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[30522] 【ネタ】Nursery Rhymeをもういちど【リリカルなのは・憑依?】
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/30 12:38
以前別PNにて少しの間だけ投稿させて頂いたものの、書き直し版になります。
プロローグ1の真ん中くらいまでは前回投稿分と同じですが、後半から話が違います。
以前読んで下さった方も初めての方も、読んで頂けると嬉しいです。


【投稿履歴】
2011/11/14 プロローグ1とプロローグ2を投稿。
2011/11/16 第2話を投稿。
         このペースだとプロローグ10になっても終わりそうにないので、プロローグ2を第1話に変更。
2011/11/23 第3話を投稿。
2011/12/05 閑話1を投稿。
         本来は閑話を1話で投稿するはずだったんですが、長くなりそうなので分けました。
         明日か明後日には続きを投稿したいと思います。次はシャマル先生の予定です。
2011/12/06 閑話2を投稿。
2011/12/08 タイトルを変更しました。
2011/12/09 第4話を投稿。
2011/12/11 第5話を投稿。ようやく地球から脱出できました。
2011/12/14 第6話を投稿。
2011/12/15 第7話を投稿。
2011/12/20 閑話3を投稿。
2011/12/21 第8話を投稿。
2011/12/25 第9話を投稿。
2011/12/30 第10話を投稿。来年もお付き合い頂ければ幸いです。今年も残り少ないですが、よいお年を。



[30522] プロローグ
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/11/16 23:14
「とーこさん、とーこさんっ!!」

 ああ、揺するなってば。痛いんだってば、ホントに。
 近年稀に見るマジ泣き顔で私の身体をゆさゆさ揺する義娘に、私は心の中で文句を言った。
 何故心の中でなのかというと、どうせ声を出そうとしてもうめき声しか出ないだろう事は、身体の数箇所から伝わる激痛と熱さで解っていたから。


 思えば私の人生は、普通の人たちに比べて波乱に満ちていた様に思う。

 物心つく前に両親が事故で死に、2つ上の姉と姉妹で親戚中をたらい回しにされ、親が残した遺産を着服していた親戚が捕まって、ようやく姉妹二人でのんびり暮らせる様になったのは高校1年生の頃。

 でも平穏な日々はあんまり長くは続かなくて、姉がやんごとなき人と交際し子供を作り、シングルマザーになった。

 相手は妻子持ちで、多分遊ばれたんだろうと思う。

 それでも生まれたての赤ちゃんは可愛くて、姉妹で力を合わせてこの子を育てていこうと過ごしていたら、今度は姉が事故で死んでしまった。

 どれだけ運が悪いんだろう、うちの家族は。

 残されたのは、二十歳になったばかりの私と姪っ子の二人。この子を放り出して一人だけ楽になろうなんて気は、まったく起きなくて。

 二歳の姪を育てる決心をして早14年。

 私達は歪ながら、私達らしい家族の形を作れていたと思う。

 思春期を迎えた姪が彼氏を作り、結構な好青年でこの子ならいいんじゃないのと紹介された彼氏に太鼓判を押したりする幸せな日々。

 でも、そんな日々に暗雲が立ち込めたのは、義娘にアレがこないと相談を受けてからだった。月の物、所謂生理である。

 付き添って産婦人科に行くと、ばっちり妊娠していて、とりあえず義娘の彼氏を呼び出してぶん殴っておいた。

 私はこの子の母親でもあり、父親でもあるんだから。

 この時彼らは十六歳。なんだろう、早めに子供を作って死ぬ呪いにでも掛かっているのだろうか、うちの家系は。

 あの姉にしてこの義娘あり、血って怖いなぁとちょっと思った。

 さすがに本人達を交えつつ保護者同士で話さなきゃと思い、こちらから連絡した。そしたらやってきたのはテンプレ通りの、『うちの子に限って』なお母様だった。お父様は常識人だったんだけどね。

 うちの義娘の事をアバズレだのなんだのとえらく罵ってくださり、こちらとしても義娘をヤリマン扱いされて黙ってられるはずがなかったので、冷静にちくちく痛いところをついてやった。

 曰く避妊せずに中に出したがったのはお宅の息子さんだと。
 併せてそういう行為を求めるのも、そちらの息子さんからだったと。
 当然本人に包み隠さず自白させてるので、彼氏くんは平謝りだ。

 まぁその後も色々あったんだけど、とりあえず産むかどうかの判断とかを保留にして、その場の話し合いはお開きになった。

 望む望まないを考える前に、二人の年齢を考えると、まだ若過ぎるから。

 話がそれで終わればキレイに終わるんだけど、帰り際に彼氏くんのお母様が急にハンドバックから包丁を取り出して、義娘に襲い掛かった。多分精神的にイッちゃってたんだろうね。

 誰もが突然の事に身体が動かなかったみたいだけど、私は考えるよりも先に身体が動いて、義娘に覆いかぶさった。

 そしてすぐに訪れる灼熱の様な熱さと激痛。

 深々と刺さったであろう包丁を抜いて、更に二箇所私の背中を刺したところで、ようやく硬直が解けたのかお父様がお母様を抑え付けた。

 そして泣きすがる義娘と、オロオロしながら救急車を呼ぶ彼氏くんが目に入る。

 そして冒頭の状況に繋がるのだけれど、正直これは有名な死に際に見るという走馬灯というものではないだろうか。

 痛いし苦しいし血が流れ出ると同時に力が抜けて行くしで、多分これはもう助からないんだろうなという事は、なんとなく理解していた。

 最期に何か言葉を遺してやれたらと口を開くけど、喉から出たのは言葉ではなく血で。だんだんと視界が薄暗くなっていく。

(ごめんね、先に逝くわ)

 せめてこの子が思い出す私の顔が笑顔であります様にと、笑顔を作る。

 本当に作れてるのかはわからないけど、笑顔になれてたような気がする。

 それが最後の力だったのか、一気に襲ってきた暗闇の波に呑まれる様に、私は意識を手放した。

 
 できれば来世は平穏であります様にと願いながら、相原瞳子の三十四年という中途半端な人生が幕を閉じた。






―――神様なんていないんだね。


 心の底から私はそう思った。死んだと思った私が再び目を開いたのは、だだっ広い草原だった。

 空の色は紫と白のマーブル模様で、一目見て普通の空ではない事が解る。

 身体を包むのは、ボロッボロの布切れ一枚きり。しかもなんかうまく身体が動かないし、横たわったまま身じろぎひとつできない。

「あらあら、捨てられる前になってようやくお目覚めかしら。これだからゴミはダメね、あの出来損ないが数倍マシに見えるわ」

 突然声がして視線を向けると、えらくケバケバしい人がそこにいた。

 下手をしたらコスプレしてる様に見られる様な服で、まるで悪の女幹部といったような姿である。

 でも彼女の目が物語っていた、死の目前で見たあのお母様と同じ『イッちゃった人』の目。彼女も所謂キ○ガイの仲間な人なのだろう。

 全然状況がわからないけど、とりあえず彼女が私に対して良い感情を持っていない事はわかった。ううん、これは敵意といって差し障りないものだと思う。

 そんな事を考えていたら、腹部に強い衝撃と痛みを感じた。

 ゴロゴロゴロと草原を転がって、ようやく女性に蹴り飛ばされた事を理解する。

 というか、蹴りで大人をこれだけ移動させるだけのキック力って、あのオバサンは化け物なのだろうか。

 冷静にそんな事を考えているけど、身体は蹴られた衝撃で息が詰まってゲホゲホと咽ている。

「ゴミの分際で私自ら処分してもらえるのだから、ありがたく思ってもらいたいわね」

 苦しさから目尻に溜まる涙で歪む視界に、冷酷に笑うオバサンの姿が映る。刹那、彼女の掌からバチバチと雷の様な光が現れる。

 彼女と私の距離は3m以上離れている。それでも伝わってくる熱気に、あの電撃もどきがかなり危ないものだと本能的に感じた。

 っていうか、アレはなに? 魔法とか超能力とかそういう感じのもの?

「じゃあ、サヨナラね」

 浮かんだ疑問を解消する時間もなく、彼女はあっさりと私に向かってその電撃を放った。

 雷のスピードってたしか滅茶苦茶速いんだよね、でもゆっくりに感じるのはどうしてなのだろうか。

 ビルの上から投身自殺をすると、地面に着くまでの時間がゆっくりに感じるという話を聞いた事があるけどその仲間なのかな、なんて迫り来る光を見つめていた。

 すると突然、円形の幾何学模様が現れて、私を焼き尽くそうをしていた光を遮った。バチバチとぶつかり合う円と光、しばらくするとその両方が消失して静かな空気がその場に満ちる。

「……用済みのお前が、ゴミを庇ってどうするつもりなのかしら、リニス? 私はどこへなりとも消えろと言ったはずなのだけれど」

「そうですね、すでに使い魔としての契約も解かれて、もうしばらくすれば私の体は消えてしまうでしょう。でも……それでも」

 オバサンが冷たく問いかけた先に、いつの間にか薄茶毛の猫がいた。猫が流暢に言葉を紡ぐその非現実な光景が、まるで私に今のこの状況を夢だと教えている様な気がした。

「フェイトと同じ姿をした子を、見殺しにはできません。そしてプレシアにアリシアを殺させる様な真似も、させたくはありません」

「……そこに居るのはアリシアの姿をした、ただのゴミよ。二度とそのゴミをアリシアなんて呼ばないで頂戴」

 猫の言葉に、深い怒りを含んだ返事を返すオバサン。

 二人は理解できているのかもしれないけど、私には状況もその会話の意味もさっぱりだ。

 解るのは、このままだと私は確実に死に至る、という事だけだろうか。

 そんな事を考えていると、私が倒れている地面に先程の円が現れる。昔ファンタジー映画で見た魔法陣というものだろうか。

「時間がないので説明もできませんが、このままプレシアに殺されるよりはマシでしょう。分の悪い賭けになりますが無事に生き残って、幸せに生きてくれる事を祈ってますよ」

 猫がそう言って、何かを取り出すと私に向かって咥え投げ?みたいな感じで放り投げた。

 思わず反射的にそれに手を伸ばす。結構大きな金属で出来た三角形のものが私の手の中にあった。

 これが何なのかを問う前に、私の身体が薄い膜の様なものに覆われ、浮遊感と共にまるで洗濯機の中に放り込まれた様な衝撃が襲ってきた。

 身体がぐるぐると慣性に任せて回転し、どちらが天でどちらが地かもわからなくなってくる。そして先程より強い衝撃を感じて、私は意識を失ったのだった。





 二度目の目覚めは、先程に比べれば天と地ほどの差があるくらい、快適だった。

 あのキ○ガイなおばさんに殺される一歩手前まで追い込まれるパニックホラー映画顔負けの状況は、もしかしたら夢だったのかもしれない。

 そもそも猫が喋るなんて、普通に考えてもおかしい。もしもあれが夢だったなら、今いるここが死後の世界というものなのかもしれない。

 まぁ、本当にシャレにならないくらい痛かったし、あの電撃もすさまじい熱波を発してたけど。それでもあれは夢って事にしておこうと思う。

 清潔なシーツに掛け布団。周りを見回してみると、可愛い子供向けの壁紙に子供用のチェストなどが置いてある。どこかの家の子供部屋かな?

 あの猫にもらった何かは、今は私の手の中にはない。というか、あれ……なんだか知らないけど、手がちっちゃくない?

 疑問に思った私は、とりあえず部屋の中に一般的な全身を映す姿見を見つけ、今寝かされているベッドから抜け出そうと身体を起こそうとした。

けれども身体に力が入らずに、うまく身体を起こす事ができなくて。無理やり動こうとして、幸か不幸か勢い余る形でベッドから床へと一直線に落ちてしまった。

 身体が言う事を聞かないのだから、受身を取る事もできなくて。

 思いっきり頭から床に落ちて、ゴンって大きな音と衝撃が響く。一瞬遅れて伝わる痛みに、思わず涙目になってしまう。

 とりあえず痛いのを我慢して、ズリズリと床を這う様にして姿見の前に向かう。

 動かない身体を必死に動かして、なんとかかんとか姿見の前に辿り着いた私は、そこに映ったものに絶句してしまった。

 だって姿見に映っていたのは、以前の私とは似ても似つかない、長い金髪と白い肌を持つ美少女だったのだから。

 ルビーの様な赤い瞳にじっと見つめられ、『ああ、もう無理』とばかりに脳みそが考えるのを放棄した瞬間、私の目の前が真っ暗になり、意識が断ち切られる。

 刺されてからこっち意識ばっかり失ってるなぁなんて、どうでもいい感想を胸中で抱きながら。


 私の意識はまるで誰かに奪われる様に、また暗闇の中へと沈んでいくのだった。



[30522] 第1話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/11/16 23:14
 私が気絶(という名の現実逃避)をし、次に目覚めるまでに掛かった時間は、約1時間程だったらしい。

 床で転がっている私を見つけて看病してくれていた女性が、私の眠っているベッドの隣にいる。

 高町桃子さんと名乗った彼女は、私がこの家の庭にいつの間にか倒れていて、保護してくれた事を教えてくれた。人情とかご近所との付き合いが無くなりつつある昨今、こんなに優しいお嬢さんがいるなんて、とちょっとだけおばさんっぽく感動してしまう私。

 だってしょうがないじゃん、桃子さんの見た目ってすごく若々しいんだもん。多分二十歳くらいかなぁ、下手したら十代後半かもしれないけど。

 それはさておき、彼女と会話をしようとして気付いた事がひとつ。姿形が別人に変わってる事も充分驚く事だったんだけど、どちらかというとこっちの方が驚いたし、何より意思疎通のためには非常に重要だったり。

 実は、声が出なくなってて。一生懸命搾り出そうとしても、うめき声すら出ないっていうのはどういう事なのか。原因をなんとか探り出そうとして、なんとなくこれかなぁと思う事がひとつ。

 ほら、あのキチガイおばさんに殺されかけたじゃない。個人的には夢で済ませようと思ってたけど、実はかなりストレスだったのかなぁと思って。

 身体がちっちゃくなってるから、大人なら流せる事がこの身体は受け流せずに、声が出ないって身体の変調に繋がったのかも。まぁ、全部私の推測でしかないけども。

 私が喋れないと解った桃子さんは、家のどこからかスケッチブックとマジックを持ってきて、私に渡してくれた。ただ、まだ身体があんまり思い通り動かないので、もらってもうまく字が書けないんだけど。でも好意はとてもありがたいので、ぺこりとおじぎをして謝意を表しておく。

 そしてもちろん名前とかどこから来たのかとか、身元を明らかにする為の質問が飛んできた。いや、私だって同じ状況だったら、迷子の子を家に帰してあげたいから問い質すもんね。
 桃子さんがやってる事は非常に、良識のある大人として正しい行為だと思う。思うんだけどさ。

 今現在私自身が何者であるかを把握できてないのに、他人様に説明できる自身は1ミクロンもありはしない。

 なんで34歳のおばさんの意識が、まだ幼女と言ってもいい外国人の女の子の身体にいるのか。この子が自分だなんて、まだとてもじゃないけど認識できないんだよね。前の自分とあまりに違いすぎて。

 そしてあのキチガイおばさんに殺されかかった事も、今考えても意味がわからない。そして喋る猫、それからもらった金属片。謎は深まるばかりだ。

 とりあえずふるふると首を振って、名前がわからない事をアピールしてみた。実際のところ、私はこの子の名前を知らないんだから、嘘はついてない。

 もらったスケッチブックに震える手でなんとか『おぼえてない』と、ひらがなで必死に書いてみた。なんとか読めるけど、小学校に入りたてか、下手したら未就学の子が書いた様な字になってて、ちょっとはずかしい。

 すると桃子さんの私を見る目が、一気に憐憫の色に染まった。いや、そこまで同情されると、私がなんか嘘ついてるみたいで罪悪感がハンパないんですが。

「何か覚えてることはある? どんな事でもいいんだけど」

 ゆっくりと諭す様に問いかけられて、私はどこまで話すべきかを素早く考えた。でも、いくら考えたって仕方ないよね。だって私自身が何故こうなってるのかを理解できてないんだもの。

 それに、保護してくれた桃子さんに嘘はつきたくないしね。だから、この子の中に入ってからの出来事は、全部話そうと決めた。まぁ、殺されかけた事とか、多分信じてくれないとは思うんだけど。

