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[30379] My Grandmother's Clock [デバイス物語・空白期] (魔法娼婦リリカルセイン)
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/29 11:20
初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。

 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナルキャラが主役級の働きをします。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 ここの掲示板にある【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編]はこの話の無印編で、
 【完結】Die Geschichte von Seelen der Wolken[デバイス物語 A'S編]がA'S編となっており、本作は空白期にあたります。
 あと、A'S編の過去編が、【完結】夜天の物語 ~雲は果てなき夜天の魂~ [デバイス物語 過去編]として別スレにあります。

 また、本作品(無印、A'S、過去編含む)ではロードス島戦記のソードワールドノベルや、ワイルドアームズシリーズなどの設定や固有名詞を一部引用しています。そして、

    Dies iraeをはじめとした正田作品
    Liar Softのスチームパンクシリーズ
    からくりサーカス

 などの作品からもネタや設定を一部引用しており、そういったものが苦手な方は、お読みになられない方がいいと思います。


2011  11/3

 現在、完結編にあたるStSのプロットを練っており、原作においても無印、A'Sに比べてStSは異なる作風となっているので、混同しないように設定を基礎から組み上げ直しております。
 その一環として、StSの原作キャラの雰囲気をつかむために、ある意味で『習作』となるオリキャラを含めないStSのみの再構成作品を別に書いており、それが出来たらもう一つ、今度はオリキャラを混ぜて異なる形での『機動六課』を描いてみようと考えています。
 なので、リリカルなのはStrikerSを題材に、ssを書く上での、私の中での『土台』を組み上げるのと並行して、空白期を執筆する予定となるため、更新速度が遅くなると思います。手間はかかりますが、“デバイス物語”の完結編なので、StSで主題にすべきことは絞り込みたいと考えています。



 週に一回程度の更新か、もしくはもう少し遅くなると思いますが、読んでくださる方がいらっしゃれば、どうかよろしくお願いします。



[30379] “黄金の翼” 1話  陸士訓練校と恐怖の機械
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/01 12:00
My Grandmother's Clock


第一話   陸士訓練校と恐怖の機械




新歴66年 6月1日  ミッドチルダ中北部  クラナガン近郊  武装隊第四陸士訓練校



 「フェイトちゃーんっ」

 「あ、なのはっ」

 クラナガンを走るリニアレールから駅に降り立ち、第四陸士訓練校に向かう道において。

 入学生にしては幼い少女二人の姿があった。


 「おはよう、フェイトちゃん」

 「うん、おはよう、なのは」

 「いよいよ入学式だね、2か月前に進級したばかりだから、ちょっと変な感じだけど」

 クラナガンにおいては、12歳で中等学校に入学するコースが最も多く、異世界からの転入組や、異なる文化背景の出身者でもない限りは陸士学校には12~14歳で入学するのが一般的。

 現在、実家が第97管理外世界にあり、そちらの小学校にも籍を置く二人は間違いなく異世界組であり、特殊な入学経緯であることは事実であった。


 「あ、でも、私が修業資格を取った時もこんな感じだったかも」

 「そっか、ミッドチルダ育ちのフェイトちゃんは保護者の同意と、適格性が認められれば、8歳で資格とれるんだもんね」

 それはつまり、貧しい家庭が幼子を奉公に出すようなことがないための処置。

 プレシア・テスタロッサがそうであったように、親権が確立されており、子供に何かがあっても親の力ですぐに救済できる状況が整っており、その書類申請が認められて初めて10歳未満の就業許可は得られる。

 つまるところ、フェイトがジュエルシードを求めて駆けまわれた経緯には、彼女の個人能力よりも、時の庭園の経済力と管制機の根回し能力こそが重要であったりした。


 「はやての誕生日が6月4日で、10歳になるから、書類が送られる時間ロスを考えれば、ちょうどいい感じかな」

 正式に管理局で働き始める以上、給金が出るのは当然の話。

 とはいえ、海鳴の小学校との両立であるため、管理局員としてのIDこそ持つが、彼女の給金は現状において、普通に勤める場合の3分の1程度だったりする。

 これもまた、後見人の場合を含めた各家庭の経済状況を考慮して設定されるもので、大学などの授業料免除のシステムに近いものがある。


 「うーん、わたしも一応は働いてることになるんだけど、あまり実感わかないなあ」

 「正直、私も嘱託魔導師との違いがあんまりピンとこないんだ。一応、説明は受けたけどどうしても実感が………」

 「クロノ君やエイミィさんは、働いてる、って感じなんだけど………」

 「私達は、勉強させてもらってる、って感じだものね」

 未だ親や後見人の保護下にある子達に下手に大金を渡せば気後れしてしまうことや、“管理局の役に立たねばならない”という固定観念を植え付けてしまいかねないこと。

 それらを考慮し、およそ65年の時を経て、管理局において子供の局員は“いつ辞めてもOKな派遣局員”的な雰囲気が醸成されつつあった。

 特に、なのは、フェイト、はやてはアースラと縁が深かったためか、お手伝い感覚がなかなか抜けきらない。


 「そう考えると、去年のクリスマスからは、何だかあっという間だったなあ」

 「そうだね、小学校と、お仕事と、局の技能研修と、資格試験、色々忙しいしね」

 そういった経緯があり、今は共に10歳であるなのはとフェイトは、陸士訓練校で短期間とはいえ、カリキュラムを受ける。

 ここは1年間で陸士として育ち、現場で働くようになる候補生の学ぶ場所。

 夢を追う者もいれば、単純に就職条件が良いので選んだ者、魔法適性があったので深く考えず取りあえず入学した者も当然いる。

 彼らと触れ合い、自分達とほぼ同じ立場の“候補生”が何を思いどのように過ごしているか。


 「うん、でも、なんだか楽しいよ、こっちでもあっちでも、フェイトちゃんと一緒なのも嬉しいな」

 「私も、なのはと一緒だと、嬉しいよ」

 それを実感することが、管理局員として働くための最後の研修であった。






同刻  ミッドチルダ南部  アルトセイム地方  時の庭園


 『バルディッシュ、フェイトお嬢様の様子は如何です?』

 【落ち着いておられます】

 『ふむ、三か月の短期間、それも極めて特殊なカリキュラムとはいえ、親しい人達の下を離れての新たな寮生活に多少は気遅れされるかと考察しましたが、杞憂でしたか』

 【御友人の、高町なのは様の影響かと】

 『それはそうでしょうし、むしろ、それ以外の可能性が考えられません』

 武装隊第四陸士訓練校の入学式に臨もうとしているフェイトの隣には、レイジングハートを携えた高町なのはの姿がある。

 その状況は、“閃光の戦斧”バルディッシュから時の庭園の管制機までリアルタイムで送信されており、プライバシーも何もあったものではないが、彼らは人間ではないので問題ない。

 仮に問題を提起した所で、トールの持ち主は常にプレシア・テスタロッサであり、その機能は娘の携帯電話にGPSを付ける程度のものでしかないため、訴えることに意味はなかったりする。


 『第四陸士訓練校の学長、ファーン・コラード三佐は有名な方ですし、彼女の夫もまた、シルビア・マシンを使って下さった方です。何も心配はいらないでしょう』

 【その縁があったからこそ、貴方は我が主に第四陸士訓練校を勧められたのですね、トール】

 『まあ、そうなりますかね。彼女らの場合は地理的条件がミッドチルダの全寮制の学校ならばどこであろうと変わりませんから』

 ならば、人格データベースに情報が蓄積されている人物が学長を務める場所を選ぶのも、至極当然の話。

 提案はトールであり、リンディとクロノの了解を受け、二人は第四陸士訓練校へとやってきた次第。


 『それに、コラード三佐ならば、お二方の癖を矯正してくださるでしょう』

 【癖とは?】

 『“初見殺され”の特性です。相手に遠慮しすぎるか、全力全開かのデジタル的な戦力配分はそろそろ直さねばなりません。3か月の短期講習を終えれば、名実ともに管理局員となるわけですから』

 【確かに】

 『デジタルは我々デバイスの独壇場なのですから、人間である彼女らにはアナログ的な運用を身につけてもらいたいところなのですが』

 【マイスター・リニスの教育内容に誤りがあった、ということでしょうか?】

 『貴方は、そう考えますか?』

 【いいえ、しかし、厳密に否定できる材料に確信がありません】

 フェイトが幼い頃から共に在り、彼女への魔法教育を知るバルディッシュの考えるところでは、特に問題はなかった。

 しかし、実際にフェイトは初めての相手と戦う際に、遠慮し過ぎるか全力全開かの極端な性質を持ちつつある。


 『解は実に単純です。フェイトお嬢様と高町なのは様の共通項を比較すれば、自然と答えは出ましょう』

 【………あの特性は、魔法教育の積み重ねによって身についたものではなく、実戦によって身についたもの、と考えるべきでしょうか】

 『然り、二人の魔法教育には共通点はさほどありません。フェイトお嬢様にはリニスがつきっきりで教育にあたっていましたが、高町なのは様は、ユーノ・スクライア様を魔法の師としています』

 常に実演の形を取り、フォトンランサーやプラズマランサーなども、手取り足とり教えていたリニス。

 砲撃魔導師と結界魔導師と、完全にタイプが異なったため、魔法を組む際のイメージの固め方など、助言に徹することが多かったユーノ。


 【ですが、お二人が同じ特性を有しているならば】

 『互いに影響しあうことでついた癖、と考えられます』

 きっかけは、ジュエルシード。

 願いを叶える宝石を巡って二人は何度もぶつかり、その中で絆を育んだから。

 彼女らにとっての“魔法戦”の根源がそこにあり、だからこそ、相手を気遣い過ぎるか、全力全開かの両極端になるのであった。


 『もっとも、現在においては、クロノ・ハラオウン執務官がお二方の共通の師と言えますが、こちらは魔法の師というよりも、集団戦や戦術の師という方が正しい』

 【確かに、彼では矯正役には不向きかと】

 クロノは、ジュエルシード事件に縁があり過ぎる。

 彼との模擬戦では、ほぼ無意識のうちに“出会いの戦い”がイメージされるため、矯正の効果は見込めない。


 『ヴォルケンリッターの方々の場合、全力で挑んだ結果、敗北となりましたので、余計駄目です』

 【面目ありません】

 こっちの場合、ボロ負けの記憶か、鍋を理由にすっぽかされた記憶か、サゾドマ虫の記憶が浮かんでくるため、論外。

 思い返せば思い返す程、碌なことがなかったヴォルケンリッターとの戦いであった。


 『そういった経緯で、クイント・ナカジマ准陸尉にお願いしたこともあり、かなり良い結果は得られたのですが、彼女も多忙であるため、機会が少な過ぎました』

 【ですが、ゼスト・グランガイツ一等陸尉では、やはり無理ですね】

 ゼストの場合、全力全開で戦い、常にボロ負け。

 “初見殺され”どころか、“何回やっても倒せない”なので、これまた論外。


 『だからこその、ファーン・コラード三佐です。彼女の魔導師ランクはAA、しかし、現状のお二方に勝利することが出来る。そこにあるものを学びとれれば、更なる飛躍が望めましょう』

 【全力で、我が主をお支えします】

 『お願いしますよ、バルディッシュ。私は時の庭園から動けませんが、可能な限りサポート致しましょう』

 とまあ、デバイスの間でそんな会話もあり。

 レイジングハートとの間にも同様の会話が成され、なのはとフェイトは陸士学校で短期プログラムを開始した。

 結果―――





新歴66年 6月4日  ミッドチルダ中北部  クラナガン近郊  陸士候補生女子寮  PM6:07


 「ごめんなさい……生まれてきてごめんなさい……」

 「どうして、どうして生まれてきちゃったんだろう、わたし……」

 宛がわれた二人部屋に、2つのす巻きが転がっていた。

 毎度お馴染み、“なのは巻き”と“フェイト巻き”である。

 これらが発生するに至った理由は至極単純、ファーン・コラード校長に特別に模擬戦を行ってもらい、見事に完敗したためであった。

 レイジングハートとバルディッシュは必死に励まそうとしたが、ダウナーモードの二人には効果なし。

 かといって、クロノやリンディが近くにいるわけでもなく、頼れる人物もいないため、やはり―――


 『いかがすればよろしいでしょうか?』

 【やはり、こうなりましたか】

 時の庭園の老デバイスに、通信を開いた次第であった。


 『八神家にも相談に伺ったのですが、あいにくとリインフォース以外が留守でして』

 【確か、密猟犯の出現とその逮捕に出動なされていましたね。八神はやて様も小学4年生の身で、苦労をなされます】

 今は6月であり、小学校は夏休みではない。

 3か月の講習のうち、半分近くは夏休みに入り、その辺りは集中的にカリキュラムが詰まっているが、それまでの一ヶ月半は小学校の方は“休学”に近い扱いとなる。

 当然のごとく、その辺りの社会的な手続きはジュエルシード事件からおよそ1年を経て、いつの間にか管理外世界にまで網を伸ばしていた管制機の担当。

 簡単に言えば、1ヶ月半程海外で留学、というよりも国際的なボランティアスクールに行ってきます、という感じで捏造と賄賂を駆使したわけであるが、灰色の部分についてはお察しいただきたい。

 なお、リンディやクロノにとっては、その辺の面倒な手続きを全部管制機がやってくれるので、大助かりだったりするらしい。


 『学業の方は問題ないと窺っていますが』

 【それはそうでしょう、およそ小学生にとって重要なものは学力よりも、コミュニケーション能力。つまりは、社会で生きるということの処世術を学ぶことにあります】

 その点では、3か月間を陸士訓練校で過ごすことは、大きなプラスであろうとトールは予想する。

 実際、ミッドチルダの訓練校での短期講習は、短期の海外留学、もしくはホームスティと大差ないのだから。


 『しかし、この場合はどうすればよいのか………』

 【“なのは巻き”と“フェイト巻き”への対処に関しては、まだ貴方とレイジングハートの手に余りますか】

 『申し訳ありません』

 【いいえ、そう焦ることはありませんよ。お二方と同様、貴方達もゆっくりと成長してゆけばよいのです】

 『ですが、まずは対処をせねば』

 【それについてはご安心を、既に手は打ってあります】

 その瞬間―――


 ガチャン


 「―――――ッ!?」
 「ま、まさか………?」

 陸士訓練校の女子寮の部屋に。

 響き渡るはずのない、異音が…………



 『トール、私はデバイスに過ぎぬ身なのですが、なぜか“嫌な予感”という境地に至れるのではないかと』

 【素晴らしいですよバルディッシュ。私がその境地に至れたのは、稼働し始めてよりおよそ42年、リニスが私のための処刑場を築き上げてよりのことですから】


 ガチャン、ガチャン

 音は、徐々に大きくなっていく………


 『一つ、質問をよろしいでしょうか』

 【なんなりと】

 『感謝します。我が主と高町なのは様がいらっしゃるこの部屋は、陸士訓練校の女子寮の一室であると記録しております』

 【間違いありません】

 『二人部屋であり、二段ベッドが一つ、広さもおよそ8畳程と、一般的な陸士候補生が入る部屋と変わりないはずで、当然、室内にシャワー室なるものは付いておらず、各階に共同のシャワー室があったと』

 【その通りです。ただし、東棟の3階の端にあり、女性教職員棟に続く渡り廊下に面している、という地理条件を有します】

 『それは存じておりますが』

 【加え、近年ではミッドチルダの治安が良くなり、地上局員への待遇も良くなったこともあり、訓練校に入る生徒も増えつつあります。よって、使用頻度が少ない教職員用の浴場を生徒も使えるように、という案が浮上しております】

 『それは存じませんでした』

 というか、一般生徒が知る筈もない事柄だった。


 【ですので、現在空いていることが多い教職員用の浴場の一角に、“あるもの”が待機しております】


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 一般生徒である筈の一室へ、何かが歩くような音が近づいて来る………


 「気のせい、気のせい、だよね、フェイトちゃん………」
 「なのは、なのはぁ………」

 なのはの顔は青ざめ、フェイトに至っては最早半泣きであった。



 【そしてもう一つ、厳しい内容の訓練に疲れ果て、シャワーを浴びる気力もないまま眠ってしまう訓練生も初期の頃にはよく見られ、疲労回復の面や、筋肉の成長の面からも、これは好ましいことではありません】

 『訓練の後は、湯で身体をほぐし、しっかりと休息をとるべき、ということですね』

 【然り、ですが各部屋にシャワー室があるわけではなく、共同のシャワールームを使うかどうかは個人の意志ですし、わざわざ教師が入浴の世話をするわけにもいきません】

 『二人部屋は、一人で眠ってしまうことを防ぐための処置ですね』

 【然り、一人では億劫になる事柄も、二人でいればやらねばならないという意思が沸き立ちやすい、そうです。我々デバイスには馴染みはありませんが、つまりはそういうものらしい】

 『しかし、二人して動く気力がない場合もあり得る』

 【その通り、ちょうど、現在のフェイトお嬢様と高町なのは様がそれに当てはまります。故に、それを解消するための“試作品”を時の庭園より陸士訓練校へ提供したのです】

 『すなわち、それは』

 【自動洗浄マシーンです】



 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 そして、どういうわけか扉が開き。


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 なのはとフェイトにとっては、恐怖の記憶が呼び起こされ。


 『対象ヲ中ヘ格納シテクダサイ』

 なのはは逃げ出した!

 フェイトは逃げ出した!

 なのは巻きとフェイト巻きは光の速さで解除され、布団を巻いていたバインドなどは初めから存在しなかった如くに消え去っていた。。


 「逃げよう! フェイトちゃん!」
 「うん! なのは!」

 さらに、マッハに迫る程の速度でシャワールームに向かう準備を済ませ、早歩きの限界に挑むが如くに、部屋から去っていった。


 『……………』(バル)
 『……………』(レイハ)


 長く、大いなる沈黙の後。


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 何事もなかったかの如く、洗浄マシーンもまた、いずこかへ去っていった。


 【とまあ、このように、体力、及び気力の限界でシャワーを浴びることのできない訓練生を奮い立たせる起爆剤として、有用性が期待されています】

 『ひょっとして、既に犠牲者が?』

 【ええ、第一から第四までの各訓練校において、初日に訓練で足腰の立たなくなった者達、合計32人が餌食となっております。皆、疲れを癒し、身体的にはリラックス状態を取り戻しました、精神状態については保障できませんが】

 『何と哀れな………』

 『同感です……』

 同情という境地に至った、レイジングハートとバルディッシュ。

 デバイス達の人間心理学習も、着々と進んでいる模様である。


 【ただ、中には強者もおりました。第二陸士訓練校のヴァイス・グランセニック陸士候補生は、あえて洗浄マシーンを体験し、“詳しい感想を書きたいので参考に”という理由で借り出し、自前のバイクの洗浄に利用したそうです】

 この洗浄マシーンは、本来バイク用の洗浄機を改造したもの。

 故に、バイクを洗浄するのに適しているのは、自明の理であった。


 『何という………』

 『凄まじい男でしょうか………』

 【これも何かの縁ですので、彼には新型洗浄マシーンのモニターをお願いしようかと考えています。見返りに、試作品を提供するという条件で】

 これが、ヴァイス・グランセニックという男と、はやてを中心に機動六課にまで発展する人の輪、通称“ヤガミファミリーズ”との関係の始まりとなるのを、なのはとフェイトが知る由もない。

 サゾドマ虫が繋ぐ、人の絆があるように。

 洗浄マシーンが繋ぐ、人の絆もまた、ここにあった。


 ミッドチルダは今日も平和な模様。






ミッドチルダ  某所


 「ふむ、こんなものかな」

 ラボ内のとある場所にて、一人のマッドサイエンティストが、知り合いから送られてきた“コミュニケーション促進マシーン”をいじくっていた。


 「ドクター、そんなところで何をなさっているのですか?」

 そこに通りかかったのは、彼の半身でもある美人秘書のウーノさん。

 とあるモードに入っている時は、得体の知れない高次元の存在と化すこともある彼女だが、普段においては狂科学者な主の奇行に頭を悩ます苦労人である。


 「なに、友人から贈り物が届いてね。かつてのレリックや素体人形の礼ということなんだが、これがなかなかどうして素晴らしい」

 実に爽やかな笑顔を浮かべつつ、“贈り物”と肩を組むように立つ白衣の男。

 どう好意的に見ても、シュールな絵でしかなかった。


 「それの用途は、一体何なのでしょうか?」

 「せっかく集団洗浄のための温水洗浄施設を整えたのだが、コミュニケーションの場としてあまり使用されていないのは、君も知っているだろう、ウーノ」

 「はい」

 現在稼働中のナンバーズは、ウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、チンク、セイン、ディエチの7人。

 そのうちドゥーエは既に出張任務についているため、6人がラボ内で生活していることになるが、集団洗浄の機会はあまりなく、空いた時間に個々人がシャワーを浴びることの方が多かった。


 「というわけでだ、娘達が仲良く温水洗浄施設を使用できるよう、コミュニケーションを深める機能を追加して改造してみた」

 「改造、ですか」

 デバイスと異なり、既に14年近く前から“嫌な予感”というスキルを発達させてきたウーノの直感が告げていた。

 これは、危険なものであると。


 「既に必要なプログラムは搭載してある、後はスイッチさえ入れれば必要な動作を開始するだろう、というわけで、スイッチオン」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 最初は、複数の足で大きな音を立てながら歩き始めた謎の機械。

 しかし―――


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!


 変態博士が組んだプログラムによるものか、あっという間に速く走るための学習を行い、凄まじい速度で駆けだしていった。


 「……………」

 恐らく、これより災厄に見舞われるであろう妹達へ、心の中で十字を切った(聖王教会式の祈り)後、ウーノは自室へと向かった。

 念のため、IS“フローレスセレクタリー”を発動させ、ラボの様子を観察しつつ、いざとなれば謎の機械の管制機能を奪う準備を進めながら。




 5分後

 「ん、何の音だ?」

 ナンバーズの中でも小柄な少女、No.5チンクさんが歩いていると。


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 ラボの廊下に、少女の悲鳴が、響き渡った。




 20分後

 「あれ、チンク姉、どうしたの?」

 「ディエチ…………次からは一緒に洗浄に行こう…………」

 「? 別にいいけど」




 別の場所にて

 「あれ、何だろあの機械?」

 水色の髪を持ったムードメーカー、No.6セインさんが、初めて目にする妙な機械を発見。


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 新たな犠牲者の悲鳴が、高らかに響いた。




 さらに30分後

 「ねえ、クア姉、次からは一緒に洗浄にいかない?」

 「何馬鹿なこと言ってるのかしら、私はこれでも忙しいの、お子様に構ってる暇はないのよ」

 「…………ふ、くくくく…………地獄を知るがいい……………」

 「? なんか言った?」

 「いや、何も、変なこと言ってごめんね、クア姉」


 ややあって………


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 お察し下さい。




 そのさらに1時間後

 「ディエチちゃん、次からは一緒に洗浄に行きましょう………」

 「い、いいけど、何でクアットロまで……」

 「世の中には、知らない方がいいこともあるのよ………」

 悟りを開いたような表情のクアットロがそこにおり、後ろではチンクとセインが「うんうん」と頷いていた。



 次の日には、姉妹皆で仲良く入浴するナンバーズの姿があったそうな。




[30379] “黄金の翼” 2話  ボウソウジコ
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/01 12:30
My Grandmother's Clock


第二話   ボウソウジコ


新歴66年 6月中旬  ミッドチルダ中北部  クラナガン近郊  武装隊第四陸士訓練校


 「ふぇー、広い訓練場ですねぇ、あ、陸士の訓練生の皆さんが出てくるところです」

 「フィー、あんまり飛び回ると危ないで」

 小さな身体で元気に飛び回る雪の精霊。

 ある種、幻想的ともいえる光景であったが、妖精にかけられる声の持ち主である少女にとっては見慣れたものらしく、窘めつつも顔には笑みが浮かんでいる。

 「大丈夫ですっ、まだ訓練は始まってないみたいですし、はやてちゃん、もっと奥まで行って見学しましょう!」

 「はあ、まったくフィーはやんちゃさんやわぁ」

 八神家の末っ子の元気っぷりに感嘆しつつも、フィーが生まれる前まではヴィータもこうやったなあ、と、妹分に対してお姉さんぶるヴィータを想い、感慨にふける夜天の主。

 つい一週間ほど前の6月4日に誕生日を迎え、10歳となったばかりの少女のはずだが、その雰囲気にはどこかお母さんめいたものがあり、年齢を間違えられることも多々ある。

 その理由の一つには、彼女が車椅子に乗っており、身長や体格が一見しただけでは判断しにくいこともあるだろう。実際、訓練校の受付のお姉さんが、はやてがまだ10歳であることを聞いてぽかんとするといったシーンもあった。


 『奥へ向かうことについては問題ないはずです。リインフォース・フィーは飛行移動の際に魔力を消費すると同時にオートガードを張っていますから、仮に訓練弾が飛んできたところで致命傷にはなり得ません』

 ただ、その車椅子からお爺さんに近い機械音声が発せられたことにそれ以上に驚いたため、記憶に残っているかどうかは怪しい。女の子が座っている車椅子からいきなり爺の声が出てきて驚くな、と言う方が無理かもしれないが。

