(Paul Krugman, “Keynes Was Right,” New York Times, December 29, 2011)
「財政緊縮にふさわしい時期は,好況期であって,不況期ではない」――そう語ったのは,1937年のジョン・メイナード・ケインズだ.当時,ルーズベルトですら,このケインズの正しさを証明しようとしていた.ルーズベルトは,安定した景気回復をつづけていたところで時期尚早に財政を均衡させようと急いで,アメリカ経済を深刻な景気後退にたたきこんだ.不況のさなかに政府支出を削減すると,いっそう景気低迷を深めてしまう.緊縮は力強い景気回復が軌道に乗ってからやらなきゃだめなんだ.
ざんねんながら,2010年後半から2011年前半にかけて,西洋世界の多くの地域で,政治家と政策担当者たちは「じぶんはモノがわかってる」と思い込んで,財政赤字に注意を絞り込んだ.ぼくらの経済は金融危機からはじまった不況からどうにか回復をはじめたかどうかってタイミングだったってのに.そうやって反ケインズ的な信念にそって行動したことで,彼らはまたしてもケインズの正しさを証明する結果に終わった.
さて,こうしてケインズ経済学は正当だと言い張ると,当然ながら世間の常識と齟齬がおきる.とくにワシントンでは,雇用ブーム創出をねらったオバマ財政刺激パッケージが失敗に終わったことで,一般に政府支出で雇用創出なんてできないと証明されたんだと思われている.でも,ぼくみたいにちょいちょいと数字を確かめてみた人たちは,そもそも「2009年米国再生・再投資法」は不況の深刻さにくらべてあまりに小さすぎたってことに気づいていた(ところで,再生・再投資法の3分の1は減税という比較的に非効率なかたちをとっていた).また,その結果おきる政治的な揺り戻しが生じるともぼくらは予測していた.
さて,アメリカ連邦政府の及び腰な景気対策では,ケインズ経済学の本当のテストになってない.それに,あの半端な景気対策の大部分は州・地域レベルでの削減によって相殺されちゃってる.ケインズ経済学のテストは,ギリシャやアイルランドといったヨーロッパの国々からもたらされる.ギリシャやアイルランドは,緊急融資をえるための条件として猛烈な財政緊縮を無理強いせざるをえなくなり,大恐慌レベルの不況を味わった.実質GDPはどちらの国でも2桁のパーセンテージで下落してしまった.
こんなことは,いま政治論議を支配しているイデオロギーどおりなら起こるはずがなかった.2011年3月に,議会の経済合同委員会の共和党スタッフは「支出を減らし,負債を減らし,経済成長へ」と題した報告書を公表した.この報告書では,不況期に支出削減することで不況は悪化してしまうちう懸念をあざけって,支出削減は消費者と企業の信頼を回復するのであって,経済成長を速めこそすれ,遅らせることなどないだろうと論じていた.
当時ですら,彼らはもうちょっとモノを知っていておかしくなかった:彼らが自説の論拠に使っていた「拡張的な緊縮」とやらの歴史上の実例とされるものは,当時すでに反駁されていた.それに,右派の多くがアイルランドを成功例として性急に「緊縮の美徳」を示す事例だと2010年半ばにもてはやしちゃっていたという,はずかしい事実もあった.もちろん,その後アイルランドの不況は深まり,投資家たちがどんな「信頼」を感じていたにせよ,そんなものは雲散霧消してしまったわけだ.
ところで,おどろくべきことに,今年もそんなことが繰り返された.「アイルランドは曲がり角を通過し,緊縮がうまくいくことを証明した」と言い張る声が広まった――んで,数字が明らかになった.そこには相変わらず憂鬱な数字が並んでいた.
なのに,すぐさま支出を削減しないとダメだという主張は,いまも政治界隈を支配してアメリカ経済に悪影響を及ぼし続けている.たしかに,連邦レベルでは新たな緊縮策は出なかったけれど,オバマ財政刺激策の退場とともに,「受動的な」緊縮策がたくさん行われた.補助金をうばわれた州・地域の政府が削減を続けたんだ.
さて,ギリシャやアイルランドについては,「無理矢理にでも緊縮するしか他に選択肢がなかったんだ」とか,「ともなく負債でデフォルトに陥りユーロを脱退する以外には選択肢がなかったんだ」と主張できなくもない.でも,2011年の教訓はもう1つ会って,それは,「アメリカにはちゃんと選択肢があったし,いまもある」という教訓だ.ワシントンは財政赤字に釘付けになってるとしても,金融市場はともかく「もっと借り入れを」というシグナルを送っている.
ここでも,〔緊縮イデオロギーからみて〕そんなことは起こるはずのないことだった.2011年はじめには,切迫した警告があふれていた.連銀が国債買い入れをやめたり,格付け機関はアメリカ国債のトリプルA評価をやめてしまったり,超ナントカ委員会が合意に達しなかったりしたら,すぐさまギリシャ流の債務危機がおこるという警告がなされていた.でも,6月に連銀は国債買い入れプログラムをやめた,8月にスタンダード&プアーズはアメリカ国債の格付けを下げたし,11月に超委員会は行き詰まった.で,アメリカの借り入れコストはって言うと,ずっと下がり続けている.それどころか,現時点でアメリカのインフレ連動債は-金利を払っている:投資家たちは,アメリカにいくらか支払ってでもお金をとっておこうとしているわけだ.
オチはこうだ.2011年は,政治エリートが現実には問題じゃない短期の財政赤字に取り憑かれ,その過程で現実問題を悪化させてしまった年だった――不況と大量失業という問題を悪化させてしまった.
いいニュースもある.オバマ大統領はようやく時期尚早な緊縮に対抗する姿勢をとりもどしてくれた.しかも,彼は政治闘争に勝利しつつあるように見える.ここ数年のうちに,ぼくらはやっとケインズの助言を受け入れることになるかもしれない.75年前とおなじく,あらゆる点で彼の助言は妥当だ.
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