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[30862] 【ネタ】境界線上のなにか(境界線上のホライゾン オリ主最強)
Name: クリス◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/12/14 08:12





 遥か昔の話。
 荒廃した地球を捨て、人類は天上へと昇った。
 人類が天上に昇って生活している間に地球環境は回復するが、とある出来事が起きたことで人類は地球に帰ることを余儀なくされた。
 しかし、環境神群の居る極東以外、地球環境は全て過剰修復され、人が住めなくなっていた。
 かろうじて極東には住めたものの、帰還した人類が生活するにはあまりにも狭い領域だった。
 これにより、自然と土地問題が発生し、人類は再び母なる大地にて滅亡しかける。
 神州の民以外は重奏世界へ移住し、神州の民は現実世界に残ることでとりあえずの問題を解消することにした。
 この時代に聖譜を開発し、再び天上に戻ることを目的とした歴史再現が開始された。

 それから数百年。
 現実世界の神州で南北朝戦争が勃発。
 1443年に南朝が帝から神器奪取を決行し、1457年に神器を取り返すまでの間に地脈の制御が失われ重奏世界が崩壊してしまい、重奏統合争乱に流れ込む。
 南北戦争を経た神州は疲弊しており、降伏を余儀なくされた。
 これにより、神州の土地は極東と名を改められ、土地も分割されて重奏世界にいた各国によって暫定支配されることとなった。
 神州の民は各国の居留地もしくは建造された武蔵に住み、結成された聖連の下で新たに歴史再現が開始された。


 そんな世界でとある人物は、この歴史再現が是であると思えなかった。
 人類が天上へ戻ることを目的として過去の歴史を再現する、ということはその先に在る挫折による帰還という歴史も再現してしまうのではないか。
 歴史とはその時代を生きる者たちによるひとつひとつの選択の積み重ねであるのだから。






『市民の皆様、準バハムート級航空都市艦・武蔵が、武蔵アリアダスト教導院の鐘で朝八時半をお知らせ致します。本艦は現在、サガルマータ回廊を抜けて南西へと航行、午後に主港である極東代表国三河へと入港致します。生活地域上空では情報遮断ステルス航行に入りますので、御協力御願い致します。―――以上』

 空に発生させた波を砕いて進む八艦の内、中央後艦 奥多摩から時報の鐘と共に艦の制御をしている艦と同じ名前を持つ自動人形 武蔵のよる市民への連絡が行われる。
 時を同じくして、武蔵の学生達の中心地にして極東代表校、武蔵・アリアダスト教導院の校庭でへんてこ集団が学業を始めようとしていた。
 正確には、校庭の上を通る橋上にアリアダスト教導院の中心メンバーを全員含んだ三年梅組の生徒と担当教師のオリオトライ・真喜子が集合していた。
 あまりにも濃すぎるために「混ぜるな危険」のレッテルを貼られても可笑しくないメンバーであり、それが単なる偏見ではなく、現実であるのだから始末に終えない。

「これより、体育の授業をはじめま~す」

 オリオトライ・真喜子はそう言うと全員を見る、三年梅組の濃すぎる生徒達を物理的に纏め上げることができるでたらめなスペックを持った女教師。
 計り知れない戦闘力と昔かたぎな理論による自由過ぎる授業は、退屈とは程遠い破天荒な内容が多い。

「先生これから品川の先にあるヤクザの事務所まで、ちょっとヤクザ殴りに全速力で走っていくから、全員着いてくるように。そっから先は実技ね。遅れたら早朝の教室掃除よ。はい、返事は?」

『Judgement!』

 オリオトライの言葉に行儀良く応答する生徒達。
 そんな生徒達の中で青い空を見上げながら一見して痩身で血色の悪い少年が呟いた。

「……どんな世界になっても、人は変なことばかり考えるもんだと感想一つ」

 やれやれ、と肩を竦ませて首を左右に振る少年は大きなため息をオリオトライに向けた。

「どうやら授業開始前から死にたい子がいるみたいね~」

 教師を嘲るかのような少年の態度にオリオトライもまた教職者らしからぬ言葉を口にする。
 微笑みを湛えながら言うオリオトライの姿に少年は、「怖い怖い」とわざとらしく他の生徒の後ろに隠れた。
 少年とオリオトライのやり取りに緊迫した空気となった授業の中で一人の少年が手をあげた。

「教師オリオトライ」

「はい、シロジロ」

 オリオトライにシロジロと呼ばれた少年は、シロジロ・ベルトーニ。
 アリアダスト教導院の生徒会会計を担っている無表情な金髪の少年である。
 商業系の神と契約しているためか、万事を金銭に換算する守銭奴であり、極東の聖譜記述に則った交渉術である土下座の達人でもある。

「体育とちんぴら、どのような関係が? 金ですか?」

 無表情でありながらキラリと瞳を輝かせつつ言うシロジロに、隣で待機している少女が問いの答えを説明する。

「ほら、シロ君。先生最近地上げにあって、最下層行きになって暴れて壁割って教員課にマジ叱られたから」

 長い金髪の常に笑顔を絶やさない少女は、生徒会会計補佐のハイディ・オーゲザヴァラー。
 物腰は柔らかいが、シロジロと同じく守銭奴であり、シロジロより多弁な分腹黒さはある意味でシロジロ以上のものがある。

「後半は自業自得な気もするが……報復ですか、教師オリオトライ?」

 ハイディの説明で呆れたようにシロジロがオリオトライに問う。

「報復じゃないわよ。ただ単に、腹がたったんで仕返すだけだから」

 まるで悪びれた様子もなく笑顔で答えるオリオトライ。

「完全に公私混同ッスね。このダメ教「オーバーキルするわよ?」……ダメ教師という評価を一つ」

 生徒達の一番後ろに隠れていた血色の悪い少年が再び悪態を吐いている途中にオリオトライが割り込むが、恐れを知らぬ少年は結局悪態をやめなかった。

「よ~しっ! 今日は血の雨を降らしてみせるわ!」

 恐れを知らぬ少年に笑顔のまま米神に青筋を立てるオリオトライの宣言に原因たる少年以外の全員が戦慄した。
 再び訪れた静寂をしばし堪能した面々にオリオトライが何食わぬ顔で授業を進行する。

「休んでいるの誰かいる? ミリアム・ポークウと東は仕方ないとして」

 そう言われて互いの顔を見渡す生徒一同。

「ナイちゃんが見る限り、正純と総長が来てないかな?」

「あ~正純なら、小等部の講師のバイトで午後から酒井学長を送りに行くから今日は自由出席のはず」

 皆を代表して墜天と堕天の少女達がオリオトライに報告する。
 金の髪と六枚翼をした墜天の少女は、総長連合第三特務のマルゴット・ナイト。
 黒い髪と六枚翼をした堕天の少女は、総長連合第四特務のマルガ・ナルゼ。
 二人とも術式に頼らない飛行能力と稀少な魔術を使用する稀有な存在である。

「じゃあ、トーリについて知っている人はいない?」

 本多・正純の不在は報告されたが、残る総長 葵・トーリの所在が不明であった。
 オリオトライの問いに応えたのは、豊満なバストを強調するポーズをとっている少女だった。

「フフフ、皆、うちの愚弟の事がそんなに知りたい? 聞きたいわよね? だって武蔵の総長兼生徒会の動向だものね?」

 少女の名は、葵・喜美。
 アリアダスト教導院の総長兼生徒会長である葵・トーリの実の姉である。
 この中で唯一トーリの所在を掴んでいそうな喜美の言葉に皆が耳を傾けるのだが。

「でも、教えないわ!」

 喜美の予想外な言葉に生徒一同驚愕する。

「だって今朝8時過ぎに、このベルフローレ・葵が起きたらもう居なかったから。しかし、あの愚弟。私の朝食作らずに早起きとは、地獄に堕ちると良いわ!」

 実に弟を愚弟と呼び、自身を賢姉と自称する喜美の言動はいつもエキセントリックかつサディスティックだった。

「……アオイキミの「私をその名で呼ぶなんて! 耳掻きの遣り過ぎで自分で脳みそ引きずり出して死ぬがいいわ!」……アオイキミの芸名がまた替わっている件について、問いを一つ」

 暗黙の了解で葵・喜美をフルネームで呼ぶことはタブーとされているが、血色の悪い少年には関係なかった。
 むしろ意図して人を苛立たせるような発言を好んでいるような節さえある。
 掴みかかろうとしてくる喜美を少年はふらふらと交わしながら生徒達の間を移動している。

「でも、キドジんが言うとおり、三日前はジョゼフィーヌじゃなかったかな?」

「あれは、三軒隣の中村さんが飼い犬に同じ名前をつけたからナシよ! 良いいっ?」

 血色の悪い少年をキドジんと呼びながらマルゴットが少年を追い回す喜美に尋ねると捲くし立てるような剣幕で喜美が新しい芸名を皆に強制させた。
 そんな生徒達のやりとりを普通にながしながらオリオトライは、出席簿の出欠の有無を入力していく。