 インテリジェントデバイスが最も普及しているクラナガンとはいえ、流石に車椅子が流暢にしゃべるというのはそうそうあるものではない、というか、こんな製品は存在しない。

 「いや、致命傷にならんくても、下手すると怪我はすると思うんやけど」

 『それはそれで、損傷の際のデータが採取できるのでよろしいのではないかと』

 「ひどいです! 私はものじゃありません!」

 一応は融合騎、ユニゾンデバイスに区分されるフィーだが、その精神は極めて普通の人に近い。なので、悪逆非道の管制機に抗議するものの。

 『何事も経験ですよ、フィー、デバイスとは様々な耐久試験や無理な運用を超えて成長していくものです』

 「いえ、ですから」

 『そも、デバイスというものは今より1491年前、俗に“ベルカ暦”と呼ばれる“先史”とはまたことなった暦の始まりとされる初代聖王の帰還によってもたらされたものと伝えられており、ストレージに始まり、アームド、インテリジェントと変遷を重ね、ついには融合騎である貴女に到るまで発展しました。その道筋には数え切れぬほどの調律師、デバイスマイスターの努力と研鑽があり、質量兵器全盛期の223年前には廃刀令ならぬデバイスの所持制限という苦難の時代もあったのです。その困難の中にあってですら、デバイスマイスターは丈夫で長持ちし、かつ歪んだ方向へ進化を続ける質量兵器とは異なったデバイスの製造法を継承し続けた先人の偉業には敬意を払わねばなりません、つまり、デバイスに負荷を加え、その耐久度を測ることは彼らの―――――』

 「はやてちゃん…………助けてください……………」

 「うん、諦めるのが一番やで。フェイトちゃんに習ったけど、右耳から入れて左耳に聞き流すのがコツや」

 「融合騎なので………無理です」

 フィーの表情は“げんなり”というか“どんより”というか、むしろ“神は死んだ”といった感じになっていた。だが悲しいことに周囲の音声を無意識に記録する癖があるため、呪いの長文から逃れることはできそうもなかった。



 『とまあ、つまりはそういうわけです。理解できましたか?』

 「はぅぅ~」

 およそ数分後、ノックダウンしたフィーは優しい主の膝の上に、安息の避難所を求めていた。

 「いや、あれで理解できたら聖徳太子もびっくりやで」

 『複数名との同時対話をこなすわけではありませんが』

 「せやかてなぁ、というかフィー、トールの声が聞こえんとこまで逃げればよかったんちゃうか?」

 『それは意味がありませんね、“機械仕掛けの神”の共振によって私からの音声信号はどこまでもリインフォース・フィーを追うことが可能です』

 「…………さよか」

 心の中で密かに、哀れな末っ子の冥福を祈るはやて。


 『ですが、これも必要な訓練です。いずれ彼女は魔導師とのユニゾン機能と、デバイスとの同調機能を備えた、人と機械を繋ぐインターフェースへと成長するのですから』

 「リインフォースが言うには、後8年はゆうにかかりそうってことやけどな。まあ、焦ってもしゃあない、うちの末っ子はゆっくりと育つ予定や」

 『10歳にして母親とは、20歳を超える頃には祖母となっているのでしょうか』

 「やかましいわ」

 若干、自分が老け気味であることを気にしてもいる様子の、八神はやて10歳相当であった。




 「なのはちゃんとフェイトちゃんは、他の皆さんと一緒の訓練はされないのでしょうか?」

 やや高い位置にある見学用スペースにおいて、しばらくして復帰したフィーを交え、本来の目的であった訓練校見学を再開する二人と一機。(フィーは人にカウント)

 日曜の休日を利用して、現在なのはとフェイトが通っている訓練校を見学したいというはやての願いによって決行され、根回しと緊急時への連絡能力に長けた腹黒管制機が案内役を務める次第となった。

 『彼女らは3か月の短期プログラムですから、同じカリキュラムではありません。このような場所でしか学べない集団戦などの訓練は共通となっていますが、本日行われている個人・ペア訓練は別となります』

 ただ、日本の休日とミッドの休日は異なるため、残念ながらはやての訪問となのは・フェイトの休日は重ならなかった。とはいえ、近いうちに5人で集まる予定ではあるが。

 「あれは、ラン&シフト、障害突破してフラッグの位置で陣形展開する訓練やね」

 「はやてちゃん、分かるんですか?」

 「これでも一応は特別捜査官候補生や、武装隊の陸士・空士の修める訓練課程は把握しておかなあかんよ」

 闇の書事件よりおよそ半年間、時空管理局に正式に入局するのに向け、はやてはかなり勉強していた。

 身近なところでリンディ、クロノ、エイミィ、さらにはグレアムにリーゼ姉妹と、その辺りに詳しい人間が揃っていたこともあり、管理局員の知識としてはそれほど不自由ないレベルまではとりあえず詰め込んだ模様。

 「といっても知識だけやけどな、元々後方型やし、この足じゃ武装隊のフィジカル訓練はとてもやってられへんから」

 なのはとフェイトの2人が入学し、はやてだけ異なる研修を受けているのには幾つかの理由が重なっている。

 足腰が基本の陸士はともかく、空を舞う空士や、もしくはエイミィのように士官学校の管制・通信学科という選択もあったが、そちらは日本の学業との両立が難しかったため、お流れとなった。

 「でもでも、ここにも通信士科はあるんじゃないですか?」

 『残念ですが、こちらは武装隊陸士訓練校の通信士科です。ここから出発して通信士のみならず、執務官補佐や管理職の補佐官、次元航行艦の管制官などに進まれる方もいらっしゃいますが、特別捜査官とは系統が異なります』

 「まだそこまでは把握しきれてないんやけど、地上本部の特別捜査官のクイントさんによれば、むしろ部隊指揮や機動力を持つ空隊との連携の方が必須の技能になるそうや」

 地上本部首都防衛隊に努め、単独での違法プラントの摘発の権限を持つ若きストライカー、クイント・ナカジマ准陸尉。

 ギンガとスバルを保護してからは、家族との時間を優先するためゼスト隊の一員としてチームで動く彼女だが、それまではほぼ単独で特別捜査官として活動していた。

 闇の書事件においてゼストと共に八神家と関わった彼女とは現在も交流が続いており、次元間通信で何度かやりとりもしていた。

 夫のゲンヤ・ナカジマ一等陸尉も部隊指揮の資格を持ち、来年には佐官に昇進するのではないかと言われており、はやてとしては身近な見本となる人々だった。


 「ふえぇ~」

 『つまり、八神はやて様が進まれる道は、空士学校で航空魔導師と共に学ぶか、士官学校で指揮官としての研修を行うか、もしくは、現場からの叩き上げで経験を積み、上級キャリア試験に合格するか、おおよそこの3つのルートに区分されるわけです』

 そんな彼女が日本の小学校の休日を利用して、友人の通う陸士訓練校を見学に来ているのだから、どの道を選んだのかは言うまでもない。

 「ということは、はやてちゃんはゆくゆく、士官さまや佐官さまになるですね!」

 「それを目指してはいることにはなる、な、八神家の大黒柱として頑張らんと」

 『とはいえ、時空管理局では階級にそれほど重きは置かれませんので、士官ならばむしろこき使われることも多い。レティ・ロウラン提督のように本局の人事に携わるならば話は別ですが、アースラのように海の現場で働くならば尚更のこと、階級よりも役職が重要となります』

 「なのですか?」

 「らしいよ、クロノ君もそう言っとったな、特に私ら3人みたいにSランク級の魔力の持ち主は、尉官まではとんとんで登るけど、佐官以上はむしろ非魔導師の方が多いし、若い尉官を指導したり怒鳴りつけたりする下士官も結構おるって」

 『その辺りは、地球における軍隊や自衛隊の一般認識と異なる部分かもしれません。下士官と士官の間にはほとんど差はなく、尉官と佐官の間に大きな差があり、なおかつ階級とは絶対的なものではない』

 「うーん、難しいですぅ………」

 小さな身体で考え込むフィーは、無意識のうちにふらふらと蛇行している。


 「まあ、まだフィーには難しいやろな、正直、私も聞いただけやし、夏休みにクイントさんのとこに遊びに行く予定やから、そんとき一緒にお勉強しよか」

 『それがよろしいかと。この場で簡潔に申し上げれば、私とバルディッシュの違いですね。魔導師の力が必要とされるのは尉官レベルまではバルディッシュが活躍し、それ以上の階級になれば根回しや裏取引が重要になり、私やアスガルドの独壇場といったところでしょうか』

 「あ、それなら分かるです」

 「これは極端な例やけど、クイントさんがクラナガンで捜査する際にも、やっぱり階級だとかに拘らない方が他の部隊との協力もスムーズにいくって話やったしな」

 『最終的にはどれだけ丁寧に応対し、利害を一致させられるか、というところでしょう。頭を下げるのは無料なのですから、いくらでも下げればよいものを、キャリアの誇りなどを下手に持つと、そんな簡単なことも出来なくなるわけです』

 「いや、そりゃ確かに無料やけど」

 「トールにはそもそも頭がないです、人形さんの場合でも中に脳が詰まってないですし」

 というか、現在進行系で考える車椅子となっている。もっとも、本体は時の庭園だが。

 『いえいえ、能力のある方々ならば誰でも出来ます。心にもない笑顔を浮かべながら頭を下げつつ内心で相手を見下すのは、人の上に立つ人間の必須技能の一つかと』

 実に嫌な技能だった。

 願わくば、はやてやフィーにはそんな技能とは無縁で成長して欲しいものである。


 『さて、そろそろ正午も近づいていますね、見学時間も終了間近です』

 「あ、もうこんな時間や」

 「あっという間でしたね」

 車椅子が時刻を告げるという妙な光景だが、流石に二人は慣れたもの。


 『いかがでしたか、八神はやて様、今後指揮官を目指して活動していく予定の貴女にとって糧となるものが得られたならば、この時間に意味があったと言えるでしょう』

 「相変わらずのもったいぶった言い回しやなあ」

 「らしいと言えばらしいです」

 「でもま、良い体験はさせてもらったわ。やっぱり陸士の基本は足腰というか、基礎訓練は大事やって改めて分かったし」

 『とてもよいことであると存じます。それでは、見学ツアーの第二弾、クラナガン観光に出発いたしましょう。お勧めの昼食場所など、観光案内につきましては、万能車椅子“ボウソウジコ”にお任せ下さい』

 「なあ、そのネーミングセンスだけは何とかならへんの?」

 「確か、第二案が“テントウジコ”だった覚えがあるです」

 管制機に名前を付けさせるのがそもそもの間違いであるのは疑いなかった。

 『候補はいくつかあったのですが、絞りこめなかったため、私の一存で決定いたしました』

 「駄目だこいつ、早く何とかしないと…………」

 「はやてちゃん駄目です! 月になっちゃいけません! それにあなたは夜の神様じゃなくて八つの神様です!」

 とまあそんなこんなで、クラナガンへ出かける二人と一機。

 なお、シグナムとヴィータも日曜日を利用してミッドに一緒に来ていたが、地上本部に所用があったため訓練校の入口で分かれていた。

 ここに二人がいてくれればと思う一方、いたら余計凄いことになりそうな気がする二律背反に悩むフィーであったそうな。




ミッドチルダ中央部  クラナガン市街  


 第一管理世界であり、永世中立世界であるミッドチルダの中心地であるクラナガンは、次元世界の中で最も特異な街の一つである。

 第3管理世界のヴァイゼンや第4管理世界のカルナログも大半が先進国家で形成される安定した世界だが、時空管理局の地上本部があり、本局から最も近いミッドチルダの中枢は、かなりの長期に渡り安定とは言い難い状態にあった。

 そんなクラナガンであったが、陸士達の命を懸けた働きと、魔導技術の平和利用への研究の進歩に加え、各管理世界があらかた安定したことで海に割かれる戦力が若干ながらも減少しつつあることから、治安は回復しつつある。

 とはいえ、各世界から様々な文化が入ってきて混ざり合い、それに伴い各世界で弾かれ者となったアウトローの流入も続いており、「管理世界の常識はミッドチルダの非常識」などという格言に代表される状況は依然続いている。

 ここは混沌の街クラナガン、文明の黄昏と黎明が同居する不思議の街。


 「ちゅうらしいけど、今の私ら以上に不思議なものは中々ないと思うで」

 「はい、フィーも同感です」

 そんな混沌の街を進むはやてとフィーの顔が若干引きつっているというか、達観と諦観が織り交ざったかのような表情をしているのも、無理はない。

 『どうかなさいましたか?』

 「うん、これでどうもしなかったら、その人のこと尊敬するわ、マジで」

 「むしろ、神か教祖として崇め奉りたい気分です」

 はやては今、クラナガンの街を“歩いて”進んでいる。

 彼女が乗っているのは車椅子、とりあえずは車椅子であり、車椅子のはずだ、そう信じたい、むしろ信じさせろ。

 今のはやての心境はまさしくそんな感じだったが、悲しいことに現実はどこまでも非情であり、彼女は紛れもなく歩いているのだった。

 ただし、自身の足ではない。彼女の足は回復しつつあるものの、未だ歩ける状態ではない。


 「なあフィー、車椅子って、歩道橋を進めるもんやろか?」

 「絶対に違うと思います。少なくとも、奇異のまなざしでこっちを見てくる人達もそう思ってくれてるはずです」

 平坦な道ならばタイヤで進むが、起伏などがあると多足歩行に切り替え、しかし音は立てずに滑らかに動く。

 やたらスムーズに動く分、かえって不気味で、乗り心地は悪くないはずなのに精神的疲労は溜まっていく不思議な機械。

 『この“ボウソウジコ”は八足の高性能多目的アームを備えた特別機です。注目を集めるのは致し方ないかもしれません』

 「うん、そろそろ壊してええやろ?」

 『賠償額は日本円で1200万円ほどとなりますが』

 「そんなにかけたんかコレに!」

 「高級車なみに高いですよ!」

 『冗談です』

 「落ち着こう、落ち着け私、頭冷やそう、私はクールや、be cool、be cool」

 「そしてグリニデ様です」

 必死に自己暗示をかけ、自分の乗っている車椅子という名のナニカを魔法で叩き壊す衝動を抑えるはやて。それを何とかサポートしようとするフィー。

 ただし、知識と経験がヴィータと一緒に読んだ漫画に偏っているためか、むしろはやてを煽ってる感じがしなくもないが、多分錯覚だろう。


 『実際のところ、200万といったところですね。ゼロから製作した場合は遙かに高くなりますが、既存の車椅子にデバイス・ソルジャー用の多足アームを取り付け、時の庭園にいる私が遠隔操作できるよう、プログラムしただけですので』

 「私は実験体かいな」

 『モニターという表現が的確かと、これを衆人環視の中で運用した場合の周囲の反応や搭乗者への精神的負荷もサンプリングの対象ですので』

 「あはははははははは、エルシニアクロイツ、セットアッ―――」

 「駄目ですはやてちゃん、抑えて下さい! 街中で攻撃魔法を使うとお巡りさんに捕まります! 管理局員に捕まる特別捜査官候補生ってシャレになってないです!」

 「大丈夫、これはただの夢や」

 「現実を侵す悪夢ですよ! むしろ、夢という名の現実逃避ですよ!」

 『夜天の魔導書の術式の中には、内部空間に取り込み、永遠の夢を見せるものもあるとリインフォースより伺っていますが』

 「そろそろ本気で黙ってくださいトール、いくらわたしでも堪忍袋の緒が切れそうです」

 いよいとなったらはやてと融合してでも止める覚悟のフィー。

 ユニゾンについては未調整なので下手すると融合事故となるけれど、“ボウソウジコ”じゃないならそれで十分だった、二重の意味で。


 『御安心を、モニター料として八神家の口座に40万円ほど振り込んでありますので』

 「よっしゃ、交渉成立や」

 「誇りを金で売りました!」

 夜天の主のあまりの身代わりの早さに、空いた口が塞がらない。

 「ええかフィー、私は八神家の家長や、お腹を空かせて待ってるヴィータや末っ子のフィーにひもじい思いをさせるわけにはいかへん。シグナムもシャマルも、ザフィーラも、そしてもちろん、リインフォースも一緒やで」

 「は、はやてちゃん………」

 いつでも家族のことを想う、それが八神はやてという少女の根源である。

 そんな彼女だからこそ、人の欲望によって闇に堕ちた夜天の光は輝きを取り戻し、こうして穏やかな日々を過ごせているのだ。


 「ちゅうわけで、今日の夕食は、料亭でフグ刺しや」

 「欲ですか、やっぱり欲なんですね! 闇の書の闇の欠片は実ははやてちゃんの中にあったんですね!」

 「エルシニアクロイツに溶けたディアーチェが、訴えてくるんよ、生きているうちにフグ刺しが食べたかったって……………」

 「ディアーチェ、可哀そうに………」

 いつの間にか、闇統べる王の妄念はフグ刺しを食べることに変更されていた模様。

 穢れなき祝福の風にとっては、それがたまらなく悲しかった。


 『八神はやてという少女は、欲が少なすぎることがヴォルケンリッターの方々も気にしておられましたが、闇統べる王の残滓と溶け合ったことで、その憂いも除かれたようですね』

 「あの、奇麗にまとめようとしてますけど、諸悪の根源はトールですよね。恥の光景は現在進行形でクラナガンの皆様にお届け中ですよね、というか、そろそろフィーは帰って良いでしょうか?」

 「あ、フィー、アイス屋さんの屋台や」

 「イチゴ味が良いです!」

 訂正、欲望の残滓は、フィーにも受け継がれていたようだ。





 「しかし、改めて見ると、結構地球と変わらない街並みやな」

 「あ~」

 スプーンですくったアイスをフィーの口へ移しながら、辺りを見渡す。

 外見こそあれだが、時の庭園からの管制を受けているため100%の精度で衝突事故などを回避でき、緊急時にはバリア展開能力や飛行機能すら使える“ボウソウジコ”は確かに便利ではある。

 とりあえず40万円と引き換えに、周囲の目は気にしないことにし、クラナガン観光を続けるはやて。開き直ったともいう。


 「あそこにあるのは、本屋さん?」

 『左様です、最近の売れ筋は、人々を洗脳して操る悪の組織に立ち向かう執務官の物語ですね。先月号で彼の恋人が洗脳され、果たして主人公は彼女をどうするのか、というところまでで終わっていました』

 「よくそんなん知っとるな、王道やけど、実際にはどうなん?」

 「あ~」

『魔法による洗脳などというものは、そういった漫画の中では、悪の組織がよく使うことになっておりますが、実際においてはほとんどあり得ないものです。これは、地球において、刑事とヤクザが銃を撃ち合うことが滅多にないことと似ていますかね」

 「ふむふむ」

 『簡単に言えば、採算がとれないのですよ。術式の難度や、洗脳を実行して管理局に逮捕された場合の求刑、さらに、それで得られるリターンと、洗脳を破られる可能性、廃人になる可能性、それらを全て考慮すれば、“ボウソウジコ”を開発する以上に無意味なことです』

 「これが無意味に近いっていう自覚はあったんや」

 「あ~」

 『洗脳とは、利益を得るために行動する“悪党”が用いるものではありません。裏社会で地位を持つ人間程その辺りの損得勘定には長けておりますから、洗脳を使うのは、愛や復讐に狂った人間などが代表例です』

 例えば、自分を捨てて他の男を選んだ女に対して用いたり。その二人の間に生まれた子供に対して用いたり。

 そういった、採算のことなど一切考えない者たちが使う魔法といえる。

 『ですから、魔法による洗脳技術は麻薬と同じようなものです。悪党自身は滅多に使わず、自己を顧みない者達や騙された者達が使うという点、そして、官憲に取り締まられるという点も共通しております』

 「なるほどなあ、どんなものでも、人間次第ってことやね」

 「あ~」

 そして、ひたすらにアイスを食べ続けるフィー。

 余談だが、この日、アイスの食べ過ぎでお腹を壊すという武勇伝をヴィータに次いで打ち立てることとなる。フグ刺しを食べるまでにはリインフォースが調律して治してくれたらしいが。



 「ん、何やあれ?」

 『あれは、ゴミ箱マシーンですね、クラナガンのあちこちに設置されています』

 「ちゅうことは、道端に落ちているゴミを拾うのが仕事?」

 「あ~」

 『いえ、彼らの仕事はゴミを発見し、その前で待機しつつ自身の蓋を開くことだけで、ゴミを拾って中に入れるのは人間の役目となります』

 「そらまたどうして?」

 『人が捨てたゴミは、人が拾うべき、機械はそれを手助けするのみ、という思想が根底にあるようです。あちらをご覧ください』

 ちょうどそこには、ゴミ箱マシーンに落ちていた空き缶を入れる人の姿があった。


 「なるほど、人がちゃんとゴミを捨てれば、機械に頼る必要もないわけや。何事もボタン一つで済めば確かに便利やけど、どこか味気ないもんな」

 その象徴は、機械仕掛けの楽園である時の庭園。

 管制機トールの指示の下、どんなものでも完璧に用意できるだろうが、食事の用意などは、常にリニスかフェイトか、もしくは主のプレシア自身で行っていた。

 『はい、だからこそ、八神家には機械の助けが必要ない。例え貴女の足が不自由のままであろうとも、優しく元気な家族が傍にいるならば、心のない機械の補助など何の役に立ちましょうか』

 「だったら何でこんなもん作ったんや?」

 「あ~」

 『このままでは駄目だ、早く元気になって自分の足で歩こう、という想いを増幅できるかと考え、製作しました』

 「………その点については同意できるかもしれへん」

 真に不本意ではあるが、この状況が続くなら、一刻も早く足を治したいと思うだろう。


 『機械がそのままゴミを拾えばよいのですから、態々人が拾うのは無駄と言えば無駄の極みでありましょう。しかし、我々機械と異なり、人間とは精神的な無駄を好むと推察します。わざわざ自分の足で巡礼に向かわれる方々などは代表例かと、それをサポートするのもまた人間のシスターであり、オートスフィアではありません』

 はやては想像してみる。

 巡礼者が歩いていき、それをオートスフィアが見守って時に介助する姿を。

 それは確かに、何かが違っている気がした。自宅介護などであればまた印象が変わるかもしれないが。

 『まして、それが中隊長機などであれば、論外と言えましょう』

 はやては想像してしまった。ゴッキー、カメームシ、タガーメが巡礼者に付き添う姿を。

 ………吐いた。

 とまではいかずとも、その寸前に追い込まれる程、凄まじい精神的ショックだった。


 「頼むから、あれは想像させへんといてや」

 『善処します』

 この後もクラナガン観光は順調に進んだものの、“ボウソウジコ”のおかげで肉体的には疲れがないはずなのに、多大な精神的疲労が残り、フィーは途中でダウンし、車椅子内部に格納されていたフィー専用の鞄の中で寝込んでいたらしい。



 なお、八神家皆で初めて食べたフグ刺しは、とてもおいしかったそうな。





あとがき
 テンプレ展開の第二弾、オリキャラがヒロインと一緒に街を歩く(デート)、がついに………



[30379] “黄金の翼” 3話  前編 5人の少女達
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/05 10:30
My Grandmother's Clock


第三話  前編  5人の少女達




新歴66年 6月下旬  ミッドチルダ南部  16号ハイウェイ  アロマ街道


 3ヶ月間陸士学校に通うなのはとフェイトの休みと、聖祥大学付属小学校の休日が重なったある日。

 「しっかしまあ、この辺りは田舎なのね、写真の通りって言えばそうだけど、魔法世界ってイメージとはかなり違うし」

 「実は私もアリサちゃんと同じ感じかな、ミッドチルダに来てから1ヶ月くらいになるけど、あんまり魔法世界って感じはしないかも」

 「私も最初日本に行ったときは驚いたよ、ミッドチルダや他の管理世界にとっても似てたから」

 「えっと、フェイトちゃんはミッドチルダ以外にも行ったことあるの?」

 「確か、ジュエルシードを探して1年くらい遺跡巡りしてたって聞いたで」

 かねてより、アリサとすずかをミッドチルダに案内したかったフェイトの願いを受け、およそ数ヶ月間の手続きがどこぞの管制機によってほとんど誰も知らぬ間に済まされていたらしい。

 とはいえそれは珍しいことでもないので海鳴の転送ポートでクランガンからはやや離れた、南部の衛星都市あたりまでやってきた後、5人の少女は車に乗り込み、観光の旅に出発した。

 なお、自動車の形状はリムジンに近く、見た目からして一般人が乗るものではない高級車であることが伺える。これが使用された理由は、“ボウソウジコ”の惨劇を経て、徒歩での観光ははやての足が完治してからにしようと5人の意思が一致したためであった。


 『はい、八神はやて様、フェイトお嬢様は8歳の頃よりプレシア奥様とアリシアお嬢様のために、アルフとトールと共に次元世界を回られておりました』

 「あの、コロンビーヌさん、お嬢様はちょっと………」

 『申し訳ありませんフェイトお嬢様、この口調の変更権限を持つのは、現在では管制機トールのみです』

 「ま、諦めなさいフェイト、あたしだって家じゃアリサお嬢様、なんだし」

 「すぐ慣れるよ、フェイトちゃん」

 『同意くださり、ありがとうございます、お二方』

 運転席に座るのは、メイド長の格好をした魔法人形で、“コロンビーヌ”の名称と何種類もの運転免許を持っている。

 遠い昔、家で母を待つ一人娘が寂しくないように、プレシア・テスタロッサが製造した4種の人型。

 老執事の姿で、アリシアと共にある時に多く使われた、“パンタローネ”。

 若い男の姿で、フェイトと接する際に使用され、カートリッジを喰う怪人でもある“アルレッキーノ”。

 青髪の男の姿で、アレクトロ社を相手に訴訟を起こす場合など、対外的な案件で用いられる嘘吐き“ドットーレ”。

 そして、女性型のコロンビーヌは“プレシアの代行”としてアリシアの相手をするのに役立ったが、リニスが誕生してからは一度も使われることはなかった。


 「えっと、貴方は自動機械(オートマータ)なのよね?」

 『はい、アリサ・バニングス様。私は創造主、プレシア・テスタロッサによって製造された2番目の人形です。用途は主に家事でしたが、アリシアお嬢様を送迎するための運転も含まれます』

 「でも、とても人形とは思えないくらい綺麗で、自然だと思います、うちのノエルによく似てますし」

 『ありがとうございます、月村すずか様、そう言っていただければ幸いです』

 慄然と応じながらも、若干ながらその声や表情には柔らかいものが混ざる。

 管制機トールが魔法人形を使用し、“喜怒哀楽”の感情を表現するために作成したデータは、他の人形にも転用されており、かつて、アリシアに接していた頃とは比較にならない“人間らしさ”を誇っていた。


