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リストラトランス
作 : あ き 
 
1.現実逃避
 
「絶望だ! 生きていてもしょうがない」         
20年間勤めていた証券会社は、<ビッグバン>とやらで廃業。
さらには、その間家庭を犠牲にしていたつけが同時に起きた。
15年間連れ添った妻とは離縁。
わずかな退職金の大部分はその慰謝料に消えた。
いまだ再就職先も決まっていない。
 
俺は《現実逃避》から女装クラブへ通うようになっていた。
ここではもう一人の自分になれる・・・。
スカートを履いて、お化粧して、ラウンジへ出る。
女を装い、女を演じる。
お世辞にも美しいとは言えないけれど、それなりには見える。
いつしか俺は倒錯の世界へのめり込んでいた。
 
そんなある日、俺は<ママ>に呼ばれた。
「この前もかなり詳しくアンケートを書かされたし、いったい何があるんだろう?」
ふと、そんなことを考えながら部屋へ入った。
こういうところの<ママ>は、ニューハーフというのが相場だが、このクラブにおいては異なっていた。
確かめたわけではないが、どう見ても本物の女性(本人もそう言っていた)、しかも若い。
紺地に白を合わせたお水風のスーツ、派手目の化粧。
(かえって、控え目な化粧を施したほうが似合う気もするのだが・・・。)
そう思いながら、ついつい俺はママを熟視していた。
「そんなにじろじろ見て、何か変?」
と、ママ。
「いや、そんなことないです。いつ見てもきれいだな、と思って・・・」
「それは、どうもありがとう。」 
そんな日常的な会話から話は始まった。
この後、この話が俺の人生を全く変えてしまうという衝撃的な方向へ発展して行くなどとはとは思ってもみなかった。
 
