日本の国民食として親しまれているステーキとハンバーグ主体とする多彩なメニューを、納得の価格とサービスでご提供し、お客様に満足していただくこと。それが私たちエムグラントフードサービスの願いです。
今日けんでは、首都圏を中心に140店舗以上を構える企業へと成長。厳しい競争下にあって着実に発展を続け、現在、200店舗を目標に、新たな成長戦略を推進しています。
持続的な成長を実現するためには、低価格の追求だけでなく、お客様の外食行動や嗜好の変化に対応した、新たな価値の創造が欠かせません。その原動力となるのは、いうまでもなく人材。当社は未来を担う人材の育成を図るため、社員教育には特に力を注ぎ、一人ひとりが意欲的に挑戦し、同時に、努力や成果が正当に評価される企業文化を育んでいます。
お客様により大きな満足を提供すること。そのためにも、社員の満足や幸せを追求すること。それは経営者としての私の大切な使命であると考えています。社員が今以上に誇りと喜びをもって働くことができ、お客様が何度も訪れたくなるお店を目指して、当社は、これからも挑戦を続けてまいります。今後とも変わらぬご愛顧とご指導の程を宜しくお願いいたします。
将来経営者になり、地元に飲食店を出したい!という夢を抱き飲食の世界へ。
新卒で入った会社は、当時外食企業へ店長派遣を行っていた株式会社リンク・ワン。店長希望で入社したが、会社の意向で本部営業職に従事。営業業務・人事代行業務などを通じで、数多くの外食企業の経営者と出逢う。そして、同企業内の新規事業として、飲食店のフランチャイズ本部事業の立ち上げ及び加盟開発業務に携わる。
その後、リンク・ワン創業役員の西山公人氏が設立した株式会社パワフルブレーンズへ創業メンバーとして転職。フランチャイズ本部のコンサルティング支援事業を行う中で、井戸勝・井戸実兄弟と出逢い、当時16店舗ほどだった「けん」のフランチャイズ事業・加盟開発アウトソーシング業務を請け負うことに。
2009年秋、株式会社エムグラントフードサービスへ出向、その後転籍。前職と同様、けんのフランチャイズ加盟店開発業務に従事、2011年1月末現在で加盟店企業55社と契約。エムグラントフードサービスを1,000億円企業、日本一の外食フランチャイズチェーンにすべく北海道から沖縄まで東奔西走中!
2010年10月には、エムグラントフードサービス執行役員業務を続けながら、株式会社ベイサイド・ダイニングを設立、同社代表取締役に就任。同年12月、地元藤沢市に「けん辻堂店」をグランドオープン。新しい社員独立制度の構築にむけて、二足の草鞋を履きながら毎日全力投球してます。
最近の悩みは、愛娘が遠山家に狙われていることと、肺炎になることです。
幼き頃から飲食店が好きで、最初にやったアルバイトは、リゾートホテルで泊まりこみイタリアンでアルバイトをした。 ホールの作業でしたがあの時の接客サービスの楽しさは忘れられませんね。
大学生からも焼肉店、居酒屋等全て飲食店オンリー飲食の楽しさ、お客様に感動を与えて身震いする快感が忘れられず、この業界へ!焼き肉バイキング、ステーキハウス、アメリカンレストラン、バー、居酒屋何でもやってきました。店長経験は18店舗。
前社のコンビニエンス事業部が経営悪化し、引っ張られるように外食事業部も含め倒産、宙に浮いた経営を井戸さんが運営する事に!最初は店舗数も少なく、創業当時は経営状態も厳しくとても苦労しました。しかし、メニュー変更の成功、松戸店の成功から業績は急上昇。マネージャーを経て事業部の責任者へそして、今に至ります。大好きな飲食店、大好きなエムグラントフードサービスのけん、ふらんす亭、よしかつを日本一付加価値の高い飲食店にするべく取り組んでおります。1000億円企業の夢を叶えるべく社員一丸となり突き進んでいきたいと思います。
まさに、「やるか?やらないか?その時はやるぞ!やると決めたら必ず実践!」この意志を胸に刻み込んでいきます。そして最後は「共に勝つ!」
学生時代にファーストフードでアルバイトをしていて、科学されたマニュアルや人材教育システムに感銘を受けてそのままこの業界に飛び込みました。
当時はまだ「飲食業=水商売」と言われた時代で保守的な両親からは大反対をされたのをよく覚えています。でも実際に入ってみると、マニュアルだとかシステムなんて飾り語とは真逆の所謂3K状態。グローバルな産業化の流れからいって、農林水産業から始まり製造業、そしてサービス・流通業が基幹産業になると想い飛び込んだのに、当時の労働環境や待遇等はそれは大変な状況で「親の言うことを聞いておけばよかった!」と正直内心思いましたね(笑)。しかし当時所属していた会社に関わる先人方から「飲食業界を根底から構造改革しよう」との力強い言葉を多くいただき、その実現を励みに今日までこの業界に身をおいています。
エムグラントとの出会いは2009年の秋。当時「ふらんす亭」ブランドを展開する本部に身をおき、株主や代表の交代が度重なり混乱を極めていた時に、このブランドを再生するにはオフバランスさせて元気な事業会社と一緒にやせてもらうしかないと考え、辿りついたのが現代表の井戸実でした。そして答えは二つ返事で「やりましょう!」と。逆にこっちが大丈夫かなぁって心配になりました。(笑)
この会社に入って若い幹部陣と会話を重ねるほどに、僕自身と考え方が対局にあることを認識させられて、最初は心の葛藤がありましたよ。でも「ふらんす亭」ブランドのことを二つ返事で引き受けてくれた井戸の想いを裏切ることはできないので、自分としてこの会社に貢献できることは何だ?って発想を変えるようにしました。今弊社は21世紀型のファミリーレストラン創造のために日々精進しておりますが、20世紀に僕らが学んできたことも飲食の原点を考えれば捨てたもんじゃありません。老いてますます盛ん!頑張りますよ。(笑)
大学卒業までは、スポーツ一筋の根っからの体育会系人間。大学卒業後、フリーターでミュージシャンを目指す。その時お世話になった飲食店で、‘サービスとは・・・’という事を徹底的に学ぶ。
その後の接客で自分を指名して下さるお客様が増え飲食業の深さを知り、飲食業界で生きていく覚悟をしました。小林事務所~シダックス~Y’s Tableコーポレーション~ジャパンフードシステムズ~と経て現在に至る。
エムグラントの入社のきっかけは、前職で井戸社長との出会いがあり、その時のご縁で2010年に入社させて頂きました。エムグラントの店舗を日々ご利用して下さっているお客様をはじめ、関わる全ての方々と共に幸せを感じ、より感動を創出する事をここに誓い、エムグラントをまずは日本一付加価値のある会社・お店にすべく決して諦めず、決して驕る事なく微力ながら取り組んで参ります。
合言葉は・・・
『Keep on Fighting!!!』
学生アルバイト時代から肉屋に携わり、そのまま肉屋の世界に入り職人になる。腕を磨く為に数々の小売店舗にて修行に励む。
狂牛病事件のとき、小売業で嫌な思いを何度も経験し、飲食の世界に入る。
知り合いのオファーで数店の店の立ち上げを手伝い、飲食の楽しさにふれ飲食の世界にのめりこむ。
創業メンバーではありませんが、早い時期に縁がありエムグラントの一員に。店長、バイヤーを務めながら、各店の立ち上げサポートなどを経験し、商品部本部長として従事、現在に至る。