 という事で、再度スケッチブックに『くろいかみのひと』『まほうでこうげきされて、ころされそうになった』『ねこがたすけてくれた』と箇条書きしてみたら、どうやら意味はわからないけれどただ事ではないと、桃子さんの視線が鋭くなった。

 ひとまず桃子さんも状況を整理したくなったのか、質問を切り上げて私の肩まで布団をしっかり掛けると、桃子さんは立ち上がった。

「ゆっくり休んでね、ええと……とりあえずの名前はまた後で決めようね。あ、そうそう最後にもうひとつだけ」

 桃子さんがそう言うと、少しだけ間を置いてから私にこう問いかけた。

「フェイト・テスタロッサって名前を聞いた事はない? 貴女にとってもよく似た子で、うちの娘の親友なんだけど」

 フェイト……フェイト、どこかで聞いた事があるような。あ、そうだ。あの助けてくれた猫が一度だけそんな名前を喋ってた。ただ、テスタロッサさんかどうかはわからないけど。

 もう一度布団から手を出して、枕元に置いてくれてるスケッチブックに、文字を書く。『たすけてくれたねこがふぇいととおなじすがたっていってた』と長文を必死になって完成させて、桃子さんを見る。

「うん、わかったわ。ありがとう、無理させちゃってごめんね」

 桃子さんはそう言うと、布団を再度直してから部屋を出て行った。それを見送って、私は大きく息を吐く。精神的にも肉体的にもくたびれる時間だった、何もわからないという事はこんなにも不安で心細いものなんだなぁと、ちょっとだけへこたれる。

 身体が動かないというのも、この不安な気持ちに拍車を掛けてる様にも思う。そもそもここは日本なのか、桃子さんは明らかに日本人だとは思うけど、最近は海外に嫁ぐ人も増えてる

みたいだから、日本であるという証明にはならないだろうし。

 病院に掛かるなら保険だって必要だし、何より今の私に戸籍があるとは思えないし、そんな様々な心配事を頭の中で考えているうちに、眠気に負けて眠りの世界へと旅立っていた。








 そんなこんなで始まった、私の高町家居候生活。ああ、一応念のために話しておくと、ここは日本らしいです。

 海鳴って地名は聞いたことないけど、私も日本人とは言え47都道府県にある地名を全部覚えてるかと言えば、そんなの絶対無理だし。多分私が知らない土地なんだろうと、とりあえず納得する。

 桃子さんの旦那さんである士郎さんを紹介してもらって、続いて桃子さんの娘さんの美由希さんも紹介してもらったけど、彼女にはびっくりさせられた。

 だって、どう見ても桃子さんと同い年くらいなんだもん。一体桃子さんはいくつなんだろうという疑問を持ちつつも、私と義娘みたいな実子じゃない母娘もいるし、きっと深い事情があるんだろうと、これもひとまず納得した。

 ただこの美由希さんには、現在進行形で非常にお世話になってたりします。お風呂に着替えにご飯にと、日常のお世話のほとんどを彼女がしてくれているので。

 34歳のおばさんにはこの完全介護はちょっと気恥ずかしいけど、しかたないよね、自分じゃまだ何にもできないんだし。

 ただこれが当たり前にならない様に、常に感謝と謙虚の気持ちを持って高町家の皆さんには接してるよ。

 移動のために抱き上げてもらってはぺこり、お風呂で身体を洗ってもらってはぺこり、いつもお礼を忘れずにがモットーです。

 ちなみに、私の仮の名前はななせちゃんに落ち着いた。末娘の名前を決める時に最終候補に残った名前らしく、せっかくだからと付けてくれたのだ。

 あ、そうだ。美由希さんとの会話の中で(とはいえ、ほとんど美由希さんが一方的に話しかけてくれてるんだけど)、美由希さんの兄妹の話を聞く事ができた。お兄さんは結婚して、ドイツで働いているそうな。

 国際結婚だったのかなと思ったけど、ちょっとだけ美由希さんが寂しそうな表情をしてたので、その話はそこで打ち切りになったから深くは聞けず。

 そして妹さんは、遠いところで警察みたいな仕事をしてるみたい。いや、私も抽象的だなぁとは思ったんだけど、美由希さんからはそんな言葉しか出てこなかった。

 そんな状況から、今この高町家に暮らしているのは、桃子さんと士郎さんと美由希さんの三人だけなんだって。

 あと、ご夫婦で喫茶店を経営していて、美由希さんもそこのウェイトレスさんとして働いているとか。今は私がお手間を掛けているので、お休みしているらしい。本当にご迷惑をおかけしてます。

 もちろん私だって、日がな一日ボーっとしてる訳じゃなくて。ちゃんと身体を動かせる様になる為に、リハビリを頑張ってますよ。美由希さんって外見からは運動とかしなさそうに見

えるけど、実は剣道?をやってて、筋トレとかそういうのに詳しいらしい。ゆっくりゆっくり補助をしてもらいながら、手を上げたり下げたりとか、ゆっくり歩く練習をしたり、頑張ってますとも。

 そんな生活が二週間程過ぎて、私は何不自由ない生活を送ってます。たまに士郎さんが私とお風呂に入りたがるのが、ちょっとだけ悩みの種だったりするんだけど。

 いや、だって桃子さんの旦那さんなんだよ。私が見た目どおりの幼女なら、全然問題はないんだろうけど。さすがに他人様の旦那と全裸で風呂に入るのは遠慮したい、後ろめたいし何より恥ずかしいし。

 顔を赤くしながら首を横に振る私を見て、桃子さんと美由希さんがいつも助けてくれるんだけど、どうやらこのせいで私は奥ゆかしい恥ずかしがり屋な性格だと思われてるみたい。

 うぅ、誤解なんだけどなぁ。でもそれを伝えるための喉から相変わらず声は出てきてくれないし。

 高町家の家族の様に迎え入れられ、私もゆっくりなら自分で歩いたり、苦痛なく物を持てる様になってきたある日の事。もう一人の高町さん家の娘さん、高町なのはさんがお仕事のつ

いでに帰省する事になったと告げられた。

 私も『ふーん、そうなんだ』とあんまり深く考えずにこくこくと頷いていたんだけど、実はこれが私を取り巻く世界をガラリと変えるきっかけになるだなんて、この時の私には想像すらしてなかった。



[30522] 第2話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/11/16 23:14

 いや、確かになのはさんが帰ってくるっていう話は聞いたけど、まさか今日これからだなんて思わなかった。急過ぎるでしょ、と会った事もないなのはさん(仮)に胸中でツッコむ。

「今さっき電話がかかってきたんだって。いやー、もっと早く電話くれたらいいのにーとは思うんだけど、あの子の仕事の関係上しかたないかなぁとも思うんだよね」

 そう言って、美由希さんは苦笑する。しかし予定が急に入ってくるお仕事って大変そうだよね。私はある程度決まった時間で働く仕事しかしたことないので、あくまで想像するしかできないんだけど。

 そんな事を考えていると、バタバタと何かを準備していた美由希さんがボストンバックひとつ持って、私をよいしょっと抱き上げた。あれ、おでかけならちゃんと歩きますよーと視線で伝えるけど、美由希さんは私を降ろすつもりはないみたいだ。

「しばらく会えなくなっちゃうからね、ちゃんとななせのぬくもりを覚えておきたいんだ」

 ん? なんですか、その不吉な言葉。もしかしなくても、私この家を追い出されちゃうんだろうか。いや、もちろん高町家の皆さんには身元不明の私を養い続ける義務はないんだから、そうするのもある意味当然ではあるんだけど。でもこれまでの優しくて暖かい日々を思い出すとちょっと……ううん、かなり寂しい。

 そんな私の寂しさが表情に出たのか、美由希さんはぎゅうっと私を抱きしめた。とても柔らかくていい匂いがする美由希さんに、ちょっとだけ涙腺が緩む。

「もしかしたら辛い事があるかもしれないけど、私はななせが戻ってきてくれるのをここで待ってるから。だから、そんな捨て猫みたいな顔しないで」

 美由希さんも目を潤ませながら、そう言って励ましてくれた。できればもうちょっと詳しい話を聞かせてもらいたいけど、お世話になった美由希さんにこれ以上悲しい顔をさせるのも申し訳ないし。

 なにより、道端で通り過ぎる人達の奇異の視線に晒されるのは、ちょっと勘弁してほしかった。

 大人しく美由希さんに抱かれながら、夕闇の道を歩く。多分目的地は、桃子さんと士郎さんのお店である『翠屋』だと思う。ケーキとシュークリームがおいしい店で、私もおやつに何度か食べさせてもらった。ここに義娘がいないのがおしいなぁ、あの子は甘いものに目がなかったから。

 左手で私を抱いて、右手でバックを持つ美由希さんはずんずんと進み、徒歩10分程で翠屋に到着した。カランカラン、とカウベルを鳴らすドアを開けて店内へと入ると、桃子さんと士郎さんがこちらを揃って見た。

 ちょうどすいている時間帯なのか、店内にお客さんはまばらで、数人がそれぞれ思い思いにくつろいでいる印象かな。っと思ったら、カウンターに見覚えのある人が座っていた。

「こんばんは、ななせちゃん」

 緑がかった髪に、整った顔立ち。見るからに若々しいこの人は、桃子さんのお友達のリンディさん。見覚えがあるって言ったけど、2日に1度は高町さん家に来るので、顔見知りや知り合いというレベルは既に超えているのかもしれない。

 カウンター席から立ち上がってこちらに歩み寄ってきたリンディさんに挨拶されたので、私もぺこりとおじぎを返す。

 来る度に抱っこされたり、スキンシップされたりしてたんだけど、普通の子供なら多分鬱陶しがるレベルだと思うんだよね。しかも話を聞くと、リンディさんはどうやら既にお孫さんがいるらしい。私は中身が34歳のおばちゃんだからスルーできるけど、お孫さんに嫌われていないだろうかとちょっと心配になる。

 桃子さんといい、リンディさんといい。この街の女性はある程度歳を取ったら老けないという特殊能力でもあるのかなぁ、だったらかなり羨ましい。

「リンディさん、くどい様ですがこの子に危険はないんですね?」

 桃子さんが真剣な表情でそんな事を尋ねる。横では士郎さんも、桃子さんと気持ちは同じだとばかりに真っ直ぐにリンディさんを見つめてた。

 あれ、なんだろうこのシリアスな感じ。そんなに危ないところに連れて行かれるのかなって、ちょっと不安になる。

「はい、今回こんな形になったのは、ななせちゃんの身体検査や身元確認、申請などが主な目的です。特に何もなければ、1年程度で戻ってこれると思います」

 その言葉で、なるほどと納得した。だって戸籍もなんにもないんだもんね、だから健康保険も適用されないので、病院で検査もできないって事だもん。

 多分リンディさんは、検査とかをひっくるめて行ってくれる伝手があるんじゃないかな。なんか大きな会社の重役さんみたいな事言ってたし。

 桃子さんと士郎さんも、美由希さんと同じで私の事をちゃんと心配してくれてて、捨てられるみたいに考えてたさっきの私がバカみたい。三人が私を信じてくれるなら、私も信じ返さないと。

 リンディさんから言質を取ったとばかりに、桃子さんと士郎さんがほっとした表情を浮かべてる。そして美由希さんから私を抱き取ると、桃子さんも私をぎゅうっと抱きしめてくれた。

「早く帰ってきてね、ななせ。貴女をうちの子にする準備は、ちゃんと進めておくからね」

「そうだぞ、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも待ってるからな」

 大きな手で私の髪をわしゃわしゃと撫でる士郎さんに、私はこくんと頷く。本当なら笑顔で頷きたいんだけど、今表情を動かしたら、涙がボロボロとこぼれちゃいそうだから。

 もちろん嬉し涙だよ。いくら中身は大人でも、一人で知らない場所にこんな状態で放り出されたら不安になるし、きっと私も不安だったんだと思う。

 でもこうして家族として求められて、私にも居場所が出来たんだなって。そう思うとなんでもできるみたいな、妙な自信が湧いてくる。

「ちょっと待って! それはズルイわ、桃子さん!!」

 『おーっと、ちょっと待ったコールだ』という某お笑いタレントの声が、脳内で再生される。古いとか言うな、おばさんなんだからしょうがないじゃん。

 ちらりとその声の主を見ると、もちろんそこにはリンディさんがいた。何がズルイんだろうと思っていたら、桃子さんにぎゅうっとちょっと苦しいくらいに抱きしめられた。

「何がズルイんですか! この子は私達が最初に保護したんですから、私達の家族になるのが一番自然じゃないですか!!」

「自然だっていうなら、フェイトがいるうちにだって、その権利があるでしょう!?」

「フェイトちゃんがいるなら、別にいいじゃないですか! それに、リンディさんにはお孫さんが二人もいるでしょう!?」

 頭の上で突然始まったバトルに、私は桃子さんとリンディさんの顔を交互にキョロキョロと見る。でも、全然収まる気配を見せない舌戦に困っていると、横からすいっと身体を持ち上げられた。

「こうなったら、かーさん達はしばらく収まらないから。なのは達ももうすぐ来るだろうし、離れてお茶でも飲んで待ってようか」

「ああ、それがいい。ななせはオレンジジュースでいいかい?」

 美由希さんの腕の中に収まった私に、士郎さんが聞いてくれた。どうもこの子の中に入ってから、味覚がお子様っぽくなったのか、甘いものがまるで義娘みたいに好きになっちゃった。今はまだいいけど、大きくなってもこの味覚だと太っちゃいそうで怖いなぁ。

 そんなどうでもいい事を考えていると、カランカランとカウベルが鳴ってドアが開いた。そこから現れたのは、栗色の髪をサイドでまとめた、桃子さんによく似た女性だった。

 一目見ただけで、桃子さんの血縁者だとわかるその容姿。多分彼女がなのはさんだと思う。

「おかーさん、ただいま!」

 にっこり笑顔で店内に入ってきたなのはさんだったけど、言い争っている桃子さんとリンディさんを見て、キョトンと首を傾げてた。

「あれって、ハラオウン提督だよね……なんで、こんなところでケンカを?」

「わ、私が知る訳ないでしょ、馬鹿スバル」

 そしてその後ろにいるオレンジと青い髪をした二人の女の子。そしてその少し前にいる銀髪の女の子、多分私が5、6歳くらいだから、比べると10歳くらいかな。

 妙にカラフルな髪の人達を見て(私も金髪なので他人の事はとやかく言えないけど)、急激に私の周りの環境が変わりつつあるのを、なんとなく感じ始めていた。



[30522] 第3話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/06 19:28
 あー、しんどかった。と心の中でため息をつきながら、士郎さんが持ってきてくれたオレンジジュースをストローでチューっと吸い上げる。

 あれからなのはさんが『わぁっ、ちっちゃいフェイトちゃんだ!』と突然私に突撃してきて、美由希さんの手からあれよあれよと奪い取られた私は、なのはさんによってもみくちゃにされた。ほっぺにチューされたり、頬ずりされたり、抱きしめられたり。後ろの青い髪の子とオレンジ髪の子のびっくりした様な呆れた様な視線に晒されて、私の方が辛かったよ。

 銀髪の子は士郎さんからクッキーを渡されて、それを嬉しそうに頬張ってた。助けてくれてもいいのに、とちょっとだけ恨みの篭った視線を向けたけど、一切気付かなかった。

 それからしばらくして金髪の超美人さんと、その後ろにはさっきの銀髪の女の子と同い年くらいの少年少女が一人ずつ。赤い髪の男の子と、ピンク色の髪の女の子。この3人がやってきた。

 ここは日本のはずなのに、やたらと髪の毛がカラフルで、ちょっと異様な雰囲気に感じた。でも店内のお客さんは慣れているのか、それとも周囲に関心がないのか、まったくこちらの騒動に視線すら向けず、自らの世界に没頭していた。

 金髪の超美人さん――この人が、以前名前が出た私にそっくりなフェイトさんらしい。うわぁ、大人になったらこんなに美人さんになるのか、と元日本人の平凡顔だった私は戦慄すら覚える。

 なのはさんから私を受け取ったフェイトさんは、柔らかい雰囲気で、けれどもなのはさんと同じ様におでこにチューしたり、ほっぺに頬ずりしたり。なんだろう、私の事をぬいぐるみか生まれたての赤ちゃんだと思ってるのだろうか。

