「今日からこの学校に通う事になりました志藤楓です。皆さん、よろしくお願いします」
真新しい制服に身を包んだ楓が教壇の脇に立ち、そう言ってクラスメート達に頭を下げる。
2年B組……奇しくも事故に遭う前に通っていた教室、誰かがつけた天井の靴跡がそのまま残っていたりする。
パチパチとまばらな拍手の音、口笛をピューピュー鳴らしてる男子生徒、見渡せばにこにこしてる葵、小さく手を振っているかなみ、騒いでいるその他大勢。
「よっしゃ! 美少女!」「あれか? クールビューティって奴?」「志藤楓って、確か葵ちゃんのお兄さんが……」「背ぇ高ーい……睫毛ながーい……」「うはwww美少女キタコレwwwっうぇ」「う、負けたかも」「ママに……似てる……」「いいわぁ、ウチのお店に欲しい」「へぇ……ほぉ……ふぅん……良いね」「何よ、デレっとしちゃって……ひーくんの、ばか……」「気に入った、家に来て妹をファックして良いぞ」「良いね、85点?」「いやいや、俺なら100点だね、声も綺麗だね」
――等と、ざわついてるクラスメートの反応はおおむね好意的。まぁ一部変な発言も混ざっていたが。
しかし、可愛い……か。まぁ、確かに俺の容姿は可愛いな、と志藤楓は思う。
自画自賛の様だが、自画自賛という気はまるでない、作り物の身体だという意識があるからだ。
「はいはーい! 志藤さん、カレシとか居ますかー!?」
一人の男子生徒が右手を挙げて元気良く楓に質問を投げかける。たいていクラスに一人か二人、こういうおちゃらけた奴というのは居るものだ。
顔付きは二枚目だがしまらない笑顔、二枚目半、といった所か。下手な色男より女の子には人気があるのではなかろうか。志藤楓は彼の様なムードメーカー君は決して嫌いでは無い、人間的には、という意味でだが。
考える、何と返答するべきか、と……居ないと言えばうっとうしい思いをしそうだし、居ると嘘をつけば、後々めんどくさそうだ。
「え、えーと、居ません、私、男の子には興味ありませんから」
わずかな黙考の後に彼女がそう言うと、新たな級友達がどよめいた。
「……?」
楓は理解していない、それはつまり、自分の興味は女の子にあるのだ、とも取れる発言だという事を。
いや、事実、女の子の方が好きなのではあるが。
「そ、そんなもったいない、そんなに可愛いのにっ!!そうだ、俺がカレシになって男の良さをぎゃらばッ!!」
と、ムードメーカー君が椅子から転げ落ちた、隣の席の女の子に殴り飛ばされのだ。
「えぇと──志藤さん、私がこのクラスの副委員長の、蛇塚由乃です、よろしく。困ったことがあったら、いつでも言って下さいね。で、今の馬鹿がクラス委員長のひーくん──コホン、原幌宏彦。あ、そうそう、爬虫類が苦手なので出来れば名前の方で呼んで下さい」
ムードメーカー君を殴り飛ばした子が、楓に自己紹介する。
ヘアバンドで前髪を上げて額を出し、肩までの長さに切り揃えられた髪、銀フレームの眼鏡、ちょっとつり目がち、男の子を殴り飛ばす気の強さ、それでいて爬虫類が苦手という弱点。……なるほど、委員長だなと楓は思う、副委員長なのだが。心の中で「オデ子」と勝手にあだ名を付けた。
「あ、うん、宜しくね、オ……由乃ちゃん」
にこ、と微笑みかけてくる転校生。いきなりちゃん付けされて戸惑う由乃。
突然の転校生、志藤楓。黙っていると、怖そうとも思える凛とした顔付きなのに、笑うと途端に可愛らしくなる。
スラリとした長い手足、スリムだがセクシーな高い身長、蒼く輝く黒髪に白い肌──綺麗な癖に同時に可愛い。それでいて転入テストの成績は優秀だったそうだ。
神様は不公平だな、と由乃は思う。彼女は自分の容姿にコンプレックスを抱えている少女だった。
「はいはーい、では良い子のみんな、志藤さんと仲良くしてあげろー? イジメとかハブでアタシに迷惑かけんなー? そんな事したらアタシが不登校に追い込むかんなー。志藤さんの席は彼処だぞー、教科書が用意できるまで隣の人のを見せて貰えー」
このクラスの担任、金居里美(かないさとみ)先生──チビで童顔巨乳、アニメ声の容姿だけなら超がつく程に可愛い先生。サトちゃんの愛称で生徒に親しまれていて、担当は古典、独身28歳──が、そう言って、クラスをまとめに入る。
楓が用意されていた席に着くと、ちょうど朝のホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。
楓は自分の設定を心の中で復習する、おそらくこれから、クラスメートの質問攻めだろう。
産まれ育ったのは福井県の、どが付く程の田舎の小さな集落。
父と母は既に亡く、年の離れた妹とお祖母様と一緒に暮らしていたが、今年の春にお祖母様が他界、縁あってこちらの志藤の家にご厄介に。
田舎の旧家育ち故に、常識、特に女の子としての常識に欠如。初恋の人は志藤楓。小さな時に何度か会った、自分と同じ名前の遠縁のお兄さんに淡い恋心を抱いていて、その憧れから似たような性格になった事をほのめかす……と。
妹や友人達が作ってくれた設定だ、しかし、自分の初恋が自分というのは、どうなのだろう。
いや、色々と知識を出し合って調べ物をして作ってくれた設定なのだ、文句を言っては罰が当たるという物。
しっかりこの設定を守らないと、と肝に銘じる。ただでさえ楓は粗忽者なのだ、どこでボロが出るかわからない。
もし自分の正体がバレれば、葵や椿、かなみや大吾にまで迷惑が及びかねないのだ。
「えーと、志藤さん、以前はどちらに?」
「あ、はい、私はですね、福井県の――」