平成21年3月号(通巻73号)より

扶桑社は「中学社会」から撤退し「棲み分け」を
 
上杉干年 理事・歴史教科書研究家

 「新しい歴史教科書をつくる会」の白由社版歴史教科書が検定に合格し、採択に参入する時期が目前に迫っている。この機会に、つくる会の教科書運動が成し遂げた偉大な功績を改めて確認し、日本の保守勢力に一つの重要な提言を行いたい。
つくる会の歴史教科書の採択率は、平成十三年採択(平成十四〜十七年使用)の初版本で○・〇三九%、平成十七年採択(平成十八〜二十一年使用)の改訂版で○・四%と僅少にとどまった。しかし、他の教科書会社に与えた影響は空前絶後であった。他社が自虐的な記述内容をかなり大きく修正したのである。例えば、二回のサイクルを経て、「従軍慰安婦」ということばは中学校歴史教科書からほぼ一掃されてしまった。
 ところで、教科書は四年を限度として採択換えが行われることが政令で定められており、中学校の教科書は平成二十一年(今年)の四月から八月まで、採択換えが行われる。ただし、このたび採択される教科書は、平成二十二年と二十三年の二年間しか使用されない。平成二十四年からは教育基本法の改正を受けて平成二十年三月に告示された「新学習指導要領」に準拠した教科書が使われることになるからである。
 つくる会の教科書の初版と改訂版を引き受けて出版していた扶桑社は、平成十九年二月二十六日に、つくる会と絶縁し、八木秀次氏らの教育、再生機構と組んで新たな教科書をつくると通告してきた。そこでつくる会は、扶桑社から著作権を引き上げ、自由社という別の出版社を見つけて、自由社版の『新編新しい歴史教科書』を作成し、この四月からの採択戦にのぞむこととなった。ところが、教科書専門会社の育鵬社を予会社としてつくり、教科書発行の構えを見せていた扶桑社は、平成二十年四月の検定申請を見送ったため、現行改訂版を引き続き発行すると言い出した。
このまま推移すると、この四月からの採択戦で保守陣営の中学校歴史教科書は白由社版と扶桑社版の二社二種類が参人し、しかもどちらも「代表執筆者・藤岡信勝」の教科書という前代未聞の珍事が現出することになる。これでは地方の保守陣営の採択戦は大混乱となり、共倒れ必至である。
 この憂うべき事態を回避するには、とりあえず扶桑社が中学校の歴史教科書の発行を断念して公民教科書のみ今年の採択戦に参入し、今後、新指導要領準拠の中学歴史・公民の教科書は、困難な中で教科書改善運動のロ火を切った実績のある「つくる会」に任せ、育鵬社は小学校社会や道徳など他の教科・領域の教科書を刊行する「棲み分け」に同調していただく以外に打開の道はないと思う。それが実現すれば相互に協力し合う道が開け、教科書運動における保守の統一も可能となる。関係者の英断を切に望むものである。