ふと思う、前世の記憶があったら幸せなのかそうでないのか。あってもなくても生きていく上では問題ないからどうでもいいのだけれど、この世界ではそれが必要となる。
誰もが妄想する、アニメやドラマの世界で物語の主人公と一緒に色んな事件を解決したり絆を深めあったりしたらいいかなと。まさかその体験をあたしがするはめになるとは思わなかった、しかも。
「さやかちゃん、おはよう!」
「さやかさん、おはようございます」
「…………おはよ」
元気に挨拶してくる親友に間をおいて返す、そう美樹さやかだ。どの世界でもどの因果でも消える運命にある事から安定のさやかさんなんて言われてるあのさやかだ、そう自覚したのは最近。さやかとして生まれて十四年、ある時前世の記憶を思い出して絶叫し家族に心配かけたのは心苦しかった。それ以前に魔法少女なんて、確かに小さい頃は夢見てたけどなれる世界に生まれるとは。
ピリカピリララやリリカルマジカルやレリーズならまだ良かった、その主人公じゃなくても脇役で生きていけるだけなら良かった。物語に関わる魔法少女の一人になるなんてフラグでしかあり得ない、無論悪い方の。喜ぶべきか悲しむべきか。空を見上げる、憎たらしいことにアニメだろうが現実だろうがどの空も晴れ渡るほどの蒼さだった。
意識を戻す、鹿目まどかの髪にはお洒落なリボンがある。それを志筑仁美が褒めまどかは照れる、こんな光景をあたしは知っていた。物語の始まり、まどかのためならどんなことでもする転校生暁美ほむらさんがやっくる日。何度も繰り返し繰り返して、気の遠くなるような時間を越えてきたほむらさん。さん付けなのは仕方ない、彼女の真意を知った以上転校生やあんたなんて呼べない。
魔法少女には魅力を感じるけれどキュゥべえと契約してまで叶えたい願いや祈りがない、物語には徹底的に関わらないとあたしは決めた。精々まどかの親友その1ポジションだ、その2は仁美。または嫁でもいい冗談だ、ほむらさんの前では言えないが。上条くんに関しては御愁傷様としか、音楽家として致命的な怪我は奇跡か魔法でしか治らないらしい。本編では上条くんのためにさやかさんは魔法少女になったが、あたしは御免なさいと言おう。
魔法少女の真実を知っている身としてはキュゥべえの契約を突っぱねるしかない、見滝原に襲来する最強最悪の魔女ワルプルギスの夜は女神まどかに任せれば楽勝である。よしイケるイケる、もう何も恐くない。
…………フリじゃないからね?
ホームルームで早乙女和子先生が卵の焼き加減に拘る大人にならないように吼える、ああやっぱり。この流れは間違いなくほむらさん登場だ、まどかのお洒落だけだったら普通の日常として受け入れたのに。いやまだ望みは……
「では転校生を紹介します、喜べ男子! 転校生は大和撫子で気弱そうな雰囲気を纏う眼鏡っ娘だぁ! 女子でも思わず守ってあげたくなるぞぉ、萌えまくれぇっ! あっ、心臓の病気らしいから気を付けてあげてね」
恋に破れた和子先生のハイテンションにクラスメイトは「うおおおおっ、俺の時代がキター!」「キテる、キーワードはまどか×ほむほむね! ああ想像が膨らむわぁ」と応えた、え?
やがて扉が開きおずおずと三つ編みで眼鏡で気弱そうな少女が入ってくる、彼女は教壇に立つと緊張しているのか。
「ああああの、わわわたしはあああ暁美、ほむらです。よよよよろしくおねがいしま……しゅっ!」
かみました、その可愛さにクラスは萌える。まどかがあれーと首をかしげ夢であったようなむしろ私が先輩だったような気のせいかなぁと呟いていたが、あたしはそれどころじゃない。時系列がおかしい、滅茶苦茶だ言えることは一つ。
「訳がわからないよ……」
キュゥべえの気持ちが少しだけ分かったような気がした朝だった、というかこれ詰んだかも?
どうするのよ……ワルプルギスの夜とかいやマジで、助けてマミさん!