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[30780] 【習作】パワプロ9SS
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2012/01/01 22:37
はじめに。

拙作は表題の通り、間も無く十年一昔なんて言葉が当て嵌まらんとしている実況パワフルプロ野球9を題材(9以外の人物も含)としており、そのヒロイン候補であった四条澄香がオリ主との思い出を淡々と(?)物語ります。

#7ですが、ご覧になられる方によっては一部表現に不快感を生じさせる可能性が有ります。ファールライン以下は読まずとも#8には繋がりますので、ご理解賜りたく。

なお、他サイト様に投稿し永らくエター状態にある拙作の設定が一部そのまま残っております。誤表記等ではございません。

例:あかつき大学附属高校⇒暁大學付属学園高等部(暁大付属)
  そよ風高校⇒そよ風工業(そよ工)

肩慣らしでWiz物を書き始めたもののパワプロSSは書きたいし、と逡巡した結果の書き散らしの為、1話1話が短めとなっております。また、演出の1つとして顔文字の使用が間々有ります。お目汚し失礼致しました。

[1] さんのご指摘により一部修正してみました。その他、内容の善し悪しはさて措き「…?」な文章にならぬよう頻繁に改訂が行われます。更新履歴が紛らわしいかと存じますがご容赦の程を。

[2] [4] [5] [7] [8] [9] [10] [11] [14] [15] [20] [23] の皆様もご感想ありがとうございました。作品の妙味が損なわれる可能性も有りますのでご返答は差し控えておりますが、非常に嬉しく思っています。自身も然ることながら、皆様の暇つぶしになれば幸いです。



[30780] 【 暁の軌跡 #1 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2011/12/30 23:59
俊足巧打。守備の名手。バント職人。

一般的に二塁手とは大体こんなイメージではないだろうか?

強打のセカンドと問われた時に、貴方はどの選手を思い浮かべるだろうか?

東京都下の或る町に、足も守備も月並で、左投げなのに右打ちで、それでも私好みの原石が転がってたので追ってみた。

もしかしたら、おいおいコイツを忘れてないか?なぁんて言われるぐらいの男になるかもしれない、と。

【影山秀路著・フーテンスカウト回顧録より一部抜粋】










「ちょっ、おまっ…捕ったァァァァァァァァァ?! 」 ∑( ゚ Д ゚ ;)

彼を初めて見たのは入部試験の時だった。

この学校の野球部はセレクションにて選ばれたエリート候補生の集まりであり、他県からの野球留学生も多い。

一般入試の生徒が入部を希望したとしても入部試験で徹底的に篩に掛けられ、千石監督のお眼鏡に適う人材がホンの一握りだけ、数合わせ程度に入部を許されるのみ。補欠でも3年間楽しく野球をやりたい人間には他校への入学を強くお勧めしておく。

強豪・暁大付属の門を叩くだけあってグラウンドにはそれなりに自信のある人間達が集っていた筈だが、その年の試験は例年と比べても特に辛辣だった。何しろ実技試験での対戦相手はAA世界野球選手権優勝投手。打っても4番のスーパーヒーロー。

マスコミが勝手に貼り付けた、マウンドの貴公子なるキャッチコピーは伊達じゃない。

本人は駆け引きの欠片も無いデモンストレーション用の投球、と嘯いてたけれど小気味好く三振の山を築くピッチングは傍で観るギャラリーを魅了し、翻ってバッターボックスに立てばその豪打でマウンド上の、周りで見守る同級生のプライドを粉々に打ち砕く。

「この男には、一生敵わない」

たった1打席でも、そう痛感するのには充分過ぎる経験。

私が球団スカウトなら身も心も故障ナシで卒業してくれれば御の字で、指導者も変な癖を付けさせずに基礎を固めてくれれば万々歳。名伯楽だと賞賛するし、ワシが育てたと吹聴しても咎め立てはしない。猪狩守とはそんな男だった。

元々基礎能力とメンタル面を視るのが主で打てる打てないはオマケ程度だったものの、長打性の当たりを放ったのは彼が最初で最後。良いトコロを見せようとダイビングキャッチに失敗した負傷退場者に代わり、急遽センターに入った八嶋中の美技は今も忘れない。

姓は十と書いてヨコタテ。名も十と書いてツナシ。実際にその名を知ったのはもっと先だったが、実に変わった名前なので憶え易かった。

特に大きくも小さくも無い平均的な身長で、痩身でもアンコ型でも筋肉質でも無い。中肉中背とは?の答えに打って付けの体格。坊主頭に体操着の後ろ姿を見る分には、他の入部希望者と全く見分けが付かなかった。

ただ、見るに堪えない不格好なバッティングフォームでフェンスに直撃しそうなライナー性の大飛球を放つと一目散に1塁ベースを掛け抜け、セカンドに到達した辺りで悔しそうに叫んでいたのが強く印象に残っている。

――89番、合格。

ごく平凡な成績ながら見事監督の琴線に触れた彼は一般入部生一番乗りを果たすと、アッと言う間に2軍メンバーでも中心的存在へと登り詰めて行った。

入部試験の結果が示す通り、特段身体能力がズバ抜けている訳では無い。誰もが舌を巻くほど真摯に野球と向き合ってる訳でも無い。非科学的な表現になるけれど、人蕩しと言うか、神懸かり的に要領が良い。誰とでも時を措かずにスグ打ち解けてしまうのだ。


「行くぞヨコタ、今日は神社で階段ダッシュだ!」
「サー!イエッサー!」

「‥‥‥。」
「……(ウホッ!精神力みwなwぎwっwてwきwたwww )」


具体例を挙げれば先輩後輩関係無しに誰もが煙たがる五十嵐権三とは1軍2軍の垣根を越えて師弟みたいな間柄になっているし、いつも飄々として捉え所の無い九十九宇宙からも妙に気に入られてサボリ(本人曰く精神修行)仲間になっている。

周囲の評価はおのずと監督の耳にも届き、一般入部者としては異例となる5月末の1軍昇格試験に参加が許されればアッサリと結果を出して見せる。それも、自身と周囲を納得させる為に送り出された難攻不落のエース・一之瀬塔哉を相手にしての話だ。

何故?抜群の制球力でコースを突く140km/h超の直球と、多彩な変化球で幻惑する投球術は初見の新入部員が易々と攻略出来る代物では無い。秋には競合必至、特Aランクの大型左腕なのである。

「オレ、左キラーだし。対左◎みたいな?」

折を見て本人に聞いても不可解な回答しか得られなかった。感覚的に左投手の方が得意だと言いたかったのかも知れないが、もしかしたら陰で試合VTRを入手し、秘密裏に研究を…何を馬鹿な。

仮に昇降システムの内容を知っていたところで、その為だけに自軍のエースを調査して何になる?通常であれば彼が1軍昇格試験のチャンスを掴めるのは早くても3年生の引退後。結果云々より十十の名が呼ばれた事、それ自体が驚愕のサプライズなのだ。

