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[30781] 桃源郷の暑い夏(戦場で異世界と接触)
Name: ブラボー6◆5808edae ID:03c7d7a7
Date: 2011/12/28 19:12
(H23,12,6)
この度、大規模な話数統合と改訂を行いましたところ、今まで投稿したデータを全て消してしまい、改めての投稿となりました。

今まで感想を送っていただいた方々、数ヵ月間の放置に重ね、誠に申し上げありません。



この作品は、仮想戦記風のファンタジーですが、架空のノンフィクション小説という設定で、ただ淡々とストーリーが続きます。

架空兵器に加え、実在の部隊と兵器が登場しますが、実際の運用と違う場合がございますがご了承ください。

同種の作品の傾向にあるハーレム、チート、テンプレ等に飽きた方、是非ともいらしてください。


作者は小説初挑戦であり、ファンタジーに関しては素人であります。
何卒、指導ご鞭撻のほど宜しく申し上げます。


なお、同作は「小説かになろう」にも掲載させていただいております。



主な参考文献。

強襲部隊

ファルージャ 栄光無き戦場

ベトナム航空戦史

闘魂 ビルマ戦記

中国軍vs自衛隊

宝島別冊

各種RPGゲーム攻略雑誌




[30781] −プロローグ−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:b06bbca6
Date: 2011/12/28 19:34
桃源郷…中国版理想郷の意味。国端新島の別名。

戦時中に北中国軍将兵が、島の奇怪な生態系を皮肉ったのが由来。


沖縄県国端新島。

沖縄本土より南東約204キロ。北緯27度3分。東経126度5分。全周189キロの無人島である。東地区、中央地区、西地区の三つに区切られ、広大な森林地帯と水源地があり、中央地区の岩山「国端富士」の地下には、無数の洞窟と遺跡と思われる人工物が確認されている。


国端新島と周辺国年表概略。


【沖縄沖大地震】
2011年9月3日未明。沖縄南東沖204キロを震源とするマグニチュード7強の地震が発生。これにともなう津波により沖縄九州全域、中国東海地区、朝鮮半島黄海沿岸部、フィリピン諸島が甚大な被害を被る。

同年9月4日。海上保安庁が震源地海上に「島」の存在を確認。

日本政府「国端新島」と命名し領有を宣言。当初その出現は海底火山による海底隆起と発表されるが、発見時すでに樹木が群生しているなど海底隆起では説明できない事象が多々あり、調査活動も津波被害の復興のため2012年末からとなる。


【国端新島開発事業団発足】

2013年5月20日。沖縄沖大地震の復興も終わり、日本政府は同島開発と調査に本格的に着手。天然ガスや石油など有力な地下資源の発見はなかったが、未知の鉱物と常識外な生態系をした動植物に加え、遺跡と思われる人工物を発見。世界各国より学術的価値が期待される。

国端新島開発事業団は南北縦断道路と灯台、港湾設備を整備に着手。国際的公共事業第1段として、沖縄沖大地震を教訓にした「東アジア地震・津波早期警報システム計画」の先鋒に気象観測所の建設を開始。

同年9月31日。中国政府が「国端新島」の領有権を主張。日本の同島整備事業の中止を要求。日本政府これに対し抗議するも、対外摩擦を避けるため開発事業を一時凍結。


【北朝鮮動乱】
2015年2月23日。北朝鮮で内乱勃発。沖縄沖大地震の津波が止めとなり、体制崩壊とともに無政府状態に。
北朝鮮国内より難民が韓国、中国国境に殺到。日本にも対馬と博多に武装難民が大挙して漂着。極度に治安が悪化し、九州全域に戦後初の戒厳令布告。国防体制見直しの切っ掛けとなる。


【第2次朝鮮半島危機】
同年3月1日。人民解放軍が大挙して北朝鮮国境を南侵。「中国に亡命した北朝鮮政府高官からの要請により」北朝鮮の信託統治を宣言。これに米韓猛反発。人民解放軍撤退を巡り、38度線を挟み触即発状態に。

【インドネシアイスラム革命】
同年8月4日。インドネシアでイスラム過激派が武装蜂起。各地で外国人虐殺と国外企業の排斥が繰り広げらる。同月6日、インドネシア政府の要請により秩序回復に多国籍軍が介入。半島危機に兵力が拘束されている米軍に代わり、外圧で日本がPKF初参加。自衛隊過去最大規模の海外展開となる。しかし装備、法整備の不備から犠牲が続出。今後の活動に大きな課題を残す。


【半島危機収束】
2016年1月16日。ロシアの仲介で人民解放軍が少数の治安部隊を残し、北朝鮮国内より撤退する。


【中華内戦】
2018年8月15日。中国でクーデター勃発。香港特別行政区を本拠地とする自由主義勢力と中国共産党が南北に別れ内戦に突入。この混乱で北中国(共産党)で在留邦人の殺傷事件が続発。日本政府、北中国政府に厳重抗議する。

同年10月9日。南中国(自由主義)への海上航路封鎖のため、北中国の潜水艦が尖閣諸島近海に出没。

同年10月18日。尖閣諸島付近を哨戒中だった海上自衛隊の護衛艦が、国籍不明の潜水艦を捕捉し追尾したところ当該潜水艦に雷撃される。

北中国政府は関与を否定するも音紋データの解析により北中国軍青海艦隊所属の「漢」級潜水艦と判明し、以降日中関係が急激に悪化。


【第3次台湾海峡危機】
2019年9月28日。台湾が南中国政府支援を表明。台湾国内の海軍基地の使用を認める。

北中国政府、青海艦隊に台湾侵攻準備と思われる空母を含む機動部隊の編成を指示。米機動部隊が台湾海峡に急行し、アジア全域が緊張状態に。

同年10月2日。北中国軍空挺部隊が国端新島を占拠。日本政府、国連安全保障理事会に提訴し北中国政府に国端新島からの即時撤退を要求。北中国政府は「国防上の問題」と以前から主張する「沖縄トラフト」を理由に国端新島に中国名「青宝島」と命名し中国領土編入を通告。更に一個軍団の増援を送り込み防備を固める。

同年10月5日、日本政府は非常事態を宣言。自衛隊に防衛出動待機命令を発令しアメリカに日米安全保障条約に基づき軍事支援を求めるが、アメリカ政府は非公式会談で「尖閣諸島近辺は日米安保の対象外」との立場を示す。自衛隊への情報支援は確約するも、台湾海峡危機の対応で戦力に余力がないことを日本側に理解を求める。

同年12月8日。日本政府、国家安全保障会議で自力での国端新島奪還を決断。自衛隊に奪還部隊の編成を指示。第15師団を中心とした陸海空奪還部隊が編成され西表島で上陸演習を開始。北中国政府圏内の邦人に帰国命令。

同年5月17日。北中国政府が国連に世界地図の「国端新島」から「青宝島」への表記変更を申請し、日本政府猛反発。

同年月7月20日。奪還部隊の訓練が終了。日本政府は北中国政府に対し最後通告を行うも、北中国政府はこれを拒否。駐日大使を召還する。

日本政府は同日午後の臨時国会で、国端新島奪回に関する特別法案を可決。北中国大使館(旧中国大使館)を閉鎖し、中国関連防諜網の一斉摘発を開始。徹底した情報統制に入る。同時に沖縄九州全域に戒厳令を布告、予備自衛官の招集を開始(実質的動員は既に7月初旬から開始)。

北中国政府は日本の大使館閉鎖と予備役動員を受け、日本側の奪還作戦がブラフでないことに気付き、清宝島守備隊に警報を出すも、青宝島防衛体制は大幅に遅れた。


【国端新島事変】
同年7月25日。国端新島奪還作戦「ほむら」発動。自衛隊奪還部隊、北中国軍「青宝島守備隊」との戦闘に突入。

同年8月3日。青宝島守備隊司令部が壊滅。組織的抵抗が終結し戦闘は掃討戦に移行。同日、北中国政府が国連安保理を通じて南中国と日米政府に停戦交渉を打診。以後アジア一帯の緊張は緩まり、国端新島事変は終結に向かう・・・筈だった。






国端新島海岸地区上空300メートル。


「絶対日本じゃねぇ」

一等陸士・山岡大樹は大型輸送ヘリコプター・CHー48JBの開け放たれた後部ハッチから眼下の風景を見て呟いた。切り立った山影、乱立する幹の直径が2メートルを超す巨木、恐ろしく透明度の高い湖。何もかもが自分の知っている風景とかけ離れ、まるで別の惑星を飛んでいる錯覚に陥った。

山岡は今年で19歳、第17普通科連隊第3中隊第2小銃班の擲弾手だ。彼は地元の山口県の高校を卒業後、自衛隊にスポーツ枠で入隊した。人生の一部となっている柔道を社会人になっても続けたかったからだ。

神奈川県の武山駐屯地で前期教育を受け、東京の練馬駐屯地で普通科(歩兵)の後期教育を受けた後、埼玉県朝霞駐屯地にある自衛隊体育学校に送られた。しかし世界への壁は厚く、中高と県大会優勝の実績を持つ彼の技量を持ってしても超えられるモノではなかった。結局半年ほどで体育学校を去る事になり、その時は退職を考えたが、折角自衛隊に入ったのだから大型免許くらいは欲しいと思い自衛隊に留まることを決意した。

地元である第17普通科連隊に配属を希望し3ヶ月前に着隊したばかり。まさかの有事勃発であった。

重苦しい空気が支配する機内には、山岡をはじめ1個小隊の完全武装した男達が寿司詰めとなっていた。

視線を前に向けると、落ち着き払った小隊陸曹の谷本学一等陸曹がいた。自衛隊歴21年の43歳。物静かなマラソンが趣味の男で性格は至って温厚。滅多に声を荒げる事はないが人を見る観察眼は鋭い。先週小児癌で6歳になる1人娘を亡くしており、隊員達には何事も無かったかのように振る舞ってはいるが表情には常に影が憑いてまわっていた。

小隊陸曹の右隣。1班長の小山亨二等陸曹が厳つい顔で鎮座していた。小隊のポジションでは谷本が仏で小山は鬼だ。レンジャーの有資格者で指導矯正に直ぐに手が出ることから班員から「軍曹殿」と呼ばれ恐れられていた。特に190センチを超える体躯を利用して繰り出す頭頂部への垂直拳骨打撃、通称トールハンマーは例え鉄帽(ヘルメット)の上からでも脳震盪を起こす。

自分のすぐ左。山岡の2年先輩で教育係、中隊選抜射手(マークスマン)の大野汰太陸士長が広い肩幅を無理矢理縮めて座っていた。熱烈な戦争映画ファンである大野は、離陸の時などある名台詞から「アイリーン!」と叫び周囲の失笑を買った。すかさず小山二曹に「縁起が悪いだろ」と拳骨を喰らい目を回した。

彼は中隊有数の【トールハンマー被弾記録保持者】でもあった。

今は小山二曹に聞こえないよう、小声でワーグナーのワルキューレ騎侯を口ずさんでいた。

向かって右側。山岡を挟んで大野と小声でハミングしているのは分隊支援機関銃手の金突(かなづき)良博陸士長だ。東京出身で長身細身の体躯ではあるが実は合気道の有段者で、8キロ強の機関銃を軽々と扱う腕力の持ち主だ。しかし特技が黒魔術と宣う珍しい趣味の持ち主で、周囲より「呪術師」と渾名を拝命している。どういう訳か同期の大野とは気が合い、相棒のポジションに収まっている。

このコンビが中隊の忘年会や結婚式等で披露するコント「大明神カオス金突」は毎回大好評で他中隊からも出演依頼がくる程だ。最近このコントに山岡を引き込もうと画策しているらしく、山岡は金突から逃げ回っていた。

「あと5分!」

小隊長の後田義明三等陸尉が機内インターホンを通じ到着を告げた。後田三尉は部隊内幹部候補生上がりの叩き上げ。幹部として部隊を預かったのはこの第2小隊が初めてで、朝一の部隊朝礼で語学課程で鍛えた英会話ワンポイントレッスンが彼の日課だった。

山岡は小銃を引寄せ着陸に備えた。彼の89式小銃3型には、銃身下に40ミリグレネードランチャーが取付けられ、身長が164センチしかない山岡が持つとかなりアンバランスに見えた。

大野がビニールテープをマウスピースよろしく大口開けて突っ込んだ。何の積もりか聞いてみたら「前の降下訓練で舌を噛んだ」と答え、ニカっと笑い山岡にビニールテープを差し出した。

「降下はしねぇって言ったろうが!」

途端小山二曹の拳骨が炸裂し、大野が妙な悲鳴を上げてビニールテープに歯を食い込ませた。

「良かったな、それ無駄にならなくて!」

こっそりビニールテープをポケットに仕舞いながら金突が突っ込む。それを機会に一斉に笑いが巻き起こった。ヘリの乗員まで加わった24人の大爆笑に、張り詰めていた重い空気が一気に和らいだ。

後田三尉もこの日初めての笑顔を見せていた。部下達がいつもと変わらないことを知り安心したようだ。山岡も内心胸を撫で下ろしつつ笑った。

束の間の笑顔見せる小柄の擲弾手にとって、国端新島は人生で忘れられない体験となるが、彼は未だそれを知るよしもなかった。

山岡が所属する第17普通科連隊は、有事勃発より山口市内で重要防護施設の警護任務についていた。

しかし今朝未明、第3中隊に国端新島への移動命令が下り、第15師団隷下で東地区の敵残存部隊掃討を命じられた。


2025年8月3日、午前8時35分。世界を危機に陥れた、運命の3日間が始まった。



[30781] AM08:35 −終結間際−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:72f568a9
Date: 2011/12/28 19:45

1日目−午前08時35分・国端新島東地区森林地帯。

「やっぱりここ、中国じゃないヨ」

防空砲兵李太平上等兵は、幹の直径が5メートルを超え、三階建てのビルほどある巨木の天辺に独り呟いた。

李は先月23歳になったばかりの上海出身の若者で、インターネット関係のシステムエンジニアを志していた。李は大学在学中、日本に留学したいと思い外国語履修に日本語を専行していた。
しかし苦学生だった彼は奨学金を申請したが給付選考から漏れてしまい、仕方なく大学を休学までして除隊後の奨学特典を目当てに陸軍に入隊した。

その結果、夢とは程遠い形で来日を果たした彼は、見張りに立つ傍ら、無線機を背負い傍受した敵の交信に聞き耳を立てていた。

東の空を見上げると、増援部隊らしい日本軍のヘリコプター編隊が悠然と海岸線を飛んでいた。

空には昨日迄は1日2〜3回は来ていた筈の友軍機の姿は無く、傍受無線も暗号化通信ではない平文の交信が増えていた。

こりゃ戦争負けたかナ?

新たな爆音。今度は別の方角から縦に平べったい偵察ヘリが低空で近づいてきた。

ここから南へ2キロ先には日本が数年前に建てた気象観測施設がある。実質廃屋だが最近まで砲兵隊が本部兼兵舎として利用していたので、日本軍はそこが防衛拠点であると踏んで、ここ2〜3時間頻繁に偵察機がやって来る。

潮時だ、それに交代時間はとっくに過ぎてる。
李は足場の幹にくくりつけたロープを手繰り地上へと降下した。


「だから、俺は彼女に言ったのサ。『それでも俺と一緒になりたいのか?』って」

直下、巨木の根元。楊宝栄下士(軍曹)は既に30分近くこの海軍陸戦隊員の熱弁を聞き続けていた。

顔半分を汚れた包帯で覆い爆撃で左目を失ったという彼は、内戦が始まる前は第2海兵旅団で香港に勤務していて、その時知り合った駆け出しモデルの女と結婚する約束をしていたらしい。3年前自分が北朝鮮に出兵するときプロポーズし、無事帰ってきたら一緒になる事を約束していた。

しかし内戦が始まり彼女とは音信不通になってしまい、ここに来れば台湾攻略を足掛かりに香港に行くことができると思い、自ら志願したとのこと。

熱弁はまだ続いた。

「ただ俺は1日でも早く戦争を終わらせて彼女に会いに行きたいのサ。いまじゃ彼女は売れっ子のトップモデルだ、それが結婚してくれるってんだ、軽い気持ちじゃない…」

楊は辛抱強く陸戦隊員の話を聞き入っていたが、微かな苛立ちは隠せなかった。
それでも陸戦隊員は意に介さず、ますます残った右目に熱を帯びて喋り続ける。全身から焦燥感を滲ませる楊に意外なところから助け船が出された。

「招集兵は集合しろ!」

この「集結地点」を統括する少校(少佐)がやって来て叫んだ。

元は兵站本部付の将校らしく、神経質そうなヒョロリとした体格で、おおよそ軍隊にいながら戦闘とは無縁な経歴を辿って来たようだ。傍にいた下士官の一人に注意され、若干トーンを下げて繰り返した。

「招集兵は私の元に集まれ」

楊は一瞬、顔に微かな安堵を浮かべたがすぐに済まなさそうな顔を作り、陸戦隊員に向き直った。

「すまんな、話の途中だけど呼ばれているらしい」

陸戦隊員も流石に話を切り上げた。

「いや、こっちこそすまなかった」

「必ず彼女に会うんだゾ。こんな気色悪い島で死ぬんじゃねぇゾ」

陸戦隊員は楊に軽く敬礼すると、自分の部隊へ戻って行った。

彼の姿が見えなくなったところで、楊がやれやれと肩の線を下げた。そこへ李が縄梯子を降りてきた。

「遅いから心配してたヨ。随分長いこと話し込んでたけど、海軍に知り合いがいたの?」

楊は若い相棒の問いに首を振った。心なしか顔のシワが増した気がする。

「いや、たまたま目があったらあの調子だ。最初は水餃子の話だった」

楊は40絡みの予備役工兵で招集前は食堂の店主だった。若いときに横浜の中華料街で料理人として働いていた事があり、ある程度日本語を話せた。

年齢差と階級の事もあって緊張気味の李だったが、楊の気さくな性格と日本での生活の話題で意気投合し、今では階級を超越した間柄となっていた。

「下で変わりは?」

回りを見渡すと随分と、味方の数が大分減っていた。交代前には300人程いたが、今では森に50〜60人位しかいない。

前日に青宝島守備隊司令部が全滅した後、指揮を引き継いだ第115歩兵連隊本部が、東地区で生き残った兵士達に示した集合場所がこの森だった。

地表を完全に覆い尽くす巨木の傘は、どういう訳か赤外線と電波を完全に遮断し、根元で息を殺す北中国兵達を日本軍の監視の目から完全に隠蔽した。

そして森の地下には中央地区へ続く地下洞窟が存在し、中央山(国端富士の中国名)を中心に無数の大小様々な洞窟が蜘蛛の巣状に拡がっていた。

工兵隊の測量班が確認しただけでもその数ざっと約13000本。北中国軍はこの中から人が通れる7本に手を加え、中央山との地下連絡道兼退避道として使っていたのである。青宝島守備隊臨時司令部は中央山に残存兵力を結集させ、最後の抵抗を試みる腹積もりなのだ。

楊が少佐の元へ向かおうか迷っていると、この集結地点の実質的統括指揮官、白中尉が楊を手で制した。彼はいつの間にか2人の後ろに立っていた。

「貴様はいい、今の役目を続けろ」

白中尉は北朝鮮の「統治」後、人民解放軍に鞍替えした将校だ。元人民武力偵察部の特殊部隊出身で恐ろしい程の冷静さと高い指揮能力をもち、李達のような「残兵」を拾い集めここまで引っ張ってきた。

李達に今の任務を与えたのも彼で、今予備役兵に集合をかけてる少校は、階級の序列で今のポストに据えられた軍隊の指揮系統の原則を守る為のお飾りに過ぎない。平たく言えば白中尉のスピーカーだ。

「敵が我々の意図に気づいたらしい、遅滞防御部隊を編成するが、お前達はそのままだ。日本語を理解できるのは貴様らだけだからな」

酷薄な笑みを浮かべる白中尉に、楊は複雑な心境であった。

そこへ工兵隊の指揮官がきて、白中尉に全ての洞穴の爆破準備にあと1時間掛かる事を告げた。30分で完了させろと言う白に、工兵指揮官は手が足りないと訴えた。

「楊下士、貴様元は工兵だったな?」

結局交代はお預けとなり、李は再び配置戻るため木に上り出した。

楊は洞穴に向かう途中、配置に向かう隊列とすれ違い言葉を失った。「遅滞防御部隊」の殆どは予備役兵の年寄と歩ける負傷兵で編成されていたのだ。

列にはさっきの海軍陸戦隊員の姿もあった。陸戦隊員は楊に気が付くと笑顔で手を振り、足を引き摺る仲間に手を貸しながら観測所へ向かっていった。


同時刻。国端新島西海岸・15DPC(第15師団司令部)

第15師団長・田中竜也陸将と師団幕僚一同に、凶報と朗報が同時にもたらされた。
朗報は北中国が停戦交渉に応じ、明日までには国連安全保障理事会より停戦決議が出されるとのこと。

この異常な島に1万2千名で乗り込み悪戦苦闘の7日間。これまで220名以上の死傷者を出した戦争がやっと終わる。

凶報は東地区の敗残兵が、中央地区の主力部隊に合流しつつありとの知らせだった。

潜入した情報小隊の報告によると、東地区全域に配備されていた北中国軍部隊が司令部壊滅後一斉に陣地を放棄、森林地帯に後退中とのことだった。

東地区森林地帯は渓谷と平原に挟まれた孤立地帯である。群生する木々は赤外線を透過しないという稀有な特徴を持ち、隠れるには絶好な場所ではあるが、木の密度が濃いため重火器の運用は難しく、重要高地や港湾施設からも離れ、戦略的価値は皆無だ。

森に入ったが最後、退路も補給を断たれ、敵が勝手に干上がるのを待てばいい。

しかし田中陸将は自ら牢獄へ向かう、北中国軍の行動に何か意図を感じずにはいられなかった。

国端富士の監視哨から「敵主力の戦力増強を確認」の報せに、田中の疑念は確信に変わった。東地区で捕虜となった北中国兵を問い詰めるとアッサリ「抜け穴」があることを白状した。

中央地理隊製作の自衛隊地図には地下洞穴の記載はない。測量と遺跡調査を担当した国土地理院と文化庁に問い合わせたところ、驚愕すべき返答が帰ってきた。

遺跡の戦争利用を良くないとする文化庁の幹部が、洞窟の調査データを隠蔽したのである。

師団司令部は色めき立った。このまま合流を許したら敵を東西に分断した意味がなくなる。場所は気象観測所より2キロ西。敵の後方地域への浸透は絶対に防がねばならない。

直ちに奄美大島に待機していた機動予備部隊を投入し、不足分は第17普通科連隊から1個中隊を増援に出させ充足に当てた。幸い本土へのテロ活動の可能性が低くなったので部隊編入の許可はすんなり降りた。

現況表示盤に張られていく増援部隊を示すピンを見ながら田中は頭を抱えた。

田中は第15師団初代師団長となって2年。その前は前身である第15旅団の副旅団長を務めていた。幹部に任官して以来ずっと現場を駆け巡っていたせいか、齢49歳にして頭は完全に白髪となり実年齢の倍は老けて見える。

「その後、市ヶ谷からは?」

疲労で目が落ち窪んだ、情報担当の第2部長が答えた。

「未だ文化庁が情報開示に難色を示しているため、強制執行の手続きを…」

「解った、もういい」

どうせ、そんな事だろうと思った。

「捕虜からは他に何か聞き出せたか?」

「他に3名、無作為に尋問しましたが、全て答えが一致しております。ただし、何処に繋がっているかは知らされてなかったようです」

十中八九当たりか、次。

「航空偵察」

剃り残した無精髭が2センチを超えた、作戦担当の第3部長が魂を吐き出すかのように答えた。

「FLIR(赤外線暗視装置)が役に立ちませんので、大した情報は…。ただ、遁道所在地地点と思われる地域より携帯式対空ミサイルによる攻撃を受けました」

以前北中国軍が森にヘリと人力で分解した榴弾砲を持ち込み、秘匿野砲陣地をこしらえていただけに森の秘匿性は敵味方熟知済みだ。しかし木の密度が濃すぎて陣地変換が出来ず、最後は敵自ら爆砕処理した。しかし木が鉛でできているのか?一体この島の生態系はどうなっている!?