「んじゃあ、トーリは無断遅刻かな? ま、聖連の暫定支配下にある武蔵の総長はそれくらいじゃなきゃね」

 受け持ち生徒の無断遅刻を大したことがないように言うオリオトライ。
 歴史再現の名のもとに各国の代表が教導院の学生に姿をかえて極東を分割支配している現在、極東の代表には聖連の支配に都合のいい人物。
 葵・トーリのようにもっとも能力の無い者が選ばれるのが通例となっていた。
 現在の葵・トーリは『不可能男インポッシブル』というアーバンネームまで冠せられている。
 オリオトライの言葉と説明にメガネの少年が補足するように説明を始める。

「もう160年前からそうだもんね。本来この神州の大地はすべて僕たち極東のものなのに、ずっと頭下げたり、協力したり、金払ったりで、この武蔵が極東の中心になろうにも移動ばっかりの権力骨抜きでどうしようもない。なにしろ各国の学生は上限年齢が無制限なのにこっちは18歳で卒業。それを超えたら政治も軍事もできないんだから……」

 オリオトライの説明に補足と嫌味を交えつつ続けたメガネの少年は、生徒会書記兼軍師であるトゥーサン・ネシンバラ。
 若干、オタク気質の厨ニ病の気がある作家志望の少年だ。

「小生、あまりそういうことを言っていると危険ではないかと」

「大丈夫だよ。あいつら僕たちの声をいちいち拾っている暇はないさ。なにしろ、もうすぐ三河圏内だからね」

 分かりきったことを誰に向けて捕捉したのか不明なネシンバラの言葉に小太りな少年がお菓子をほおばりながら注意するが、ネシンバラは気にする様子もなく事実を口にした。

「へ~、大人ぶって」

 ネシンバラの言葉に対して挑発するような笑みを浮かべたオリオトライは、再度生徒達の目を見渡した。

「でもまあ~そんな感じで面倒で押さえ込まれたこの国だけど……」

 一拍の間をおいてオリオトライはいつでも動けるように腰を落として構えながら生徒達に問う。

「君らこれからどうしたいか、わかってる?」

 オリオトライの問いに生徒達の目付きが変わった。
 約一名を覗いては。

「いいねえ、戦闘系技能を持っているなら今のでこないとね~。例外も一人居るみたいだけど、まあ毎度のことだから実技で矯正してあげるわ」

 生徒達の態度に満足したオリオトライは、姿勢だけは正して他の生徒と同じように自分を見ている血色の悪い少年に脅しをかける。

「ルールは簡単! 事務所にたどり着くまでに先生に攻撃を当てることができたら出席点を5点プラス。意味わかる? 5回さぼれるの」

「マジで!? と確認を一つ!」

 オリオトライの言葉にそれまで完全にやる気を見せていなかった血色の悪い少年が非常に珍しいことに挙手して声を上げた。

「マジも、マジ。そうね、【どんな相手も傷付けられない】キドジは、特別に攻撃じゃなくても私に触れたらOKにしてあげるわ」

「っし! やる気が漲ってきた、と鼓舞を一つ!」

 やる気がないのがデフォルトな少年イバラ・キドジがヤル気を出すということほどよくない現象はない。
 さきほどオリオトライが処刑宣告しているということをキドジは忘れているのではないだろうかと生徒達は思った。

「先生!攻撃を通すではなく当てるで良いでござるな?」

 キドジに引き続いて挙手にて質問したのは、常に覆面&黒尽くめで表情を現す帽子と紅いマフラーで口元を隠し、素顔を晒さない少年である。
 彼の名は、総長連合第一特務の点蔵・クロスユナイト。
 幼少から忍者としての修行を積んでおり、浮ついた印象があるものの戦闘能力はそれなりに高い。

「戦闘系は細かいわね~、それでいいわよ。手段もかまわないわ」

 点蔵の問いに呆れつつも即答する。

「では、先生のパーツでどこか触ったり、揉んだりしたら減点されるとこありますか?」

「または逆にボーナスポイントでるようなとことか?」

 至極まっとうな青少年的な発言をしつつ宙を揉む点蔵に続いて航空系・半竜である総長連合第二特務のキヨナリ・ウルキアガが下心丸出して問う。
 そんな健康的な少年達の問いを豪快に笑い、大人の余裕でオリオトライは微笑んだ。

「授業始まる前に死にたい?」

 微笑みの中にも明確な威圧を込めるオリオトライの視線に怯える青少年たちだった。
 点蔵たちが黙ったのを確認すると改めて生徒全員を見渡したオリオトライは、バックステップで橋から飛び退いた。

「んじゃ授業開始よ」

 ほんの二、三回のステップとばく転で100m近くも移動したオリオトライは、挑発するように生徒達に言葉を送る。

「遅いわよ!」

 オリオトライの言葉に点蔵を先頭にして、近接戦闘系の脚力自慢たちが駆け出し、その後を他の面々が追う。
 そんな中、一番最初にやる気を見せた血色の悪い少年のイバラ・キドジは直立不動のままオリオトライやクラスメイトたちが駆け下りていった階段を眺める。

「俺が此処に流れ着いて、もう3年も経っているが、あそこで“殺された痛み”は忘れられない、と憎悪を一つ。――糧とする」

 表情にやる気は見られないが、キドジが語尾の言葉を結ぶと同時にその足元からぷくぷくまんまるな体形の猫科の生物が現れた。

「注意、一秒! 怪我、即死! 安全快適最高最速の旅を同胞にプレゼンツゥな【瞬神“鈍豹”】様の顕現でい!」

 ハイテンションな自称“神様”で“豹”な不細工太猫がキドジの足元に侍る。

「運転は任せる。限定起動――オリオトライ・真喜子への接近、と命令を一つ」

 そんな“鈍豹”の広すぎる額を軽く撫でてキドジは、“鈍豹”に跨る。

「試して合点、承知の助三郎でい! 目標、リアルアマゾネスを舐めたおすでい! ベベベベッ!」

 奇妙な掛け声&鳴き声?と共に動き出した“鈍豹”。
 その背に跨るキドジは、わりと本気なやる気を起こしていると誰が気付いているだろうか。

「5回のさぼり権。俺が貰う、と本気を一つ」

 そんなキドジの呟きを残して一人と一匹の姿が橋の上から消失した。






[30862] 第2話
Name: クリス◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/12/14 23:28




 奥多摩の中央にある後悔通りを走り抜けるオリオトライ。
 10年前の大改修があって以来、後悔通りの名で俗称される場所だった。
 その理由は、中央通り入口にある石碑に刻まれた人物の末期に在る。
 花の飾られた石碑、それは『一六三八年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住人一同』と書かれた一人の少女の墓標だった。

「ホライゾン……か、きっとあの子達にとって、全ての始まりになる名だわね」

 その墓標を横目に見たオリオトライは呟く。

「不在や欠席が多いけど、よくもまあこれだけ変なのが揃ったものだわ」

“生徒達をそう評価するオリオトライだが、彼女自身も相当な変わり者である”

「何か言ったかしら?」

 オリオトライは唐突に何処ともしれない誰かを睨む。

「……まったく、一撃でもヒットしたら即死な癖にこういう挑発だけは一流ね」

 徐々に追いつき始めた生徒達からの攻撃が降り注ぐ中、オリオトライは姿が見えず、気配も感じない一生徒の存在にため息を吐く。
 そんなオリオトライの心中を気にしない生徒達はつぎつぎと自身の出し得る手札を開帳していく。

「いいぞ、貴様ら。もっと金を使え」

「契約成立~ありがとうございました~」

「商品だ!」

 ノリノリで術式を組む会計コンビが宙を奔る双嬢ツヴァイフローレンへと分割を投げる。

「商品、ありがと~! いっけ~っ!」

 箒に跨る双嬢ツヴァイフローレンは、射撃系の術式を解放する。
 マルゴットの掛け声とともにオリオトライへ幾条もの光が襲い掛かるが、それを軽々と避けるのもまたオリオトライの実力だった。
 そうした中、メガネの小柄な少女がオリオトラに追い縋ってきた。

「あら?アデーレじゃない、あなたが一番?」

 一番槍をとった生徒にオリオトライは挑発的な笑みを向ける。

「自分脚力自慢の従士ですンで……従士アデーレ・バルフェット、一番槍いきます!」

 そう宣言すると共にアデーレは急加速を行い、オリオトライの背中へ特攻をかける。
 全体重を乗せた強烈な突きを次々と放つアデーレだが、オリオトライは鞘に収めたままの長剣で易々と受け流し、ほんの一撃でアデーレの攻勢を崩す。

「カレーどでっすか~!」

 体勢を崩されたアデーレの後方上空より援護するかのように飛び込んでくるカレーライスを持った少年、ハッサン・フルブシ。
 しかし、オリオトライは余裕の笑みで体勢を崩して倒れかけていたアデーレを掴み、彼女を振り回してアデーレが武器としていた槍でハッサンを殴り飛ばす。