「ねぇ、枝梨(このクラブでの俺の芸名)、あなた女性になって人生やり直してみる気ない?」
とママが問いかけた。
(えぇー、この俺に今更性転換しろとでも言うのか?)
あまりにも唐突な質問に俺は言葉が出なかった。
「それも10代の女の子からというのはどう?」
俺にはママが何を言おうとしているのか理解できず、黙って聞いていた。
「悪いとは思ったんだけど、あなたのこと調べさせて戴いたわ。
最近不幸続きで、生きていくのがいやになって、自暴自棄になっているでしょう。」
ママの言葉に一瞬ギクッとした。
「あなたのことに興味を持って観察してたけど、女性としての才能はなかなかのもよ。
枝梨は女に生まれていたら、きっと幸せになっていたと思うわ。」
未だに、ことの真相が解らない俺を見て察したのか、
「あら、ごめんなさい、あまりにも漠然とした話で・・・、具体的に話すわね。
枝梨の脳をある女の子に転換するの。
そうすると、その女の子の身体は・・・、枝梨、あなた自身のもの。
あなたは、その女の子の身体で人生をやり直すことができるというわけ。
どう、悪い話じゃないでしょう?」
「そ、そんなSF小説みたいな話・・・、本当ですか?」
と、俺は応えたが、興奮のあまり声が震えている。
「信じられないのも仕方ないわね。
これから話すことは、極秘事項だから決して他言しないこと、約束できる?」
俺は思わず頷いた。
もはや、ママのペースにはまっている。
「うちのクラブはある組織とつながっているの。
その組織とは手の施しようのない、親や学校から見放された少年・少女たちを更生させる・・・、表向きはね。
でも実際は、そういった犯罪予備軍を抹殺する組織なの。
そこへ収納された子たちはその人格を消され新しい人格を植え付けられる、そうして社会復帰させる、そういうところなの。」
「そ、そんなことが現実に行われているんですか?」
確かにそういった施設があることは雑誌か何かで読んだことがあった。
けれども、裏でそんなことが行われているとは・・・。
俺はまだ半信半疑だった。
「その第1号はこの私よ。」
ママの口から思いもよらなかった言葉が発せられた。
「ええっー」
俺は言葉失った。
「私の場合は、物心ついたときから女になりたくて中学生の時から隠れて女装を始めた。
社会人になってもその気持ちは強まるばかりで、今から15年前・・・、35歳の時に脱サラしてこのクラブをオープンしたの。
そして5年前、その組織と関わりを持つようになって、実験台になった。
その時、本当の女になれるのなら死んでもいいと思ったわ。
実験が成功して、この身体をもらった。
長年の夢だった女になった。
しかも、18歳の娘に。
もちろん、戸籍もちゃんとある、結婚もできるし子供だって生めるわ。
あんまり若いと変に思われるからこういう化粧をしてるけど、実際の年齢は23歳よ。」
「どうりで・・・、」
と、俺は言いかけてやめた。
ママに対して抱いていた疑問が解けた。
「でもどうして、私が?」
俺は改めて尋ねた。ここにいるときは女言葉で話す習性がついている。
「まず、この転換は同性間ではできないの。
本能的な<邪悪>の部分が残ってしまうらしいのよ。
したがって、女としての本質を持っていて、しかも女になりたいと思っている男、またはこの反対のパターンの人間が求められる。
このクラブのメンバーもそうだけどね。
そのなかでも、本当に女として社会生活に順応できる・・・、特に問題児の身体に入るわけだから。
そして、その人間が抹消されても問題のない家庭環境にあること。
そういった条件をすべてクリアできる人間。
それが枝梨、あなたなの。」
「ということは、過去にもこのクラブから転換した人がいるのですね。」
俺は、最近になって急にクラブへ顔を出さなくなった人のことを思い起こしていた。
「そういうことになるわね。」
ようやく俺は、話の全容を理解することができた。
と、同時に頭の中は、
(俺はコギャルに生まれ変わる。そうしたら・・・、)
いろんな妄想でいっぱいになって、後先のことなど考える余裕などなくなっていた。
「よろしくお願いします。」
俺はすぐさま承諾した。
パットを入れた胸の上からでも分かるのではないかと思うほど、鼓動が大きくなっていた。
「それでは、週末までに身辺整理を終わらせて、この書類を持ってそこに書いてある場所へ行ってちょうだい。」
ママはそう言うと俺に地図の書かれた紙と封印された書類を渡した。
しばらくして、気持ちが少し落ち着いてきた。
すると、不安が込み上げてきた。
「それで、どんな女の子の身体に転換するの?」
俺は尋ねてみた。
「都内の高校に通う17歳の女の子。
それ以上のことは言えないわ、事前にあなたが動いたりするとまずいことになるから。」
「そ、そんなことしません。」
気にはなるものの、そう答えるしかなかった。
 
 
2.少女A
 
都内のある女子高校。
今年に入って、いじめによる自殺事件が連続して3件発生した。
そのすべての事件の首謀者とは・・・。
 
この高校、それほど質の悪い生徒ばかりが集まっていいるわけではないが、ある一人の少女の出現によって、ここ1、2年で様相が変わってしまった。
彼女は、その強いカリスマと残虐性でもって、いつしか生徒達を支配していた。
彼女に逆らうこと=<いじめの標的>となるため、だれも逆らう者はいなくなっていた。
事件の後はたびたび<少女A>として、マスコミを賑わせていた。
注意されても反省するどころか、かえって増長するばかりで、学校もPTAも対処の仕様がなくなっていた。
 
この<少女A>とは、
 
<更生センター>の前に1台の車が止まった
補導員に連れ添われ、制服を着た一人の少女とその母親とが建物の中へ入っていった。
所員が説明している中、絵里花の叫ぶ声が聞こえた。
「こんな所へ連れてきて、どうしようっていうんだよ。
あたしは、その辺のハンパな奴等とは違うんだから、無駄だよ。」
だが、強がっているもののヤンキーの間で噂になっている<更生センター>で、どんな仕置きが待っているのか内心不安であった。
(とりあえず、見た目は大人しくしてるとするか。2週間我慢すれば、帰れるんだから。)
心の中でそう呟いていた。
絵里花が別室へ連れ去られた後、所員は母親に
「ここでの研修はかなりハードなものですから、過去の記憶が消えてしまうことがあります。」
母親は不安げに頷いた。
「だけど心配なさらないでください、記憶は徐々に回復しますし、2週間後には驚かれるくらい素敵なお嬢さんにして、お返ししますから。」
母親は黙って頭を下げた。
「どうかよろしくお願いします。」
と言いたかった、でも声にならず、その目には涙が溢れていた。
 