対空兵器の待ち伏せが分かった以上、ヘリボーンは不可能。したがって、地上より敵が待ち構えている中を進まねばならない。

貴重な予備兵力を摺り減らすことへの忸怩たる思いが田中の脳内を支配していた。

「空自の対地支援体制は?」

「現在那覇基地で爆装した支援戦闘機2機が、警急待機中です。30分以内に最大2回の近接航空支援が可能です」

連日多勢に無勢の要撃任務に明け暮れていたのを考えると、これは感謝せねば。

「他には?」

目の下に盛大な隈を作った人事担当の第1部長が、読経のように口を開いた。

「各国のプレスが橋頭堡に到着、師団広報が補給段列地域に案内しております」

停戦交渉開始と国端新島攻略の目処が立ったのを受け、航空自衛隊那覇基地に設けられていた「プレスセンター」より、国内外の記者団を島内入させる事になっていた。

ただし、記者団滞在は最大48時間の期限付。戦時中という事もあり、指定地域外での生放送と衛星電話の使用は禁止となっている。

定例記者会見は午前と午後に2回を予定。記者会見は副師団長がやってくれることになった。

「なに、災害派遣じゃ毎回のことですし、北朝鮮の時にも経験はあります。師団長は戦闘指揮に専念してください」

損な役回りである広報担当を、阿佐嶋誠陸将補は笑って引き受けてくれた。

彼は高射中隊にいた長男、阿佐嶋武志三尉を、8月1日の空襲で亡くしていた。

そうだ、俺は俺の役目を果たすんだ。

「では諸君、務めを果たすか」

口調を改めた田中の言葉に、幕僚一堂が背筋を伸ばした。一瞬にして天幕内の空気が「会議室」から「作戦司令部」に変わる。


「即応部隊に下命。東地区森林地帯へ前進、敵秘匿遁道を確保せよ!」




[30781] AM08:35 −爆発準備−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:2d58ab44
Date: 2011/12/07 00:24
東地区森林地帯・七番遁道付近。

トンネルへ続々と続く北中国軍兵士の列の脇。2メートル程の深さに掘られた塹壕から刺激臭が漂っていた。
時折列から何事かと塹壕を覗き込む兵士もいたが、即座に踵を返して列に戻った。

「鍋で砲弾を煮てる馬鹿がいる!」

防護マスクの下、楊下士は深い溜め息をついた。彼はその辺の石でこしらえた即席の釜戸と、その上で湯を張った中華鍋に砲弾を乗せ湯煎していた。

別に彼は気が狂った訳ではない。彼は今、ちょっとしたトラブルに巻き込まれていた。
工兵隊の応援に向かったは良いが、人手だけでなく爆薬も足りない事が分かり、オマケに一番作業が遅れている七番トンネルの爆破担当にされたのだ。

他の6本が正規の脱出用なのに対しこの七番トンネルは「非常口」的なものだった。ほぼ天然の空洞で、当初ら通風口にされる予定だった。
しかし日本軍の反撃が本格化してきたため非常口に変更、しかし混乱でそれが周知されず、今日まで存在が一部の司令部要員にしか知らされずにいたのである。

本来は遅滞防備用に埋没閉塞の為の爆薬か、又はその準備用に設置孔を設ける筈だったが、件の理由からそれらは全くの手付かずで放置され、おまけにトンネル警備兼保守管理を担当する遁道警備小隊は真っ先に撤退してしまった。
爆薬の割り当ても無く、人員も寄せ集め。仕方なく楊は遺棄された装備を漁り「現地調達」を試みた。

元々この森には砲兵部隊が陣地を構えており、砲弾のストックがまだ残されていた。楊はこの中から130ミリ砲弾を選び炸薬の抽出作業に当たった。
榴弾の製造過程では、炸薬は液状で砲弾に充填される。TNTなら約80度で液状化するので中華鍋で湯煎し、その逆順をやっているわけだ。
火にくべたり電流を流せば話は別だが、信管を外してしまえば砲弾は簡単には爆発しないものだ。
液化した炸薬は空の水筒に詰め、水を張った鉄帽(中国製はフリッツ型でも本当に鉄)に入れ冷やして固める。

通算5本目の水筒爆薬を作り終えた頃、白中尉が進捗状況を見にやってきた。
中尉は気配もなく後ろに立っていた。

「後、どの位掛かる?」

楊は肝を冷やしつつ必要量を確保するのに後45分、設置に30分掛かると答えた。

「後30分とは言ったが、爆破はギリギリまで待つぞ?」

楊は不穏分子の疑いを掛けられまいと、慎重に言葉を選んだ。

「そういう訳ではありません、中尉殿。設置行程は省けても爆薬造りは事故防止の為どうしても時間が要ります」


「砲弾に電気信管を繋いで、そのまま使えば…?」


「破壊工作や通路啓開には良いでしょうが、これは閉塞作業です。勢い余ってトンネルを地上に露出させる恐れがあります。ご命令であれば取り掛かりますが、今からだと威力計算や設置場所の選定が一からやり直しになります」

「・・・・」

白中尉の沈黙に不気味さを覚えつつ楊は畳み掛けた。

「それに不発弾処理以外に砲弾を爆破した経験は自分には無く、結果に責任が持てません。砲弾に関して助言を得ようにも、砲兵は全て撤退しました。下手に使えば爆破の影響が何処まで波及するか分かりません。トンネルは全て最終的に一本に繋がっているのはご存じでしょう?」

遂に白中尉が折れた。

「…分かった。仕事を続けろ」

ホッと胸を撫で下ろす楊に、白中尉が中華鍋を指して尋ねた。

「そいつは何処にあった?」

楊は胸を張って答えた。

「自分の私物であります」

「・・・持って歩いてるのか?」

「本業は料理人ですので」

「・・・」

黙るなよ、あんた怖いんだから。

「他の連中は?」

「2人発火装置を探しにいかせて、残りはトンネル内で設置孔を開けさせてます」

普通爆破作業は準備から設置、爆破まで1人で行う。責任分担すると、ミスが発生しやすいからだ。
しかし今回は敵の襲来が近い事もあり、砲弾から炸薬を安全に抜き取る技術を持っていたのは楊だけだった。

「爆薬造り、誰かに手伝わせるか?」

「彼等にですか?」

楊はトンネル待ちの列を見た。白中尉が視線を向けると皆一斉に目を背けた。
白中尉はそれ以上何も言わず、肩をすくめると森の中に消えていった。

「分ン隊ィ長ォお!」

入れ違いに物凄い訛りの北京語で呼び掛けられた。振り返るまでもなかった。このヒドイ訛りは黄列兵(2〜3等兵)だ。
やや知能に問題のある彼は、湖南省の片田舎出身の18歳。軍隊に入って初めてテレビを見たという新兵で、面倒見の良い楊を勝手に分隊長と呼んでいた。
楊が「大声を上げるな馬鹿!」と鉄帽をひっ叩くと用件を聞いた。

「あ、空ぃ巣ぅに入られましたぁ!」

「・・・・は?」


東地区森林地帯・七番遁道内部。

「なんてこった…」

楊は出来上がった水筒爆薬を片手に途方に暮れた。
トンネル内に設けた資材置き場から、全ての資材が消えていたのだ。
プライマーなどの工具は勿論、直流発電機発火機や検流計、導火線リールといった発火具、設置孔を掘るシャベルにツルハシ全て無くなっている。

黄が言うには転進指揮所に信管を取りに行っている僅かな間に備品が全て消えており、大慌てで楊に知らせに行ったとの事。
楊は直ちに資材の捜索を命じた。
部下がそれぞれ散っていくと、楊はがらんどうとなった資材置き場を見渡した。資材置き場はトンネル内の短い横穴を利用して設けられ、入り口の他には壁に70センチ程の横穴があるだけで他に出口はない。
この小さい横穴だが、実はトンネル各所に点在していて中は物凄く長い。人工的に造られたものらしく懐中電灯で照らせる範囲では階段や燭台らしきモノが見える。
調査する技術も時間も無かった工兵部隊は「きっとキンシコウ(孫悟空のモデル)が掘ったに違いない」と冗談めかして放置していた。だが、その冗談は今では笑えなくなっていた。

楊は地面に残された「足跡らしき」モノを見て冷や汗を噴き出した。
その足跡は全て靴を履いていたのだ。3〜4歳児程度のサイズで、単純ではあるが明らかにソールが刻んであり、それが複数横穴まで続いていた。

楊は中華鍋を壁に立て掛け、人数を割り出すために横穴の前の地面に1メートル四方の線を引き、その中の足跡の数を足して2で割った。往復している奴もいるので、03式歩槍を使って歩幅を割り出してその分を計算から引く。

「最低8人」

結構な大所帯だ。
だが楊は大して狼狽することも無かった。
彼の田舎では野生の猿による作物被害が日常茶飯事だったし、爆薬は無事だから信管と点火装置さえあればなんとかなるだろうと、頭の中の工程表を練り直しながら、中華鍋に手を伸ばした。

しかし、伸ばした先に、鍋はなかった。

楊の思考が緊急停止した。そのままの姿勢で固まり、記憶の糸を手繰り寄せる。俺は確かに、ここに置いたよな?
記憶の糸はプッツリ切れていた。
楊は臆面無く慌てた。他の物はどうでもいいが、鍋けは無くては困る。

「分隊ィ長ォ、何を探してェ〜いるんでありまァすゥかァ?」

黄が入り口で、楊の慌てぶりに目を丸くしていた。
楊はそれどころでなく、資材置き場をウロウロするばかりだった。

少し落ち着きを取り戻した楊は、鍋を置いた場所に戻ると、例の小さい足跡が残されているのに気が付いた。
辿っていけば案の定、まっ直ぐ横穴へと続いていた。楊は一瞬、この穴を塞ぐべきか迷ったが、地雷を仕掛ける替わりに穴の前に携行食のビスケットと、今では貴重品の煙草を3本置いてみた。

「分隊長ォ、コレは何でありますかァ?」

黄がビスケットを摘まもうとしたのでひっ叩いた。

「何でもない、触るんじゃねぇゾ」

神頼みは彼の柄ではないが、切実な願いとして、せめて鍋だけは返して欲しかった。あれはの形見であり、万金に変えられない大切な鍋だった。

「で、どうした?俺は備品を探せと言った筈だゾ」

「白中ゥ尉が分ン隊長ォを呼んでいましたァ」

また、どうせロクな用事ではないと思った。今度こそ不穏分子の疑いで「略式軍法会議」か?
しかし行かない訳にはいかないので、楊は物理的にも精神的にも重い腰を上げた。
黄がついてこようとしたので、引き続き備品を探すように叱った。

まったく、何故自分は李や黄のような坊主共になつかれるのか?

転身指揮所に向かう途中、隠蔽壕でヘリコプターを組み立てている一団とすれ違った。
組み立てているのは白中尉の取り巻き達で、例の北朝鮮からの鞍替え組だった。機種は分からないがやけに縦に平べったい、2〜3人しか乗れない様な小型機だった。

どうせ御偉いさんの脱出専用の機体だから、それで十分なのだろう。制空圏を取られているのにご苦労な事だ。

そんな事を考えながら歩いていると、テイルローターを取り付けている兵士と目が合った。
鋭い眼光を向けられ、何だか銃を向けられている気分だった。因縁を付けられでもしたら面倒なので不本意だが先を急いだ。


この時、北中国軍は想定外の危機に面していた。
七番遁道と同様の備品消失事件が全てのトンネルで猛威を振るい爆破作業が滞るなか、二番遁道で撤退中の北中国兵24名が行方不明にる事件が発生した。

中央山側から部隊未到着との連絡で、直ちに捜索隊が投入されると、森林地帯と中央山とのほぼ中間地点で滅茶苦茶に叩き潰された味方の死体が発見された。

死体は全て巨大な鈍器か斧の様な武器で叩き潰されており、銃器による死者は同士討ちと思われる数名を除き皆無だった。
また、北中国兵の抵抗も凄まじく、現場には大量の空薬莢が撒き散らされていたが敵の物と思われる死体は無し。
地面には蹄のような足跡が残されていただけだった。

牛魔王が出た。

北中国兵の間にそんな噂が囁かれ始め、異常な生態系が噂に真実味を与え、伝播を加速させた。

青宝島守備隊臨時司令部は士気の低下を防ぐべく、この事案は日本軍の特殊部隊の仕業であると通知し、掃討部隊の編成と二番遁道の使用を中止。閉鎖に踏み切った。

四番、五番、六番遁道はすでに閉鎖した上、主力である二番遁道は予定外の閉鎖。

残る一番、三番はトンネルの規模が二番の半分しかなく、大人数の移動には向かない(酸欠に陥る)。
しかも二つとも国道に面しているため、下手をすれば日本軍の機甲部隊に踏み込まれる危険がある。
七番に至っては、所詮非常口レベルで問題外。
更に爆破準備に携わる工兵部隊には作業中でも完全武装でいる事が義務付けられ、見えない敵への恐怖と備品の消失に加え作業能率の低下に拍車を掛けた。

この結果、撤退作戦のタイムスケジュールに、致命的な遅れを生じさせる事態となり、自衛隊の追撃に追い付かれるのは時間の問題となった。



[30781] AM08:35 −敵情監視−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:cf151792
Date: 2011/12/07 00:23
気象観測所より北へ2キロ一番遁道付近。〈監視ポスト01〉

「よっこらセ」

FM無線機と05式冲蜂(短機関銃)を片手の木登りは骨が折れた。それが高さが30メートル以上あれば尚更だった。
防空砲兵李大平兵長は楊下士と別れ、再び配置に就いた。
配置場所は枝が(直径が60センチ以上ある)三股に分かれている幹に板切れで足場を作って人一人座れるスペースを拵え、野外電話機が据え付けてられてあった。
適度に偽装は施されてるが土嚢などの掩蔽物はない。敵に発見されたら直ちに死を意味する地上30メートルの孤独な職場である。
いくら李が高い所が好きな青年でも、余り好ばれる状況ではない。

「やあ、お嬢サン。また隣を宜しいですか?」

李は監視ポストによじ登るなり「彼女」に声を掛けた。
「彼女」とは足場とした幹に浮き出た女性の形に似た瘤だ。ガレア船のレリーフの様に若い乙女を型どった半身像が監視ポストを見守っている。

これが東地区森林地帯名物「如体瘡樹」である。
しなやかな四肢に腰迄ある長い髮、ふくよかな胸。サイズに大小差はあるが、大体同じ顔と身体的特徴。これが1本2本なら自然の神秘で済むが森全域に無数にあるのだから恐ろしい。

青宝島に上陸してから「如体瘡樹」に関する怪談じみた噂が絶えない。
「見る度に表情が変わってる」「蹴っ飛ばしたら睨まれた」「銃で撃ったら悲鳴を上げた」等である。

中でも極めつけの話しが悲惨だった。
日本軍の反撃が始まる前。ある通信隊の若い兵士が、有線ケーブルを架設するのに樹に登ったら、てっぺん辺りで例の人面瘤に出くわした。その兵士は女日照りの禁欲生活が長かったせいと「彼女」が余りにも艶かったので「下半身の射撃訓練」の的にしたという。その夜は仲間と大いに盛り上がったが、しかし翌朝になって架設したケーブルが何故か外れ、彼はもう一度登る羽目になった。
もうすぐまた例の「彼女」がいる辺りに迄上がった時だった。
突然兵士が「悪かった!許してくれ!」と叫んだかと思うと、風もないのに枝がしなり、兵士をを振り落とした。落ちた兵士は首の骨を折り即死したという。
以来、自ら進んで樹に関わりたがる奴は居なくなり今日に至る。

李はそんな都市伝説じみた怪談を本気にしなかったが、楊は酷く気味悪がり「気が付くと俺を見ている」だの「居眠りしてたら鍋を叩き鳴らされた」だのと樹に登るのを嫌がった。

もうこの島に纏わる超状現象じみた話しにはウンザリしていた。一々気にしていたら切りがない。
日本軍の90式担克(戦車)に追われるより遥かにマシだろうに?

05式冲蜂を傍らに置き。無線機のスケルチを廻し始めた。ボリュームを抑えたチューニング音が響く。
一瞬背後の同居人を振り返った。
絶対気のせいに違いないのだが、樹が顔をしかめた気がした。心なしか周りから睨まれているような視線を感じる。

「うるさくしてゴメンなさい」

そう彼女達に手を合わせると刺々しい気配が消えた。李は再び作業に取り掛かった。

李は「如体瘡樹」に対して万事この調子だ。
彼は世間一般に言う「フェミニスト」ではない。李のそれは女性に敬意を表しての物であって、大くは両親の影響を受けていた。

彼は縫製工場で従業員用送迎バスの運転手をしていた父と、その工場に勤める母の間に産まれた。
父は人の良い男で、滅多に声を荒げないし、李に手を上げた事もない。バスの送迎経路であれば近所のお年寄りを乗せてあげたりする優しい男だった。

代わりに母が凄まじかった。人が良すぎて危なっかしいと、押し掛け女房となり、生活力の無い父にかわり家計から子育てを洗濯機のように切り盛りした。
躾には信賞必罰を徹底し、父が共働きを理由に給料を減らされかけたときは、他の従業員のオバサン達を引き連れ工場長に詰めより撤回させたりもした。

こんな母をもったが故か、李は女性に対し畏怖と尊敬の念を持って接するようになる。
だが意外なことに李が軍に入ると言い出した時、母は大反対した。

中国は兵役があるが、人口が多いため、徴兵適齢期の男子全員を入営させることができない(軍事費を圧迫する)ので抜徴兵制を導入していた。
軍幹部だった父方の叔父から、李が選考から外れたのを知らされ、母が素直に喜んでいた矢先だった。

「アンタはお父さんに似ておっとりしているから軍隊には向かない!」

どうしても日本への留学が諦めきれなかった李は除隊後の優遇特典目当てに必死に食い下がる。
そこへ父が助け船を出してくれた。

「好きにさせてやりなさい」

李は初めて両親の夫婦喧嘩を見た。物凄い剣幕で捲し立てる母に、冷静に毅然として諭す父。遂には母が折れた。

入営当日。見送りにきてくれた社宅の住人の前で、人目もはばからず号泣する母がいた。

あれから2年。李は中距離地対空ミサイルのレーダー手となった。
内戦勃発当初は北京の防空任務につき、最前線とは無縁な生活が続いていたが「青宝島防衛作戦」が発動されると、彼の部隊は守備隊防空戦力に引き抜かれてしまった。
かくして、予期せず前線勤務と日本への来日を果たした李を待っていたのは、守備隊司令部付通信大隊への転属だった。
李の履歴書を見て、大学で日本語を専攻していたこと知った上官が、司令部へ李に傍受した日本軍の交信の翻訳させることを具申したのだ。

配属先の【特設傍受分隊】には、各部隊から抽出された将校1人、下士官3人、兵卒が2人がいた。ただし専門の諜報訓練を受けた者はおらず、みな李のような大卒者と日本への渡航経験者だった。そこで初めて楊と出会った。

監視も兼ねての人事だったようで、任務中は背後に「分隊長」という名の監視役が常に張り付き、翻訳内容に不審な点がないか目を光らせていた。
居心地が悪いこと極まりだが、お陰で原隊の対空陣地が空爆され壊滅したとき死なずに済んだのだから文句は言えない。


遠くで銃声が響いた。
気がついたら1時間以上経っていた。
銃声は散発的だったものが、急に勢いを増して本格的な銃撃戦になっているようだ。通信からも気象観測所で日本軍が苦境に陥っているのが分かった。
施設を占拠しようとして失敗。中に閉じ込められた偵察兵を助け出そうと右往左往している。
他にも符号変換装置経由の圧縮電波が頻繁に出ているが内容までは解らなかった。森の上までアンテナを伸ばしたか、上空の日本軍機に中継をやらせているのか?だとしたら我が軍は制空権も失ったか。

『・・・・』

何故かレシーバーから英語の通信が入ってきた。
美国(アメリカ)が参戦してきた?いや違う、発音が日本語っぽい。

えーと、ディスイズ、ライデンフライト、スタンバイナウトゥザ・2000アルチュード。アンチグランドフォーメーション… ?これってまさか!?

交信ソースを理解した李は血相を変え野外電話機に飛び付き呼び鈴転杷を廻した。

「・・・!!」

誰かに呼ばれた気がした。
言語ではなく、感覚でそれを感じた。正確には呼ばれたというより叫ばれた。「危ないと!」と。
本能的に「彼女」の方へ振り返った直後、一秒前まで頭のあった位置を、銃弾が通り過ぎた。
大口径弾の直撃を受けた枝が弾け飛び、衝撃が李を足場から投げ落とした。
真っ逆さまに墜ちて行ったので、地面が迫って来るのがみえた。
李が観念して目を瞑ると、地上寸前で何かに受け止められた。 恐る恐る目を開けると、太い複数の枝に地上3メートルのところでキャッチされていた。

枝なんて生えてたっけ?さっきまで真下には無かった気が…?

そうこうしている内に足元の地面が盛大な土煙を上げた。
李は狙撃されていることを思い出し、慌てて近くに落ちていた05式冲蜂を拾うとアタフタと樹の陰に飛び込んだ。

赤外線探知が使えないから勘で狙ってきている筈。この日本軍の狙撃兵は凄腕の持ち主に違いない。口径は多分12,7ミリ。着弾方角から南に800メートル離れた崖から撃ってきているようだ。どう見ても短機関銃では勝ち目はない。

ザザザ…。

またもや風もなく木々が揺れ動いた。枝が李の姿を射線から隠すようにしなる様は、まるで樹が「早く行け」と言っている様だった。

「ありがとう!」

李は幹を2度叩くと、白中尉のいる第一遁道へ向け疾走した。



森林地帯から南東方向約800メートル。〈狙撃ポイント3〉

陸上自衛隊特殊作戦群、特別編成第1哨戒挺身隊の磯部憲治(仮名)二等陸曹は、初めて相棒が狙いを外すのを見た。
狙撃手を務める穂刈(ほかり)瑞児二等陸曹は(仮名)がM95対物狙撃銃の安全装置を掛け深々と魂を吐き出すかの如く溜め息を吐いた。全身から「何故だ!?」というオーラが吹き出ていた

「頭目、こちら伊賀。標的の排除に失敗。送レ。」

磯部が司令部に淡々と報告する。
国端新島奪還作戦「ほむら」発動より彼ら特殊作戦群は、第15戦闘団と呼称され第15師団司令部直轄部隊として運用されていた。
任務は後方撹乱、破壊工作、強行偵察等である。
磯部と穂刈の2人は、増援部隊の進出経路確保の後、森林地帯の敵対空監視ポイントの排除を命じられた。
だが結果は散々。北中国兵は狙撃寸前、頭を上げて弾丸を避けると、樹から真っ逆さまに樹から落ちていった。しかし地表スレスレで無風状態にも関わらず、枝がしなり北中国兵をキャッチした。
追い撃ちを試みたが今度は狙いを撹乱するかのように木々が勝手に揺れ動き、北中国兵の脱出を援護した。偶然にしては出来すぎる、もう、腕でどうこうどころの話じゃない。

磯部はスポッティングスコープを覗いて北中国兵がいた監視ポイントを見た。
太い幹の「人面瘤」と目が合った。磯部はなんだか嘲笑われている気がした。
この島の不可解さは今に始まったことではないが、戦争が続くにつれ、命にか関わる事案が増え始めた。
一昨日は何故か浮力が全く無い小川を知らずに渡河して2人犠牲になった。

「野郎ぉ・・・」

M95のボルトを操作するコッキングノイズが響いた。
見ると穂刈もスコープを覗いて同じ方向を見ていた。
相棒が何をしようとしているのかを悟り慌てて制した。狙撃屋が無駄弾を撃つのは自殺行為なのを分からない筈はないのに。穂刈はそれだけ追い詰められていた。

司令部から移動命令がきた。今度は航空統制官として攻撃機を誘導することになった。
目標指示レーザーが使えないので(森が何故かレーザーを吸収してしまう)爆撃は特殊作戦群が入手した偵察情報から図上標定し、目標へはマーカー射撃とドライラン(爆撃予行演習)を繰り返しての攻撃となり、攻撃機にとって昔ながらの急降下爆撃で非常に危険な作戦になる。
このちっぽけな島では日中共々あれだけ予算を掛けたハイテク兵器の恩恵をまったく受けれず、戦争は50年前の高性能な兵器を必要としない超接近戦へと退化しつつあった。

まだまだ一杯人が死ぬ。俺達の出番はまだあるさ。

2人のコマンドは次の任務に就くべく、静かに移動を開始した。



[30781] AM09:25 −接敵−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:5404fc4e
Date: 2011/12/07 00:15
1日目−午前09時25分・東地区気象観測所付近。

荒れ放題の国道3号線を見下ろす、長い間風雨に晒され全体が黒ずんだ3階建て鉄筋コンクリート施設。
正式名称は沖縄気象台国端新島出張所。2013年に沖縄沖地震を教訓に地震予知と台風観測を目的として建てられるが、中国政府(当時)の横槍で建設が途中で中止され今日に至るまで放置されていた。

小山二曹が率いる斥候班が施設内に突入してから5分、1階を制圧したら本隊を呼び寄せ、後は接敵するまで索敵を続ける。緊急時には機動部隊が装甲車で救援に向かう手筈となっていた。
大野を組長とする山岡、金突の3人は火力支援チームとして斥候班を援護するため、観測所より200メートル南の位置に配置され、倒木を遮蔽物に息を潜めていた。

第17普通科連隊第3中隊の任務は、気象観測所の占拠と国道3号線を通過する後続部隊の安全確保だった。
海岸地区ヘリポートに到着した山岡達増援部隊は、短いブリーティングと編成完結の後、第15師団が用意した車輌に乗り込み、護衛の戦車小隊と共に一路東地区へ向け前進したのだった。
進出経路は特殊作戦群の哨戒挺身部隊(戦闘パトロール)に確保され、警戒されていた待ち伏せも無く、物事は万事滞りなく進んでいるかのように思えた。