「おふぅっ!」

 見事なスイングで吹き飛ばされていくハッサンの断末魔が遠ざかっていった。

「す、すみませ~「せ~のっ!」――まいど~っ!」

 ハッサンに謝りながら目を回すアデーレだったが、オリオトライは躊躇なしにフルスイング。
 アデーレもまたホームランと相成った。

「ほら、アデーレとハッサンがリタイアしわよ?」

 二人をリタイアさせたオリオトライは上空より飛来する双嬢ツヴァイフローレンの攻撃を軽々と弾きながら生徒達を挑発する。

「イトケン君、ネンジ君とで救護して!」

 やられたクラスメイトの救出を指示するネシンバラに二人のクラスメイトが素早く動く。
 その様子を眺めていた奥多摩の住人達がギョッとした顔で救出に動いた生徒達を見る。

「怪しいものではありません! 淫靡な精霊インキュバスの伊藤健児ともします。商店街の皆様ご無礼失礼いたします」

 自分から怪しくないという者ほど怪しい者はいない。
 悪魔のような羽と尻尾を持つ全裸でマッチョな男の謝罪の言葉も虚しく、住人達はいっせいに窓を閉めるのだった。
 彼の名は伊藤・健児。通称「イトケン」と呼ばれるインキュバスの少年である。

「今、助けに参るぞ! アデーレ殿!」

 イトケンと同じく、アデーレの救出に向かっているのは、柔らかい足音?を発しながら移動するスライムのような存在であるネンジ。
 粘着王と渾名される彼?がアデーレの元へ急いでいるとその頭上に一人の巨乳が現れた。

<<ぐちゃっ>>

「ネンジ君!」

 容赦も迷いもない巨乳の足によって無残にも飛び散った哀れな粘着生物の名をイトケンが哀しみと共に叫ぶ。

「ごめんねネンジ! 悪いと思っているわ~。ええ、本気よ」

 明らかに悪いと思っていないであろう軽すぎる謝罪を言いながらネンジを踏み潰した巨乳は一瞬も足を止めずに走り去る。

「喜美! あなた謝る時はもうちょっと誠意をもちなさいよ! 淑女たるもの……」

 そんな彼女の態度を注意しながら横を走る豊か過ぎる銀髪を持つ少女、ネイト・ミトツダイラ。
 総長連合第五特務兼武蔵騎士代表であり、華奢な見た目に反して人間と人狼のハーフである彼女は、常に破格の怪力を保持し、神格武装「銀鎖」まで保有する上位の強者でもある。

「フフフ、この妖怪説教女め!」

「なっんですって!」

 そんな強者であるネイトに対しても喜美は憚ることをしらないのだった。

「しかし、ミトツダイラ、アンタ何地べた走ってんの? いつもの鎖でドッカンっやればいいじゃない」

「この周辺は私の領地なんですのよ! それを貴方は達は全く……」

「先生にも勝てない女騎士が狼みたいに吠えてるわ~。あんた重戦車系だもんね~?」

「なぁんですって!!」

 喧嘩するほど仲が良いという言葉を体現しているかもしれない二人は、同じペースで奔り続けるのだった。


 企業区画の屋根を行き一つ乱さず疾走するオリオトライ。
 再び、その背に迫る気配を感じていた。

「ここで来るのは君だと思ったわ」

 振り返りながら長剣の鞘に手をかけるオリオトライに追いすがってきた点蔵が自身の得物を抜き放つ。

戦種スタイル近接忍術師ニンジャフォーサー、点蔵――参る!」

 姿勢を低くとった点蔵は速度を上げて徐々にオリオトライとの間合いを詰める。
 そして、点蔵が間合いに入った瞬間にオリオトライが長剣を鞘ごと持ち上げ、振り下ろそうとしたところで急に点蔵はブレーキを掛けた。

「行くでござるよ! ウッキー殿!」

 点蔵が叫ぶと同時に上空より加速して突進してくる巨体があった。

「応!」

 点蔵の声に答えたのは、ウルキアガだ。

「小細工だわ!」

 点蔵がおとりとなり、オリオトライの攻撃を誘い、その隙を狙ってウルキアガが上空から攻撃する。
 しかし、その程度の奇策ではオリオトライの虚を付くことはできない、
 それがわからない生徒達ではないはず。
 それを分かった上であえて生徒達の好きにさせるようにオリオトライは余裕の微笑みを見せる。

「腰のは使わないの?」

 ウルキアガの実家は三征西班牙トレス・エスパニア異端審問の家系であり、すでに異端審問の役職は離れて久しいがその技術は些かも衰えていない。
 しかし、オリオトライは武蔵の住人であり、教譜としても神道なので異教の者である。
 あくまでも“異端”に対する審問官であるゆえに“異教”のオリオトライに対して、異端審問入門キットを使用することは矜持に反することだった。

「神道奏者は審問官として殴るに能わず。ゆえに拙僧、私的に打撃を差し上げる」

「無理だわ、それ!」

 言うが早いか、オリオトライは振り降ろしている剣の鞘を外すことで、長剣の間合いの外に居たウルキアガの頭部を打ち据える。

「うごぁ!」

 屋根の上に叩き落されたウルキアガを尻目に、オリオトライはウルキアガを叩き落した流れのまま鞘の肩掛け紐を銜えて再び刃を鞘に覆い隠すとそのまま間合いに残っていた点蔵に叩きつける。
 これを間一髪の反応で構えていた短刀で受け止める点蔵、

「ノリ殿!!!」

 オリオトライの一撃を受け止めた瞬間、またしても点蔵が声をあげる。
 点蔵の身体に隠れるような軌道で一人の少年が接近していた。

「ノリキが本命?」

「解っているなら言わなくていい」

 そう言いながら一瞬で距離を詰めたノリキが拳を突き出す。
 しかし、そのタイミングを知っていたかのようにオリオトライは自身の得物から手を離した。
 オリオトライが手放した長剣はまるで意思を持つかのようにオリオトライとノリキの間に盾となって立ちふさがった。
 重い金属音が響き、ノリキの攻撃は長剣を捉え、オリオトライにまで届くことは無かった。

「く!」
「無念でござる」
「ち!」

 肩を落とす三人。
 そんな彼らの足元を一際大きな影が走りぬけた。

「あれは、キドジの奴か?」

「あの如何わしい術は、キドジ殿で間違いないで御座るよ! この際、キドジ殿でも良いで御座る!」

 姿も見えないキドジに叫ぶ点蔵の言葉に答えたかのように巨大な影が波打って、速度を上げる。
 ノリキの攻撃を防ぐ盾に使った長剣を中空で回収したオリオトライの着地予想地点に先回りした影が蠢くように獲物の到着を待つ。

「うへぇ、相変わらず気色悪い上に反則気味な術よね~」

「俺の場合、どんな一撃でも即死級のダメージになってしまう。反則くらい多めに見て欲しい、と言訳を一つ」

 影の中から声だけを出してオリオトライを待ち構えるキドジ。
 クラスメイトの中で最も新参者であるキドジの能力は、ほとんど知られていない。
 三年前にふらりと現れた素性の知れぬ旅人は、外見的なものも身体に染み付いた習慣も武蔵の住人のそれと酷似していた。
 突如現れた不審者であるキドジの正体を調べようとしたのは一人や二人ではない。
 しかし、それはとある出来事によってキドジ本人にすら解明することは不可能となってしまった。

「けどさ~、私の一撃を喰らったら間違いなく即死しちゃうんだからどのくらい加減すれば良いのかしら?」

 底の見えない穴のような影に問いかけるオリオトライにキドジは鬱屈した笑いを迫り来るオリオトライに向けて放つ。

「全力でどうぞ、と挑発を一つ。どうせ当たらない、と挑発を二つ」

「へぇ~言うじゃない。けど、教師として生徒を殺しちゃうのはいけないと思うんだけどねぇ――半殺しならOKってことで」

 最悪だこの教師、と生徒達が以心伝心している中でも容赦なく、オリオトライは長剣をキドジが潜むであろう影へと叩きつける。
 寸分違わぬ狙いの一撃が影を穿つ。
 穿ち――抜いた先には、空があった。

「はれ? ちょ、何事!? ていうか、このねとねとぎとぎとねばねばは何なの!」

きょは、まことを映し出す事象です、と常識を一つ。地にきょがあるということはまことは、きょひかりの境界にある、と常識を二つ」

 影を叩き割るように長剣を振り下ろしたオリオトライは、その攻撃速度のまま宙へと転移させられた。
 しかも、妖しげな唾液塗れとなっているというおまけつき。

「影を使った移動系術式、ね。しかも、自己転移だけじゃなく、他者転送までできるレベルなんて……“卑怯者”のアーバンネームは伊達じゃないってことかしら? それとこのねとぎとねばばな粘液は何なの? もしかして、毒だったりするのかな~?」

「褒めても姿を見せるつもりはない、と忠告一つ。その粘液は“神涎”と呼ばれる聖水に勝るとも劣らぬ奇跡を起こす、かもしれないと推測を一つ」

「かもしれないって……何の涎か分かったものじゃないわね」

 自らの運動エネルギーを抑える足場を唐突に失ったオリオトライは、再び地に足をつけるか、建造物に接触するかしなければ落下軌道を変えることができない。
 身体に纏わり付く涎を振り払うにも無防備な状態をどうにかしなければ生徒達に一本取られてしまうことになり、オリオトライは教師としてまだ生徒達に負けてやるわけにはいかないのだ。
 
