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2012年は、おなじみの世界の指導者が、かなり入れ替わる年になるかもしれない。
米国は、オバマ大統領が2期目にいどむ。中国で、共産党総書記に習近平(シー・チンピン)・党政治局常務委員が選ばれる見通しだ。ロシアは、プーチン首相が大統領返り咲きを目指す。サルコジ仏大統領は再選期を迎える。大統領再選が禁じられている韓国は、李明博(イ・ミョンバク)氏の後継を選挙する年だ。
各国とも内情は複雑である。
■内向きへの落とし穴
米国は、保守とリベラルの二極化がますます進む。中国では経済格差が広がった。ロシアは12年間にわたる強権政治への反発が強まっている。フランスでは経済悪化が排外的な動きを誘発している。韓国では既成政党が批判され、市民派が政治の主役に躍り出ようとしている。
どの国も変革の波に洗われている。経済危機の連鎖が社会の絆をたち切り、インターネットが開いた言論空間が、既存の秩序をゆさぶり始めた。現職が再選されるかは不透明であり、指導者の交代が政治をいっそう混迷させる可能性もある。
選挙や政権交代の時期は、国内へのアピールに力を入れるため、内向きになりやすい。混乱の時代に、その傾向がいっそう強まらないか心配だ。
冷戦が終わり、旧ソ連が崩壊してから20年がたつ。経済や情報の流れでみると、世界はひとつになった。
ギリシャ発の経済危機や地球温暖化が示すように、国家単位では解決できない課題が山積している。従来は国内で完結していた不況や失業への対応も、一国では限りがある。できあいの政策パッケージに頼ることは不可能となった。
ひとつの時代が終わろうとしているのに、新しい時代はいっこうに見えてこない。深い歴史的危機のなかに私たちはある。
まずは、目下の問題に簡単な解決策などないことを、理解しよう。こういう時代には、わかりやすい「敵」をつくって、攻撃する政治がはびこる。
■新しい共存の論理を
米国では、保守の大衆運動である茶会(ティーパーティー)が、連邦政府そのものを敵対視し、支持をのばしている。中国では、領土問題や海洋戦略で政府や軍が強硬姿勢を取ると、熱狂する若者たちがいる。
憎しみをあおる言葉が飛びかう。内から目をそらすためにナショナリズムが使われる。憎しみと恐怖は伝わりやすい。負の連鎖に警戒せねばならない。
世界が必要としているのは、沸騰する国民感情に迎合する甘言ではない。歴史の転機にふさわしい共存の論理のはずだ。
人類は過去の危機をどう乗り越えただろうか。
帝国主義の列強が衝突した第1次世界大戦では、大戦末期にウィルソン米大統領が青写真を描いた。民族自決や、国際平和機構の設立などを掲げた「14カ条」を打ち出した。
第2次大戦では、ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相が「大西洋憲章」を発表した。領土不拡大、貿易の機会均等などの柱は、戦後構想の礎石となった。
新しい秩序は、力だけでは生まれない。あるべき世界の姿を描く論理が不可欠なことを歴史は示している。
昨年亡くなったアップルの創業者、スティーブ・ジョブズは「ビジョナリー」と呼ばれた。
未来を予見し、構築する人という意味である。魅力的なアイデアを新しい商品に具現化し、人々の心をつかんだ。
■思考を現実化する力
領域は違うが、世界の指導者に求められるのも、同じ資質ではないだろうか。
地球上のどこに住もうとも、人々が求めるものがある。
人間らしい最低限の生活、言論の自由、人種や宗教で差別されないこと、戦争や暴力で命を奪われないこと。
どの国の人々も、自分たちの力だけではそういう目標が達成されないこと、世界の運命が分かちがたく結びついていることを知っている。
人々のこうした願いをたばねて、新しい国際社会の構想を示す必要がある。
すでに個別の対処法は、あれこれ出ている。
たとえば、主要20カ国・地域サミット(G20)にその兆しが見られるような、新しい現実に対応した多国間の調整枠組みを充実させること。核兵器の拡散や領土問題が、国と国との憎しみに火をつけない危機管理の仕組みを整えること。
このような対策が必要なことに多くの国の合意がある。
欠けているのは、こうした目標に向かって進むべきことを、魅力的な言葉とわかりやすい論理で説明し、国民を説得する指導者の力なのである。
それが政治で求められるビジョナリーではないか。
今年、世界の選挙や指導者の交代で、そういう構想を競い合ってほしい。