 そしてそのままフェイトさんに抱かれて、私達は店の隅っこのテーブルに腰掛ける。私はフェイトさんの膝の上に座って、その隣になのはさん。テーブルを挟んで向かい側には、リンディさんが座っていた。

 そして他の人達はというと、私達のテーブルから大分離れたところに、5人で座って何やら雑談している様子。いいなぁ、なんだか楽しそうで。

 こちらのテーブルは少し重い雰囲気のまま、リンディさんが最初に話し始めた。

「遠い所ご苦労様、ロストロギアの探索任務の途中に寄ってもらってごめんなさいね。本当は貴方達六課の仕事ではないのだけれど、この子の事もあったから。手を回して本局経由で聖王教会に今回の任務を依頼しちゃいました」

「いえ、私達もはやてから今日話を聞いたばかりで。しかも、この子の情報は一切もらえずに、会ったら判るの一点張りだったから」

 言いながら、フェイトさんは私の頭をぽんぽんと撫でた。ふいっと見上げると、ちょっとだけ苦笑混じりの笑顔を見せてくれた。

「それで、どういう事なんでしょう? なんでフェイトちゃんにそっくりな子が、翠屋にいて……というか、私の家族と仲良くしてるんでしょうか?」

「そうね、順序立てて話して行くと、彼女――ななせちゃんは記憶喪失なの」

 淡々とした口調で、リンディさんが言った。その言葉に、なのはさんとフェイトさんが憐憫の情を浮かべて私を見るけど、逆に私が罪悪感を覚えてしまって、申し訳なく感じる。

 ついでに喋れない事も併せてリンディさんから説明され、その視線の圧力が倍に増える。喋れないのは不便だけど、私はそんなに気にしてないんだから、同情される方が逆に疲れる。

「覚えているのは、女性に殺されかけた事と猫に助けられた事。その後意識を失って、次に目覚めたら高町さんの家に保護されていたみたいね」

「女性と猫……ちょっと待ってください、それって」

「おそらく、フェイトの考えている通りだと思うけど、まだこの子には確認を取ってないの。だから、今見てもらおうと思って」

 リンディさんが手元で何かを触る仕草をした後、突然空中に顔写真の様なものが浮かび上がった。これが流行の3Dとかいう技術なんだろうか。思わずびっくりして後ずさろうとすると、ぽよんと柔らかいものが後頭部に当たった。おそらくフェイトさんの胸なんだと思うけど、なんて大きくて弾力があるんだろう。前世で万年Bカップだった私にとっては、異次元級のサイズである。まぁ、それはさておき。

 空中に表示されているのは、黒くて長い髪と対になる様な、病的な程に白い肌。紫がかった瞳に、紫のルージュ。

 正直なところ、顔なんて思い出したくもないけど、間違いない。私を殺そうとしたあのキチガイおばさんだ。

「ななせちゃん、貴女を殺そうとしたのはこの人?」

 聞かれる事は想像できていたので、質問にあっさりと頷く。その瞬間、フェイトさんの身体にピクリと力が入った事がわかった。

「とすると、多分助けた猫というのは、以前フェイトから話を聞いた事があるリニスさんでしょう。画像とかはあるかしら?」

「あ……はい、バルディッシュ」

『Yes sir.』

 フェイトさんがポケットから取り出した金属片から声が聞こえて、キラリと一瞬だけ光ると、先ほどと同じ様に画像が空中に映されていた。そしてフェイトさんが取り出した金属片が、私があの猫からもらったものにそっくりだった事にも驚く。

「どうかしら、この猫が貴女を助けてくれた猫?」

 普通の猫より少しだけ大きい山猫、間違いなくあの時に見た猫にそっくりだったので、私はこくりと頷いた。

「ちょっ、待ってくださいリンディ提督。もしそうだとするなら、この子はフェイトちゃんと同じアリシアちゃんのクローンという事になります。でもそうなら、彼女がこんなに幼い姿でいるのはおかしいです」

「それについては確かに疑問点だけど、転移の際に何か問題が起こって、時間を超えてしまったという仮説を立てる事はできるわ。それに、他にも色々と今の話を裏付ける証拠もあってね」

 リンディさんはそこで言葉を切ると、新しい画像を空中に映し出した。何かグラフが書かれた書類っぽいものが映っているけど、日本語じゃないから何を書いてるのかさっぱりわからない。

「こっちがフェイトとななせちゃんの遺伝子鑑定の結果ね、完全に一致してるの」

 そう言いながら、リンディさんはポケットからビニール袋に入った何かを取り出した。それは私があの猫にもらった、フェイトさんが持ってるものとそっくりな金属片だった。

「これはななせさんが、リニスさんに転移させられる前に渡された物で、お察しの通りデバイスだったわ。ちょっとだけ裏から手を回してマリーに調べてもらったんだけど、バルディッシュの試作機だったみたいね。起動履歴は残っているけど、これは試運転の為のもので、マスター登録もまだされていない新品だって」

 デバイスってなんじゃらほい、と疑問を抱きつつも、とりあえず私の身元っぽい話をしているのを聞き流しながら、ジュースをまた一口。専門用語が多過ぎて、私には理解できないもん。誰か翻訳こんにゃくを持ってきておくれ。

「デバイス名はフランキスカ、マリーからは戦斧の一種で投擲などにも使われるものをそう呼ぶのだと聞いてるわ。これらの情報から、彼女はアリシア・テスタロッサのクローン体で貴女の妹に当たる存在だと推測できます」

 リンディさんがそう締めくくると、頭の上からぽたりぽたりと冷たい雫が私の頬や腕に当たった。見上げてみると、そこには口を真一文字にして、ボロボロと涙を零しながら私を見るフェイトさんの姿が。

 よくわからずに小首を傾げると、フェイトさんは感極まったのか、私をぎゅうっと抱きしめた。後頭部に彼女の額がこつんと当たって、首から背中に向かって伝っていく涙がとても冷たい。ちょっとちょっと、まずは事情を説明して欲しいんだけど。

「フェイトちゃん……」

 なのはさんも深刻そうな表情で、静かに泣き続ける親友にそっと寄り添う。いや、だから説明してください。このシリアスな空気の意味を、誰か私に教えてください。

 セカチューの様に叫びたい衝動を抑えつつ(まぁ、声が出ないので実際にはどうやっても無理なんだけど)、とりあえず流れに身を任せようとじっとフェイトさんが泣き止むのを待つ。

「辛かったよね、母さんに殺されそうになった挙句に、こんな風に見知らぬ世界に放り出されて」

 ひっくひっく、としゃくりあげながら言うフェイトさんに、とりあえず私は首を横に振る。実際あのオバサンに殺されかかった事はちょっとトラウマだけど、そのおかげで高町さんの家に拾われたのだから、人生プラスマイナスゼロという言葉も一理あるんだなぁと頷ける。

 さっき桃子さんからもらったノートとボールペンで、『きにしてないからだいじょうぶ』と書くと、またフェイトさんから大粒の涙が……何故だ!

「らいじょうぶ! ぐすっ、これからはお姉ちゃんが守るから」

 瞳に決意の色をはっきりと表しながら言うフェイトさん。気持ちはありがたいんだけど、私は高町さんの家にお世話になる予定なんだけどなぁ。

 その旨をノートに書くと、今度はその隣にいたなのはさんがフェイトさんから私を奪い取って、ぎゅうっと抱きしめた。だからぬいぐるみじゃないっちゅーに。

「じゃあフェイトちゃんに代わって、私がおねーちゃんとして守っていくよ! さっき聞いたらななせちゃんって名前を付けたのはうちのおかーさん達らしいし。もうこの子はうちの子だよ!!」

「なのはずるい! 私はななせと同じ遺伝子を持ってるんだよ。だったら、ハラオウン家で引き取るのが筋だと思う」

「フェイトちゃんにはもうエリオとキャロがいるじゃない! 3人も面倒を見るのは大変だろうから、うちで面倒を見るって言ってるのに」

 フェイトさんが伸ばそうとする手を、なのはさんがガード。そのガードを掻い潜ろうとするフェイトさん、それをブロックするなのはさん。

 あれ? さっき桃子さんとリンディさんが同じ事してたような……その内の一人は、テーブルの向こうで何故かフェイトさんを応援していた。お願いだから止めてください。

「まぁまぁ、フェイトもなのはさんもその辺で。そんな訳で、次元漂流者としてななせさんを時空管理局が保護する事になったんだけど、フェイトの過去も関わってくるから。本人が所属してる機動六課で保護しつつ、今後の事を決める予定になってます。八神部隊長には事情を説明して、了承をもらってますので、速やかにロストロギア探索任務を遂行し、彼女をミッドチルダの隊舎へと連れ帰ってください」

 最初は苦笑い、後半キリッとした表情で言ったリンディさんの言葉に、言い争っていた二人はしぶしぶ私の奪い合いをやめて、敬礼をした。敬礼って、おまわりさんとかがするんだよね。そう言えば美由希さんから、そんな仕事をしてるって聞いた事があったなぁ。

 そんなこんなで私は桃子さんと士郎さん、そして美由希さんと別れを告げ、フェイトさんが運転する車に載せられて、お世話になった高町家を後にしたのでした。



[30522] 閑話1――エリオの決意
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/05 20:32
 エリオ・モンディアル――機動六課 ライトニング分隊所属。

 彼の保護者であるフェイト・T・ハラオウン隊長と、身内と言っても差し障りない同僚のキャロ・ル・ルシエ三等陸士と共に紛失されたとされるロストロギアの探索任務中、同じく機動六課の別働隊であるスターズ分隊と合流するために、とある喫茶店に入った。

 中に入ると自分達の訓練を指導してくれてる高町なのは隊長、同僚であり先輩局員でもあるスバル・ナカジマ二等陸士とティアナ・ランスター二等陸士、そして彼らと行動を共にしていたリインフォースⅡ空曹長がいた。

 それから現地の一般人の人がちらほら、それはいい。この世界に住む人達が集う場所が喫茶店なのであって、余所者は自分達なのだからとエリオは思う。

 ただ、前述の高町なのはに抱かれている、金髪の女の子。その存在が鮮烈にエリオの意識を引き付けた。何故ならその少女は、彼の保護者であるフェイトをそのまま幼くした様な、そっくりな容貌をしていたから。

 その後この世界でのベースキャンプに車で移動した際、両隊長から彼女について名前と『現地で保護した次元漂流者』という説明がなされたが、それ以上の情報はエリオ達は触れる権利がないのか、説明がされないままだった。

 少女はななせというらしく、なのはとキャロに挟まれる様に座席に座っていた。どうやらななせは話す事ができないらしく、横から楽しそうに話をするキャロの言葉に、こくこくと必死に首を振っている。

 自分の考えが正しければ、彼女は自身と同様の存在である可能性が高い、そうエリオは胸中で呟いた。プロジェクトFというフェイトとエリオにとって、良い意味でも悪い意味でも縁の深い研究プロジェクト。その技術を使い、エリオはとある少年のクローンとして生を受けた。

 そして彼の保護者のフェイトもまた、その技術にて生み出されたクローンだったのだ。ただそれは、完全に払拭された訳ではないが、エリオにとっては癒えつつある過去になっている。それは優しい人達に囲まれて、保護者であるフェイトやその使い魔のアルフ達にゆっくりゆっくり癒してもらったのだ。

 その恩返しをするのは当然だが、エリオはだんだんと自分と同じ様な立場の人達を癒す手伝いをしたい、そんな事を漠然と考えていた。そんな矢先に現れた同属とも言えるななせに、エリオが保護欲を抱かない訳がなかった。

 ベースキャンプになっている湖畔のコテージへと到着し、それぞれが車から降りる。そんな中、エリオは素早くフェイトに駆け寄り、コテージへと歩く一団から少し距離を取った。その中にはキャロに手を繋がれて歩いているななせの姿もある。

「どうしたの、エリオ?」

「すみません、フェイトさん。フェイトさん達が言わない事を聞き出そうとするのは、越権行為だってわかってます……でも」

「……ななせのこと?」

 フェイトがそう声を落として尋ねると、エリオは神妙な表情でこくりと頷いた。

「やっぱり、気になっちゃったんだ」

「フェイトさん達が僕に気を使って伏せてくれてる、というのも解ってるつもりです。ただ、僕はあの子が僕らと同類だとしたら、守ってあげたいんです。フェイトさんが僕やキャロにしてくれたみたいに」

 キャロがどうしてフェイトさんの被保護者になったのかは、エリオもまだ聞いていない。でも、きっと自分と同じかそれ以上の悲しみを背負って、それでも前を向いて頑張っている事くらいは、コンビを組んでいれば伝わってくる。

「ん、そうだね。歳も5つくらいしか離れてなさそうだし、いいんじゃないかな。私にそっくりな子をお嫁さん候補にしてくれるっていうのは、ちょっと照れるけど」

「フ、フェイトさん?」

「でもだとしたら、キャロはどうなっちゃうのかな? ねぇ、エリオ。一夫多妻制の世界に移住するとかどうかな、だったらななせもキャロも幸せになれるし」

「あの、一体なんのお話を……?」

 困惑を顔一杯に表しながら問いかけるエリオに、フェイトはくすくすと笑う。きっと彼女なりの冗談だったのだろう、少し悪趣味だと思うが、自分の緊張とか場の空気を緩めてくれるつもりだったのだろうとエリオはひとまず納得する。

「これから言う事は絶対に秘密だからね、約束できる?」

「……はいっ」

 フェイトが真面目な表情でした前置きに、エリオは誓約の返事を返した。それを見届けてから、フェイトはぽつりぽつりと話し始める。

 ななせがフェイトと同じアリシア・テスタロッサのクローンであり、プレシア・テスタロッサに殺されかけたところをリニスに助けられ、気付いたらなのはの実家の庭に倒れていた事。

 そしてそれ以前の記憶はなく、助けられた当初は自分で身体を動かせない程の衰弱ぶりだった事。この一月程、高町家の人達のおかげで、歩けるくらいまで回復した事。

「そうだったんですか……」

「あとひとつ、これは絶対外に漏らせない情報だから、エリオも覚悟して聞いて欲しいんだけど」

 これまでも低かったフェイトの声が、もう一段階低くなる。エリオがごくりと喉を鳴らした後に頷くのを見て、フェイトはぽそりととんでもない事を告げた。

「あの子自身の能力なのか、それともリニスが転移させる際に何かが起こったのか、そこは不明なんだけど……ななせは、時を越えてこの時代にやってきたの」

 余りに途方もない話に、エリオは内容を理解するのに時間が掛かった。なにせどれだけの儀式魔法を使おうと、どれだけ魔導師ランクが高くとも、過去や未来へのタイムスリップはできないというのが自分達の常識だったからだ。

 そしてその特異性から、もしこの事がバレればななせは管理局をはじめとする研究機関からその身を求められ、モルモットにされる可能性が非常に高い。時を越えた理由が前者であれ後者であれ、初めてのサンプルなのだ。研究者達にとっては喉から手が出る程欲しいだろう。

「私は、あの子を守りたい。代償行為なのかもしれないけど、私が出来なかった事とか、なのは達が私にくれたものを、ななせにはたくさん経験して欲しいんだ」

「……わかります、それは僕も同じ気持ちですから」

 エリオは言いながら、先程まで見ていたななせの表情を思い浮かべる。

『今度は自分の番だ、フェイトさん達がくれた優しさを、僕はあの子にも感じてもらいたい』

 だから守るんだ、もっともっと強くなって、その為の力を手に入れたい。エリオは強く己の心にそう刻み込んだ。



[30522] 第4話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/09 21:27
 車で小一時間程移動して、連れてこられた場所は湖のコテージでした。って言っても、周りが薄暗くて湖が薄ぼんやりとしか見えないんだけど。

「えへへ、ななせちゃんこっちだよ」

 車から降りると、桃色がかった髪のキャロちゃんに手を握られて、優しく引っ張られる。車の中でも隣に座って色々話し掛けてくれたんだけど、最初は英語っぽい微妙に違う言葉で話しかけられて、どうしようかと思ったよ。

 私を挟んで反対側に座ってたなのはさんが、キャロちゃんに『翻訳魔法使ってあげて』と言ってから、急に日本語に変わったんだよね。魔法って言ってたけど、そんなのある訳ないし、もしかしたら翻訳する機械の商品名が『翻訳魔法』っていうんだろうか。

 でも私の常識で『魔法なんてない』って決め付けてるだけで、実は本当はあるのかもしれない。だって、キャロちゃんとエリオ君って、なのはさんが働いてる警察みたいなところで、ちゃんと正社員みたいな形で働いているんだそうな。10歳の子供がだよ? これも私の常識では考えられない事だし。