『キドジ君、ナイスアシスト! 浅間君の砲撃が来るよ!』

 キドジが用いる影がきょまことを繋ぐ移動系術式であることを知らなかったのは、教師のオリオトライだけ。
 クラスメイトの軍師であるネシンバラはもとより、クラスの面々や砲撃巫女の浅間・智も承知していた。

「そ~ゆうことか。根暗な人嫌いかと思ったけど、案外みんなのこと信頼してるんだ?」

「俺は誰よりも弱かった、と悲嘆を一つ。誰かが言うところの【無罪術式】は無攻性と即死体質を俺に与えた。故に、他者の力を借用することを厭うような矜持は捨てた、と嘆息を一つ」

「つまり、仕方なく力を合わせてるってこと? そんなことじゃあ、まだまだ弱いまんま――よっ!」

 姿勢制御ができないオリオトライは、キドジの自虐とも取れる言葉を諌めると同時に振り抜いていた長剣で迫る浅間が放った矢を斬り払おうと矢の軌道に長剣を揮う。

『無理ですよ! 追尾だけじゃなく障害祓いの回避性能も添付してますから回り込みます!』

 絶対の自信を以って宣言する浅間の言葉の通り、光を纏った矢は既に長剣を迂回してオリオトライの眼前へと迫っていた。
 間を置かず、盾とした長剣の陰で光の矢が炸裂する。

『やった!』

 皆がそう思った。
 しかし、矢を放った浅間とオリオトライの間近に潜んでいたキドジはしくじったとすぐに理解した。

『手応えが軽すぎます! ――当たってません!』

 吠えるように言う浅間。
 オリオトライは、自身の髪を切って浅間の放った矢に対するチャフとして用い、見事浅間の術式を騙すことに成功したのだった。
 術を破られたからといって浅間は諦めず、他の生徒達もまだまだ戦える。
 企業区画を抜け、前部甲板に飛び降り、甲板の向こう、品川へと宙を渡る太縄の上を駆けるオリオトライの背を生徒達は睨みつける。

『追うぞ!』

 オリオトライを追って生徒達もまた品川を目指す。
 そんな生徒達に先んじて有翼の少女二人が本格的な攻撃を開始していた。

 生徒達に取り残される形となったキドジも溜息混じりに宙から姿を現した。

「……鈍豹は帰天、と命令を一つ」

「ベベベベっ? いらない子のいらん子ドンちゃんサラババイでい!」

 宙から朧のように姿を現したキドジの命により、不細工太白猫の鈍豹が氷が溶けるように消えさる。

「3年間で1柱を曝したが、末世とやらが近い今生に秘匿するほどの猶予があるはずもない、と諦観を一つ。――糧とする」

 鈍豹が消えたことで宙から落下を始めたキドジは新たに言葉を結ぶ。

「無道、外道。接敵、必倒。狂騒殺戮暴虐無双の戦場いくさばを同胞に献上せしめん。……【刀神“蛇姫”】顕現完了」

 鈍豹の代わりに顕現した、またしても自称“神様”で“蛇”な武神に酷似した形状の鎧を纏う人間大の武者がキドジの傍らに侍る。
 機械的な形状の蒼い鎧を纏った武者は、兜の隙間から流水のように透き通った輝く蒼髪を背に流している。

「俺が攻撃に関わるとすべて無力化するから運用は任せる。限定起動――対象オリオトライ・真喜子への非殺傷攻撃」

 キドジの言葉を受けた“蛇姫”は彼の前に傅き、騎士の如くキドジの手の甲へ口付けをするような仕草をとる。

「竜角を起動。……この戦場いくさばに勝利を築かん」

 そう宣言すると同時に鎧武者の両手に蒼い刀が現れる。
 蒼穹の鎧がキドジから視線を外した瞬間、遥か前方に進んでいたオリオトライの眼前に蒼い稲妻が降り堕とされた。

「顕現させたのは初めてだったが……やり過ぎないでほしい、と後悔を一つ」

 大きく遅れを取ったキドジは前方の災害級戦闘者の戦いに巻き込まれる生徒達を哀れみながら走り出すのだった。







[30862] 第3話
Name: クリス◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/12/19 01:13




  ▼ ▼ ▼


 品川艦上で行われている三年梅組の授業風景を遠くから眺める存在があった。
 中央前艦の艦首付近、展望台となっているデッキの上に黒髪の自動人形が立っている。
 都市艦・武蔵を統括する総艦長を務める自動人形の“武蔵”だ。
 品川で行われているこれまでにない超獣大決戦は一瞥した武蔵は、その戦場に遅れている一人の少年を見据えていた。

「今日も武蔵さんは、午前からお掃除かい?」

「Jud. 酒井学長――以上」

 重力制御により、いくつもの箒を操りながら掃除をしていた武蔵に声を掛けたのは、武蔵アリアダスト学院の学長を務める酒井・忠次だった。
 かつては三河松平四天王の長を務め、大総長の異名を持っていた猛者である。

「今日は一段と派手にやってるようだねぇ。“武蔵”さん的にはどうなんだい?」

 それまで小規模な破壊が繰り返されていた品川から発生された蒼い稲妻による凄まじい爆震が武蔵と酒井のところまで響いていた。

「Jud. さすがに看過できない威力でしょう。もっとも……物質的な被害が出ていれば、という条件が付きますが」

「物質的な被害がない、ということは今の揺れはイバラ・キドジが原因ってことでいいのかな?」

「Jud. これまで顕現された記録はありませんが、イバラ・キドジの【無罪術式】による顕現体の一柱なのでありましょう――以上」

 酒井の確認に武蔵は淡々と事実を応える。
 自分のことさえ把握することができないキドジが持つ存在しないはずの術式である【無罪術式】。
 三年前,何の前触れもなくキドジは現れた。
 聖連や各勢力のトップたちは、存在しないはずの【無罪】を体現し、存在しないはずの【神】を顕現させるキドジを手にしようと動いた。
 しかし、キドジが初めて現れたのが“武蔵”であり、キドジと初めて接触したのが“葵・トーリ”であり、キドジの【無罪】を初めて世界が確認したのが“死体安置所”だったため、本当の意味で【無罪】となってしまったキドジを各勢力が手に入れるには、何もかもが“手遅れ”となっていた。
 世界が下した【決定】は、覆してはならない。
 彼は【無罪】であることということ以外のすべてを失った。
 どれほど強大な【神】を顕現させる能力を持っていたとしても、“絶対に傷付けない”存在である彼を罰する大義名分も利も害も無かった。

「……しかし、聖連は彼の獲得を諦めていない。名も失った彼に【茨木童子イバラキドウジ】なんていう鬼の名前まで強制的かつ強引に襲名させちまうんだからさ」

 品川で続けられている三年梅組の授業を眺めながら詰まらなそうに酒井が呟く。
 アリアダスト教導院に編入する際も【無罪】持ちということもあり、他の介入する隙を与えないためにも一芸試験による編入手続きの短縮が行われていた。

「jud. 聖連はイバラ・キドジが【罪】を取り戻すと考えているのだと判断します。もし、それが現実のものとなるのなら――」

「末世の引き金にもなりかねない、か。……ま、そんなことにならないように武蔵さんは、こうやってイバラ・キドジを見張り続けるんだろう?」

「……jud.」

 含みを持たせた酒井の物言いに武蔵は一度として酒井と視線を合わせず、ただただ遠方を見つめ続ける。
 百年前に聖譜の自動更新が停止し、この数年で目に見えて怪異が多発するようになった状況から末世と名付けられた世界の終焉という死の羽音を誰もが耳にしていた。


  ▲ ▲ ▲



 品川で繰り広げられるオリオトライと蒼穹の鎧武者による頂上決戦を唖然と見守る三年梅組の生徒達にようやくキドジが合流する。

「何を立ち止まっている、と疑問を一つ」

「あ、キドジ君。あの先生と対等に、ていうか結構有利に遣り合っている小型の武神みたいなのもキドジ君の術なの?」

 追いついてきたキドジにネシンバラが分かりきったことを問う。
 ネシンバラの問いに他の生徒達もキドジを見る。
 クラスメイト全員の視線を受け、少し気まずそうに顔を顰めながらため息を吐いた。

「jud. と肯定を一つ。初めて“鈍豹”を見せたときにも言ったが、俺の信仰もうそうは東西南北の【四神】をモチーフに【無罪】の対価として顕現させる術式構成になっている、と再認を一つ。ついでだからあそこに在るのは【刀神“蛇姫”】だ、と紹介を一つ」

 四神をモチーフにしているということは、その術の顕現も四つであるのは当然だ。
 そう説明されても生徒達は目の前で起きている現実が理解できなかった。
 さらに言えば、「じゃ、サボリ権を貰ってくる、と意気を一つ」と平然と超戦士たちの戦いに介入しようとしている即死男の行動も理解できなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください! 直接戦闘なら鈴さんにも勝てない貴方が、ネンジ君より紙な貴方が、運動中のリアルアマ――先生に近付くなんて、馬鹿ですか!? 能無しなんですか!? 確実に即死ですよ!?」