斥候班より1階エントランス・ホールを確保との連絡を受け、中隊長の原田昌史一尉が本隊への前進命令を下した直後だった。突然施設内から銃声が響き無線ががなり立てた。

『敵とコンタクト!真上から撃たれている!』

斥候班からはそれっきり連絡が途絶え、即座に原田一尉は機動部隊に出撃を命じた。

機動部隊は重装甲機動車2輌に40ミリ自動擲弾銃装備の96式装輪装甲車2型1輌で編成され、指揮するのは第2小隊長の後田三尉だ。
機動部隊は重装甲機動車を先頭に国道3号線を猛スピード瀑進した。

その時、火力支援チームには銃声が聞こえても成り行きを見守るしかなかった。後方から重装甲機動車と装輪装甲車の車列が猛スピードで近づいてきた。
やはり斥候班が危機に陥っているらしい。何処を狙えばいいか分からず狼狽える山岡に大野は「屋上を見張れ」と命じた。
山岡が屋上から重火器で装甲車を狙う敵が現れないかと見張っていたその時、施設3階の壁の一角が爆破された。中から25ミリ双連高射機関砲の太い銃身が現れ、重装甲機動車を認めるや否や連射を見舞った。

機関砲…正式には87式25ミリ双連高射機関砲。旧ソ連のASUー23ー2のコピーである85式の口径を、ソ連式の23ミリから欧米式の25ミリに変更したものだ。
北中国兵はそれを施設内に分解して運び込み、日本側の予想進路方向に据え付けたのである。

重装甲機動車(HLV)は、基となった〈ライトアーマー〉こと軽装甲機動車を乗員の生存率向上を目指し重装甲化・重武装化された物だ。しかし25ミリのカウンターパンチには耐えられず、先導車が紙細工のように宙を舞い、一瞬でバラバラになった。
後に続く小隊長車も射線に捉えられ、前輪とエンジンを撃ち抜かれ擱座した。
ドライバーの三輪士長が上半身を粉砕されて即死。無事だった後田三尉は破片を浴びて伸びている通信手の平田三曹の襟を掴んで、ハッチから外へ引っ張り出した。
装輪装甲車が乗員を救助すべく、自動擲弾銃を撃ちながら高射機関砲の射線に割り込んだ。

96式装輪装甲車2型は従来型の装甲、火力向上に加え情報共有化システムを搭載し〈ストライカー装甲車〉の日本版を目指した物だ。しかし装甲車両の宿命、上面からのRPG釣瓶撃ちには無力だった。
装輪装甲車は煙を上げて停止し、後部ランプから消火剤まみれの乗員達が大慌てで脱出した。
小隊陸曹の谷本一曹と共に転がり出てきた矢岳友重二等陸曹は、部下と一緒に装甲車の陰にへばりついて銃撃を凌ごうとしていた。
擱座した重装甲機動車の方を見ると、後田三尉が平田実三等陸曹の手当をしつつ、無線で何処かと連絡を取っていた。

通信手の平田三曹は両手を世話しなく動かしながらしゃべる男で、格舌が悪く、よくドモる。しかし一旦受話器を握ると流暢にしゃべりだす珍しい才能の持ち主だった。
ラーメンが好きで、休日に隊舎に残っている陸士を見つけると、近所のラーメン屋に引きずっていくので皆非常に迷惑がっていた。

手当を受けている最中も平田三曹は頚から血を流しながらピクリとも動かず、既に死んでるようだった。
後田三尉が谷本へ向け大声で叫んだ。

「小隊陸曹!そっちに行きます。援護してください!」

直後、後田三尉は頭上で炸裂した迫撃砲の破片を全身に受け、倒れ込んだ。平田三曹は半身を砕かれ完全に息絶えた。
後田三尉は無線機にもたれ掛かり、血塗れの顔を矢岳の方へ向けていた。
矢岳の中で何かが爆発し、回りに向けて叫んだ。

「小隊長を助ける、みんな撃て、撃ちまくれ!!」

自衛隊員達が一斉に銃を撃ち始め、屋上からの銃撃が弱まるのを見定めると全速力で後田三尉の元へ走った。回りで銃弾が飛び回っていたが、そんなの気にしていられなかった。
重装甲機動車の残骸の陰に飛び込むと、後田三尉を地面に引き倒して、平田の遺体から無線機を外そうとした。しかし無線機のハーネスを掴んだ途端、銃弾が当たり本体がバラバラになった。
無線機の残骸を投げ捨て、後田三尉の体を折り畳むかの様に抱えると、もと来た道を駆けを戻った。
後田三尉を抱える矢岳を狙って再び高射機関砲が唸りだし、迫撃砲が再び火を噴いた。擱座した重装甲機動車が完全に破壊され炎上した。屋上の敵からも狙われ始め、たちまち2人は銃弾の土埃に包まれた。

矢岳二曹と小隊長の危機に、火力支援チームは屋上へ射撃を開始した。金突のSAW(ミニミ)が轟然と曳光弾を吐き出し、山岡は89式の単連射を見舞った。
機動部隊との撃ち合いに夢中になり、目前の脅威を失念していた北中国兵達は、伏せる間も無く火力支援チームの銃撃に晒された。

「山岡!銃座を撃て!」

大野が屋上の北中国兵を狙撃しながら叫んだ。
大野の持つ89式小銃は、山岡が持つ3型とは違い〈高級品〉と言われる初期型だ。
左右非対称の握把。緻密に計算され、日本人の体格に合わせて湾曲した銃床。掴みやすい被筒部。質実剛健と言えば聞こえは良いが、量産性とコストパフォーマンスを優先させ、味も素っ気もないデザインとなった3型と元は同じ銃には見えない。
大野はそれに12倍率のスコープと減音器を着け撃ちまくる。恐ろしい精度で屋上の敵が減っていった。

「早く銃座を撃て!小隊長達が殺られちまう!」

慌ててダットサイトを覗き、機関砲に向けて引き金を引いた。機関砲の防盾に火花が散った。

「馬鹿!違う!40ミリだ!」

大野に怒鳴られ、震える手で40ミリ擲弾発射器に榴弾を装填する。
こちらの位置を掴んだ敵が撃ち返し初め、山岡の頭上を銃弾が飛び交った。
擲弾発射器の尾栓を閉じて、再びサイトのレクティルを機関砲に合わせる。
しかし、今の銃撃で砲手の注意を引いてしまったようだ。サイト越しに自分を狙う機関砲の銃口と目が合った。
山岡の思考が止まった。
大野から「早く撃て!」と叫ばれていたが体が鋤くんで動かない。
次の瞬間山岡の視界は閃光に染まった。



高射機関砲からの射撃が唐突に止み、これ幸いと後田三尉を担いだ矢岳二曹は装輪装甲車の陰に駆け込んだ。
再び背後で迫撃砲の砲声が響いたので、最後は後ろも見ずに滑り込んだ。
矢岳は防弾ベストをさすり、あれだけ撃たれたのに1発も当たらなかったことが信じられなかった。
衛生隊員の猪野光夫二等陸曹が後田三尉の手当てを初めた。後田三尉は重傷ではあったが意識はしっかりとあり、しきりに「左足の感覚が無い」と訴えた。
猪野が止血のために対人榴弾で千切れ飛んだ左足にバンテージを巻き、ストラップを締め上げると後田は悲鳴をあげた。

「早く後送しないと死んでしまう!」

谷本が消火剤の泡風呂と化した装輪装甲車のキャビンから車載無線機を探しだすと中隊本部を呼び出した。

この森で日中両軍共に悩ませたのは通信手段の確保であった。
樹木の下からでは電波は飛ばない。しかし傘の下、近距離の部隊間通信であれば精度と通話距離が極端に下がるが可能だ。
結局この森で一番信頼できた通信手段は電話線を用いた有線通信で、通信隊は通信線を巻いたドラムをもって第3中隊の戦闘指揮所開設地域を駆け巡った。
目標との中間地点では、旅団司令部と前方航空統制所との連絡確保の為、電波搬送中隊が中継用ホイップアンテナを建てており、上空には航空自衛隊の電子支援機が旋回し、不測事態の場合、電波をリレーする手筈になっていた。

谷本は送信ボタンを押して原田一尉を呼び出した。

『飛車○一アルファ(後田三尉の呼び出し符号)が重傷です。増援と負傷者後送をお願いします。送レ!』
原田一尉より既に向かっていると返され、すぐに国道3号線から90式戦車改を先頭にした装甲車の車列が現れた。
先頭の戦車が猛スピードで突進しながら主砲を発射した。砲弾は観測所手前に着弾すると白煙を吹き出し、北中国兵の視界を奪った。
戦車は発煙弾を行進射で3発撃ち込むと車列から外れ、谷本達の装輪装甲車の盾となり停車した。
屋上の北中国兵が戦車に向け、69式火箭を見当を付けて撃ち込んできたが、増加装甲に全て弾かれ、逆に同軸機銃の返礼を受けた。
装甲車の車列は、搭載火器を撃ちまくりながら迫撃砲の弾幕を突破し、正面玄関の手前でハの字型に停車、増援部隊を降車させた。
装甲車の自動擲弾銃と迫撃砲との激しい応酬が続くさなか、1台の高機動車が急ブレーキを掛けつつ谷本達の所にやって来た。

「負傷者を早く載せろ!

こちらの位置を掴んでいる北中国兵は、高機動車の接近を察知し、煙幕越しに機関銃を撃ってきた。
戦車がFLIRを頼りに同軸機銃を撃ち返す。自衛隊の赤い曳光弾と北中国軍の青い曳光弾が白煙の中を飛び交った。
戦車が機関銃を引き付けている間に、矢岳は先導車と小隊長車の残骸を調べ、他の乗員達の安否を確かめた。生存者はいなかった。
矢岳は全員の認識票を集め装輪装甲車に駆け戻った。

「あの銃座を潰せ、火力支援班に機関砲を破壊するように伝えろ…」

モルヒネの影響で朦朧としながらも指揮を取ろうとする後田三尉を猪野は必死になだめていた。
後田三尉はすぐさま高機動車に乗せられ、後方の包帯所に運び込まれた。

第2小隊の指揮は小隊陸曹の谷本に引き継がれた。



[30781] AM09:25 −孤立−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:8a0f01bc
Date: 2011/12/12 18:41
気象観測所・管理棟1階。

話しは少し遡る。
小山二等陸曹が率いる斥候班6人は施設外の捜索を終え、正面玄関より内部捜索を開始した。

観測所は北と東に向けL字型に伸びており、斥候班は二手に別れた。
小山亨二等陸曹が率いる弘田愁陸士長、斉藤信夫陸士長の3人は東棟へ進み、副班長の糸山孝則三等陸曹、五十嵐昇三等陸曹、遠山兼光陸士長の3人は北棟へ向かった。

施設内の窓と通用口は全てバリケードで塞がれ、内部は薄暗かった。
弘田士長は、去年行った東富士演習場の市街地戦闘訓練場を思い出した。
罠も仕掛け爆弾も見当たらない。しかし、息を殺してこちらを窺う気配だけは感じる。静けさがかえって不気味だった。

一行は何事もなく北棟北端付近まで進むと、頑丈な防火扉に行く手を塞がれた。手榴弾に繋がる罠線が無いことを確認すると、斎藤が慎重に防火扉を押した。
反対側に何か積まれているらしく、扉は開かなかった。
今度は筋肉質な小山が力一杯防火扉を押すと、少しずつ開いてきた。
隙間が50センチ程空いた頃だった。小山の鉄帽に何か固いモノが落ちてきて足元で跳ねた。

「手榴弾!!」

小山が叫び、手榴弾を通路の隅へ蹴り飛ばすと、空中に身を投げた。続いて斎藤、少し遅れて弘田が空中に身を踊らせた。
着地と同時に手榴弾が炸裂し弘田がまともに爆風を受けて崩れ落ちた。

斉藤が弘田を助けに向かおうとした瞬間、防火扉の隙間から銃身が突き出され火を噴いた。
先ず斉藤が撃たれ、床に叩きつけられた。続いて小山が左肩を撃たれ仰向けに倒れた。
小山は起き上がろうと、半身を起こした所を更に撃たれ、再び倒れ込んだが銃弾は全て防弾ベストが防ぎ命拾いした。

仰向けのまま89式を構え、防火扉へ撃ち返すと、銃身がカダゴトと引っ込んだ。
斉藤が血塗れの手で手榴弾をまさぐっていると、目の前に再び手榴弾が降ってきた。
斉藤は「ぎゃあ」と叫び、手榴弾を掴んで防火扉に投げ込んだ。
小山は伏せて爆風を避けると、一体何処から飛んできたのかと天井を見上げた。目線の先には、穴だらけのコンクリートが剥き出しの天井しかない。
穴の一つから閃光が閃めき、小山は右足に捻れたような激痛を感じ、たまらず床に打ち据えられた。
北中国兵は壁や床に孔を開け、抜け道と銃眼を設けていた。

「敵とコンタクト!真上から撃たれている!」

事態を掌握した小山は、無線機のリップマイクに叫ぶと、防火扉に向け89式を一連射し、強烈な飛び蹴りを放った。
扉が吹っ飛ぶように開き、部屋に銃身だけ突きだし、弾倉に残っていた弾丸をバラ撒いた。

背後で再び手榴弾が炸裂し、弘田を引きずっていた斎藤が、右脹ら脛を破片で切り裂かれ、悲鳴を上げた。
爆風で小山は部屋の中に吹き飛ばされ、慌てて起き上がり身構えるが、部屋は無人だった。

そんな馬鹿なとは思い周囲を見渡すが、窓には鉄格子がはめられ、角に脚立がポツンと立てられているだけ。何処を探しても人が隠れる場所はなかった。

廊下で銃声が轟き、斎藤の悲鳴が聞こえた。
小山は部屋を飛び出し、2人の襟を掴んで入り口まで引っ張り込んだ。そこではじめて、脚立の上の天井に穴が開けられているのに気が付いた。
もしやと思い、89式に新たな弾倉を叩き込むと、慎重に脚立に近づいた。

あと2〜3歩の距離で、突然脚立がスルリと天井へ引き上げられた。
事態を察知した小山が、脚立に飛び付き渾身の力で引き降ろすと、悲鳴と一緒に敵兵が墜ちてきた。

小山は床に這いつくばる北中国兵の背中を踏みつけると、その後頭部に銃口を突きつけた。
事態を呑み込んだ北中国兵が、ジタバタ暴れ出し、小山の解らない言語で喚き散らした。

「悪く思うなよ!」

引き金を引く寸前、頭上で影が舞った。
反射的に身を引くと、0.5秒まで頭のあった位置をコマンドブーツの踵がかすった。
踵落としを避けられたブーツの主は、着地すると、体を丸め半回転した。
それが、自分への攻撃の予備動作だと察知した小山は、89式を体の正面に引き付け、繰り出された回し蹴りを受け止めた。
89式の機関部が中央から折れ曲がり、193センチの巨体が壁際まで吹き飛んだ。

新たに現れた敵は、顔半分を包帯で覆った巨漢で、明らかに床に転がっているヤツとは格が違った。
海兵隊か空挺隊員に相当する兵士らしく、デジタル迷彩に黒い防弾ベストを着込み、背中にブルパップ式小銃、95式手槍を背負っていた。

しかし何故か使う気はないらしいく、かわりに小山に正対し、体重を左足に乗せ、右肘を脇腹に引き付け身構えてる。

小山は勝負に乗った。

壊れた89式を投げ捨てると、床を蹴った。
一瞬で迫るレンジャーの瞬発力に、軽く驚いた北中国兵は、両腕を引き付け、顎を狙った爪先蹴りを放った。
小山はサイドステップでブーツを避けると、防弾ベストの脇腹目掛け、拳を突き下ろした。

中国軍の防弾ベストは、自衛隊の物と同じ、抗弾プレートを挟み込んだモノだが、できは日本に比べ良くなかったらしい、空手五段の正拳突きを受け、プレートがカバー越しに砕けたのが分かった。

「ぐぼうっ!」

北中国兵の肺から空気が絞り出された。
小山は続けて北中国兵の首を掴み、顔面へ膝蹴りを見舞った。
顔に巻いた包帯を赤に染め、仰け反る北中国兵。小山は止めの面突きを放たんと身構えた。

北中国兵が気迫の籠った息を吐いた。
グッと口許を引き締め、右肘をたたみ上半身を半回転、捻った体を戻しながら、小山の顎へ掌底を打ち据えた。

顎に強烈な衝撃を受け、思わず後ずさる小山を、北中国兵は見逃さなかった。
右膝を掲げたかと思うと、自ら顔面を蹴り上げるように爪先を跳ね上げ、ふり下ろした。
小山は咄嗟に両腕を交差し、必殺の踵落としをブロックした。

どうやら、この兵士はカンフーか中国拳法の使い手らしい。
凄まじい衝撃が両腕を襲い、筋肉が軋み、関節が悲鳴をあげる。並みの人間なら腕が砕けるか、首が胴体にめり込むところだ。
流石に支えきれず、方膝をついて、衝撃を逃がした。

一方、北中国兵は、自分の必殺技を防がれたことに動揺したらしく、小山の腕に足を乗せたまま、包帯の間から覗く目には、驚愕の色を浮かべていた。

その様子に、小山は唇の端をつり上げた。
途端、北中国兵の顔が怒りに歪んだ。
再び左足を回転軸に捻り、蹴りを打つ。

小山はまともに蹴りを胸に受け、床を転がった。
息が詰まり、無線機が嫌な雑音を立て止まった。
無様に床を転がるが、気合で奮起。バネの効いた背筋力で跳ね起きた。

突然、右足の感覚が消えた。
まるで回路のスイッチを切ったかのように右足の感覚が失せ、たまらず前のめりに倒れ込んだ。

右足を見ると、大腿部に2つ孔が開き、ポンプのように血が吹き出していた。
そこではじめて自分が撃たれている事に気がついた。

北中国兵が一挙動で95式を構えた。
凍りつく小山。
しかし引き金は引かず、銃口で小山の動きを牽制するだけだ。

しばし睨み合いの後、北中国兵が、銃口で入口に転がる2人の陸士長を指差し、軽く振って部屋の中央を指示した。【中に入れろ】と言いたいらしい。

敵兵の意図に気付き、小山を激しい怒りを貫いた。
北中国兵は、小山の凄まじい形相に対し、【その通りだ】と言わんばかりに左頬を歪に歪めた。どうやら笑ったらしい。
しかし、小山も自らの矜持に部下を道連れにするほど、愚かではなかった。

北中国兵は、日本兵が自棄になって拳銃を抜いたりしないよう、警戒しながらゆっくり下がり、いまだに腰を抜かしている相棒を引き起こした。

まだ若い、小柄な兵士は泣きベソをかきながら立ち上がり、傍らに落ちていた自分の小銃を拾い、小山に向けた。

巨漢がヒョイと相棒の小銃を取り上げた。
何故だと噛みつく兵士を、巨漢の北中国兵は静かに諭した。
少年兵は納得したのか、袖で顔を拭くと、巨漢から小銃を受けとり、大人しく脚立を上っていった。

小山に向き直った北中国兵は、重傷だが、いまだ戦意の衰えぬレンジャーに軽く敬礼すると、図体に似合わぬ俊敏さで階上へ消えていった。


脚立が引き上げられると、天井を鉄板で塞がれ、その上に何か重量物が載せられる振動が響いた。


3人の自衛隊員達は味方をおびき寄せる【餌】となった。



[30781] AM09:25  −精鋭無比−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:1e285947
Date: 2011/12/12 18:41
観測所手前200メートル。火力支援チーム。

山岡の視野一杯に閃光が走った瞬間、重火器を据えた一角が炎を上げて吹き飛んだ。
叩きつける衝撃波に唖然としていると、背後から誰かに蹴り倒された。首を後ろにねじ曲げると、同じ目線の高さに大野の引き吊った顔があった。粉々になった機関砲の破片が降り注ぐなか、2人は何が起きたのかと顔を見合わせた。
彼らの背後には得意気にロケットランチャーを肩から下ろす金突がいた。

M-72LAWE6は個人火力向上計画の一環で採用された使い捨て軽量ロケット砲である。従来型が射撃時の後方噴射のため40メートルの安全距離が必要だったの対し、E6モデルは砲身チューブ内にカウンターマスを装備し、安全距離が10メートルとなった最新型だ。

大野は挽き肉にはならずに済んだが、嫌な予感がした。案の定、特小無線機から呼び出し音。液晶ディスプレイの送信元表示は谷本一曹。がっくり肩を落として回線を開き、怒声に備えた。

谷本一曹はその轟音を煙幕のカーテン越しに聞いた。鳴り響いていた機関砲の砲声が止み、白煙の空間から観測所の銃座のある辺りから真っ赤な炎が上がるのが見えた。
谷本は血相を変え無線機を掴むと、呼び出し符号も使わず怒鳴り付けた。

「バカ野郎、重火器を使うな!斥候班がまだ中にいるんだぞ!」



気象観測所北棟1階。

階上から轟く爆音に、斎藤士長は反射的に横たわる弘田に覆い被さった。

「00アルファ!こちら飛騨偵アルファ!送レ!」

小山二曹はウエビィングに着けた無線機に叫ぶが、レシーバーからは空電が帰ってくるばかりだ。
さっき手榴弾を受けたとき壊れたらしい。アンテナは折れ曲がり、無線機本体にヒビが入っていた。

「おい、寝るなよ!そのまま逝っちまうぞ!」

手榴弾の破片で全身針鼠状態の弘田の容態が悪化し始めた。斎藤が出血で意識を失いかけている相棒を必死に揺り動かすが反応は鈍くなる一方だ。
斎藤自身も背中に銃弾を受けて、防弾ベストの下は血塗れだった。
小山は軟禁状態から抜け出るべく、撃たれた足を引き摺り部屋を調べて回った。
窓は全て鉄格子と瓦礫で塞がれており、唯一の出入り口である防火扉は開けた瞬間天井の銃眼から撃ち下ろされた。
正面玄関から一際激しい銃声が聞こえた。手榴弾の炸裂音も聞こえる。
小山は興奮した味方が、銃を撃ちながら部屋に飛び込んでこないよう、目印に鉄帽を扉の前に置いた。


気象観測所1階・エントランス。

前衛を進む五十嵐三曹がエントランス入り口で急に立ち止まった。後に続く糸山三曹は何事かと声を掛けかけてやめた。中央階段の上から人の気配と共に殺気を感じる。待ち伏せの匂いがした。

小山二曹からの連絡は途絶えたままで、無線は通信規則で糸山からの送信は禁じられている(受信した時のみ応答出来る)。やもえず糸山は緊急時呼出手順に従い、無線機のプレストークスイッチを2度押した。

カチッ カチッ 。

返事はなかった。いよいよ困った糸山は本隊に直接掛け合うか迷った。遠山が「どうするんです?」と目で訴えてきているが、進むも戻るも状況が掴めない。

判断がつかないまま動けずにいると、国道3号線をこちらに向かって疾走してくる重装甲機動車と装輪装甲車が現れた。糸山は渡りに船と増援と合流して小山達を探しに行くことにした。
階上より腹に響く重い射撃音が轟き、特大の曳光弾が機動部隊を捉え粉砕した。どうやら屋上か何処かに重火器が隠されてたらしい。もはや彼等に迷っている時間はなかった。
糸山は「手榴弾は使うなよ」と2人に念を押して閃光手榴弾を2つ取り出した。遠山が不思議そうにしてたので五十嵐が「味方が何処にいるか分からんだろ?」と説明した。
安全ピンを抜いて1発は階段の向こう側、1発は階段の踊り場に向けて投げ込んだ。閃光手榴弾は放物線を描いて狙い通り爆発した。

「行け!行け!行け!」

五十嵐を部屋に押し出し、背後に遠山を従えて駆け出した。階段を横切ると、踊り場に土嚢を積んだ即席バリケードに軽機関銃を伏射の姿勢で構えている北中国兵がいた。北中国兵は格好の射撃位置にいたが、閃光手榴弾で目が眩んだのか直ぐには撃ってこなかった。五十嵐が小銃で牽制しながら走り抜け、糸山は必死に後を追うが差は開くばかりだ。

五十嵐昇三等陸曹は県内の私立大学を卒業後、自衛隊に一般枠の二等陸士で入隊した。彼は自衛隊に入隊はしたが戦闘職種は自分に向かないと思い、衛生科を希望していた。
しかし、大学で陸上部のフルマラソン選手だった五十嵐は、教育入隊した第17普通科連隊(自衛隊は一般二士の基礎教育は部隊で行う)で、体育教官も追い付けない健脚を見せつけ、駐屯地持続走新記録を打ち立てた。
その結果、稀に見る逸材と連隊長が直々に「彼を手放すな」と教育隊長に命令し、彼は半ば強制的に普通科隊員となってしまった。
射撃の腕は悪かったが箱根駅伝や富士剛力走で数々の記録を作り続け、三曹昇任を契機に結婚も決まり、今年の春から体育学校へ入校する筈だった。