「1勝1敗だッ、入部試験の時はボクの勝ちだ!」
「ハハっワロス。お前ん中じゃアレも打ち取った内に入るんでちゅかー?」

不意に懐旧の念に駆られた私は暁の野球部史上、最も破天荒な時代の思い出をつらつらと追懐してみた。



[30780] 【 暁の軌跡 #2 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2011/12/30 10:43
「そ、そんなのインチキ!詐欺じゃないのッ」 「ぇー ( ´・ω ・) 」

十十に接触を試みた最大の理由は、初めて見た時から気になって仕方のない不格好なスイング――野球ゲームでクラウチングなどと形容される、上半身を屈めて極端に頭を突っ込む外国人選手特有のバッティングフォームのせいだった。

もし彼が三本松一のように190センチ超の巨漢であったり、七井アレフトみたいにコーカソイド(白色人種と意訳)とのハーフであったりと恵まれた体躯の持ち主であれば4番タイプの選手としての成長を期待し、多少の欠陥は目を瞑ろう。

でも違う。背筋(群)もリストも二の腕も、骨格がスラッガーと呼ばれる人間のソレには当て嵌まらない。そんな彼が猪狩守の球をフェンス際まで飛ばせたのは、ひとえに金属バットの恩恵があってこそだろう。

今でも歴代最強と謳われる暁ナンバーズ。

猪狩世代とまで呼ばれる当たり年の象徴、猪狩守。

その2つの世代が同時に目の前にいたのだから、私の趣味の1つである選手観察は彼らだけでも十二分に満たされていた筈。それなのに、観察だけでなく育成の真似事もしてみたかった当時の私は何を血迷ったのか十十を取り組み甲斐のありそうなサンプルと判断した。

誰よりボールを速く、遠くに飛ばす膂力。自分の脇を擦り抜けんとするボールを捕える、瞬発力・敏捷性・スポーツビジョン――超一流と呼ばれるアスリート達が持って生まれた天賦の才。

それが無いのなら、せめて彼らと同等以上に努力して技術を磨く。誰もが及ばない程の知識を蓄え頭を使う。巧打と堅守。代走でも何でもソツなくこなすユーティリティプレイヤーになればいい。要は、どれだけ効率良く経験を積み重ねられるかである…とは兄の弁。

だから兄はもしもの時のスーパーサブとして野手の全ポジションをこなす事が出来る。草野球程度ならまだしも甲子園出場が手に届く名門校でレギュラーを目指すのなら、それ相応の身の振り方を考えるべきなのだ、と。

噴飯物の補足にはなるが、性格やプロポーションはともかく私の見てくれは満更でもなかったと自負している。学園祭では他校の生徒や自称OBの大学生にナンパされた事もあるし、野球部のマネージャーとして紅一点の存在であった環境も手伝って3年の間にアプローチを仕掛けて来る部員は先輩後輩の中にも少なからず存在していた。

彼の言動から察するに堅物とは程遠い存在に見受けられたし、女っ気の無い高校球児を釣るぐらい自分にも容易い。そう踏んだ私は彼のフォームを散々貶しめた上で自分とのデートを餌にフォーム矯正を画策したのだ。

飴と鞭を使うにしても何とも稚拙で露骨なやり方で、若気の至りにも程がある。もしも過去に戻れるのであれば首根っこを引っ掴んででも押し止め、何を考えているのかと2・3時間は問い詰めてやりたい。

とりあえず自分の頭で考えさせて可能な限り足掻かせようと1週間の猶予を与えたのだが、十十はそんな目論見を嘲笑うかの如く翌日に満点回答を叩き出し、私の度肝を抜く。

「ねぇねぇ今どんなキモチ?昨日散々っぱら m9(^Д^)したばっかの奴に想像以上の実力見せ付けられてイマどんな気持ち?」

「~~~っ」

何故?どうして?

狼狽し、正常な判断を下せない状態にあった私に十十は彼の約2年半の野球人生をチップとした大胆なレイズを仕掛けた。自分が負ければ野球部を引退するまで私のモルモットになる、と言い放ったのだ。

彼の作るポーカー・ハンドと、私が支払うチップは全部で3通り。

1つ目は猪狩守と同じかそれよりも早く1軍昇格を果たす。実現したら指定のシチュエーションでのデート。

2つ目は1軍昇格後、直近の大会でベンチ入りを果たす。実現したらその年のクリスマス・イブまで月1回、先述の条件でデート。途中で2軍落ちしたら無効。

3つ目は公式戦でホームランを打つ。実現したら祝福のキスを最低1名以上のチームメイトが居る前でする。予選なら部位は私の指定、甲子園でなら舌と舌を絡めて。

そして、嫌ならデートなんかしなくても良いからワンコ座りで「出来ません、お許し下さい御主人様」と媚びてみろ。それも出来ないのなら自分にはもう2度と話し掛けるな、とも。

暁大付属の選手層を鑑みれば野手である彼にはどれも実現不可能な内容ばかりに思えたし、信条的に自らのビッドにより始まったゲームをドロップするのは嫌だった。この男に屈する事自体が物凄く嫌だった。

「交渉成立ゥ。んじゃ、ネタバレ行きまーす」 「えっ」

――迂闊。

目の前で披露された一本足打法の美しさに驚愕し、型だけじゃ何だから、と開始したバッティング練習に見惚れるだけに終始した自分の愚かさが恨めしい。どうして気付かなかったのか?詐欺だ無効だと抗議する私に彼は悪徳業者さながらにのらりくらりと詭弁を弄す。

「んー?確かデートの条件はお前さんが納得するスイングが出来れば良かった筈だょ?右打ち限定でどうにかしなきゃダメなんて約束はしてないょ?ムズイんょフラミンゴて。サービスでちゃんと打てるトコまで証明したったのに、何が不服なん?」

スイッチヒッターが云々なんて話をしてる訳じゃない。論点を逸らすな。アナタの回答はこちらの主旨をまるっきり無視しているじゃないか!…そんな私の憤りを、彼のブラフが遮った。今でもあのバッティングセンター前を通ると背筋がゾクゾクする。

「…んじゃ右でも同じ水準に出来たらナニしてくれる?弾道が4になるまで特訓に付き合ってくれるんだったら、仕切り直しでもおk」

「もぉいいわよっ…あの鼻持ちならない高慢ちきの天狗鼻がヘシ折られて悔しがってる姿を観るのも一興だし、アナタの化けの皮が剥がれるのならソレで充分だし、どっちも楽しみにしてるからっ」

「うへぇ、サドっ気タップリだねー…だがソレが良い」Σd(゚∀゚d)

一筋縄ではいかない曲者に魅入られて、私は今でも自分が幸か不幸か良く判らない。彼に出会わなければ、構わなければ、もう少し違う人生を歩んでいただろう。ただ救いなのは、さほど悪くも無かったと言える事だ。

後に十十が私と2人3脚で完成させた打撃フォームと吹聴し、一悶着起こるのだが…それはまた別の機会に。



[30780] 【 暁の軌跡 #3 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:e5bcd6af
Date: 2011/12/20 12:28
2世代前と同程度。