 死地へと赴く夫を止めようとする妻のような剣幕で浅間・智が叫ぶ。
 何気にクラスメイトをどう思っているかを暴露しているあたり、何事もズドンと解決したがる浅間の内面がどうなっているのか恐ろしくなるクラスメイトたちだった。

「確かに今の俺は無力・無装甲だ、と自虐を一つ。しかし、サボリ権を得るためなら俺も命を懸ける、と覚悟を一つ」

 とそれだけ言ってキドジは再び駆け出す。

「どんだけサボりたいので御座るか!」

 浅間の制止を振り切るように走り出したキドジの背に点蔵が皆を代表して叫んだ。


 生徒たちがひと悶着、にも満たない演技に興じている間、オリオトライはそれを意識することもできない状況にあった。
 ナイトとナルゼの攻勢を退けると同時に上空より降り注いだ【一切の破壊を齎さない対艦規模の攻撃】を辛うじて長剣にて受け止めたことで当たり判定を免れたオリオトライは、その瞬間から息つく間もないほどの剣戟を謎の武神と交わしていた。

「――っ、まさか私が物理的に抑え込まれるなんて思わなかったわ」

 瞬きする間に必ず、二斬以上が揮われる中でもオリオトライに焦りは無かった。
 蒼穹の武神は、出現のタイミングとその【無攻性】からキドジの顕現体であるとオリオトライは結論付けていた。
 出現してからわずか三年間で数々の“反則”・“卑怯”を体現するキドジは、オリオトライにとって特別な生徒だった。
 長い間、梅組の生徒を与っているオリオトライが、初めて教師として絶望の一端を感じさせた事件の当事者にして被害者であるキドジは、そのアーバンネームが示すとおり、これからも本当の意味で心を開かず、他者を欺き続けるのかという心配があった。

「今の君は――どこまでが【全部】なのかな?」

 迫り来る斬撃を渾身の一撃で打ち払い、わずかな時間を稼いだオリオトライは甲板の袂に一度足をつけるとそのまま上空に向けて長剣を振り抜いた。

「それを自分で分かれば苦労しない、と現実を一つ」

 長剣を振り抜いた先には、いつの間に接近したのか中空で何某かを蹴り飛ばしたような態勢のキドジが居た。

「……おかしいわね。君ってば【どんな攻撃でも一撃で瀕死・即死する】んじゃ――っとぉ!? なるほど……そういうことね」

 オリオトライはキドジの気配を感じて長剣を振り抜いていた。
 しかし、キドジは無傷で距離をとり、それに合わせるように蒼穹の武神が斬り込んで来たのをオリオトライは回避する。

「今の一撃っ! 確実にっ、当たりの、はずだったわよねぇ!? それ、なのに君が無傷ってことは……、君に攻撃を当てても【どんな攻撃にも当たり判定が出る】わけじゃないのね」

「jud.……というか、“蛇姫”の攻撃に対応しながらよく喋れますね、と驚愕を一つ」

「へぇ~、このガッツがある子は“ダッキ”っていうのね。それにしても、やっぱり隠し事が多いわね。そういうの先生、あんまり感心しないな~」

 すでに生徒達の視覚では追い切れない速度に達しているオリオトライと蛇姫の戦闘にキドジが介入してくるということは、自身が持つ【即死体質】のルールに対する抜け穴を持っているに他ならない。
 その抜け穴とは――。

「隠してたわけじゃない、と言訳を一つ。俺は文字通り、【命を懸けて】いろんなモノを取り戻している最中だ。当たれば【即死】のルールは不変。ならば【当たり】のルールに抜け道を探す、と道理を一つ」

「つまり……今のは私の攻撃を【自分の攻撃で上書きした】のね」

「Jud. 機動力は底辺だが、近接戦の対応力まで底辺であるわけじゃない」

 キドジは、オリオトライの長剣を蹴り飛ばすことで【当たり判定】を免れていた。
 どんな攻撃でも一撃即死といっても当たりさえしなければ、ダメージはゼロ。
 キドジの【即死体質】は独自の当たり判定を基準にして、その攻撃の0倍~100倍ではなく、0倍or100倍のルールだった。
 単純なルールなように見えて、それを実戦で運用するには何千何万もの試行錯誤を経て【判定基準】を明確に把握しなくて置かなければならない。
 そして、オリオトライ相手にそれをなすということは、オリオトライと同等の近接格闘能力を持っていなければ意味がない。

「いつの間に、ここまで育っちゃったのかな~? 先生の指導の賜物って言ってもらえたら冥利に尽きるんだけど」

「残念ながら俺の格闘の師は、先生の目の前にいる蛇姫です、と事実を一つ」

「そうだと、思ったわっ!」

 キドジの答えに半ばやけくそ気味に叫びながらついに抜刀したオリオトライは、二刀の蛇姫に二刀での応戦を始める。
 こんなところだけ正直なキドジに対して、「世辞を一つ」くらい言えよ、とオリオトライは思いながらそれでも生徒の成長に内心喜びを感じていた。

「これで君の【無攻性】に【衝撃は徹す】くらいの抜け道があればここで負けてあげられたんだけどね!」

「そこに関しての抜け穴は見つけてません、と白状一つ。探そうとも思わない、と恐怖を一つ」

「jud. 君の場合はその答えが正解よっ!」

 キドジは【無罪】ゆえに表向きは聖連や各勢力に見逃されている。
 その免罪符である【無罪】に抜け道があることが証明されれば、キドジは今度こそ何もかも奪われることになる。
 そんなことになりたいとキドジは絶対に思っておらず、オリオトライも願っていない。
 いまだ信頼関係が十分ではないクラスメイトたちもそんな事態は望んでいない。

「さあ、もう奇襲は通用しないわよ! 他のも顕現させられるなら好きなだけ使ってきなさいっ!」

「使えるものなら使っている、と嘆息一つ」

 オリオトライの挑発に呆れながらもキドジは蛇姫を嗾ける。
 予想外の力を見せるキドジとやはり圧倒的な戦闘力を見せ付けるオリオトライの戦闘は激化の一途を辿り――

「うるせぇぞ、てめぇ――<<ゴッキンッ!>>……ら<ガクッ>」

 哀れな魔族の登場で一息付くこととなった。

『不運で御座るな』

『拙僧が思うに、アレは生物的に曲がったらアウトな角度だと思うんだが?』

『これは自殺の一種だろう。暴走列車の前に自分から現れたからな、こちらで金を払ってやる必要はあるまい』

 上段から蛇姫の一撃。
 下段からオリオトライの一撃。
 蛇姫の攻撃には威力も衝撃もないが、物理的な圧力はある。
 キドジと違い蛇姫は、オリオトライの一撃が生じさせた威力と衝撃を抑え、留め、戻すくらいの芸当はできた。
 ゆえに通常であれば、“ニ連撃”を必要とするはずの対魔族用戦術を“二人で同時”に行うことで再現したことになる。

「とりあえず、ゴールだし……このまま実技に移るわ」

『ジャ、jud. 』

 いくら魔族だと言っても首が在り得ない角度で捻じ曲がってしまっている状況で平然と授業を強行しようとするオリオトライに頂上決戦の巻き添えを食わないように退避していた生徒達が慄きながら答えた。

「――あれ? おいおいおいおい、皆、何やってんの?」

 といい汗かいたオリオトライと今にも病院に運ばれそうなほど顔面蒼白に脂汗でネトネトなキドジの横合いから現れた少年に、皆の視線が集まる。
 茶色の神に、緩すぎる笑いの目。着崩された鎖付きの長ラン型制服に、二つの紙袋を抱えた少年は、袋の一つからパンを取り出してもしゃもしゃと食べていた。

「トーリ“不可能男インポッシブル”葵……」

 この場に揃ったメンバーの中心人物たるアリアダスト教導院生徒会長兼総長を務める少年の名を暗い感情を込めた声でキドジが呼んだ。









[30862] 第4話
Name: クリス◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/12/31 00:10





 三年前の春。
 武蔵アリアダスト教導院高等部へと続く階段の下に一人の少年が佇んでいた。
 血色の悪い人形のような精気のない表情で周りを通り過ぎていく生徒達の流れにあわせることなく佇み続けている見慣れない少年。
 多くのものが幼い頃から同じ学び舎に通っていた馴染み深い面々の中でただ一人浮いた雰囲気を纏う少年は、しかし、アリアダスト教導院高等部の制服を纏っていた。
 よく言えば気の知れた、過ぎた言い方をすれば馴れ馴れしい性格の生徒も多々いる場所であるが、なぜかその少年に語りかけようとするものは居なかった。
 学生の制服を纏っているということは、アリアダスト教導院の生徒である、若しくは生徒になる人物である可能性が高い。
 その顔を見慣れないのならば、他所から編入してきた人物であるかもしれない。
 高等部への階段を登ることなく、佇む少年は、新しい環境に不安を感じているのかもしれない。
 新しい一歩を踏み出すことに不安・恐れを感じるのは誰にでもあること。