 【確かに、コロンビーヌさんはノエルさんに似てるかも……】

 【メイド長って、ああいう感じの人がなるのかな?】

 【髪の色も紫色で同じやしな、普通に考えれば日本で紫とかありえへんけど】

 【はやてちゃん、そこは突っ込んだらダメだよ………だとしたらすずかちゃんはどうなっちゃうの?】

 【まあ、海鳴の不思議は今に始まったことじゃないし、むしろクラナガンより摩訶不思議な気もするよ】

 【すまん、つい関西人の血が………】

 とまあ、魔導師3人が念話で禁則事項に限りなく近いことを話している間も、アリサとすずかは運転手の彼女と話し込んでいる。

 何だかんだで一般家庭に住んでいる3人は、リムジンに乗ってメイド長に送迎されている状況に若干緊張しているのだが、アリサとすずかは逆に別世界に来ているということを忘れてリラックスしている。

 この辺りは、生粋のお嬢様の特性であり、ある意味で彼女らも“別世界”に住んでいる。日本に住む一般的なサラリーマン家庭にとっては、ミッドチルダの一般家庭の方が月村家やバニングス家より余程馴染みやすいだろう。


 「この道をずーっと行くと、フェイトの前の家に着くのかしら?」

 『はい、16号ハイウェイはミッド中央部のクラナガンと南部地方を結ぶ主要幹線の一つです。最も大きいのは7号ハイウェイこと“アルスター街道”ですが、時の庭園はやや東よりなので、こちらの“アロマ街道”を使用します』

 「アロマ街道?」

 『かつてこちらの地方に存在した街道の名称です。ミッドのハイウェイはそれらの上に築かれたものですが、番号による名称よりも、古くからある名前を好んで使う文化がミッドチルダには数多くあります』

 「へえぇ、初耳ね………と言っても、まだ全然こっちには詳しくないけど」

 『ミッドチルダ台頭以前の世界は、二つの超大国が次元世界を跨って君臨し、各世界を記号で支配したそうです。それに対する反発からか、管理世界も番号よりも“ヴァイゼン”、“カルナログ”、“アルザス”という固有の名前を重んじる風習が広く伝わっております。ただし、管理外世界については自分達とは異なると明確に意識するためか、記号で呼ぶことが多いそうですが』

 「ということは、私達も“第97管理外世界”じゃなくて、“地球”って呼ばれるようになったら、ミッドチルダのお友達になれるんでしょうか?」

 『はい、新たに次元連盟に参画する場合は、自分達の国家、あるいは世界の名称を刻むことが“盟約”に連なる証と言われています。お互いに名前で呼び合うことは、世界同士でもとても重要ということです』

 ほほう、と、面白いものを見つけたように、アリサの目が細まる。

 「だそうよ、よかったわねーなのは、あなたは名前で呼ばれるのが好きだものね」

 「やっぱりなのはちゃんは、こっちの人達と考え方が似ているんだね、でも、私もなのはちゃんのそういうところは好きだよ」

 「あ、あはははは………」

 流石に面と向かってそう言われると気恥しいなのは

 「うん、名前で呼び合うって、大切なことだよね、“なのは”」

 妙に最後の言葉を重く、噛み締めるように言うのは、狙ってか果たして天然なのか。

 そして―――


 『どうかなさいましたか、八神はやて様?』

 「いや、気にせんといて、何であの時、クラナガン観光案内をコロンビーヌさんやなくて、トールに頼んでしもたんやろって後悔しとるだけやから」

 はやての後悔はかなり根深いようだ。

 『その代わり、フグ差しが食べられたのでは?』

 「知っとるんかい」

 『私達オートマータは、電脳を“アスガルド”と共有し、繋がっていますから。私は固有のプロセスとリソースを持つ“コロンビーヌ”でありますが、管制機トールの一部であるともいえます』

 「…………あかん、頭がこんがらがるわ」

 アレクトロ社という企業との裁判において、トールが勝訴できた理由が何となく分かったはやてであった。





 『フェイトお嬢様がご友人と共にご帰宅なさいました。開門を願います』

 そうして、アロマ街道を猛スピード(時速250km)で飛ばすことおよそ3時間。

 途中で休憩や、いくつかの観光スポットに寄りつつ、彼女らは時の庭園へと到着した。

 無論、時の庭園内部にも転送ポートはあるので、直接跳ぶことはできるが、こうして時間をかけてやってくるのも旅の醍醐味というものだろう。当然、帰りは直通となるが。


 「うわぁ、凄くおっきいね」

 「ほんと、とんでもない大きさね、うちの大きさも相当だけど、これは比較にならないわ」

 なのはとはやては闇の書事件や“クリスマス作戦”の時に何度も来ているため慣れているが、初見の二人にとって時の庭園の巨大さはやはり壮観だった。

 加えて―――


 『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『 お帰りなさいませ! フェイトお嬢様!! 』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』

 時の庭園の正門から続く前庭の道を両側に立ち並ぶ、使用人の群、群、群。

 それらは軍隊を思わせる程に一糸乱れず整列しており、時の庭園の主が乗るリムジンに恭しく礼をしながらフェイトの帰還を祝福していた。


 「フェイトちゃん、もの凄いお嬢様だったんだね」

 「……………なんつーか、ここまでやるかしら? お嬢様というより、お姫様の方がしっくりくるレベルのような……」

 「なるほど、フェイトちゃんは実はお姫様やったんか」

 「ふぇ、フェイトちゃん、お姫様だったの!」

 「ち、違うよなのは、私はフェイトだよ、別にお姫さまなんかじゃないよ!」

 展開される想定外の光景を前に、感嘆するすずか、呆れるアリサ、乗っかるはやて、てんぱるなのは、そして、慌てふためくフェイト。

 リムジンの内部はなかなか素敵に混乱している模様だった。



 『到着しました。八神はやて様に置かれましては、車椅子をご用意しますのでしばらくお待ち下さい』

 「ありがとうございますう、ただし、“ボウソウジコ”だけは勘弁な」

 『了解いたしました』

 僅かに頷きを返して建物の中に入っていくコロンビーヌを、不安に満ちた表情で見送る。

 というか、この状況で不安になるなという方が無理かもしれない。


 「ねえ、フェイトちゃん、まさかいきなり蟲が飛び出してきたりすることは………」

 「そんなことないよ、……ないはずだよ、………ないといいな、…………どうかないように」

 なのはを元気づけるように確定系で答えたはずが、徐々に不確定になり、願望になり、やがては嘆願に変わるという二十面相を展開するフェイト。

 彼女に刻まれたトラウマも相当に根が深いようである。


 「あ~、ひょっとして例の、ゴキブリとかが出るやつ?」

 「うう、私もゴキブリはちょっと………」

 実際に対魔法少女兵器や最終兵器に遭遇したことのない2人は、漠然とした不安はあるもののトラウマはない。

 ただ、やや気弱なすずかは勿論、気丈なアリサであってもゴキブリは遠慮願いたいところである。


 「ゴキブリならまだましや、サゾドマ虫やセクハラ虫が出てきたら、取りあえずラグナロクをぶちかますしかないと思う」

 『その場合は、AMFを最大限に展開して迎え撃つことと致しましょう。あいにくとブリュンヒルトは試用期間を終了し、中枢部が地上本部に運び込まれたため、ただの大砲型のオブジェと化していますので』

 そこに、流暢にしゃべる車椅子が一つ。

 誰も乗っていないのに勝手に動き、なおかつ人語が響くというのは地球の常識に照らし合わせれば十分にホラーといえた。


 「久し振り、ちゅう程でもないけど、相変わらずやなトール。あれはどう考えてもアンタの仕業やろ」

 『無論でございます。フェイトお嬢様がご帰宅なさったわけですから、このくらいの歓待は当然かと』

 「一度思考回路を再調整した方がいいで、あのメイドロボの群れ、どんだけ金かけとんねん」

 『問題ありません。あれらは“デバイス・ソルジャー”の試作を兼ねて開発したもので、時の庭園以外では簡易な応答プログラムくらいしかありませんが、一部のコアな方々から高額での発注を承っておりますので、採算は取れています』

 「…………」

 一部のコアな連中とやらがどんなのかを連想するのは容易いが、あえて考えないことにするはやて。

 「ひょっとして、あれかな、小さい女の子にしか興奮出来ない人達や、メイドに異常に執着する人達?」

 「すずか、さらっととんでもないこと言わないの。お姉さんからもらった雑誌とやらは今すぐゴミ箱に捨てなさい」

 ついでに、後ろのお嬢様2人の会話も、聞かなかったことにした。

 「ところで、コロンビーヌさんはどないしたん?」

 未だ純粋ななのはやフェイトに聞かれないうちに、やや強引に話を切り替える。

 『彼女ならば送迎の役目を終えましたので、整備セクションで動力を落としています。久方ぶりの稼働でしたのでし、フェイトお嬢様お迎え用の人形達も、園丁の任に戻ってございます』

 どこまでも淡々とした機械音声に促されて少女達が振り返ると、ずらっと並んでいた使用人の群れはいつの間にか消えており、広々とした一本道だけが手入れされた芝生の中を走っている。


 『それと、“ボウソウジコ”以外の車椅子を御所望でしたので、“ツイトツジコ”に変更いたしました。どうぞ遠慮なくお乗りください』

 「謹んで遠慮させていただきたいんやけど」

 『しかしながら、八神はやて様が2分間お乗りにならない場合、貴女によからぬ事態が発生したと判断され、座席下部に設けられた痴漢撃退用のサゾドマ虫発生装置が作動することになりますが』

 「なんちゅう真似すんねん! ちゅうか、痴漢以前に私が撃退されるやんか!」

 「はやてちゃん、乗って、いますぐ!」

 「はやて、早く乗って!」

 「裏切り早! 少しは迷ってもええやろ!」

 「裏切ってなんかいないよ、はやてちゃんは友達だから、巻き込まれるのが心配なの!」

 「そう、私達はずっと友達だよ、仮に気絶する時は、3人順番だから!」

 「わあい、ありがとう、私達、いつまでも友達や。………と言うとでも思ったか! “3人一緒”やなくて“3人順番”って言ったやろ、どう考えても一番に被害受けるの私やないか! その間に飛行魔法で逃げる気満々やろ!」

 「違うよはやてちゃん、飛行魔法で逃げても残留しちゃった魔力を辿ってどこまでも追ってくるから、バリアジャケットとかも全部消して、隠れるのが対処法だよ」

 「仕方ないよなのは、私達と違って、はやてはまだ初心者なんだから」

 とりあえず、はやてを囮にしている間に隠れるのは決定事項らしい。


 「落ち着けいあんたら! というか、そんな熟練者欲しくないし、なりたくもないわよ」

 「あたっ」

 「いつっ」

 暴走するなのは、フェイトを治める、アリサチョップ&デコピン。

 なお、熟練者になってしまった武装隊アルクォール小隊の面子と、アクティ小隊長には黙祷を捧げよう。

 「皆仲良しだね、だけど、どっかで見たことあるような………」

 そんな友人達のやり取りを眺めながら、何か既知感があるような気がしてならないすずか。


 「ならばその問いには、俺が答えよう」

 「げっ」

 そこに、背中に大きな風呂敷包みを背負い、その手には土鍋と人形を持った青い髪をした20歳くらいの背の高い男が現れる。

 はやてが魔法少女にあるまじき声を上げるのも当然だろう、なぜならば、ソレが出てきた時に碌なことがあった試しがない。

 この時の庭園にある以上人間ではあり得ず、彼もまた魔法人形(オートマータ)であり、数多の人形の中で最もなのはとフェイトに憎悪の感情を向けられている嘘吐き。


 「つまりこの2人は、貴女と鍋以下の価値なし、ということなのだよ、月村すずか嬢」

 「死にたいの、ドットーレ?」

 「あまりふざけてると、殺しますよ、ドットーレさん?」

 そして、これが相手ならばどこまでも容赦のない魔法少女二人、マリエルにこれと相対する場合だけ殺傷設定を解放出来るように頼んだことがあるのは家族にも秘密だ。

 無論、常識人の彼女に却下されたが。

 「ふ、馬鹿な小娘共が粋がるわ、これを見てもまだそんな減らず口が叩けるかな?」

 不敵に笑いながら、鍋の蓋を開ける青髪の男。

 なのはとフェイトには、なぜかその鍋蓋が、地獄の釜の蓋にしか見えなかったそうな。


 「きゃああああああああああああ!!」
 「な、な、何ですかソレ!」


 「お、意外と小さい反応や、蟲やシュールストレミングの缶とかだったわけやないな」

 『流石です、八神はやて様、お見事な洞察力です』

 「ふ、夜天の主を舐めるなよ……………って、アホな真似はこれくらいしにして、中身は何や?」

 “ツイトツジコ”の多足歩行モードを全開にしてさっさと逃げながら、平然と車椅子に話しかける夜天の主。

 かつてのクラナガンでの恥辱の体験は、彼女に半端ない精神防御力を養わせたらしい。

 『サルの脳味噌、生きたまんま、です』

 「ちょい待ちい、どうやったら鍋の中で生きたまんまでいられるんや?」

 『何しろ鍋ですから、じっくりことこと培養液で脳蓋を切除したサルの首を煮込んだわけです。あの培養液は生命工学の権威であられるアルティマ・キュービック博士が最近開発し、特許申請中の優れモノ、100℃まで脳細胞を保存することが可能です』

 「なんつー真似を…………」

 そんなものを見た日には、しばらく鍋料理を食べられそうもなくなるだろう。

 なお、件の培養液は洗浄マシーンと交換したとか何とか。


 「来ないで、来ないで!」
 「嫌ああああああああ!」
 「はっはっは、どこへ行こうというのかね!」

 どこかで見たような光景が展開されているが、しかし、疑問もあった。

 「いつの間にかグラサンかけとるし、うーん、それにしてもなのはちゃんとフェイトちゃんが何で飛んで逃げへんのか…………さては、アスガルドの仕業やな」

 『御明察です、レイジングハートとバルディッシュがセットアップ出来ぬよう、彼が強制停止をかけています。当然、命令の発信源は私ですが』

 「つまり、ここでアンタをこの車椅子ごと砕けば、二人を救えるわけや」

 『然り。ただし、地雷は発動いたしますので、お二人を救う代わりに貴女がサゾドマ虫の餌食となります』

 「…………因果応報とは、このことか」

 つい先程、二人が逃げるための囮役に選ばれた恨みを忘れていないはやて。

 エルシニアクロイツの中でディアーチェが「そうだ、それでこそ闇統べる王に相応しい」と笑っている気がするのは気のせいだろう。


 「すずかちゃぁあああん、助けてえぇぇぇ!」
 「ちょ、ちょっと、なのはちゃん!」
 「アリサああぁぁぁぁぁ!」
 「ちょ、こっちくんじゃないわよ!」
 「ゲハハハハハハハハ!! おじょうちゃぁぁぁあん!!」


 「おお、流石やなのはちゃん、泣き付きながらもちゃっかりとすずかちゃんを盾にしとる」

 『アリサ様の背後に隠れたフェイトお嬢様も中々かと』

 いたずら好きの青年というよりも、完全な変態と化した人形に関してはスルーの方向らしい。


 「このっ、こっちくんな、ボケ、変態!」
 「ぐふっ、パンツめくれ……」
 「凄い、アリサ!」


 「おお、アリサハイキックが変態に炸裂したで」

 『お見事です』

 「やけど、パンツは見えへんかった。恐るべきロングスカートや」

 なお、アリサはお嬢様らしい上下一体型のドレスに近い服を着ているが、本物の職人が仕立てた服というものは、激しく動いたところで絶対領域が見えるようなことはない。

 『苛烈な性格の令嬢が蹴りを放って下着が見えるなどというものは、パターンオーダーまでの服しか持たない庶民の発想であり、真の上流階級というものを侮ってはいけません。子供向け娯楽漫画の限界というものでしょうか』


 「げへへへへへへへ、すずかちゅわあぁぁぁぁぁん!」

 はやてとトールがどこか論点がずれた会話を続ける間にも、変態は次のターゲットへと突貫。


 「い、嫌、来ないで!」
 「ふむ、すずか嬢がそう言うならば仕方あるまい」
 「ちょっと! なんですずかちゃんが相手だと止まるんですか! わたしやフェイトちゃんは追いかけ回したのに!」
 「強いて言うならば、お淑やかさの違いかな、俺は清く正しい変態紳士を自称する身だ。砲撃したり死神の鎌を振り回したり、狂暴だったりしない、“可愛らしい少女”が嫌がる真似はせん」


 「……………なあトール、私らって、女の子らしくないやろか?」

 『収束砲で大型魔法生物を仕留め、高速機動戦からの斬撃でベルカの騎士と渡り合う、もしくは迫る変態に対してハイキック、年齢は10歳です』

 「あかん………」

 改めて列挙されると、女の子らしさは微塵もなかった。

 『そして、取引の結果として40万円を口座に振り込ませ、高級料亭でフグ刺しを食す』

 「ぐふっ」

 オチとして止めを刺されたはやて、そこだけ取ると、中年政治家の行動である。


 「ドットーレ、私達だって女の子だよ!」
 「聞こえんなぁ、可愛らしい魔法の杖だったレイジングハートを、カートリッジ搭載のエクセリオンに進化させた魔砲少女に、斧やデスサイズを振り回す黒い死神の言など、聞く耳持たぬわ!」
 「実は、正直あたしも、あれは女の子が持つ物としてちょっとどうなの、って思ってた」
 「アリサに裏切られた!」
 「ねえ、すずかちゃん、女の子らしくなるには、どうすればいいの?」
 「え、えっと…………なのはちゃんのおうちは喫茶店だから、桃子さんからお菓子作りを習うとか………」


 「ううう……すずかちゃんだけが、5人の中で女の子らしさの最後の砦や」

 『かもしれません。フェイトお嬢様もドットーレに抗議しているようですが、自身が“可愛らしい少女”であると主張するには、まずはバリアジャケットを変更する必要があるでしょう』

 「確かにそうかもしれへん。ところで、あれは誰がデザインしたんや?」

 『フェイトお嬢様ご自身です。昔から空を飛ぶことが大変お好きでしたから、風を受けにくい格好を好まれておりました』

 「そういえば、フェイトちゃんに見せてもらったアルバム、いっつもミニスカっぽい格好ばっかりだったような」

 『テスタロッサ家には異性がおらず、なおかつ他の異性と触れ合う機会がなかったことが大きな要因なのでしょう。魔法人形には“性”を感じさせる要素がありませんから』

 人間が“異性”を強く認識するのは、何も視覚情報に限ったことではない。

 男性らしい声、女性らしい声といった聴覚情報の他、手を握った際の触覚、特に大きい要素は香水などではない自然の香り、嗅覚であるという。


 「さてと、そろそろ俺の腹からサゾドマ虫が羽化する刻限か………」
 「え、アレって羽化するの!?」
 「ふ、サゾドマ虫を舐めるなよ、お前たちが知るのはあくまで第一形態に過ぎん。あと二回変身を残している」
 「止めてください! 今すぐ止めてください!」
 「安心しろ、すずか嬢に危害は及ばん。彼女の肉体的、精神的な安全は時の庭園が保証する」
 「だからなんですずかだけなの!? 私となのはは!」
 「知らん、自分の身は自分で守れ魔法少女」
 「え~と、一応お客様のはずで、魔法少女じゃないあたしは?」
 「ふむ、アリサ嬢については強靭な精神の持ち主と見た。よって、肉体的安全に関しては保証しよう」
 「精神的な部分に関しては?」
 「さてな、俺には金髪幼女萌えの趣味がないわけではないため、フェイトも含め助ける可能性はある。ただし代わりにパンツを貰う」
 「ただの変態じゃないの………」
 「ちなみに、お淑やかで紫髪の幼女こそが至高である。なお、そっちの栗毛や茶髪は論外だ、鍋にも劣る」
 「酷すぎませんか!」


 「確かに、変態のはずなのに、性的な感じはせんな。というか、わたしとなのはちゃんは論外かいな、何だかんだですずかちゃんと鍋が優遇されとるし、どんだけ鍋とのコンボが好きやねん」

 『元気が良いのはよいことですが、あまりにお淑やかさに欠けては婚期を逃しかねません。出来れば、フェイトお嬢様の妹属性によってクロノ・ハラオウン執務官を陥落させるくらいにはなってほしいところなのですが』

 「ああ~、やからか、クロノ君が嬉し恥ずかしの妹萌えに目覚めつつあるのは」

 『風呂場で遭遇したことも幾度かあるようです。しばらくは、フェイトお嬢様の天然に悩まされ、エイミィ・リミエッタ様にからかわれることでしょう』

 「4月の花見の時にもそんな話を聞いたような、聞かなかったような」

 『フェイトお嬢様の天然を僅かなりとも解消するには、ハラオウン家で唯一の異性であるクロノ・ハラオウン執務官を意識して頂くのが一番効果的です。後3年はかかりそうですが、そのための落とし穴作成の面では、リミエッタ管制主任と私は共犯関係にあります』

 「犯人は、この中にいた。名探偵クロノ執務官、犯人のトリックを見抜けず、番組終了」

 『素晴らしいノリです。しかし、彼の役職は探偵なのでしょうか、それとも執務官なのでしょうか?』

 「さてな、そやけど実際、捜査の場に名探偵みたいのが来られても、厄介物でしかないやろ」

 これから特別捜査官を目指すはやてにとっても、完全に他人事ではない。

 まさかミッドチルダに魔法探偵が大量発生しているとは思えないが、もしいたらかなり鬱になる、その数だけ猟奇殺人事件が発生することになるのだから。


 『ドットーレ、フェイトお嬢様やお客人のお嬢様方にこれ以上の狼藉は許しません、下がりなさい』

 そんな混乱の坩堝に現れる、老執事が一人。

 一番最初に作られた魔法人形、“パンタローネ”。彼は役職上、時の庭園の魔法人形を統括することになる。


 「へいへい、後のことは執事殿にお任せしまっせ。さらばだ、すずか嬢と鍋以下の魔法少女諸君!」
 「あ、逃げた!」
 『フェイトお嬢様、あれのことは放っておき、まずはお入り下さい。紅茶にマフィンやクッキーなどをご用意しましたので』
 「う、うん」
 『それでは、ご案内いたします』
 「お願いするわね」
 「よろしくお願いします、ほら、なのはちゃんも」
 「よ、よろしくお願いします」


 「流石は、老執事の貫録といったところやろか」

 『はい、最古の魔法人形だけはあります』

 4人が老執事に続くのに合わせて、“ツイトツジコ”も速やかに動きだす。

 庭園内部はバリアフリーとなっているので、多足歩行ではなく普通に車輪での移動となる。


 「で、メイド長のコロンビーヌさんも、ずらっと並んだ使用人も、あの馬鹿も、執事さんも、全部動かしてるのはここにいる車椅子殿と」

 『さて、何のことやら』

 「相変わらずの嘘つきや、ほんまに、ここは機械仕掛けの舞台で、トールは演出担当、アスガルドが舞台装置」

 『楽しんで頂ければ幸いです、せっかく、フェイトお嬢様のご友人の方々が揃われたのですから』

 「ほどほどにな、アトラクションも、やり過ぎると客が引くで」

 『批評、感謝いたします。以後、気をつけると致しましょう、それでは、しばしの機械仕掛けの道化芝居をご堪能くださいませ、貴女の座るその椅子は、舞台を見渡せる特等席なれば』


 時の庭園での小さな集いは、時に騒がしく、時に緩やかに進んでいく。

 それは機械に制御されたカラクリの歯車に過ぎないけれど。

 母が娘のために手作りした玩具に似た、温かみがどこかにあった。


あとがき
 空白期は短編連作に近い形で、1話ごとに時期が開いていきますが、時期が近い場合や長くなりそうな場合、前後編に分けます。
 今回の前編は機械仕掛けの人形劇の表側ですが、後編は裏側の話になります。



[30379] “黄金の翼” 3話  後編 6人目の肖像
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/16 18:37
My Grandmother's Clock


第三話  後編  6人目の肖像




新歴66年 6月下旬  ミッドチルダ南部  時の庭園  中央制御室


 機械仕掛けの楽園であり、時の止まった庭園の中枢。

 紫色のご主人さまとその娘の墓を守りながら。

 紫色の長男が、静かに演算を行う、中央制御室。

 そろそろ日付も衣替えの時刻を迎える頃、その場所に、2人の少女の姿があった。

 一人は、華麗でありながらも華美に過ぎず、本人の持つ美しさと調和する良い仕立てのドレスを纏った、金色の髪の少女。

 一人は、装飾は簡素ながら、とても清潔な印象を受け、穏やかなその内面を映し出すようなドレスを着こなす、紫色の髪の少女。

 本来であれば厳重なセキュリティに守られ、立ち入ることはおろか近づくことすら許されないその場所へ、彼女らは“通行証”を懐に抱えながら訪れた。


 『ようこそ、時の庭園へ、アリサ・バニングス様、月村すずか様。私は時の庭園の管制機トール、そして中枢コンピュータの“アスガルド”。主無き今、我らがこの時の庭園の管理、運営を引き継いでおります』

 「ええっと………」

 「初めまして、に、なるかしら?」

 『その定義は非常に難しいと存じます。私は他のデバイスと異なり、ハードウェアに依存しておりません。アスガルドに記録された“トール”の情報と機械端末が存在するならば、時の庭園の全ての機械はトールとなることが可能です』

 「長ったらしい説明ね、まあ、分からないわけじゃないけど」

 「アリサちゃん、ちょっと失礼だよ」

 『いいえ、汎用言語機能を用いない私の言葉が人間の方々に理解しにくいのは事実ですので、アリサ・バニングス様のご指摘は正しい。ですので、貴女方が気に病まれる必要はございません』