これが猪狩世代入部時に千石監督が下した彼らへの評価だった。つまり一ノ瀬塔哉を除けば軒並み小粒だった3年生らと特段代わり映えがせず、後は指導者の腕の見せ所であったと言うべきか。

野手全員が2年生で構成されていた当時、チームの完成度は芸術の域にまで達する勢いで、むしろエースで4番の一ノ瀬が去った翌年の夏に円熟期を迎えんとしていた。レギュラー陣が順当に成長してくれるのなら、後は黙ってそれを見守っていれば良い。

こうした状況の中、甲子園優勝を目指す一方で監督の目は既に2年後――後釜として充分計算出来る猪狩守を柱としたチームの下地作りへと向けられていた。

僅か2ヶ月足らずの在籍で2軍の星として称賛の声を以って送り出された十十の1軍昇格にはこうした事情も少なからず介在していたのであろう。ライバルとして、相棒として切磋琢磨する人材を求めての青田買い。監督の期待した化学反応は半分だけ劇的に作用した。

本来ならば1軍昇格が許された唯一無二の新入部員。中学時代に築き上げた輝かしい実績は幾許の陰りも無く、評判通りの実力を見せ付け親がどうのと陰口を叩く隙なぞ微塵も与えない。それなのに、自分よりも遥かに劣る存在が対等の立場にいる。

有り得ない、そんな奴を許せる訳が無い。蹴落としてやる!……これが当時の彼の行動原理だろう。天才の思考と問題解決へのモチベーションは常人のそれと一線を画するらしい。

「莫迦なっ…」
「いぇーい☆」(ゝω・)v

「お前ら遊んでないでサッサと練習に戻れっ」
「ミズくん怖ーぃ」

「いい度胸だヨコタ。オメーちっとツラ貸せ」
「Oh…どうしてこうなった?」

十十が先輩達と練習に励む⇒猪狩守が因縁をつける⇒決闘となるお決まり流れ。

彼らが1軍昇格を果たして数週間が経過した頃には先輩諸氏も2人の性格と関係を大体把握しつつあったので止める者も居なくなり、好んでギャラリーに徹する者も増えていた。無論、喧嘩の類いではなく入部試験から続く1打席限定勝負だ。

不思議な話だが、何度やっても猪狩守は十十に勝てなかった。

可愛い後輩と憎たらしい後輩が争い、可愛い方が勝つ――実に解りやすい勧善懲悪で、見ている者はさぞや痛快であったろう。猪狩本人にも気付かない弱点でもあるのかと幾度か問い質してみたもものの、

「アイツの配球パターンは4年前に見切った。絶好調のアフロ野郎にでもならない限り、奴に勝ち目など無い」

と、いつも無駄に凛々しい顔で言い切るだけだった。その間に猪狩守はストレートを磨き、フォークを習得し、打者心理を掴もうと打撃練習に励む。努力する超天才・猪狩守の原点は十憎しの上に成り立っていたと言っても過言ではあるまい。

「次に会う時まで精々腕を磨いておくんだね、ハーッハッハッハ…」

そんな中でのウサ晴らしか実戦経験の一環か、ロードワーク中の河原で他校の野球部員を挑発しては辻勝負に引き込む様子を何度も目撃している。誤解を招きかねないので先に断っておくが、別に彼を意識していた訳じゃない。可哀想な捨て犬が居て週に5・6回だけ様子を見に行ってたらたまたま視界に入っただけなのだ。

ちなみに天才が影で着々と努力を積み重ねる一方で、そのライバルは中の下程度の実力しか無いクセに臆せず三本松一と七井アレフトの脳筋合戦に飛び込んでみたり、女でも軽く嫉妬する美貌の遊撃手・六本木優希の尻を延々追い回していた。

「ハァハァ 》6さぁーん…チッ、今日も空振りかよ。体育館裏にも居ないとなるとソロソロかねぇ?ぁー優希たんペロペロしてぇ――お!バッティングセンターっスかご両人?お供させて下さいヨ~今日こそ俺の金剛が火を吹くっス~」

「ぅゎぁぁぁ (/// )」

十十を追っているとホモセクシャルないしバイセクシャルではないかと疑わしい言動が散見し、約束の手前もあって私は休養日を迎える度に悪夢の到来に怯える憂鬱な日々を過ごしたものだ。

恐れていたXデーはレギュラー発表を間近に控えた土曜日。梅雨入りし連日の雨にぬかるむグラウンドを翌日の練習試合に備えて休ませる為、急遽休みとなった午前に訪れた。

「ハイ、四条ですが……何の御用かしら?」
「ぐっもーにんぐ!流石に今回のベンチ入りは厳しそうだから今のうちに権利の行使をと思いましてぇ」

我が家に電話すると言う事は父母の他、兄が出る可能性も高い。その辺を考慮してか馬鹿に丁寧な物腰での語り口だったが私だと判った途端、態度が一変する。

「ふんっ…で、どうすれば良いのよ」
「ジャージ着用の上、駅前集合でヨロ」

「何よソレ、記念公園でピクニックでもする気?まぁ最初で最後になるでしょうし、お弁当でも御用意して差し上げましょうか?」
「ハハ、参ったねコリャ…今日は遠慮しとく。んじゃ、待ってるョ」ノシ

電話を切ると、子供じみてはいるが案外普通のデートプランに内心ホッとしていた。意表を突くにしても一風変わったレジャースポットに行く程度で、大袈裟な事態にはなるまい。男の子と2人で遊びに行くぐらい、誰だって遅かれ早かれするだろう。

私の場合、たまたまそれが今日だっただけに過ぎない――そんな風に高を括った私が馬鹿だった。

「…なんでフツーの格好してるの」
「流石に休日の立河駅界隈を歩くのにユニフォーム姿じゃあ恥ずかしいし」

「じゃあなんで私にジャージなんか着させてるのよっ、頭オカシイんじゃないの?!」

授業中ですらユニフォーム姿を常とする彼の私服姿を見たのはその時が初めてだった。こうして見るとまだ一目で野球部員と判るヘアーを除けばどこにでも居る10代の少年で、時折垣間見せる異様な威圧感は無い。

「うん、とりあえずこの店でコンタクトにしよう。買わなくてもお試しの1dayタイプがあるから大丈夫」
「えっ?コンタクトなんか付けた事無いし、なんでそんな…」

「ぇー今日はお前さんを俺色に染めます」
「は?アナタが何を言ってるのかサッパリ理解出来ないんだけど……駄目っ」

勝手に私の肩を抱き、有無も言わさず店内に連れ込むと適当に店員を充てがう。こんなので気が済むのならと悪戦苦闘の末、どうにか装着を終えると十十はサングラスを購入して頭には取り出したバンダナを巻いていた。遠目には彼と見抜くのは難しいだろう。

曰く、今日の私は同級生の野球部マネージャーではなく、彼の妹である十なぎさ。

なぎさちゃんは小学6年生の女の子で、これから兄妹仲良くショッピングをするらしい。約束だから仕方ないと厭々ながらに同行した私は、せっかくのオフを彼の下らないごっこ遊びに費やす仕儀と相成った。



[30780] 【 暁の軌跡 #4 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2011/12/31 03:39
「そんな、嘘でしょ?私、初めてなのに…」
「はは、スンナリ入っちゃったナ」

彼のバットを握ると、えも言われぬ高揚感が満ち溢れてくる。少し戸惑いながらも私はソレを受け入れた。

激しく突き抜ける快感に身を委ね、次に訪れる衝撃を焦がれつつ乱れた呼吸を整える。

胸や腰、背中の辺りから滴る汗が心地よい。汗を流すのが爽快だと思ったのはいつ以来だろうか?

