「突然だけど、君 死んだから」
だだっ広い真っ白な空間で、これまた白いマントを羽織った男は言った。
白の空間には目立つ、紺の学生服を着た少年に向かって。
「は?」
少年は困惑に満ちた顔で声を上げた。そして混乱気味に続けた。
「いやっココどこだよ!てかアンタ誰!?……確か俺は学校の帰りの交差点
「結構。」
男は、少年の眼前に手の平を突き出した。
驚きで少年の目が広がる。
「君の人生(プロフィール)は知っている。名前も初恋も出来事も……"死因"もね」
「…何言ってんだ、アンタ?」
「まぁ聞きなさい少年。ちゃんと私は初めに言っただろう?『君は死んだ』と」
笑みを浮かべる男の声は、顔色に反して低く、少年に緊張を覚えさせた。
そして男は淡々と、書類を読み上げるに言った。
「今日の午後4時22分 君は交差点でトラックに撥ねられ、すぐさま病院に運ばれるが1時間後死亡―――ということになっている」
「?? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。まず俺はここで生きて―――」
少年は言いかけたところで止まった。そして思い返す。
自分は4時に学校を出て、確か交差点が視界に入ったのは4時頃――で、その後何をした?
思い出せない。
「君は死んだ、だがそれは君のせいではない。トラックの運転手でも、まして信号機でもない…、私のせいだ」
と、男は胸に手を当て、痛々しい声で言うが、少年にはどこか演技じみて見えた。
だが、そんな所に文句を言ってる場合ではなく
「私のせい? 俺はアンタとは初対面だぜ?」
「………私は、『神』だ」
「はぁ!? ちゃんと答「君の反応は必要としていない。手短に説明する」
それから20分程。
言葉に反し、男は長々と少年に説明した。時々主旨を逸した話もあったが、少年は混乱した脳で全て聞き、半信半疑に理解した。
そして少年自身に関係ある部分だけを抜き取り、まとめた。
「つまりアンタは運命を管理する神様。だが手違いでまだまだ生きるはずだった俺を殺してしまった。
そしてこれは完全な神(じぶん)の責任なので、他の神に知られたくない、なので本来死者はあの世直行の所で俺をここに置いたと」
「うむ。解かったか?」
「解かる訳ねぇだろ」
少年は即答する。が、完全に信じていない訳ではない。自分の身に"何か"があったのは事実のようだし、この謎空間が異常を物語っているからだ。
その為、神の発した次の言葉にもすぐに反応した。
「――で、君の処遇なのだが、この世には戻さない事にした」
「はぁ!?」
「当然さ、君は私のせいで死んだんだ。生き返らせて"足"が着いたら私がお咎めを食らってしまうからね」
「…」
神は余裕綽綽だ。少なくとも焦って保身に走る人間の顔ではない。何か策があるのか。
結論からいえば、あった。少年には予想なんてつかない、馬鹿な策が。
「生まれ"代える"。人のまま戻しても他生物に転生させてもバレてしまうなら、この世以外の者に代えればいい」
「…?」
少年にはその言葉を理解しかねたが、とりあえず自分が危険だと把握し、訴えた。
「結局俺をどうする気だ!?」
「例えば、君を二次人物にするとかね」神はへらへら笑い,
「君の魂を"本の世界"へ転生させる。そうすると君の名前も魂も体も、精神以外全部その本の人物と成る」
少年は絶句した。この神は自分の為に、少年を別次元世界にぶち込もうと言うのだ。
「ふざけんな!! 仮にも神なら潔く自首しろ!それに俺を巻き込むな!!家族だっているんだ!」
そう。彼にだって家族や友人がいるし、将来やりたい夢もある。
しかし神はそしらぬ顔で、
「ある本で『タイムマシンで事前にヒトラーを殺しても大戦は勃発するし虐殺も起こる。何故なら彼が死んでも"歴史の力"が別の人間に虐殺(それ)を行わせるからだ』って感じの文章があったんだがね」
「あ?」
「要するにこの世には歴史の柱というものがあり、例えタイムパラドックスで偉人が死んでも、結果として誰かが偉人の代わりをするというものらしい。だから君がこの世から消え去っても君の夢は誰かが叶えるし、他も誰かが滞りなく済ますから大丈夫だ!」
「! 大丈夫な訳「さて長ったらしい話は終わりだ」
怒りに震える少年を宥めもせず、神は言う。