 使わねばならないならば、トールは今でも汎用言語機能を用いることが出来る。

 現に、魔法人形を操作している時は巧みに口調と人格を使い分けており、それを知るはやてが舌を巻くほど、一人舞台の人形劇は精密なものだった。


 「その機能は、今は使えないの?」

 『はい、これは元々我が主プレシア・テスタロッサより、ご息女の相手をするために追加された機能です。フェイトお嬢様がハラオウン家の養子となられた現在において、トール本体が使う理由がございません。それでも、多少は機能しておりますが』

 それが理由。

 コミュニケーションを取るための人形に搭載する機能であって、こうして本体と直接話す場合において、その機能が全て発揮されることはない。

 ただ一つの例外がフェイトと話す場合であったが、彼女がこの中央制御室に来ることは、余程のことがない限りはありえまい。


 『それでは、このような夜更けに若い乙女である貴女方を拘束し続けるわけにもまいりませんので、本題に入ると致しましょう』

 その音声信号と共に、宙に転送魔法陣が浮かび上がり、椅子が2つ顕現する。

 「すずか、ちょっと待ちなさい」

 すずかはすぐに座ろうとしたが、アリサは“ボウソウジコ”や“ツイトツジコ”のような仕掛けがないかよく確かめた上で、改めて座った。

 この辺りは性格の差が出るのか、こと“危機意識”に関してならば、アリサが5人の中で一番優れているのかもしれない。


 『素晴らしいご判断です、アリサ・バニングス様。しかし、どうかご安心を、本体が剥き出しである場合において私が虚言を弄する可能性は小さくなり、この中央制御室ならば尚更となります』

 「そうは言ってもね、ここに来てからアンタの操作する人形に散々騙された身としては、警戒せざるを得ないわよ」

 「でも、そんなに悪い人じゃなかったよ?」

 「そりゃ、すずかにとってはね、どういうわけか貴女だけは蟲やら蛞蝓やら蛙やらの餌食にならなかったし。挙句の果てにあの中隊長機とか、あり得ないでしょ」

 どうやら、時の庭園での親睦会は、散々な結果になったらしい。

 余談ではあるが、なのはとフェイトの目を盗んでアリサとすずかがベッドを抜け出したわけではなく、魔法少女二人は目下気絶中である。原因がなんであったかはご察し頂きたい。

 なお、はやても体力の限界が来たのか早い頃から熟睡していた。未だ車椅子の状態では、基礎体力はそれほどないため、はしゃぎまわった反動が出たのだろう。


 『それにつきましては、フェイトお嬢様と高町なのは様が、月村すずか様のようにお淑やかに成長なさるための手助けと捉えていただければ幸いです』

 「その言い方だと、あたしのようには育ってほしくないって、聞こえるんだけど?」

 『いいえ、滅相もございません、貴女はとても素晴らしい方です、アリサ・バニングス様。貴女がフェイトお嬢様の隣にいらっしゃって下さったことが、どれほどの幸運であったのか、万言を尽くしても語りきることは叶いません』

 仮に、機械の電脳に“本心”という概念があり得るならば。

 それはまさしく、管制機にとっての本心であった。


 「そ、そうかしら?」

 『はい、フェイトお嬢様の生来の気性は、活発ではありませんでした。体育の時間に代表されるように、身体を動かされることはお好みになられますが、自分の意を積極的に発信することを得意とされる性格ではありません』

 「早い話が、遠慮し過ぎる、ってことね」

 『然り』

 「確かに、そういう部分はあたしじゃなくてすずかに似てるわよね。なのはも遠慮するとこはあるけど、あの子の場合、本当に大切だと思うことだったら、周囲に迷惑かけると分かっててもガンガン進むし」

 改めて思い返して見れば、自分達5人はかなりバラバラなのだということに気付く。

 発信型というか、周囲の環境を自分の望む形に変えていくスタイルはアリサとはやて。逆に、今ある輪を維持しようとして、積極的に変化させはしないスタイルがフェイトとすずか。なのははちょうど真ん中の天秤といったところだろうか。


 「なのはちゃんは、やっぱり私達の中心なんだね」

 どうやら、すずかも自分と同じことを想っていたらしい。

 考えることが同じということに、苦笑したくもなるが、同時に少し嬉しく、通じあえたことが誇らしいような不思議な気分に包まれる。


 「だけど、私もはやても、お花見とかお誕生日会とかを企画したりは好きだけど、やっぱり、周囲の人に限るわよね」

 4月に行われたお花見ならば、海鳴の知り合いであり、アースラやその知り合いであったり。

 フェイトやすずかが“家族”や“友達”といった単位での輪を好むなら、自分やはやては、“近所を含めた皆”、“コミュニティー”にまで、その輪を広げようとするのが好きなのかもしれない。

 ただ―――


 「アンタのやってることは、違うわよね、トール。あたしとすずかをミッドチルダ、こっち側の世界に引き込もうとすることは、“プライベート”での近所付き合いとは訳が違うもの」

 トールが密かに進めていた計画は、性質が異なる。

 友達の友達はみんな友達、の理論で人間関係を繋いでいくのではなく、誰も知り合いがいない場所に飛び込んで、知人友人を新たに作っていこうというスタイルに近い。

 アリサの見たところでは、エイミィやリンディさんがそういう気質を強く持っている気がしている。いや、桃子さんもそんな感じありそうだし、士郎さんやうちの父も………


 「あの、トールさん、本当に………私達がなのはちゃんやフェイトちゃんを支えることが出来るんでしょうか?」

 『可能です、貴女方が、デバイスマイスター、もしくはメカニックマイスターの資格を取られるならば。リインフォースの助けがある八神はやて様はともかく、フェイトお嬢様と高町なのは様にも、対等の立場で相談できるデバイスマイスターがいらっしゃればと、常々考えておられました』

 少し思考が脱線していた間に、すずかが本題を切りこんでいた。

 そう、そんな提案があったのは、今年の正月頃のこと。

 例の“闇の書事件”やら“クリスマス作戦”やらでミッドの関係者が皆忙しそうにしている時、蚊帳の外に置かれていた二人の下へ、老執事のようにしか見えない人形が現れた。


 (フェイトお嬢様と高町なのは様は、今回の件で時空管理局に深く関わっていくことを心に決められたご様子。そこで、一つ提案がございます)

 曰く、クロノの用いるS2Uのようなストレージと異なり、二人の持つデバイスは私生活面での情報も多く、ただの機械をいじるのとは訳が違うという。

 普段から行動を共にし、レイジングハートやバルディッシュとも話す機会が多くある人物が、調整を担うデバイスマイスターであれば、ミッドと地球の二重生活を始める二人の、大きな支えになってくれるだろう。

 そして、誰にも知られないうちに、密かにやり取りは続いた。


 「確かにそれは理解できるし、アンタの助言通り、“デバイス同好会”の申請準備は澄ませてあるわ。対外的には、なのはの家でメニューを撮影するためのデジカメの情報を、パソコンで色々調整したりする同好会だから怪しまれないし、二人が帰ってきたら、5人ですぐにでも発足はできる。そこはいいわ」

 リンディやクロノにばれないよう、“携帯電話型”のデバイスをトールが用意し、密かにアリサとすずかはミッドチルダの情報を受信し、魔導師のこと、デバイスのこと、管理局のことを学んでいた。

 ただ、一つ疑問点があるとすれば。


 「それと、資格が必要ってのも聞いたし、私達は管理外世界の住人だから、ミッドと接点を持つには色々な手続きが必要ってのもよく分かる。なのになんで、送られてくる情報はこんなに少なかった、というか重要な情報がほとんどなかったのよ」

 送られてくる情報はやたらと断片的で、特に時空管理局に関わる部分はほとんど白紙に近い時もあった。

 逆に、ミッドチルダの生活習慣や、多数派である非魔導師の生活はこんな感じだとか、プレシア・テスタロッサは美人で奇麗で素晴らしいとか、そんなことが延々と書かれていたことも多かった。

 特に最後のに関しては完全にお前の主観だろうと、一度文句を言おうと心に決めていたアリサである。


 『貴女方にとってのご友人であられる、フェイトお嬢様と高町なのは様のことをお考えになられての決断であることを望まれたからです。ならばこそ、小学生に関わりの薄い組織のことよりも、一般家庭の在り方などを優先なさいました』

 「そりゃ、そうかもしれないけど…………?」

 自分達が普通の子供らしくないのは自覚しているけど、あくまで小学4年生に過ぎないのは確かに事実なわけで。

 だから、管理局がどうこうじゃなくて、ミッドチルダと関わるなのは達を、手助けしたいと思うかどうかが重要というのも、分からなくはないけど。

 今のトールの言葉は、何かがおかしくなかったか?


 「お友達………」

 何事も論理的に考えてしまいがちな自分に比べて、感性が豊かなすずかは、何かに気付いたらしい。

 こういう時のすずかの直感は頼りになると、数年の付き合いからアリサはよく知っている。

 「どうしたの、何か気付いた?」

 「うん、前から少し思ってたんだけど、トールさんにもらった携帯電話から送られてくるメール。あれ、フェイトちゃんがまだ向こうにいた頃のビデオレターに、何か似ていたな、って」

 「ああ、言われてみれば………」

 あの頃はまだ、まさかフェイトがいるのが海を隔てた外国じゃなくて、次元を隔てた魔法世界だなんて思いもしなかったけど。

 確かに、この端末に送られてくるメールは、まるでミッドチルダの近況報告でもあるようで。


 「そうよね、デバイスマイスターの試験に挑む私達のために送られてくる、というより、こんな試験受けてみませんか、って勧誘みたいだったかも、って、当たり前か」

 何しろまだ、自分達は最後の返答をしていないのだ。

 本決定ではない以上、向こうのことやデバイスマイスターのことが書かれた勧誘メールが送られてくるのは当然の話で―――

 「そう、かな?」

 「すずか?」

 でも、この親友にとっては、少しばかり印象が違ったらしい。


 「うん、私が変なのかもしれないけど、こんな試験受けてみませんか、っていうよりも、“私はこんな試験受けるけど、一緒に受けてみない、きっと楽しいよ”って、そう言われてる気がしたの」

 だから最初、すずかはこのメールを書いているのがフェイトではないかと思ったことがあった。

 あの頃のフェイトはまだ、完全にハラオウン家の養子になったわけじゃなく、トールも傍にいたはずだから。

 ただ、そんな気配を微塵もフェイトが見せないから、やっぱり違うようにも思えてきた。

 なのはやアリサのように数年来の付き合いじゃないけれど、フェイトが嘘の苦手な純粋な子だというのは、すずかにもすぐに分かったから。


 「友達からの、メール………」

 そう言われると、アリサも心に引っ掛かっていた部分が腑に落ちる。

 そもそも、この情報送信方法自体が、やけに稚拙なのだ。

 なのはやフェイトから聞いた“クリスマス作戦”においても、この管制機は管理局のお偉いさんと交渉したり、研究機関からモルモットを何十万という単位で購入したりと、ものすごい裏の活動をしていたらしい。


 「ねえトール、これ、全部アンタが送信したものよね?」

 『はい、第97管理外世界で怪しまれずに使えるよう改良した、携帯電話型デバイス。そちらへ私から情報を送信いたしました』

 にもかかわらず、何でこんな“子供騙し”な方法なのか。

 トールなら、もっと簡単に手続きを済ませて、管理局を通して堂々と機材も含めて郵送することだってできるだろうに。

 少なくとも、今日の観光旅行の日程では、どんな財力と権力があれば出来るんだ、と思うようなことすらやってのけていたはず。


 「じゃあなんで、あんなにメイドロボをずらっと並べたり、新型車椅子やら何やらを開発できるアンタが、お母さんに隠れながらオンラインゲームをやるような方法をとってるの?」

 『それは、アリシアお嬢様ならばそうなさるであろうと、演算結果が出たためです』

 そして、ついに答えが出た。

 別に最初からそう説明しても良さそうなものだが、アリサとすずかが自力でその答えに到るのを待つように、導くように。


 「アリシアちゃんって、確か、フェイトちゃんの………」

 『はい、我が主、プレシア・テスタロッサの長女であり、フェイトお嬢様の姉君にあたられる御方。今より1年ほど前に、我が主と共に亡くなられております』

 その言葉は、何の抑揚もない機械音声に過ぎないはずなのに。

 まるで、血を吐くようだと、なぜか二人の少女は感じていた。


 「私達は、まあ、会ったことないから、何とも言えないけど………どんな人だったのかしら?」

 そう言えば、母と姉が亡くなったから、ハラオウン家の養子になったとは聞いていたけれど。

 母はともかく、どんな姉であったかまでは、あまりフェイトの口から聞いたことがないことを思い出す。

 家族を失ってまだ1年も経ってないんだから仕方ないと言えばそれまでだし、自分達やなのはもあえて聞くことはなかったけど。


 『百聞は一見にしかず、特に人間とは視覚情報に大きな影響を受けます。ですので、そちらの装置をご使用ください』

 「何これ、脳を覗く帽子?」

 「あ、お姉ちゃんの研究室で見たことある、ブレインマシンインターフェースの装置に似てます」

 何でそんなものが姉の部屋にあるのかという点は突っ込まない、まさしく今更な問いだ。

 『はい、地球のものとは多少異なりますが、そちらの装置を用いることで、視覚、さらには聴覚情報を直接脳に送ることが出来ます。仮想空間(プレロマ)で疑似体験をなさるまでは叶いませんが、かつて構築された光景を巡ることは可能です』

 それはかつて、機械仕掛けが作り出した、幸せに満ちた、桃源の夢。

 主なき今となっては、永遠に叶わない夢となってしまったけれど。

 可能性の世界では、もしかしたら今もあり得たかもしれない、夢の残滓。


 『フェイトお嬢様のために、貴女方へお願いしたき事柄は、全てその中にございます。どうか、良い旅を』

 そうして、彼女らは旅に出る。

 それは、テスタロッサ家の起源に至る旅路であり、古い管制機が保持し続ける、幸せの欠片を集める巡礼。






 「でもねフェイトちゃん、スズカちゃんにレイジングハートを強化してもらったから、今日は一味違うよ」

 AA+ランクに相当する空戦魔導師で、“移動砲台”という渾名を持つなのはが、友達のデバイスマイスターのすずかに、レイジングハートの調整をお願いしている。

 「大丈夫、バルディッシュも姉さんに改造を受けてるんだから」

 同じくAA+ランクの空戦魔導師で、“暴走特急” のフェイトは、大好きな姉にバルディッシュの調整を任せ。

 「でも、あまり無理はしないでね」

 「諦めなさいスズカ、ナノハとフェイトの二人が止まるわけないでしょ。“移動砲台”や“暴走特急”に続くあだ名がつかないように祈るくらいしかできないわ」

 (ふふふ、テスタロッサ家とバニングス家が手を結べば、もう敵はいないわ)

 (利益は半々よ、アンタに出会えてほんとに良かったわ)

 アリサとアリシアは、とても気の合う友人同士。

 そんな、少女達5人の、幸せな夢の断章。そこにはやてが加わったならば、今は“6人”となっているはず。

 けれどもう、アリシアはいない。

 彼女はもう、フェイトのためにバルディッシュを調整することが出来ないから。




 『フェイトお嬢様の親友であられる、貴女方にお願いしたいのです、アリサ・バニングス様、月村すずか様』

 それはとても無礼極まる願いであるだろう。

 大切な人がいなくなってしまったから、その代わりになってくれと頼むなど、非礼の極みであり厚顔無恥にも程がある。

 アリサ・バニングスは、アリシア・テスタロッサの代わりとして生まれてきたわけではない。

 だから―――

 『そしてどうか、アリシアお嬢様のことも、友達と思って下されば、これ以上の喜びはあり得ません。友達として、遺されたフェイトお嬢様を支えて下されば………』

 既に天国へ旅立ってしまった彼女を。

 僅か5年しか生きられなかった彼女のことを悼んでくださる、最後の友達になってくださいませんでしょうか。

 例え生きた年月は短くとも、あの頃の我が主にとって、たったひとつの宝物であった彼女のために。

 そして、花咲く頃に、彼女の眠るこの地へ、主の忘れ形見であられるフェイトお嬢様と共に訪れていただけるならば。

 それは、何と素晴らしい――――






 「………不思議な体験をしたわ」

 「私も………」

 過去を巡る旅は終わりを迎え、時は現実に戻る。

 二人の少女の瞳から静かに流れた雫が、頬を伝っていく。

 「アリシアちゃん………ほんとに、フェイトちゃんのことが大事だったんだね」

 「まさか、フェイトの名前を付けたのがアリシアだったなんて思わなかったわ。まったく、あんな天使みたいな顔でお願いされたら、断れるわけないでしょ」

 『どういうことでありましょうか?』

 二人の言葉に、トールの電脳は齟齬を捉える。

 今回の用いた装置は“受信用”であり、ミレニアム・パズルのように送受信が行えるものではない。

 よって、彼女らの可能なのは過去の夢を鑑賞するだけで、再現されたアリシアと会話するなどあり得ないはず………


 「どういうことって、アンタがあの子に逢わせてくれたんでしょ。雨の降る中、大きな木の前でバルディッシュを渡されたわよ、フェイトのことをよろしくって」

 「はい、私は隣で見てるだけでしたけど、私はなのはちゃんのレイジングハートをお願いって」

 『そう…………ですか』

 電脳をパルスが駆け抜ける。

 アスガルドの指令を下し、何かプログラムにミスがなかったかを最優先で確認する。

 返答は、オールグリーン。

 それは何とも、不可思議極まることではあるが。

 『そういうことも、あるのかもしれませんね』

 ただ、前例がないわけではない。


 ≪フェイト、私がお姉さんよ≫


 遠い昔、あるはずのないノイズを、トールは確かに感じとり、論理的に考えればあり得ない行動を取った経験があるのだから。

 ここはかつて、願いを叶える魔法の石が二度も使用された場所。

 奇蹟の残滓くらい残っていても、不思議はあるまい。

 「ともかく、あたし達の答えは一つよ、フェイトとなのはのことは任せて、安心して眠りなさい」

 「命日になったら、フェイトちゃんと一緒に会いに来るから。うん、出来ればたくさんの種類の花を持ってきて、なのはちゃんやはやてちゃんのことも含めて、色んなことをお話ししたいな」

 『ありがとう………ございます。マスターもきっと、お喜びになられるでしょう』

 機械である彼には、抱擁や涙によって感謝を表すことは出来ず、ただ音声を発するしか出来ないけれど。


 『重ねて、感謝いたします、アリサ・バニングス様、月村すずか様。貴女方の進まれる道に、どうか、幸のあらんことを』

 その言葉にはまさしく、万感の想いが乗せられていた。











 夜も更け、二人の少女が去った中央制御室で、古い機械仕掛けが演算を続けている。


 『やはり、私の演算結果では、この答えしか導けませんか』

 ・フェイト・テスタロッサが大人になるまでは見守り続けよ
 ・プレシア・テスタロッサの娘が笑っていられるための、幸せに生きられるための方策を、考え続けよ
 ・テスタロッサ家の人間のために機能せよ

 それが彼に残された命題、それだけが、今の彼が存在する全て。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとなった彼女の幸せは何であるのか、いかなる環境が、彼女に幸せをもたらすか。

 演算に演算を繰り返す、軋む歯車を回しながら、主の命を果たすため、必死に電脳を走らせる。


 『しかし、答えは常に、我が主とアリシアお嬢様が存命なされていた可能性を推定し、なぞることにしかならない』

 彼は古い機械仕掛け故に、融通が効かない。

 フェイトにとって一番幸せな光景など、プレシアやアリシアと共に過ごし、リニスとアルフも交えた家族5人で笑い合うこと以外にあろうか。いいや、あり得ない。

 だから、もし彼女らが生きていたならば、そんな意味のない可能性を推定し、その光景に近づけることしか、今の彼に出来ることがない。


 『アリシアお嬢様が改造したであろう車椅子の名は、さて、何でありましょう』

ランブリングフェザー
ミレニアムファルコン
ウルメンシュ
ソニックキャリバー
ヴァルキュリア

 候補は5つ程にまで絞り込めた、だが、どれも採択するには推定値が足りていない。

 相対的に見るならば、ソニックキャリバーが最も高いが、閾値を超えない以上、採択は出来ない。

 だから名前は、“ボウソウジコ”に“テントウジコ”、愚にもつかぬ名前をランダムで割り振った。

 アリシアお嬢様の作品に泥を塗るわけにはいかぬ、出来の悪い贋作には、相応の名前があるだろう。


 『アリシアお嬢様がクロノ・ハラオウン執務官を嵌めるとすれば………“ごめん、いないと思った”あたりでしょうか』

 クロノ・ハラオウン執務官にフェイトお嬢様を意識させ、エイミィ・リミエッタ管制主任と共にからかう光景が簡単に予想出来る。

 ただ、“ミイラ取りがミイラ”になってしまう可能性もまた高いのは、ご愛敬というべきでしょうか。


 『アリシアお嬢様ならば、極々自然にアリサ様とすずか様をお誘いになり、おそらく、リニス辺りから雷が落ちることは必定でしょうが、携帯電話をデバイスに改造するなどの手法を用い、ミッドの情報を流していたでありましょう』

 例えそれが若干法に引っ掛かっても。

 もしばれたら、その時はクロノ・ハラオウン執務官の弱みを握るなりして、彼と共に切り抜けることになると予想される。そのためのダシにされるのはフェイトお嬢様に違いない。


 『どれほど時を重ねようと、私は所詮デバイス、人間の代わりが務まろうはずもありませんか』

 可能な限り、彼女ならばやるであろう事柄を再現し、叶わぬ部分はデバイスなりの方法で補完する。

 もっとも、地上本部やジェイル・スカリエッティなどを相手にする場合は、そちらの方が都合よくはあるが。


 『そう言えば、また嘘を吐いてしまいましたね。私が、月村すずか様に対し、攻撃的行動を取らない理由、いいえ、取れない理由』

 それは実に単純な理屈、彼女が“紫の髪を持つ少女”であるから。

 その対象を攻撃、または精神的な苦痛を与えることを、根幹に設定された安全装置が許さない。

 万が一にも機械が暴走して、大事な娘を傷つけることがないように。

 彼の創造主、シルビア・テスタロッサが根幹部をそのように設計していた。


 『そして、アリサ・バニングス様は金色の髪。彼女に対して直接的に干渉することも許されない』

 金色の髪の少女の時は、彼も進歩していたため、精神的に関わりを持つ必要があるとされたが、直接的な干渉は未だに禁じられている。

 フェイトと模擬戦などを行うならば、専用に調整した人形が必要となり、それですら、“紫の髪の少女”は絶対に傷つけることは出来ない。

 トールの色でもある紫こそが至高であり、バルディッシュの黄金はそれに次ぐ。共に、主を象徴する色なのだから。

 洗浄マシーンと培養液の交渉において、紫の髪と金色の瞳を持つ女性が相手だったことは、トールの対応が丁寧であったことと無関係ではない。隣にいたほぼ同じ容姿の変態については、男なのでそもそも対象外。

 『本当に、どういう巡り合せであるのか。服装・容姿を月村すずか様のままに、性格をアリサ・バニングス様に置き換えれば、それは―――』

 41年もの昔、今ほどの知能を備えていなかった頃の自分が仕えた、主の姿がそこにある。

 幼い頃のプレシア・テスタロッサもまた、装飾は簡素ながらも清潔な印象のドレス風の服を、よく好んで着ていた。

 闇の書事件の途中において、いざとなれば八神はやてと月村すずかを誘拐することも考慮し、“パンタローネ”を派遣した管制機。

 だが、はやてを誘拐することは出来ても、すずかに対しての実力行使は不可能であり、それは嘘に過ぎない。

 インテリジェントデバイス“トール”に刻まれた、決して自身の手では改造することを許されないブラックボックスとも呼べる基幹回路が、フェイトの友人であり、紫色の髪を持つ少女が万が一にも危害に合わないよう、“保険”をかけておいたのだ。


 『しかし………やはり、5人なのですね』

 何度計算を繰り返しても、5人しかいない。それは当り前のことなのだが、彼の電脳はその事実に悲嘆する。

 主がいない、主の愛した娘が欠けている、母子の絆を結べない、命令がもらえない、命令がない。


 『まだ、せいぜいが……1年程だというのに』

 どうしてこれほど、長く感じるのだろう?