火照ったカラダを鎮める、日頃のストレスを発散する大っきいのが最後に欲しい。その一心でバットを振った。

「ふぅ…凄いのね、この鬼瓦バットって」
「気に入って貰えてオニィチャン嬉しいヨ。さぁ、そろそろお昼ご飯にしよっか?」

「ぅぅ、ちょっと待って…その前にその…お化粧室に行かせて欲しいの…」
「あぁ、大丈夫だよコインシャワー有るから。汗一杯かいちゃったろ?バスタオルも用意しといたんでデオドラントなんぞ使わんでおK」

「…もう少しデリカシーが欲しいわね、お 兄 ち ゃ ん ?」

愛用のバットを借り受け半信半疑で打席に立ったのだが、いつも兄やそのチームメイトの打撃を見守るだけだった非力な私でも真芯で捉えればホームラン性の当たりを放てたのでデートの内容的には大いに満足出来た。

ただ、マシン打撃のように始めからゾーンと球種を絞れる状況でなければこのバットの扱いは非常に難しく、ストレートを待ちながら変化球にも対応なんて器用な真似は極めて困難だと思われる。

こんな得物を使いながら真剣勝負の場で、どうやって両左腕を攻略したのであろうか?興味は尽きない。十十による不可解な設定じゃ無ければ申し分ない初体験。また誘われたとしても、都合さえ合えば断ったりはしないだろう。

割と上機嫌でシャワールームを出るとコレを着用!とのメモ用紙が貼り付けられた袋が置いてあり、中には去年、六本木優希がウェイトレスとして着用していた衣装が入っていた。

前言撤回。冗談では無い、こんな服を着れるものか。私に似合う筈が無いじゃないか?

断固拒否せんと抗議したのだが今日の私は十なぎさであると一蹴され、なりきりが出来ないのであれば許しを乞うか、2度と話し掛けるなと再び選択を迫られる。こんな変態に付き合う義理は無いと即刻後者を選ぼうとしたのだが、十十はもう少しで私の望みを叶えられるのに、と呟く。

「…本当に?」
「あぁ、写真集なんかを愛でるより本物を抱きしめたくないか?説得出来なかったらオレの負けで構わん」

「でも、アナタなんかにそんな事っ」
「いくら見た目がヌイグルミみたいでも、野良なら保健所に通報されちまえば即アウトだろ常考?」

「ぅぅッ…約束、絶対守って貰うわよ?」

ダメ押しの一言に葛藤をする間も無く、私の中で何かが折れた。

「んん~まーだ固いなぁ。ウィッグも追加しる」つ爪
「こ、これ以上何をっ‥‥‥もぅ、勝手にしなさいよ莫迦ァ」

彼の要求を甘受し、なすがままの私にカツラを被せる。まるで着せ替え人形だ。

仕方が無い。ここで帰宅して、もし怒らせたらあの仔の身に何が起こるか判らない。大会が終われば一息つく、そうすれば折を見て必ず話をまとめて見せる。その言葉を信じ、実在するのかどうかも不明な少女を演じる方を選んだのである。

十十が高等部に入学するまで面識は一切無かった筈。この男は一体何を求めているのか?私が前世で何か仕出かしたとでも言うのだろうか?

「16番、十!」

千石監督の非情なる宣告により、私は絶望に打ち拉がれた。

1番から9番は不動のメンバーで固定され、猪狩守にも背番号が与えられている。後の6人は全て3年生が選出されるものと思い込んでいた所を、またしても十十が信じられないイレギュラーを巻き起こす。

もうイチイチ驚く気も失せる。これでまた月イチで恥辱を味わうのかと思うと、私の心はアノ日よりも意気阻喪となった。

その年の全国高校野球選手権西東京大会は常勝無敗・完全勝利のスローガンに恥じない完璧な内容で幕を閉じている。準々決勝のパワフル高校戦まで全て5回コールドで勝ち進み、準決勝・決勝も難無く勝ち星を挙げた。

特に決勝は全国の球児が憧れる夢の舞台への最終関門である筈なのに、無安打無失点の好投を続ける一ノ瀬塔哉を途中降板させる余裕振り。今大会、台風の目とも言われた阿畑やすし―石原泰三の自称黄金バッテリーを擁するそよ風工業も調整相手にしかならなかった。

十十には代打の機会すら無かったが、監督が導入したプロ仕様のバッティングマシーン・球仙人相手に毎日快音を響かせ採点記録を更新し続けている。そのせいもあってか投げては3試合連続無失点、打ってもやはり3試合連続ホームランと絶好調の猪狩守も迂闊に挑発出来ずにいた。

デートの話?正直、その後は記憶が曖昧なのだ。

「かぁいい!超キュート♡ 」(; ゚∀゚)=3
「知らないっ」

「そんな捨て鉢にならんと、嘘偽り無くお前さんは可愛いんだし後は演技に徹してくりゃりゃんせ♪ 」

間近で見なければ家族でも私だとは思うまい…髪の毛の色も長さも全然違うし、小学生の頃から裸眼で過ごした時期の方が圧倒的に短い。こんな状態で外を出歩くなんて、自分でも信じ難いのだから。私のアイデンティティが完全に崩壊している。

そんな格好のままレストランで食事をし、夕方遅くまで連れ回されたのだが何を食べたのか、どんな会話をしたのか、何を見て回ったのかも良く覚えていない。羞恥に身を捩らせ、好奇の目に晒される自分に煩悶としいているうちにデートは終わった。

着替えた後も帰りのモノレール内で恋人の如く寄り添う十十を拒む気力も失せ、彼の肩に頭を乗せたまま手付代わりに、と贈られた青い子犬のキーホルダーをボンヤリ眺めていた。



[30780] 【 暁の軌跡 #5 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2011/12/26 15:34
野球には九つしかポジションは無い。