 コテージに近付くに連れて、何かが焼けるいい匂いと、チャンチャンっと金物同士が軽くぶつかり合う音が聞こえてくる。

「この音って……?」

 キャロちゃんが呟くと、ほんの少しだけ離れたところで、女の子が鉄板焼に精を出していた。その横にはお皿を持ったりジュースを持ったりして、食事の準備をしている数人の女性がいる。

「おー、おかえりー」

 鉄板焼の女の子が明るく言うと、何故だかキャロちゃん達が慌てだした。私が不思議そうに見ると、キャロちゃんがこっそり耳打ちしてくれる。

「この人は八神はやてさんって言って、私達の上司なの。この中の誰より偉い人、部隊長なんだよ?」

 ぶたいちょー? ああ、部隊長って事なのね。警察みたいなお仕事なんだもんね、機動隊とかそういうものの隊長さんみたいなものかなぁ。

 キャロちゃんが部隊長さん達の手伝いに行って、ぽつんとその場に取り残される。すると、赤い髪の小学生っぽい女の子が、こっちに近付いてきた。

「なんだ、このミニフェイトは?」

 ちょっとだけ乱暴な口調で言う女の子。別に反論はないんだけどね、フェイトさんの子供の頃を想像したら、絶対に今の私と瓜二つだっていう確信すら持てるし。

「ああ、なのはちゃん達に迎えに行ってもらうように頼んどいたんよ。別件で今回保護する事になった、次元漂流者のななせちゃんや」

 頭にポンと手を置かれて見上げると、さっきの鉄板焼きの部隊長さんが赤い髪の子に説明してくれていた。

「次元漂流者……そんなの、聞いてなかったけど」

「うちも聞いたのは急やったんよ。リンディ提督からのお願いでなー、ちょうどついでにこの任務が入ったから、引き受けたんよ」

「それでは、この少女は六課で保護するということですか?」

 苦笑しながら言った部隊長さんに、もう一人現れた赤い髪の女性が重ねて質問した。でもさっきの女の子とは少し種類の違う赤色、ちょっと紫がかってるのかな。

「そやね、しばらくは六課で保護する予定や。この子、言葉が話せないみたいやから、身体の検査もしなあかんし」

『後で皆の前で紹介するから、詳しい話はその時に』と会話を打ち切って、部隊長さんは私の手を繋いでなのはさん達が集まっているテーブルのところへ連れて行ってくれた。

 あれ? なのはさんとフェイトさんの二人と話してる人達、どこかで見覚えが……思い出そうとしてるうちに、あちらから私に声をかけてきた。

「ん? あーっ、アンタ。美由希さんが預かってるななせじゃない。なんでこんなところにいるのよ」

「アリサちゃん、そんなに大きな声を出したら、ななせちゃんがびっくりしちゃうよ? こんばんは、ななせちゃん」

 少し紫がかった黒髪の女性が、金髪の女性を宥めてくれる。ああ、そうだ。1回だけ翠屋で会った事があって、確かなのはさんのお友達だって言ってた様な。

 ぺこりと頭を下げると、部隊長がちょっとだけ驚いた顔で私を見ていた。

「えっ、アリサちゃんとすずかちゃんと会った事あるん? これはすごい偶然やな」

「ちょっとはやて、アンタ達がいなくなっても、私達のたまり場は翠屋なのよ。美由希さんが預かってる子なんだから、会える確率の方が高いんだってば」

「その割には、私達1回しかななせちゃんに会ってないんだよね。最初に見た時に、もうアリサちゃんが驚いちゃって」

「すずかだってびっくりしてたじゃない。美由希さんがフェイトそっくりの子供を産んだって」

 二人で責任の押し付け合いみたいなのをしてる二人の名前を、やっとの事で思い出した。そうそう、アリサさんとすずかさんだ。

 前世の歳からすれば、ここにいる皆が年下になるから、全員ちゃん付けでも構わないんだけど。でも、もしも喋れる様になった時にポロっとボロを出してもいけないからね。

 できるだけ歳の離れた人はさん付けにしておこう。まぁ、エリオくんやキャロちゃんはくん付けちゃん付けで構わないでしょう。多分二人も怒らないと思うし。

「おお、そやった。そう言えば、まだ自己紹介してなかったなぁ」

 部隊長さんがポンと両手を合わせて、思い出した様に言う。そしてしゃがみこんで私と視線を合わせると、にっこり笑って自己紹介してくれた。

「機動六課というところの部隊長をしてます、八神はやてです。はやてって呼んでくれたら嬉しいかな」

 おっと、これはご丁寧に。私も慌てて桃子さんからもらったノートに、ひらがなで『ななせです、よろしくおねがいします』と書いて、広げて見せながらぺこりと頭を下げた。

「おお、上手に字書くなぁ。私がななせちゃんくらいの歳の頃は、まるでミミズが這い回ってる様な字しか書けんかったわ」

 わしゃわしゃ、と私の頭を撫でながら『あははー』と笑うはやて部隊長。それにつられる様に、なのはさん達も笑ってた。

 高町家を出てちょっと不安だったけど、みんな良い人達っぽくてよかった。美由希さんの妹であるなのはさんがいるから、そこまで心配はしてなかったんだけどね。

 その後、私も夕食の用意を手伝おうと思ったんだけど、座ってていいよと戦力外通告されてしまったので、大人しく指示された椅子に座ってた。そしたら突然美由希さんと、美由希さんと同年代くらいの女性と、赤い髪に犬耳のヘアバンドと尻尾アクセサリみたいなのをつけた女の子が現れて、驚くやら嬉しいやら。

「ななせ、久しぶり!」

 思わず駆け寄った私を、美由希さんががっしりと抱きしめる。いやいや、久しぶりってさっき別れたばかりですがなと胸中で突っ込みを入れたら、ほぼ同時に隣の女性が同じ台詞で美由希さんに突っ込んでいた。

 不思議そうにその女性を見ていたら、彼女の方から自己紹介してくれた。茶色がかった髪の彼女は、リンディさんの義娘さんでエイミィさんと言うそうな。そしてついでとばかりにコスプレ少女についても紹介してもらい、彼女がアルフという名前であり、エイミィさんが現在子育てをしていて、そのサポートをしているとの事だった。

「しかし、ホントにちっちゃな頃のフェイトにそっくりだね。もしあの頃のフェイトの横に並べて、どっちが本当のフェイトか当てろって言われたら、アタシでもわかんないかも」

 不思議に思ってたら、アルフちゃんはフェイトさんの使い魔だと教えられた。使い魔ってアレだよね、魔女の宅急便のジジとか。ん? どういう事なんだろう。

 頭の中を『?』でいっぱいにしてると、はやて部隊長が金髪の女性を連れてこちらに寄ってきた。うわ、また見知らぬ人だ……名前、覚えられるかなぁ。

「美由希さん達、楽しくお話してるとこ、すみません。ちょっとななせ借りて行ってもいいですか?」

「いいけど、何するの?」

「ちょっとした健康診断です。うちのシャマルやったら、機材なくてもある程度診察する事ができますから」

 美由希さんの腕から、金髪の人が私を抱き上げる。多分この人がシャマルさんなんだろう。私と目が合うと、にこっと笑顔を浮かべるシャマルさん。

「はじめまして、お医者さんのシャマルです。ちょっとななせちゃんの健康状態を調べさせてもらいたいんだけど、いい?」

 そう言えば高町さん家に保護されてから、病院に行ってなかったんだよね。この身体の状態がどういう風になってるのか、調べてもらえるのはむしろありがたいのかも。

 なので『よろしくお願いします』の意を込めてコクコク頷くと、シャマルさんは私を抱いたままコテージへと歩いていく。木製の立派なコテージの中に入り、いくつかあるドアのひとつを開ける。

 中には立派なベッドがあり、シャマルさんは私をそこに降ろして寝かせると、細長く畳んだタオルを私の目のところに被せた。

「ちょっと眠くなるかもしれないけど、そのまま寝ちゃっても大丈夫だからね。次に目が覚めたら、おいしいご飯が待ってるよ」

 そういえば、ちょっとお腹すいたなぁ。診察が終われば食べられるみたいだし、我慢しなきゃ。そう思ってると、何やら小さくシャマル先生の声が聞こえてくる。

「風よ……かの者に優しき眠りの息吹を与えて」

 何かの呪文みたい、なんてぼんやり思っていると、突然睡魔が団体さんでやってきた様な強烈な眠気が襲ってきて、私は抵抗する事もできないまま、眠りの世界に引きずり込まれた。



[30522] 閑話2――シャマルとはやての内緒話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/06 19:33
――海鳴スパラクーアⅡにて




「それで、どやった?」

 目の前の主が真面目な表情で、問いかけてきた。ちゃぷん、とお湯が波打って立てた音が耳をくすぐる。

 それぞれに楽しそうに色々なお風呂を楽しんでいるこの状況は、シャマルにとっては報告するのにもってこいの状況だった。部隊長であり自らの主でもあるはやてに少し付き合ってもらって、屋外の露天風呂へと移動した矢先に、早速問いかけられたのだ。

「身体の方はおそらく未調整、生み出されたその後に最低限調査をした後、処分されかけたんじゃないかと思われます」

「……そうか。声が出ない理由はわかったん?」

「声帯は特に欠損もなく存在してますし、風で癒してみましたけど特に変化はないみたいで。おそらくリンディ提督の所見と同じく、精神的な何かが原因じゃないかと」

 おそらくを繰り返し、確定事項を何も報告できない自分に、シャマルは歯噛みする。けれどもあの子はそれだけ微妙な存在なのだ。よくわかりもしない事を、言い切る事はできない。

「なるほどな。まぁ、目覚めたばっかりで殺されかけたんやったら、そうなるのも不自然ちゃうやろ……あともうひとつの方はどうやった?」

「私の能力だと安全に深い部分までは読み取れませんので、記憶に改ざん痕があるかどうかを調べましたが、特にはありませんでした。もちろん脳にも」

 シャマルの言葉を聞いて、はやては深いため息を吐いた。そんな主の姿に、少々の痛ましさを感じるのは致し方のない事かもしれない。

 若干19歳にしてひとつの部隊を預かる部隊長であるはやてに、やっかい事と言えば聞こえが悪いが、押し付けられたのが先程からシャマルが説明している少女だった。

 また押し付けてきた先がはやての恩人の一人であるリンディ提督だった為、はやても嫌だと言えずにふたつ返事で了承したのだが、これが彼女の心労を増やしている事はシャマルを始め守護騎士全員が見抜いていた。

 そもそも管理局の古狸達とやり合う様になって少しは世間の荒波に揉まれたはやてだが、まだまだ甘ちゃんなところがある。純粋に押し付けられた少女――ななせの心配をしている部分と、部隊管理をしなければならない部隊長の部分が、はやての中でジレンマを起こしているのではないだろうか。

「第1段階はクリアって訳やな。これで可能性はふたつ」

「ええ、本当にあの子は時を飛び越えてやってきたフェイトちゃんの妹か。もしくはフェイトちゃんの遺伝子とクローン製造技術を持っている組織から送られて来た刺客か」

「正直本音を言えば、後者はないと思うんやけどな。第一になんでなのはちゃんの家の庭にわざわざ送りこまなあかんの? 私がその組織の一員やったら、そんな事せんと直接フェイトちゃんなりなのはちゃんに接触させるけどなぁ」

 はやての意見に、シャマルも同意する。例えなのはの実家に入り込んで信用を得る為の作戦だといえ、記憶を操作した子供……しかも衰弱して一人では身体も動かせなかった幼女なのだから、組織の思惑通りに動かない可能性だって高いだろう。

 何よりシャマルは、彼女が敵勢力の人間ではないと思われる、ふたつの判断材料を先程の検査で得ていた。

「でもとりあえず、私は敵じゃないと思いますよ。だってあの子、今のままじゃ簡単な魔法も使えませんし」

「……どういう事なん、シャマル?」

「さっき全身をスキャンした際、リンカーコアはきちんと存在してました。その魔力量もAからAAクラスを出せるくらいのキャパシティはあると思います」

「それやったら、なんで魔法が使えへんの?」

「リンカーコアから魔力を外に出すバイパスが、ななせちゃんにはないんです。これはおそらく先天性のもので、治す事はできますけど、少し時間が掛かりますね」

 湧き水だってどこにも流れる事ができなければどんどん溜まってしまうのと同じで、ななせの魔力も身体の中に溜まり続けている状態だった。

「これを放って置けば、ななせちゃんの体内に収まりきらなくなった魔力は、暴走して外に出ようとするでしょうね。もちろん、ななせちゃんの身体を引き裂いてでも」

「なるほど……そんなやっかいな身体の子を、わざわざ敵に潜入させようとはせぇへんって訳やな。もし地球に留められてたら、私らの手が届く前に自滅してる訳やから」

「ピンポーン、正解ですはやてちゃん。ダメ押しでもうひとつ言わせて貰うなら、さっきキャロが教えてくれた言葉の話が決定打でしたね」

「? なんやの、それ」

 シャマルは先程、ロッジへの帰り道でななせの隣に座っていたキャロから、ななせはミッドチルダ語が聞き取りも読み取りもできないという報告を得ていた。

 もちろん本人にも確認済みであるし、どうやらななせは本当に日本語にしか対応できないらしい。

「それならそれで、また疑問が増えるなぁ。ななせはどうやって日本語を覚えたのか、フェイトちゃんの場合はアリシアちゃんの記憶が下敷きになって、プレシアさんの事をお母さんやと認識しとったんやろ? じゃあ、なんでななせにはミッドチルダ語を読み聞きする能力がないんか」

「さっき言ったリンカーコアの件で、治すのも手間だし処分しようとしたとか。アリシアちゃんの人格のインストール前だったとか、想像はできますけど。真実は闇の中、ですね」

 そう言って、シャマルは肩をすくめた。その動きを見て、はやても『そやなぁ』と自然に入っていた身体の力を抜く。

「ひとまず、あの子はホンマの迷子やという結論にしとこか。んで、そのバイパスが作れんかったら、あの子は念話すらできへんのか?」

「んー、残念ながらできませんね。なので、ミッドに戻ったらななせちゃんを連れて、聖王教会の系列病院に行かせてもらいたいんですけど」

「かまへんよ、シグナムを一緒に連れて行ってもらった方がええやろ。シスターシャッハに繋いでもらえるように、後で言うとくわ」

「ありがとうございます、はやてちゃん」

 シャマルが言うと、はやてはパシャンとお湯で顔を洗った。頭の上に載せているタオルで、顔を拭って苦笑する。

「何より、普通に喋れる様になるまで時間かかりそうなんやろ。念話を使えたらその代わりにはなるやろうしな」

「そうですね。それになにより、魔力を体外に排出できなければ、待っているのは破滅ですから」

 六課の隊員皆の健康を守る医者の立場として、ななせの周囲にいる大人代表としても、ちゃんと前を向いて生きていける様にしてあげたいとシャマルは思う。

 寿命や身体の調整とリンカーコアのバイパスの再形成、あとちゃんと声が出せる様にする。やらなければならない事が、てんこ盛りだ。

「おーい、はやてー!!」

「そろそろ上がりましょう、主」

 シャマルとはやての内緒話の為に席を外してくれていたヴィータとシグナムが、カラカラと露天と屋内を繋ぐ引き戸を開けて、はやてとシャマルを呼んでいた。

「おっと、長湯が過ぎてしもたみたいやな。とりあえず、そういう事でよろしく頼むな、シャマル」

「承りました、はやてちゃん」



[30522] 第5話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/11 18:03
 んん? なんだか急に身体がぽかぽか暖かくなってきたぞ? それにちゃぷちゃぷ音がする。

 あれ、私どうしたんだっけ? 確か、シャマル先生に診察をしてもらおうとして、ベッドに寝かされたところまでは覚えてるんだけど。

 それはともかく、この感覚はヤバいかもしれない。これはちっちゃかった頃に、おねしょをした時の感覚にすごくよく似ている。もし私があのまま寝てしまって、おもらしをしてしまったとしたら……うわぁ、身体の年齢ではセーフだけど、精神年齢的にはアウトだわ。さっさと起きねば。

 意を決してクワッと目を開けると、目の前は一面肌色でした。なんだかもやもやと白い霞みたいなのが浮かんでは消え、浮かんでは消え。もしかして、これは湯気?