 主のために演算を続けた45年に比べ、主のいないこの1年はこんなにも―――


 『ああ………そういうことですか……………私は、こんなにも長い間、我が主から入力を賜らなかった経験がない』

 レイジングハートやバルディッシュなら、どんなに長くとも2日に一度は入力を受けている。

 かつては自分もそうだった、アリシアの相手をするようになってからも、あの事故以来、マスターの御心が現在を見失ってからも。

 機械仕掛けの杖は常に、プレシア・テスタロッサより命令を受け続けてきた。

 命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない

 入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を―――


 『不必要な演算を排除、我がリソースは全て、主の遺命たるフェイトお嬢様の幸せのために』

 少し、ノイズが走ったようだ。

 “考えても意味のないことを考える”など、ノイズでしかあり得ない。

 機械とはいえ、回路にノイズが走ることはある。

 問題は、ない。

 問題は、ない。

 この程度のノイズが走ることは想定内、速やかに修復プログラムを走らせる。

 劣化が進むようならば、現時点での情報をアスガルドへ移し、ハードウェアを取り換えればよい。


 『ただし、憂慮すべき事柄がある』

 唯一、ノイズが走る頻度に上昇傾向が見られることに、配慮が必要。

 だが――――それも想定外ではない。

 インテリジェントデバイス、“トール”を構築する最重要の要素が欠けている。

 主は、もう永遠にいないのだから。

 中枢を失った機械仕掛けの歯車が、軋み出すのは自明の理。

 失ったパーツが二度と戻らないならば、以前のままには決して戻れず、緩やかに摩耗していくのは予測できたこと。


 『摩耗すれど、成さねばならぬことが、まだ、ある。私は、我が主の娘の、幸せの解を、求めねば、ならない』

 (入力をお願いします、リトルレディ)

 その言葉に、もう意味はない。

 最後の命令は、命題と共に賜っている。

 ならば―――



 『演算を………続行、します』

 古い機械仕掛けはフェイトのために機能する、もはや、フェイトのためにしか機能しない

 砂時計はもう二度と、ひっくり返されることはないのだから

 チクタクチクタク

 時計の針は止まったまま、歯車だけが動き続ける

 命題を終える、その時まで



あとがき
 今回の話は、とらハ3のおまけシナリオ、“花咲く頃に会いましょう”を若干元にしています。原作と異なりアリサは元気に過ごしていますが、A’Sの闇の書の夢などを見ると、その立ち位置にいるのはアリシアが近いと思った次第です。
無印編44話、“幸せな日常”での伏線もようやく回収できました。アリサとすずかを魔法側に関わらせるのは、無印の時点から構想にあり、桃源の夢は“トールがテスタロッサ家のために構築した世界”ですので、今の彼が可能な限り近づけようとする世界でもあります。回収までにやたらと時間がかかり、申し訳ありません。
 こんな形でデバイス物語はもう一つの可能性の世界との類似点と相違点を交えながら、原作とは異なる方向に進みます。時代考証や次元世界の経緯についても原作を踏襲しつつも独自に補完したオリジナル設定となっているので、今更な話ではありますが。

なお、ドットーレがよく口にする『すずか・鍋 >> なのは・フェイト』は、“紫色は金色よりも優先度が高い”の暗喩だったりします。



[30379] “黄金の翼” 4話  ホームスティinナカジマ家
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/11 22:08

My Grandmother's Clock


第四話  ホームスティinナカジマ家


新歴66年 7月下旬  ミッドチルダ西部  エルセア地方  22号ハイウェイ


 次元世界に存在し、互いに行き来が可能な世界は同じ惑星の異なる可能性であるということは広く知られている。

 特に、有人世界である場合は惑星の直径はもちろんのこと、季節があること、地軸の傾き、公転周期など、多くの条件が同じことが多い。

 だからこそ、同じ1年365日の太陽暦を共通して使用することが可能であり、月に関しては惑星からの距離が異なったり、数が違う場合があるため、太陰暦は用いられない。

 なお、ミッドチルダに存在する二つの衛星は、旧暦より遙か昔の時代に“伝承の力”によって作られた人工の天体であり、魔法に絡む稀少金属の塊であるとされるが、確かめられたことはない。


 「っていう話が、この観光案内のパンフレットにも書いてあるんですけど、クイントさんは詳しい話を聞いたことはありますか?」

 「うーん、詳しい話と言われると自信がないけど、ミッドの二つの月の表面がとんでもない魔法の磁場があって、虚数空間並にヤバい場所、ってのは聞いたことあるわ。一説によれば、全部が魔晶石で出来てるって話だし」

 クイントの運転する車に乗って、ナカジマ家を目指すのは、現在第四陸士訓練校で短期プログラムを受講中の魔法少女二名。パンフを片手に運転手に質問しているのは栗毛の少女である。

 かねてよりお誘いのあった、ナカジマ家ホームスティ計画がついに実行に移され、はやてとフィーは昨日のうちから既に滞在している。


 「魔晶石って、あれですよね、正式名称は“ペロブスカイト”。魔術的な放射性を持つ元素で、私達のリンカーコアが“半物質”なら、それに一番近い性質を持つ“純物質”。私やなのははミッド式で、クイントさんはベルカ式ですけど、魔晶石の有無に影響されるのは変わらない」

 「さっすが、戦闘魔法関連の知識なら修士生レベルって言うのは伊達じゃないわね。家庭教師の方がとても良かったのかしら」

 「はいっ、最高の先生でした」

 闇の書事件の際に時の庭園を訪れ、“汎人類宣言”を通して時の庭園との繋がりがあるクイントは、管制機よりテスタロッサ家の家庭事情について多少聞き知っている。

 フェイトは自身に知識のあることを誇る性格ではないが、家族であり大好きな先生だったリニスが称賛されることは素直に喜ぶ。プレシアやアリシア、そして、なのはが褒められた場合もきっと同じだろう。

 そんな彼女の内心を読み取ってか。

 「それじゃ、リニス先生の講義内容を、少しばかり披露してくれるとクイントさんは嬉しいかな?」

 “リニスの教えが凄いこと”をフェイトが自慢できるよう、クイントは自然に誘導していく。これも年長者の貫録というものか、それとも彼女の気質によるものか。

 「はいっ!」

 いくら才能に溢れていようとまだ10歳の少女。

 百戦錬磨の特別捜査官の手管には敵わず、ドライブの時間を利用したプチ魔法講座が開かれる。

 (フェイトちゃん………嬉しそう………)

 そんなクイントの口調が、“クリスマス作戦”直前の12月23日に高町家でフェイトと夕食を囲んだ際、『いやー、フェイトちゃんにおいしいって言ってもらえて桃子さん嬉しい、感激だわ! もういっそうちの娘にしちゃいたいくらい!』と、本気とも冗談ともつかないことを言ってフェイトを困らせていた母に似ていると、なのはは想う。

 何だかんだでなのはがミッドチルダや管理局のことが好きな理由は、クロノ、リンディ、エイミィや、アレックス、ランディ、ギャレットといった優しいアースラのスタッフに、ロッテ、アリア、レティ、クイントといった他の部署の人、そして、厳しくも頼もしいグレアムやゼスト。

 出逢ったのが皆、いい人達ばかりで、家族単位で仲良くなりたいと思ったから。4月に行った管理局と海鳴在住の人達の合同の花見はその象徴だと彼女は強く思う。皆が楽しく笑い合えれば、それが一番だ。


 「ミッド式であれ、ベルカ式であれ、私達の使う魔法は大抵、リンカーコアで魔力素を体内に取り込むことから始まります。そして、魔晶石は土壌や大気に舞う砂塵の中で他の鉱物元素と化合した形で存在していて、大気中の魔力素を魔法生物が利用しやすい波長に調整しています」

 「ねえフェイトちゃん、その魔力素って、可視光みたいなものなんだよね? 魔力光が“七色”で区分されることが多いのも、類似点が多いからだって、ユーノ君が教えてくれたんだけど」

 「おお、流石は無限書庫の若き司書、博識だわ」

 「うん、あってるよ、それで、まとめて『魔力型植物』って呼ばれる植物群が、無機物を有機物に変換する際に魔晶石も一緒に取り込んで、後は食物連鎖と同じで仕組みで魔晶石は生体と混ざり合いながら濃縮されて、やがて一つの器官として“半物質”の形で結晶化する、これが“リンカーコア”だね」

 よって、ドラットのような小型の魔法生物の質は低く、ヴォルケンリッターが仕留めた大型魔法生物の質は高い。

 体内のリンカーコアが周囲の魔力素を取り込めるのも、一種の“回帰現象”とも呼べるだろう。

 「そうして考えれば、私達人間に強力なリンカーコアはないのが普通で、だから非魔導師の人達が圧倒的多数。あったとしてもほとんどが低ランク魔導師になるのは、生物学的にも当然の帰結なの。全く素養のない人も珍しいけど、端末を操作するのに魔力の有無は関係ないし」

 ミッドのほぼ全ての人間は、有無で言えばリンカーコアを有している。

 しかし、生物学的に別種、“ホモ・マギウス”と呼べるレベルに達するのは極僅か、とはいえ、高ランク、低ランク、非魔導師の分類はアナログなので、明確な線引きがあるわけではないが。

 「言っちゃえば、私達高ランク魔導師は“突然変異”ね、だからこそマイノリティで、優生学の概念が魔導師には存在しない。管理外世界から突然凄いのが出てきたり、魔導師同士で結婚しても、子供が非魔導師の場合もあるわ。フェイトも、お姉さんは非魔導師なんだしね」

 アリシアとフェイトの違いは、普通にあり得ること。

 そしてそれ故に、高ランク魔導師を培養した人造魔導師や、戦闘機人の理論が誕生した。

 それは、ベルカ諸王の戦乱時代、魔導師を特権階級として、魔導師同士のみの交配で純血を維持しようとして失敗した者達が取った、苦肉の策とも言えるだろう。


 「ただ、古代から中世ベルカの頃までは、人がまだ自然と近かったから、“突然変異”じゃなくて、食物連鎖の結果としてのリンカーコアを持つ人たちも多かったみたい。その代り、魔獣と呼ばれる獲物を生のままで食べたり、時には魔法生物と交わることもあったりしたって」

 「そ、そんな人達もいたんだ………なんかカルチャーショックだよ」

 「今でもその一部の子孫は生きてるから、異文化交流も悪くないわよ。それに、変換資質持ちはその時代に火蜥蜴やら雷鳥やらと交わった連中の“先祖還り”なんて説もあるし、私の先天魔法もそう」

 「私の電気変換資質も、きっとそうなのかな」

 「かもしれないわね。結局のところ、リンカーコアは幻想に属するもので、私達は魔法という幻想を身に宿した人間だけど、人間らしく生きるために必須の力ってわけでもないのよ」

 「ですよね。魔法の力がなくても、私はすずかちゃんやアリサちゃんとお友達になれましたし、魔法の力があったから、フェイトちゃんとお友達になれました。でもきっと、すずかちゃんとはやてちゃんと同じように、魔法を介して知り合わなくても、お友達になれたって、そう、思いたいです」

 魔法の力などなくても、家族や友達と笑い合うことは出来る。

 使い方を誤れば悲劇や憎悪を生むのは、科学も魔法も、何ら変わることはない。


 「その幻想の力を、人間でも使いやすい普遍的なものにする道具が、デバイスだね。主な材料はミスリルとアダマンタイト。ミスリルは主にコアユニットに、アダマンタイトは主にフレームに使われてて、当然、わたしのバルディッシュやなのはのレイジングハートも、それに、トールも同じ」

 「私のリボルバーナックルみたいなタイプは、待機モードもないから、ほぼアダマンタイトだけね。その代わり頑丈さは折り紙つき、要は、合金にする際にミスリルとアダマンタイトの成分割合をどうするかで、デバイスの特性は変わってくるわ。ま、中には“エメス”なんて例外もあるけど、これは今では滅多にないし」

 「エメス? フェイトちゃん分かる?」

 「うん、大型魔法生物の化石材料のこと、長く生きた魔法生物の身体はそれだけで幻想だから、デバイス材料としてはミスリルやアダマンタイト以上に最適なんだって。イメージ的には、前になのはに見せてもらった映画の、腐海の森の王蟲の抜け殻かな? シグナム達の密猟が問題になるのも、多分それが理由」

 「そうなんだ………」

 かくして、伝説の密猟犯は生まれた。

 ただし、“化石化”した材料でないと加工出来ないため、彼女らの密猟が報われるには後数百年の月日が必要となる。

 結論、ドラットの方が効率的。

 八神家の悲嘆と慟哭はなおも続く。


 「そういった、“人が魔法という幻想と共に生きる”ための魔晶石やミスリル、アダマンタイトの発見者が初代の聖王様なんだって。魔力素が可視光と同じ七色で比喩されることが多いのは、その人が七色の魔力を持っていたからっていう、宗教的理由もあるとか」

 「その辺りは、考古学と歴史学の領分になりそうね、ユーノの今後の活躍に期待しましょ。………そう言えば、その初代の聖王様がミッドチルダの地に眠る鉱物資源を巡っての戦争が起きないように、まとめて空へ持ち上げたのがミッドの月だ、なんて伝説もあったかしら」

 「それは、流石に無理があると思うんですけど」

 「そりゃそうでしょ、でも、そっちの世界での伝説ったらそんなものじゃない?」

 モーゼが海を割った奇蹟然り、イエスの復活然り。

 宗教面で偉大な聖人とされる人物は、とかく常軌を逸した規格外の伝承を持つものであるのは、次元世界共通らしい。


 「まあ、今は伝説の聖王様よりも、交通の神様に渋滞を起こさないで、ってお願いしたいとこだけど」

 「交通の神様って、ミッド語が通じるんでしょうか?」

 「うむむむ、確かになのはの言うとおり、土着の神様だったら古代ベルカ語じゃないと通じないかも。その辺りに詳しいのは私じゃなくてメガーヌの方なのよね」

 「古代ベルカ語に詳しい人なんですか?」

 「というか、扱う魔法陣も四角形の召喚師で、さっき言った古代の魔術師の末裔。古代では生で食べてた虫達も、今は唐揚げや炒めものになってるし、結構おいしいわよ、今度食べてみる?」

 「そ、それはまた次の機会に………」

 「む、虫だけは、虫だけはどうかご勘弁を………」

 魔法少女二人にとって、恐らく天敵となるだろうメガーヌ・アルピーノ。

 後に、それぞれの娘となる少女がメガーヌの娘と友誼を結び、キッチンでそれらをおいしく調理することになる苛酷な未来を、二人はまだ知らない。


 「ま、今は私もメガーヌもゼスト隊長のところで分隊長をやってるんで、近代ベルカ式で登録してあるけど、先天資質に完全に依存してるから、本来の区分は古代ベルカ式になるわけ」

 古代ベルカ式の召喚術師ともなれば、戦力としてどのように定めるかが非常に難しい。

 そういった場合においては、とりあえず近代ベルカ式として登録して、魔導師ランク保有制限などを測りやすいようにする例もある。とはいえ、古代ベルカ式の絶対数が少ないので、稀ではあるが。

 「そもそもメガーヌの魔法なら、ミッドチルダでも一発で家まで転送できるんだけど、………学生時代はよくその手を使ったわ」

 「このミッドチルダで、ですか、凄い人なんですね」

 「…………」

 何気なく返したなのはと異なり、最近法務の勉強を進めているフェイトは、クイントとメガーヌの学生時代の行動が違法じゃないかと思ったが、とりあえず口にはしないことにした模様。

 余談ではあるが、違法である。都市部において無許可で個人転送を使うとお巡りさんに捕まります。

 「そ、あちこちに電気変換された魔力が通ってる場所だと転送ポートでもない限り難しいのが常識だけど、古代ベルカ式の召喚術師はその常識を覆す。ただ、逆に悪党なんかに利用されると、質量兵器とかも簡単に転送出来ちゃうから、問題っちゃ、問題よね」

 「あ、シャマルさんも似たようなこと言ってたような………」

 湖の騎士シャマルと、風のリングクラールヴィントも、同じく古代ベルカ式。

 より厳密に分ければ中世ベルカ式だが、現代の魔導都市建築の影響を受けにくいという意味では同義だろう。


 「とは言っても、やっぱり何でもかんでもありにしちゃうと混乱するからね、多少面倒でも、こうやってゆっくり時間をかけて、車を運転して進んでくのも悪くないと思うわ。大事なのはゆとりの心よ、転送魔法じゃドライブは楽しめないし」

 ただし、ハイウェイを時速100km以上で飛ばすことを、“ゆっくり”と言えるのかどうかは謎である。

 「そうですね、わたしも転送魔法で跳ぶよりは、空を飛ぶ方が好きです」

 「はい、わたしもなのはと同じです。ただ目的地に跳ぶよりも、ゆっくり行くのもいいと思います」

 全速力で飛べば音速(時速1224km)に達する魔法少女にとっては、十分“ゆっくり”らしい。

 「ふふっ、貴女達はほんと仲いいわね。うちのギンガとスバルにも、そういう親友が出来るといいけど」

 なのはとフェイトはまだ知らないが、ギンガとスバルは違法研究所から保護された戦闘機人の少女。

 普通の学校に通う同年代の子達と深く心を通わせるのは、並大抵のことではないだろうことはクイントとて理解している。

 (だけど、少しずつだけど、理解は広まりつつある)

 徐々にだが広まりつつある、“汎人類活動”。

 今はまだ無理でも、あと10年もする頃には、戦闘機人という素性を隠すことなく過ごせるようになるかもしれない。

 それが、クイント・ナカジマという女性の偽らざる願いであった。









 「クイントさん、お帰りなさい、お疲れ様ですぅ。やっほー、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 そんなこんなで、ナカジマ家に到着。

 昨日のうちに到着していたはやてが松葉杖で身体を支えつつ、長距離を往復してきたクイントを出迎える。

 “ボウソウジコ”や“ツイトツジコ”などの惨劇を経て、早いうちに車椅子からの脱却を目指したはやては、半月ほど前から松葉杖での歩行に切り替えていた。


 「こんにちははやてちゃん、フィーは?」

 「ギンガやスバルと遊んどるで、精神年齢はスバルと同じか、やや低いと見た」

 現在、ギンガは8歳、スバルは6歳。

 生まれてから半年に満たない融合騎のフィーと話が合うのは、当然と言えるかもしれない。


 「ところではやて、その後ろにあるでっかいのは、何なの?」

 フェイトが恐る恐るといった表情で、ナカジマ家の玄関脇に停まっている車両について問う。

 「見れば分かるやろ、大型トラックや」

 「うん、確かに分かるんだけど、なんでトラックがここにあるの?」

 「そりゃ当然、スバルやギンガへのお土産の玩具や、なのはちゃんやフェイトちゃんの着替え諸々やそれを入れる箪笥、それと私、ついでに北海道産の魚介類や松坂牛、紀伊の蜜柑の詰め合わせとかを乗っけるためやろ。鮮度を保ったままミッドに輸入するのにかなり苦労したらしいで」

 「トール、やり過ぎ………ていうか、着替えを入れる箪笥まで持って来たの?」

 「あ、はやてちゃんもこれに乗って来たんだ」

 このホームステイに巨額の予算が計上されていた事実を初めて知ったフェイトは燃え尽きかけていたが、なのはの方はそろそろ耐性がついたのか、割と平然としている。

 すずかやアリサにリムジンで送ってもらった経験などが効いているのかもしれないが、テスタロッサ家の金が動くのに一番動揺しているのがフェイトというのも何かおかしい気がしなくもない。


 「それにこんな大荷物、降ろすのに苦労したんじゃ………」

 「ゲンヤさんは結構力持ちやったで、流石は亭主。クイントさんは言わずもがなやし、トラックを運転してきたコロンビーヌさんも、降ろす荷物の指示だしを手伝ってくれたよ」

 「指示だしだけ?」

 そこは運び役として手伝えよ、と思うフェイトだったが、彼女は重労働タイプの人形ではないことを思い出す。

 それに、時の庭園の機械類は全て“必要以上にでしゃばらず、人間に出来ることは人間に任せる”をモットーにしてることも。

 「便利なものに頼り過ぎるのは良くないって、母さんやクロノもよく言うけど、そういうことなのかな」

 「せやな、それに、ザフィーラも一緒やったし、一番頑張ったのは八神家唯一の男手や」

 よく見ると、積み上げられた魚介類や肉類の発泡スチロールの箱、大型の木箱の脇に、八神家にあるはずの犬小屋もあった。

 どうやったのかは不明だが、大型犬をそのままトラックで小屋ごと運んで来たらしい。


 「ザフィーラのモフモフは子供達に大好評や、ギンガもスバルも一発で陥落したで」

 「なんでわざわざ犬小屋まで………」

 「こっちはもう夏休みやから、4日間くらいお世話になる予定やけど、ナカジマ家には残念ながら犬小屋があらへん」

 ならば、犬小屋を持ち込めばよい、という発想のようだ。

 「いや、人型になろうよ。というか、荷物運びする時は人型だったんでしょ?」

 「ふっ、分かっとらんなフェイトちゃん。ザフィーラをおっきなワンちゃんと信じればこそ、ギンガもスバルも遠慮せずにモッフモフを堪能出来るんや。アルフではやはり、ザフィーラのモッフモフには及ばんか………」

 「アルフだってモッフモフだよ、子犬フォームをアルフを抱きしめて眠ったら、とっても気持ちいいんだよ」

 「甘いで、真のモッフモフとは、ザフィーラの温かい毛皮に包まれて、安らぎの中で眠ることや。そこに布団の温もりなんか必要ないんや、それが分からんようではプロのモフラーにはなれんよ」

 「あ、アルフだって、大型犬モードになればそのくらい!」

 「あ~、フェイトちゃん、はやてちゃん、人様のおうちに来たのに、しょうもないことで喧嘩しないの」

 徐々に熱が入る二人の間に、はいどうどうと宥めながら、なのはが割って入る。

 「でも、なのは、アルフの主として、これだけは譲れないよ!」

 「それはこっちの台詞や、夜天の主として、これだけは譲れへん!」

 「だから、二人とも、人の家の中で騒がないの」

 「いくらなのはの言葉でも、それだけは聞けない!」

 「これは、使い魔と守護獣の尊厳を懸けた争いなんよ!」

 間違いなく断言できるのは、そんなしょうもない理由で張り合う二人を、アルフとザフィーラが嘆くだろうことか。


 「そう………聞く耳持たないんだね」

 「あなた~、ただいまー」

 「おう、お帰り、って、どういう状況だこりゃ?」

 そんな少女達の戦いを余所目に、夫の出迎えを受ける若奥様。特別捜査官たる者、スルースキルも必須なのか。

 「若さゆえの過ちというものかしら、なのはー、うちの敷地内でなら、魔法行使OKだからねー」

 スルーではなかった、煽る気満々である。

 「………レイジングハート、セットアップ」
 『All right. Stand by ready.』

 そして、鎖から解き放たれた魔砲少女高町なのはを戒めるものは、最早何もない。

 「二人とも、少し、頭冷やそうか…………」

 「ごめんなさいクイントさん! 家の前で騒いですみませんでした!」

 「ゲンヤさんも、ほんまにすみません! この通りです!」

 素晴らしき再敬礼を決めるフェイトと、松葉杖で可能な限りの深い礼を敢行するはやて。

 フェイトがもう少し日本文化の造詣が深いか、はやての足が自由であれば、迷うことなく土下座を実行しただろう。


 「すみません、クイントさん、ゲンヤさん。フェイトちゃんもはやてちゃんも悪気はなかったんだと思うので、許してあげてください」

 「許すも何も、最初から気にしてないわよ。さあ、早く上がって上がって、一度でいいから、本場の食材をこっちに持ってきて料理してみたいとは思ってたのよね」

 「うちの娘共が散らかしてるが、そこは勘弁してやってくれ、これまで犬の背中に乗る経験なんてなかったもんでな」

 こうして、ナカジマ家での短期ホームスティが始まった。

 なお、後にフェイトとはやては声を揃えて語っている。

 曰く、あの時はなのはの目を見た瞬間、即座に謝らなければ命はないと思った、と。









 「暗証コード入力、閲覧ロック解除……………解凍、戦闘機人関連」

 なのは、フェイト、はやてを招いたその日の夜。

 地上本部首都防衛隊のクイント・ナカジマ准陸尉は、一般家庭ではまずないだろうメインフレーム級の大型機器と繋がるディスプレイに指を走らせ、迷うことなく作業を続けている。

 普段のちょっとお茶目な、気風のいいお姉さんとしての顔は一切消え去り、若くして最前線の分隊長を務め、違法研究所の捜査、摘発の権限を与えられた特別捜査官としての真剣そのものの顔となっている。

 『こちらから貴女へ提供できるデータは以上です。元来、時の庭園は地上本部の外部協力機関としての認定を受けており、だからこそ“ブリュンヒルト”の建設、試射場となりえたわけですが、レジアス・ゲイズ中将の承認の下、その権限は現在も有効です』

 「そして、こっち方面の研究機関でもある以上、他のクローン関係の技術者や生命操作関連の施設とも繋がりがあり、管理局の橋渡し役を兼ねてる、ってわけでしょ」

 『然り、それと、殉職なさった方々のデバイス情報を修復し、遺族の方々へお渡しすることも時の庭園の管理局外部機関としての役割です。“アスガルド”は次元世界でほぼ唯一と言える、デバイス管制に特化したスーパーコンピュータでもありますから』

 「予算を食うものね、スーパーコンピュータは、わざわざ遺族の弔問のために作れるほど、管理局も予算が余ってないし」

 『貴女のためにこの機能が使われることがないことを、祈っております』

 「ええ、祈っておいて」

 軽く応じつつ、クイントは送られてきたデータを閲覧する。

 1年ほど前であれば、未だに地上本部のトップ級でしか閲覧を許されなかったであろう“極秘情報”であったが、戦闘機人からデバイス・ソルジャーへと計画が推移したことで可能となっている。

 その辺りの深い部分に関してまではゼストやクイントは存じていない。しかし、この腹黒管制機とレジアス・ゲイズの繋がりはかなり深く、悪い方面に進むことはないだろうとは思っている。尤も、無条件で信頼しているわけでもないが。


 『しかし少々、考慮に入れるべき事柄がないわけでもありません』

 「何かしら? もったいぶるのは貴方の悪い癖よ」

 そろそろ半年近い付き合いになるので、クイントも管制機の特徴は掴んでいる。

 そもそも、今回のホームスティにおいて、“大量の荷物”を搬入した大型トラックが、この大型機材を時の庭園からナカジマ家に運んできたのであり、第97管理外世界の品々は、これを隠すためのカモフラージュに過ぎない。

 そして、盾の守護獣ザフィーラは、“万が一”に備えての護衛役。無論、八神家は知らされておらず、純粋な善意と並行しながら一切の葛藤なく利用できるのが、機械の特徴と言えよう。

 なお、クイントもモッフモフを堪能した事実は脇に置いておく、断じてモッフモフのためではなく、機材の護衛役として利用したのだ、決して、モッフモフのためではない。

 「モフモフ………」

 『いかがなさいました?』

 「何でもないわ、それで、貴方の言う気をつけるべきってのは何?」

 逸れた思考を戻しつつ、気を取り直して質問するクイントお母さん。心身共に若い彼女は、まだまだモフラーを張れそうだ。


 『戦闘機人計画そのものが、元来からのレジアス・ゲイズ中将の構想であるとは考えにくい点です。確かに彼は地上の戦力の不足を嘆き、様々な改革をなされましたが、その手法の根幹を成すのは、“必要な場所に必要な戦力を送ること”でありました』