「身体の診断をするから診察着に着替えてきなさい。
それから、ピアス、指輪、ネックレスもはずしなさい。」
そう言われて絵里花は顔を強ばらせて、小声で呟いた。
「何、偉そうに指図してんだよ。」
命令口調で言われたことが気に触ったからだ。
絵里花は、ふてくされ気味に所員の前に座った。
やっと、検査が終わったと思った瞬間、注射器が目に映った。
「おっ、おい、何で注射なんかするんだよ。」
絵里花がそう言い終わらないうちに、その針は腕に刺されていた。
すぐさま、意識が遠のき、起きていられなくなった。
「一体、何をするつもり・・・」
それが、彼女自身の身体で発した最期の言葉だった。
絵里花は、深い眠りに落ちた。
 
 
3.トランス
 
ついに俺は、<更生センター>へやって来た。
ママから受け取った書類を受付に提出した。
何やら書類にサインをさせられた。(この身体についてのことだが、すでにこの身体には未練はない。)
俺は、診察着に着替えて<集中治療室>と書かれた部屋に通された。
そこで所員から<トランス>についての説明を受けた。
「これから、あなたの脳をトランスします。」
「トランスする身体を見せてもらえませんか?」
無駄だと分かっていながら聞いてみた。
「オペが終われば分かることです。それまでは、お教えできません。」
予想通りの答えが返ってきた。
俺は、診察台の上に横たわった。
体中に何本ものコードが装着された。
遮られたパーテションの向こうには俺の新しい身体、コギャルの身体がある。
目が覚めたとき、それは俺の身体。
そう思うと、胸の高鳴りは抑えきれないものになっていた。
ママから告知されてからの1週間、
(どんな身体にトランスされるのか?)
そのことがずっと気がかりだった。
最後に頭の部分に重めかしいキャップが取り付けられた。
「それでは、開始します。」
所員の声が聞こえたと同時に、頭の数カ所に針が刺さったような痛みを感じた。
その後全身に激痛が走って、俺は気を失った。
 
「気分はどうですか?」
目が覚めた俺に、所員の問いかけた。
「う、うん、別に・・・。」
まだ、意識は朦朧としていたが、答えたその声が俺の声ではないことは分かった。
「トランスは無事終了しました。」
所員は言った。
俺はあわてて股間に手を伸ばした。
(何もない・・・、
いや中心に割れ目が・・・、
俺は女になった?)
胸に手を当てる。
ふくよかで柔らかい弾力を手のひらに感じた。
顔に手を当てた。
いつものひげ剃り跡の渇いた皮膚ではなく、みずみずしいなめらかな手触りが伝わった。
頭は薄くなりつつあった髪ではなく、艶やかで長い髪の感触があった。
(俺の姿、いったいどうなのだろう? 一刻も早く鏡に映した自分が見たい。)
俺の心拍数は絶頂に達していた。
「<立花絵里花>今日からのあなたの名前です。」
所員がそう告げた。
「俺の身体は・・・?」
「<立花絵里花>の人格とともに消去しました。」
気が動転している中、所員は事務的に答えた。
 
 
4.少女になるために
 
「これから、女子高生として生きていくためのレッスンを2週間にわたって行います。
その間のインストラクターの<摩希>です、よろしくね。」
まだ二十歳前後と思われる彼女を紹介された。
「私を小娘だと思って甘く見たら大変よ。」
そう言って、摩希が手を伸ばしてきた。
「お手柔らかに」
俺はその手を握った。
俺は、摩希に連れられ個室に案内された。
4畳半ほどのワンルーム、ベッドと机、そしてドレッサーが置かれていた。
壁にはさっきまでこの身体の持ち主<絵里花>が着ていたと思われる制服が掛かっていた。
「制服に着替えて、教室に来るように。」
摩希はそう言って去った。
 