「あ、起きたかな?」

「おはよう、ななせ」

 名前を呼ばれて、寝起きの重たい頭を無理やり起こして、声のした方を向く。すると、そこには全裸のフェイトさんがお湯に浸かっていた。

 うわ、服を着てた時も思ったけど、胸の大きさが小ぶりなメロンみたいだった。しつこい様だけど、万年Bカップだった私には羨ましいやら縁がないやらで複雑な気分。

 将来もしかしたらフェイトさんみたいな胸に成長するかもしれないけど、今はつるーんでぺたーんだからね。

 っとと、思考が横道に逸れた。フェイトさんが全裸でお湯に浸かっているっていう事は、ここはお風呂? つまり、私も全裸になってるっていう事なのかと、自分の身体を見てみると、やっぱり幼女幼女した肢体があった。

 そして、さっき肌色一面だった方に視線を戻すと、そこには笑顔のなのはさんがいた。ああ、溺れない様に抱きかかえててくれたんだと、とりあえずひとまず納得する。

「ななせってば、シャマル先生の診察の後、ずっと寝っぱなしだったんだよ。お腹すいてない?」

 なのはさんにそう尋ねられて、そういえばお腹すいたなぁと自覚した瞬間、お腹からくぅ、と空腹を知らせる腹の虫が鳴き始める。

「結構長い時間入ってるしね、そろそろ上がろうか。ななせ、頭洗ってあげるから、一緒に行こ?」

「にゃはは、フェイトちゃんお願い。ちなみに、身体はなのはお姉ちゃんが洗ってあげたからね。心配しなくてもいいよ」

 心配って何の? と心の中でツッコミつつ、とりあえず洗ってもらったのだからお礼をしなければ、とぺこりと頭を下げる。

 まるで荷物の様になのはさんからフェイトさんに手渡された私は、そのままフェイトさんに抱きかかえられたまま、たくさんある洗い場の一つに腰掛ける。

 普通の銭湯かと思ったら、なんだか色んな種類のお風呂があるみたい。なるほど、これが噂のスーパー銭湯かな。実は行った事なかったんだよね、普通の銭湯には何度もお世話にはなったんだけど。

 木で作られた椅子に下ろされて、フェイトさんが優しくゆっくりお湯を頭にかけて、頭を洗ってくれる。

「はーい、目をぎゅってしてないと痛くなるからね」

 丸きり子供扱いだけど、久しぶりに他の人に甘やかしてもらえて、なんだかすごく嬉しくて。せっかくなので、頭を洗ってもらった後の脱衣所でも、なのはさんにバスタオルで身体を拭いてもらったり、アリサさんにドライヤーで髪を乾かしてもらったりして、気分はどこぞのお姫様だった。

 いやー、しかし生まれ変わってからって言うとなんだか語弊があるけど、それから知り合った人達って皆スタイルいいんだよね。もちろん、キャロちゃんとかリインちゃんとかは除外するけど。

 さっき胸元に抱かれてたなのはさんの胸も、非常に柔らかかったし。アリサさんやすずかさんも相当なものだ。あと、フェイトさんすら凌ぐ赤い髪の人も、どうやら部隊長さんの知り合いらしい。また後で、挨拶できる機会があればいいけど。

 服を着て涼しい夜風が気持ち良く身体を撫でていくのを感じながら、コテージへと帰る為に駐車場へと皆で向かう。両隣で私の手を握ってくれてるのは、キャロちゃんとエリオくんだ。嬉しそうな笑顔でエリオくんと一緒にお風呂に入った事を話してくれるキャロちゃんと、照れた様に顔を赤くするエリオくん。

 そういえば、さっき女湯でエリオくんが真っ赤になりながら視線を泳がせてるのを見かけたなぁ。エリオくんくらいの年頃の男の子だと、気恥ずかしいのかもしれないね。大人になれば、その時見た記憶はプライスレスなんだろうけど。

 すると、突然キャロちゃんの左手首に着けられていた腕輪がピカリと光った。続いて、前を歩いていたシャマル先生の指輪にも光が灯る。

「ケリュケイオンが……」

「クラールヴィントにも反応、リインちゃん!」

「エリアスキャン!」

 シャマル先生に呼びかけられたリインちゃんが声をあげた瞬間、彼女の下に丸い魔方陣みたいなものが現れた。えっ、なにこれ。

「ロストロギア、反応キャッチ!」

 目の前で起こっている事が理解できずに呆然としていると、突然美由希さんに抱きかかえられた。

「お仕事だね、ななせはこっちで預かって、ちゃんとコテージに連れて行くから」

「みんな頑張ってきて!」

「フェイト、エリオ、キャロ。気をつけてな」

 どうやらお留守番組である美由希さんとエイミィさん、アルフちゃんがそれぞれ応援の声を掛けた後、なのはさん達は車に乗ってどこかに行っちゃった。

「さてと、私達も移動しようか。戻ってきた皆に、暖かいお茶でも淹れてあげたいしね」

「うん、そうしよう。アリサちゃん達も、一緒に戻るでしょ?」

「はい、もちろんです!」

 私は美由希さんに抱きかかえられたまま、エイミィさんが運転する車の助手席に乗り込む。あれ、子供を抱いたまま車に乗るのって道路交通法違反なんだっけ?

 後部座席にアルフちゃん一人が乗り込み、ゆるゆると車が発進する。その後ろに、すずかさんが運転する車が続く。

「ななせは魔法、初めて見たんだっけ。びっくりした?」

 美由希さんからの突然に質問に、やっぱりさっきのリインちゃんの足元から出た光は、魔法だったのかと思わず納得する。でもびっくりはしたので、こくこく頷いた。

 そういえばあのキチガイおばさんの雷とか爆発も魔法だったのだとしたら、初めてっていうのは違うかも。まぁいいか、わざわざ訂正もできないし。

「私も初めて聞いた時はびっくりしたんだよね、魔法なんて御伽噺かアニメの中にしか存在しない架空のものだったから」

「んー、私はむしろこれだけ質量兵器が溢れてるこの世界の方がびっくりしたかなぁ。管理局からものすごく危険視されてるよ、この世界」

「そりゃエイミィは魔法世界出身だからね。魔法が当たり前にある環境と、まったくない環境じゃやっぱり印象違うもん」

「それはそうだろうけどねー。まぁ、魔法世界の住人全員が魔力を持ってるかと言えば、そうじゃないし……って、ななせちゃんにはこんな話はまだ早いか」

 苦笑しながら、エイミィさんは話を切り上げようとする。つまり、魔法と呼ばれる不思議な力は本当に存在していて、なのはさん達はその力を使って警察みたいに犯人を逮捕したりする役目のお仕事をしてるって事でいいのかな。

 魔法かぁ、子供の頃とかは憧れたよね。魔法を使って瞬間移動したり、物を動かしたり。私もできるのかなぁ、時間があったらなのはさんとかシャマル先生に聞いてみよう。

 そんな調子で美由希さん達の雑談を聞いていると、あっという間にコテージに到着。美由希さん達が私の為に残しておいてくれたご飯をあっため直してくれて、おいしく頂きました。ななせになってからというもの、ご飯を食べる量が減ったんだよね。単純に胃袋が小さくなったからだと思うんだけど。

 なので残しておいてくれた量の半分くらいで、もうお腹一杯。残りはアルフちゃんが全部食べてくれました。

 アリサさんに『ななせ、ちょっとこっちきなさいよ』と抱き寄せられてぬいぐるみみたいに抱きしめられたり、すずかさんに髪をツーテールに結われたり、そんな私を美由希さん達は微笑ましそうに見守ってたりしているうちに、お仕事に出てたなのはさん達一行が帰ってきた。

 エイミィさん達が用意していたお茶を飲んだ後、コテージや外のテーブルの掃除を済ませて。任務が終わったから帰ると言い出したなのはさん達に、アリサさん達は少し不満そうな表情をしていたけど。

「今度来た時は一晩くらい泊まっていきなさいよね」

「待ってるからね、それまで元気で」

 って笑顔でお見送りしてた。見送られるなのはさん達も笑顔でちゃんと二人の気持ちを受け止めて。

「うん、今度は休暇を合わせて、三人で来るよ」

 次に来る約束をちゃんと取り付けてた。あれ、私はどうすればいいんだろう。なのはさんとフェイトさんに引き渡されたっていう事は、私も噂の魔法世界へ連れて行ってもらえるんだろうか。

 そんな考えを読んだのかどうかはわからないけど、フェイトさんが私を抱き抱えてくれた。歩くくらいはできるんだけど、世界を超えるなら足手まといにならないように、ぎゅっとフェイトさんにしがみついておこう。

 さっきリインちゃんの足元に浮かんだ魔方陣の大きいのが私達全員の足元に現れて、光がだんだん強くなる。その光から少し離れたところで見送ってくれている美由希さん達に、小さく手を振った瞬間、私の視界は光に灼かれる様に真っ白に染まった。



[30522] 第6話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/14 01:17

 ぷかぷか、ぷかぷか。頭の中に強制的に流し込まれる知識を、とりあえず大事そうなところだけピックアップしながら、私はガラスを隔てた向こう側をぼんやり観察する。

 シャマル先生が忙しそうに、空中に現れたキーボードをせっせと叩いていて、助手の人達が5人くらい総出でそのサポートをしてる感じなのかなぁ。

 一方ガラスの内側の私は、特殊な水の中で全裸でぷかぷか浮かんでいるだけ。あ、でも暖かいからお湯なのかな。

 どこが特殊かと言うと、この液体は今の私みたいに筒の中で液体の中に沈んでいても、息が出来るというところ。いや、最初にこの筒の中に入れられて、足元からどんどん水位が上がっていく様子はとても怖かったけど。鼻の中に水が入ってツーンと痛かったり、耳の中に水が入ってきて耳が聞こえにくくなったりしたけども。

 でも、もう2日もこの中にいれば慣れたものですよ。あとこの液体にはもうひとつ優れものな機能があって、外で操作すればこの液体を通じて、強制的に中の人に好きなデータを学習させる事ができるという、日本で売ればサラリーマンが飛び付きそうなびっくり便利なものだったりします。

『ななせちゃん。これから3日間とっても暇だと思うから、魔法のお勉強しましょうね』

 初日にそう言われて、私はまるで脳に直接データが流し込まれる様に、魔法の基本的な事を強制的に覚えさせられた。

 そもそも何で私がなのはさん達と別行動を取っているかというと、転移させられた後でシャマル先生が『じゃあ、このまま病院に行ってきますねー』と私の手を取って、ごく自然になのはさんチームから離脱したからだ。

 部隊長さんは朗らかに笑って『気ぃつけてなー』と手を振ってくれたけど、他のみんなは突然の出来事に固まってたもん。きっとシャマルさんは凄腕の誘拐犯になれるに違いない。

 そしてこの病院(なのかな?)まで一緒に来てくれた人がもう一人、紫がかった赤い髪をポニーテールにしている、シグナムさん。

 もちろん別行動を始めて、彼女に名乗ってもらうまで名前も知らなかったけどね。コテージでも見掛けたけど、ちゃんとは話してなかったし。

 キリリとした格好いい容姿をしてるけど(もちろん、女性としても美人さんなんだけど)、意外に面倒見のいい人で、移動の際は率先して私を抱き上げてくれた。

 一応歩ける事は身振り手振りでアピールしたんだけど、シグナムさんは小さく微笑んで『まぁ、抱かれておけ。向こうについたら、お前には頑張ってもらわなきゃいけないのだから』なんて優しい言葉を掛けて貰ったり。百合の人なら惚れてしまうやろーって感じの中性さですよ。そういうケのない私でも、ちょっとドキドキしちゃったし。

 でもそんなシグナムさんに、シャマル先生がちょっとだけお説教みたいな事してて。

「シグナム、お前じゃなくてななせちゃん。ちゃんと名前で呼んであげなさい」

「……なんというか、テスタロッサと瓜二つだからな。違う名前で呼ぶのがしっくりこないというか」

「んもう、フェイトちゃんとななせちゃんは別人なんだから。せっかくだから、空き時間にたくさん呼びかけて、慣れちゃってください」

 シャマル先生がそう言うと、ちょっぴり情けない表情を浮かべたシグナムさんだったけど、生真面目に私の名前をたくさん呼びかけてくれた。その度にこくこく頷くのには疲れたけど、なんていうかキリリと隙がない美人なシグナムさんの可愛いところも見れたし。個人的にはとても楽しい時間だった。

 えっと、なんの話をしてたんだっけ? あ、そうそう。魔法ってすごいなって事ですよ。私達が地球から転移した場所は、なのはさん達がお勤めする『時空管理局』の本局だったんだけど、異空間に浮いてるんだって。シグナムさんとシャマル先生に通称『船着場』というところに案内してもらったんだけど、そこにはまるでSF映画に登場する様な宇宙船がいくつか停泊してて、まさしく船着場……もしくは港って言っても差し支えはないかもと思った。

 あんなのが水じゃなくて、空間移動するとか、もう映画の域を超えてるよね。あれを見てから、とりあえず常識外の出来事を見ても『魔法だから』って流して、脳の平和を優先しようと思ったんだよね。じゃないと、どれだけ驚いてもきっと驚き足りない世界だと思うから。

 本局からヘリコプターで近場の地上部隊まで送ってもらって(もちろん、前世も含めてヘリコプターに乗ったのは初めて)、そこで車を借りて2時間くらい走ったのかなぁ。だんだん自然が深くなっていったところに、目的地である病院があったんだけど。またこの病院が広いったらありゃしない。

 聖王教会という所謂宗教団体が経営している病院だという前情報を聞いていたから、非常に生臭い考え方で『宗教ってやっぱり儲かるんだなぁ』とか明後日な方向の感想を抱いちゃったりしたんだけど、それはともかく。

 ロビーで私達を待っててくれたのは、修道服姿の女性だった。明るい紫の髪をショートカットにしていて、この人も結構な美人さんだと思う。

「騎士シグナム、騎士シャマル、お待ちしていました。こちらが、お話にあった少女ですか?」

「ご無沙汰しております、シスターシャッハ」

「お世話になります、シスターシャッハ。ええ、今回保護しましたななせちゃんです」

 シスターさんが話を切り出すと、まずシグナムさんが一礼しながら応えて、最後にシャマル先生が私をシスターさんに紹介してくれた。

 後から聞いた話だと、シグナムさんはこのシスターさん――シャッハさんと仲が良いらしく、私達の護衛と彼女との間を取り持つ為に着いてきてくれたんだって。

 私の名前を聞くと、シャッハさんは屈んで私の目線に合わせてくれて、にっこり微笑んだ。

「はじめまして、シャッハと申します。よろしくお願いしますね」

「あ、ごめんなさい、シスターシャッハ。ななせちゃん、喋れないんです」

 自己紹介してくれたシャッハさんに、私がうまく言葉を返せないでいると、シャマル先生が慌てて補足してくれた。せっかく優しく話し掛けてくれたのに、申し訳ない気持ちになる。

「そうだったんですか……ごめんなさいね、私の配慮が足りなくて」

 そんな事はない、と私は思い切りブンブン首を横に振った。どうやら熱意は伝わったのか、私の頭を撫でながら微笑んでくれる。

 それからあれよあれよと言ううちに、この筒の様な装置がある部屋へと案内されて、あっという間に全裸にされた後に筒の中へ放り込まれた。そして現在に至っている。

 おかげさまで、魔法については結構理解できたんだけど、私がイメージしてた魔法とはちょっと違うものなんだよね。

 魔法って言われてすぐ頭に浮かぶのは、サリーちゃんとかアッコちゃんとかの願いを叶える系のものを思い出すけど、この世界の魔法は科学にとてもよく似たものだと思う。

 術式と呼ばれる設計図通りに構成を組んで魔力を流すと、その術式によって空を飛んだり魔法で攻撃したりできる。家電とかもそうじゃない? 設計図通りに商品を作って、コンセントから電気を流すと動く。ちょっと乱暴だけど、そういうイメージでいると魔法に馴染みやすいかもしれない。

 バリアジャケットと呼ばれる防護服とか、デバイスと呼ばれる補助装置についての話もあったけど、そこはとりあえず置いておくとして。ひとまずこれだけ理解しておけば、新しく魔法を習う時がきても対応できるんじゃないかなと自己満足。

