国際社会が「テロとの戦い」に重心を移した02年。世界の核・原子力保有国や地域の悲願だった、核廃棄物の最終処分場問題が、すべて解決する一歩手前まで来ていた。
仕掛けたのは、各国の原子力企業やゼネコンなどの出資で活動している専門家組織「パンゲア・グループ」。オーストラリアで国際的な処分場を造るというこの極秘計画は、しかし、豪州のメディアにすっぱ抜かれたことで立ち消えとなった。毎日新聞は、このグループの中核メンバーらとの接触に成功した。
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2億年以上も前に存在したとされる仮説上の超大陸「パンゲア大陸」の名を冠したこのグループは、英、スイス、カナダなどの核科学者や核廃棄物専門業者が中心となって90年代後半に設立された。
核ゴミ問題は、原子力推進のアキレスけんだ。問題解決の道筋をつけないと、原発内の使用済み核燃料貯蔵施設が満杯となり、原発は成り立たなくなる。中核メンバー8人が主導するグループの任務は、専門知識や技術をフルに使った処分地探しと候補地での説得工作だった。
メンバーのグレッグ・バルター氏によると、まず世界中で地質調査を実施。最も安定した地層は、豪州、アルゼンチンとチリの南部、南アフリカとナミビアの国境地帯、中国西部の4カ所だと突き止めた。これらの地域は「パンゲア大陸」の中で近接していたことから、グループの名称が定まった。
豪州に照準を合わせたのは、「核関連物質をテロリストの手に渡さないため」。豪州は西側諸国の一員で、核拡散の心配がないからだった。
「建設費60億ドル、年間維持費用4億ドル、直接雇用2000人、間接雇用は6000人、豪州の国内総生産(GDP)を1%押し上げる」「地表部分5平方キロ、地下500メートルに20平方キロのスペースを造り、世界の使用済み核燃料の3割強に当たる7万5000トン分をまず収容する」
バルター氏らは資料を手に豪州に渡り、極秘裏に働きかけた。候補地は、西欧がすっぽり入る大きさで、最も安定した大地がある西オーストラリア州から南オーストラリア州。「豪州が受け入れを決めれば、世界で原発輸出や再処理ビジネスが拡大する。原子力産業は未来永劫(えいごう)安泰だ」
しかし、豪州側への根回しをほぼ終えた02年夏、事件は起きた。
グループの技術者トップだったスイス在住のチャールス・マコンビー博士によると、何者かによって豪州計画に関する内部ビデオが保管庫から消え、しばらく後、豪州のテレビ局が「豪州に核のゴミを捨てる秘密計画が進んでいる」と特報。豪州世論の反発などを招き、計画は頓挫した。資金源が手を引き、事実上の解散となったグループは「アリウス」と改称。現在は、欧州連合(EU)と連携し、地域の核処分場計画立案を手がける。マコンビー氏は「日本のゼネコンもアリウスに出資している」と明かし、社名を挙げた。
豪州での処分場計画は、イラク戦争への豪州軍派兵に批判が高まった06年に再び持ち上がった。当時のハワード政権は「処分場ができれば、豪州の安全保障環境が高まり、二度と若者を戦地に派遣しなくてすむ」と強調したが、07年の総選挙で反原発の労働党政権が誕生し、再びついえた。
ただ、豪州の外交筋は「鉱山会社を中心に計画再開を望む勢力は豪州内に依然多い」と指摘。テロ対策や安全保障上、限られた場所でしか造れない最終処分場は、夢のエネルギーだったプルトニウムが「核のゴミ」となりつつある今、最大の原子力利権としても認識されている。
日米が主導して極秘裏に進めたモンゴルでの最終処分場計画も、その文脈の中から生まれたものだった。【ロンドン会川晴之】=つづく
毎日新聞 2011年12月11日 東京朝刊