俺は鏡の前へ走った。
(俺は今、どんな格好なんだ?)
次の瞬間、ある程度予想はしていたものの、鏡に映る自分の姿を見て愕然とした。
鏡に映った俺の姿・・・。
髪の毛は茶髪を通り越して見事なまでの金髪、所々にメッシュが入っている。
細く、鋭いアーチ型にカットされた眉。
目には品のないラインとシャドウまで入っている。
唇には紫がかったルージュ。
鏡の中の少女が呆気にとられている。
(こ、これが、高校生の姿かよ!
こんな格好のどこがいいんだ? 自然にしてたほうがいいのに。
今どきの若いもんは何を考えてるんだ。)
俺は思わず呟いた。
 
気を取り直して、着替えるため診察着を脱いだ。
鏡に映る若々しい裸体が目に飛び込む。
(なかなかのプロポーションじゃないか。最近の高校生は発育がいい。)
先ほどの嘆きはすでに消え、嫌らしい中年の目でその身体を眺めた。
胸をさすってみる。
張りのある感触が手に伝わってくる。
少し力を入れてその膨らみを揉んだ。
その指が乳首に触れた瞬間、ピクンと乳首が反応し、ゾクッという快感が背筋を走った。
目を下に移すと、薄いブルーのパンティ。
サイドからお尻にかけてのレースがなかなか色っぽい。
俺は、もう片方の手をフラットになった股間に伸ばし、そっと撫でてみた。
(うぁ〜、こんな感じ?、女って。)
今まで経験したこともない、衝撃が全身に走った。
鏡の中の自分を再び見つめる。
(う〜ん、若さって素晴らしい、しかも女の子)
俺は、これから生きていくことになった新しい身体を探索してみたくなった。
(なるほど、ここはこうなっているのか。)
(あっ、ここ、くすぐったくて変な感じ。)
などと、俺は、時間を忘れ夢中になっていた。
「こんな事してる場合じゃない、早く着替えなくては・・・。」
しばらくして、やっと俺は我に返った。
 
ブラジャーを身につける。
<クラブ>でつけ慣れているとはいえ、今の俺には本物の乳房がある。
平らな男の胸にパットを入れてつけるのとは大違いだ。
カップの内側の柔らかな肌触りが、まだ隆起したままの乳首に伝わる。
カップの間には見事な谷間が形成された。
ついに憧れの制服だ。
<クラブ>でも着てみたいという願望はずっとあったのだが、自身の風体を考えるとどうしてもできなかった。
白いブラウスに袖を通す。
一番上までボタンをとめて、襟元にリボンを結んだ。
(きちっと着ると、このヤンキーな顔つきには不釣り合い。)
鏡を見てそう思った。
そして、紺と赤のチェックの入ったプリーツスカートを手に取った。
(うへぇ、思っていたより短い。)
俺は、どきどきしながら両足を通した。
スカートをウエストまで引き上げてホックをとめた。
(あれ、随分とゆるいぞ。)
俺は、コギャル達がウエストを折り込んでいることを思い出し、やってみた。
それじゃなくても短いスカートの裾が上がる。
(まだ、少しゆるい。もう1回)
ようやくウエストにフィットしたものの、その丈は膝上25p以上ある。
女装してた時だってこんなミニスカート履いた事がない。
ちょっとかがんだだけでも下着が見えてしまいそう。
恥ずかしいけど、そこがまた良い。
<クラブ>ではパンストを履いていたので感じなかったが、スカートの下に何も付けていないと、下半身がスースーしてなんとなく心許ない。
俺は、スカートの裾をつまみ上げて、可愛くポーズを取ってみた。
それから身体を1回転させた。
プリーツスカートが捲れ上がり、薄いブルーの下着がチラリと見えた。
「うひょ、パンチラだ。」
俺は、鏡に映る自身の姿を見て興奮していた。
先ほどの余韻も手伝って、あそこがジーンと潤っているのがわかる。
(またしたくなっちゃう。やばい、やばい。)
俺はじっと我慢し気を取り直して、靴下を履いた。
<ルーズソックス>というやつだ。
1度膝の上まで伸ばして膝下で留める、それから余った部分を足首に落とす。
最後に、白いベストを頭からかぶって着た。
(やけにサイズがでかい。男物?)
肩は落ち、丈は短いスカートとほとんど変わらない。
「何で、わざわざだらしない格好するんだろう、どこがカッコイイの?」
鏡に映った自分に問いかけた。
俺は、薄汚れたローファーを履いて教室へ向かった。
 