『ななせちゃん、次はミッド語の読み書きいくからね。眠くなったら寝てもいいわよ、睡眠学習の要領で頭の中に知識はちゃんと入ってくれるから!』

 シャマル先生の寝不足からくるテンションハイな声が響いた後、英語によく似た言語が頭の中に怒涛の勢いで流れ込んできた。うぅ、知恵熱でそう……。





[30522] 第7話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/16 07:46
 あー、疲れた。身体はちょっとふやけただけだけど、脳みそと精神が疲れた。

 でも私の疲れなんて、目の前でクマを作って不気味に笑ってるシャマル先生に比べたら可愛いものだと思う。お疲れ様でした、ありがとうシャマル先生。

 シャマル先生には少し仮眠をとってもらっている間、私はお風呂に入らせてもらって、ちょっとだけベタベタする身体を一生懸命洗った。病院の看護士さんも一緒に入ってくれたおかげで、少し深めの浴槽でも溺れずに済んだのはとっても助かりました。

 でもお風呂上りにちょっとした問題が発生した。ほら、私ってシャマル先生に急に病院に連れてこられたじゃない? だから、着替えなんて持ってきてなくて。着てきた服は看護士さん達が気を回してくれて洗濯した後、一足先に機動六課のオフィスに送られてしまったそうな。

 別に病院服を貸してもらえたら、それでもいいという旨を紙を借りて書いたんだけど、それは規則上できないとの事。どうでもいいけど、早速強制的に頭に詰め込まれたミッドチルダ語が役に立った瞬間だった。ひらがなと漢字とカタカナに、新たな変換候補としてミッドチルダ語が自動的に浮かぶのは、なんだか変な感じ。

 最終的に看護士さんの一人が以前着用していた聖王教会の修道服(子供用)をお借りして、それを着て帰る事に。ただそれでも随分サイズが大きかったので、針と糸を借りてその場で不恰好にならない程度に裾やら袖やらをちょちょいと手直し。元一児の母を舐めないで欲しい。小学生の母親なんて、裁縫が出来れば出来るだけ色んな事が捗るんだから。
 もちろん、ちゃんと元に戻せるように許可を得て仮縫いさせてもらいました。借り物だし、何より思い出の品っぽいもの。そういうのは大事にしないと。

 そんなこんなで4時間くらい経った頃、シャマル先生が目を覚まして、ようやく帰る準備完了。病院に来て最初に会ったシスターシャッハが、機動六課まで送っていってくれるとの事だったので、遠慮なく好意に甘える事にした。

 車の後部座席に座ると、帰り道は私の身体の状態とこれからどう治療していくかという話を、シャマル先生に聞かせてもらう。

 どうやら私の身体には魔力を生み出す源であるリンカーコアという器官があるにはあるのだけど、そこから魔力を送り出す為の道がなかったらしい。なのでこの三日間の治療でその道を作ってくれたみたい。ただ作りたてで強度が非常に弱いので、ある程度安定するまでは服薬必須だそうで。もちろんその間は魔力を使う事も禁止なんだって。

 まぁ、心配しなくても魔法の概略は勉強したけど、詳細な魔法の使い方なんて知らないんだから、使いたくても使えないんだけどね。

 それと私が誰かのクローンだという事と、身体の調整をせずに放り出された為、寿命などがあのままだと非常に短い状態だったんだって。それも人並みに……もしかしたら他の人よりちょっとだけ短いかもしれないけれども、できるだけ長生きできるように調整してくれたんだって。

 そりゃあ一度死んでる身の上とはいえど、もう1回死ぬっていうのは非常に怖いなって思う。でも、第二の人生をこうやって歩ませてもらっている以上、これ以上を望んだらきっとバチが当たるんじゃないかな。

 一時期前世で話題になったクローン羊も、結構あっさりと死んでいた様な記憶がある。それを考えると、他の人と同じか少し短いくらいまで寿命を延ばしてくれるなら、御の字だもん。

 あと、この3日間ずっと入れられていたあの筒なんだけど、医療機関でも限られたところにしかないんだって。私に魔法やミッドチルダ語の知識を詰め込んだのも、通常の利用方法じゃないそうな。本当は切ったり貼ったりせずに身体の内部の治療をするためのものなんだって。私の場合は脳とかも調べる必要があったから、ついでに知識を流し込んでみましたみたいなノリだったとシャマル先生は苦笑してた。

 声が出るようになれば、流暢にミッドチルダ語も話せる様になったとはいえ、後からそういうリスクっぽい話を聞かされると、ゾゾッと背筋が寒くなる。シャマル先生としては大丈夫という確信があったからこそ行ったんだろうけど、脳みそが破裂とかしたらどうするつもりだったんだろう。いや、失敗すると破裂するのかどうかは知らないけど。

 でも安全性さえ確立できたら、この機械って世紀の大発明だよね。英会話とか覚えたい人にバカ売れしそうな気がする。まぁ、それはさておき。

「騎士シャマル、ななせ、お疲れ様でした。病院の看護士から、その修道服はプレゼントするとの伝言を預かってます。大事にしてあげてくださいね」

 車が機動六課の門まで到着し、どうぞお茶でもと言うシャマル先生の言葉をシャッハさんが固辞し、別れ際にそんな事を言われた。そう言えば、借りてた修道服を着てたんだよね。シャマル先生との話に集中してたから、すっかり忘れてた。

 キュキュキュ、と急いでメッセージをノートに書いて、その紙を慎重に破ってシャッハさんに手渡す。

「あの看護士に渡せばよろしいですか?」

 私の意図を汲んでくればシャッハさんがそう尋ねてくれたので、こくこくと頷く。快く引き受けてくれたシャッハさんは、必ず渡す事を約束してくれて、そのまま車に乗って走り去った。

 車が見えなくなるまで見送って、改めて機動六課の建物や周りの駐車スペースを見ると、ただただその広さに圧倒される。周り海だし、建物は高いし幅は広いし。正面から見てるだけでも、その広さの一部が垣間見える。

 私が義娘と二人で住んでた団地の棟、何個入るのかなぁなんてつまらない事を考えながら、シャマル先生に手を引かれて建物の中に入る。

 ここの責任者はあの八神はやて部隊長らしいので、帰ってきたらちゃんと報告に行かないといけないんだとか。あの若さでこれだけの場所の責任者になるだなんて、私にはどんな世界なのか想像もつかないけど。でも努力しないと、そうはなれないよね。きっと部隊長はデキる女なんだろう、なんて一人で納得する。

 すれ違う人達がシャマル先生に挨拶をして、その後必ず私を不思議そうな目で見るのがちょっと気になったけど、小さな子供が修道服なんて着てたらそりゃ思わず見ちゃうよね。

 シャマル先生が立ち止まったところを見ると、なんだかメカメカしい壁があった。でも、そこだけ色が違うっていう事は、これはもしかしてドアなのかなぁ。

 シャマル先生がボタンを押すと、ブーッという音がして、その後『どうぞー』と明るい声が返ってきた。間違いなく、あの時聞いた部隊長さんの声だと思う。

 スーッと壁が横にスライドして、シャマル先生は躊躇なく中に入っていく。省スペースな自動ドアって珍しいなぁなんて思いながら、私も手を引かれながら後に続いた。

「おー、おかえり……って、どないしたんや、ななせ」

「何故シスターの服を着てるです?」

 机に座って不思議そうな表情で尋ねてくる部隊長さんと、ふわふわと浮かんで私の周りをくるくる回る妖精さん。えっ、妖精? リカちゃん人形サイズでふわふわ飛ぶんだから、多分妖精なんだろうけど……さすが魔法世界、不思議生物もいるんだねぇ。

 でもこの妖精さん、あのリインちゃんにそっくりなんだよね。服はこれまですれ違ってきた人達と同じ茶色のスーツ姿なんだけど、特徴的な銀色の髪とか、青い瞳はリインちゃんそのものだ。

 私がまじまじと妖精さんを見ていると、部隊長さんが納得したようにパンと手を打って、くすくすと笑った。

「あはは。ななせが思ってるんで間違いないよ、この子は地球で一緒に行動してたリインなんよ。元々はこっちの大きさが本当やから、慣れたげてな」

「ああ、そういう事でしたか。リイン、大きいままの姿でいる事もできるんですが、燃費がものすごく悪いのですよ。驚かせちゃってごめんなさい」

 しょんぼり、と肩を落とす妖精さん改めリインちゃんに、私は気にしてないと言う気持ちを込めて首を横に振る。えへへ、とリインちゃんと笑い合うと、シャマル先生が声をあげた。

「はやてちゃん、ただいま戻りました。ななせちゃんの身体についてはあとで報告書をあげますけど、とりあえず調整等は全て終わってます」

「ふむ、ご苦労様やったな。まぁ、特に悪いところも見つからんかったって事でええんかな?」

「そうですね。リンカーコア関係の完治まで、あと2週間から1ヶ月程度。ただ声に至っては現状維持しかできない状況ですね」

 少し声を落としてシャマル先生が報告した。私に気を使ってくれてるんだろうけど、気にしなくていいのに。紙とペンさえあれば意思疎通もできるし、今は特に声がでない事で困る事もないもんね。多少不便には感じるけど、そこまで気にされるとこっちが恐縮しちゃう。

「そんで、何でななせは修道服なんて着てるん? それ、カリムのとこの人が着てる奴やろ?」

 服を持っていくのを忘れた上に、あちらの好意で着ていた服を先にこっちに返却された事をシャマル先生が話すと、部隊長さんが『そう言えばなのはちゃん達が、ななせの荷物持ったままやったなぁ。すまんかった』と謝ってくれた。実は今もパンツ穿いてないけど、素っ裸でここまで戻る事はなかったから、結果オーライなんじゃないだろうか。

 とりあえずパンツを穿きたい……もとい、着替えたいと部隊長さんとシャマル先生に訴えたけどうまく通じず。『せっかくコスプレしてるんやから、なのはちゃん達にも見せたったら?』という部隊長さんの提案により、このままの格好で六課の隊舎の中をリインちゃんに案内されるという羞恥プレイが実行される事に……うぅ、スースーする。




[30522] 閑話3――シャマルとはやての内緒話 その2
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/25 19:39
「いいんですか? リインちゃんにも仕事があったんじゃ……」

「ええんよ、こないだのホテルアグスタの事件で、リインには現場管制頑張ってもろたし。ちょっと休憩さしたらな」

 ななせがリインと共に部隊長室を後にし、部屋の中にはシャマルと部隊長である八神はやての二人だけが残っていた。

「しかしアレやね、この間の露天も含めて、シャマルとはこうやって内緒話ばっかりしてるなぁ。負担掛けてごめんな」

「な、何言ってるんですか、はやてちゃん! 私こそ、ホテルでの警護任務に参加できなくて申し訳なく思ってます」

 シャマルが勢いよく頭を下げると、今度ははやてが慌てた。手を横にひらひら振りながら、頭を上げる様に言う。

「シャマル、それはちゃうよ。ななせ連れて病院行きを許可したんは、私や。もうその時には本局捜査部からの指令メールは来とったんやから。シャマルには何の責任もない」

 頭を下げあう主従は、やがて顔を見合わせるとクスリと笑った。ひとしきり落ち着くための間を作った後、はやてから本題を切り出す。

「それで、最終判断としてはどうやったん? ななせの身体、外も中も隅々まで調べたんやろ?」

「はい、今度こそ間違いなくななせちゃんはシロだと断言できます。どれだけ表皮に傷を残さずに脳をいじっても、その形跡は脳の内部に必ず残りますから。どこかの組織から送り込まれた刺客という事は確実にないでしょう」

「それはなによりやね。それで、前に言うてた寿命とかも調整できたん?」

「そうですね、普通に生まれた人と比べても数年寿命が短い程度になる様に最適化しました。これくらいなら、誤差みたいなものだと思いますし」

 先程報告を受けていたリンカーコアの回復も含めて、順調な経過だと思われる。そう判断したはやては、安堵した様にはぁ、と深いため息をついた。

「それでですね、あの子の今後の事なんですけど……」

「それなんやけどな、難航中やなぁ。引き取り手は桃子さんとリンディさんが立候補してくれてるんやけど。なにせあの子はアークメイジとも呼ばれる大魔導師、プレシア・テスタロッサ謹製のクローンであり、時間跳躍をした可能性がある子やから」

「狙われる理由としては、充分あるという事ですね」

「そういう事やね。そう考えるとリンディさんのところは一見安心やけど、地球で魔法使われて拉致られたら、対応できへんやろ? リンディさんも本局勤めやから、常にあの子の傍にいる事はできへんし。エイミィさんとアルフは子育てに必死やろうし」

「桃子さん達には魔法に抵抗する力がない、というよりもあの世界自体がという方が正しいですけど」

 噂によると美由希さんや士郎さんは腕に覚えがある様なのだが、魔導師相手にはやはり分が悪いと考えるべきだろう。義務教育で学校などに入れば、周囲の生徒なども巻き込む事になりかねない。

 それに何より、ななせは声を出す事ができない。未来永劫そのままであるという可能性も考えられる為、コミュニケーションが健常者と取りにくいという事や、襲われた時に声を出して助けを呼べない事も理由としてあるのだろう。

 ミッドチルダであれば、念話を使ったり特殊なデバイスでこれらのマイナスファクターを排除できるが、魔法文化がない地球では難しいだろう。

 はやては幼い頃に足が動かないというハンデを抱えていた事があったので、身体的な不自由が理由でななせが馴染めなかったり、危険に晒されるのではと懸念を示したのではないかと、シャマルは推測した。

「そういう訳で、ななせはしばらく六課で預かる事になりました。一応私が保護責任者、まぁ名前だけになるかもやけど」

「えっ、どうしてはやてちゃんが?」

「なのはちゃんとフェイトちゃんが、どっちが保護者になるかってちょっとだけモメてな。二人とも忙しいんやから、子供の面倒なんか見られへんやろって止めに入ったら、じゃあ間を取って私がなる事になってん。まぁうちは家族も多いし、私が面倒見れんでもザフィーラがお守りしてくれるって言うてくれたから、引き受けたんよ」

「じゃあ、はやてちゃんのお部屋に住むんですか?」

 シャマルが聞くと、はやてはふるふると首を振った。そして苦笑しながら、質問に答えてくれた。

「うちらの部屋やったら、緊急連絡も入ったりするから、ななせもゆっくり寝られへんやろ。そしたらな、なんとキャロが同室になってもええって立候補してくれたんよ」

 なるほど、確かに地球で合流してから、キャロはなにかとななせの世話を焼きたがったりしていた事を、シャマルは思い返した。ただ、問題がひとつある。

「キャロのお部屋って、確かひとり部屋でしたよね。二人で住むには、ちょっと狭くありません? 一般職員の個室ですし」

「ななせの荷物も着替えくらいやし、なによりななせのサイズもちっちゃいから大丈夫やろうとの事や。キャロが一緒に寝るの楽しみにしとったよ、すっかりお姉さん気分やったわ」

「本人がいいなら、私達がとやかく言う事ではないですね。キャロもこの部隊ではエリオと並んで最年少ですし、妹分が身近にできて嬉しいんでしょうね」

 話が新人達に移ったところで、シャマルはクラールヴィントに送られていたデータの事を思い出した。それにはホテル・アグスタの護衛任務の際に起こったいくつかのトピックスについて書かれていたが、シャマルが一番気に掛けていたのは、ティアナが起こした誤射未遂だった。

「そういえば、アグスタでのティアナの誤射の件なんですけど、あれから何か変わった事はありました?」

「うーん、そうは言うてもまだ2日やからね。一応その当日になのはちゃんに叱ってはもろたんやけど、現場でヴィータにきつく怒鳴られたらしくてな。これ以上言うのは逆効果やと思ったらしくて、無茶はしない約束だけはちゃんとしたって言うてたよ」

 それを聞いて、シャマルは自分がカウンセリングを行うべきかと考えた。けれども、相手はあのプライドの塊の様なティアナだ。パートナーであるスバルを自らの弾丸で打ち落としかけたばかりの今、他人が話をしたところで自分の心の内を吐露するだろうか。いいや、しないだろうとシャマルは結論付けた。

「今のところ、なのはちゃんに任せるしかないですね」

「私はそんなに心配してないよ。戦技教導隊で経験積んで、人に教えるスキルを積み重ねてきたなのはちゃんや。個人的な挫折かて経験してるし、人間的にも成長してる。ちゃんとティアナも他の3人も成長させてくれるって信じてる」