当然、全力疾走する五十嵐に糸山が追い付ける筈がなかった。遠山はもっと遅かった。折れた助骨が痛みスピードが出ない。
3人の間隔は3メートル以上広がってしまった。糸山がエントランスの中央に差し掛かった時だった。真上から1発の手榴弾が降ってきて、糸山と遠山の間の床に落ちるなり爆発した。
糸山は爆発の瞬間、両足を思い切りバットで殴られたようなショックを感じ、その場で倒れ込んだ。右足の感覚が無いので千切れたかと思い首を曲げて足を見たが、ブーツの通気孔から血が流れ出ているものの、ちゃんと体に付いていた。
少し安心すると遠山が後ろにいたことを思い出し、彼の姿を捜した。遠山は爆風で北棟の入口付近まで吹き飛ばされ、壁にもたれて伸びていた。

立ち込める爆煙の向こうで機関銃が唸りだした。射手が閃光手榴弾の影響から立ち直ったようだ。
だが糸山が見えないらしく、狙いは頭上を通り越している。糸山は立ち上がろうにも下半身に力が入らないので這って遠山の方へ向かいだした。

一方五十嵐は東棟入口に無事たどり着いたはいいが、誰も後ろに付いてきていないので慌てていた。
なんで俺だけなんだ!?みんな何処に行った!?
恐る恐るロビーに戻ると、床に血の跡を曳きながら這いずる糸山を見つけた。彼の頭上を曳光弾が猛烈な勢いで飛び交っていた。
五十嵐は壁に寄ると、炸裂弾(本来は薄い壁やドアを撃ち抜くための特殊弾)をショットガンに込め、銃撃が途切れるタイミングを見計らった。天井からパラパラとコンクリートの欠片が降ってきた。何気なく上を見上げたら、天井に開いた無数の孔から手榴弾が降ってきたので仰天した。五十嵐は慌てて床に身を投げ爆風を避けた。
手榴弾は機関銃手に被害が及ばないよう時間調整をされており、床に落ちてから炸裂した。爆風に驚いたのか、機関銃の銃声が一瞬途絶えた。チャンスと見た五十嵐はショットガンを踊り場に向け一気に全弾撃ち込んだ。半分消し飛んだ土嚢の奥から凄まじい怒号と、焼け焦げた鉄帽が階段に転がってきた。
機関銃手を倒したと確信した五十嵐は、糸山を樽でも背負うように担ぎ上げ、玄関目指して走り出した。糸山が「遠山!遠山!」と叫んでいたが今は応えてられなかった。

玄関を抜ける直前、いきなり背後から呼び止められた。中国語だったので予想ではあるが、多分「待ちやがれ!」的な勢いだったと思う。糸山の身体越しに振り返ると、階段の踊り場に北中国兵が仁王立ちになって88式通機(汎用機関銃)を構えていた。
顔半分を汚れた包帯で覆ったその兵士は、また何事か喚くと、彼らに向け引き金を引いた。5,8ミリ弾の嵐に背中を連打された五十嵐は、防弾ベスト背面のセラミックプレートを叩き割られ、前のめりで倒れ込んだ。床に投げ出された糸山は、止めを刺しに近づく北中国兵を荒い息で見上げた。
デジタル迷彩に黒い防弾チョッキを着込んだ厳つい男で、恐らく空挺か海兵隊に相当する兵士のようだ。身に纏う雰囲気からして、自分達と格が違うのが分かった。
しかし北中国兵は突然機関銃を肩付けすると、玄関の外へ掃射し始めた。外からは応戦する複数の89式の銃声。何時の間にか外に装輪装甲車が来ており、降車した普通科分隊が玄関に押し寄せてきていた。

数での不利を悟った北中国兵が機関銃の弾丸を一弾帯分送り込むと、救出部隊が怯んだ隙に踊り場へ駆け戻っていった。
糸山達に助けが来た。糸山は遠山が取り残されていると必死に訴え、それを聞き取った峠幸昌一等陸士が助けに向かおうとした。
しかし遠山の元へ駆け出した峠を、横殴りの弾幕が薙ぎ倒した。
踊り場のバリケードの上にさっきの北中国兵が右手に88式通機、左手に75連弾倉を装着した95式歩槍を構えて乱射していた。高台から撃ち下ろされる圧倒的な火力に、救出部隊がエントランスから押し出され始めた。大柴浩司三等陸曹は89式を撃ちながら、うつ伏せに倒れた峠一士を引き摺って玄関から飛び出した。

峠一士は二十歳になったばかりの青年だが、下手なパチプロ師顔負けのパチンコ歴5年のベテランだった。年齢制限の事を年上の先輩達から突っ込まれると、まだ少年の面影が残る、愛嬌のある笑顔でゴマかす悪い奴だ。

大柴は装輪装甲車の影に峠を寝かせ、偶然追い付いてきた猪野衛生二等陸曹を捕まえると峠の防弾ベストを脱がしにかかった。
峠の左腕からは血が噴き出していて、猪野が射入孔を探すと左腕を貫通した弾丸は防弾ベストの隙間を突き抜け、両方の肺を貫通して背中から抜けている。
猪野にできることはなかった。猪野は直ちに緊急搬送を指示し、部下が折り畳み式担架を準備している間に峠は息を引き取った。

峠に続いて糸山が運ばれてきた。最初は意識が無い五十嵐が重傷かと思われていたが、弾丸は全て防弾ベストが防ぎ、弾着の衝撃で〈脳震盪〉を起こしているだけだった。
猪野が大きな鋏で糸山のブーツを斬り、ゆっくり脱がすと踝から先がズタズタに引き裂かれ、ささくれだった爪先から白い骨が突き出ていた。ブーツを逆さまに振ると血塗れの靴下の切れ端にくるまった指が数本、ボタボタと落ちてきた。

「おい、冗談だろ!?」

ブーツは無事なので、大したコトは無いと思っていた糸山は仰天した。みるみる顔が青ざめていく。猪野は冷静に足の指を拾い集め、医療バックから取り出したナイロン袋に指を入れ口を縛ると、それをマジックで時間を書いた保冷パックに納め糸山に握らせた。

「なくすなよ」

止血剤を傷口に振り掛け滅菌包帯を巻いてる最中、糸山はショック状態で呆然となっていた。手当をする側には好都合ではあるが、徐々に呼吸が浅く早くなっていくので、猪野は治療中にいきなりショック死しないか気が気でなかった。

そこへ彼等の元に谷本一曹が火力支援チームを引き連れ駆けつけてきた。

「大丈夫か、小山達はどこにいる!?」

谷本一曹の問いに、失神寸前の糸山はブツブツと答えた。

「小山二曹の組は東棟の何処かです。応答がありません。敵は天井に孔を開けて手榴弾を落としてきます。遠山がエントランスの北側に取り残されています」

救出部隊の通信手、羽形邦夫二等陸曹が中隊本部から施設の占拠を断念するとの指示を谷本に伝えた。

「斥候班を救出次第、撤収すると伝えろ!」

中隊長の原田一尉は味方を見捨てるような事はしないと思うが、一応その旨を報せる。案の定「急がれたし」と返事が来た。

「気を付けて下さい。玄関にはランボーみたいな奴がいます」

糸山はそう言い残すと遂に気絶した。彼は高機動車で拵えた応急救急車に、五十嵐と峠一士の遺体と共に載せられた。
谷本は救出部隊指揮官の曹長を呼び寄せ、2人で短い打ち合わせを始めた。その間にも屋上からRPGが撃たれ、地上との間で手榴弾と重機関銃の応酬が続く。

「俺と火力支援班は正面玄関に行く。救出部隊から5名出して他に出口がないか探せ。残りは屋上の奴等を黙らせろ!」

戦いは佳境に迫った。



[30781] AM09:25  −情報戦略−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:d56478ac
Date: 2011/12/12 18:42
同時刻・第1前方支援地域糧食班調理天幕。

広報幹部、原沼晃二等陸尉は目前で繰り広げられる大騒ぎに呆然としていた。糧食班員全員が包丁とまな板を振り回し、何かを追い回している。
オタマを指揮棒代わりにしている大柄な糧食班長に恐る恐る尋ねた。

「あの〜ゲストの会食の件なんだけど…」

しかし本人は狩りに夢中で気が付かないらしい。

「渡辺、そっち逃げたで!川畑、飯缶持ってきや!角っこに追い込むんや!」

階級を傘にかけた行動が嫌いな原沼は、大人しく騒ぎが収まるのを待った。

原沼二尉は西部方面総監部より、国外の報道関係者の案内兼通訳として派遣されてきた。
今朝未明、3ヶ国語を操る彼は航空自衛隊那覇基地より各国プレス40名をCH-47JBに載せ国端新島へ飛び立った。しかし途中で北中国軍機飛来との警報が流れ、航空護衛艦ひゅうがに緊急着陸する羽目になり、一同は船酔いに悩まされつつ1時間遅れで国端新島に着くことになった。
予定では阿佐嶋副師団長の記者会見と早めの昼食の後、国端富士包囲部隊へ案内する手筈となっていた。

「主計長、捕獲しました!」

川畑卓一等陸士が飯缶(ばっかん)と呼ばれる保温容器を掲げて叫んだ。中で獲物が暴れてるらしくガタゴト容器が揺れている。
主計長と呼ばれた男。陣乃風一(じんの・ふひと)一等陸曹は満足そうに頷いた。

「ようやった!全員拍手!」

天幕内に響く仲間達の拍手喝采に、川畑一士は特徴のある笑顔で応えた。彼には前歯が無かった。本人は喧嘩だと言い張っていたが、シンナー摂取による欠損なのは明らかだった。

「あの〜糧食班長。プレスの会食の件だけど・・・」

原沼が意を決してもう一度声を掛けた。

「アカン、そーやった。拍手やめぇ!作業再開!」

原沼は不安になった。これはただのサービスではなく、自衛隊が兵站を整えた事で日本側の優勢を内外にアピールする情報戦の一端なのだ。
広報幹部の焦燥を感じた陣乃は「仕込みは終わって後は盛り付けだけ」と説明した。

「なんせ自分んトコの兵隊差し置いて、他所の文屋に振る舞うんやから大層な事でっしゃろ?腕によりかけてるさかいに、安心してや!」

階級を無視して関西弁で豪快に笑うベテラン上級陸曹に、原沼はただ愛想良く頷くしかなかった。
そこへ、川畑が先ほどの飯缶を持ってやって来た。

「主計長、こいつ急に大人しくなりました」

陣乃は何かを思いつき、飯缶を受け取ると中に手を突っ込んだ。

「よっしゃ、コイツを文屋さん達にご披露や!」

「班長、ネズミじゃないだろうね?」

「違いますがな、イタチに似とりますが尻尾が三本ありまんねん」

陣乃がそのぐったりしたイタチもどきの首根っこを掴み、原沼の前に突き出した。
全長20センチ位。全身黄金色羽毛に、確かに尻尾が三本。これは珍しい。
原沼が首に架けていたEOS-1デジタルカメラを構えた。
「ちょっと待ってや」と記念写真とばかりに近くの班員を集めポーズをとり始めた。
原沼は陣乃ら糧食班の面子を絶妙なトリミングで排し、イタチもどきをファインダーに入れ、AFモードで一枚、予備にネガフィルムの二眼レフカメラ、現場監督で一枚。
その時、イタチもどきが息を吹き返した。
カッと緑の眼光を放つ両目に加え「額」の赤い目玉がファィンダー越しに原沼を睨んだ。反射的に思わず飛び退く原沼。
その様子に怪訝な表情でイタチもどきに視線を向けた糧食班達は、その面妖に一斉に悲鳴をあげ逃げ出した。
陣乃も思わずイタチもどきを放り投げた。イタチもどきは空中で一回転して調理台に着地し、恨めしそうに一同を一睨みすると、猛スピードで外へ駆け抜けていった。
原沼の第六感は近いうちに厄介ごとに巻き込まれると叫んでいた。彼は48時間と言わず、今すぐこの島から帰りたくなった。


「何だあれは?」

BBCワールドニュースの特派員、ケリーFマークスは空を見て呟いた。
自分達を案内してきた日本軍の将校がキッチンテントに消えてから暫く、レポートする物もなく、上空から轟く戦闘機の爆音に何気なく見上げたときだ。
丁度島の上空、7千メートル位か?奇妙な形の「雲」を見つけた。雲は見事な円錐形で、かなりの大きさのようだ。同高度に浮かぶ雲は流れ去るというのにその雲は先程からずっと静止し続けている。


「撮りましたよチーフ」

カメラマンのアンドレ・ビンセントがハンディカメラを廻しながら応えた。

「ホントに?」

「間違いない。今のイタチ、尻尾が三本あった」

ビンセントはキッチンテントの方を向いていた。
ビンセントはテントから聞こえてくる騒ぎから何かを察知し、ずっとカメラを廻していたのだ。
彼は勘が鋭く並外れた動体視力をもって、数々のスクープを捕らえ続けた頼りになる相棒だ。
彼は取材チームの中では一番若い26歳。独身主義の自分とは違い、三男二女の子沢山な家庭の持ち主だ。

そこへ衛星電話で本社に定時連絡を入れていた警護担当兼通訳のドナルドバーグマンが戻ってきた。背中に大きくプレスロゴの入った防弾ベストに衛星電話をしまいながらため息をついた。

「やれやれ、電話する度に聞き耳を立てられちゃたまらないよ」

バーグマンはチーム最年長の43歳。元英国海軍特殊舟艇部隊出身で、湾岸戦争の時に砂漠の嵐作戦に従軍した経験をもつ。以前日本の英国大使館の警備を担当したことがあり、日本語に精通していた。
家族は別れた妻との間に娘が一人。仕事上がりにパブでの一杯と、裁判所が決めた月二回の娘とのデートが人生の最大の楽しみだと言う。

「仕方ないさ。日本軍も情報漏洩や内通を気にしてピリピリしてる。連中、従軍取材なんて受け入れた事がないなから勝手が解らないんだ」

「みたいだな、さっきから英語を〈知らないフリ〉をした兵士がウロウロしてる」

それは事実だった。現にナハ・ベースでどうせ解りはしないとタカをくって、堂々と母国語で生放送の算段を立てていた台湾とフランスの取材陣が従軍名簿から外されていた。

マークスとバーグマンが日本を紛争取材で訪れるのは実はこれが2回目だった。
2015年の北朝鮮動乱で、ハカタで繰り広げられた武装難民による大暴動事件の時だ。
当時の日本政府の腰は重く、警察の縄張り意識もあって鎮圧に軍を動員することに消極的だったことが被害の拡大を招いた。
バーグマンの軍人時代のコネクションでイチガヤの国防省を通じ、他局に先んじて封鎖地域内での取材許可を得た。
しかしその代償として、アンドレの兄で取材チームのベテランカメラマンだったポールビンセントを流れ弾で失うことになった。

テントから案内役の中尉が出てきた。心なしか表情が青ざめている。


「皆さんお待たせしました。案内にしたがってダイナーテントまでお越しください。メニューはチキンカレーです」

それを聞いてマークスとビンセントはげんなりした。匂いで予想はついていたがやはり堪える。
彼らはヒュウガとか言うヘリ空母に留め置かれた間、荒波に揉まれ船酔いからまだ立ち直っていなかった。
どうせ兵站と補給線が確保され日本の有利をアピールしたいのだろうが、日本軍のセンスは理解できない。バーグマンは素直に喜んでいるか…。


「皆さんしつこいようですが、この後国端富士の我が軍主力部隊へ向かいますが、道中と現地での生放送は作戦行動中のため原則禁止です。本国との衛星電話による通話も同じくです、宜しいですか?」

マークスはハラヌマ中尉の訴えを聞き流し天を仰いだ。
上空には相も変わらず、件の奇妙な雲が蒼天に鎮座していた。

この日の沖縄気象台の予報は晴れ。
降水確率0%。湿度40%で最高気温38℃の文句なしの真夏日。夏に付き物の熱帯低気圧もなく雲一つない晴天である筈だった。



[30781] AM09:25  −突入−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:ab6b8092
Date: 2011/12/12 18:43
同時刻・気象観測所1階エントランス。

施設内に取り残されている味方は4人。小山二曹以下3人の居所は分からないが、遠山は北棟入口で伸びている。しかし踊り場に陣取った北中国兵の鬼神の活躍で助けに近付けない。
火力支援に84ミリ無反動砲が加わったが遠山を巻き込む危険があるので使えず、同じ理由で手榴弾も使えない。

どの道ここを通らなければ施設内には入れないので、谷本は多少強引だが強行突破を決断した。谷本は火力支援チームを集め段取りを伝えた。

「発煙弾を投げ込んだら、射ちまくって踊り場の奴の頭を押さえるんだ。その隙に俺達が奴を引っ張り出す!」

先頭は山岡、次に大野。その後を誰か撃たれた場合に備え谷本が続く。金突は残って入り口で援護だ。

「いいか、谷本一曹が遠山を助け出したら、ラーメンマンをふっ飛ばせ!」

最近やっとM2からより軽量なM3に更新された84ミリ無反動砲に対戦車榴弾(HEAT)が込められた。
これは戦車などの装甲目標に対し、ノイマン効果と呼ばれる高温高圧のジェット噴流を蒸発して金属分子となった銅製ライナーと共に装甲に叩きつけ貫通させる砲弾だ。榴弾もあるが、建物を破壊して入り口を塞がないための処置だった。

大柴三曹率いる救出班も準備が整い、火力支援トリオは時間差でホールを覗き込んだ。3人とも遠山の位置を頭に叩き込むと一斉に弾薬を込め直した。

谷本の合図を受け、志水仁二等陸士が発煙手榴弾のピンを引き抜きエントランスホールに投げ込んだ
透化性の無い濃密な白煙が正面玄関を覆った途端、階段踊り場から機関銃の猛射が始まった。救出班の4挺の小銃と2挺の機関銃が火を吹いた。

階上より中国語の狼狽した声が聞こえた。窓からバリケードを蹴り崩して北中国兵が顔を出した。どうやら手榴弾孔から煙が立ち込め燻製にされたらしい。
真下にいた志水が、89式を構え、北中国兵に狙いを付けた。オプチカルサイト一杯に汚れた中年男の顔を捉え、引き金を引いた。
北中国兵の頭が爆発したように消し飛び、大柴班の頭上に脳髄を撒き散らした。志水の足元に前頭葉が残った鉄帽が落ちてきた。

北中国兵の首無し死体がぶら下がる窓に向け、山岡が40ミリ擲弾を撃ち込んだ。小さな爆発音の次に、内部から強烈な閃光が走った。コンクリートを通じて腹に響く衝撃に続いて窓を塞ぐバリケードの隙間からどす黒い煙が吹き出した。弾薬集積所に当たったらしい、それっきり天井から手榴弾が降ってくることは無かった。
踊り場の機関銃が集中射撃の前に、遂にバリケードの奥に押し込められた。谷本は決断した。

「行け!」

山岡は白煙のカーテンを前に一瞬躊躇ったが、意を決して玄関に躍り出た。しかし足元に転がってき何かに躓き、ズッ転けそうになった。
白煙の薄靄の中、足元に転がるソレを見た。最初は発煙手榴弾かとおもった。全体に青みがかかった灰色に胴体に赤くWPの文字。
大野が山岡の襟を掴んで外へ引っ張り戻すのと、白燐手榴弾が炸裂するのは同時だった。焼夷効果のある燐片を撒き散らし、新たな白煙を玄関ホールに拵えた。

酸素がある限り燃え続ける燐から、必死に飛び退く谷本以下火力支援チームの面子。大芝班も降り注ぐ白燐から逃れるため、慌てて玄関から離れた。

「ぎゃああああ!!」

白煙の向こうから凄まじい絶叫が上がった。思わず顔を見合わせる山岡と大野の前に、全身から白煙を纏り付けた影が飛び出してきた。反射的に銃を構える自衛隊員達を、影の正体を見切った大柴が制する。

「撃つな!遠山だ!」

実のところ、遠山は手榴弾の爆風で気絶しているだけだったのである。破片で手足に若干傷を負ったが、高張アラミド繊維製の鉄帽と、1000デニールコーデュラの生地にセラミックプレートを挟み込んだ防弾ベストは、至近距離での手榴弾の爆発から彼の命を救った。
悲鳴を上げて体に着いた燐を必死に叩き落とす遠山を、谷本が地面に押し倒した。一秒前まで遠山の頭があった位置を、踊り場からの銃弾が擦過する。
遠山の左耳には、燃え盛る燐片が突き刺さり、耳朶を内部から焼き焦がしていた。谷本は暴れる遠山をヘッドロックの要領で押さえ付け、銃剣で左耳を削ぎだした。悲鳴のオクターブがさらに上がった。
切り取られた耳朶は、暫く青白い煙を吐いていたが、やがて脂肪を燃料にして燃えだした。

「衛生!衛生!」

誰かが装甲車に向かって叫んでいた。猪野衛生二曹が、谷本の元へ部下と共に駆けつけてきた。
すぐに遠山を搬送しようとする衛生班を押し留め、暴れる遠山の頭を掴み、正面から目を睨んで小山班の居所を尋ねた。少しして遠山の目の色に正気が戻った。

「東棟です!最初から皆1階にしかいません!!」

猪野がもう限界だとばかりに、小隊陸曹の手から患者を引ったくった。猪野は遠山を担架に載せると、谷本が何か言う前に運び出した。とにかく、目前の敵に遠慮する必要は無くなった。

「無反動砲射撃用意!」

しかし待機場所にその姿がない。何処に行った!?
谷本が大声で無反動砲を呼び続けると、装輪装甲車の陰に隠れていた射手と装填手が慌てて戻ってきた。

「馬鹿野郎!何処行ってやがる!?」

踊り場から再び機関銃が唸り出し、装填手の梅原彰太一等陸士が弾かれたように肩を押さえて仰向けに倒れこんだ。

「撃ち返せ、射撃を抑えろ!」

金突がSAWを持ち上げ、玄関に銃身をだけ突きだして弾丸をバラ撒き、その足元で山岡が伏せ撃ちの姿勢で40ミリを撃ち込んだ。機関銃の銃声が途絶えた。
その間に梅原一士が撃たれた肩を押さえながら起き上がり、右腕で無反動砲の撃針を押し込んだ。

「準備よし!」

玄関付近にいた自衛隊員達が一斉に伏せた。84ミリ対戦車榴弾が階段の踊り場付近を火の玉に変えた。
爆風が去ると、谷本がエントランスに手榴弾を投げ込み、爆発と同時に火力支援チームが踏み込んだ。
対戦車榴弾は踊り場のバリケードを綺麗に吹き飛ばし、ジェット噴流で反対側の壁に5センチほどの大穴を開けていた。しかし北中国兵の死体は何処にも見当らない。仕留め損ねたと判断した自衛隊員達は、散開し逆襲に備えた。
大柴が救出班を引き連れてエントランスに入ってきたので、火力支援班と二手に別れて北棟と東棟の入口に取り付いた。

前衛の志水が、東棟への通路を覗き込んだ瞬間、通路突き当たりの防火扉の前に鉄帽を置く小山二曹と目が合った。小山は慌てて、今にも駆け出しそうな志水をジェスチャーで押し留めた。途端天井の銃眼が火を吹き、鉄帽を弾き飛ばした。どうやら2階から狙われていて、身動きができないらしい。
谷本が無線で外周捜索班に小山班の居場所を知らせると、自身は火力支援班を引き連れ、2階へ駆け上がった。

突然志水がものも言わず走り出した。小山班には彼の教育係りのである斉藤士長がいる。彼を死なせるわけにはいかない。周りが止める間も無く彼はエントランスから飛び出した。
背後で銃眼が火を吹き、跳弾が跳ね回った。手榴弾が投げ落とされ、破片が身体に幾つか喰い込んみ、彼は爆風の勢いで防火扉に滑り込んだ。
突然の乱入者に驚いた小山と斎藤は、思わず銃を構えたがすぐに味方だと気付いて銃口を下げた。
斉藤はそれが志水だったので更に驚いた。扉の向こうで、銃声の勢いが増した。小山が叫んだ。

「ドアを守れ!」


東地区気象観測所北棟2階。

2階エントランスには、先程の擲弾の爆発で、北中国兵の死体が3つ転がっていた。屋内には弾薬が誘爆した影響で壁は黒煙で煤け、周囲にはコルダイトの強い刺激臭が漂っていた。
谷本が潜望鏡で慎重に北棟連絡通路を覗くと、土嚢を積んだ即席バンカーが見えた。火力支援チームは廊下からの銃撃を避けるため、エントランスに面した一番手近な部屋に飛び込んだ。
部屋は狭く屋内戦闘の基本人数の4名は入れそうにない。2番手に部屋に入った山岡が「ショートルーム!(人員がこれ以上入れないの意)」と叫んだ。
後ろに続く大野と金突は部屋には入らず、北と南にそれぞれ銃口を向け、壁に張り付いた。