教室では、摩希がすでに待っていた。
「随分と時間がかかったわね。」
摩希にそう言われ、俺は(何してたのかばれた?)
「えっ、えぇ、まだこの身体に慣れていないもので・・・。」
口ごもりながら答えた。
「まっ、いいわ。それじゃ始めましょう。」
「絵里花、今あなた自身を見てみてどう思う?」
(そう、俺の名は絵里花、立花絵里花だった。)
この部屋にはすべての壁それぞれに大きな鏡が取り付けられている。
俺の姿が前後左右、そこに映し出されている。
さっきまで部屋で見ていたと同じ、金髪に品のない化粧、ダブダブのベスト。
だけど、短いスカートからでた脚は現代っ子らしく長くてきれいだ。
「だらしなくて、みっともない格好ですね。」
「あなたならどうする?」
「黒髪に戻して、髪型を可愛らしく変えたい。
化粧も落として、それから・・・、ベストもサイズの合ったものに。」
俺は答えた。
「それは、いいことだわ、早速そうしましょう。
でもそのスカート、短すぎない?」
「できれば、スカートはこのままで・・・。」
履いたときは短すぎると思っていたが、なかなか似合っていて俺は気に入っていた。
「そう、まぁこれからのこと考えれば、短いのに慣れていた方がいいかもね。」
と、摩希が言った。
 
俺はベストを着替え、クレンジングで顔を洗った。
鏡に映った化粧を落とした顔はやはり高校生、どこか幼さが残っていて金髪にメッシュの髪型は似合わない。
俺は摩希に連れられ美容室へ行った。
「どんな髪型にする?」
「髪を黒くして、前髪は内巻で眉が隠れるように前に垂らして・・・。
サイドとバックはストレートで毛先を揃えて。
長さは今のまま、肩に掛かるように。」
俺は絵里花になって鏡を見たときから考えていたイメージを注文した。
髪が染められ、カットされる。
まるで連続写真を見ているように鏡の中で顔が変わっていった。
最後にブローを施され、髪型がセットされた。
サラサラの艶やかな黒髪が内巻気味に肩に掛かる。
カールされた前髪が鋭い眉を隠し、穏やかな目元を演出している。
「か、可愛い、これが俺?」
思わず俺は声を発した。
「俺じゃないでしょ、絵里花、あなた女の子なんだから。」
摩希に注意された。
 
教室に戻った俺は全身を鏡に映した。
どこから見ても可愛い女子高生、短いプリーツスカートにルーズソックスがよく似合っている。
髪型を変えただけなのに、そこには清楚な乙女がいた。
「ほんと、可愛い、いいセンスよ、さすがセレクトされただけのことはあるわね。」
摩希に言われ、微かに頬が染まる。
恥じらった姿もいい。
俺は完全に舞い上がっている、絵里花になった歓びを感じていた。
この教室では、女の子としての行動、仕草を教えられた。
歩き方・・・。
「そう、膝が開かないよう気を付けて。
背筋を伸ばして、下を向いちゃ駄目よ。」
座り方・・・。
「膝を揃えて、脚を横に流すように。
踵をもう少しひいて。そう、そんな感じ。」
摩希の声が教室に響く。
<クラブ>で自己流でそうしていた、分かってるつもりだったが、摩希の指摘は厳しかった。
「今日はここまで。基本ができているから、覚えが早いわね。
その身体に慣れてくれば、意識しないでもできるようになれるわ。」
俺は、何となく自信がついてきた。
「あとは、感情面・・・、これが一番難しいの。
せっかく、可愛い女の子になったのに、中身がオヤジのままじゃどうしようもないものね。
明日からは内面から女の子になるプログラムが中心ね。
部屋に戻ったら見てみて。」
摩希にそう言われて手渡されたのは、芸能・ファッション雑誌と少女漫画、それに今流行っている歌が録音されたテープだった。
 