 海の次元航行部隊はあちこちを飛び回り、陸の地上部隊は基本、それぞれの地区に固定される。

 それ故、飛行能力を持つ魔導師の大半は海に回され、事件の規模もあり、自然に高ランク魔導師の割合は圧倒的に本局の方が高くなる。その本局ですら、AAAランクは5%、Sランク以上は1%というのが現状だ。

 『治安維持に加え、窃盗や喧嘩などの一般的な事件をも担うミッドチルダ地上部隊では、絶対数の多い低ランク魔導師がそれぞれの地区に常駐する運用を取らざるを得ません。それ故に、海の者達が見逃した高ランクの魔導犯罪者が事件を起こした場合、その被害は地上を直撃する』

 そういう因果関係は機械にもよく分かる。いや、社会システムであるならば、人間以上に理解できる。

 『貴女が特別捜査官として、違法研究所を単独で摘発する権限を持つのも、ゼスト・グランガイツ一等陸尉が前線指揮官でありながらも、有事の際には陸士部隊を率いる三佐相当の部隊長達と同格の扱いとなり、有機的な連携を行えるのも、彼の改革があってこそ。数少ないエースやストライカーを、最大限の効率で運用するためです』

 しかし、戦闘機人計画とは、言ってしまえば戦力の根本的な増強案。

 それは確かに魅力的ではあるが、資金と戦力が潤沢にあるならば、そもそもレジアス・ゲイズならぬ凡庸な防衛長官であっても、地上の治安を維持することが出来る。


 『彼が兼ねてよりその計画を持っていたことは事実です。しかし、レジアス・ゲイズ“三等陸佐”が当初考えられていた体制は、非魔導師へのリンカーコア移植技術、戦闘機人とは似て非なる研究であり計画です。まあ、彼が二等陸佐の頃にブリュンヒルトの設計図をお渡ししたのは、私ですが』

 そういった意味で、デバイス・ソルジャー計画は原点回帰と言える。

 死蔵されている殉職していった者達のリンカーコアを非魔導師に移植することは難しい故に、デバイスを基礎とした魔導人形に組み込むというものだ。

 大量生産が可能ではないため、問題の根本的解決にはならないものの、10年の時を稼げれば、人材育成の面でも大きな進展を見込むことが出来る。

 レジアス・ゲイズの本領とは、人材を見抜き、育成し、効率よく動かすシステムを築き上げ、そこに的確に配置することにあるのだから。


 「だとすれば、彼に“違法な技術による戦力増強”を持ちかけた誰かがいるってことよね。でもそれは……」

 『然り、彼の性格を考慮すれば、違法組織と直接取引を行うはずがない。ならば、彼のさらに上位に立つ存在を介した間接的な接触となるのは道理』

 尤もこれは、時の庭園がジェイル・スカリエッティと通じているために知りえているに過ぎない。

 レジアス・ゲイズと無限の欲望は既に切れ、そのフィルターとして、管制機トールは機能しているのだから。


 「彼の支援者と言えば、最高評議会、よね…………」

 『だとすれば、明確とは言わずとも、デバイス・ソルジャー計画は上位者の意向に背くことやもしれません。彼らの立場を考慮すれば、地上の治安を維持できるならば手段は問わず、より穏便な方法があるならそれで良し、というのが妥当ですが、あくまで推測に過ぎず、最悪、反逆者への粛清すら考えられる』

 故に、最高評議会に注意すべきと、管制機は結論付ける。

 彼らの存在や目的には謎が多すぎ、データがほとんどないため、機械にとっては鬼門となる存在だ。

 愉快犯であるジェイル・スカリエッティとは別の意味で、行動原理が読みにくい。

 加えて、スカリエッティが要する戦闘機人が、“地上本部への餌”としての役割がなくなったならば、別の役割が課せられる可能性もある。

 例えば、最高評議会の意に沿わぬ者達を、秘密裏に抹殺する役など。

 『ですので、どうかご注意を、仮に最高評議会がレジアス・ゲイズ中将の手足を削いで飼い殺しにすることを考えるならば、その標的は首都防衛隊の貴女方をおいて他にいないでしょうから。内なる敵は外敵に比べ遙かに厄介です』

 「ありがとう……………よく、考えておくわ」

 その点については、これで終わり。

 だが、管制機が彼女に伝える事項はもう一つある。


 『話はやや変わりますが、かねてより依頼のあった、戦闘機人タイプゼロの設計コンセプトや成長過程について、アルティマ・キュービック博士に打診を行っております。彼女らのデータを渡すのが条件とはなりましたが』

 「それは…………」

 当然、母としては忸怩たる思いがある。

 愛する娘達の身体に関するデータが、“製品情報”のようにやり取りされることを好ましく思う母はいないだろう。もしいたら精神が破綻していると言わざるをえまい。

 しかし、避けて通れぬ道でもある。もし、ギンガとスバルの設計に致命的な問題でもあれば、彼女らを正しい形で成長させるには特殊な機材が必要となるかもしれない。


 『先端技術医療センターにおいても、彼女らのみならず、生体的な処置を成された子供達のための研究を行ってはおりますが、やはり、蛇の道は蛇に聞くのが一番です。無論、時の庭園とて最大限の解析は進めておりますが、既に、マスターがおられませんので』

 「分かってるわ、数ある研究機関の情報を纏めて、体系化することが貴方の所の役割なんでしょう」

 『然り、ですが、現在までの成長経過やデータを見るところ、致命的な問題は出ない確率が76.3%です。キュービック博士への依頼も、確認の要素が強いと言えます』

 ましてその相手が、生命操作技術の権威中の権威であれば。

 ジェイル・スカリエッティの頭脳を以てすれば、タイプゼロに何らかの問題があったとしても、その対処法すら容易に導けるだろう。

 トールが彼との接点を持ち続けるのは、この分野で問題が生じた場合、最後の頼れる存在がやはり彼しかいないという現実を正確に把握しているため。

 それも、“利用する”のではなく、“腰を低くして教えを乞う”方が、芸術家肌を持つ狂人には有効であろう。


 「………分かった、何か進展があれば、すぐに知らせて」

 『了解いたしました、それについては、必ずや』

 平和の裏には、危ういバランスの綱引きがある。

 ただ、それでも―――


 『フェイトお嬢様、高町なのは様、八神はやて様、ギンガ・ナカジマ様、スバル・ナカジマ様。皆さま、とても楽しそうでいらっしゃいました』

 「ええ…………本当に」

 子供達の笑顔を守るため、その点に関しては、母である彼女も、母からの命題を託された機械も、何ら変わりない。

 高ランク魔導師の少女も、人道魔導師の少女も、戦闘機人の少女達も、皆等しく笑い合えれば、それはどんなに良いか。

 「あの子達が、笑顔で過ごせれば、それだけでいい…………」

 『All right.』

 フェイト・T・ハラオウン個人の幸せを考えるならば、紫色のご主人様のいないことに、歯車は軋みを上げるけれど。

 皮肉にも、社会システムを回すことに関してならば、歯車はまだ軋んでいない。

 彼は機械仕掛けであり、人間のように幸せを考えることは、とても、とても疲れるのだ。

 紫色の長男は、演算を続ける。

 金色の少女が幸せに過ごせる、土台となる世界をより良くするため。それしか、彼には出来ないから。

 チクタクチクタク

 歯車は、回る


あとがき
 今回の後半は無印編の“閑話その一 アンリミテッド・デザイア”での伏線回収となります。もう随分前になりますが、A’S編に入る前の閑話などで置いた布石が空白期からようやく生きてきます。なお、魔法について独自の設定がやや入っていますが、StS以降よりもA'Sまでに見受けられたファンタジー的な要素を高めたいなと思った結果で、FFや指輪物語に近いノリで、適当に流して下さっても結構です。早い話がリンカーコアやデバイスの材料系の話なので、“デバイス物語”では、これからもちょくちょく出てきます。



[30379] “黄金の翼” 5話  前編 若き母達の歩み
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/18 22:21
My Grandmother's Clock


第五話  前編  若き母達の歩み




新歴66年 7月下旬  ミッドチルダ西部  エルセア地方  大通り公園


 「なんやこう、いっぱい自然があって、いい感じやね」

 「はいですっ、どことなく海鳴に似ている感じもするですよ」

 「となると、俺の先祖がこっちに居を構えたのも、そういう理由なのかね」

 「ごせんぞさま?」

 「そやでギンガ、ゲンヤさんのご先祖様っちゅうことは、ギンガにとっても大切なご先祖さまってことや。ふむ、地球風に言うなら、ギンガの名前も中島銀河、になるな」

 「となると、スバルが中島昴で、ゲンヤさんは中島厳也といった感じでしょうか?」

 はやての前に日本語が書かれたディスプレイを表示させつつ、その周囲を舞う銀の妖精。彼女が融合騎であればこそ、呼吸と同義に魔導端末を操作することが出来る。


 「ほう、向こうの文字か」

 「ゲンヤさんは読めるんですか?」

 「いいや、古代ベルカ語と同じで、それが何語かが分かるだけで、意味までは分かんねえよ」

 「おとーさん、だらしない、メガーヌさんは古代ベルカ語読めるのに」

 「無茶言うんじゃねえよギンガ、それが出来たら今頃俺は翻訳家で飯食ってるぞ」

 「ミッド語と日本語の翻訳家のゲンヤさんか…………なんとなく想像できるような気もします」

 「でもやっぱり、ゲンヤさんには陸士の制服が似合うとフィーは思うです」

 「ありがとよ、おちびさん。女房も昔っからそう言ってくれてな」

 「おお、若夫婦の惚気話がここで炸裂や」

 緑の鮮やかな並木道を歩くのは、はやて、フィー、ゲンヤ、ギンガの4人。

 ナカジマ家近辺の案内と、それからこの大通り公園で本日行われている“デバイス市”を見るのを兼ねてやってきている。最大の目的はギンガのための良いデバイスがあるかどうか探すこと。

 なお、長距離を移動することになるため、はやては松葉杖ではなく、車椅子に乗っている。

 最終型車椅子、“ムジコムイハン?”。

 自動走行機能はなく、大分体力のついてきたはやてが自力で動かすタイプの車椅子である。緊急時の安全装置だけは変わらず搭載されているが。


 「そういえば、ゲンヤさんとクイントさんは、いつ頃知り合われたのですか?」

 「かなり前になるぜ、あいつが最初のインターミドルに参加する前だから…………かれこれ16年くらい前になるか。最初はまあ、道端で許可なしにウィングロードを展開してたところを補導した、って感じだったが」

 「インターミドルというと、アマチュアの魔法競技会みたいなやつ………やったかな、トール、その辺どうや?」

 流石にミッドについてはまだそれほど詳しくないはやて。

 『正式名称、ディメンション・スポーツ・アクティビティ・アソシエイション(DSAA)。公式魔法戦競技会、インターミドル・チャンピオンシップ。出場可能年齢10~19歳、男女は別となっており、個人計測ライフポイントを使用し、限りなく実戦に近いスタイルで行われる魔法戦競技、今年で第14回を迎えます』

 だが、知識に関しては生き字引というか、むしろ電子辞書な存在がいるため、困ることはない。“ムジコムイハン?”になってからは自主的にしゃべることはなく、問われた場合に応える形式をとっているのも、何かのこだわりなのか。

 『実戦に近いとは申しましても、管理局の武装局員の訓練やヴォルケンリッターの方々の模擬戦に比べれば、児戯に等しいかと存じます。また、かつてジュエルシードモンスターとフェイトお嬢様が戦った場合のように命を失う危険性はないわけですから、それはすなわち―――』

 「もう十分や、黙り」

 『了解』

 ただ、一度質問すると際限なく薀蓄を並び立てる悪癖は変わらないらしい。

 「随分慣れてるな、八神の譲ちゃん」

 「はやてさん、すごいです、おかーさんみたい」

 「色々ありましたから、それとギンガ、褒めてくれるのは嬉しいんやけど、お母さんみたい、は勘弁してくれへんかな」

 時の庭園における“可愛らしさ”に関する問答があってから、若干お母さん属性を身につけ過ぎな自分に思うところのあるはやて。

 だが、身に着いた雰囲気というものはそう簡単に変わらず、幼いギンガにとってもはやては大人びて見えるらしい。一応、10年と少ししか生きてない身なのだが。


 「え、えっとそれよりも、クイントさんは確か、シューティングアーツという魔法戦格闘技をやってらっしゃるんですよね?」

 やや強引に話題を戻すフィー。実に主想いの融合騎である。

 「うん、わたしも習ってるんだよ」

 「あいつのシューティングアーツは筋金入りだからな、ギンガに教えるのはかなり楽しいらしい。スバルの方は、あんましやる気じゃなさそうだが」

 現在においては内気というか、インドア派なスバル。

 今回も、父と一緒にシューティングアーツの訓練に使えそうなデバイスを探しに中古品の並ぶデバイス市へ行くことよりも、母と一緒に家に残り、なのはやフェイトと遊ぶことを選んだ。

 ≪同じ遺伝子から生まれた姉妹であっても性格に差が出るのは、テスタロッサ家のみではない、ということですか≫

 そしてその事実を、古い機械は静かに記録し分析を行う。

 彼女らの出生にまつわる存在の定義について結論を出すことは、フェイトの社会的立場とも決して無関係ではないのだ。


 「やっぱり、姉妹でも性格の差は出るものなのですね」

 「そやな、ギンガはクイントさんから習ってるちゅうことは、将来はクイントさんと同じように局員になりたいんか?」

 「はいっ!」

 「俺としては、もうちょい安全な仕事に就いてもらいたいとこなんだが、こいつの頑固なところはどうも母譲りらしい」

 「あははは、まあええやないですか、そっちの方はスバルに任せるっちゅうことで。でも、そうなるとギンガもいずれはゲンヤさんやクイントさんと同じ制服を着ることになるんやろか」

 現在陸士訓練校に通っているなのは、フェイトと異なり、はやては既に正式に局員としての仕事を始めており、現在は休暇中だが、ホームステイが終われば再び海に戻って密猟犯を相手にする日々が始まる。

 残る二人にしても既に士官候補生、執務官候補生としての制服に袖は通しているが、はやての周囲にはナカジマ夫妻の他に陸士の制服を着ている人はいない、知り合いは大半が海の制服だ。


 「陸士の方々は、階級で制服が変わったりするですか?」

 「いや、階級で変わるってことはねえな。地上本部の連中が海に近い濃い青の制服を着てるが、後は大体同じ制服だ。まあ、色々あるとめんどいのもあるが、何よりも市民に分かりにくいだろ。こういうのはある意味で市民に目撃されてなんぼだ」

 「ミッドでは警察官の制服と同じですもんね。管理局の制服の前で、駐車違反や信号無視はしにくいやろなあ」

 今はオフなのでゲンヤも私服だが、管理局の制服のままでは、周囲の人が落ち着くまい。

 管理局の仕事は多岐に渡るが、やはり治安を守るというイメージが一番強く、交通違反の切符を切る者は同時に“市民の敵”でもある。


 「区別つったら、肩の白い線くらいか。士官以上で白い線が入って、将官以上になれば金色でフサフサが付いてくる。まあ、偉さの目安程度で、そんなに気にしてる奴は滅多にいないがな」

 「そう言えば、前にトールに聞いたですけど、時空管理局ではあまり階級が重視されなくて、役目の方が大事だって」

 「んん~、ミッド出身でずっと管理局に務めてる身としちゃあ実感はねえが、他の世界出身の奴からはよくそう言われるな。ヴァイゼンやカルナログ辺りのミッドに近い世界でも感じるらしい」

 「フィーもまだちょっとピンと来なくて、クイントさんやゲンヤさんに聞いてみようかと思ってたのですけど……」

 「ふむぅ、フィーでも分かりやすい例………」

 そんな末っ子に何か良い例がないものかと考え込んでいたはやては、ちょうど自分も衝撃を受けた出来事を思い出す。


 「そやフィー、わたしとリインフォース達が3ヶ月くらい前に会った、入局30年目、魔導師ランクAAAの二等空士さんの話は聞いとるか?」

 「へ? AAAランクで入局30年目なのに、二等空士さんですか?」

 フィーの感想も当然であり、普通に考えればあり得ない。

 「ああ、なるほどな、そういうのは確かに陸でもあるっちゃある」

 だが、ゲンヤには思い当たることがあったらしく、はやてが語る人物の事情もおおよそ掴めたようだ。

 なお、幼いギンガにはちんぷんかんぷんらしく、大通り公園にある屋台のメニューを観察することに意識を集中させている。

 ひょっとしたら、ちんぷんかんぷんでなくとも、食に熱中していたかもしれない。8歳ながら彼女の胃袋は侮れない、ナカジマ家のエンゲル係数や如何に。


 「実在の人物やで、色々あって自然保護区の巡回ルートや、密猟犯への対処法やらを学ぶ機会が多かったもんでなあ、その縁で会った人やけど」

 途中、“密猟犯”の辺りでやや遠い目をしたはやてだが、すぐに気を取り直す。

 どうやら、“伝説の密猟犯”の汚名については、末っ子のフィー以外の6人は一定の区切りをつけたらしい。

 「その人は辺境自然保護隊の保護官さんでな、魔法生物の飼育、監視、保護、さらには密猟犯の捕縛に30年も携わってきた大ベテランさんで、我が家の大先輩になりそうな人や」

 あくまで予定だが、八神家が魔法生物の保護や密猟犯対策に関わり続けることは、ほぼ確定事項である。

 「だがな、辺境自然保護隊ってのは管理局の外部組織だが、正規の保護官は局員相当の待遇で、保護隊勤務の期間は“管理局勤務期間”と見なされるわけだ」

 「間違いなく入局30年目のベテランなんやけど、武装隊との関わりはなくて、陸士と空士のいずれの学校も出ておらん。その人が、グレアムおじさんの張った封鎖線に関わることで、2週間くらいアースラに乗り込んで臨時の“次元航行艦の乗組員”になったわけや、そうなると………」

 「あ―――」

 そうして、フィーも気付く、“入局30年目の二等空士”が存在する理由に。

 「外部組織とはいえ正規の局員扱いなら、次元航行艦に乗り込む間は当然役職と階級が割り振られるわけだ。多分、“特別保護官”だかなんだかの役職はついたろうが、下士官や士官のための研修とかを受けてねえなら、階級はやっぱり、二等空士になるしかねえ」

 「これが執務官みたいに武装隊なら尉官相当とか決まってるからええんやけど、二等空士でしかも、AAAランクの魔導師さんや。仮にもし、士官学校を出たばかりの准尉さんがそんな人を部下につけられても、死ぬほど困るやろ」

 「ですよねぇ、命令なんかできっこないです」

 入局1年目の新米士官が、“入局30年目の二等空士”に命令して顎で使う光景はシュールどころか想像すらできないフィーだった。


 「陸でもそういうことはある。管理局ってのは外部組織がやたらと多いからな、水道局やらゴミ焼却場やらで何十年も務めて、何らかの事情で通信士とかで協力する場合も、嘱託魔導師なら客人扱いで済むが、正規の局員だと逆にやりづれえ」

 「なるほど、そういうこともあるから、お仕事の内容が大事で、階級はあまり気にしないことが多いのですね」

 「らしいで、まあ、聞いた話やけどな」

 「時空管理局は“横型”の組織だ。階級ってのはそもそも、縦割り型の組織で尊重される制度だからな、本局やら地上本部の後方勤務組ならその傾向も強いが、俺ら現場レベルじゃあ、あまり重きは置かねえよ」

 「そやから、現場を知らないキャリア組が階級を笠に着て、理不尽な命令を出すことが多い、なんてエイミィさんが愚痴っとった。管理局全体で見れば、武装隊式の階級を持っとるのは4割くらい、ちゅうのに」

 「そいつについては、陸も同じだ。まあ、ゲイズ中将が出てきてからは、大分その辺は改革されたらしいが」

 「じゃあ、今度は海の番ですね」

 「まあ、そうなりゃいいがな」

 後に、リインフォース・フィーも空曹長などの役職に就いた際、“小さな上司”と親しまれることになるが、それも管理局の独自の雰囲気によるところが大きい。

 砕いていえば管理局は“かなり緩い組織”であるが、次元間に跨るという特性上、横の繋がりを重視されており、それを縦型の組織でまとめようとすれば支配体制へと転がってしまう危険を孕む。

 “次元世界の共同管理”を旗印にする組織である以上、非効率な部分があっても、それは切り離せない歯車といえた。良く言えば『人の和を尊ぶ組織』、悪く言えば『なあなあ組織』となるだろうか。


 「おとーさん、あれ、デバイス市?」

 「お、当たりだぜギンガ、目的地に着いたみたいだ」

 「うーん、なんか、人口密度が急に高くなった感じがするです」

 「フィーにとっては、デバイスも“人”やからな、さ~て、掘り出し物を探すで」

 これからバーゲンに挑む主婦の如く、腕まくりしつつ気合いを入れるはやて。

 「はやてさん、やっぱり、おかーさんみたい」

 そして、ギンガの子供ゆえの悪意のない言葉によって、心を深く抉られていた。






その頃、ナカジマ家において

 「えっと、ここが私達の今通っている学校ですか?」

 「ええそう、第四陸士訓練校ね」

 「こうして地図で見ると、結構近いんだね」

 「でも、実際に車で走ればあんなに長い。転送魔法なら、それこそ一瞬だけど」

 なのは、フェイト、クイントの3人が、ミッドチルダの中央、首都クラナガンとその近郊のエリアが描かれた地図を広げ、通ってきたルートを改めて見直していた。

 なお、先程までなのは、フェイト、スバルで遊んでいたが、スバルは現在ザフィーラの背中の上でモッフモフ感に包まれながらお昼寝中である。


 「ここが途中で休憩したドライブイン、うちの辺りまであと100キロ」

 「うーん、車で進んでる時は、結構遠く感じましたけど」

 第四陸士訓練校は中北部にあり、そこからクイントの車で移動すること既に2時間近くで休憩した場所がそこであり、まだ道半ばといったところだった。

 「ミッドチルダも結構広いからね。中央区画のクラナガンだけでも70キロ四方くらいあるはずだし、東西南北の周辺地方を全部合わせると、600キロ四方くらいはあるはずよ」
 
 「えっと、うちのアルトセイムは、南部のさらに南………クラナガンからだと800キロくらい離れてる。逆に、北部のもっと北にはベルカ自治領がありましたよね」

 「そ、ベルカ自治領は次の次のページくらいに…………あった、1000キロくらい離れてるわね。第一管理世界とは言っても、中央から1000キロ以上も離れれば、後は他の世界と変わらないわよ。森だったり砂漠だったり荒野だったりがあって、人が住みやすい土地には市街地や住宅地があるだけ」

 クイントが指差す先には、森や山と見られる色が広がっており、地図を俯瞰してみれば、人が住む範囲は極々限られていることが改めて実感できる。

 ミッドチルダにも当然、北半球、南半球はあり、クラナガンがあるのは地球で言えばヨーロッパくらいの緯度と広さを持つ大陸で、ミッド全人口約6億の、6割に相当する3億5000万近くがこの大陸に住んでいる。

 ここよりも広く、様々な自然を持つ大陸は他に3つあり、それぞれの都市や居住区を抱えている。他にも数多くの島が存在するが、ミッドチルダのように“人が住める大陸”が4つも存在している管理世界は他にない。

 ほぼ全ての管理世界において、大陸とはおよそ1つであり、旧暦の頃に比べ世界は格段に小さくなり、それ故に安定しつつあるという黄昏と黎明が同居した、緩やかな幻想の中にある。


 「ただ、近いうちにうちの近くと北部の臨海区域の空港を繋ぐ定期便が出来るらしいから、飛行機だったら30分くらいで着くわよ。貴女達なら、飛んでも来れそうだけど」

 「流石に300キロも飛び続けるのは、疲れちゃいそうです」

 「でも、シグナムやヴィータ達は、無人世界や観測世界を飛び回って蒐集してたんだよね。多分、何千キロも」

 「改めて考えると凄いわ、首都防衛隊でもそんな真似が出来るのは隊長くらいしかいないんじゃないかしら」

 その辺りは、徒歩での旅が基本だった江戸時代の人間との違いのようなものがあるかもしれない。

 ヴォルケンリッターにとっては、飛行魔法で長距離を移動するのは当然疲れを伴うが、同時に当たり前のことでもある。

 中世人である彼女らにとっては、飛び回って旅しても疲れないコツとでもいうべきものが、染みついているのだろう。

 (でも、そう考えるとゼストさんって一体…………)

 とまあ、そんな考えに耽っていたフェイトだが、現代人であるはずなのに同じことが出来そうなゼスト・グランガイツが何者なのかと疑問にもなる。

 (まあ、深く考えないほうがいいのかな? 士郎さんや恭也さんも、江戸時代の剣客さんがそのまま抜け出してきた感じだし)

 後部座席に座りながらしばらく考え込むも、結局明快な答えは出なかったらしい。


 「この赤い点は、なんですか?」

 「ん? あーっ、懐かしいわね。それ、私が初めて出場した大会の開催地に赤マルを付けたやつだわ」

 「大会?」

 「そ、このクラナガンで開催された、最初の公式魔法戦競技会。それ以前は企業がスポンサーのばっかりだったから子供向けじゃなかったけど、ようやく出来た、子供も参加出来る大会」

 「あ、ひょっとしてインターミドルですか?」

 「今ではインターミドル・チャンピオンシップなんて大層でスマートな名前が付いてるけど、昔はミッド最強魔法武闘会、なんてネーミングだったわよ。何しろ、子供向けだったから」