部屋は壁の一部が取り壊され、隣室と繋がっていた。敵の侵入を予想してか、向こう側より土嚢を詰めた砲弾ケースのバリケードを築き上げ塞がれていた。谷本はバリケードを動かせないか試しに肩で押してみたがビクともしない。谷本は一計を案じ、山岡を部屋の外へ押し出した。
銃剣で砲弾ケースの壁の真ん中を切り崩し、そこに89式用小銃擲弾を突き立てた。安全帯を外し信管を引き出して点火。谷本が部屋から飛び出すと、バリケードは跡形もなく吹き飛んだ。
吹き荒れる粉塵の中、老練な小隊陸曹は隣で目を白黒させている擲弾手に「真似するなよ」とニヤリと笑いかけた。
2人が再び部屋に踏み込むなり廊下で銃撃戦が始まった。バリケードを爆破したのが敵の逆鱗に触れたらしい。北中国兵は即席バンカーから無茶苦茶な機関銃の乱射を大野達に浴びせかけてきた。
谷本が手榴弾のピンを引き抜き叫んだ。

「手榴弾、投げるぞ!3秒!」

小隊陸曹の命令を了承した大野と金突が猛射を開始し、きっかり3秒で射撃を止めた。入れ違いに谷本がドアから半身を乗り出し、手榴弾をバンカーに投げ入れた。手榴弾の炸裂と同時に、反対に廊下の奥から赤い何かが投げ込まれ、派手な音を立てて床を転がった。
谷本はそれが消火器だと分かったが、何故か煙を噴いている。よく見れば消火器の胴体に針金でくくり付けた、手榴弾!?炸裂と同時に圧縮酸素の衝撃波が、突撃に移ろうとした自衛隊員達を薙ぎ倒した。
泡状に続いて粉末消火剤塗れになった谷本は、何とかもがいて立ち上がり、咄嗟に押し倒した擲弾手を手探りで引き起こすなり、さっきの部屋へ押し戻した。
後続の連中の無事を確かめようと振り返った時、誰かが猛スピードで廊下を駆け抜けていった。

救出班のリーダー、大柴三曹は消火器爆弾の爆発で、部下と共に壁に叩きつけられた。息が詰まり、2〜3秒俯せに倒れていたが、すぐに立ち上がった。
粉末の消火剤が辺りに立ち込めるなか、見覚えのある影が同時に跳ね起きた。大野と金突だ。しかし大野は起き上がるなり銃口をこちらに向けた。金突が何かに気付いて振り返った。長身の機関銃手はあらぬ方へ武器を構えている相棒の肩を掴んだ。

「こっちだぞ」

大野は少し驚くと、慌てて小銃を反対方向に構え直した。おい、ちょっと待て。

「敵が行ったぞ!」

廊下の奥から谷本の叫び声がした。同時に消火剤のカーテンを切り裂き、大柄の影が跳躍した。
敵だと気づいた自衛隊員達が狙いをつけるより早く、ナイフとマシンピストルを振りかざした北中国兵が猛然と襲いかかった。



[30781] AM10:05  −ファイティング・ボマー−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:6d5bcea0
Date: 2011/12/07 01:06
1日目−国端新島上空2000フィート。

航空自衛隊那覇基地より飛び立った2機のF-2C支援戦闘機が、作戦空域に到着した。

那覇基地は2013年の沖縄沖地震で一時は壊滅するも、震災後の国境緊張から拡張再建され、放棄された在日米軍嘉手納基地に代わり、東アジアの前哨基地となっていた。

F-2Cのフライトリーダー、赤松修三等空佐は34歳のシニアパイロットだ。
彼は初め国際旅客線のパイロットを夢見ていたが、如何せん母と妹2人の母子家庭。1人なら幾らでも遣り繰りしていく自信はあったが、家族のために民間の養成学校は諦め、高校卒業と同時に航空学生を受験した。

もっとも、生涯自衛隊に勤める気は更々無く、何年か勤務したら民間航空会社に転職するつもりでいた。
だがその目論見は、教官から基本操縦課程の終わりに、戦闘機導入課程への進級を言い渡されてご破算になる。

赤松は将来旅客機操縦に役立つ大型機操縦課程を希望していたが、教官達より「極めて冷静沈着」との評価で、超低空で敵防空網を掻い潜る支援戦闘機乗りに適正有りと判断されたのだ。

意図せず音速の世界に飛び込む羽目になった赤松は、戦闘機転換課程を無事修了し、築城基地第6飛行隊に退役が迫るF-1支援戦闘機最後の新人パイロットとして配属された。

配備以来、殆ど改良がなされなかったF-1の旧式な電子装備に苦労する毎日であったが、飛行1000時間を超えルーキーの肩書きが取れた頃、最後までF-1を使用していた第6飛行隊も遂にF-2への機種転換が始まった。

赤松はF-1と比べ物にならないF-2の大推力と空戦能力の高さに一発で惚れ込み、慣熟訓練を終えた時には国際線パイロットの夢は頭から消え去っていた。

北朝鮮動乱の翌年、防衛省は尖閣諸島を巡る情勢から、西方戦力増強の一環としてF-15Jの延命改修とF-2飛行隊の増設を決定した。

沖縄沖地震の後、中国だけが国防費を震災前と同じ水準に保ち続けたのが周辺国の不審を買い、加えて2015年には空母を2隻を相次いで就航させた事が決定的となった。
特に日本は、震災で沖縄の主要基地機能を失った米軍が再建を諦め、グアムに移転した事が中国脅威論を過熱させた。

赤松は新設される第10飛行隊へ転属となり、飛行隊には能力向上型のF-2Cが配備されることになった。
F-2Cは2004年にロッキード・マーチン社が提唱した独自改造案を踏襲し、コンフォーマルタンクの装備と対地攻撃能力を徹底的に強化した機体だ。
ただし、ロッキード・マーチン社案が複座式だったのに対し、C型は生産コストと電子機器の能力向上から単座式となっている。

国端新島事変勃発初日、FS飛行隊は北中国軍守備隊の防空体制を破壊する事に成功する。
しかし、翌日から慶安空軍基地から飛び立つ北中国空軍機の飽和攻撃に、赤松らFS飛行隊も全国から集結した増強部隊と共に制空戦闘に出撃した。

護衛艦との共同で熾烈な要撃戦を繰り広げ、多大な犠牲を払いつつも善戦し、北中国空軍の航空作戦は日を追う毎に減少していった。

8月3日。遂に日本が国端新島の制空権を完全に掌握。懸念されていた2隻の航空母艦は、最後まで前線に姿を現すことはなかった。
そして赤松達は、国端新島事変勃発後初めて、空からの驚異を気にせずに味方地上部隊への航空支援任務に勤しむ事ができたのである。

『雷電01、こちらナハGCI。間もなく流星17とランデブー。スイッチブラックでコンタクトせよ』

そら、おいでなさった。赤松は周波数を合わせるとFAC(前線航空統制官)を呼び出した。

「流星17、こちら雷電01感明度は?」

『雷電01、こちら流星17だ。感明度良好。フライト陣容を知らされたし』

「雷電01了解、ミッションNo.8,069、当編隊はF-2Cの2機編隊。各機Mk82(500ポンド爆弾)が6発、GBU(クラスター爆弾)が4発、ナパームが2発。20ミリ弾500発を搭載」

『Mk82が6、GBUが4、ナパームが2、20ミリが500、了解。君たちの目標はアルカディア〈空自が付けた国端新島の隠語〉東地区の森林地帯に逃げ込んだ敵残存兵だ。国端富士への抜け道があるらしい。地上部隊が急行中だが激しい抵抗に遭い、到着が遅れている』

目標上空はパイロット達にとって魔の空域だった。
理由は解らないが、森の上空に差し掛かった途端、何故か全ての航法装置がエラーを示し役に立たなくなる。日中両軍とも森林地帯周辺での墜落事故が相次ぎ、遂には飛行制限空域にされ、森の上空を飛べるのはVFR〈有視界飛行〉が可能な昼間だけだ。

『地上より偵察チームが目標を指示する。雷電01、貴機から見てベクター0-9-0に当機を視認できるか?』

方位0-9-0。自機から左手やや下方に、迷彩色の中型機O-4が見えてきた。

O-4は川崎重工製T-4中等練習機を改造した前線航空統制機で、前機種であるレシプロ機の傑作MU-2改造機の後継だ。
亜音速飛行が可能で安定した飛行性と良好な視界を持つ。
固定武装は無く搭載するロケット弾は目標指示用の発煙弾で、ECMポッドとIRジャマーを装備しているが戦闘機など空からの驚異には無力だ。

「流星17、貴機を目視した」

『雷電01、こちらでも見えた。これよりデータリンクを開始。ユーコピー?(受信してるか?)』

O-4のキャノピー越しに後部座席の乗員が手を振っていた。
彼ら前線航空統制官は複数の無線機を操り、地上と攻撃機との間を取り仕切る。この瞬間赤松達はFACの指揮下になり、自らの階級に関係無くこの練習機がボスだ。FACの許可無が無ければ如何なる物も地上に投下できない。

「アイコピー(受信した)、仕事に掛かろう」

『了解雷電フライト、当機は目標マークの為に8番ホールグリーン(東地区森林地帯の隠語)に向かう』

「了解、雷電01より02、マスターアームオン(主兵装装置)」

『ああ、そうだった。地上の脅威は携帯SAM(対空ミサイル)が報告されている。注意してくれ』

赤松は短く了解と応えると、コンソールパネルを操作してデータリンクシステムにアクセスコマンドを入力した。FACからAEWACS(空中管制機)経由で高度と位置データを受信し、HUD(ヘッドアップディスプレイ)に投影する。
自機のナビゲーションシステムが当てにならない以上、FACからのデータ送信が頼りだ。
レーダーを探索モードから対地攻撃モードに切り替え、兵装選択ボタンでMk82爆弾を選択した。

O-4が機体を反転させ急降下に転じた。
翼下の70mmロケット弾ポッドから2発の白隣ロケットを発射し、O-4は命中を見届ける事無くフレアーを中空にバラ撒きながら上昇に移った。


同時刻・東地区森林地帯。〈第1観測地点〉


「命中、修正の要無し」

双眼鏡を構えた穂苅二曹が数キロ先、立木の間より立ち上る白煙を捉え、相棒の磯部にその旨を伝えた。
特殊作戦群第1哨戒挺身隊伊賀班は、上空の航空部隊への目標指示を再開した。

「流星17、そこだ。敵は煙を中心に300メートルの範囲に分散している。伊賀は煙より南へ1キロにいる」

彼らは狙撃ポイントから移動し、北中国軍の支配地域に潜り込み、調べ揚げたトンネル所在地点へ攻撃機の誘導に当たっていた。

『了解だ伊賀。狼煙の周り300メートル全部だな。これより攻撃隊に連絡する、待機していてくれ。流星17終わり』

磯部が無線で指示した目標は、北中国軍が第3遁道と呼ぶ現在最大規模の脱出トンネルだ。
どういう訳か北中国軍はこの期に及んでトンネルを2つ閉鎖し、兵力を集結させる愚を犯していた。
これでは地上からの反撃に追い付かれるのは目に見えている。

敵もいよいよ行き詰まったか…。

潜伏する男達の頭上を2機の戦闘機が轟音を響かせ航過(パス)していった。
2機編隊のF-2Cが縦一列で白煙に向け突入していき、煙を飛び越えた瞬間、爆弾を投下すること無く機首を引き起こし、フレアーを射出しながら飛び去っていく。

『流星17より伊賀、どうだ?』

誤爆を防ぐドライラン(爆撃予行演習)で戦闘機が、目標を見定めたと判断した磯部が無線に叫ぶ。

「ドンピシャだ流星17。焼き払え!」


同時刻・上空。


『雷電フライト、攻撃を許可する。Mk82に続いてナパーム、CBUの順で投下せよ』

「雷電01了解、突入する」

FACとの最後のブリーフィングを終え、赤松はスロットルをミリタリー推力に叩き込んだ。

『雷電02了解、ハイヨー!』

レシーバーから響くウィングマンの坂井康春一等空尉の奇声に苦笑しつつ、機体を捻り込ませ爆撃航過に入る。

僚機の坂井一尉は赤松と同じ他機種からの転換組で、退役したF-4EJ改のフロント上がり。坂井は支援戦闘機よりも要撃戦闘機気質の男で直ぐドッグファイトをやりたがる。地上射爆の成績は並みだったが、ACM(空中戦闘訓練)では常に敵無しで、国端新島事変ではFS飛行隊唯一の5機撃墜のエース称号保持者だった。
やんちゃな性格が災いし、同期入隊の赤松より昇進が遅れているが本人は全く気にしていない。
一昨年結婚し、子供ができた事もあって若干落ち着いてはきたが、空に上がれば相変わらず。
赤松とは正反対な性格にも関わらず何故か公私共に息が合い、長年タッグを組んでいる。
今日も後ろを気にせずに済みそうだった。

赤松は対空砲火に備え、先程とは反対方向より突入した。樹海がキャノピー全面に迫り、HUDの片隅で自機の高度計とGPSナビゲーションシステムが測定不能の表示が出る。O-4からのデータ転送で心配は無いが、それでも油断はできない。

「高度5000で投下する。ここまできて墜とされるなよ!」

『合点!』

高度10000フィート。投下まで20秒。
レーダー警報装置ががなり立てた。センサーが敵携帯SAMのIFF(敵味方識別装置)アンテナから識別信号を受信したらしい。赤松は構わず機を降下させ続けた。

高度8300フィート。投下まで15秒。
レーダー警報装置が新たな悲鳴をあげる。IEWS(統合電子戦システム)が地上より最低3ヶ所より電波照射を受けてる事を察知し、機体下部のECMポッドが自動起動、高度8700フィートで警報装置は沈黙。
対地速度450ノット。降下角度60°投下まで10秒。

『セブンオフロック、SAM!』

僚機の警告と同時に、コクピットにミサイル警報が鳴り響く。レーダーディスプレイに2発の携帯SAMが表示され、左後方より追尾してくる。

「フレアーアウト!バラ撒け!」

IRジャマーポッドから無数の光弾が打ち出され、偽りの排気熱のカーテンで2機の戦闘機を覆い隠す。
1発はフレアーに喰らいつき爆発。残りは目標を見失い、燃料を使い切って樹海に消えていった。

高度6200フィート。投下まで7秒。
地上から最後の抵抗が始まった。マーカーを中心に、大小様々な曳光弾が撃ち上げられてきた。しかし弾幕は薄く、機体を夾叉する弾道は皆無。
赤松はサイドスティックの兵装発射ボタンに指を乗せた。

高度5100フィート。対地速度445ノット。降下角度0。赤松はHUD全体に白煙を捉え、最後の横風補正を終えた。完璧な爆撃を確信し「ピックルス(投下)」をコールする、筈だった。
投下まで2秒、突然FACがUHF無線帯で叫ぶ。

『雷電フライト、アボート!アボート!』

今さらかよ!?

赤松は怒り心頭でマーカーを飛び越すと、一気に機首を上げ、森から離脱した。

『雷電02ダイブアウト!』

同じく怒りが納まらない坂井が、アフターバーナーの衝撃波を地上に叩き込みながら上昇してきた。

高度20000フィート。
FACと合流する前に怒りを封じ込めた赤松は、未だブツブツ言っている坂井をなだめ、お互いの機体をロールさせて見せ合い、2機とも損傷が無い事を確認した。
程なく上方から迷彩塗装のO-4がゆっくりと降りてきて編隊に加わった。

『流星17、リード』

赤松は疑問をぶつけようと回線を開きかけたが、止めた。
隣を飛ぶ坂井が、コクピット内でノーメックスのグローブを外し、腕の間接を鳴らしながら息巻いている。
やれやれ…。

「待て、俺が話す」

肩を竦めて天を仰げば、何処までも続く蒼久に、巨大な円錐形の積み雲が鎮座していた。



[30781] AM10:05  −誤報−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:c6edc73c
Date: 2011/12/10 22:14
同時刻・東地区森林地帯。第3遁道付近。

「た、助かったのかナ?」

防空砲兵李上等兵は宙吊りのまま呟いた。

空襲警報が発令されると同時に、李は携帯SAMを持たされ戦闘部署に付かされた。

しかし配置に付いた途端、背後の立ち木にロケット弾が撃ち込まれた。
ただの発煙弾だったのでホッと胸を撫で下ろしていた矢先、今度は強撃機(攻撃機)が自分目掛けて猛然と突っ込んで来た。
自分が目標の傍にいるのだと分かり、慌てふためくが木の上では逃げ場がない。李は真正面から敵機と対決する羽目になった。

ところが前衛3(QW-3)を構え、電源を起動させるがどうにもこうにも調子が悪い。レーザー誘導装置が霧の中を狙っているかのように乱反射して目標を捉えられないのだ。
眼前に迫る日本軍の攻撃機を前に今度こそ死ぬと思ったが、強撃機は爆弾を投下すること無く飛び去っていった。
李は強撃機が地上に叩きつけていった衝撃波で木から振り落とされ、今は命綱で逆さまにぶら下がっている。
木から放り出される瞬間、枝がクッションになってくれた気がするが偶然だろう。命綱を繋いだ枝が勝手に下がり、ゆっくり地面に近づいてきてるが気にしない。

一応、お礼だけは言っておこうかナ…。

自分の足元、天地が逆転した視界で高空の奇妙な積雲が四方に広がり出したのが見えた。それも急激に、色も白からどす黒く変わりながら。

李は既に諦めてはいた事だが、今度こそ留学の夢が完全に潰えた気がしてならなかった。


同時刻・中央地区平野部。国端富士より3キロ地点。


BBCNEWSカメラマン、アンドレ・ビンセントの意識を呼び覚ましたのは鳴り続けるクラクションの悲鳴だった。
目を開けると立ち上る黒煙越しに、眩しい陽光と澄み渡る青空が広がる。
どうやら自分は仰向けに倒れているらしい。
それにしても暑い。まるで直火に炙られているようだ。

「おい、しっかりしろ!」

視界の上、前後逆さまにバーグマンの顔が現れた。
酷く煤けて傷だらけだ。
視界が反転し、バーグマンに上半身を引き起こされた。直ぐ傍で乗っていた日本版ランドローバーが、クラクションをがなり立てながら焔を噴き上げていた。
やけに熱いと感じたのはそのせいか。

バーグマンに数メートル引き摺られたところでマークスが加勢に加わった。彼も負けじと酷い有り様だった。
アンドレは窪地まで運ばれ、そこでやっと解放された。窪地は以前爆撃か砲撃で開けられたクレーターのようだった。

「車列目掛けて爆撃しやがった!」

「俺も見た。だが飛行機じゃない、小さすぎる。あれはミサイルだ」

アンドレは腕時計を見ると、頭の中で時系列を組み立て始めた。
現在は日本時間で午前10時35分。

サポートエリアで気の進まない昼食を摂ったのが1時間前。

胸焼けで結局もどしたのが50分前。

ハラヌマ中尉の前線での最後の注意事項を聞いたのが40分前。

ランドローバーに乗り込んだのがその後5分後。
護衛の装甲車を引き連れ、サポートエリアを出発したのが30分前。

そして車列が攻撃されたのが3分前。

あちこち火傷だらけだったが、とにかく仲間も自分が無事なのは分かった。
首から下げたハンディカメラの電源を入れ、レンズを覗き込む。
レンズにはヒビも無く、自分の顔にオートフォーカスが反応しテレプラスが自動で回るのを見て安心した。
レンズに赤い飛沫が滴り落ちた。反射的に首に巻いたバンダナで拭こうとするが、飛沫は次から次へと量を増して落ちてくる。
遂にバンダナが血を限界まで吸収してしまったので、面倒だがレンズクリーナーを使おうとした。
しかしメンテナンス・グッズを納めたカメラバックが見当たらない。
やむなく、その辺に生えている葉っぱで拭こうかと適当な草をムシッていると、マークスが額に手を伸ばしてきた。

「目の上が切れている」

「目は無事?」

「ああ」

彼の傷が意外と深いと見たバーグマンが、負傷者の手当てに駆けずり回る衛生兵の1人を捕まえた。
バーグマンがロイヤルイングリッシュ訛りの日本語でアンドレの手当を頼むと、以外にも流暢な英語で返事が返ってきた。
衛生兵はアンドレの傷を診察するなり手早く処置を始めた。
傷口に止血剤を振りかけガーゼを押し当ててる。

「これで傷を押さえて。それ以外は大丈夫です。サー」

アンドレは衛生兵からガーゼを少し分けてもらい、それでレンズを拭いた。
今はこれ位しかできない。
アンドレはハンディカメラを構えると撮影を始めた。

消火器を持った日本兵が走り回って絶望的な消火活動を続けているが、火勢が衰える気配はない。
数えただけで4台の車輌が焔を噴き上げ、3台が横転していた。
アンドレは違和感を感じた。
惨状からしてナパーム弾と通常爆弾のコンビネーションらしいが、爆弾は空中で炸裂したのか、地面には爆弾痕がなく、周りを焼き尽くすゲル状の炎からは、ナパーム特有のガソリン臭がしない。

時折、炎上する車輌から銃声のような鋭い破裂音がしてくる。
音がする方へ足を向けかけ、バーグマンに腕を捕まれた。

「燃えてる車に近付くな。弾薬に引火してる!」

警護担当の注意を意に介さず録り続けていると、更に説得にマークスが加わった。

「おい、兄貴の二の舞は御免だぞ!」

アンドレの兄、ポールはハカタ大暴動鎮圧作戦を取材中、流れ弾に頭を撃たれて死んだ。
彼の人生最期の映像は、アスファルトに投げ出されたカメラが偶然捉えた、半狂乱のマークスに引き摺られていく自分の姿だった。

渋々引き下がり、別な被写体を求めて周囲を見回した。
あちこちで日本語の叫び声が交差し、負傷者の悲鳴が上がっていた。
地面に散らばる手足や遺体の一部を避け、横転した重装甲機動車に近付く。

確かこれには共同通信社のカメラマン、カシザキが乗っていた筈だ。彼とはイラク戦争で知り合い、以来友人付き合いだった。
上部ハッチから中を伺うが中は無人だ。
まさか車の下じゃないかと車体の下を覗き込んだが誰もいなかった。

少し離れた窪地に救護所兼遺体集積場所が設けられていたのでカシザキの姿を探してみた。
カシザキはいなかった。
と言うより見つけられない。
遺体は皆損傷が酷く、人種はおろか性別すら分からない。

「おい、攻撃を止めるようにちゃんと伝えたのか!?」

幸運にも軽傷で難を逃れたCNNの記者が、凄まじい剣幕で右往左往する日本兵に怒鳴り散らしていた。
彼の足元ではドイツ人記者とアルジャジーラのテレビクルーが放心したように座り込み、片足を失ったマレーシアTVの記者がこの世と思えぬ叫び声を上げていた。
そして生存者達は一様に2度目の攻撃を恐れていた。
無事だったハラヌマ中尉が必死に落ち着くよう制止しているが、上空からジェット機の爆音が聞こえる度に悲鳴が上がり、動ける者は逃げ惑っている。
正に混乱の極みだった。

1台の装甲車の屋根に日本兵が日章旗を広げ、その回りで兵士達が空に向かって必死に手を振っていた。
護衛部隊の通信士が、無線機に何事か叫び続けている。日本語は分からないが大体内容は想像はつく。

それを見たハラヌマ中尉が、突然物も言わず通信士の元へ駆け出した。
その切羽詰まった様子に何か予感めいた物を感じたアンドレだったが、プロデューサーのサム・ドノバンが衛星電話を片手に駆けつけてきたので追うのを止めた。
ドノバンは肝心なときに姿を見せないと現場スタッフとマークスからの評判だったが、流石に今回は例外であるようだ。

「事態をロンドンに知らせたぞ、リポートするのか?」

「当然だ、今この事実を世界に配信できるのは俺達だけだ」

マークスは衛星電話を受けとると、受話器の向こうのスタジオと電話リポートの打合せを始めた。



『だから該当機はないと言っているだろう』

「ふざけるな!さっきから飛んでるのは味方だけだ!俺達を撃ったのは何処の馬鹿だ!?」

護衛隊の前線統制官、島崎卓三等陸曹は緊急周波帯でFAC(航空前線統制官)機を呼び出して怒鳴り付けていた。
彼は完全に頭に血が昇っていた。
事前に制空権確保と、友軍機が上空で游弋待機中との情報を受けていただけに、的を得ない空からの説明に冷静さを保てなかった。対照的に落ち着いたFACの声に比例し島崎のボルテージは上がっていく。

『全飛行隊に照会中でAEWACSからの返答待ちだ。済まないが、今はこれ以上の情報はない』

「貴様…!?」

島崎が続きを言いかけて、誰かに送話機を取り上げられた。

「落ち着け!これは空襲だ、誤爆じゃないぞ!」

広報幹部原沼晃二尉は荒ぶる通信陸曹を叱り飛ばした。

「通信代わった、広報本部二尉、原沼晃。敵機は小型機編隊。北西から超低空で車列中央を攻撃した後、南南西へ離脱した。送レ」

本来、交信には身元照会が必要なのだがFACは応じてくれた。

『アズチ01(護衛隊の呼び出し符号)、続けろ。間違いないか?』

「機種は不明、見たこともない機体だった。グライダー並みの大きさで高度約30〜40メートルで音も無く迫ってきた。送レ」

『アズチ01、待機しろ』

島崎三曹の非難じみた視線に耐えながら待つこと20秒。

『アズチ01、AEWACSがルックダウン・レーダーでそこより南東へ15キロ付近を移動する〈車輌3台〉を確認した』

「数は3、弓矢型編隊で速度は時速90〜100キロ。違うか?」

『アズチ01、その通りだ。最寄のCAP(空中戦闘哨戒機)を向かわせる。流星17終わり』

「何で車なんですか?」

すっかり冷静さを取り戻した島崎三曹に原沼は送話機を返しながら答えた。

「スピードと高度が低過ぎて警戒管制機のコンピューターは自動車だと判断したんだ」

原沼は呆気に取られる島崎を残し、必死に空へ手を振り続ける隊員達に配置に戻るよう怒鳴った。
間もなく、遅まきながら対空戦闘準備が発令され、装甲車が炎上する車輌を中心に円陣を組みはじめた。
各車輛の50口径機関銃が空へ向けられ、部隊は恐慌状態の牧羊から軍隊としての姿を取り戻した。

原沼は救護所へ戻ると無事だった取材チームの人数の少なさに愕然とした。
判っているだけで60人いた取材班のうち、約半数以上が死亡、負傷者も手遅れの状態だった。
とにかく無事なメディアを纏め、前方支援地域に戻らなくてはならない。

視線の先で、燃える高機動車の傍を衛星電話を片手に歩く男が目に留まった。
イギリスのメディアクルーだと直ぐに分かった。食堂天幕で日本軍のセンスは最悪だと文句を言っていた奴だ。
どうやら電話リポートをやっているらしい。

原沼は駆け寄って制止ししようとしが、通話内容を聞いて戦慄した。

こいつ、何を言っていやがる!?



