収録語数をぐんと増やし、説明も詳しくしたもの。確 かに、活字の感じから記述の仕方まで、『ジーニアス』の拡大・発展版である。収録語数25万5千。今までの『ジーニアス』を引くぐらいなら、こっちを使う 方が良いだろうが、学習辞典にしては大きすぎるし(CD-ROM版もあるが、使いにくいぞ)、いわゆる大辞典にしてはそれほど大きくもないし ― 中途半端な気がする。きっと、英語の先生が買うんだろうなぁ。正直、あんまし使えまへん。現在、日本にこの規模の大辞典が少ないので紹介する次第。 (17325円;CD-ROM版は16800円)

<これからの流行になるであろう「語源系」の一冊>

三省堂『英語語義語源辞典』(2004年)
 題名を見ると特殊な辞書かと思われそうだが、とりあえず普通の英和辞典。中級者〜上級者向けというか、ちょっと 英語を学んだ人が使うと嬉しく役に立つであろう辞書。ポンと中核的語義を示し、その他の語義を示し、続いて語源と語義の派生を示すことによって、「はぁ〜 なるほど。この単語って、こういうわけでこういう意味になったりするのね」と納得できるように作られている。
 ただ、その結果、いささか中途半端な出来になっているのも否めない。キチンと、しかも面白く、語義の変遷をたどると大幅にスペースを食うので、説明は非 常に簡略化されている。結果、本来面白いものが、あんまり面白く見えないのである(執筆なさる方々も辛かっただろうなぁ…)。単語の背後にはそれぞれ物語 がある。物語というのは、要約しちゃうとダメなのだ。そしてまた、その要約もそれなりの紙面を食う。したがって、その分、収録語数その他を抑える 結果になったのである。中級者〜上級者なら、それなりの単語を調べたい時もあろうが、それが載っていないことも多くなる。良き説明と収録語数のジレンマ、 (紙の)辞書編集における永遠のテーマである。
まぁ、こういう時代ですし、いっそCD-ROM版発 行を前提に、紙数制限を気にせず作っては?
 しかし、単語を覚えるためにせよ、言葉に対する好奇心を刺激するためにせよ、この種の「単語の意味の由来を解説 した本」はこれからの重要な方向性になると思われる。もちろん、このあたりが知りたければOEDを読めば良いわけだけれど、それは学習者にとって手軽な作 業ではない。そのOEDを圧縮した英語辞典の労作もあったけれど(↓参照)、あれはやはりOEDの何たるかを納得してから「ほほぉ」と読むものであって、 やはり学習者の手引きとなりやすいものではなかった。とくれば、この辞書、まずは素直に歓迎してあげたい気持ちなのである。(5000円)


<番外編:恐るべき一冊+涙の一冊>

岩波書店『熟語本位 英和中辭典』(1933年)
 普通、辞書は、多くの人が協力して書く。ところがこの辞書は、齋藤秀三郎という日本人が、一人で書いてしまった。
 普通、辞書は、10年も経つと見向きもされなくなる。ところがこれは発行以来73年たった今日、まだ本屋で売られている。そして、翻訳家をはじめ、英語 のプロが絶賛し、愛用する。これはもう、怪物である。
 いわゆる個性の強い内容だし、基本的にはある英国の辞書(COD)を引き写したものだし、いろいろ意見はあろう。しかし、名人芸を投入した名作であるこ とは間違いない。(4600円)


岩波書店『英和辞典(新版)』(1958年)
 そもそも英語の辞書の伝統は、英語学習だのコミュニケーションだのとは別の世界にあった。一つ一つの言葉につい て、本来の意味・変化をたどり、典型例を示す。田中菊雄は、この伝統の頂点たるOEDを圧縮して小型英和辞典にした。したがって、各項目を語義配列順に読 んでいけば、すなわちその語の来歴を知ることになるのだ。ホントは、こうい うのを、辞書というのだろう。残念ながら、もう本屋では手に入らないが(私はとある場末の古本屋で革装版を200円で入手した;感激だったなぁ)、大切な 一冊として紹介する次第。