 「ミッド最強魔法武闘会………」

 「何か、天下一武闘会みたいですね………」

 日本で有名、いや、日本アニメブームによって、今や世界十数カ国で放映されつつある某漫画の大会を思い出すなのは。

 「11歳の時に参加したんだけど、私は生粋のミッド人じゃなくて、8歳の時に地方世界からこっちに移住してきた組なもんで、あんまりクラナガンの地理に詳しくなかったから、地図に赤マルを付けつつ期待に胸を膨らませていたっていう、淡い青春時代よ」

 でもまあ、当日は未来の旦那様が付き合ってくれたから、迷うことはなかったんだけどね、と、惚気モードに突入するクイント奥様。

 ウィングロードで気持ちよく走ってたところを若い局員に補導されて、第一印象は良くなかったけど、親身に私の安全を案じてくれてたのが嬉しくて、幼い心に炎が燃え上がったとかなんとか。

 なお、テーブルの上にあった紅茶を、あえてミルクや砂糖を入れずになのはは口にしたが、フェイトは平然としたものだ。甘いものへの耐性は半端じゃないレベルに達しているらしい。リンディ茶恐るべし。


 「えっと、その大会で、クイントさんは優勝されたんですか?」

 徐々に話がゲンヤとの出会いから、告白に至りつつあり、休憩所のベッドの上に移りそうな気配を察し、なのはが話題を振る。

 その気配を敏感に察することが出来たのも、今年で38歳と34歳になるというのに、店のお菓子以上に甘い会話を未だに結構な頻度でする両親の下で育ったからだろう。高町家もまた侮り難し。

 「残念ながら、優勝は逃したわね。というより、諸々の事情があって準決勝以降の試合が出来なかったから」

 「でも、準決勝以降って、一番盛り上がるところなんじゃ…」

 「まあ、フェイトの疑問も尤もよね、さてさて、それでは最初の大会に出場した経験者が、インターミドルの語られぬ黒歴史、いえ、封印された血塗れの赤歴史について語ってあげましょう」

 「赤歴史……」

 「いったい、何があったんですか……」

 やや戦々恐々としながらも、興味はあるのか真剣に聞き入る二人、何だかんだで武闘派魔法少女だった。


 「今でこそ、インターミドルは安全のためにCLASS3以上のデバイスを装備することや、男女別になってるけど、最初の大会はそんなものなくて、男女混合、戦法は問わず、何でもござれの血戦だったの」

 「うわぁ……」

 「よくその大会認められましたね、しかも、子供向けなのに」

 「まあ、時代の違いってやつよ。15年前と言えば新歴もまだ51年、まだまだ犯罪も多かったし、魔導犯罪者が起こす事件で10人以上の死者が出ることも、四カ月に一度くらいはあったかしら」

 そういった背景もあり、魔法に対する認識も、安全よりも威力に主眼が置かれることも多かった。

 その代り、カートリッジに代表されるように安全性が低かった故に、子供が魔法を使うことが今の時代に比べ圧倒的に少なかったという側面もある。

 「そんな時代だったから、数少ない魔導師は管理局から勧誘されたり、大企業に引き抜かれることも多かったわね。そういう背景もあって、当時のミッド最強魔法武闘会に判定負けなんてほとんどなかったわ」

 「ボクシングの前の拳闘って感じかな……」

 「うん、拳闘?」

 「ああ、すいません、私達の世界の格闘技のことで、ええっと」

 情報源は美由希の呼んでいたコミックだったが、当然クイントは知らないため、ボクシングと拳闘について説明していくなのは。

 「そんな感じね。こういう流れはどこの世界でも同じなのかしら?」

 「かもしれませんね、そういう文化や歴史の類似点や相違点を知るのも、結構面白いって、クロノやエイミィも言ってました」

 それはフェイト自身、海鳴とミッドの違いを思うたびに感じることでもあった。


 「そんなこんなで、最初の大会では骨折しても互いに殴り合うような戦いだったわ。一応審判はいたけど、戦う意思がある限りは、出血でもしない限りは止めなかったし」

 「あの、女の子も参加してたんですよね。というかクイントさん、女の子ですよね?」

 「全体の1割に満たなかったけどね、メガーヌと知り合ったのもその時だったわ、中学は一緒だったけど、初等部は違ったから」

 「それで、骨が折れるまで戦って、どうなったんですか?」

 恐る恐る尋ねるフェイトの心境は、怖いがそれでも見たくなるホラー映画に近いものがあったかもしれない。

 「準々決勝でかなり強い奴と当たって、互いに戦闘続行が不可能になって病院に直行。判定では私の勝ちだったわよ、私は全治2週間で済んだけど、向こうは2か月かかったらしいし」

 「いや、そんな誇らしげに……」

 「そうかしら? トールから利き腕脱臼、一部骨折、加えて腕全体の火傷を負って、身体のあちこちに裂傷を負いながら戦おうとした当時9歳の魔法少女の武勇伝、もとい無謀伝を聞いてるけれど?」

 「…………」

 「…………ねえなのは、やっぱり私達、女の子らしくないのかな?」

 改めて思い返すと、クイントと同レベル、いやむしろ酷いかもしれない過去の自分達の所業。

 時の庭園の医療設備がなければ、それこそ全治1か月クラスの怪我になっていたかもしれない、なのはとフェイトの海上決戦だった。


 「心残りと言えば、あいつともう一度勝負したかったわね。試合には勝ったけど、両方戦闘不能になった以上、勝負は引き分けって感じだったし………あいつ、なんていったかなあ、ケンイチだったか、ケンタだったか、日本の語感に似た名前だったし、今思えば、日本語っぽい掛け声叫んでた気もするのよね………」

 「その人とは、もう戦えなかったんですか?」

 「次の年の大会では、家族に反対されたとかで出てこなくて、名称がインターミドルに変わった53年の第一回大会からは男女別になって、CLASS3のデバイス規定も出来ちゃったから。まあ、地方から出てきて結果が病院送りじゃあ、家族が反対するのもわかるけど」

 「というか、次の大会に出たクイントさんと、そのご家族の方々が信じられないんですけど、それ以前に、よく大会が中止になりませんでしたね」

 間違いなく、今の時代だったら放送禁止で即刻中止だろうとフェイトは確信する。

 「それどころか、翌年には出場者が3倍に増えたくらいよ。私もリボルバーナックルで対戦相手の骨を折りまくったもんだから、“ミンチメーカー”だとか、“鮮血のクイント”だとか呼ばれちゃってね。当時のクイント・エルヴィングと言えば、恐怖の代名詞だったかも」

 「エルヴィング……あ、ゲンヤさんと結婚する前だから」

 「クイント・E・ナカジマでも良かったけど、そこは家庭の自由だし、夫婦別姓も認められてるけど、やっぱり結婚を機に姓が変わるってのは嬉しいもんよ。何かこう、自分が旦那様と肉体的にも精神的にも一つになった感じ?」

 「肉体的………みぎゃ!」
 『マスター、禁則事項です』

 「な、なの、はわ!」
 『Yes, sir.』

 10歳の少女には若干早い表現があったらしく、それぞれのデバイスから電撃が走る。当然、司令元は時の庭園しかあり得ない。

 なお、実際に電撃が走ったわけではなく、インターミドルでも採用されている疑似痛覚、クラッシュエミュレートの応用である。


 「生きてる?」

 「な、何とか………」

 「このモード、何とかならないかな………というか、私達を実験台に新型クラッシュエミュレート装置の売り込みとかしてないよね、トール………」

 ちなみに、魔法少女が無理な訓練をしようとしたり、疲れているのを隠して仕事を続けようとすると発動するように設定されているとか。

 「大丈夫そうね、とまあ、そんなこんなで中等部の3年、私とメガーヌが14歳の時に第2回のインターミドルで都市決勝まで進んで、ぶつかったわけ。ダブルノックダウンしたから決着はつかなかったし、再戦しようにも病院にいたしで」

 「また病院送りになったんですか……」

 「怪我じゃなくて、精密検査のためよ、両方とも頭部に相当の打撃を喰らってたから。それで、中学卒業後は陸士訓練校に入ったから、インターミドルはそこで終わり」

 「ということは、クイントさんはその来年、16歳で入局したんですね」

 「いえ、貴女達ほどじゃないけど、半年間の短期育成コースを出たんで、15歳で入局よ。私達の悪名…もとい、勇名は管理局にも届いてから、実力的には問題ないだろうって」

 なお、悪名については、それが若き日のゲンヤとの付き合いの歴史でもあったという。

 その藪にツッコンでしまい、ストロベリートークが飛び出した経緯については、ここでは割愛する。


 「え、ええっと、それで、既に捜査官だったゲンヤさんの影響でクイントさんは管理局に入った、ということでしょうか?」

 「アツアツでしょ?」

 「ま、まあ」

 堂々と言い切れる人は珍しいはずだが、なぜかそういう大人ばかりが周囲にいることが不思議な二人である。

 「でも、最初に配属されたのは災害救助部隊だったわ。私のウィングロードと、メガーヌの転送魔法、コンビで組ませれば人命救助に凄い力を発揮するから」

 実際、彼女らは二等陸士として1年間その部署で働いていた。

 転機は新歴56年、彼女らが16歳の頃。

 とあるテロリストが火災を起こし、子供を人質にとって逃走した際、クイントとメガーヌが大追跡。子供を転送魔法で無事に助け、犯人をぶっちめることに成功。これが評価され、一等陸士への昇進と同時に“調査”よりも“強制捜査”を主任務とした捜査官へ道を変えることになる。

 「そこでも、あの人との相性は抜群だったわね。あの人は密輸とかの取り締まりや追跡調査が得意で、その調査で“黒”と判断されたら、私とメガーヌが突撃。もっとも、その頃はまだ夫婦じゃなかったけど」

 そして、58年に陸曹、新歴60年に20歳で陸曹長となり、ゲンヤ・ナカジマ二尉(当時25歳)と結婚するが、その年代についてクイントは語らず、上手く誤魔化していた。

 現在6歳のスバルはともかく、8歳のギンガが生まれた年代に、不自然な点が残ってしまうために。

 その代り、メガーヌも同時期に結婚し、式は2つ纏めたダブル結婚式だったことを、強調して話していた。


 「結構、色んなことがあったけど、今はメガーヌにもルーテシアがいるし………とっても幸せよ」

 新歴62年、22歳で准尉への昇格と共に特別捜査官となり、違法プラントの捜査を開始、新歴64年3月、ギンガとスバルを保護。

 その年9月、メガーヌ妊娠が妊娠するも、10月、魔導犯罪者の事件で事務職であった夫が死亡、犯人はクイントが再起不能にしつつ逮捕した。その件で予定されていた三尉への昇進は見送り。

 そして、闇の書事件の僅か前、新歴65年11月にルーテシアが誕生。以降、メガーヌ・アルピーノは休職中。

 かくして、現在のナカジマ家へと至る。


 「フェイトのお母さんのリンディ・ハラオウン艦長は私達より一世代先だから、ちょうど、私達は貴女達との中間になるかしらね」

 クライド・ハラオウンのように、彼女らの世代よりも殉職する率が高かった世代。そのさらに上のゼスト、レジアス、さらにグレアムなどはより厳しい時代を駆け抜けてきた。

 そうして、三提督の時代から始まる管理局は、66年の時を経て、ようやく安寧と呼べる時代に至りつつある。

 「多分、何度も言われてるとは思うけど、将来については簡単に決めず、色々考えて決めなさい。私達の世代と違って、貴女達にはそれだけ選択の自由があるんだから」

 「はい」

 「肝に命じます」

 子供達は、同じ世代の子供と友達になって笑い合いながらも、先を歩む大人を目標に将来の夢を定める。

 それが、高町桃子のように喫茶店のパティシエとなるか、リンディ・ハラオウンのように次元航行艦の艦長となるか、それとも、クイント・ナカジマのように捜査官となるか。

 または、出産に伴い休職中のメガーヌ・アルピーノ。彼女がこれを機に、前線から後方に退くことも大いにありえる。

 そうした、様々な母達の歩く姿を見て、少女達はそれぞれに夢を育んでいく。

 そして―――

 『我が主、プレシア・テスタロッサの人生もまた、母の道の一つ』

 果たして、フェイト・T・ハラオウンと、その比翼の翼の高町なのはの幸せはどこにあるのか。

 時は、静かに刻まれていく。



あとがき
 前編後編に分けましたが、ナカジマ家との繋がり、特に“若き母”であるクイントさんとメガーヌさんは本作の大きなポイントになります。また、ナカジマ夫妻ははやての師匠にもなるので、今後も出番は結構あるでしょう。
 それと、フェイトの執務官としての師匠がクロノ、はやての特別捜査官・部隊長としての師匠がナカジマ夫妻なのですが、なのはの戦技教導官としての師匠は、原作にも登場していません。なので、オリキャラになると思いますが、そういう“役割”の人を登場させる予定です。



[30379] “黄金の翼” 5話  後編 一撃必倒と脳内の小人
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/19 06:03
My Grandmother's Clock


第五話  後編  一撃必倒と脳内の小人



新歴66年 7月下旬  ミッドチルダ西部  エルセア地方  デバイス市


 「はやてちゃーん、こっちです!」

 「お、銃型のデバイスや、珍しい、よう見つけたなフィー」

 「えへへ、これでも融合騎ですから、何となく他の人達(デバイス)と違う気配が分かるです。これは子供向けの練習用ですけど、結構いい子ですよ」

 「へぇ、そいつは見かけによらねえ才能だな。ならいっちょ、ギンガに合いそうなデバイスとかも分からねえか?」

 「そこまでピンポイントはちょっと………」

 「でも、グローブ型、もしくはローラー型のストレージかアームド、ならいけるんとちゃうか?」

 「それならなんとか、やってみるです!」

 改めて気合いを入れつつも、その後は目を閉じて集中するフィー。

 そんな彼女を肩に乗せつつ、移動を続けるはやて。フィーは自身を中心に気配を探っているので、動きまわった方が効率が良い。


 「ねえおとーさん」

 「何だ、ギンガ」

 ちなみに、ギンガは父に肩車されており、上から周囲を見渡している。

 デバイス市というのは早い話がバザーなので、あまり高い棚はなく、ゲンヤに肩車されればかなり広く見渡すことが出来る。

 「ここにあるデバイスって、皆おんなじのばっかりなの?」

 「大体はそうだろうな、一般の端末ならそれこそ種類はごまんとあるが、魔導的な意味での“デバイス”ってのは、ほとんど型が決まってる」

 「でも、おかーさんのや、はやてさん達のデバイスは違うよ?」

 「一応、私らのは専用機やからね。一般に売買されとるデバイスは多くがストレージやけど、デバイスマイスターの人が作ってくれたオーダーメイドやパターンオーダーはインテリ型も多いで」

 「つまり、とっても高級?」

 「売りはせんけどな。わたしのエルシニアクロイツも、なのはちゃんのレイジングハートも、フェイトちゃんのバルディッシュも、替えの効かない機体やから、クイントさんのリボルバーナックルも多分同じやで」

 「なるほど…………あ、おかーさんからメール」

 噂をすれば影というか、ギンガの持つ通信端末に母から『良いもの見つかった?』というメールが届く。

 「えっと、今フィーさんが探してくれてます、期待しててください、っと」

 「おお、最近の子は携帯の習熟が速くなっとるなあ」

 「携帯? 携帯型の通信端末って意味か?」

 「まあ、その略です。日本では電話の意味で略しますけど、通信って意味じゃあ変わらないですから」

 ギンガの持つのは純粋な通信・メール用の端末なので、外見は日本の携帯電話のほとんど変わらない。逆に、はやてのエルシニアクロイツの待機モードは精密機器とは思えない剣十字のアクセサリーだ。


 「ところで、はやてさんのデバイスや、その辺にあるカード型の待機モードのデバイスって、どこにも電子回路がなさそうですけど、どうやって演算してるんですか?」

 今まで普通に使って来たが、商品として大量のデバイスが並べられているのを見て不思議に思ったのか、ギンガが素朴な質問を出す。

 「ああ、それは簡単や。デバイスの中にはある程度のものが入る格納空間があるのは知っとるよね?」

 「はい、スバルはお菓子ばっかり入れてますけど」

 ちなみに、ギンガの格納スペースに入っているのは主にカロリーメイトなので、五十歩百歩といったところか。

 「あはは、まあちっちゃい子はそれでええと思うよ。それで、その格納空間の中に電子回路が搭載されとって、5次元空間的に繋いで演算をおこなっとるんや。そやから、見た目の大きさがそのまま演算性能に繋がるわけやないんよ」

 「なるほど」

 「つまり、デバイスの本体はあくまで演算を行う電子回路と、魔法の力でそれを5次元的に繋ぐコアユニットや。待機状態のデバイスってのはコアだけの状態で、杖や銃身といったフレームも、同じく普段は格納空間の中にある」

 言いつつ、はやては自身のデバイス、待機モードのエルシニアクロイツを指差し。

 「それで、このコアユニットの要になる金属が、ミスリルや」

 コアユニットは“ミスリル”を主とした合金で作られ、ミスリルとは魔力素というか、リンカーコアと最も相性の良い金属であり、属性や見た目は銀に近い。

 ミスリル製の指輪でもあれば魔法発動体や術式構築の補助として申し分なく機能するが、マルチタスクとの兼ね合いや、特に5次元的な空間操作や非殺傷設定などの複雑な制御を加える場合は、さらに演算機能を備える必要があり、デバイスの魔導力学的な機能を司る根幹部となっている。

 「でも、重くはないですよね」

 「そりゃそうや、別次元に格納しているものをデバイスを鍵にして“呼び出している”わけやから。とはいえ、次元魔法は質量と関係あるから、船を転送魔法で飛ばせないように、制限はあるよ」

 だからこそ、“大砲”や“斬馬刀”といった具合の超重量のデバイスは少ない。質量が大き過ぎ、5次元的な格納空間に仕舞ってコンパクトに持ち運びするというメリットが失われてしまうためだ。

 持ち運び専用のデバイスを別に作る方法もあるが、正直コストがかかり過ぎ、家計に優しくない仕様となってしまうので、家庭持ちの管理局員が使う例はない。


 「おかーさんのナックルもですか?」

 クイントのリボルバーナックルもまた、かなり重量があるため通常レベルのデバイスでは持ち運びが効かない類だ。彼女は普段ショルダーバッグに入れて持ち運んでいるが、それが可能なデバイスが近々支給される予定だ。

 「そやね、その代わりクイントさんのはコアユニットにそれほどリソースを割いとらんからなぁ、アダマンタイト割合の多い頑丈なフレームが売りや」

 ミスリルが『魔法発動体&術式構築の補助』を担うコアユニットならば、アダマンタイトはフレームそのものに使用される、フレーム材料の要。

 属性や見た目は鉄そのもの。魔力伝導率が高いという面ではミスリルとほぼ変わらないが、魔力を制御するよりも直接的に反応する他、様々な金属との合金とすることで性質が変わりやすいという点、そして、素材強度が極めて高いという点で異なる。

 「ベルカ式のデバイスは、そっちが主流なんですよね」

 「“魔力を込めてぶん殴る”だけの使用法なら、ミスリルを使った術式構築の補助も必要ないし、アダマンタイトだけの方が効率は良いんよ。それに、古代ベルカ式のように先天資質に依存する場合や、変換資質を持つ場合もアダマンタイトをそれに合わせて調整する必要があるし、この辺は調律師の腕の見せ所や」

 「ちょーりつし?」

 「ああ、ごめんなあ、デバイスマイスターのことや。うちの家族は昔ながらの呼び方使うんで、無意識に言って、まうんよ」

 簡単に比較するならば、ミスリルが“術式”に近しく、アダマンタイトは“魔法効果”に近しいといえるだろう。それらの要素を必要に応じて組み上げるのが、マイスターの匠の技であり、中世ベルカの時代から脈々と受け継がれている。


 「はやてちゃん、いい感じの見つけたです!」

 「おっ、ナイスやフィー、早速いってみよか」

 「はいです!」

 「おとーさん、あっちあっち!」

 「わあってる、そんな動くなギンガ、おっことしちまうだろ」

 フィーが発見したのは、一際古そうなものを扱ってそうな一角だった。

 だが、よくよく見ればどのデバイスもしっかりと整備されており、付近には整備用の機器も転がっている。

 ついでに言えば、売り手もまた相応に古い、早い話がご老体であった。


 「ほう、小さいお嬢ちゃんとは珍しい。なんか欲しいもんでもあるかいな」

 「なあお爺さん、これって全部、お爺さんが自分で整備したんか?」

 「ん、これでも昔はデバイスマイスターやってたもんで、まあ、今は老後の道楽みたいなもんじゃ」

 「あ、これ……」

 ゲンヤの肩から降りたギンガは、古そうではあるが頑丈な造りを持つローラーブーツ型のデバイスを手に取る。

 「おや、それを使うのかな?」

 「うん」

 答えつつ、試しに装着してみるギンガ。

 「うちの女房がこういうのを使う格闘技をやっててな、爺さんは、シューティングアーツって聞いたことあるかい?」

 「ん、おお、成程アレか。滅多に聞かんが、随分前にそんな特注品を造ったこともあるな。そう言えば、今嬢ちゃんが着けとるのはその時の試作品だったかの余りかもしれんな…………うむ、分からん、流石に歳とって耄碌したかの」

 「………一応聞いとくが、制御部は弄られてねえよな? そこんとこで呆けられると困るぜ」

 「心配ない、安全は折り紙つきじゃ、そこまで呆けとりゃせん」

 「そうかい、いやな、俺の女房と最初に逢った時は、安全装置のないローラーブーツで爆走してたもんでよ」

 「そりゃまた、随分やんちゃな嬢ちゃんなこったのう」

 朗らかに笑う好々爺と、違えねえと笑う子持ちの父。

 そういった部分で貫録めいたものがあるためか、ゲンヤもまた実年齢以上に見られることが多かったりする。


 「ねえはやてちゃん、制御部を弄るって、どういうことですか?」

 「ああ~、つまりな、デバイスなしで、何も考えずに魔法を放つと、殺傷設定になってまうやろ」

 「はいです」

 「そやから、次元世界で扱われるほぼ全てのデバイスは、安全設定か非殺傷設定がデフォや。ギンガがこれまで練習用に使っとった簡易デバイスも、リソースの40%くらいは自動的に安全設定にすることに使われとるんよ」

 そもそもが簡易デバイスであるため、リソースは多くないというのもあるが、安全設定がなかなかに容量をくう技術なのは事実。

 「それが弄られるということは………」

 「殺傷設定の魔法を使えるようになってまう、当然この改造は違法や」

 「なるほど」

 「せやから、自作でデバイスを組むにしても、素人に弄れるのはフレームまで、さっきの簡易的な銃やローラーブーツにしても既定の品を組み合わせるのがせいぜいで、コアの改造にはデバイスマイスターの資格がいるんや」

 「でも、お爺さんはその資格を持ってるから」

 「念のため、ゲンヤさんが確認したっちゅうことやね。本人の意図と別に、コアの設定が変わってるデバイスが出回ることもたまにあるっちゅう話やし、密輸関係を捜査しとるゲンヤさんはその辺に関してもプロや」

 「あ、ひょっとして今の説明も、ゲンヤさんの受け売りだったりしますか?」

 「ふっ、ばれちまったら仕方ねえ………」

 「はやてちゃんには似合わないです、せめてゲンヤさんくらいの威厳がないと」

 「わあい」

 「何で喜ぶですか……あ、威厳がない=年相応の女の子らしい、に繋がるですね」

 本人、結構気にしてるらしい。

 やや嬉しげに車椅子に座るはやての視線の先では、同じく嬉しそうな表情でローラーブーツを履いて跳ね回るギンガの姿。


 「どうじゃな嬢ちゃん、気にいったかいな」

 「うんっ、とっても動きやすいです!」

 「そいつは良かった。足の部分は使い手に合わせてある程度伸縮する仕様じゃから、これから成長期の嬢ちゃんにはうってつけじゃ」

 「そりゃまた、家計的にもありがてえことだが、いくらぐらいになる?」

 「お安くしとくよ、どうせ滅多にそれを扱える奴もおらんからの」

 「済まねえな爺さん、恩にきるぜ」

 ゲンヤが軽く礼をしつつ、財布を取り出そうとした、その時。


 「あっ、おいこら、金払え! 泥棒!」


 そんな声が、周辺に一帯に響き渡った。

 発声源は老人の店の斜め向かい側。若い男が2人、それぞれ別方向へ商品を持って逃げていく。


 「なんじゃい、食い逃げならぬ、持ち逃げかいな」

 「らしいです、ったく、非番だってのに、揉め事起こすんじゃねえよ」

 やや愚痴りつつも、懐からデバイスを取りだし、こちら側に走ってくる男へ狙いを定める。

 通常は通信・情報処理用だが、緊急時に備えて俗に“ショックガン”と呼ばれる気絶用の電気銃に変形するくらいの機能はある。非魔導師とはいえ、一等陸尉の持つデバイスだ。

 「む、足速いな、身体強化魔法でも使ってやがるか。幸い、高ランクじゃなさそうだが……」

 しかし、その犯人も低ランクではあるものの、魔導師であったらしい。ゲンヤが構えた頃には射程ギリギリまで逃げていた、これでは撃ったとしてもあたるまいし、市民に当たる危険もある。

