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ザ・特集:「官僚たちの夏」の舞台、産業活発化促す「攻めの役所」 経産官僚のホンネ

重要課題が山積している経済産業省。官僚たちの手腕に日本の浮沈がかかっている=須賀川理撮影
重要課題が山積している経済産業省。官僚たちの手腕に日本の浮沈がかかっている=須賀川理撮影

 10年後の日本人は、今の日本をどう評価するだろうか。福島第1原発事故と脱原発の動き、反対論も根強いTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉への参加決定……これら重要課題を担当するのが経済産業省だ。その官僚たちは今、何を思うのか。「財務官僚のホンネ」(11年11月10日付朝刊掲載)に続き、生の声を集めた。【江畑佳明】

 ◇脱原発、しわ寄せかぶる覚悟あるのか

 ◇政治に弱く、正論吐く仲間守りきれない

 ◇TPP賛成。安くていいもの、消費者に

 自分の信念をどこまで貫けるのか--。経産省の中堅官僚は悩んでいるようだった。

 作家・城山三郎の代表作で、通商産業省(当時)の官僚群像を描いた「官僚たちの夏」。主人公は若手官僚に「おれたちは国家に雇われている。大臣に雇われているんじゃないんだ」と言い切り、政治家のエゴと対峙(たいじ)する。

 そんな場面をほうふつとさせる光景も、少し前まであったという。ある経産官僚が「税金をつぎ込むばかりで成果がない」と核燃料サイクル事業の中止を訴えた。省内に賛成意見も多数あったという。

 「でも結局は、政治の力に負けたようです。省として政治に弱く、正論を吐く仲間を、身をていして守るところまでの気概は、ないのかもしれません」

 現政権、民主党にはどう向き合っているのだろうか。

 「民主党は、天下りなどのいわゆる『省益』に手厳しい。でも、遅くても来年行われる総選挙では、マニフェストを実現できずに支持を失って敗れるだろう。だからそれまではどうにか息を潜めていようという感じでしょうか」

 「10年ほど前と比べて、国家の将来を憂い、『青雲の志』を持った役人は減っているような気がします」とも言い、だからこそ、と続けた。「古賀さんには辞めてほしくなかった」。官僚批判と公務員制度改革を訴え、昨秋依願退職した元経産官僚の古賀茂明氏のことだ。「経産省は以前から、比較的自由に意見を主張できる空気がある。でも古賀さんの退職で、正論を主張する若手が、後に続きづらくなるでしょう」

 役人は身分保障があり、時に「民間企業に比べ安定している」と批判されるが、彼は反論する。「官僚の身分保障は、時の政権にどんな難題を言われても、プロフェッショナルとして正しいことは正しいと主張し続けるためにあると思うんです」

 では、今後のエネルギー政策の議論は、それだけ真剣に行われているのだろうか。

 この官僚は「今回の原発事故は予想していませんでした。幾重にも防御された原子炉そのものは安全だと思い込んでいました」と、反省の言葉を述べたうえで、「個人としては脱原発の考えの官僚もいますが、これもまた、省全体ではしばらくはなりゆきを見守ろうという空気が漂っているのを感じます。それに、電力会社や天下りしたOB、政治家など『原子力ムラ』の構図は変わっていません。福島で多くの経産省の職員が住民に頭を下げている一方で、原発を推進してきた原子力ムラのエリートは、福島に足を運ぶこともなく、世論の潮目が変わるのを霞が関の奥で息をひそめて待っています」と断言する。

  ■  ■  ■

 当然、脱原発に異を唱える経産官僚もいる。

 40歳代の別の男性官僚は、会議室の机に手を置き、少し強い口調でこう言い放った。「一体、どうしたらいいんでしょうか」

 「脱原発を進めるなら、代替とされる自然エネルギー、化石燃料での発電は高コストになります。これは産業の発展には障害になる。経済が落ち込めば、給料が下がるし、失業者も増えるでしょう。それもひとつの選択肢だとは思いますが、国民の皆さんに、その覚悟はできているんでしょうか。できているとは思えませんよね」

 東京電力は、産業界の電気料金の2割程度の値上げを発表した。「高い電気料金に見切りをつけ海外に流出するいい口実になります。家庭用の料金も値上げされるでしょう。結局国民生活が苦しくなってしまう」。エネルギー政策は、国民の一定の支持がなければ遂行できない。原発事故で国民は官僚に不信感を抱いたが、官僚側も耳に心地よい言葉になびく国民に“不信感”を覚えているようだ。

 TPP交渉参加はどうか。

 「賛成です。反対派は『米国から遺伝子組み換え食品や安い農作物が入ってきて、日本の農業がダメになる』と主張しますが、消費者をバカにした主張ですよ。消費者は不安なものは買わないと、きちんと選択できるんですから。安くていいものが消費者に届くなら、極端ですが、それを阻害する農業はつぶれても仕方がないんじゃないでしょうか」

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 「お待たせしました」。底冷えの夜。東京・霞が関で待ち合わせたのは、30歳代の課長補佐。どこか人懐こさを感じさせる。入省は「いろんな現場を見たいから」だという。近くの店で話を聞いた。

 「もちろんTPP交渉に参加すべきです。交渉で情報収集や提案をして、国益を損なうとなれば、その段階で判断すればいい」

 農業への懸念はどうか。

 「日本の農業従事者の平均年齢は65歳くらい。つまりTPPの議論と関係なく、高齢化対策は待ったなしです。ものづくり産業と位置づけ、外国市場を狙って伸ばさねば農業は生き残れない。実際、日本のリンゴが中東で高額で売れる例もあるんです。日本には、文化やサービスなど、輸出できる産業が多くあります。産業全体のコンサルティング、手伝いが仕事。やりがいがありますよ」。表情はいきいきしている。

 だが、経産省前で脱原発を訴える人々がテントで泊まりこんでいる話になると、「理屈じゃないんですが、こんな事故が起きたことに、申し訳ない気がするんですよ」とぼそりと言った。「原発行政に携わった経験はありません。でも、原発を推進してきた責任がある経産省の一員ですから」。若手官僚はまだ明かりのともる夜の庁舎に戻っていった。

 経産官僚は、財務官僚よりもフランクで本音をさらけ出す印象だ。別のある官僚は「財務省は各省の予算要望を査定するいわば受け身の立場。経産省はこの逆。産業を活発化して国を豊かにする方策を考える攻めの役所だ」と表現した。

 経産官僚なら、誰もが読んでいるという「官僚たちの夏」。今こそ、あんな情熱的な人物が必要だ。

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 「ザ・特集」は毎週木曜掲載です。ご意見、ご感想は t.yukan@mainichi.co.jp ファクス03・3212・0279まで

毎日新聞 2012年1月5日 東京朝刊

 

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