部屋に戻って、本を開く。
俺は戸惑った。
パラパラと、ただページをめくっているだけで、頭に入らない。
テープをかけてみると、これもまた聴いたことがないような歌が聞こえてくる。
(そういえば、パチンコ屋で聞いたことがあるような・・・。)
いずれにしても、俺には全く無縁のものであったし、興味が湧いてこない。
「あ〜あ、冷えたビールでも飲みながら野球中継が見たいな。」
俺はオヤジモードに入っていた。
本を投げ捨て、ベッドに身を投げた。
(何だか落ち着かない。)
俺は再び鏡の前に。
童顔の可愛くなった絵里花がそこにいる。
(うん、やっぱりこの方が似合う、これなら男どもが放っておくまい。)
だけど、男に言い寄られることを想像したらゾッとした。
鏡の前でいろんなポーズ。
動くたびに、短いスカートが揺れ、その中の下着がチラリ。
(こんな姿、毎日見られるなんて、たまんない。
この顔、胸、腕、脚・・・すべて俺自身。)
気持ちが高ぶっている、若くなった身体が余計に軽く感じる。
夢も希望もなくした中年オヤジの姿はそこにはない。
(俺は、立花絵里花、女子高生。)
その晩、俺は興奮してなかなか寝付けなかった。
 
翌日から、感情を女性化するレッスンが始まった。
女の子が好むような、映画にドラマ・・・、そして流行の音楽。
はっきり言って、俺には苦痛だった。
数日間それに馴染めず、俺は憂鬱になっていた。
「絵里花、一緒にお風呂入ろうか?」
そんな俺を見て、摩希が誘った。
「ええ〜、ほんとに、いいの?」
(摩希の裸が見られる。)
俺はニヤリとして答えた。
「今、いやらしいこと想像したでしょ。
何、オヤジしてんのよ、女同士でしょ。」
「えっ、そんな・・・。」
さすがに、摩希にはお見通しだ。
脱衣所で制服を脱いで裸になる。
俺の形のいいバスト、乳首は興奮で隆起している。
女になって裸を見られるのは初めてだ。
(ちょっと恥ずかしい、摩希はもう脱いだかな?)
けれども、そんな想いは一瞬にして消え去った。
服を脱いだ摩希の体・・・。
均整のとれた大人の女の体。
しかし、その太股には艶やかなが彫られていた。
「そ、それ・・・。」
思わず口に出た。
「驚いた? そう、これ・・・。
私に比べたら絵里花が今、落ち込んでること、大したことではないわ。
実は、私も絵里花と同じトランス人間よ。」
(ママだけじゃなくこの人も・・・。)
予期せぬ展開に俺は戸惑っていた。
「私がこの身体をもらったとき・・・、
この娘は、その身体を自ら傷つけ、その上ドラッグで身体はボロボロになっていた。
だから私の場合、精神面はともかく、まずはこの身体を健康体に戻すことから始めた。
それは、言葉では言い表せない、とても辛いものだった。
社会復帰するまで、半年かかった。
そんなこんなを乗り越えて、現在の私がいる。
そうした経験を生かそうと、このセンターの<インストラクター>の職務に就いたの。
絵里花、弱音を吐いてる場合じゃないよ。」
「ごめんなさい、何も知らないで・・・。」
俺は、いつの間にか涙で頬を濡らしていた
 
 
5.俺の初体験
 
そんなことがあってか、または脳が女性化してきたのか、翌日から徐々にレッスンに溶け込めるようになってきた。
部屋の雑誌もいつしか惹きつけられるように読んでいた。
俺自身、「自分は女なんだ」ということを実感し始めていた。
その日の午後のレッスンが終わり、
「絵里花、随分と進歩したわね。
今晩は男性と二人きりの時間を過ごしてもらうわ。」
摩希に告げられた。
「ええ〜、そ、そんな、ワタシまだ男の人とは・・・。」
俺は、とっさに反論しようとしたが、
「男性を意識すると言うことは、女の子にとって一番大切な感情なの、分かるわね。」
話の途中で、摩希に諭された。
 