国端新島海岸区。15DPC(第15師団司令部)


「一体こいつは何を言っている!?」

第15師団長、田中竜也陸将以下本部幕僚達は大天幕で戦慄した。
メディア・クルーの車列が空襲されたとの一報で大騒ぎの真っ最中に、市ヶ谷から直通回線で陸上幕僚長から「とにかくテレビを見ろ」と叫ばれた。
この忙しいのにと、渋々テレビのスイッチを入れて(情報収集用の一環として、NHK、民放等を受信している)みれば全てのチャンネルが異口同音のテロップと、英語の電話リポートを流し続けていた。


『・・・取材チームは私を含め数人が軽傷を負いましたが、皆無事です。しかし他のメディアの取材陣は多数が犠牲になりました。周りには燃えた遺体と車の残骸が散らばり、悲惨な状況です。この【誤爆】により日本軍にも多くの死傷者がでたと思われます』



後々の戦いにおける、悲劇の布石が撒かれた瞬間だった。



[30781] AM10:05  −インターセプト−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:5a9be6aa
Date: 2011/12/07 01:05
同時刻・国端新島南西沖30キロ。東シナ海上空。
誤爆該当機の確認の為、CAP(戦闘空中哨戒機)を除く作戦機は同空域に集合中。


『富嶽27より雷電フライト、スクランブルオーダー。ベクター0―1―2、エンジェル2』

AWACSからの急報。
情報共有システムで全武装未使用が確認され【白】と判定された矢先、赤松三佐は事情が飲み込めなかった。

「富嶽27、CAPはどうした?」

『CAPはグループ1が燃料切れでRTB(帰投)、グループ2は別目標のインターセプトに向かった。FS(支援戦闘機)飛行隊は飛行停止命令で全機地上にある』

「雷電01ウィルコ!01より02、ライトターン!」

赤松は、列機の坂井と共に2機同時の急旋回、スプリットバンクで編隊をから離脱した。
途中海上で主翼両端のAAM-3(赤外線誘導対空ミサイル)以外の爆装を棄て、3分後には接触予想空域に差し掛かった。

AWACSの誘導に従い、レーダーを探査モードで地表付近を走査するが、レーダーレンジには何も映らない。
AWACSによれば目標は超低空でNOE(匍匐飛行)しているとの事だが、元々電波反射率が極端に低い機体な上、地上からの反射もあり追跡に難儀しているらしい。
敵機を捕捉できず、空域を旋回すること2回。3航過目に入ろうとした時、坂井が機体をロールさせ背面飛行を始めた。

『タリホー!ボギーズ11オフロック・ロー!』

赤松は相棒の並外れた視力に驚きつつ、探査用電子ビームを左斜め前下方へ向け絞り込む。
レーダースコープに四角型…不明機のシンボルマークが3機、こちらに尻を向けるかたちで、高度100〜150フィートを海上へ抜けるコースで飛行中。IFF(敵味方識別装置)に応答無し。捕まえた!

『富嶽27より雷電フライト。攻撃を許可する』

「雷電フライト了解。02、エンゲージ!」

マスターアーム・オン。レーダーレンジを空対空モードにシフト、2機のF2Cは猛然と不明機に襲いかかった。
高度1000フィート、大気速度480。経路120。使用兵装にフォックス2、AAM-3を選択するがIRシーカーが目標の排気熱を捉えられない。使用武器変更、HUDをガン・モードに切り替える。

高度800フィート、大気速度変わらず。目標を目視で確認。全長5メートルあるかなしで全体的に黒。一部迷彩のように白と灰色のストライプが入っている。形状は限り無く鳥に近い。こんな機体は見たことがなかった。
機関砲の射程内に突入、安全装置解除。ガンカメラ作動。

高度600フィート、大気速度400。射撃まで5秒。
目標が増速し回避機動を開始、見掛けに反して速い。3機が一斉にバーチカルズーム(垂直上昇)かけ、赤松達の鼻先をすり抜けていく。お陰で敵機を間近で見ることができた。
赤松はその機動性より敵機の正体に驚愕した。
明らかに航空機ではない。全長5〜6メートルの翼を生やした爬虫類。しかも馬にでも乗るかのように手綱を引いて人が跨がっている。
それは彼が少年の頃、映画やテレビゲームで見たモノにそっくりだったが、常識が邪魔して存在を認める事ができない。

「02リードしろ、俺は疲れているらしい」

しかし坂井は現実として受け止めていた。

『02より01、あんたは狂っちゃいない!【ドラゴン】に逃げられるぜ!』

坂井の叫びで頭のスイッチが切り替わった。
あれが何であれ、地上部隊を焼き払った敵には違いない。
やはり頼れる相棒だ。

「追うぞ、ライトターン!」

『合点承知!』

敵機は…もといドラゴンは時速800キロまで加速し、一気に高度3000フィートまで上昇していった。
性能的に第2次大戦中の傑作戦闘機・P51ムスタング並みといったところか?
しかし、パイロット…いやクラダーは大丈夫なのか?
一瞬ではあったが鞍など騎乗用の補助具は見えたが、耐Gスーツや酸素マスクの類いを装備しているようには見えなかった。

高度7000フィート。
火器管制装置がドラゴンの排気熱を捕捉した。鳥は飛翔運動で発生する体内の熱を、翼の羽毛より放出していると言うが、ドラゴンも例外ではないらしい。
急激な回避運動で体内熱が発生したのか、IRセンサーが両翼よりロックオン可能レベルの【排気熱】を探知した。
それでもレシプロ機程度で、旧式のL-9ミサイルだったら追尾できそうもなかった。
赤松はコンピューターにレーダー輻射波と排気熱パターンをデータ登録、AWACSへデータ転送した。

進路上に奇妙な雲が見えてきた。真っ白い円錐状の積雲で中空に静止している。雲を中心に急激に天候が悪化し始めていた。

雲の中に逃げ込まれると厄介だ。速度差によるオーバーシュートを防ぐ為、スロットルを抑えて追跡していた赤松は一気に勝負に出た。

アフターバーナーに点火し一気に距離を詰める。
赤松はAAM-3を先頭の【1番騎】に、坂井は右翼【2番騎】にロックオン。
赤外線シーカーから力強いオーラルトーンが響く。

フォックス2をコール寸前、編隊がぱっと4方に散った。
3騎のドラゴンはそのまま天空に向け背面宙返り、アクロバット技で言う上向き空中開花を演じ、今度は編隊を縦列から横列に変化させ、見事な立体逆三角形でF-2Cに反航戦を挑んでくる。旋回半径の小ささに驚く一方、チームワークの良さに感心した。

『ザ・インメルマン?』

坂井の疑問符がレシーバーから聞こえた。
ザ・インメルマンは追跡機を振り切るか、攻撃高度を稼ぐ場合に急上昇し、上昇頂点から反転降下または水平飛行に移る空戦技術だ。

…攻撃高度!?

次の瞬間、コクピット内にレーダー警報が鳴り響いた。HUD(ヘッドアップディスプレイ)に脅威情報を呼び出す。統合電子戦システムは12時方向から未知の周波数によるパルス電波の照射を受けていると表示していた。

「ブレーク!」

パイロットの本能でロックオンを解除し、操縦捍を引き起こした。
坂井も同じ事を考えていたらしい。しかし反応が一瞬遅れた。

ドラゴンが3騎同時に顋を開き、逆三角形の中心にいる支援戦闘機目掛け、焔を放射した。
焔は火球となり、雷電フライトの40メートル前方で炸裂した。
赤松の機体は衝撃波で切り揉みに陥ったが、冷静にスロットを絞り、フラップを開放して姿勢を回復した。
息つく間も無く僚機を探す、しかしキャノピーには自機を弾き飛ばした黒煙しか見えない。

「雷電01より02、どこだ!?」

応答がない、あいつキル(撃墜)されたか!?
赤松の脳裏に例えようの無い焦燥感が走った。

『…生き…るぜ』

雑音混じりに聞き覚えのある声、同時に左側同高度に僚機が現れた。機首のレーダードームから機体上部のエアブレーキパネルにかけて酷く焼け焦げていた。

「02無事か!?」

被害を整理する為、少し間を置いてから応答がきた。

『インテイクから焔を吸い込んだらしい。テイルパイプの温度が上昇している。さっきからマスターアラームが鳴り止まない』

今まで沈黙していたAWACSが通信に割り込んできた。

『富嶽27より雷電02、緊急事態を宣言するか?』

『富嶽27、ネガティブ。飛行に支障無し、エスコートも不要だ。しかしレーダーシステムがアウト、誘導を頼む』

『富嶽27ウィルコ。雷電02は直ちにRTB。那覇ベースに緊急車輌を待機させる』

亜音速すら出せない相手に、ベテランが乗り組む最新鋭機が手傷を負わされるとは!?
赤松はドラゴンに対する評価を改めた、あれは生き物ではなくレーダーを装備した戦闘機だと。

再びレーダー警報、今度は後方直下。

『警告!雷電フライト、チェックシックス・ロー!』

AWACSからの急報に機体を180度ロール。上下逆転の世界で、ドラゴン…いや【敵騎】のトライアングル・スプリットが高度3000フィートから迫っていた。

OK、上等だ…。

赤松は背面からそのまま急降下に移った。坂井とAWACSが何事か喚いていたが、構わずマスターアームを立ち上げ、ACM(空中戦機動)に入った。

【敵騎】はトライアングルの環の中へF-2Cを捕らえようと起動修正を試みるが、赤松はCCV特有の水平旋回で包囲をかわした。
急降下を速度に変換し、今度は垂直上昇に移る。
上空ではトライアングル編隊が、再度インメルマンターンで切り返してきたが、赤松はアフターバーナーを焚いて編隊が旋回しきる前に一気に距離を詰めた。
容易に音速を突破し迫る敵に動揺したのか、【敵騎】の旋回半径が大きくなる。
赤松は再び逆三角形の頂点【1番騎】にロックオン。

「雷電01フォックス2!」

翼端に装備した赤外線誘導ミサイル・AAM-3が勢い良くレールを飛び出し【1番騎】に迫っていった。

【1番騎】はAAM-3に気付くと、航空機には不可能な旋回半径で螺旋状の旋回、バレルロールでミサイルをやり過ごした。
予想通り近接信管が作動しなかったが、AAM-3は優れた運動性をもって、今度は上方から再び目標を追尾しはじめた。
ミサイルを振り切れないと見た【1番騎】は、翼を広げエアブレーキの要領で空中に静止、正面に向け火球を扇状に立て続けに3発放つと、背面で垂直降下に移る。
AAM-3の赤外線検知センサーは、火球の余りの高熱にエラーを引き起こし火球の一つを追尾していき自爆した。

どう見ても、最新アビオニクスと縁がなさそうな輩が、対ミサイル防御をやってのけた事に戦慄したが、まだ勝負はついていない。
【1番騎】より更に1000フィートほど高度を稼ぎ、速度が0になるとラダーを鋭く切って垂直降下に入った。
バーチカル・リバース…失速旋回の現代版である。
運動エネルギーを使い果たし、加速が間に合わない【1番騎】へ20ミリ機関砲を叩き込んだ。

右翼、胴体、クラダーと赤い肉片を撒き散らしながら、最後は体内に火球の燃料を蓄えていたのか、被弾孔から紅蓮の炎を吹き出し爆散した。

【1番騎】を失い【2騎】となった編隊は即座に反転、脇目も振らず遁走し始めた。
【2騎】とも例の積雲に向かって行く。

『雷電01、深追いするな。貴機の前方の雲は積乱雲の可能性あり。気象レーダーでの探査ができない。注意せよ』

赤松はレーダーとIRST(赤外線探査装置)の出力を全開にし、雲の中へ愛機を突入させた。



[30781] AM10:05  −障害敷設−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:d9a34572
Date: 2011/12/28 20:23
同時刻・国端新島中央地区県道66号線。国道3号線との交差路(第2交差路)より300メートル付近。


先行する護衛の普通科分隊から敵影無しとの連絡を受け、中央即応集団・増強施設中隊所属、小清水隼人三等陸曹は部下に作業開始を命じた。

国端新島の道路網は3本の国道とそれから枝分かれする複数の県道からなる。国道は総全長280キロの2車線舗装道路で、島外周を囲みそれぞれ南端、北端を頂点に東シナ海側が1号線、太平洋側が2号線、そして島中央を南北に伸びる国道3号線である。そして未舗装の砂利道・県道が各国道から枝分かれし、各地を繋いでいた。

国道3号線は第15師団司令部がある海岸地区の国端西海岸道路と国道2号から分岐(海岸三叉路)し、国端富士を回り込み北側海岸線まで17キロの地点まで作られていた。本来は1号線と合流させ南北横断道路とする計画だったが、2013年の中国政府(当時)の干渉で工事がストップし、それ以来放置されたままだ。

小清水三曹の任務はこの先にある暫定呼称・第2交差路の地雷閉鎖である。国端富士に立て籠る北中国軍部隊が、破れかぶれの司令部強襲を仕掛けてきた場合に備えた処置であった。

「班長の指す方向、北の方角。敵の方向この方向〈富士の台〉距離300」

2013年に「国端新島第1期整備計画」が中止されて以来、測量地図意外まともな地図が作られず、今日まで多くの地名が未決定のまま放置されていた。その為「ほむら作戦」計画時に、国土交通省の無意味乾燥な数字表記と、「第○○高地」「△△の台」など、自衛隊中央地理隊が暫定的に標した戦略呼称が使われているのだが、分かりやすい反面まるで演習場である。

「埋設数、対戦車及び対人地雷各20個。その内各10個を活性化処置」

活性化とは、同じ箇所に地雷を複数埋めたり地雷同士を信管で繋ぐなどして、敵の地雷処理を難しくすることだ。

「1番手、エンピ(スコップ)運搬。2番手、爆薬運搬。3番手、雷管と信管運搬」

命令一下、4人の部下が各々の持ち場に取りかかる。本来は敵方警戒に1名要るが、護衛がいるので今回は必要ない。

小清水は27歳の元サラリーマン。東京で中国関連の大手ゼネコンに勤務していたが、中華内戦の煽りで倒産。経済打撃で再就職に難儀していたが、妻子と家庭を守るため24歳にして自衛隊に入隊した。
当時防衛省は中国との有事に備え、隊員の大幅増員を打ち出していたが、インドネシアPKFの影響で入隊希望者が激減、募集担当者は頭を抱えていた。そこへ、小清水が履歴書片手に現れたのである。
大卒で測量資格を持ち、ある程度社会経験も積んでいる。担当者は狂喜乱舞し、陸曹候補士として採用された。中国のせいで失業したが、同時に再就職もできた。皮肉な話だと彼は笑う。

「1番手、この位置に穴を掘れ。2番手、3番手は爆薬に信管を取り付け。4番手は1番手の支援」

1番手・中田肇陸士長がエンピで穴を円型に掘る。
彼は今月初めに20歳になったばかりの青年で中隊のパソコン指南役だった。
彼は自作したパソコンを中隊事務室で電源を繋いだところ、全隊舎のブレーカーを叩き落とした伝説の持ち主である。

2番手・山田光照陸士長と3番手・三国寛二陸士長が信管をセットした地雷を穴に入れていく。
山田は19歳のバイクマニア。中隊の随一のバイク相談役で、同じバイク仲間の陸曹達からの信頼も厚い。
ある日、バイクで外出しようと営門から出た直後、一時不停止で免停を喰らった伝説の持ち主である。

相棒の三国は山田と同期で、同じく19歳。高度な歌唱力の持ち主で、宴会で二次会にカラオケでもいこうモノなら彼の独壇場だ。
去年の中隊の忘年会で、中田がYouTubeから拾ってきた替歌、「愛のメモリー」改め「ハゲのメモリー」を振り付けつきコーラスで歌ったところ、皆拍手喝采の大受けだったが、歌詞と身体的特徴が合致する中隊長の目に、青い炎が宿っていることに彼は気がつかなかった。
かくして彼は、年末年始祭日全て警衛(持ち回りの門番警備)という伝説の持ち主となった。

地雷を埋める4番手・汐見克己二等陸士は去年9月に入隊したての右も左も分からない18歳。とにかく何でもやってみようとする克己心の強い少年で、3人の先輩からも目を掛けられている。
しかしそれが空回りするコトがたまにキズで、中隊配置後初めての演習の打ち上げで、いきなりテキーラと焼酎のカクテル一気飲みに挑戦し、翌日帰りの高速道路でトラックの荷台から首を出して嘔吐するという伝説を既に打ち立ていた。

以上この4名が「小清水班」、別名「レジェンド・オブ・リーグ」の面子である。

彼等はただ黙々と掘る、入れる、埋めるのスリーアクションを繰り返す。何事も滞りなく全行程の半分が終わった頃、普通科分隊の指揮官、鴨大介二等陸曹が通信手を引き連れてやって来た。

「やあ、お疲れ。何か無線で大騒ぎしてるよ」

鴨二曹は42歳のベテランだが、入隊が26歳と遅く、昇任も遅れていた。「ほむら作戦」発動直前に昇級し「縁起悪いなぁ」(自衛官の殉職による特別昇任は、警察官や消防士が2階級なのに対し通常1階級)と苦笑していた。

小清水が先任士長の中田を呼び、無線機の外部スピーカーに耳を済ます。

『…り返す。本日1230時をもって日米・北中政府間協議で停戦が発効される。指定された警備部隊を除く各作戦行動中の部隊は、積極的な接敵を避け、現状維持に努められたし…』

まず、最初に意味を理解したのは中田だった。彼は跳び跳ねながら班員をジェスチャーで集合を掛ける。

何事かといぶかしむ彼らがサイレント映画のコントよろしく、喜色満面で躍り狂うのは簡単だった。状況中なので流石に馬鹿騒ぎする真似はしないが、その様子に通信手が苦笑していた。小清水も沸き上がる嬉しさと葛藤しながらも口元が弛むのを押さえ切れなかった。

戦争が終わった?こんなクソみたいな島から家に帰れるのか?


「おい坊主達、まだ状況終了じゃないぞ。あと1時間55分ある」

鴨二曹の冷ややかな一言が小清水を現実に引き戻した。

「全員作業に戻れ」

皆一斉に顔に?が浮かび上がる。中田が中隊本部に「作業を続けるか問い合わせてみては?」と具申してきたが一蹴する。

そもそも地雷原構築や橋梁爆破の許可命令権者は師団長クラスだ。現場判断で止めれる話じゃない。

「活性化も予定通り行う。サッサと動け」

それでも持ち場に戻りたがらない彼等に、小清水が蹴りでも入れようかと腰を上げる前に、鴨二曹が血も凍る言葉を投げ掛けた。

「16年のインドネシアで俺も君達みたいにドンチャン騒ぎをしたよ。代償に、こーなった」

おもむろに鉄帽を外し、額から左側頭部にかけてケロイド状に爛れた傷跡を見せた。

2016年の9月。インドネシアイスラム革命軍から停戦を持ち掛けられたUNMI(国連インドネシア派遣部隊)司令部は、実効性に疑念を呈す情報部の警告を無視しし、9月の断食の月にかけて「ラマダン停戦」と呼ばれる停戦決議を受託した。

しかし、布告後12時間で革命勢力の大攻勢が勃発。
長引く活動で疲弊していた各国派遣部隊は、停戦合意のお祭り騒ぎから一転、大惨劇に見舞われた。

ダンハン空港で仏軍部隊と共に包囲された日本隊は、朝鮮半島から緊急転出した米海兵隊に救出されるまでの4日間、多数の犠牲者を出す事態となった。鴨二曹は空港警備隊の生還者だったらしい。

「美味い話は疑ってかからないと、人生思いがけずに【状況終了】になっちゃうよ〜?」

小清水は会社員時代の取引先の非道を思い出した。

約束を守らない。契約を平気で反故にする。納期を無視する。

勝てば官軍・海外の目など気にしない中国人なら、停戦決議を反故にするくらいやるかもしれない。

頭上で爆音が轟いた。
全員が思わず首を竦め空を見上げると、いつの間にか巨大な積雲が頭上を覆っていた。爆音に混じり、ジェットエンジンの金切り音も聞こえる。上空では空中戦でもしてるのか?