 はやてにそう言われて、シャマルは『そうですね』と頷き返した。もちろんそうなのだ、自分の主と同じ様になのはも成長しているし、その仕事ぶりや周囲の評価も非常に高評価を得ている。はやての言葉を否定する材料など、どこにもない。

 シャマルは心配事を解決できた軽やかな気持ちで、続けて前回の任務で現れた召喚師の情報をはやてと共有した後、部隊長室を後にしたのだった。




[30522] 第8話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/22 06:40
「ふう、こんなところでしょうか。結構広いので一度では覚えきれないかもしれませんが、そんな時は近くにいる人に聞けばいいですよー」

 私の肩に腰掛けながらそう言うリインちゃんに、お礼の意味もこめてこくこくと頷く。

 確かにこの建物の中は広いけれど、警察の部隊みたいなところなので、立ち入り禁止の区画の説明の方が多かった。とりあえず食堂や大浴場の場所さえわかれば、生活に差し障りはないと思うので、そこだけしっかり覚えようと思う。

「ななせからは、何か質問ないですか?」

 小首を傾げるリインちゃんに尋ねられて、少し考える。今しなきゃいけないのは、なのはさん達に挨拶する事だと思うんだけど、案内してもらってる間には一度もすれ違わなかった。

 これからも用事がある時になのはさん達を探さなければいけない場合もあるだろうし、居場所を聞いておくのもいいかもしれない。

 なので私は、さっきはやてさん(部隊長は堅苦しいからやめてと言われた)からもらったスケッチブックに、サインペンで文字を書いた。もちろん、覚えたてのミッドチルダ文字で。

 やっぱり頭で理解するのと、使い慣れるって言うのは違うと思うんだよね。なので、スラスラ書ける様に普段からミッドチルダ文字を使うようにした。
 
『なのはさん達は普段どこにいるんですか?』という意味の言葉をササッと書くと、リインちゃんににっこりと笑った。

「そうですね、なのはさん達の練習場も案内しておいた方がいいかもですねー。じゃあシャーリーのところに行ってから、案内するです」

 突然出てきた新しい名前に、今度は私が小首を傾げた。そんな私の反応に、リインちゃんがくすくすと笑う。

「シャーリーは、この六課の通信主任兼デバイスマイスターなんですよ。デバイスがどういうものかは、知ってるです?」

 舐めてもらっては困る、強制的に詰め込まれた魔法の概論にちゃんと触れられてた。なので知ってるという意思表示で、またもこくこく頷く。

 デバイスとは、解りやすく言うと魔法を使うための補助をする為のもの……だと思う。演算をデバイスに任せたり、術式を覚えさせる事によって、一人では行使できなかったり時間がかかる魔法を短時間で発動したりできる。

 わかりやすい例を出すと、アッコちゃんの魔法のコンパクトとか。義娘が大好きだったプリキュアの変身アイテムとかも、広義で言えばデバイスなのかも。

「まぁ、私自身もデバイスの一種なので、シャーリーにはたまにお世話になったりもします。デバイスマイスターは、デバイスの点検や改修などが主なお仕事なんですよ」

 歩きながら補足の説明を聞く。あれ、確かデバイスにはインテリジェントデバイスと、ストレージデバイスの二種類があるって聞いたんだけど。

 私の不思議そうな視線に気付いたのか、リインちゃんは得心した様に頷いた。

「私は特殊なデバイスで、ユニゾンデバイスってカテゴリに入ります。マスターとシンクロする事によって、パワーアップさせる事ができるですよ」

 むん、と力こぶを作りながら言うリインちゃん。うん、かわいい。リカちゃん人形サイズだから、余計に妖精とかそういうファンタジー世界の生き物に思えてくる。

 そんなリインちゃんと雑談しながら歩いていると、さっき入った部隊長室みたいな扉がまた一つ。慣れた様子でリインちゃんがノックすると、中から『はーい』と女性の声が聞こえてきた。

 スーッと地面とこすれる音もなくドアがスライドすると、中にはメカメカしい設備がたくさん。そんな中、リインちゃんも着ている茶色の制服を身に纏った女の子が、こちらを見てニコっと笑った。茶色がかった髪を長く伸ばして、メガネをかけてる女の子。歳はなのはさん達とそう変わらないのかなぁ。でも、年上という事はなさそう。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか息が掛かるくらい近くに、シャーリーさん?の顔があった。屈んでじっと私の目を見つめてくる。

「うわぁ、かーわーいーいーっ!!」

 見つめあったのは数瞬の間だけで、いつの間にか私はシャーリーさんに抱き上げられて、ほっぺにすりすりと頬ずりを受けていた。ちょっ、痛……くはないけど、恥ずかしいよ!

「連れて帰ってウチの子にします、誰に言えばいいですかっ!? フェイトさんっ、それともなのはさんっ!?」

「シャーリー、落ち着くですよ。ななせがびっくりしてるです」

 いやいや、びっくりとかいうレベルじゃないですから。というか、シャーリーさんの腕に押し上げられて、スカートの裾がずり上がってくる。ちょ、私今パンツはいてないんですってば!

「あ、シャーリー。ななせは今パンツを穿いてませんので、それ以上スカートがめくれるとお尻が丸見えになるです。気をつけてあげてください」

 リインちゃん、ナイスタイミングだけどそんな普通のトーンで言わないでほしい。シャーリーさんも『あらあら』みたいな感じで、特に抵抗もなく私のスカートの裾を元に戻した。

 なんだろう、この世界にはパンツを穿かない宗教とか民族がいるんだろうか。なら、このスルーっぷりにも納得がいくんだけど。

「えっと、シャリオ・フィニーノです。皆はシャーリーって呼ぶから、ななせちゃんもそう呼んでね……ななせちゃんで、いいんだよね?」

 どうやら事前に私の事は聞かされてたみたいで、さっきからリインちゃんが私の名前を普通に呼んでるんだけど、それでも一応確認のためにそう問いかけてくれた。

 頷く私を部屋の脇においていた丸椅子を持ってきて、そこに座らせてくれる。かと思ったら、私の頬に手を置いて、なんだか遠い目で私の顔を覗き込んでいた。

「はぁっ……フェイトさん、昔からこんなに可愛かったんですね。そりゃあ、あれだけの美人さんになりますよね……世の中って不公平」

「シャーリーだって可愛いじゃないですか」

「リイン曹長、違うんですよ! 大人になってからの可愛いと美人の間には、決して分かり合えない深くて広い溝があるんです!! まぁ、目の保養にはなりますけどね」

 確かにシャーリーさんは可愛い顔立ちの人だと思うけど、そこは否定しないんだなぁと、少しだけ同性ながらその図太さに感心した。まぁ、それはいいとして。

「ななせをここに連れてきたのは、預かっているデバイスの改造をこのシャーリーがしてくれてるので、紹介しておきたかったのですよ」

 預けていたデバイス? 思い当たるフシを記憶の中で大捜索して、検索結果が1件引っかかる。もしかして、あの猫にもらった金属片?

「まだ完成してないんですけど、シャマル先生からさっき連絡があって、あと2週間後くらいには渡せる様にって。本当ならななせちゃんくらいの歳の子に、インテリジェントデバイスなんて渡さない方がいいんだけど」

 まぁ、リミッターも設定するし、思考トレースでマスター登録や魔法行使できるプログラムも出来てるし、なんてシャーリーさんは説明してくれるけど、私にはあんまり理解できず。

 でも、きっと暮らし易くする為にしてくれてるんだろうなぁと思うと、本当にはやてさんを始めとしたこの場所の皆さんには感謝しきれない。ちゃんと使いこなして、一人でも暮らしていける様になる事が最大の恩返しだと思う。

「せっかくフェイトさんのバルディッシュとおそろいの見た目なんだから、それは崩さずにひとまわり小さくして、ペンタンドトップにしようかと思ってるの。見てみる? まだ作業中だけど」

 そう言うとシャーリーさんは再び私を抱き上げて、部屋の壁際にある水槽の様なものの前に立った。ポコポコと泡が浮かんでは消えを繰り返している水の中を見ると、予想通りあの時にもらった金属片が沈んでいた。確かにこうやって見ると、少しだけ小さくなった様な……気のせいかもしれないけど。

「この子の名前はね、フランキスカって言うの。いやぁ作った人は天才だよね、発想がとんでもないっていうか。ただ部品の中には古いものが使われてて、今だとその倍くらいの効率を小さな部品で出す事もできるから。私がやってるのは部品の入れ替えと調整だけかな。これ、普通に買おうとしたらとんでもない値段になるよー」

『だから、という訳でもないけど、大切にしてあげてね』と最後に付け足されたシャーリーさんの言葉に、私は強く頷いた。どういう因果か前世の記憶を持ったまま、フェイトさんのそっくりさんのクローンに入り込んじゃった私だけど、桃子さんを始めとして優しい人にはたくさん出会って助けてもらった。

 でも、この子は私を助けるだけじゃなく、一緒になって歩いてくれる為に生まれてきてくれるパートナーなんだ。この世界で初めて出会う、対等の存在って言ってもいいかも。

 私も頑張って魔法を覚えるから、早く生まれてきてねって心の中で念じる。すると、聞こえる訳ないのに、なんだかフランキスカの表面がキラリと光った気がした。

 うーん、多分目の錯覚だよね。でも、もしも私の心の声に応えてくれたのなら嬉しいなって思った。




[30522] 第9話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:658aa880
Date: 2011/12/25 19:42
 シャーリーさんを加えて、今度はなのはさんやスバルさん達が訓練をする訓練場へと足を運ぶ。私の歩調に合わせて歩いてくれるシャーリーさんと、相変わらず私の肩にちょこんと腰掛けているリインちゃんが雑談しているのを聞き流しながら、私は自分の未来の事をなんとなく考えていた。

 今はこうしてはやてさんの部隊で預かってもらってて、食事とかも食べさせてもらえるみたいだからいいけど、いつまでもここにいられる訳じゃないと思うんだよね。

 魔法世界の簡単な概論を理解した今だからわかるけど、私が高町さんちで暮らすのって結構難しい話なんじゃないかな。まず一つ目のマイナスファクターとして、私が喋れない事。

 この世界ならさっきシャーリーさんが説明してくれたみたいに、フランキスカみたいな補助デバイスを使って、とりあえず人並みに生活する事ができるみたい。でも日本には、手話か筆談くらいしか喋れない人が意思疎通をする方法がない。もちろん勉強すればいいんだろうけど、手話を勉強して実用レベルまでにもっていくのに、結構な時間がかかると思う。

 もちろん手話にも問題点があって、手話を理解できる人が非常に少ないという事。もちろん、前世の私だって手話に関わらない生活をしていたので、まったく理解できなかった。

 そして二つ目が、身体年齢がまだ幼い事。向こうの世界だと幼稚園や保育園に入れられて、さらにこれから長い年月をかけて義務教育を施される歳だもん。向こうの世界でハンデを背負った私が、おんぶに抱っこで桃子さん達の好意に甘えたまま長い年月を過ごす事を想像すると、居た堪れなくなってくる。

 それに比べるとミッドチルダでは就職年齢が低いらしく、12歳くらいで管理局に入って仕事をする子供も珍しくはないみたい。例え言葉が喋れなくても、念話っていうテレパシーみたいな魔法を使えばコミュニケーションはとれるみたいだし、自立を考えるならこっちでどうにか生活をする方法を考えた方がいいのかもしれない。

 魔力の源であるリンカーコアから魔力を外に出すバイパスが安定利用できるようになるまで、あと二週間。そこから誰かに魔法を教えてもらって、なんとか働き口を見つけるのが、今考えられる一番の方法かな。もちろん桃子さん達へ恩返しの代わりに、少しずつお金を仕送りしたりするつもり。それが恩返しになるかどうかは私自身も微妙だと思ってるけど、まぁけじめというかなんというか。

 そんな風に考えを巡らせていると、いつの間にやら外を歩いていて、海に面した堤防の様なところに出た。陸から歩いて少し沖の方まで出られる様になっていて、その道の先にはぼんやりとボロボロの街の景色が浮かび上がっていた。なにこれ、蜃気楼?

「これはね、最新の魔法技術を結集させた、なのはさん完全監修の訓練施設なの。陸戦場のセッティングをすると、ホログラムなのに触れたり壊したりできる実物そっくりな街や森林が現れるという訳ね」

「うーんと、今はちょうど個別練習の最中みたいです。ちょっと念話でなのはさんに相談してみますね」

 シャーリーさんが説明してくれた後、リインちゃんがそう言って目を閉じた。念話というのは魔法の中では初歩の初歩で、魔力の消費も少ないものらしい。なので地球でリインちゃんが魔法を使った時みたいに、足元に魔方陣は出てこなかった。

 ちなみに魔方陣の形はその人の魔法大系の種類を現していて、丸ならミッドチルダ式の魔法、三角ならベルカ式の魔法になるそうな。って偉そうに言ってるけど、私もたった今シャーリーさんにこっそり教えてもらったんだけどね。簡単に言うと、中華料理かフランス料理の違いみたいなものらしい。

「今から休憩なので、あちらに来て欲しいそうです。なので、早速行くですよー」

 元気良くリインちゃんが指差したのは、さっきからぼんやり見えてる廃ビルの街。だ、大丈夫なのかなぁとちょっと不安になりながらも、シャーリーさんに手を引かれて階段を下りる。

 六角形の大きな足場が連なっているところを歩いていくと、いつの間にか周りが海じゃなくてビルが立ち並ぶ風景に変わってた。この技術で遊園地のアトラクションを作れば、さぞ儲かるんじゃないかな。ディズニーランドとかにあれば、並ぶ列が4時間待ちレベルの長いものになりそう。

 しばらく歩くと、ようやくなのはさんの姿が見えてくる。その傍に立っているのは、コテージでちらっと見かけた赤い髪の女の子。でも元気に立っているのはこの二人だけで、キャロちゃんやエリオくん達4人は、ぐったりと疲れ果てた様子で地面に座り込んでいた。

「おかえり、ななせ。あれ? どうしたの、その格好?」

 白に青いアクセントがついている制服を纏ったなのはさんは、私を見て少し驚いた様子でそう質問してきた。隣にいた赤い子が、少し不機嫌そうに口を開く。

「それ、確か聖王教会の修道服だろ? 聖王教会に世話になる事にしたのか?」

 なんだろう、睨まれているのとは少し違うんだろうけど、鋭い目付きで私を見ながらそう尋ねてきた。とりあえず、私は首をぶんぶん横に振る。

「病院の方々が気を利かせて、ななせの服を洗ってこちらに送ってくれたそうで、ななせが着れる服が無くなってしまったらしいです。見かねたあちらの看護師の方が以前着ていた子供用の修道服を、プレゼントしてくださったそうですよ」

 リインちゃんが代わりに説明してくれるのを聞きながら、なのはさんが私のところまで歩いてきて、ひょいっと私を抱き上げた。

「あー、そっか。私がななせの鞄を持ったままだったもんね。ごめんね、ななせ」

 はやてさんにも謝られたけど、これは誰のせいでもないと思うので、なのはさんの謝罪にも首を横に振る。そしたらなのはさんは、「ななせは優しいねー」と私をぎゅーっと抱きしめてくれた。

 なのはさんのハグから解放されて、へたり込んでいるキャロちゃん達に目を向けると、ぜーはーと荒く息を吸ったり吐いたりしてて、皆平等に疲労感に満ちていた。

 そんな中、目があったキャロちゃんが力なく笑って、ヒラヒラと手を振ってくれた。私も同じ様に振り返す。まだ10歳なのに、こんなにボロボロになりながら訓練を受けているエリオくんとキャロちゃんを見ると、本当にすごいなって頭が下がる想いでいっぱいになる。

 もし私がこっちの世界で仕事をするとしたら、これくらい辛そうな訓練を必死に耐えないといけないのかと思うと、ちょっと血の気がサーっと引いてくる。いや、やらなきゃいけないなら頑張るけどね。前世でだって、両親の死後に引き取られた親戚の嫌がらせとかを耐えて、勉強とかで見返した私だもの。根性だけは自他共に折り紙つきなのですよ。

 そんな事を考えていると、いつの間にかなのはさんに地面に下ろされてて、真正面からエリオくんがよたよたとおぼつかない足取りで近付いてくる。進路上には私となのはさんと赤い子しかいないので、多分誰かに用事なんだろうけど……あれ、目が合ったらにっこり笑顔。私に用なのかな?