「――あ、あの……っ!」

 しかし、同じように新しい道という未来への希望も同時に存在するということを教えてあげたい。
 そう思った一人の生徒が勇気を振り絞って見慣れない少年に声をかけた。
 周りを通り過ぎていた生徒達は、その少女の行動に驚愕を露わにした。
 極度の人見知りである盲目の少女の信じられない行動に、しかし、誰も割って入ろうとしなかった。

「あ、あの……編入の方、です、よね?」

「j、jud. ……でよかった、かな? 何の因果か、そうなるみたいだな……と不安を一つ。追加で不満も一つ」

 わずかな恐れと精一杯の気遣いと優しさを込めて声をかけた少女に血色の悪い少年は、ぼそぼそと言う。
 その声にあるのは、大きな憤りとそれに釣り合うほど色濃い不安がにじみ出ていた。

「だ、大丈夫、です。こ、ここ、みんな優しい人たち、だから……」

 つまりつまり、ぼそぼそと少年に優しく言う少女。
 その姿を眺める周りの者達は、少女の確かな成長を感じていた。
 少女の行いは、かつて自分自身が大切な人たちから貰った大切な思い出を見知らぬ誰かへ分け与えようとするモノだった。
 少年が纏っている違和の雰囲気は、見知らぬ土地に打ち捨てられた子供のようにも感じられるものがあった。
 それを感じ取った盲目の少女は、自分が貰った希望を、同じ境遇にあるかもしれない人に少しでも感じてもらいたいと思って自ら行動するのだった。

「きっと……皆、待ってて、くれます。だ、だから――」

 かつて自分がしてもらったのと同じように、その少年の左の手に自身の手を静かに添えた。

「あ、ありが――」

 突然の少女の行動に、少年は戸惑いつつも少女の気遣いを察して感謝の意を述べようとしたところで、その表情に急な変化があった。
 それまでのどこか小動物めいた不安の色が消失し、未知の恐怖と理不尽な絶望、それに対する憤怒の相が少年を包み、急激な感情の荒波が突発的な行動を起こす。

「俺に、触――ッ!?」

「ひぅっ……、ぇ?」

 少女が勇気を振り絞って差し出した善意の手を少年は敵意と共に振り払った。
 しかし、手を振り払われたはずの少女に動きはなく、逆に振り払おうとした少年の方がバランスを崩して倒れそうになる。
 それに対して、少女は少年を助けようと手を伸ばし、少年の腕を取る。

「だ、大丈「うっ、がああああっっ!!」――ひやっ!?」

 少女に腕を掴まれた瞬間、少年は絶叫し、少女の顔面へと拳を振りぬいていた。
 少年を気遣い、助けようとした少女に対する少年の所業を目にした周囲の生徒達がついに傍観をやめ、少女に対する不当な暴力に対する制裁を少年に与えるべく動いた。

「う、ううう、こんなの、ありかよ! こんなの聞いてな「ベルさんを泣かせる奴は、許さなりゃああああ!!」――ちょ、待<<グシャっ>>■■■■■■■■ッッ!!」

 少年の暴挙にいの一番で割り込んだ笑顔の似合う芸人気質な少年は、少女の顔面を殴るという凶行を行った少年目掛けて宙を舞い、突き出した両の足の靴底で精確に血色の悪い少年の顔面を捉えた。

「へぇっ?」
『っ!?』

 芸能の神を奉じ、ボケ術式などというある意味ご都合主義的なモノを常時発動している少年 葵・トーリによる派手なドロップキック。
 そこから生まれるダメージは、つっこみ・せいさい・てんちゅうという意味以上の威力を持たない程度のモノでしかない。
 しかし、トーリのてんちゅうを受けた血色の悪い少年の顔は、それは鮮やかな血色へと変わっていた。

「い、ゃ、ぁ、ぁぁぁ……ぁぁぁぁっっっっ!!」

 目の前、と表現されるほどの至近で人の頭蓋が砕けて割れる音と何かが削れる音を盲目の少女は、誰よりも鮮明に聞き取ってしまった。

「……あ、れ? あれ、あれあれあれあれぇ~? おっかしいな~」

 信じられない、それ以外の表現を失くしたようなトーリのいつも通りの笑い顔が静かに場の状況を示していた。



  ▲ ▲ ▲




 武蔵の艦隊上で行われたアリアダスト教導院高等部三年梅組の授業は、葵・トーリの重役出勤後、当初の通りヤクザ事務所において対魔神族戦闘の実技指導が行われた。
 葵・トーリが現れたことでやる気を完全に失くした血色の悪い少年イバラ・キドジは、その後の実技にも参加しなかった。
 朝の体育及び実技が終了し、教室へと戻ってきた三年梅組は、オリオトライによる極東史が行われていた。
 
「はいじゃあ、今日の極東史は、神州が暫定支配されるいきさつとなった“重奏統合争乱”についてだけど――鈴。知ってるだけでいいから先生の代わりに御高説してー」

「あ、え? ――っは、はい、ですっ」

 必罰主義が特徴のオリオトライの授業。さらにもう一つの特徴である御高説が開始されていた。
 教室内は、真面目に授業を聞く生徒以外にも別の仕事をしたり、趣味に興じたり、授業をやじったりする生徒もいる。
 とてもマトモな授業ではなかったが、梅組の学力が他のクラスに比べて特別低いというわけではないので他の教師陣からの注意もそれほどない。
 目元を隠すように伸ばされた前髪をした盲目の少女、向井・鈴による御高説は、南北朝戦争に始まり、重奏神州の崩壊と二つの神州の融合、今回授業の枢軸たる重奏統合争乱の内容と戦後の神州分割にまで話が及んだ

段階でオリオトライからOKが出たところで緊張しながら喋っていた鈴は肩の力を抜いて腰を下ろした。

「いい感じね。私がやるよか遥かにマシだわ。次も鈴に頼もうかしら」

「せ「先生汚え――!」……」

 オリオトライの職務怠慢とその職務の放棄宣言にトーリが両の指で担任を指差しながら立ち上がった。
 それとほぼ同様の言動を行おうとしていたキドジは、ばれないように舌打ちしつつ深いため息を漏らした。

「自分が馬鹿だからって、ベルさん煽てて次も頼む気だろ! 大人ってドス黒えぜ!! でも俺は指差すなよ!?」

「トーリは朝からコクりがどうのこうのと、そんなに急ぎで死にたいの?」

 相変わらずのトーリの言動に笑顔で米神に青筋を立てるオリオトライ。
 トーリは、朝の実技授業において、かつてからの想い人であるホライゾン・アリアダストに告白すると皆の前で宣言している。
 その際にR元服のゲームを買う為に授業に遅れたり、オリオトライの乳房を揉みしだいたりと相変わらずの破天荒で強烈な登校を果たしていた。

「死にたいわけねえだろ先生! 俺がホライゾンに告白したら殺す気か!? さては嫉妬か! 嫉妬なんだな、先生!?」

「あっははは! 先生、もう面倒だから殺したいわ」

「教師が生徒にいうことかよ!」

 トーリの言動も大概だが、オリオトライの発言も在り得ないだろうと生徒一同の心の中のツッコミが入っていた。
 そして、オリオトライをおちょくり終えたトーリはひとつ手を打ってクラスメイトを注目させた。

「ハイじゃあ皆、今夜は俺の告白前夜祭ってことで集まって騒ぎます!」

 というこれまた唐突な生徒会長兼総長である葵・トーリの発言にあれよあれよという間にトーリの提案から夜に皆で校舎に集まって“幽霊探し”が行われることが決定した。
 その後、授業を妨害していたトーリはオリオトライの命令により、自己申告厳罰である「とりあえず脱ぐ」を実行することになる。
 芸人である葵・トーリは、脱ぐことを恥じることはなく、周りもそれを止めるような常識を語ることもないため、三年梅組から『脱ーげ! 脱ーげ!』というコールが始まるという事態になったり、隣の教室に全裸の

トーリが蹴り飛ばされたり、武蔵王であるヨシナオが今日帰還した東宮――東を連れ立って教室に現れたり、とはちゃめちゃな感じで自由に授業は進んだ。

『まったく、このクラスは外道ばかりであるな。……と、忘れるところであった、イバラ! イバラ・キドジ! 伝えることがある出て来い!』

 ドアを隔ててトーリを筆頭に散々と弄られた武蔵王ヨシナオの大声が梅組に届いた。

「――というわけらしい。出て行っても良いかと確認を一つ」

「あーはいはい、OKよ。ついでに王様をはやく返らせてあげて」

「……jud.」

 ヨシナオの声に応じて席を立ったキドジは、オリオトライの了承を得て教室を後にした。
 キドジが退室した後、東の挨拶が始まり、また騒がしさが梅組に戻る。

「この学級の連中は……!」

「ドアを蹴りつけたければどうぞ、と推奨一つ。修繕費は自己負担ですけど」

「蹴らんわ!」

 抑揚のない声でいうキドジの言葉を否定するヨシナオ。
 ややあって呼吸を落ち着かせたヨシナオは、咳払いで間をとると言った。

「さきほど三河より連絡があり、イバラ・キドジは酒井学長と共に三河へ来られたし、とのことだ。所在も連絡せず、どこかをほっつき歩いている生徒会副会長 本多・正純と合流し、酒井学長と共に三河へ行くように。――以上だ」