少年は神をぶん殴ってやろうと思ったが、神はそれより速く数冊の本を少年に見せた。
それは漫画。実は少年が結構楽しみしていて単行本も所持している漫画だった。
「『めだかボックス』???」
そうだ! 神は満足げに応え、
「始めは神話にでも飛ばしてやろうと思ったのだが、君の魂を見るとこの漫画が好きだとあってな。ちょうどいいからこの漫画に飛ばしてやろう」
「はあ? いや、ちょっと待て。勝手に進めるな」
「しかし悲しきかなキャラブックがないからな、まぁ適当に開いたとこで良いか」
「おい待て!話を―――」
神は話を聞かず、ある一冊のページを開いた。するとそこから光が伸び、少年の意識を奪っていく……だけでなく肉体も消えていく。
少年は神を掴もうとしたが、手が触れる頃には消滅していた。
「起きてください」
脳に声が響く。少年は眼を覚ます。朝早くに叩き起こされた気分だ、妙に体がだるい。
しかし少年は先の神を思い出し、起き上る。
「ここはッ!?」
「病院です」
そこに居たのは、恐らくさっきも自分に声をかけたらしき少年…にも満たない子供、4~5歳位の。入院用の服を着て、大きなキャップ帽を目深に被っている。その為表情は判別し難いが、どことなく軽薄な印象を受けた。
「大変でしたね。同情はしますが、仕方ないと割り切ってくださいや」
「?…お前、誰」
『だよ』と言いかけて異変に気づく。舌がうまく回らない。頬を触ってみると、妙に柔らかい感触。手の平見ると不思議と小さく感じる。
不意に、横に置かれれている鏡に目をやると、そこには小さな黒髪の子供がいた。
「…こいつ…俺か?」
「そうです。んでオレの名前は鬼原(おにはら)。神によって貴方の"解説役"として創られました」
鬼原は唇端を尖らせ言う。そして鏡を介して少年を見、続けた。
「あなた二次創作には疎いようなのでね、テンプレとか知らんでしょ? だからオレがこの世界での貴方の解説案内キャラとして創られたんでさ」
「……」
少年は黙りこむ。いきなり死んだと言われたり不思議な世界に飛ばされたりと意味が解からないが、とりあえず気になる事は
「何で俺は病院にいて、俺はいったい何なんだよ?」
「はい答えましょう、ここは異常(アブノーマル)を専門とする心療病院。我々の年齢はカルテ上で5歳。そして――」
と、鬼原は焦らすように言葉を伸ばした。
その溜めの間、少年の背後からウィーン と音が鳴った。自動ドアが開いたようだ。
誰かが入って来た、少年は振り向かずとも解かった。何故ならその侵入者の顔を見て、鬼原が嬉しそうに笑っているからだ。
鬼原の知り合いか? と少年は思ったが、侵入者が声を投げたのは、当の少年本人に対してであった。
「『遅くなってゴメンよ』『行こう』」
それは本心を隠している"虚構"のような言葉。
その喋り方を、少年は聴いた事は無かったが見た事はあった。
少年は呆然と振り返り、侵入者を見た。
自分より少し背丈の高い、白髪の少年。その顔には感情の起伏は感じられないが、どこか全てを小馬鹿にしているような、そんな形容しがたい表情をしていた。 脇に抱えるボロボロの縫い包みが、彼の雰囲気に異様さを付加している。
間違いない。と少年は直感し確信し、驚愕した。
彼は、"球磨川禊(くまがわみそぎ)"であった。過負荷(マイナス)の首領。原作時よりもかなり幼く髪の色も違うが、それはどうみても"球磨川禊"だった。
(…何で球磨川(こいつ)がここに?幼い?時事列が昔だから?俺に何の用だ?)
「『さぁ帰ろう』『といっても病室だけど』」
笑いながら球磨川禊は、少年の手を取る。禊は驚きで体が強張る少年に、急かすように、諭すように言った。
「『早く行かないと瞳先生が怒るよ』『立って"雪(そそぎ)"』」
雪(そそぎ)。 と禊は少年の"新たな名前"を呼んだ。
そして同時に、全く状況が理解できない少年――"球磨川雪(くまがわそそぎ)"に、鬼原が耳打ちした。
「この世界で貴方は"球磨川雪(くまがわそそぎ)"として生きる事になりました。球磨川禊の"弟"です、頑張ってください。
――ま、オレも貴方と同じ病室なんで、後でゆっくり話しましょうや」
少年"球磨川雪"には、その声が物語のオープニングのように聴こえたのだった。