「何か落ちてくる!」

空を指差して汐見が叫んだ。

小清水は最初、撃墜された戦闘機かと思った。それは雲の中から、片翼を失い「破片」を撒き散らしながら、火達磨になって墜ちてきた…自分達の頭上目掛けて。

「退避ー!」

鴨が今までののらりくらりとした口調から一転、唖然と立ち尽くす施設科達を鋭く一喝。

我に返った小清水班達は、分隊長を残し一斉に走り出した。慌てて後を追う小清水の背後に、燃えながらゆっくりと墜ちてくる「翼」が迫っていた。



「エンピ2本・地雷搬送箱が破損。その他人員、装備共に異常無し」

周囲に立ち込める肉の焼ける臭いに、顔をしかめながら報告する中田士長に、焦げ跡だらけの小清水は気もなく「了解」と応える。

「班長、何ですかね、コレ?」

「見た感じそのまんまじゃねぇの?」

彼の眼前、地面に打ち据えられた直径2メートル前後のクレーターの底には焼け焦げた〈死骸〉が横たわっていた。

明らかに飛行機の類いではない、ワニ擬きの爬虫類に蝙蝠の翼を着けた様な体躯。多分撃墜される前は全長15メートル位はあったと思う。今は体積を半分以上削り取られ、自ら孔けた墓穴に収まっている。

微かに漂うコルダイト火薬の匂いから、この死骸が敵か友軍機か判らないが、戦闘機と交戦して撃ち落とされたのは間違いないようだ。

「小清水くん、これ人が乗ってたみたいだよ」

背後から鴨が消し炭を手にやって来た。
何で解るのか聞こうとして凍りついた。手にした消し炭は人間の腕だったからだ。

「なに手に持ってんです!?」

「気にしない、気にしない。死体は噛み付かないし、銃を撃たない。フム…サイズの割に軽いな?この籠手みたいなの甲冑かな?」

鴨二曹とは出会って2日の短い付き合いではあるが、未だ人物像が謎だ。下らない洒落を連発している昼行灯かと思えば、時折鋭い前線指揮官の片鱗を見せる。
これは彼の部下も同じらしく、鴨二曹の二面性に皆辟易していた。PKFから帰ってきてからこんな調子らしいと、誰かが言っていたが真相は分からない。

「軽いけど頑丈みたいだね。外は焦げてるが中身は無事だ」

鴨が片手で消し炭から籠手を器用に外し始めた。表面が真っ黒に炭化した籠手の下から細い綺麗な腕が現れた。とても華奢で所々鱗のような模様が入っており、病的なまでに真っ白だった。

「細すぎる、この人女だったみたいだよ?それもすごく若い…」

それを聞いた小清水以下施設科の面々は気分が悪くなった。鴨の部下達も渋面を浮かべてる。

「そんなモン、早く捨ててください!」

「コレが何者か興味は無い?」

再び上空で爆音。
空中戦はまだ続いているらしい。

「我々は作業に戻ります!」

鴨はやれやれと肩を竦め、腕をクレーターに投げ入れると、死体から外した籠手を自分の腕に填めながら配置に戻っていった。
後に続く通信手がドン引きしていたが、彼は一向に気にする様子はなかった。

「作業再開!」

今度は渋る隊員はいなかった。素直に各々の持ち場に戻っていく。

その様子に満足した小清水の鼻孔が肉が焼ける臭いを再認識し、今までの緊張と衝撃の連続で気にならなかったが、嗅覚が耐え難いと悲鳴を上げた。

「…の前に、穴を埋めろ!」

今度は皆、露骨に嫌そうな顔を返した。



[30781] AM10:05  −終焉−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:92aaf76c
Date: 2011/12/07 02:09
気象観測所・北棟一階。

死の短距離走を走り抜いて斥候班と合流を果たした志水は、斎藤より小山二曹の手当てを命じられた。

志水は銃弾で歪に捻れた小山の足を真っ直ぐに伸ばし、射入孔を探した。大腿部に入った弾丸は貫通せず脚内に留まっているようだった。

初めて見る銃創傷に一瞬怯んだが、意を決して救急包帯を巻き付けた。
モルヒネを頑なに拒む小山は、包帯が締め付けられる度に呻き声を上げるので、手当てする方は患者が出血多量で死ぬよりも、いきなり殴られるのではないかと気が気でなかった。

壁から振動を感じた。何事かと耳を澄ます彼らに、外からハンマーで壁を叩く音が聞こえたのはその時だった。

外周捜索班の田所進陸士長は、壁に必死にハンマーを振るっていた。
壁を爆薬で吹き飛ばす案が出たが、中の斥候班が危険と判断され、この方法が選択された。

長いこと風雨に晒され劣化していたのか、壁はハンマーの2〜3振りで呆気なく崩れ出した。捜索班の面々は嬉々としてハンマーを振るい、5分後には狭いが人1人抜けられる穴を拵えることができた。

志水は先ず、重症の弘田士長を穴に押し出した。
弘田は体重が50キロを切る中学生並みの細身な体型のお陰で、すんなり外へ出すことができた。

続いて足を撃たれた小山二曹をと思ったが、本人は頑として自分は最後だと言って聞かなかった。
争っていても仕方がないので、先に斎藤が行くことにした。
斎藤は弘田と違って肩幅があるので、各種戦闘装具を全て外さなければならなかった。

いよいよ小山と志水だけになると、またしても小山が先に行けと志水に命じた。構わず小山の防弾ベストを脱がすと、迷彩服の肩章通しを掴んで強引に床に寝かせた。もう小山も抵抗しなかった。

しかし斎藤以上に大柄な小山は、防弾ベストを脱いでも出られそうになかった。志水が外の連中に穴を広げるように言おうとした時、足元で異様な音がした。小山が自ら肩の関節を外したのだ。
中級陸曹の荒業に戦慄してると、小山は自ら孔へ潜り込んだ。

志水は最後に自分と2人分の装備を孔に押し込み、自分も孔に滑り込んだ。
孔は予想以上に狭い上に所々鉄骨が突き出ていて抜けるのに難儀したが、最後は外から腕が差し込まれ、出口まで引っ張り出してくれた。

外に出ると、斎藤と弘田は既に運び出されていた。
志水は手早く武器と戦闘装具を身に付けると、小山の肩に手を回した。反対側に田所士長が付いて一緒に小山を引き起こすと、救急高機動車へ向け駆け出した。

同時刻・気象観測所2階エントランス。

振り下ろされたナイフを、金突は咄嗟にSAWで受け止めた。

しかしナイロン製弾薬箱にナイフを突き立たまま、北中国兵は彼を当て身で弾き飛ばした。
金突は水平に床を跳び、背後の大野を巻き込んで壁に叩きつけられた。

救出班のリーダー、大柴三曹は宙を舞う長身の機関銃手と堅太りの狙撃手に驚き慌てて小銃を構えるが、一瞬早くマシンピストルが火を噴いた。
大柴は右膝と左肩を小口径高速弾に撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。隣で片膝をついていた通信手の青木忠雄士長が、鉄帽を撃ち抜かれ昏倒する。
階段から半身だけだして89式を構えていた島田大地1士が、小銃を左手ごと撃ち抜かれ階下に転げ落ちていった。

北中国兵は弾が尽きたマシンピストルを投げ捨てると、次に大野に狙いを定めた。大野は自分の小銃の負紐と金突のSAWが絡まり、気を失った相棒と複雑に縺れ合って拳銃も抜けない有り様だった。

ナイフを逆手に持ち変えた北中国兵に、背後から銃剣の鋭い一撃が突き出された。北中国兵は後頭部を狙う刃先を避けたが、今度は顎に弾倉が叩きつけられ、弓なりにのけ反った。

小隊陸曹、谷本1曹は小銃をタクトバトンの如く切り廻し、斬撃と刺突の連続技を繰り出し続けた。

体勢不利と見た北中国兵は、長突き…右足踏み込みで胸部を狙う…をナイフで弾くと膝のバネで常人には不可能な勢いで一気に間合いを開けた。

銃剣道七段の谷本をもってしても追従できず、剣先を相手の喉元に突き付ける、構え銃の体勢に戻った。

北中国兵は敵が、ベテラン(老兵)だったのに軽く驚いているようだった。
汚れた包帯から覗く右目が薄く見開かれる。
殺気を読み取った谷本が姿勢を数センチ落とした。
北中国兵の右足が鞭のようにしなり、89式の銃身を蹴り飛ばそうとする。
谷本は筒先をヒョイと上げそれを避ける。しかし北中国兵は豪脚を中空で折り畳み、負紐を踵で引っ掛け床に叩き落とした。

思わず前のめりにたたらを踏む谷本に、北中国兵はナイフを本手に構え一挙動で迫った。

ターン!

軽い銃声、北中国兵の側頭部に何かが弾けた。
谷本は直ぐに40ミリ擲弾だと気づいた。近すぎて信管が作動しなかったのだ。
北中国兵は致命傷ではないにしろ、かなりの衝撃だったらしい、ナイフを持ったまま後ずさると憤怒の形相で銃声元を睨んだ。

視線の先、壁際にグレネードランチャーを構える山岡がいた。

「伏せて!!」

谷本が射線から転がり逃げると同時に89式の銃把に持ち変え、引き金を引いた。

北中国兵は姿勢を4分の3下げ、頭を狙った弾丸を避けると、巨体に似合わぬスピードでエントランスを駆け抜けた。
山岡は必死に撃ち追い続け、跳ね返った跳弾がエントランスを飛び交い皆頭を抱えて床に突っ伏した。
大野が相棒の陰から「止めろバカ野郎」と叫んでいた。

北中国兵は弾切れを狙って逆襲の機会を伺っていたが、乱射を続ける新兵が見事なスピードリロードを決めたのを見て、撤退を決意した。弾倉交換で生じた僅かな間隙を突いて、元来た北棟連絡通路に走る。

遂に大野が金突の下から脱出した。仰向けのままデジタル迷彩の背中へ拳銃を連射し、小銃を拾い上げた谷本が伏撃ちで加わった。
3人とも弾倉が空になるまで撃ち続け、最後に谷本が擲弾手に拳骨を見舞って止んだ。

「谷本一曹、中隊本部より撤収命令です」

大柴三曹が無事な左手で、横たわる青木の背中から無線機を外しながら伝えた。

「斥候班は?」

「別班が救出したそうです」

谷本が青木の容態を確かめようとしたが、それを大柴が静かに押し留めた。

「死んでます」

青木は無類の車好きで、中隊のマイカー相談役だった。「実は新車の納期が今日なんです」と昨日嬉しそうに皆に話していた。

下で島田一士が「撃たれた!死ぬ!」と大騒ぎしていた。
実のところ、島田は撃たれた3人の中で一番軽傷で、手の平に五ミリ弱の孔が開いただけだった。最後は手当てしていた猪野衛生二曹に「黙れ!」と一喝され静かになった。
腕と足を撃たれた大柴は、後続の支援班に青木の遺体と共に担がれていった。

金突が復活した。

「お前、俺を盾にしたろ?」

「そんな事する訳無いだろ相棒」

金突はしれっと誤魔化す大野に、ブツブツ文句を言いながら機関銃の点検を始めた。
通路奥から連続した銃声。谷本が突っ立っている山岡を押し倒した直後、エントランスを爆風の嵐が襲った。

猪野衛生二曹は救急高機動車と正面玄関の間を往復して、負傷者の治療優先順位をつけて回っていた。
屋上からの銃撃も大分収まり、後は撤収を待つだけだ。
階上から凄まじい爆音。思わず回りの隊員と一緒に首を竦めた。
何事かと振り替えると、階段から谷本一曹を筆頭に火力支援チームが、粉塵まみれで転がり降りてきた。

「出ろ!出ろ!ここから今すぐ退去だ!」

珍しく慌てふためく小隊陸曹の姿に、ただ事でない事態を察知する。

「あの化け物、付き合いきれねぇ!」

気絶した小柄な擲弾手を抱え、太目の狙撃手が悪態混じりに駆け抜けていった。切迫した空気を感じ、猪野は直ちに決断した。

「資機材残地、総員直ちに乗車!」

玄関エントランスホール付近に残っていた隊員が一斉に走り出した。
全ての車輌が走り出していくなか、猪野と谷本が他に隊員が残っていないか確認すると、最後の装輪装甲車に飛び乗った。

正面玄関にさっきの大柄な北中国兵が現れた。
手には極太の鉄パイプを繋げたような銃…八七式35ミリ榴弾発射器を構えている。あれは本来三脚で地面に据えて撃つ武器の筈だ。

「ヤバい、早く出せ!急げ!」

キューポラの車長が操縦士に叫び装輪装甲車は後部ランプが閉まり切らないまま急発進した。
急発進に車内の全員が何かに掴まったが、気絶した山岡をシートベルトで固定するのに躍起になっていた大野は堪えきれず、キャビンを転げ回った。
北中国兵が何事か叫び、乱れ撃ちを始めた。

車長がハッチを閉めるのと同時に、車体側面に衝撃が走った。車内灯が弾け飛び、操縦席の防弾ガラスが四散した。右前輪に激しい衝撃、急に上下の振動が激しくなり、谷本達は座席から投げ出された。

「第1前輪が飛ばされた!」

操縦手の絶叫と同時に重力が反転した。全員一斉に車内左側に弾き飛ばされ、右側、天井、床の順番で叩き付けられていく。装甲車が横転しているのだ。
体を揺さぶる激しい衝撃で意識を取り戻した山岡は、あり得ない光景を見た。
装甲車の車内が遊園地のビックリハウス宜しく回転し、上官達がポップコーンのように車内を弾け飛んでいた。しかし何故か自分だけシートベルトが締められていて、宙を舞わずにすんだ。
回転が治まり、車体が左舷側、自分が座る座席を上にして止まった。
暗闇のキャビンには4人分の呻き声はするが、誰か動く気配はない。
山岡は座席を上にシートベルトで宙吊りになっていたが手探りでバックルを外すと、真下にいた誰かの背中に着地した。
足下で大野の奇妙な悲鳴がしたが、目が回って気にしている余裕がなかった。
後部ハッチが歪んで開かないので、上部ハッチに手を伸ばした。
装甲車は観測所より200メートル離れた所で、上部を玄関に向ける形で横倒しになっていた。
辺りに散らばる装甲車の付属品を眺め、事故の激しさを実感していると、氷の手で背中を撫で回す様な悪寒を感じ、顔を上げた。
山岡の視線の先、観測所の正面玄関には、止めを刺さんとロケットランチャーを構える、大柄の北中国兵…!?

「冗談でしょ…」

山岡の中でこれまでの19年間の人生が、走馬灯のように駆け巡った。
栄光と思い出と挫折。 柔道、体育学校、出逢い、挫折、自衛隊…

空気を切り裂き、1発の砲弾が飛来した。砲弾は北中国兵を木っ端微塵に吹き飛ばし、正面玄関を崩落させた。
何が起きたか解らず呆然と立ちすくむ擲弾手の前を、3台の90式戦車改が漠進していった。

『飛車04、無事か!?』

装甲車の車載無線機から、中隊長の原田一尉の声が聞こえた。
戦車は1台が横転した装甲車を護る形で停車し、残る2台が先行してハルダウン…前屈姿勢で停車。

『霧島21よりカク、カク、戦闘照準、対掩体射撃。弾種、多目的対戦車榴弾!』

『後ろのちっこいの、外いると危ないぞ!』

山岡が車内に飛び込むと同時に、3門の120ミリ滑腔砲が火を噴いた。
屋上から爆炎と共に人影が巻き上げられ、回転しながら落ちていく。途中で腕が1本、体から離れていった。
3発、4発、北棟が成型炸薬弾で綺麗に壁が吹き飛ばされ骨組みだけになっていく。キャビン内に強烈な戦車の砲声が反響し耳がバカになりかけてる。
5発、6発、東棟は3階と2階が崩落、1階部分から激しい火の手が上がった。
7発、8発、弾薬集積所に命中したらしい、管理棟が大爆発を起こした。

『撃ち方止め!』

砲撃が止み爆風が収まると、山岡は注意深く装甲車の外に出た。
未だ耳鳴りがするが幾分マシにまで回復していた。立ち込める硝煙と降り注ぐ土砂のカーテンが収まると、観測所は基礎部分を残し跡形もなく消え去っていた。

沖縄県気象台国端新島出張所は、1度もその使命を果たすこと無く灰塵と帰したのである。

「終わった…」

脱力して座り込む山岡が、上官達の安否を確かめようと装甲車を振り返ると、急行してくる高機動車の姿が目に写った。



[30781] AM10:45  −驚愕−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:72662a15
Date: 2011/12/07 01:35
1日目−午前10時45分・中央地区上空。F-2C(コールサイン雷電01)。


「何てこった、くそ!」

赤松三佐は珍しく狼狽した。
雲に突入した瞬間、HUDが滅茶苦茶な情報を表示し始めたのだ。自機の傾斜角度を示す水平バーがぐるぐる回転し、高度と速度を表示するパラメーターが測定不能のエラーメッセージを灯しレーダーはホワイトアウト。追尾していた【2騎】は完全にロストした。

さて困った。この情報が事実であれば、目下機は錐揉みで状態で墜落中と言う事になる。
しかしエンジンは正常、Gも一定、少なくとも今は普通に飛んでいる。

人の感覚などGの前では容易く狂わされる。
勘より計器を信じろ――

航空学生時代、散々教官から叩き込まれた事だが、これでは勝負にならない。
視界は0。自機の状況を確認する術はなかった。

突然雲海が開けた。
同時に全システムが回復し、赤松は小さく息をついた。
降下率15度、やや右翼に傾斜。高度5000フィートで大気速度750ノット…衝突警報!
弾かれたように視線を上げ、絶叫した。

彼の目前には、高空の蒼穹ではなく青々と繁る【大地】が迫っていた。


同時刻・東地区七番遁道。


「何てこった…」

楊は資材置場を埋め尽くす各種爆破機材を前に、ただ狼狽えるしかなかった。

「これはどういう事だ!?」

転進監督指揮官の少校(少佐)に詰め寄られるが、そんなコトは逆に自分が聞きたいぐらいだ。

転進指揮所で今後の作業命令と発火具を受領して戻ってきてみれば何やら部下が騒がしい。部下達を問い詰めてみればこの事態である。
彼らによれば異変に気付いたのは楊が出ていってから直ぐ、資材置場から複数の気配と話し声がするので、覗いてみれば、天井一杯まで各作業現場より消えた爆薬や導火線等が積み重なっていたとの事。

その結果、ただでさえ転進作業が遅れているうえ、名前だけの指揮官という立場に不満が積み重なっていた少校は、怒りの矛先を楊にぶつけだした。

「どうやって盗み出した!?」

想像通り窃盗嫌疑を掛けられた。報告した事を心底後悔し、しらばっくれて埋めてしまえば良かった。

「いや、自分にもサッパリでありマス…」

遂に少校が爆発した。

「貴様等全員を逮捕する!」

後ろに控えていた衛兵が進み出た。楊以下、作業班の面々は銃殺されると浮き足立った。

「……待って頂けませんか?」

いつの間に紛れ込んだのか、白中尉が衛兵を押し止めた。衛兵達は白中尉の姿を認めると弾かれたように直立した。
少校はそれが面白くないのか「邪魔をするな」と白中尉に噛みつくが、白は意に介さない。

「今はこれ等を各現場に手配するのが先です。それに5分前に私もここを訪れましたが、その時は何もありませんでした」

それは本当だった。爆破作業の進捗具合を見にやって来たが、入れ違いに楊が指揮所に向かったと聞き、白も後を追い指揮所に向かったが、そこでもまた入れ違いになったのだ。

「中尉。余計な庇い立ては身の為になら無いぞ?」

苦し紛れの少校の言葉に、トンネル内の空気が凍りついた。白中尉が凄まじい殺気を放ち始めたからだ。
白中尉が絶対零度の言葉をを吐いた。

「私が不穏分子を生かしておくとでも?」

流石に少校もただならぬ気迫を察知し口をつぐんだ。楊も噂で聞き及んでいる程度だが、北朝鮮からの編入連中は前職の人民武力偵察局で美国(アメリカ)を初め日本や韓国を含む西側各国で非合法な対外工作に従事していたらしい。とくに白中尉はインターポールから国際指名手配されていて、彼は死よりも捕虜になるコトを恐れていると。

トンネル内を支配する気まずい沈黙は、伝令が駆け込んできた事で破られた。
伝令の若い兵士は資材置場に飛び込むな否や、敬礼もそこそこに白中尉に一枚の紙片を手渡した。

即座に殺気を引っ込めた白は、紙片に目を通すなり、手帳を取りだして新たな指示を書き留めた。
頁を破って伝令に渡す直前「読めるか?」と問い、伝令が文章をたどたどしく読み出したので「お前に伝令を任せた者か字が読める者に渡すんだぞ」と念を押した。

少校は自分ではなく白中尉に報告したのが気に入らないらしく、伝令に詰め寄ろうとしたが、白が静かに押し止めた。

「少校殿。こちらに来られることを、本部の誰かに知らせましたか?」

返す言葉に言い淀んだ少校に白は畳み掛けた。

「敵は観測所の占拠を諦めました、閉じ込められた偵察兵を助け出すのに右往左往していますが長くは持たないでしょう。この周辺にも特殊部隊が浸透し、上空の強撃機〈攻撃機〉を誘導しているようです」

強撃機と言う単語に色をなした少校は「ここは任せた!」と言い放つと、踵を返して出口に向かっていった。
少校が去ると、トンネル内の空気が一気に弛緩した。しかし、今度は白中尉が射るような鋭い視線を向けてきた。

「……何があった?」

一瞬息を飲む楊達だったが、白のそれは疑惑から来るものではなく、楊も腹をくくってをありのまま全て報告した。

横穴に足跡、中華鍋。白の気迫に誤魔化せる余裕など微塵も無く、やったとしても一瞬で見抜かれて射殺されそうだった。
今度は部下達も必死だ。訳が解らないのは自分達も同じだと口々に捲し立てた。

「その横穴って言うのはどれだ?」

白が楊達の必死な様子に思わず苦笑しながら尋ねた。

「コレです!!」

全員が一斉に指差した先にあるモノに、楊は目を剥いた。其処には見慣れた中華鍋が「立って」いた。

「……あるじゃないか?」

白中尉の指摘に慌てる楊。さっき迄確かに鍋はなかった。横穴の周囲に視線を走らせた。しかし置いた筈の煙草が、無い!?

パタリと鍋が倒れた。否、誰かが取り落としたのだ。そこには人の形をした誰かがいた。
身長は50センチ位で、子供とは違う完全な二頭身。白目の無い瞳に真っ白な肌に銀髪。革で出来ているらしい、ポケットが沢山付いた黒のベストを着ていた。性別はハッキリしないが多分男らしい。
【小人】は大勢が整列している部屋に迷い込んだ子供の様にペコリと一礼すると、脱兎のごとく横穴へ向け走り出した。

見かけに反したその素早さに、楊達は唖然として動けなかった。ただし、白を除いて。

電光石火で脇に吊るした拳銃を引き抜くと【小人】の足元目掛けて3発撃ち込んだ。【小人】は驚いて横穴から飛び退き、今度は壁沿いに沿って走り出した。
白はそのまま拳銃を撃ち続け、逃げ場のない隅へと追い立てていく。
白が弾倉を換えながら叫んだ。

「何してる、捕まえろ!」

大捕物が始まった。



同時刻・気象観測所跡地付近。第13普通科連隊、第3中隊指揮所。

「何てことだ…」

一等陸尉、原田房史は中隊付准尉(先任)より渡された死傷者のリストに愕然とした。
用紙の端まで名前が延々と続き、更に「裏面にもあります」と耳打ちされたときは、思わず崩れ落ちそうになった。

犠牲者の大半は機動部隊からだった。
第15師団から配属された重装甲機動車のドライバー2人と平田三曹以下、下車戦闘要員全員が戦死。指揮官の後田三尉も危篤状態だ。
救出された斥候班も全員が戦闘不可の重症、救出部隊からも2名の戦死者と重軽傷が10名以上、演習ならば全滅と判定される数字だった。

原田一尉は大卒の一般幹部候補生上がりで、幹部任官以来ずっと情報畑を歩んできた。
第3中隊を指揮する前は青森の第9師団司令部で情報幹部を務め、第13普通科連隊で初の中隊長職を拝命した。
着任以来1年と9ヶ月、試行錯誤はあったが古参若年問わず隊員達と腹を割って付き合い、部下達の信頼を勝ち取っきたつもりだった。

「残念です」

先任が通信陸曹より新たな戦死者名簿を受け取り、原田に差し出した。
擲弾の破片を全身に浴びた後田三尉が、ヘリで野戦救護所に向かう途中、息を引き取ったとの知らせだった。後田三尉は最後まで意識があり、皆必ず助かると思っていただけにショックだった。
原田の脳裏に、毎朝朝礼で部下達に英会話ワンポイントレッスンを披露する新米幹部の姿が浮かんだ。

原田が各小隊長を集め、部隊の再編成を調整していると、国道3号線の方からお祭り騒ぎが聞こえてきた。
何事かと視線を向けると、国道3号線を進む装甲車やトラックの荷台で何やら隊員達が大喜びで騒いでいる。奄美大島で待機していた主攻の機動予備部隊だ。

信務員が解読済暗号指令書を持って駆け付けた。内容は停戦発効による戦闘停止指令だった。
喜ぶべき筈なのだが、原田以下その場にいた幹部達の間には例えようの無い怒りが沸いていた。
この通達があと30分早ければ、後田三尉達は死なずに済んだかもしれないのだ。

そんな指揮官達の思いを他所に、3号線のお祭り騒ぎはエスカレートしていき、ハイロウズの名曲「日曜日からの使者」の大合唱が始まった。
とても喜ぶ気にはなれない第3中隊の隊員達は、国道を無感動に眺めていた。

「そう言えば、今日は日曜でしたな」

先任が無味乾燥に呟いた。このベテラン准尉は、戦争さえなければ先月で定年を迎え、第2の人生を歩んでいる筈だった。
原田はやり場の無い怒りを抑え、皆の暗転した思考を幹部らしい言葉で切り替えさせた。

「彼等は我々が来る前からこの島で戦い続けていた。我々が今成すべき事をやろう」

各小隊長が散っていくなか、指令書の最後に「第3中隊より人員4名を警備部隊に差し出せ」とあった。
慌てて原田は、たまたま近くにあった幅広の背中を捕まえた。それは戦死した後田三尉の後を引き継ぎ、第2小隊長代理となった谷本一曹だった。


谷本は悩んでいた。
機動部隊と斥候班で大損害を受けた第2小隊は、本部預かりの予備隊となり再編成の傍ら、負傷者の後送と破壊された装甲車の回収作業当たっていた。(北中国兵の遺体埋葬は、さすがに本部班が担当した。)
少数のベテラン陸曹が叱咤し、若い陸士を奮い立たせてはいるが、小隊長以下多くの仲間を喪ったショックから未だ立ち直っていない者が多い。
負傷者の手当てと搬送を手伝う若い隊員の顔色を伺い、芯が折れていない戦える者を探すが、皆一様に顔を青ざめさせていた。

どこかで誰かを激しく叱責する声がした。
矢岳二曹が志水に「銃撃の真っ只中に後先考えず飛び込むとは何事だ」と責めていた。
自分も後田三尉の危機に弾雨の中を駆けだしたクセにと苦笑したが、それは援護射撃があってのこと。
志水が慕う斎藤を思っての行動かもしれないが、あの観測所での短距離走は自殺行為以外何物でもなかった。
激しい叱責に晒されながらも、志水の目には揺るぎない闘志を見た。

1人決まった。残り3人。

最低1人は組長動作ができて、ある程度腕が立つ奴。
谷本が小隊の運用低下を覚悟で、ベテラン陸曹を引き抜こうかと思い詰めたとき、視界の先に回収された北中国軍の武器をオモチャにはしゃぐ火力支援班の面々がいた。

山岡は呆れていた。
火器陸曹から気象観測所跡地で回収された敵の武器を見張るよう命令された途端、大野と金突が山積みの中国製兵器を嬉々としていじくり回していた。
武器に全く興味がない山岡には、何が楽しいのかサッパリ理解できなかった。
少し遠巻きに2人と武器の山を眺めていたら、唐突に岡本が現れた。
彼は気配もなく笑顔で山岡の背後に立っていた。しかし目は笑っていない。
思わぬ小隊陸曹の来襲に慌てふためく3人に、谷本は笑顔のまま言い放った。

「どれか好きなの持っていっていいから、厄介な仕事を頼む」



[30781] AM10:45  −陣地変換−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:15d41486
Date: 2011/12/13 16:37
空域不明。10SQ(第10飛行隊)・雷電01。

エアブレーキオン、フルフラップ、急速上昇。

HUDのG数値が跳ね上がり、全身の血流が下半身に下がっていく。それを防ごうと耐Gスーツが下半身を締め上げるが、それでも意識が遠退いていく。
墜落死より脳溢血で死にそうだ。

衝突まで1300フィート。
駄目だ間に合わない!?―――ベイルアウトを覚悟した赤松は、射出ハンドルを掴んだ。

激突まで1092フィート。
奇跡が起こった。
HUDの水平バーが上向きに変わり、地表との距離が急速に離れていく。

赤松は十分高度を取ったと思い、水平飛行に移る前に高度を確認した。
フライトアシスト系航法システムは回復しつつあるが、ジャイロとGPSは未だ不調のまま、高度計は8000フィートを示しレーダーディスプレイも地表ではなく飛行中の巨大な障害物だと言い張っていた。

システム故障と判断しVR(有視界飛行)に移る。
慎重に高度を下げ、国端富士を探した。
確か最後の交戦空域はアルカディアの中央地区上空だった筈、国端富士を基点におおよその位置は判特定できる。

しかし国端富士は無かった。

赤松も流石に焦り始めた。知らぬ間に海を越えたらしい。チャートを引っ張り出して速度と飛行時間を概算し、予想飛行圏内で全周10キロ前後の島を探した。

東シナ海を越えたのか?