投手が分業制になろうと、指名打者制度が存在しようと、同時にグラウンドに立てるのは9人のみ。

その時点で最も優れている者が選ばれるのだ。

『皆様おはようございます、桐生楓でぇす!』

窓の外には雲1つ無い青空が広がっていた。

『本日のパワフルスポーツは全国高校野球選手権1回戦第1試合、暁大付属対帝王実業の試合をお送りしまーすぅ 』

夏の日差しが眩し照り付ける中、近くて遠い聖地をブラウン管を通して仰ぎ見る。

『さぁ今日はイチオシのコーナーから行ってみましょ~…響子の、イチオシのコーナ~~!! 』

もはやお馴染みとなりつつある名物シャウトが響き渡る。内容はごくありふれた新人女子アナウンサーによる取材リポートなのだが、担当しているのが見るからに冷静沈着・容姿端麗のインテリ美女なのだ。

外見的には思いっきりミスキャストな彼女の体当たり取材が予想以上の好評を博し、希保田響子の魅力を存分に引き出す事に成功。局内では某野球選手との熱愛報道で寿退社が秒読みと噂される桐生アナの後釜は決まったなどと囁かれているらしい。

『ハイ、私は今まもなく試合開始を迎えようとしている西東京地区代表の暁大學付属学園に来ています!』

彼女の後方では現地入りしなかった生徒達が我も我もとカメラの前に群がる姿が映し出され、中にはTVクルーの目を引こうと鳴り物を片手に応援団さながらの出で立ちで馬鹿騒ぎをする恥さらしな連中も見受けられた。

確かに祭りの一種であるかもしれないが私には崇高な祭事に等しい。彼らへの侮蔑の思いが自然と高まる中、希保田アナが関係者以外に知る由も無い極秘情報を透っ破抜いた。

『なんと暁大付属は昨日の練習中にレギュラーの六本木優希君が倒れ、緊急入院するという大アクシデントに見舞われてしまいました!既に容態は安定しているそうですが、タダでさえ苦戦を強いられそうな王者・帝王実業相手にこの危機をどう乗り切るのか…』

チームの正遊撃手である彼は昨年の文化祭では冗談のつもりで参加させられたミスコンにて、まだ在学中だった浅田キャピ子を差し置き満場一致でグランプリを獲得した絶世の美男子。校内では既に全国区の知名度を誇る一ノ瀬塔哉を凌ぐ人気で、どっかの莫迦も「男の娘は別腹だー」と謎の台詞と共に彼を追い掛け回している。

希保田アナのもたらした悲報に、女子生徒からは悲鳴の声が上がっていた。

『部員の皆さんには夢の舞台を前に無念の涙を呑む形になった彼の分まで、精一杯頑張って欲しいと思います。現場からは以上です』

『はい、ありがとうございましたぁ~…ココで番組スポンサーよりお知らせとプレゼントがあります。間もなくプレイボールです』

試合直前の放送なので情報戦に与える影響は少ないものの、一体誰がマスコミにリークしたのか?部内に密告者が居るなんて考えたくもない。

「テレビって凄いなぁ…ごめんね四条さん、僕なんかのせいでみんなの応援が出来なくなっちゃって」

「いえ、気にしないで下さい…もしそれが無理でしたら来年はベンチに入らせてくれると嬉しいです。どの道、今年は入れませんでしたから」

病室の空気が一気に重苦しくなる中、マネージャーである私が重篤な状態を脱したばかりの先輩に気を使わせてしまった。物憂げな表情も、頑張ってみるよ、と苦笑いする表情もとても儚げで、私なんかよりずっと女らしく見える。

それでいて守備面ではチームの誰よりも厚い信頼を勝ち取っており、練習中に誰かが倒れても「保健室に運べ」と指示するだけで容態を顧みようともしない鬼監督を慌てふためかせ、チームの戦略を大きく転換させた程だ。

決戦前日、監督が病院から戻るなり開かれた緊急ミーティング。

本来の主題は帝実側の先発が予想される山口賢投手の攻略についてだが、開口一番彼の容態に触れ、数日の入院が必要だが命に別状は無い旨が告げられると皆一様に安堵した。

「基本的な作戦は以上だ。なお、明日の試合だが六本木に代わってショートは…」

ミーティングルームに緊張が走る。

練習中に彼が倒れた時点でこうなるのは半ば規定路線であっても、一体誰がその代役を務めるのかはまだ知らされていない。正直な話、この入院劇は出場機会を逸していた3年生達にとって、突如出現した最後の光明に等しい。

誰かのピンチは他の誰かのチャンス。彼らの焦点はそこ一点に絞られていて相手投手の攻略法やライバルの容態など付録程度でしかない。

特に強肩強打を活かすべくセンバツ後にサードへ転向したばかりだった五十嵐権三とのレギュラー争いに破れ、ベンチウォーマーに成り下がっていた座粉将斗などは明らかに目の色が違っており、元々の守備位置への未練を再燃させてか病院搬送後の練習では誰に言われるでもなく自ら進んでショートに就いていた。

「…四条、お前に任せる。そしてセカンドには十、お前を起用する」

「ぉー四条先パイかぁ~~って、自分をスタメンで使うんスかぁぁぁ」 σ(゚◇゚;)!?

『ざわ…ざわ…さ゛…ざゎ‥‥‥ざわ』

監督の視線、とは言ってもサングラスで見えないのだけれども、その視線の先に注目が集まる。

大方の予想であったショート座粉の再臨は物の見事に覆された。私も含め部員達は皆、監督がセンターラインに求めているのは強固な守備であり、その選手起用から打撃は二の次三の次だと思い込んでいたからだ。

私情が絡むので十十の守備技術をとやかく言うつもりは無い。

が、内野手として致命的な左投げの選手をセンターラインの中心に据えるなんて信じられない暴挙であり、愚策としか評す言葉が無い。この抜擢には他の部員達は勿論の事、指名された当人ですら信じられない様子だった。

誰もが予想しないサプライズ人事によりざわめきは収まるどころか強まる一方で、普段ならミーティング中に監督の許可無く私語を発するなんてあり得ないのだが皆、興奮が収まらない。

「あの、明日の試合限定のお話っスよね?勝てばその後は》6さんが…」

「こんな時に倒れる奴を使えるか…今大会中、六本木の存在は忘れろ」

鉄壁の~なんて陳腐な言葉では表現し得ない華麗なる守備。幾度となく勝敗に関わる痛打をアウトカウントに錬成してきた勝利の錬金術師の存在を忘れるなんて、出来る訳が無い。
  
この失言と断じても何ら差し支えない監督の檄にチームの動揺は一気に加速した。

「カントクッ、六本木は本当に只の熱中症なんですか!?」

「監督、ゆーき死んじゃうのか?オイラ絶対イヤだぞっ」

「何度も言わせるんじゃない!…全員グラウンドに出ろ、貴様等は頭よりも体を動かせ!」

誰もが竦む戦慄の一喝にも部員達の狼狽は一向に収まらず、結局この後の練習も浮き足立ったまま誰1人としてまともに集中出来ていなかった。今にして思えば、六本木優希に誰よりも信頼を寄せていた監督自身の困惑が滲み出た証であったのだ。



[30780] 【 暁の軌跡 #6 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2011/12/28 17:02
「最近、笑顔が増えたよね」