部屋で彼を待つ。
俺は、どうにもならない動揺を感じていた。
「こんばんは、俺<光一>よろしく。」
やって来たのはジャニーズ系のキリッとした顔立ちの青年。
少し前までならば(何だ、ジャリタレかよ。)と思っていたところだが、今は何故か胸がときめいている。
(絵里花になって、初めて男性にあったせい?
それとも、この身体が・・・女性化した俺の脳が、そう感じているの?)
俺は、頭の中が混乱し始めていた。
彼と話をしていると、何だかいつもと違う自分が分かる。
「絵里花って可愛いよ。」
彼に言われて、顔が紅潮して熱くなる。
(俺、いやワタシ、彼と一緒にもっと時間を過ごしていたい。)
すっかり<女の子モード>に入っている俺。
彼に肩を抱き寄せられる。
心臓が、今にも飛び出しそうに脈を打つ。
(俺は女として、彼を感じている。)
そう実感した。
見つめ合い、そして唇が重なる。
頭がボーとしてきて、何も考えられない。。
彼の手がブラウスのボタンにかかる。
「あっ、駄目・・・。」
無意味だと分かりながら、言葉を漏らした。
そんなことは承知とばかり彼の行為は続き、ブラウスが脱がされた。
スカートの中に彼の手が伸びる。
「いやん、恥ずかしい。」
言葉とは裏腹に、抵抗などする気もない。
「絵里花は嘘つきだね、だって身体はそう言っていないよ。」
彼の言葉に一層、体が熱くなっていった。
俺は彼に身をまかせ、そして彼を受け入れた。
それは意識したものではなく、ごく自然なものだった。
この日、俺は女としての<快感>と<歓び>体験した。
 
翌日からの俺は、明らかに変わっていた。
摩希もそんな俺を見て、昨晩のことを聴くなんて野暮なことはしなかった。
「絵里花、本当に女らしくなったわね、もう大丈夫。
女になるためのレッスンは卒業よ、よく頑張ったわね。」
「ありがとうございます。ワタシ・・・、」
感激のあまりその後の言葉が続かなかった。
「残りの3日間は、絵里花の記憶を覚えましょう。」
と、言われてもすべてを覚えるなんて到底不可能なこと。
俺は、絵里花の家族のこと、学校のこと、その他要所を映像を交えて頭に入れていった。
長いようで短かった2週間のレッスンが終わった。
俺は、すっかり<立花絵里花>になっていた。
 
 
6.復帰
 
出所の日、絵里花の母親が迎えにやってきた。
あまりにも変わった娘の姿を見て、
「絵里花、あなた本当に絵里花なの?」
「そうよママ、絵里花よ。
今までわがまましてごめんなさい。
ワタシ、ここで生まれ変わったの。」
「絵里花、本当に・・・、良かった・・・。」
母親に抱き締められた俺は、どこかに罪の呵責を感じていた。
(ワタシ、あなたの娘に成り代わり親孝行します。)
それが俺の精一杯の気持ちだった。
 
母と初めてショッピングに行った。
女の子って、ショッピングがこんなにも楽しいものだなんて・・・。
女性が夢中になるのも分かる気がした。
気分は完全<少女モード>だ。
自然と可愛らしい服に目が行く。
タータンチェックのプリーツミニスカートが気になる。
「試着してみたら、サイズは?」
店員に促され、試着室へ入った。
(わあっ、可愛い〜、この身体ミニスカートが本当に似合う。)
鏡に映る姿を見て、自己満足。
「どうかしら?」
カーテンを開けてポーズ。
「絵里花たら洋服の趣味まで変わって、でもそれ本当に似合っているわよ。」
母は、目を細めてそれを買ってくれた。
 