2回計算し直したが該当するサイズの島は見当たらず、最悪の事態が現実味を帯び始めた。

レーダーを探査モードにシフトし、注意を地上に向けた。
周囲は視程10キロ程度の霧に囲まれ、地表以外見える物がない。
草原一色…いや、一部岩肌が見えるが地形は平坦そのものだった。

「雷電01より富嶽27、応答せよ」

不安を押し殺しAWACSに呼び掛けたがレシーバーからは虚しい空電しか返ってこない。

レーダー警戒装置からメッセージ、全周より未確認機複数捕捉。
慌ててディスプレイに目をやると、四角形のシンボルマークが12個、中心の自機シンボルに向け群がってくる。

統合電子戦システムが不明機の電波輻射パターンから機種の洗い出しを始めた。その間にも続々と機数は増え続けている。

検索完了。
HUDの自機シンボルを取り囲む四角形が一斉に三角形、すなわち〈敵機〉に変化。機種は不明、数分前に当機との交戦記録あり。

……冗談だろ?


同時刻・東地区南端【第1警戒陣地】付近。


「冗談でしょ!?」

一等陸士志水仁は、両腕にのし掛かる重機関銃の凶悪な重量に悲鳴をあげた。

矢岳二曹の説教の途中、小隊陸曹がいきなり現れ、志水に火力支援班への編入を告げるなり、そのまま国道を走るトラックに詰め込まれた。

機動予備部隊の車列はお祭り騒ぎで、最初は何事かといぶかしんだが、事情を察すると納得した。
しかし激戦の末、多くの仲間と教育係の斎藤が負傷後送処置となった志水は喜ぶ気にはならず、嬉々としてコーラスに加わる2人の陸士長と、それに冷ややかな視線を送る友人に挟まれた山岡が居心地が悪そうに縮こまっていた。

志水は18歳の一般曹候補生。3歳下の弟と6歳下の妹の3人兄弟の長男として生まれた。
有名進学校出身で大学進学を目指していたが、高校三年の夏に父が失業。
諸事情から奨学金制度を受けられず、進学を諦め働き口を探していたとき、自衛官だった叔父に自衛隊を勧められた。
彼は、無理をする必要はないと諭す家族に決然と意思を伝え、父と母、兄弟のためにも早く大人になることを選んだ。

自衛隊での生活は予想通り厳しいものだったが、学生時代に登山部で培った体力と、彼の教育係りの斎藤士長が聡明な人格だったのが幸いし、今までなんとか切り抜けてきた。

斎藤は人を見る観察眼と、それをネタにしたブラックユーモアの持ち主で、勤務優秀隊員と評される青年だった。
結婚したい恋人がいて、任期が終わったら除隊して地元に帰ると言っていたが、中隊先任は自衛隊に残るよう説得を続けていた。


火力支援班一行は、途中県道60号線第246号交差路に下ろされ【第90前進小哨】に配属となった。
この【第90前進小哨】は国端富士への交通要衝であり、この小哨地区も元は北中国軍の警戒陣地であった。
それが一昨日に日本側に奪取され、中央地区進攻の矯頭堡として重要戦略地域と目されていた。故に半ば本隊より独立し、他の警戒線より敵陣に深く食い込んでいた。

指揮本部に申告がてら問題が起きた。
陣地を担当する普通科大隊の准尉が、400メートル先の前哨陣地まで重機関銃を三脚架付で運ぶよう命じてきたのだ。

50口径M2重機関銃は1933年の開発以来、大した改良を加えられる事もなく西側各国の軍隊で第一線で使用されている傑作機関銃だ。しかし頼りになる反面、重量は三脚を含めると50キロ近くに及ぶ。
大野が分解搬送にしてくれと具申したが聞き入れてもらえず、諦めた4人は一番背の低い山岡を弾薬手にすると、三脚の端に付いてヨイコラショと持ち上げた。

重機を分解せずに搬送するのは、短距離か戦闘中のためのもので、3人の背丈が揃ってないと1人に過重がかかってしまい、長くは持ってはいられない。折悪しく志水を加えた火力支援班は、178センチの金突筆頭に154センチの山岡に至るまで見事背丈がバラバラだった。
両腕にのし掛かる思いがけない重さに、志水がくいしばった歯の間から悲鳴をあげた。

「さあ、兵隊駆け足!急げ!」

准尉がその様子を面白がり要らぬ発破をけしかけ、思わず「畜生」と舌打ちがもれた。
それを聞き及んだ准尉が眉毛を跳ね挙げたが、上官の怒りを察知した大野が間髪置かず「独立重機関銃隊、前へ!」と、准尉が何か言う前に全速力で走り出した。
山岡は背後で准尉の怒鳴り声を聞いたが「縁起が悪いだろ」との周囲の大爆笑に上手く掻き消されてたので、聞かなかったことにした。

本部との間には50メートル幅の灌木林があり、大野は林の中へ一直線に走り込んだ。
重機関銃に各々の武器の重量が加わり、全員が大汗をかきながら荒い息を吐いた。金突が「あまり走るな」と文句を言ってきた。

山岡は10キロある弾薬箱を2つ提げ、更に2人の陸士長が持ち出した滷獲武器を押し付けられたものだからたまらない。
しかし大野は誰にも見つからないであろう地点で不意に停止を命じた。

「分隊銃下ろせ、ここからはバラしてくぞ」

突然の命令無視宣言に山岡と志水は戸惑った。

「チンタラ歩いてるのを見られて文句言われても面白くないだろ?こんなアホみたいなコト、真面目にやれるか」

それでも躊躇う2人の新兵に、大野はやれやれと畳み掛けた。

「大丈夫だ、叱られるのは俺が引き受けるよ。さあ分解搬送用意、銃身部外せ!」

そこまで言うならと志水が銃身に取り付いたが「えーと…」と言ったきり、固まってしまった。槓悍を銃身の解除位置まで引ききった金突がその様子に声をかけた。

「ん?バラしかた知らないのか?」

「はい」

きまりが悪そうにしている友人に代わり、山岡が銃身の提げ手(キャリングハンドル)を持って左回しに引き抜いた。
山岡とは部隊勤務の点で体育学校に行っていた分、自分とは半年近いキャリアの差がある筈なのに、何故彼が重機関銃の取扱いを知っているのか不思議だった。銃身を大野、機関部が金突、三脚を志水が持った。

一行は灌木林を抜け、道無き道をてくてく歩くこと数10分。いきなり何処からか誰何された。

「止まれ、誰か!?」

「第17普連、3中隊大野士長他3名!」

と、銃身を担いだ大野が声を張り上げると、前方のボサから陸曹が出てきた。

「連絡のあった連中だな、ここは分哨でこっから先は前線だ。本哨に案内するからついてこい」

陸曹の案内で少し引き返したところに畳七畳分ほどの空き地があり、その中央に偽装された掩体壕がポツンと掘ってあった。

「組長だけ同行せよ。他はここで待機していてくれ」

残された3人は壕の縁に三脚を据えて機関銃を組み立てた。と言っても志水はやり方を知らないので、主に金突と山岡の2人作業だった。

壕は2メートル程の縦溝に横穴が掘られて退避所が設けられており、3人は機関銃を組み終わると、弾薬と装備を退避所に下ろし、交代で壕から頭を出して見張りを立てた。
見張りの一番手は金突が名乗りあげ、重機搬送で息も絶え絶えで恐縮する新兵達に「気にせず休んでいろ!」と命じた。

壕の中はカンカン照りの日射しの中、天蓋(屋根)に張られた偽装網が程よく日陰となり、なかなか快適だった。
余裕が出てきたので、志水がさっきの疑問を山岡にぶつけた。

「『お前の半年の空白を埋める』って、2人にしょっちゅう武器庫に連れてかれてね。撃ったことないけど拳銃から迫撃砲まで分解結合と射撃動作は全部できるよ」

斎藤は服務を中心に、自分を手本にさせる形で志水に隊務を仕込んでいたが、大野は技術の継承という形で山岡に臨んでいるらしい。
実のところ、志水は山岡が心配でならなかった。
火力支援班の組長であり山岡の教育係でもある大野は、斎藤に比べてあらゆる面で見劣りしていたからだ。
大野は食い意地が張っていて、どこでも眠るし要領が凄く悪い。しかし射撃に関しては全自衛隊射撃競技会第3位の成績保持者で、狙撃教導隊と体育学校との大野を巡る争奪戦の逸話は有名だった。
中隊に1人はいる典型的な射撃馬鹿―――これが志水の評価だった。

しかし考えてみたら斎藤とマンツーマンの自分と違い、山岡には金突という事実上【助教】がついている。
ただし営内服務は2人してしっちゃかめっちゃかで、要領よくズボラのかき方を山岡に伝授しようとして失敗。「余計な事を教えるな!」と、2人揃って小山二曹より【トールハンマー】を頂戴していた。

「戦争終わったらお前も使い方を教えてやるよ、いいだろ閣下?」

突然頭上から大野の声が降ってきた。彼はいつの間にか掩体壕の縁に立っていた。

「許可する。斎藤も糸山さんも暫く帰ってこれなさそうだし、曹学のお前さんをそれまで放置は可愛そうだからな」

志水も内心それも良いかもと思った。採用枠は違うが同期で気心の知れた山岡と一緒の方が安心する。山岡も敬語を使わないで済む相手と一緒になれて嬉しそうだった。

本哨からの説明だと、この陣地は停戦発効と同時に戦略価値は低くなり、現在小哨を一般警戒線まで下げるか協議中で、よって火力支援班の出番は無く、別命あるまで待機とのこと。
一番近い味方は、丘を挟んで北に50メートル行った県道沿いに前哨点(2人用のタコツボ)が1つ。
特別守則として、1時間前にCRFの施設が第2交差路地雷閉塞作業のため前哨点を抜けていき、帰還予定は3時間後。
そして重機関銃の件は、やはり停戦で出番がなくなった准尉による嫌がらせだったとのこと。

一通り大野の説明が終わると、おもむろに金突が立ち上がった。

「ステイ…」

大野が神妙に折り敷いた。

「ステーイ…」

一瞬、2人の間で空気が張り詰めた。

「ハウス!」

次にブリーダーよろしく、横穴をさして大野に命じた。大野はソソクさと横穴に入り込むが、スグに「コラー!」叫んで出てきた。
その様子に尊大にふんぞり返って高笑いする金突。
2人の新兵は唐突に始まった古参のコントにどう反応して良いか分からず、互いに顔を見合せた。

少しして山岡は肩を落として苦笑いし、志水は友人に深い同情の視線を送った。

迫撃砲班伝令、片山卓陸士長は壕の中に入り込んだ4人を見かけた。
実のところあれは掩体壕ではなく、北中国軍が死体置き場に掘ったものだだった。
発見されたとき砲撃にやられたと思われる【およそ】6体の遺体が並べてあったが、奇妙なことに、この酷暑で腐敗も虫も沸かず綺麗な状態だった。
しかし遺体を豪から運び出した瞬間、一気に腐敗が進み白骨化してしまった。
以来、気味悪がってこの壕には誰も近寄らず、忘れられた存在となっていた。

小柄の陸士がボサを引き抜いて機関銃に偽装を施した。古参らしき2人の士長は出番がないと見て昼寝を決め込むつもりらしい。片山は何も知らない助っ人4人に同情の視線を送った。



[30781] AM11:05 −スタンド・オフ−
Name: ブラボー6◆5808edae ID:53841bb4
Date: 2011/12/28 20:03
1日目―午前11時05分。空域不明・F-2C(雷電01)


フットバーを蹴り付け、右横転で撃ち下ろされる火球の斉射を避けた。機体上面と土手っ腹ギリギリを、挟み込むように火の玉が掠め去っていく。

S字スプリットで射線から逃れ、上昇に移るがまたもレーダー警報が鳴り響く。今度は低空から12発もの火球が撃ち上げられてきた。敵もコツを掴んできたのか、火球の炸裂距離が段々と近づいてきている。ギリギリ全弾機体を掠め、300メートル手前の宙空で一斉に自爆した。

火球の衝撃波に翻弄されながらも、バランスを回復させたF-2Cに、周囲を編隊を組んで旋回する【敵騎】の壁が迫る。【敵騎】の首が旋回半径内の支援戦闘機に一斉に向けられた。

赤松はレーダー警報の大合唱に舌打ちし、ハイスピードバンクで右旋回。Gに耐えつつ機首を上げれば、今度は3騎編隊×4、12騎のドラゴンが顋を開いて待ち構えいた。

レーダーコンタクトの直後、赤松は高度を取る間も無くドラゴンの大部隊に取り囲まれ、空と地表との間で狩り立てられていた。

獲物を取り囲んで退路を断ち、上下で挟み撃ちにする。これが〈敵〉の戦術らしい、完全に頭を押さえられてしまった。いくら低速操縦性に性に優れたF-2Cといえど、四囲を囲まれ、超音速のアドバンテージを数で塞がれてしまっては手も足も出なかった。

高度がぐんぐん落ちていく―――このままでは撃墜される。

J/APG-2レーダーの処理能力を超えた数の敵シンボルマークが入り乱れるHUDを睨み、脱出の可能性を必死に探しながら、いつか見たドキュメンタリー番組を思いだした。

敵の有機性レーダー波はイルカや蝙蝠などが放つ、反響測定用高周波の特大版のはずだ。ならば【敵騎】が手の込んだ対電子防御機能を備えているとは思えない。さっきから逆探知装置が受信している電波周波数も、多少個体差はあるが一種類だけだ。そして、胴体下部にはAN/ALQ-99TJS(戦術ジャミングシステム)ポッドを装備している…赤松は口許に獰猛な笑みを浮かべた。

空中衝突の危険があったが意を決して機首を起こし、アフターバーナーに点火した。下方の編隊が一斉に首を回しF-2Cを狙いすました。脅威予測対抗システムが、パイロットに視覚と音声で回避行動を求め喚き散らす。しかし位置測定の断続波が照準固定の連続波に変わるまで、胃を締め付ける恐怖に耐えなければならない。

警報ブザーがレーダー照射を報せる短音から、ロック・オンされた事を示す長音に変わった。

「今だ!」

赤松は機体をロールさせながらIRジャマーとチャフ・カートリッジを同時に射出した。胴体のディスペンサーからアルミコーティングのグラスファイバー片が打ち出され、金属の雲を形成し低空のドラゴン編隊の〈ロック・オン〉を一手に引き付けた。

一方、2200カンデラの光を放ち降り注ぐフレアーを反撃と誤認した【敵騎編隊】は、チャフの雲へ火球を闇雲に撃ち放つと散開して回避行動を始めた。

6時方向からのロック・オンが全て消え、後ろを気にする必要が無くなった。一方上空では12騎のドラゴンが進路を遮るかたちで集合し始めた。

赤松はAR(逆探装置)が敵性電波を関知するなり、統合電子戦システムのEW(電子攻撃)モードを立ち上げた。周波数をドラゴンの照準波に合わせ、フルパワーで発信。妨害電波でF-2Cの正確な位置が分からなくなったドラゴン編隊は、トライアングルフォーメーションの頂点、【隊長騎】の号令の元、蒼白い光を放つ長槍を抜き放ち、一斉にダイブして反航戦を挑んできた。

敵ながら素早い決断に感心しつつ、赤松は最後の一手に出た。空対空モード、中距離射程ミサイルスタンバイ。

HUDにAIM-7未装備のため動作不可と表示されるが、コンソールに【訓練】と打ち込み、強引にミサイルソルダート(ミサイル誘導優先)モードで照準レーダー波を浴びせかけた。HUD内の12騎全てにこけ脅しのロックオン・サインを刻んだ瞬間、先頭の【隊長騎】が両手を上下に振るなり、編隊がパッと四方に散開した。

ある種類の蛾には、天敵の蝙蝠が発する超音波を感知する機能を持つ。蛾は特殊な構造の鼓膜をもち、蝙蝠の捜索用超音波を探知すると、身を翻して逃げるのだ。イルカや鯨にも同じ機能があると言う。ならばドラゴンにも逆探装置に相当する器官がある筈と踏んだのだが…案の定、というより想像以上の効果であった。同時に複数騎をロックオンされたのに動揺し、傍目にも必死に回避機動を取っているのが分かる。このまま無事包囲網を抜けられるかに思えた。

接近警報、ボギーズ・ヘッドオン!

【1騎】だけ回避行動を取ることなく突っ込んできた。【列騎】と思われるドラゴンが追いすがり制止しているようだが、相棒は構わず長槍を振りかざした。

似たような奴は何処にでもいるんだな…。

【敵騎】との接触まで4秒、遂に【列騎】が説得を諦め離脱した。HUD内のロックオンサインが明滅して消え、自動的にガン・モードに移行した。中射程ミサイルの最小射程(ミニマムレンジ)を過ぎたのだ。

ただ包囲を突破できれば良いと考えている赤松は、危険を犯してまで【敵騎】に機関砲の軸線を合わせようと思わなかった。ボアサイトモード(目視照準)で【敵騎】を掠める程度にトリガーを引く。5発に1発の割合で含まれる曳光弾が、毎分1000発の発射速度で一筋の赤い火線となって撃ち出された。目標の傍を掠め【敵騎】はロールを打って射線から逃れていく。

直後、敵があり得ない行動に出た。クラダーが長槍片手に【乗騎】から飛び降りたのだ!驚愕に固まるパイロットを他所に、主人を失ったドラゴンは翼をすぼめ、F-2Cの脇を猛スピードですり抜けて行く。

それに気を取られた赤松の反応が遅れた。一際光を放つ長槍を振りかざし、コクピットに迫るクラダー。咄嗟にインテイクへ吸い込みを避けるため、スロットルを絞り、トリムスイッチで機体を横滑りさせた。

間一髪、キャノピーへの直撃を避けた1000分の1秒、風防越しにクラダーと目が合った。男…だったと思う。複葉機時代のような古風なデザインのゴーグルに必要最低限の軽量そうな甲冑を着込み、長い銀髪を後ろで纏め、左頬からこめかみにかけて三日月を連ねた様な赤い入れ墨。何故か肩当てが深紅にあしらわれていた。

おおよそ高度1万フィートを飛び回る出で立ちではないが、逆に相手もジェットヘルメットに酸素マスク姿の赤松に驚いていた。

機体に衝撃、HUDに油圧トラブルを示す警告ランプが明滅しはじめた。

最初はクラダーが垂直尾翼にでもブチ当たったかと思った。赤松がシート越しに首をねじ曲げると、胴体中央の各種点検パネル部分から棒が生えているのが見えた。クラダーは置き土産に槍を機体に突き立て、油圧系統の1つを潰したのだ。ギョッとしながらも油圧を緊急系統に切り替えると警報は収まり、各システムは正常通り機能を取り戻した。あと数センチずれていたらコンフォーマルタンクをやられているところだった。

とにかく命を懸けたクラダーの一撃は徒労に終わった。気が進まないが、バックミラーでクラダーの姿を探した凍りついた。

クラダーは背中からドラゴンと同じ翼を広げ、優雅に空中を旋回していたのだ。一瞬、パラシュートのような緊急脱出装置の一種かと合理的な考えが浮かんだが、時折翼が羽ばたくのを見て、その考えは間違いだとわかった。クラダーはそのままゆっくりと浮揚すると、下で待ち受けていた【乗騎】に華麗にタッチダウンを決めた。

赤松の理性が限界を超えた。何事か喚き散らし、スロットル全開で眼前の雲海へと突入した。再び往路と同じく航法ナビゲーションシステムがエラーメッセージを表示したが、上昇角度を感覚で保ち、最大速度で飛ばし続けた。とにかくこんな訳の分からない所から一秒でも早く離れたかった。

唐突に雲が切れ、蒼窮の空に眩しい太陽光がバイザーに射し込んだ。

途端、航法システムが回復し、鳴り響く失速警報で赤松は我に返った。いつの間にか上昇限度に迫っていた。エンジン出力を絞り【追跡騎】を警戒してややバンク気味に水平飛行に移った。【敵騎】は追ってこなかった。

思い出したように無線機のチャンネルをオープン、途端AWACSの泣かんばかりの呼び掛けが飛び込んできた。

『…こちら富嶽27、雷電01応答せよ。貴機のプリップレーダーに映らぬ。受信しているならば方位0−0−9へ旋回せよ。雷電01、こちら富嶽27、緊急周波数(ガードチャンネル)で貴機に呼び掛けている。聞こえているならチャンネルシルバーで応答せよ。繰り返す…』



同時刻・国端新島西海岸・15DPC(第15師団司令部)

「なんですかそれは!?」

指揮所天幕に田中陸将の怒声が響き渡る。天幕入口に立つ立哨が驚き思わず振り替えった。普段は穏和だが作戦指揮は冷徹。彼は師団長の怒鳴り声など、今まで聞いたことがなかった。

発端は海外メディアの【誤爆報道】直後、統幕議長からの直通電話が始まりだった。「那覇基地の全FS飛行隊の飛行停止」確かに墜落事故では原因の解明まで同機種の飛行停止はあるが、それは平時の判断だ。現場を扱う田中にとって承服できない命令だったが、総理命令では彼も従ざるをえなかった。

時の大口稔政権(当時)は、震災に次ぐ騒乱からの復興特需に陰りが見え、新たな経済政策も打ち出せず、次期総裁選挙での危機感を募らせていた。そこで極東情勢の不安定化を挙げ、対策として武器輸出規制を緩和し、防衛産業の活性化と世界の武器市場への新規参入を政治公約に掲げていたのである。故に日本側が領土問題で稀に見る強硬策を打ち出した理由の1つとされていた。

この時、内閣は既に北中国首脳との予備交渉に入っており、全世界がアジアの戦争の行く末を注視するなか、午後には戦後の青写真を世界に配信する筈だった。そこへ【誤爆報道】である。総理以下、政策スタッフの間に激震が走り、野党と外務省からの突き上げもあり、飛行禁止処置は最高司令官名義で異例の早さで申し入れられた。

ただちに航空調整官の間垣幸三一等空佐が、師団航空統制所と航空支援業務隊本部との間を奔走し、自衛隊の潔白を証明したが、既に内閣は戦闘の動向に関心が向いていなかった。【報道誤り】の報告は短時間で総理に伝えられたが、肝心な【命令解除】を忘れるというあり得ない事態が発生したのだ。

「防衛大臣は何と言っているんですか!?」

『担当次官が【あと1時間で戦争は終わりだから急を要さない報告は寄越すな】と取り合わないんだ。危機管理センターに何度もFAXを送っているがなんの反応もない』


「馬鹿な!?【まだ1時間】です!それに停戦であって戦争が終わった訳じゃない!敵はまだ十分な戦力を維持しています、何がどう転ぶか分からないんですよ!」

実戦を知っている指揮官たちは足枷を外さんと必死にあがらう。何だって今ごろになって口を挟みやがる!?

『そんなことは分かってる!今から俺は官邸に乗り込んで大臣に直談判に行く!』

「頼みます部屋長、ラマダンの悲劇の再現は御免です!」

『任せろ、田中2号生』

お互いを防衛大時代の肩書きで呼び合い、高級指揮官は受話器を置いた。

後の検証で、防衛省より再三命令解除の是非が官邸に寄せられたが、元公認会計士出身という経歴の総理には自衛隊の指揮系統について理解が足りなかったと見え、肝心な命令権者はそのまま実務者会議の準備に没頭してしまったとある。当時官邸には終戦ムードが漂い【飛行禁止解除指示伺い】は危機管理センターの片隅へ追いやられてしまったのだ。

後にこれが大惨事に繋がると知らずに…。


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