ポスティングでのメジャー移籍を希望していたダルビッシュ有の独占交渉権を獲得したのはレンジャースだった。落札額は史上最高の5170万ドル、松坂大輔の時の5111万ドルを上回った。
レンジャースと比較すると、今回、「usual suspect」のヤンキースもレッドソックスも、極めて消極的だった(ヤンキースの入札額は2000万ドルだったといわれている)。ヤンキースは伊良部と井川、レッドソックスは松坂と、日本人投手に大枚を叩いて失敗した経験で懲りているだけに、巨額のポスティング・フィーを払う気にはなれなかったようなのである。
これまでメジャーで50イニング以上投げた日本人投手は21人。このうち、日本時代と比べてメジャーの防御率がよくなった投手は、4人だけ(斎藤隆、岡島秀樹、黒田博樹、高橋尚成)。後は、軒並み防御率が悪化している。
しかも、先発投手を見たときに目につくのが「3年目の壁」。始め2年は期待通り(あるいは期待以上)の活躍をするのに、3年目以降、怪我などで成績がガタっと落ちる例が非常に多いのである(野茂や松坂はその典型)。
「巨額のポスティング・フィーを払う以上、1年や2年の短期契約では見合わない。かといって5年、6年の長期契約を結ぶとなると、『3年目の壁』にぶつかる可能性が高い。大枚を叩いて獲得した投手が3年目以降『アホウドリ』になってしまう可能性を考えると、ポスティング・フィーは2000万ドルが相当」。ヤンキースの今回のポスティング・フィー2000万ドルの背景には、以上の様なロジックがあったようなのである。
では、日本人投手に対する巨額投資は見合わないという風潮が強まる中、なぜ、レンジャースが史上最高額のポスティング・フィーを入札したかというと「ダルビッシュは別格。松坂のようなことはない」と特別高く評価したからに他ならない。ダルビッシュに対するレンジャースの評価がとりわけ高かったことを示す1例が、ジョン・ダニエルスGMが、わざわざ日本まで赴いてダルビッシュの投球をその目で確認した事実である(松坂の時でさえ、レッドソックスのGMはわざわざ日本に行くことはしなかった)。
しかも、レンジャースは今季エースとして活躍したCJウィルソンがFAでア西地区のライバル、エンゼルスに移籍するのを「黙認」した。エンゼルスがウィルソンに投資した額は5年7750万ドルだったが、ポスティング・フィーも含めると、レンジャースがそれ以上の額をダルビッシュに投資することになるのは間違いない。ウィルソンの2011年の成績は16勝7敗・防御率2.94と申し分ないのだが、年齢は31歳。今後下り坂になるウィルソンよりも、まだ25歳、これから伸び盛りのダルビッシュに投資する道を選んだようなのである。
さて、はたしてダルビッシュがレンジャースの期待通りの活躍をするかどうかだが、コンピュータ成績予測で定評のあるセイバーメトリシャン、ダン・シンボルスキーは、今後5年の成績について以下のような予測を立てている。
楽観的予測:74勝38敗・防御率3.16
平均的予測:62勝33敗・防御率3.54
悲観的予測:29勝43敗・防御率5.42
(なお、楽観的予測は、コンピュータが予測する成績範囲の上から15%目、悲観的予測は下から15%目)。
ところで、レンジャースが、なぜ、ダルビッシュに大枚を叩くことができるのかというと、「今後20年、総額30億ドル」ともいわれる巨額のTV放映権料を獲得したからだと言われている。不況に喘ぐ米国の中にあって、テキサスは石油景気に潤い、人口も増加し続けている。ヤンキースやレッドソックスのような「ビッグ・マーケット・チーム」と肩を並べるだけの財力を持ち始めているのである。
さらに、西地区ライバルのエンゼルスも、今オフ、ウィルソンに加えて、アルバート・プホルス(10年・2億5400万ドル)を獲得するなど、大型補強に邁進している。レンジャースと同様、巨額のTV放映権料を獲得したからだと言われ、こちらもヤンキースやレッドソックスに劣らない財力を持ち始めているのである。
メジャーでは、これまでずっと、別格の財力を持つヤンキース、レッドソックスが熾烈な争いを繰り広げてきたア東地区が「宇宙の中心」のような位置を占めてきたのだが、少なくとも今オフの大型補強を見る限り、ア西地区が、新たな「宇宙の中心」としての位置を獲得しつつあるようである。
(5月30日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「スターQB 信心深さの罪作り」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい)
『レッドソックス・ネーションへようこそ』(週刊文春『大リーグファン養成コラム』選り抜き選)
『怪物と赤い靴下』
好評発売中