エプロンを付け、台所で料理をするワタシ。
「ママ、この味こんなもんでいいかしら?」
「うん、少し塩加減が・・・。まだまだ修行が足りないわね。」
母が笑いながら答える。
「早くママみたいに上手にできたらいいのに。」
「大丈夫よ、だんだんに良くなってきてるもの。」
「それじゃぁ、最初はそんなにひどかったの?」
幸せそうな母娘の風景。
俺自身、絵里花になった歓びを感じていた。
「明日から学校が始まるけど・・・、もう一度3年生やり直しね、大丈夫?」
少し心配そうに母が問いかけた。
「ママ、ワタシもう以前の絵里花じゃないもの、どんなことがあっても平気よ。」
少し不安はあるものの、俺には<絵里花>として生きていく自信が芽生えていた。
(2度目の人生。この幸福、絶対手放したりしない。)
 
始業式の朝。
すっかり女の子の生活に慣れた俺は、朝シャンを済ませ髪を整えた。
(再出発の日だから、下着は純白で。)
そう決めていた俺は、小さなフリルの付いたパンティに履き替えた。
ブラジャーもフリルの付いた可愛いのを選んだ。
慣れた手つきで谷間を作りながらホックを留める。
(本物の乳房があるって、嬉しい〜。)
ブラウスを着て、襟元のリボンを結ぶ。
お気に入りのチェックのプリーツスカート。
ウエストで2回折り込んだ。
そのミニ丈から出た生脚が最高。
鏡に映る姿は純情な少女、<ヤンキー少女>の面影すら見えない。
未だに自分の姿を見て興奮してしまう。
それだけが残された<オヤジ>の部分。
 
「行って来ま〜す。」
スカートを靡かせて駅の階段を駆け上る。
オヤジどものいやらしい視線が気になる。
(俺も、そう見られていたんだろうな。)
俺にとって20数年ぶりの学校、それも女子校。
期待と不安とが胸をよぎる。
 
学校に着くなり、職員室へ呼ばれた。
そこでのどよめきは、ただごとではなかった。
「あなた、本当に立花さん?」
絵里花のあまりある変貌、そして今までのこの学校でのポジション。
先生たちが、恐る恐る俺に接しているのが分かった。
「今までご迷惑をお掛けして、すみませんでした。ワタシ生まれ変わりました。」
俺がそう挨拶すると、みんなが狐につままれたような表情をしていた。
教室へ・・・。
俺は教壇の横で先生から紹介された。
「立花は訳があって今日から、もう1度3年生としてこのクラスで勉強することになった。」
教室中が俺を見て、ざわめいている。
この学校における<立花絵里花>のポジションはここでも再認識された。
生徒達の動揺が長年生きてきた俺には手に取るように分かる。
放課後、一人のヤンキー風の生徒から話しかけられた。
顔は引きつり、その緊張感が伝わったくる。
「あ、あの〜、本当に絵里花さんですよね?」
「そうよ、何か?」
「あんまり変わってしまったものでしたから驚きました。
<センター>て、どうでした。」
「今のワタシを見れば分かるでしょ。
2度とお世話にはなりたくないわ。
あなたも体験してみる?」
俺は、この日のために用意していた答えを返した。
「い、いえ、とんでもない・・・。」
彼女はそう言って黙ってしまった。
「あの<立花絵里花>すら変えてしまった<更生センター>とは恐ろしいところ。」
(そりゃそうだ。中身を別人に入れ替えてしまうのだから・・・、だけどそれは誰も知らないこと。)
そんな噂があっという間に広がった。
 
ワタシの知る限り、校内でのいじめは無くなっていた。
そして、ヤンキーの格好をする者達も。
俺自身<立花絵里花>として、平和な学園生活を送っている。
コギャルの生着替えは見られるし、胸を触り合ったりも。
だけど・・・、
<女の快感>を知ってしまったこの身体、とてもひとりでは持て余してしまう。
「洋服も買いたいし、援助交際でもしようかな。」
そう考える、今日この頃・・・。
おしまい。
 
【あとがき】
  当初はもっとコミカルに・・・、と考えていたのですが、結構シリアスになってしまいました。
                        By あき  akis@ma.neweb.ne.jp

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