TV中継の観戦中に発した、六本木優希の何気ない一言に私は酷く当惑した。

「ぇ‥‥‥そう、ですか?」

多分あの仔のお陰だとは思うが、そのような自覚は毛頭無かった。彼が言うには四条さんは一生懸命頑張っていて、優秀で、マネージャーとして非の打ち所が無いないのだけれど、私のソレは事務的を通り越して機械的ですらあった、と。

それはそうだろう。努めてそう振舞っていたのだから、そういう人材が求められていたのだから仕方がない。でも、今は女の子らしい柔らかさがあってとっても素敵だ、とも言ってくれた。顔から火が出る程恥ずかしかったが、お世辞だとしても嬉しかった。

甲子園での一ノ瀬塔哉の活躍を契機に、野球部にはマネージャー志望の女子生徒が度々押し掛けるようになっていた。しかし野球のルールも知らないミーハーな一ノ瀬ファン達は完全裏方のハードな雑務について行けず、皆押し並べてひと月と持ちはしない。

これが監督の逆鱗に触れ、その後は女子マネージャーの入部は一切禁じられていたのだが、現2年生には野球推薦で入学したものの怪我で再起不能となった等、都合の良い脱落者がおらず現3年生の引退を以て雑用係に欠員が生じる。

そうなっては当然困るので、窮余の一策として兄が私を推薦したのだ。妹なら野球にも精通しているし、誰かに言い寄ったり逆に言い寄らせるような真似は断じてさせません、と。

実際に先輩マネージャーからの引継ぎもほぼ完了し、1人でも上手くやっていけるだけの自信はある。

…そう、周囲が求めるいつも通りの私。何事にも理知的に粛然たる態度を以て臨み、正確且つ迅速に対処する有能な人間。私自身もそう在りたいとは願うけれど、いつの間にか勝手に作り上げられた人物像に心底辟易していた。

不意に、昨夜のやり取りが脳裏を過ぎる。

「眠れないの?」

私の問い掛けに十十は良い膝枕と子守唄があれば、と切り返す。明日に備え夜間練習は一切禁止されているにも関わらず、彼は大部屋を抜け出し何故かシャドウピッチングをしていた。

「そう。子守唄は辞退させて貰うけど、私の膝で良ければ貸してあげてるわよ?借りもあるし」

まだ手探り状態の感は否めないが、先週行った海水浴で彼の扱い方は概ね把握出来そうだった。他人の領域にズカズカと踏み込んで来る割に危険水域ギリギリの、本当に嫌だと思う事まではしない。まぁ…NGサインその物が相当屈辱的ではあるのだが。

ある程度までは乗ってやり、後は適当に去なすのが正解なのだ。

「借りと来たか。そういやガンダーは元気してる?しかしお前さんがガンオタであったとは読めなかった…海のリハクの目をもってしても!」

「だから、名付け親は私じゃなくて兄さんだって言ってるじゃないの…いつから李白になったのよ」

彼の取り成しで家族の一員になった仔犬の名は、兄である四条賢治が愛好してやまない老舗玩具メーカー・玩多堂のヒット商品に依る。 

重ねて言おう、断じて私の趣味なんかでは無い。私はこう…みかんとか、もっと可愛らしい名前にしたかったのにあの恩知らずの浮気者はベッタリと兄に懐いてしまい、もう完全に自分の名前をガンダーと認識してしまっていた。

「でもそんなワンコと飼い主がキャッキャウフフしてるzip だけで小生、ご飯3杯はイケます」( ° ▽、° 8)+

「ななな、なにをゆってるのっ」

最近やたら熱心に兄と野球談義を交わしているな、と思ったらそう言う事か。それでも恥ずかしい格好をさせられるよりはマシだし、彼のお陰で今の生活があるのだから多少は大目に見るけれど…私とあの仔の写真なんかを見て、何が愉しいの?

高が犬っコロ1匹で何を大袈裟なと笑うかも知れないが、十十の影響で私も兄も人生の路線が大きく切り替わってしまった。この男は時折、その事象を予め知っていたのではないかと思しき行動を執るのだ。

『ボールは左中間を転々っ!その間ツナシヨコタテがセカンドベースを蹴るっ!さぁ、そのまま最終コーナーを廻って最後の直線っ…残りあと90ふぃぃぃ~とっ!! 』

スコアレスドローのまま迎えた7回裏、十十の第3打席。2アウトランナー無しの場面で山口賢の第1投は内角低め、ストライクゾーンをギリギリ掠めるフォークボールだった。

彼はソレを狙い澄ましたかの如く掬い上げると、浜風に乗った白球は外野陣の守りを突破する。彼らとて同じ高校生、広い甲子園と地方球場では勝手が違う。檜舞台で普段着野球を出来る訳が無いのだ。

打球処理にもたつく内に十十はダイヤモンドを一気に駆け抜け、スコアボードには打者の功績を称える1の数字が刻まれる。私と入院中の半病人は互いに手を取り合い、昨年まで競馬番組を担当していた女子アナの意味不明な実況も気にならないくらい興奮していた。

『ボールは届かないっ、好投イチノセトーヤを援護する伏兵の一撃ぃぃ!十十のインサイドザパークホームランでアカツキダイフゾクが先制ぇぇ、残すはあと2イニングっ、巻き返せるのかテイオージツギョー?! 』

彼の半生において最も光り輝いた瞬間であったと確信させる、価値ある1打。

その活躍が他人である私にさえ暁大付属の生徒である事を誇りに思わせ、我が身に降り掛かる災難も忘れて胸を熱くした。全国最強と謳われる帝実打線が為す術なく捻じ伏せられている状況で先制点を得たのはとてつもなく大きい。

未だに僅差ではある事に変わりは無いが、帝王実業に忍び寄る敗戦の重圧は相当な物である筈。

『帝王実業は甲子園出場時、ベスト8以下になった事が無い』

帝実信奉者が我が物顔で語るあの忌まわしのジンクスは、今日破られる為に存在していた。そんな風にさえ思えた。



[30780] 【 そよ風のサイクロン 其ノ壱 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2011/12/31 16:23
夏、本番――

全国高校野球選手権西東京大会は開催から既に2週間が経過し、甲子園出場に向け順当に駒を進める暁大付属は決勝まで進出。3年生マネージャーが記録員としてベンチ入りしている為、私は他の部員達と一緒に観客席にて戦況を見守っていた。

「んん~好調好調。結構ケッコーこけこっこーっと」

3回表のそよ工の攻撃が終わったところで、私の隣に座っていた男がボソリと呟く。スタンドにベンチすらない地方球場とは違い此処、神宮の杜には学校関係者が多数応援に駆け付け大いに賑いを見せている。

当然、今年の有力ドラフト候補であるエース左腕を目当てに各球団のスカウトも大集結。中には「いっちのせさ~~ん、キャー☆」だの「塔哉くんコッチむいてぇえ!」だのと黄色い声援を送る追っかけも目に付き、対戦相手の中にも今日活躍すれば注目されるでは?などと淡い期待を膨らませている者は1人や2人じゃないだろう。