 疲れているのに私のところまで来てもらうのも申し訳ないので、私からエリオくんの方に近付く。フラフラしてるから、とりあえず背が足りないけど、エリオくんの手を取って肩に回してみた。うぅ、重たい……。

「ななせ、お帰り。その服、似合って……うわっ!!」

 エリオくんが言い終わる前に、膝がかくんと曲がってエリオくんの身体が私にのしかかってくる。前世の身体なら10歳児くらいなんとでも支えられるのに、今の私にはまるで太刀打ちできずに二人で折り重なる様に地面にベターンと倒れてしまった。

 いたたた、右肩を思いっきり打った。でも、頭はとっさにエリオくんが抱え込んで守ってくれたみたいで、全然痛くなかった……んだけど、その瞬間私の股間に何かがぐにっと押し付けられる感触が。

 背筋がぞわぞわってなって、慌ててエリオくんから飛びのいた。声が出てたら絶対『ひゃんっ!』とか『ひゃあっ!!』とか悲鳴あげてたかも。だって、多分あれエリオくんの指だよね? 指が股間の溝のところをスーって、なぞられたっていうか。

「ち、ちがっ! わざとじゃないから!!」

 私がくっついてた身体を弾かれる様に起こした後、エリオくんも自分がどこを触ったのかがおぼろげに解ったようで、顔を真っ赤にして私に弁解してた。うん、わざとじゃないのはわかってるし、責めるつもりもないけど。でも顔がすごく赤くなってるのが見なくても解るし、目尻に勝手に涙が溢れてきちゃう。

「大丈夫っ、エリオ、ななせ! ってあれ……なんでななせ泣いてるの?」

「エリオ、わざとじゃないって何が?」

 私の方になのはさんが近付いてきて、私が涙を浮かべてるのを見て不思議そうな顔をしてる。そしてエリオくんの方には、クタクタモードから立ち直ったスバルさんが話し掛けてた。

 なんでもないって首をぶんぶん横に振って、目尻の涙を袖で拭う。なのはさんは訝しげな顔をしてたけど、私の頭を軽く撫でて、エリオくんの方へと歩いていった。

 まったく情けない、精神年齢はいい歳してるのに、こんな事故でパニックになるなんて。なのはさんに何があったのかを詰問されているエリオくんに、『言わなくていいよ』ってアイコンタクトをして、慌ててなのはさんの足元に近付く。そしてスカートの裾をくいくいっと引っ張ると、スケッチブックに『ごめんなさい、びっくりしただけです』とミッドチルダ語で書いて差し出した。

「ななせちゃん、顔真っ赤だよ? お熱ある?」

 心配したキャロちゃんも私の傍に来て、手をぺたんと私のおでこに当ててくれた。冷たくて気持ちいい、恥ずかしさで血が上っていた顔が冷やされるのと同時に、ドックンドックン暴れてた心臓も次第に落ち着いてくる。

 結局エリオくんが誤魔化してくれて、うやむやな感じで煙に巻く事に成功。騒いで皆に迷惑掛けた事を謝って、リインちゃんとシャーリーさんに帰りも付き添ってもらって、私の宿泊場所になったキャロちゃんの部屋まで送ってもらった。さっきキャロちゃんから教えてもらったんだ、わざわざ同室に立候補してくれたんだって。

 部屋に入ってした事は、何よりも先にパンツを穿く事。もう二度とこんな失敗はしない様にしようと、私は今日心に誓いました。





[30522] 第10話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:658aa880
Date: 2011/12/30 19:09

 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。

 前世でも聞きなれた電子音に、夢の中の世界からぐいっと引っ張られるみたいに目が覚める。パチリと目を開けると、ピンク色が飛び込んできた。

 今日でキャロちゃんのお部屋にお世話になり始めて3日目、毎日色んな色が目の前に目一杯広がってる状態で目が覚めるんだよね。何故かというと、目の前に必ずキャロちゃんのネグリジェがあるからなんだけど。今日はピンクだけど、昨日は白だったし、その前は黄色だった。

 まだ3回目だけど、目が覚める時はキャロちゃんに抱きしめられてる毎日です。寝る時は特に抱っこされる事もなく、隣同士で寝てるだけなんだけどね。近くにいる人に抱きつくのが、キャロちゃんの寝相なのかもしれない。

「クキュル?」

 頭の上の方から、可愛い声が聞こえてくる。キャロちゃんの胸に視界が塞がれていて姿は見えないけど、声の主は知ってるよ。だって、この子もルームメイトだもん。キャロちゃんの家族であるところの、飛竜のフリードリヒ。まだ子供の竜なので、ぬいぐるみみたいな大きさなの。

 今でこそ友好的な態度でいてくれるけど、初日は超攻撃的だった。口から火が出てきた時は、丸焼きになるのをちょっと覚悟した。その火を私目掛けて吐き出す前に、キャロちゃんがフリードを叱り飛ばしてくれたので、九死に一生を得たけど。

 キャロちゃんに叱られたフリードと新入りの私がちゃんと先住のフリードに礼を尽くして、現在の穏やかな関係に落ち着いた。キャロちゃんの解説によると、フリードにとっては母親代わりのキャロちゃんを、私に取られると思ったんだって。今じゃフリードの方が私を妹みたいに思ってるみたいで、結構気に掛けてくれてるみたい。

 もぞもぞ私が動いたから、枕元に用意された寝床から挨拶してくれたんだと思う。とりあえず喋れない私としては、手をひらひら振って返事の代わりにフリードに合図する。

 それにしても、誰かに抱っこされて寝るなんて生活、本当に前世の子供の頃以来かな。義娘の小さな時は、私が今のキャロちゃんのポジションで義娘を抱っこしながら寝た事はたくさんあったんだけど。

 なんだか懐かしいやら新鮮やらな複雑な気持ちで、私はもぞもぞとキャロちゃんの腕から抜け出して身体を起こした。ふぁぁ、あんまり深く眠れなかったから、欠伸が出ちゃう。

 目覚ましを止めて、もそもそと着替えをしながら考え事を続ける。

(やっぱり、なのはさんに相談するべきだよね)

 一昨日の夕方にあった出来事をなのはさんに相談すべきかずっと悩んでいたけど、やっと結論が出たのは今日の未明。やっぱり相談する事にした。

 その日は朝からものすごく大きい犬をはやてさんから紹介された。ザフィーラという名前なんだけど、しばらく私のボディガード兼お守り役として一緒にいてくれるとの事。驚いた事に彼は喋れる犬らしく、低い良い声で話すんだよね。話す犬がいるってすごいなぁ、さすが魔法世界。

 でも非常に彼は甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれて、その中でも一番嬉しかったのは背中に載せてくれた事だった。気分はもうもののけ姫ですよ、あっちは狼でこっちは犬だけど。なんて事を考えてたら、ザフィーラから『俺は狼だ』と突然ツッコミが。思わず心の声がどういう方法かはわからないけど漏れたのかなと思ったんだけど、ザフィーラ曰く『犬と間違われた時と同じ気配をお前から感じた』という事らしい。そんなに間違われてるのかと思うと、ちょっと可哀想になるよね。

 それはともかく、のんびり隊舎の周りをザフィーラに載って散歩したり、芝生の上で二人でお昼寝したりしてると、いつの間にやらもう日が暮れてて。慌てて隊舎の中に戻ったんだけど、結構長い間お昼寝してたから、すごく喉が渇いてたんだよね。

 寝起きで頭もぼんやりしてたしちょっと目を覚ましてから行こうと、自販機でジュースを買ってすぐそばに備え付けられているソファーに腰掛けた。もちろんザフィーラは床に座って待ってくれてる。どうやら彼は魔法も使えるらしく念話もできるから、私の場所をはやてさんやなのはさんにちゃんと報告してくれてるんだって。だから『ゆっくり飲んでも大丈夫だ』って声を掛けてくれた。

 こくこくジュースを飲んで、ようやく頭も通常通り回り始めた頃、ソファーの前に立ち止まった人が一人。土でドロドロになった作業服みたいなズボンと、同じくドロドロの白いTシャツを着たティアナさんが、フラフラとした足取りでゆっくりと私達の側を通り過ぎようとしていた。

 その時のティアナさんの目を見て、思わず私は彼女のズボンの裾を掴んでしまった。突然のその行動に、ティアナさんとザフィーラはおろか、私自身もびっくりした。

「……なによ、チビっ子。なにか用?」

 ティアナさんの静かな問いかけに、私は傍らのスケッチブックを手に取って『ちょっとお話しませんか?』と書いて、ティアナさんに見せた。

「なんで私が、アンタと仲良くお話なんかしなきゃいけないのよ。疲れてるから、また今度にして」

 そう告げてサッサとその場から去ろうとするティアナさんのズボンを、再びグッと掴む。なんというか、このままティアナさんを行かせてしまうと、とんでもない事になりそうな予感がしたから。

「……離しなさいよ」

 苛立ちを隠さない口調で、強めにティアナさんは言った。キツい視線に思わず手の力が緩みそうになるけど、負けじとティアナさんの瞳を見つめ返して、まるでにらみ合いの様な状況になった。

「二人とも落ち着け。ランスター、子供に本気で苛立つのは大人げないだろう」

 見かねたザフィーラが間に入ってくれて、取り成す様にティアナさんに言った。突然喋りだしたザフィーラに、ティアナさんが少し吊り目気味な目を見開いて、信じられない物を見たといった様子でザフィーラを見ていた。

 もしかしたら、ティアナさんはザフィーラが喋る事を知らなかったんだろうか。だとすると、喋る狼って魔法世界でも珍しいっていう事なのかなぁ。

 じっとティアナさんを見つめる事しばし、諦めたように深いため息をついたティアナさんは、ドッカリとソファーに座り込んで『ちょっとだけよ』と私に譲歩してくれた。

 あの時は衝動的に呼び止めたんだけど、今ならその理由はなんとなく想像できる。きっと今のティアナさんの目に、見覚えがあったから……というか、昔の私と同じ目をしていたから。

 両親が亡くなって、親戚に引き取られた頃。親戚の虐待に近い嫌がらせに、負けるもんかと自分を追い込んで無理をしていたあの頃の私の目と。そしてもっと言うなら、高校受験の際に家庭の懐事情から公立一本で受験を頑張っていて、ストレスが限界を超えた時の義娘の目とも同じだった。追い詰められた人の目の色とでも言えばいいのかな。

『服がドロドロですけど、訓練してたんですか?』

 そうスケッチブックに書くと、ティアナさんは自嘲する様に鼻で笑った。

「そうよ、なのはさんの訓練の後で個人訓練よ。なにしろこっちは凡人で、他の皆は天才ばっかりだからね」

『凡人なんですか? キャロちゃんは、ティアナさんもスバルさんもスゴいって話してましたけど』

「嫌味かしらね、それ。あの子は竜召還っていう、レアスキルを持ってる。スバルだって要領は悪いけど、才能だらけの人間よ。そうじゃなけりゃ、魔法の練習を始めて半年で陸士訓練校に入れる訳ないわ」

 レアスキル? 陸士訓練校? 聞きなれない言葉がティアナさんの口から飛び出すけど、今はそれについて聞いている時間はなさそう。ティアナさんが本題に入る前に、席を立っちゃいそうだし。

「もちろん、同じフォワードだけじゃなくて、この部隊は天才ばかりよ。八神部隊長はSSランク、なのはさんやフェイトさんもSランク魔導師、副隊長だってSにAAA。もちろん、戦闘員だけじゃなくて後方支援の隊員もバックヤードスタッフも一流どころばかりよ。そんな中で私がやっていく為には、多少の無茶は必要なのよ」

 話し始めて枷が緩んだのか、閉じ込めていたであろうティアナさんの愚痴が一気に彼女の口からあふれ出してきた。そして最後に『アンタに言ってもわかんないでしょうけどね』と吐き捨てる様に付け足した。

「アンタだって、あのフェイト隊長にそっくりだし、魔力量も成長すれば相当なもんでしょう。エリート街道まっしぐらね、おめでとう」

 例え公言していなくても、私とフェイトさんのそっくりさ加減は同一人物レベル。多分薄々気付いていたんだろうね、私がクローンなんだって事。多分フェイトさんのそっくりさんのクローンなんだとは気付いてないだろうけど。むしろフェイトさんのクローンだと思ってるような口ぶりだった。

「……ランスター、八つ当たりは程々にしておけ」

 私がぼんやりそんな事を考えていると、ザフィーラが静かで重みのある口調でティアナさんにそう言った。あれ、急にどうしたんだろう。場の空気が急に重たくなった気がして、ティアナさんに視線を移すと、口元を押さえて明らかに『失言した』って顔をしたティアナさんがいた。

「母親の胎からではなく、試験管の中で人工的に生み出されたこの子の生まれがめでたいと、本当にそう思っているのか?」

「……それ、言ってもよかったんですか?」

「主にはお前達が話している間に許可をとった。お前が口外しないのならば、話しても良いと。こんな話を言いふらす気はないだろう?」

「いえ、それはもちろん。私が言いたいのはそうではなく……」

 ティアナさんはそう口ごもって、ちらりと私に視線を向けた。ああ、なるほど。私にそんな話をしてもよかったのかって意味だったんだね。

 サラサラっとマジックをスケッチブックに滑らせて、『知ってるので、大丈夫です』と気にしてない事をアピールしてみた。それなのにティアナさんは居たたまれない表情をして、私の頭をおざなりに撫でた。うーん、本当に気にしてないのに。

「悪かったわ、確かに私はアンタに八つ当たりをした。さっきも言ったけど、この天才だらけの部隊で凡人の私がやっていくために無理して必死になって、ちょっとイラついてたのよ。なのはさんの訓練は大変だけど、特に強くなった気もしない。地力を上げるためには無謀な事もしなきゃいけない、やっぱり凡人な私自身にね」

 ティアナさんが凡人なのかどうかはわからないけど、やっぱり追い詰められているんだなぁって感じた。ううん、むしろ自分で自分を追い詰めているっていうか。義娘の場合も、本当なら姉の生命保険を手付かずで残していたからお金の心配はしなくてもよかったのに、私に遠慮して公立の学校しか行けないんだと自分で自分を追い込んで、ある日感情が爆発したし。

 まぁこれは、私もちゃんと説明しておかなかったのが悪かったんだってすごく反省したよ。一応志望校とか聞いた時に、私立でも大丈夫だよって言っておいたんだけど。

 私達親子の話はさておいて、問題は現在進行形で自分を追い込んでいるティアナさんだ。弦が限界まで引っ張られている様な現在のティアナさんが、このままだといつぷつりとぶち切れてしまうかどうかわからない。

「まぁ、こうしてアンタに愚痴をぶち撒けたおかげで、少しはスッキリしたわ。聞いてくれてありがとうね」

 私への社交辞令なのか、それとも本当に少しは役に立てたのかはわからないけど、ティアナさんはそう言って立ち上がり、もう一度私の頭を撫でてその場を立ち去った。そんなティアナさんが立ち去った方向をぼんやりと見つめていると、ザフィーラが近寄ってきて、慰めるみたいに頬をベロンと舐めてくれた。

「……戻るか、そろそろキャロも心配するだろう」

 地面にペタンを伏せて、私が背中に載れる様にしてくれたザフィーラに跨って、揺られながらキャロちゃんの部屋へと向かって。その時からずっとなのはさんに相談するべきかどうか、今日まで悩んでた訳ですよ。

 私は魔法の訓練とかそういう事は全然わからないんだけど、今ティアナさんの訓練を指導してるのは、上司であるなのはさんらしいし。もしなのはさんが今のティアナさんの気持ちを察していて放置しているのならいいけど、もし知らない場合の事を考えると、何かが起こりそうなもやもやっとした不安感がこびりつく様に胸から離れなくて。

 無駄足になってもいいや、朝の訓練が始まる前になのはさんの部屋に行こうっと。キャロちゃんに書き置きを残してドアを開けると、そこには蒼い毛並みの大きな狼――ザフィーラがいた。

「ランスターの件を報告に行くのだろう? 現場にいた俺も一緒にいた方が、話も通じやすい」

 どうして私が今日なのはさんの部屋に行く事がわかったんだろう、もしかしたら毎日見に来てくれてたのかな。もしそうなら申し訳ないなぁなんて思いつつ、ザフィーラの優しさに甘える事にした。いつもの様に伏せて私を背中に載せてくれるザフィーラに揺られながら、なのはさんの部屋を目指した。



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