「……jud. にしても何故、俺を三河へ?」

「そんなこと麻呂が知るわけがない。松平家当主の元信公はアレな御仁だからな。大方、【無罪】の貴様を相手に“授業”をしたいのだろう」

 キドジの疑問にヨシナオは興味なさ気にため息を吐いて背を向けた。
 伝えるべきことは伝えたと去っていくヨシナオを見送りながらキドジは首を傾げながらも本多・正純の所在を探るための術式を顕現する。

「結び一条。天まで届け、と懇願一つ」

 キドジの言霊に呼応して教室の床が波打ち、赤いてるてる坊主のような雨合羽が現れた。

「しょぎょー、むじょー。めいそう、どうしん。いじわるするよ、たべちゃうよ! 【あくしん“てんじん”】さまのおとおりだよ!」

 舌っ足らずな幼子のような喋り口調の赤い雨合羽【悪神“天陣”】は、そう名乗りを上げるとキドジの周りをくるくると回って指示を待つ。

「名を本多・正純――早急に所在を見つけてくれ、と命令一つ」

「りょーかい、りょーかいだよ! どけどけだよ、ぐみんども~! “てんじん”さまの~おとおりだよ~!」

 尊大に過ぎる物言いをしながらてるてる坊主のような赤い雨合羽は校舎の廊下を氷上で滑るような勢いで移動を開始した。
 それを見送ったキドジは、いまだに騒ぎが収まらない梅組教室に顔だけ入れてオリオトライにヨシナオの伝言内容を伝え、午後の授業をキャンセルすることにした。
 雨合羽の【悪神“天陣”】は補助的なモノである探査能力はあっても伝言・回収能力はないため、正純とは自分で合流しなくてはならない。

「それにしても……松平家が俺に何のようだ、と疑問を一つ。俺との関わりはないはずじゃなかったか、と既知を一つ」

 三年前の事件後、即死状態から奇跡の再生を果たしたキドジだったが、脳へのダメージが激しく、記憶情報の大部分が欠損していた。
 その為、武蔵でその姿を確認される前のキドジが何処の何者だったかということを知るものは、本人も含めて存在しなくなった。
 当時の調査で松平家との関係も調べられたが完全な白という結果が出ている。
 誰も知らない、どこにも記されていない存在となったキドジは、現代に鬼の名を与えられて暮らすことになった。
 その身に宿す【無罪】のみをその存在証明として、一歩先も見えない闇道を進み続ける。

「三河、か。酒井学長と本多の古巣だったか……元信公は何を考えているのやら、面倒が無ければ良いがと不安を一つ。追加で不満を一つ」

 さっそく正純の所在を発見した“天陣”の反応を確認したキドジは、不安を表情に出さずに歩き出した。




[30862] 第5話
Name: クリス◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/12/31 00:09






 武蔵艦上、奥多摩艦首近くにある自然公園内の霊園を一人の人物が訪れていた。
 植木の常緑が穏やかな風を受け、漣のような耳に心地良いざわめきを届けている。
 そんな霊園に正午も近い時間に手桶を下げている人物は、予想外の先客の存在にどう反応したものか考えあぐねた結果、深いため息を吐いた。

「これは……何なんだ?」

「jud. P-01sは、謎の怪生物であると判断いたします」

 呆然とする手桶を提げた人物、本多・正純の呟きに自動人形の少女P-01sが応える。
 そんな二人の前にあるの側溝から生えている下水処理役として各国で見られる意思共通生物である黒藻の獣を巨大化させたような黒い泥団子がゆっくりと旋回する。

「……探したぞ、本多・正純、と苦労を一つ」

「どあっ?!」

 旋回したデカ黒藻の獣が顔に張り付いていた数体の黒藻の獣を側溝に落とすとその中から一人の少年の顔が現れた。

「おまえ……茨かっ!?」

「Jud. 先回りしてお前をまっていたが、こいつらに捕まってしまったとため息を一つ」

 クラスメイトのインパクトがあり過ぎる登場に驚愕の叫びを上げた正純にキドジは、やれやれ、と首を左右に振りながらため息を吐いた。
 天陣の能力で正純の所在とその意思進路予測を計算して無理なく合流できる場所としてこの霊園で待っていたキドジは、どういう経緯か頭だけ出して側溝の中に埋まっていた。
 衝撃的な今日の出会いに凄まじい温度差を見せる級友達が奇妙な空気が間を作っているところでキドジの頭に水がぶっ掛けられた。

「これほど巨大化してしまうとは。よほど淀みが長く続いたのですね。水は、もっと必要でしょうか?」

 正純と共に居たP-01sが、いつの間にか正純の手桶を持って水を汲んできていたらしい。
 それを側溝から頭だけ出していたキドジの頭上から容赦なくぶっ掛けたのだった。

「……P-01s、俺は黒藻の獣じゃないから水をかけなくても良いと拒絶を一つ」

「なんと?」

 ずぶ濡れになったキドジの言葉に驚愕を顕にするP-01sの表情は、自動人形らしく無表情なままであった。

 
  ●


「――しかし、何だってまたおまえは側溝に詰まっていたんだ?」

 母の墓前にしゃがみ込んで草取りをしている正純は、呆れたように近場の水場で衣服を洗っているキドジに訪ねる。

「何故と言われても、黒藻たちには借りがあるから纏わり付かれたら無碍にするわけにもいかない、と嘆息を一つ」

 汚れそのものは、黒藻の獣が浄化していたが、その臭いをつけたままで居ることはさすがに周囲の迷惑があることはキドジも理解しているため、衣服を脱いで洗っている。

「って、公衆の面前で全裸になるなっ!」

「……え?」

 正純の正当な忠告に首を傾げるキドジ。

「汚れの浄化は黒藻たちがやってくれたから気になる臭いも洗えばすぐに落ちる。そもそも本多と自動人形以外には、“武蔵”たちくらいしか見ていないのだから羞恥もない、と続行を一つ」

「いや、羞恥しろ! というか、ここは公共の場だ!」

「jud. P-01sも正純様に同意です。率直に申しまして、公然わいせつ物陳列罪に該当すると思われます」

 正純のツッコミに傍らに居たP-01sも無表情で引いていた。

「jud. jud. と言っても俺は『無罪』だからな。裸のひとつやふたつ晒したところで番屋にしょっ引かれる謂れはない、と真実を一つ」

「どんないい訳だ!」

 正純の注意もキドジに対しては、暖簾に腕押しだ。
 総長兼生徒会長である葵・トーリに対して苦手意識を持っているキドジではあるが、まだまだ付き合いの浅い正純からは似通った部分も多くあるトーリ同様の曲者であると思っている。
 聖連から与えられたアーバンネームが、能力的な評価から“不可能男インポッシブル”であるトーリに対して、“卑怯者”であるキドジの『無罪』は、外界に干渉する存在としての『無罪』であって、キドジ本人が“罪がない”“罪を犯さない”という意味ではない。

「カルシウム足りてないんじゃないか、本多? と心配をひとつ」

「だ・れ・のっ、せいだっ!」

 引き締まったケツを向けたままのキドジにツッコミの蹴りを飛ばす。
 それを鋭い腰振りだけでキドジは回避した。

「殺す気か、と怒りを一つ」

「怒りたいのは、こっちだ! というか、こっちを振り向くなぁ!!」

 叫んで手桶を投げつける正純だが、キドジはそれを難なく避ける。

「全裸の癖にブリッジで避けるなぁああっ!」

「男同士でそんな騒ぐな、と嘆息一つ。まさか、お前――」

「―――――ッッッ!!」

 サイズに自信が無いのか? というキドジの蛇足に声にならない怒りの咆哮をあげる正純であった。
 ツッコミであろうともまともに受ければ致命傷になってしまうため、たとえギャグの範囲内でも全力で回避する。
 キドジの回避能力は常軌を逸しているが、始めからそうであったわけではない。
 そもそも記憶をなくしたキドジは、自分の体質に関しても三年前はわかっていなかったのだから注意しようもなかった。
 それが現在では、尋常ならざる回避率を誇り、同じように他人を困惑・翻弄するトーリと違い、ツッコミという制裁が通用しないため、皆からの評価は頗る悪いのである。

 正純とキドジのやり取りを無表情で観察しながら掃除を継続していたP-01sは、正純が毟っていた草なども集めた塵芥と一緒にさきほどまでキドジが詰まっていた側溝の近くに運んで積んでいた。
 P-01sの行動に応じるように、側溝の蓋が持ち上がり、そこから黒藻の獣たちが顔を出す。

『むのうやく? てんねんそざい?』

「jud. この場所にある植物・土壌は完全無農薬です。ご安心を」

『ありがと』

 P-01sが運んだゴミを受け取った黒藻の獣は、礼を言うとゴミを頭に乗せて側溝へと下がった。
 黒藻の獣に対するP-01sのこの餌付けのような行為は、その事実を知っている者たちの間ではスルーする方向で暗黙の了解ができている。
 黒藻の獣を見送ったP-01sが視線を上げると正純のツッコミを避け切ったキドジが、軽く絞って水を切った半濡れの服を着てようやく衆目を歩ける装いに戻っていた。