「今日の調子なら完全試合も有り得るぞ…コールドにならなければ、な」

野次1つ飛ばす事無く静かに観戦しているが真夏にも関わらずヨレヨレのジャケットを羽織り、ニット帽を深々と被ったままの中年男性。世の中には平日休みの企業だって数多く存在するが、普通のサラリーマンじゃないのは一目瞭然。彼が居座る一角には露骨に空席が目立っていた。

だが本人は不審者扱いに慣れっこのようで気にも留めてない。私はこれ幸いとその隣に腰を落ち着けたのだ。

親族の応援にしては淡々とし過ぎているが、高校野球好きのフリーターにしてはその眼差しは真剣味に溢れている。彼の右手には缶ビールでは無く鍵付きの手帳が収まり、ペンを握ったもう一方の手はまるで別の生き物のように蠢いていた。

高額な契約金で有望選手を買い叩くご時世にあって、今なお地道な新人発掘を生業とするフリーランスのスカウトマン。名を影山秀路と言う。

この男によって世に見出された選手の中にはスターと呼ばれる者も少なくない。もし具体例を挙げるとすれば近年ではセ界屈指の大砲、福家花男と今シーズンの新人王当確左腕、神童裕二郎がそれに当たるだろう。
                               
「こりゃ争奪戦は必至だな。後はもう怪我さえなければ…本人には悪いがいっそ甲子園に行かないでくれた方が助かる」

一昨年の新人戦から追い続けた逸材の成長は実に喜ばしい。だが、野に埋もれたダイヤの原石の発掘に至上の喜びを憶える彼にとって今の一ノ瀬塔哉には些か興を削がれた感もあるのもまた事実。

そんな影山スカウトの苦笑とは裏腹に、試合は周囲の期待を裏切らない快刀乱麻のピッチングショーが演じられた。

「相手の…阿畑君も悪くない。悪くはないが…もう限界だろうな」

そよ工の項目をチラリと確認し、再びグラウンドに目をやる。彼の力投に対する援護も無いまま、味方のエラー絡みで失点を重ねる悪い流れ。苛立ちから制球を乱しており、自滅寸前だ。

「いや、もう自滅してると言っても差し支えあるまい。仮にこの回を乗り切っても大勢は決しているしな」

それでも彼に替わるピッチャーを送り込めないのが、そよ工の苦しい台所事情を如実に現している。カキーンと言う乾いた金属音と、それに少し遅れて沸き上がる歓声は、本日2本目となる一ノ瀬塔哉のホームランに対する称賛であった。
                                    
「おやおや、随分と気前の良いこった…しかし誰の為のサービスかね?」

7回裏。2アウトながら満塁の場面でクリーンアップの一角を担う二宮瑞穂が三球三振に倒れる。スコアは5-0で暁大附属がリード。残すは2イニングだがあと2点入ればその場で試合は終了していた。

『――続きまして、暁大付属の選手交代をお知らせします。ピッチャー、一ノ瀬くんに代わりまして、猪狩くん』

続く8回表。僅かに手元が狂ったのか、彼の投じた1球は高校球児には不似合いな長髪選手の腕を僅かに掠めた。その直後、未だノーヒットノーランの可能性を残したまま突如告げられた選手交代の報に球場が騒然となる。

                                 
「どうしたんだ一ノ瀬は? 何があったんだクソッ、猪狩って何年の選手だよ、誰か知ってるか?」

「こ、交代の理由は?…誰か医務室を確認して来い!彼の故障歴は?どこかに古傷でも抱えてたのか?! 」

「なんでぇ?どーして代えちゃうのよバ監督!」

「一ノ瀬くんを出せー!出さなきゃ帰っちゃうんだからぁ~」


7回と0/3を投げて被安打ゼロ・四死球1・奪三振11。投球数は百球にも満たない。

完全試合必至かと思われた展開で起こったまさかの交代劇に故障発生かと慌てふためくスカウト陣。ドラフトの目玉投手を相手に、その程度の情報量なのかと影山スカウトはため息を漏らした。

「こんな場面で秘蔵っ子を送り出すなんて一体…あぁ、なるほど」

マウンド上では猪狩守と会話を交わした後に激昂しだした二宮瑞穂を一ノ瀬塔哉が宥めていた。大方はエースを降ろす事で完全試合達成の為にみすみすコールド勝ちをフイにした恋女房に対しての制裁だろう。

彼は一ノ瀬塔哉を実兄の如く慕っている様子だし、猪狩守とは犬猿の仲と言った感じでこれほど当て付けに相応しい人物は居ない。小さなアメと恐ろしいムチを巧みに使い分け、時には冷酷なまでに信賞必罰を徹底する千石采配の真骨頂だ。


「おお、アレが猪狩コンツェルンの御曹司か…リトルシニアの天才児がどう成長したんだかねぇ」

「何だ、初めて見るのかよ? まぁお前んトコにはセ界がひっくり返ったってなびかねーぜ。諦めな」

「なにあのコ?チョー可愛い!」

「あ~~~ん、なんか萌えーっ」

「しかしハイエナの群れにわざわざご馳走を投げ込むとは、千石君も人が悪い…これで面倒な仕事が増えそうだ」


影山スカウトが渡り歩くのは大抵球団名を出すとガッカリされるBクラスどころばかり。だから、担当エリア内に花形選手が存在しても上からの命令が無い限り極力接触は持たない事にしているそうだ。

特に逆指名権も無い甲子園のアイドル達は経験上、個人的に思い入れのある地元出身選手でもない限り徒労に終わるから、と。

「…その時間を他の逸材探しに充てた方がどれほど有益か。理解のある上司に恵まれない宮仕えとは辛いモノだな」

ノーアウトランナー1塁。阿畑やすしとバッテリーを組む石原泰三はこの点差でもセーフティ気味にバントの構えを見せている。初球、サイン違いの影響で二宮瑞穂がボールを後ろへ逸らした間に走者が進塁し、ノーアウトランナー2塁。状況が変わり送りバントの構えは無し。

カウント1-1からの3球目、バッターが1-2塁間への進塁打を放つもセカンド四条の好守に阻まれ3塁タッチアウト。

間一髪のところで併殺だけは免れ1アウトランナー1塁。思い出作りの一環か、次の打席には3年生の控え選手が立った。せめて一矢報いんとする気力も失せたらしい。

僅か2球で追い詰めると三球三振を狙った模様だが、ストレートが気持ち甘く入った。打ち取った当たりにも見える打球はフラフラと二遊間の頭上を越え、センター前へ。所謂ポテンヒット。

だが、ショート六本木は背走しながらこれに追い縋り、ボールは宙を舞う彼の差し出したグラブの中に吸い込まれた。更に目前にまで猛進していたセンター八嶋に絶妙なグラブトスを繰り出すと、彼はそれに呼応し1塁へ好返球。
                                 