「それでおまえは本当に何をしに来たんだ」

 キドジの所作にツッコミを入れることの無意味さを改めて実感した正純は、額の汗を拭いながら墓所の清掃に戻りながら聞いた。

「何って……なんだったっけ? と忘却を一つ」

「ほんっとぉおに、おまえは何しに来たんだ!」

 真面目に自分が何をしに来たか忘れている様子のキドジに正純は拳を握り締めるが、無意味と悟ったばかりの怒りをどうにか抑え込んだ。
 そんな正純の苛立ちを気にしないキドジは、しばらく本気で考え込みながら自分が何の目的でこの場に来ていたかを思い出そうとする。

「……全裸になるため?」

 おまえは葵か! とツッコミを入れたかった正純だが、ぐっと喉の奥で堪えた。

「――かもしれないが何か違う気がする、と否定を一つ。……黒藻たちと戯れるため、でもない、と否定を二つ。……おお、そういえばそうだった。目的は、本多だ、と再認を一つ」

「私に何か用があったのか?」

 この流れから正純は、自分をからかいに来たのだと言われるだろうと予測し、身構えた。

「本多は学長の見送りをやるんだろ、と確認を一つ。俺も酒井学長と三河に降りることなってな、と報告一つ。お前が所在を報告していなかったから探していたんだ、と結果を一つ」

「普通だな! というか、それくらいなら通神で知らせればいいだろ!?」

 悟った風に身構えていた正純は、いきなり真面目に戻ったキドジの態度に抑えていた苛立ちを少し漏らしてしまった。
 正純のツッコミと指摘に受け、キドジはしばらく空を見上げてから大きくため息を吐いた。

「……本多は知らなかったな。俺は通神を受けることはできても自分から通神を送ることができないんだ」

「え……?」

 特徴的な何時もの語尾を意図的に廃して告げたキドジの雰囲気の変化に正純は、一瞬困惑の表情を浮かべる。
 ここに来る前に正純は、いつも食事を貰っている青雷亭でそこの女店主から葵・トーリの真実について調べてみてはどうかという助言を受けていた。
 ほとんどの者が小等部から付き合いがある三年梅組の中で、まだ一年しかその中にいない正純は、本当の意味で葵・トーリや他のクラスメイトたちのことを理解しきれていなかった。
 皆、優しく快い者達であるということは正純も感じているが、その奥にあるそれぞれの基礎となるような心の置き所を察するにはまだまだ付き合いが足りていない。

「まあ、俺のことはいいだろ。お前の方は……親族のお参りか、と神妙に問いを一つ」

 正純がキドジにもまたトーリのような過去があるのかと思い、反応に困っているとそんな過去を覚えても居ないキドジは簡単にスルーして逆に問いを投げかけた。

「あ、ああ、母のでね。遺骨もないので形見の品を入れてある」

 そこまで答えて正純は「……あ、すまない」とキドジの身の上を思い出し、謝罪した。

「何を謝っているんだ、と疑問を一つ」

「いや、その――」

 キドジには家族がない。
 記憶を失い、生まれも育ちも判明せず、自ら関係者だと名乗りをあげる者もいない天涯孤独。
 学業に必要な分の費用は、奨学金で賄われているが私生活において常に金欠状態なのは正純と同じか、それ以上の極貧状態であったはずである。
 普段纏っている衣服は教導院の学生服であり、それが汚れれば黒藻の獣に浄化させ、臭いはさきほどのように水洗いしている。
 食事に関してもそれこそ水と塩だけで凌いでいることもあるが、正純のように誰かに助けてもらうということも気質的に不可能だった。
 キドジは、他者の好意をどことなく嫌悪している節がある。
 その理由が『無罪』からくる過敏な防衛意識の延長線上なのか、それとも違う理由があるのかまでは誰にも分からない。
 いろいろと謎な部分があるキドジは、私生活からして謎が多い。
 そんなキドジとこれまで一対一で長い会話をしたことがなかった正純は、少しだけ他のクラスメイトたちから聞いていた彼の在り方の違和感に初めて触れたように感じた。
 正純は、キドジと目を合わせることを戸惑い、視線を落とした。
 母の墓に供えたばかりの白い花が目に入った時、背後からP-01sの声が聞こえた。

「――通りませ――」

 それは、歌だった。
 “通し道歌”という正純も、キドジも知っているくらい極東においてメジャーな歌だった。
 その歌を耳にした正純は、心中に震えが奔るのを感じていた。
 P-01sの魂は喉にあると聞いていた。
 そこから紡がれる音の旋律は、P-01sを感情がない自動人形だということを忘れさせるほどの言葉にできない何かがあった。
 しかし、正純が感じているモノを隣で一緒に聞いていたキドジは共有できていないでいた。

「……気持ち悪い」

「何? おまえ、それは……茨?」

 憮然と言ったキドジをさすがに不謹慎だと注意しかかった正純は、キドジの表情を見て言葉を留めた。

 ――通りませ 通りませ――

 紡がれるP-01sの歌が進むに連れ、キドジの顔色は普段の血色の悪さがさらに悪くなっているように見えた。

「おい、茨。おまえ、大丈夫か? 顔色が何時も以上に変だぞ」

「そう、なのか? 鏡がないと、自分の、顔色は、分からない、と常識を、一つ」

 顔面の蒼白以外にも全身の冷汗や呼吸の乱れも出てきていた。
 医学の専門知識がない正純にもキドジが正常な状態ではないと一目で分かるほどの状態だ。

「おかしい、な……と疑問を一つ。人形の歌に、感動し過ぎ、ているのかも、しれないな、と推測を一つ」

「感動って、おまえ……そんなレベルじゃ、って茨っ!」

 苦痛の表情を見せながらも軽口を挟んでいたキドジは、歌が終わりに近付いたところで倒れこんだ。
 正純が倒れたキドジを抱き起こすがその目に精気は無く、ほんの数分前と同一人物とは思えないほど弱々しい吐息だけが命の続きを語っているように見える。

「どうかされましたか? 端的に言って、その方は危険な状態ではないのでしょうか?」

「あ、ああ。急いで近くの病院に――」

 いつの間にか歌を終えていたP-01sの言葉に一呼吸を置くことで現状の優先順位を定めた正純は、見た目の体格とは比べモノにならないほど簡単にキドジを担ぎ上げた。

「驚きました。正純様は、存外にパワフルな方だったのですね。今朝方、餓死寸前になっていた方と同一人物とは思えませんね」

「私は別に力自慢じゃ――って、その疑いの眼差しはやめろ! 空腹で倒れたのは、芝居じゃないぞ!?」

 自分よりも身長の在るキドジを軽く背負った正純の姿にいつもの空腹で倒れる姿はご飯を恵んでもらうための芝居だったのではという疑惑が浮上するが、正純は即座に否定した。
 P-01sに弁明しながらも正純は、背中に感じるキドジの重さと自分が使用している筋力の差に愕然となった。

「これがおまえの『無罪』なのか――」

 キドジはどんな相手も傷付けることができない。
 自身の意図しないところであっても正純の身体にダメージを与える要素になる体重が“失われている”のだ。
 触った感覚はあり、そこに重さは感じられる。
 しかし、実感としてキドジの重さを正純の身体が感じていない。
 語り合うことも、触れ合うこともできるのに何も伝えることができず、与えることもできない。
 それはどれほどの歪みをキドジに齎したのか。
 どこまでも誰とも平行線で居続けるしかないキドジに人と人との当たり前の交差路は訪れない。

 キドジの弱い呼吸を耳元に感じながら正純は、武蔵の空が割れるのを見た。

「――ステルス航行が解除されたか。もう三河だな……」

 眼下に見える山並み、もうしばらく進めば武蔵用の陸港が見えてくる。
 その先には、極東の代表国である三河がある。
 正純が生まれ、一年前に正純が離れた故郷。
 P-01sが初めて武蔵で見つかったのも一年前に三河を就航した後。
 三年前、キドジが武蔵で確認されたのも三河に寄航した直後だった。
 その事実をここに集った三人は、知りえない。
 まだそれを知り合うほどの関係を築いていない微妙な距離を持った若者たちの頭上を一隻の航空客船が通る。
 それに気付いた正純とP-01sは空を見上げる。
 客船の側面には、三つ葉葵の家属紋章があった。

「あれは、元信公の船か」

 三河の君主。松平の主、松平・元信。
 サービス重視の元信公は、その顔も声も多く知れ渡っている。

『――やあ、久しぶりだ武蔵の諸君。先生の顔を憶えているかい?』

 武蔵中の外部拡声器から声が響き、各地の社、御堂の上に、表示枠サインフレームが現れ、枠の中に一人の男が映し出された。

『毎度毎度、私が――三河の当主、松平・元信だ』

 自らを先生と称し、授業という名の言葉を綴る元信を背に、正純は歩き出した。
 自分の背で衰弱しているキドジと、空を見上げながら元信公の船に手を振りながらも正純の後に続くP-01s。
 浅い関係しか持たない三人は、その姿を遥か上空から見守る人物の視線の意味にこのときは気付くことができなかった。




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