一気に本塁まで駆け抜けるつもりだったランナーは帰塁動作に入る事すら許されず6-8-3のダブルプレーが完成。スタンドからは悲鳴と歓声が沸き起こった。
 
「ゲームセット!」

そして8回裏、コールド勝ちを決める猪狩守のサヨナラホームランが彼らの夏に終わりを告げた。



[30780] 【 暁の軌跡 #7 】
Name: 兼久◆6d77000d ID:6af9bb31
Date: 2012/01/02 00:04
〇帝王実業6-2暁大付属 ×

あとアウトカウント4つで優勝候補筆頭が初戦で消えようとしていた矢先、ここまで完璧なピッチングを積み重ねてきたエースが突如として乱れた。勝利を目前にして、張り詰めた緊張の糸が切れてしまったのだろうか?個人的には非常に興味深いが、今なおプロ野球選手として、チームの大黒柱として活躍する偉大なる先輩に私が当時の状況を聞く術は無い。

強力打線と堅固なセンターラインに支えられた一ノ瀬塔哉の投球は完璧すぎるが故に、常に限界を迎える前に大勢が決していた。スタミナ不足の事実が、あの日初めて露呈したのだ。

それでも逆転を許し3-1で迎えた8回裏、彼は自らのソロホームランでチームを鼓舞し、必死に追い縋った。

だが勝ち越しを決め俄然勢い付く山口賢の力投の前に暁ナンバーズ打線は沈黙。限界を越え球威を失った先発を引っ張り続けた結果、9回には更に3点を追加されジ・エンド。

終わってみれば本大会№1の呼び声高い本格左腕を粉砕する痛快なる逆転劇。これで帝実信奉者にとっては一ノ瀬塔哉がどれだけ大成しようとも、それだけ全国最強を冠する帝王実業の偉功を喧伝する媒体でしかないのだ。

…もし、西東京大会決勝戦と同じ決断を下していれば、未だ破られぬ帝王ジンクスはあの日終わりを告げていたのかも知れない。

けれどもそれは今の猪狩守を知る人間だからこその見解。当時の猪狩守はまだまだ将来有望な1年生に過ぎず、未完の大器以上の評価を勝ち取るに至らなかった。それ程までに一ノ瀬塔哉の存在が盤石であり、あの夏の段階での彼の実力は未知数なのだから、所謂タラレバに過ぎない。

敗戦を分析しても各々のプレイに敗戦を決定付ける大きなミスは無かった。機能しなかった打線と、早めの継投策に打って出なかった采配に敗因を求めるざるを得ない。結局は総合力の差、力負けね。

さて、7回表まで孤軍奮闘していた一ノ瀬塔哉を援護する貴重な先制ランニングホームランを放ち、打撃では見事に千石監督の期待に応えて見せた十十。では懸案の左投げ二塁手としての働きは?と言うと、無難の一言に尽きると思う。

帝王実業側もセカンドを守備の穴と見て1-2塁間への打撃を心掛けたようだが返ってこれが仇となり、序盤の帝実打線は凡打の山を築き上げた。結果だけ見れば十十の起用は一定の成果を挙げたと看做せなくもない。

確かに右投げと比較して捕球から送球への流れに遅れが出るのは事実なのだけど、打球を察知しての動き出しが六本木優希に匹敵する速さであり、送球のコントロールも抜群。逆手のアドバンテージを覆し、明らかに及第点レベルに到達していたのに加え、先輩である他の内野陣にも日頃可愛がっている後輩をフォローしてやらねば、と言う緊張感が良い方に作用したらしい。

下らない与太話だが、もしも野球が進塁を左回りでするスポーツであったのなら、彼は名手の部類に入るかも知れない。

帝王実業の勝利を告げるサイレンが甲子園に鳴り響いた所で、私はTVを切った。だから彼らがどんな面持ちで敗戦を受容していたのかは知らない。多分、目の前に居た六本木優希や私自身と同様に涙していたのだろう。

だから帰京後に知ったのだが、ネクストバッターズ・サークルにて最後の瞬間を迎え、呆然としている猪狩守が自分よりも更に小柄な八嶋中に促され整列に加わる姿が印象的な映像として残り、その姿に心打たれたファンが全国規模で出現する切欠となっていた。

それから1週間後――










 【 ファールボールにはくれぐれもご注意下さい…ファールボールにはくれぐれもご注意下さい… 】










「ほらアーンして。それとも、続きはお前さんの家でする?」
「ね、ねぇ。もぉ充分でしょ?ぉかしぃゎょ絶対ぃぃ…そ、そうだわ。私の大切な宝物あげる!アゲルからもぉ許してぇ」

「へー、宝物ねぇ~」
「そぅ!絶対に野球上手くなるのよ?難しくて解んなかったら私が解るまでちゃーんと教えてあげるからぁ。ね?ね?」

「ソイツは魅力的な提案だな‥‥‥だが断る。オレはこの為にリスクを冒してまでホームに突っ込んだんじゃなイカ」
「んんっ~~~!」


その日、野球部の部室で私は十十との約束を果たし――果たさせられていた。

スタンドイン出来なかったので割引サービスと称し、彼が観ている前で別の誰かとキスするのと、誰かが部室に入って来るまでキスし続けるかを選ばさせられた。ドアが開いた瞬間に終了する約束で。要するに、こう言わせたかったのだ。

「十君と‥‥‥キスしたいです」  「ハイ、良く出来ました♪ 」

言うが早いか唇が寄せ、重なり合うなり私の口内を蹂躙する…一応気を使ったつもりなのか、ファーストキスはミントガムの味がした。せめてホームランを打つのが来年だったら、心の準備も出来てたと思う。

彼は絶対に他言しないと誓約したし、後は私がお墓の中まで持って行けば良い秘密。それでも未知の感覚に畏怖し、ギュッと閉じた口をこじ開けようと、私の歯茎をなぞりながら鼻を軽く摘む。息が出来ない。

「苦しくない?アーンてしなきゃ耳の穴にキスしちゃうぞぉ」 「ひっ」

その言葉に観念して口を開くと、彼の舌が歯の裏側を、上顎を、舌の裏側まで嘗め回す。もうかなりの時間が経過してると思われるが、部室には誰も入って来ない。

それもその筈、ドアには清掃中!と書かれた紙が貼り付けてあったのだから。

部内には私が清掃中の部室に入る=手伝わされる、の方式が確立していた。更に3年生が引退後、新キャプテンには兄である四条賢二が就任した関係上、誰も断れない。あんな警告文があれば誰も近寄らないだろう。私はまんまと嵌められてしまったのだ。

「誰か来たらヤメたげるからもーチョイ我慢してね~」 ( ゚ε ゚ )

「ぷぁ‥‥‥もぉ嫌ッ、お願いだから私の唾液を啜ったりしないでっ」

「ハローぉ!ボスからオイーラのロッカールームはヒヤだとヒヤしたでヤーンスよ HA HA HA … Oh お取り込みチューでヤンースか?」

『‥‥‥誰?』

――見られた。突然入って来たガイジンに、全部見られちゃった…


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