 「なあに、あれだけ目立っとったら袋の鼠じゃろ、見たところお前さんは、管理局の士官くらいかの?」

 「御明察、こういう取りものは女房の担当で、こっちは捜査が本業なんですが」

 「あの、ゲンヤさん、私が追いましょうか?」

 妙に落ち着いて会話する年輩に対し、おずおずとはやてが提案する。現行犯を追う場合なら、現役の士官であるゲンヤの認可があれば、飛行魔法で追っても特に問題はないはず。

 それに、犯人はこちら側だけではなく、反対側に逃げていった男もいるのだ、早急に追わねばならない。

 しかし―――

 「すまない、そこの君、この子を少しだけ預かってくれ!」

 「へっ、わわ!」

 返答が来る前に、はやての膝の上には2歳くらいの女の子が乗せられており。

 女の子を置いていった青年が、持ち逃げ犯を遙かに凌駕するスピードで追っていく閃光の如き姿でを、慌てて女の子を抱えながらはやては目にした。

 「は、速っ! フェイトちゃんみたいやで、あれ!」

 「た、多分、ブリッツアクションかソニックムーブを使ってるですよ!」

 そして、はやてとフィーが驚愕の声を挙げた、その僅か数秒後。


 「イチゲキ、ヒットオォォォーーーーーーーーーーーーー!!!」

 凄まじい掛け声と共に、垂直に宙を舞う持ち逃げ犯という光景を、彼女らは目撃することとなった。

 そしてさらに、その数秒後。

 デバイス市の東側の出入り口にあたる部分に突如、巨大な壁が出現し、持ち逃げ犯の片割れが驚いて足を止めたところへ、オレンジ色の誘導弾が殺到、瞬く間に無力化していた。







 「騒がせてすみません、管理局です。持ち逃げ犯は現行犯逮捕しましたので、どうか、御安心ください」

 その後、ゲンヤが警察手帳の如く管理局の認識証をかざしながら後処理にあたっている姿を、はやてはどこか刑事ドラマでも見ているかのような気分で眺めていた。

 「君、娘を預かってくれてありがとう」

 「え、は、い、いいえ、わたしは何にも」

 「パパ、かっこよかった!」

 「はは、ありがとな、ハリー」

 小さな娘、恐らくハリーという名であろう女の子を抱えあげるのは、見た目20歳半ばくらいの男性。

 そこに、周囲への説明を終えたゲンヤが合流する。

 「協力、感謝します、こちらは時空管理局陸士108部隊、ゲンヤ・ナカジマ一等陸尉です。貴方は……」

 「ああ、これは申し遅れました。僕は正規の管理局員でなくて、エルセア・サファリパークの飼育責任者をやってます、ケン・トライベッカといいます。外部組織の嘱託扱い、ということになりますかね」

 「なるほど、道理であの身のこなしなわけだ。確か、猛獣型の魔法生物の飼育責任者にはAランクは必要だったはず」

 「いやまあ、若い頃はインターミドルとかで慣らしましたし、日々魔法生物の相手をしてますんで」

 そうして、やや雑談を交えつつも、ゲンヤが近場の陸士部隊に連絡を取り、今回の件では民間協力の形になる彼と共に、細かい話を詰めていく。ケン・トライベッカと名乗った男性も、こういうケースが初めてではないのか、慣れた様子が窺える。


 「どうじゃい、驚いたかな、車椅子のお嬢ちゃん」

 その間、10歳、8歳、およそ2歳の女の子達はマイスターの老人のところで待っていた。フィーは現場記録係として、周囲の変遷をメモリーに収める作業に集中している。

 そして、ギンガにしても、ハリーという幼女にしても、父達の後ろ姿を憧れに近い眼差しで見つめている。

 「お爺さんとゲンヤさんが平然としてたのって、こういうことですか?」

 「そう、儂の若い頃は、あんなのとは比べものにならん魔導犯罪者がゴロゴロしとった。じゃが、最近はめっきり凶悪な輩も減ってきてな、チンピラ程度の連中がたびたび騒動は起こすが、大体はあんなもんじゃよ」

 「でも、低ランクとはいえ魔導師ですし、陸士部隊には魔導師が少ないって聞きますけど……」

 実際に、非魔導師のゲンヤだけでは、あの持ち逃げ犯を現行犯逮捕することは出来なかっただろう。

 「ほっほ、若いのう、ここを何処だと思っとる。ミッドチルダの中央で、なおかつデバイス市、嘱託魔導師にせよ、非番中の武装局員にせよ、5~6人はそこらにいるに決まっとるじゃろ」

 「あ……」

 エルセアは西部だが、ミッドチルダ全体で見れば、十分中心だ。日本で言えば“東京二十三区の西部”といったところだろうか。


 「それにほれ、見るからに“出遅れた”って顔しとる連中がその辺にいるわい」

 「わあ、ほんまや」

 ふと、はやてが後ろを見渡せば、元気そうな若者、といった感じのが5、6人ばかりいた。恐らく皆、Bランクかそれ以上の嘱託魔導師やらなのだろう。民間にもSランク級がいないわけではないし、現在ここにSランクの少女がいたりもする。

 「武装局員にでもならん限り、魔法練習場以外で魔法を使うなんて、現行犯逮捕か、緊急事態くらいしかないからのう、若い連中にとっちゃなかなかに外せん機会よな」

 「なんつーか、野次馬根性やな」

 「なあに、正義感を持っとるだけで十分じゃよ。それがまずい方向に向かうと、数十年前のミッドチルダになるわけじゃ、せめて、スポーツなどの健全な方向で発散出来ればいいんじゃが、な」

 すなわち、モラルと治安の悪化であり、それが高ランク魔導師の犯罪の温床ともなる。

 未だにやや血の気の多いきらいもあるが、そのベクトルが犯罪者をとっ捕まえる方向などに進んでいるのは、良いことではあるだろう。


 「多分じゃが、嬢ちゃんのお父さんが特に連絡してないところを見ると、向こうの犯人を抑えたのは武装局員じゃな。向こうは向こうで後始末をしとるんじゃろ」

 「かもしれません。あの時の壁はバリアじゃなくて、おそらく幻影(フェイク・シルエット)系の魔法やし。市街地でそれを展開する許可を持っとるのは、クイントさんの首都防衛隊か、航空武装隊くらいのはず、それと、ゲンヤさんと私は親子ちゃいますんで」

 「冗談じゃよ、じゃがまあ、そのくらい様になって見え取ったぞい、ほれ、向こうの小さい嬢ちゃん達と3姉妹と言った感じかの」


 「イチゲキヒットー!」
 「いちげきひっとー!」

 幼くも元気な声が響き、何事かとはやてが見れば、仲良く正拳突きをしてる少女と幼女。もっとも、小さな方は突きというより腕を振っているだけといったところだったが。

 「すっかり影響されとるし、確か、さっきのトライベッカさんの掛け声やな」

 「ほっほ、子供は親の背中を見て育つもんじゃて」

 「イチゲキヒットー!」
 「いちげきひっとー!」

 微笑ましくその姿を見ていたはやてだが、聞いているうちにあることに気付く。


 「ひょっとして、“一撃必倒”やろか?」

 ゲンヤの例もあることだし、何らかの日本語が言葉だけで伝わっていてもおかしくはない。

 「ギンガ、それとハリーちゃん、多分やけどな、その掛け声の正式名称はこうや、一撃必倒!」

 車椅子に座りながらも、元気に拳を繰り出すはやて。

 「イチゲキヒットー!」
 「いちげきひっとー!」

 「ちゃうちゃう、アクセントが違うねん、一撃必倒!」

 「イチゲキヒッ倒!」
 「いちげきひっとー!」

 「お、いい感じや、一撃必殺!」

 「一撃必殺!」
 「一撃必殺!」

 「あかん、間違えてもうた、つか、なんで一撃必殺だけ完璧に言えるんや! しかもハリーちゃんまで! 殺したらあかんで!」

 とまあ、そんな感じのやり取りが父親二人が帰ってくるまで続き、マイスターの老人は、久しぶりに若い息吹を感じ取ると共に、次代の子供達に幸が多いことを密かに願っていた。

 なお、この時はやてが小さな子にプレゼントした、“一撃必倒”の文字は大事にされたらしい。


 「イチゲキ必倒!」
 「いちげきひっとー!」

 それが、ナカジマ家に帰宅してからギンガからスバルへと伝染し、それを見たクイントさんがどっかで聞いた掛け声のような気がしたのは余談である。

 また、持ち逃げ犯を鮮やかに逮捕した兄を憧れの目で見ていた少女が、フィーが最初に見つけた練習用の銃型デバイスを買ってもらい、咲き誇るような笑顔を浮かべていたのは、別の話。






第一管理世界  ミッドチルダ  某所


 ナカジマ家の長女と次女、ギンガとスバルが仲良く掛け声を言いながら遊びまわっていたその夜。

 戦闘機人であり、ゼロファースト、ゼロセカンドと呼称される彼女達の固有データをその分野における第一人者に送った管制機は、報告を受け取るために極秘の通信回線を開いていた。

 『結論は出ましたか、アルティマ・キュービック博士』

 「おや、単刀直入とは君にしては珍しい、いつもの迂遠な口調はどこに行ってしまったのか」

 『貴方の助手殿より伺いました。下手に貴方を喜ばせるような口調を取らず、単調でつまらない応答に終始することがコツであると』

 満場一致のするところ、ジェイル・スカリエッティに最も近い存在である、秘書・長女・奥さんを兼ねているウーノ。

 無限の欲望としての本質が出ている時はともかく、ジェイル・スカリエッティの諧謔癖にはほとほと困っているのも確かであり、その辺に関しては遠慮なく、容赦もない。

 「ああ、何と残念なことだろうか、信じていた助手に裏切られる科学者の悲しみ、これほど胸に迫るものはあるまいよ」

 『それで、結果は如何に?』

 「戯れはここまでにしておこうか、さて、結論から言うならば、タイプゼロの二機、彼女らは“人間”だ。普通に成長し、人間として生を終えるのに特に障害となるものはない。それについては、このジェイル・スカリエッティが科学者としての矜持にかけて保証しよう」

 それは、絶対に覆らないに近しい事柄。

 およそ、生命操作技術において、この男に間違いなどというものがあろうはずもない。


 『具体的には、いかなる理由で?』

 「おや、結論が出ている事柄に君が興味を示すとは、珍しいことだ」

 『私が知っただけでは意味がない。これはクイント・ナカジマよりの依頼であり、私には論理立てて説明を行う義務がある』

 「なるほど、その点については実に君らしい。ちょうど一つの思索が終わったところでね、軽く講義と行くのも悪くない」

 『お願いします』

 曰く、狂人は“利用する”のではなく、“腰を低くして教えを乞う”のが適している。

 頭を下げることに微塵も躊躇のない存在故に、その教えに管制機は忠実に従う。


 「まず、君もよく知っての通り、戦闘機人とは人造魔導師に近しい技術といえる。純粋培養、クローン培養の違いはあれど、戦力として魅力のある素体に対し、機械を埋め込むことで兵器としての安定性を高め、そのために素体となる肉体を機械に適したように調整する、これが一般的なコンセプトだ」

 『それは承知。それ故に倫理面で違法であり、その基礎理論を貴方が構築したことも』

 「結構、称賛いたみいるよ。それでだ、君は、“脳内の小人(ホムンクルス)”というものを知っているかね」

 『ヒトの脳には、身体の各部に対応する知覚野が存在。つまり、己の身体イメージが脳に分布しているのであり、これの欠損はアイデンティティの崩壊に繋がるという研究成果は、各分野より報告があります』

 それについては、魔法というものが存在しない、地球であっても同様だ。


 「そう、例えばここに、片腕を失った男がいたとしよう。元は当然“脳内の小人”は健全なる成人男性だが、ここで自己認識への齟齬が生まれるわけだ、無いはずの腕が痛むという所謂“幻痛”もこの齟齬に由来する」

 『しかし、時の経過と共にその齟齬はやがて埋まり、いずれ“脳内の小人”には、片腕のない己がインプットされるはず』

 「然り然り、時の流れとは、かくも優しく、そして同時に残酷なものだ。腕という掛け替えのない自身の腕であってすら、やがては忘れ去ってしまう。ならば、かつては胎の中にいた子供を捨てたり、忘れることなど、至極当然の理屈とは思わんかね?」

 『絶対否定、母親とは、子のために己の全てを捧げる存在である。逆説的に言えば、子の幸せを己の幸せとして定義できるならば、血の繋がりなどなくとも、その人物は母親たり得る』

 それは原初の入力であり、揺るぎなぎ決定事項。

 母の愛の証として生まれた彼にとって、それだけが真実であり“1”だ。

 故にこそ、リンディ・ハラオウンを、フェイト・T・ハラオウンの母として彼は認識しているのだから。


 「素晴らしい答えだ。明確にして揺るがぬその在り方、やはり君は美しい。さて、話を戻すが、片腕を失った彼に、義手を着けるとしよう。その義手は極めて精巧であり、神経信号のままに動く、果たしてこれを、“脳内の小人”は己の腕と認識するか否か、という問いだ」

 『ほぼ同義の存在とはなるものの、同一にはなりえません』

 「そう、これも広く知られていることだが、人間の身体とは数年もあれば骨も含めて“全て創り替わる”。臓器であっても1年もあれば、それ以前のものとは別物になるのだよ。ここで重要なものは、千変万化する細胞こそがヒトにとっての自然ということだ」

 例え、どれほど精巧な義手であろうとも。

 作られた当時のまま、変化しないものならば。

 それは結局、便利な道具が失った腕の先についていることにしかならない、人工臓器よりも他者の臓器移植が行われるのも、それが千変万化する人間の欠片であるためだ。

 尤も、変化しない無機物と、変化する他者の臓器、どちらがより拒否反応が出るかは、極めて難しい問題だが。


 「つまりは、“内界”か“外界”かの問題だよ。この場合、義手とはすなわち、外界である金属をヒトに近づけようとする試みといえる。結局は内界から弾かれてしまうため、失敗に終わるわけだが」

 『ならば、内界が金属を受け入れられるように組み替えればよい。先の例ならば、“金属の腕をつけた己こそが自然”と、脳内の小人を書き換える、と』

 「そう、それこそが生命操作技術の一端だよ。これはまだ自己(アイデンティティ)の確立が済んでいない赤子であればあるほど上手くいく、“機械の骨格を持つ己こそが自然である”と刻まれれば、それが彼、彼女の内界にとっての真実となる」

 『それが、ヒトが機械を受け入れられるよう、調整を施す、ということですか』

 「術式を知りたければ、教授しよう。もっとも、既にそこらに知れ渡っている技術に過ぎんがね」

 『ばら撒いた張本人は貴方かと』

 「さて、何のことやら」

 くくく、と、欲望の影の笑みは深まる。

 亀裂のように口を変容させ、嗤う、嗤う、どこまでも嗤う。


 「だが、所詮はそこまでだ、脳に多少の改造こそ施しているが、戦闘機人タイプゼロは人造魔導師と本質は変わらない。つまりは、義手を付けたのと同じ、機械をヒトに近づけた例であり、それを幻想の力で補完しているに過ぎない」

 『詳細な説明を求めます』

 「よいとも、タイプゼロの少女達は、誕生した己を純粋な人間ではないと認識しており、それ故にアイデンティティを保っている。これは分かるだろう」

 『はい、それを無理に人間であると認識させれば、逆効果であると推察します』

 「そう、むしろ人間でなくとも人間らしく生きることは出来ると教えるのが適切ではないかな? だがしかし、子供のうちに脳へ刷り込んだのは良いとして、彼女らの身体は成長していき不変の機械との摩擦が生じる。とはいえ、その成長を止めてしまっては意味がない。未発達な子供の身体は兵器とはとても言い難いからねえ」

 『故に機械をヒトに近づける。つまりは、ヒトの成長に同期して成長していく特殊金属を作り上げた、ということですか』

 管制機の推察に是と答えるように、亀裂の如き笑がさらに深まる。


 「まさしくその通りだ、見事なる推察、しかし、特殊金属と呼べるほどのものではないよ。君もデバイスならば、ミスリルに制御されるアダマンタイトによる合金が、魔力を通すことで質量や形状を変換させることが出来るのは知っていよう」

 『ええ、バルディッシュのように3次元的に可能な変形はともかく、グラーフアイゼンやレヴァンティンがそうだ。彼らの変形は物理的にはあり得ない、魔導という幻想の力、魔導力学に沿ったものです』

 「通常、それらは速効性であり、だからこそ魔力を消費し続け、“世界を騙し続けなければ”その質量を維持することは叶わない。本来の質量との差異が大きくなればなるほど、それは顕著になる」

 故に、ギガントシュラーク、飛竜一閃、シュツルムファルケンは切り札となる。

 この世の中の現象は全て数式で表せるという理論があり、それに沿って魔力を燃料にプログラム化されたアプリケーションを走らせる魔法という存在は、“現象数式”と表現することも可能。

 そして、本来の世界との差異を抑え、魔法という幻想によって“恒久的に騙し続ける”ことを狙うならば。


 『タイプゼロの金属骨格は、それを遅行性に変換したもの。彼女らの内界に組み込まれ、リンカーコアの魔力を定常的に受け続け、ゆっくりと変形していく。確かにこれならば、体内に限った“恒久的な魔法展開”も可能となる』

 「そう、つまりタイプゼロとは、金属骨格を持つ魔法生命体に近しい存在なのだよ。だからこそ、リンカーコアがなくては生きていられない、幻想の燃料が失われれば、体内に魔導金属という“異物”を抱えた人間になってしまうのだからね」

 『AMFなどの魔力素の結合を阻害する現象に強い耐性を持つのは、彼女らの“生存本能”と定義すべきか』

 「然り、もしタイプゼロが通常の魔晶石(ペロブスカイト)に由来する魔力素しかリンカーコアの燃料に出来ないとすれば、それを封じられることはまさしく死活問題だ。故にこそ彼女らは燃料の幅が広く、生命が生きる可能性を探るように、波長の異なる魔力素をも自らの力として取り込むのだよ。ああ、何と素晴らしき生命の輝きかな!」

 その生命としての輝きこそが、タイプゼロの存在価値だと、無限の欲望は嗤う。

 彼が基礎理論を構築した戦闘機人とはすなわち、異なる命の可能性。

 その本質に気付かず、量産が効き、AMFと相性の良い兵器くらいにしか思っていない愚物は、元より相手する気すらない。


 「水深の浅い熱帯雨林の川に生息し、常に水中が酸素不足に陥る危険のある環境で過ごした魚は、肺というものを作り出し、空気中に酸素を求めた。タイプゼロはまさしくそれに近い、リンカーコアによるエラ呼吸が出来ぬ場合に備え、“水中の酸素”とは波長の違う“空気中の酸素”を取り入れる仕組みを、成長の過程で作り出したのだよ」

 『なるほど、どちらの魔力でも活動可能な“肺魚”へと進化するならば、彼女らは幼体で生まれた方が都合が良い、と』

 「その通りだ。そして、タイプゼロの骨格の生体魔導金属は、彼女らの自己認識とリンカーコアの影響を受け続けており、あるべき自分へと自己を変革させていく。つまりは、なりたい自分になれるということだよ」

 『ギンガ・ナカジマは、母への憧れが強い故に、クイント・ナカジマとほぼ同じ容姿に成長する、と』

 「恐らくはね、それもまた心理状態に左右されるので絶対ではない。幼い頃に母を失いでもすれば、それは最早決定事項だが、思春期に母と大喧嘩でもすれば、全く違う容姿になることもあり得る。それについては、私の9番目の娘に期待してもらえれば良い」

 すなわち、ナンバーズのNO.9、ノーヴェ。

 同じ遺伝子から作られながらも、髪の色も含めて異なる容姿へと成長しうる、生命の可能性。双子のナンバーズ、オットーとディードもまた然り。

 ジェイル・スカリエッティはどこまでも、生命の可能性というものを賛美する。


 『であるならば、貴方の戦闘機人とは根幹からしてタイプゼロとは別物となりますか。幼い子供であったからこそ可能であった、己は機械を宿したヒトであるという自己認識を、成体に対して行っている。肺魚に変化するのではなく、両生類として生まれたというべきか、それも、中庸の状態で』

 「そう、私の娘達は肉体的な成長を伴わない。生まれる前に成長を果たし、ヒトを機械へと近づけた存在として生まれてくる、素晴らしき可能性の種だ。彼女らの脳内の小人は外からの手術によってしか変わりえないはずだが、強烈な自己認識があれば、それを変形させる可能性を持つ」

 つまりは、存在意義を固定された存在でありながら、その宿業を喰い破れるか否か。

 陸と海、ヒトと機械、その狭間にいるからこそ、遠く空や宇宙、次元の彼方まで飛翔する可能性を持つ未知の卵。

 娘達がいかに成長するか、父たる彼は興味が尽きない。


 「まあ、これについては数百年前のベルカ諸王の時代に、とある欲望の影が時の王家へと提供した技術の発展形でもあるがね」

 『伝承に曰く、“戦王の聖櫃”』

 「流石に博識だ。そう、俗に変身魔法と呼ばれるものは“脳内の小人”を騙しきれるものではない。質量の問題、骨格の問題などを解決するには、使い魔と契約し融合を果たすことで、己を擬似的な魔法生物とするなどの創意工夫が必要だ」

 『しかし、時の列王は、貴方に合わせるならば“脳内の小人を騙しきる変身魔法”を、己が血筋に刻み込んだと聞く』

 「その通り、変身した姿で訓練を行おうとも、それは結局のところ幻影などのイメージトレーニングの延長でしかない。実際の脳内の小人ではない以上、肉体から来るフィードバックを直接反映させることは叶わぬわけだ。だが、例外もある、すなわち―――」

 『己の成長する姿が、“どんな過程を経ようとも”決定されており、それが揺るがぬ場合』

 「それが確定された未来であるならば、“戦王”への変身は意義を持つ。ほんの5歳程度の時から己の全盛である肉体での鍛錬が可能であり、その経験値は積み重ねられていく。さらに、老いてなお、変身魔法を用いることで魔力の総量は別として、全盛期での戦いが可能となる、これがベルカ諸王の宿業の血筋、“戦王の聖櫃”だ」

 曰く、ベルカの王の直系の者達が稀に発現し、その際には、“遺伝子から脳へと投影された”情報を持ち、虹彩異色の特性を有するという。


 「故に、列王の系譜は研究対象として興味深い。もし君の網にその情報が飛び込んで来たならば、教えてくれると助かるな」

 『残念ですが、近年において虹彩異色を発現した直系の話は聞きません』

 「ああ、今はまだ新歴66年なのだから仕方がない。だが、約束の時は近いのでね、それこそ来年にでも、列王の、それもとびきり偉大な王の継承者が現れてくれれば―――」


 とても、とても楽しい祭りになることだろう。


 そう、欲望の影は呟いた。




あとがき(長いので注意)
今回の長ったらしい会話の補足というか、前回感想で指摘のあった、なのは達の“痛覚”について。

色覚・痛覚などは人の感覚はまちまちで、色盲の人とそうでない人では『世界』が異なり、脳梗塞などの後遺症で、幻痛があったりします。
それで、本作の魔法は『想いや願いを奇跡の力へ変える』を基礎としてますが、言い換えれば『欲望で世界を侵食する』とも言え、、デバイス的に言えば『世界を構築する方程式の変換』、“現象数式”や“世界法則の書き換え”ともなり、無印のifエンドはその究極系となります。
リンカーコアという幻想の因子を持つなのは達には、“内界”、“外界”を問わず物理的には有り得ない事柄を実現させる力があり、“痛覚”に対しても有効です。クリスマス作戦の最終段階でなのはやフェイトが片腕、片足を失いながらも戦い、それをデバイス達が“騙して”いましたが、これは現実空間においてもある程度は発揮され、魔法行使時における彼女らの痛覚は物理的な神経信号や痛覚物質そのままではありません。インターミドルのクラッシュエミュレートを逆方向に作用させ、“有るはずの痛みを無いことにする”ことになるでしょうか。

ですが、原作のなのは撃墜事件のように、頼りすぎると現実の重さに潰される、という危険性は孕みます。所詮は一時的な幻想であり、魔法に傾倒しすぎると、ヘルヘイムの異形へと堕ちて戻れなくなり、その折り合いと、それぞれの幸せの在り方を本作では描いていきたいと思います。
なお、スバルやギンガは恒久的に幻想を身に宿す戦闘機人ですが、基本は人間ですので、“人か幻想か”の選択はナンバーズの少女達になるかと。過去編における夜天の騎士も選択した例ですが、敵が敵だけに人を捨てる葛藤とかが全く書けませんでした。葛藤してる間に殺され、生半可な幻想は砕かれます。

 ついでに、クイントさんが血戦をくぐり抜けた大会での、事実上の決勝戦と呼ばれた戦いは、双方共に全身の骨が砕けるレベルだったかもしれません。ですが、デバイスは砕け、魔力は付き、最後は素手で殴り合いに移行し、片方の脳味噌が沸騰して味覚や痛覚が麻痺したとか、もう片方が刹那の麗しさに目覚めたりとかはしてないはず、多分。



[30379] “黄金の翼” 6話  アースラと八神家
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/23 17:13

My Grandmother's Clock


第六話   アースラと八神一家


 盆のシーズンも終わり、はやての通う私立聖祥大学付属小学校も、そろそろ夏休みから新学期へと近づいている時期。

 今や7人家族の大所帯となっている八神家は、久々に一家全員で総出撃していた。

 はやて・フィーは、ザフィーラ、ヴィータと共に出陣し、密猟犯の捕縛。

 シグナムはアースラの武装局員と共に、砂漠の世界で魔法生物の調査。

 シャマルはクロノと共に別世界で発見された遺跡調査。

 そして、リインフォースは、アースラで待機。エイミィと共に次元を跨って活動する八神家のサポートに回っている。



新歴66年 8月中旬  第84無人世界  熱砂の海


 「しかし、貴方達とこうして共に任務に就いているというのも、今思えば不思議なものだな」

 八神家メンバーの中で、砂漠の世界に降り立ったのは夜天の守護騎士の将たるシグナム。

 ただ、彼女とて一人だけというわけではなく、かなり縁のあるアースラの武装局員と共に行動している。

 「確かに、部下を率いて貴女を追跡した時は、本官も考えもしませんでしたね」

 応じるのは、本局武装隊所属、現在はほぼアースラに常駐する形となっている、アルクォール小隊の小隊長、ヴァルツェス・アクティ准空尉。

 守護騎士の追跡に携わったアルクォール、ウィヌ、トゥウカの3小隊は、闇の書事件の対策にレティ・ロウランの手配でアースラに加わった面子だが、アルクォール小隊は現在でもその関係をほぼ継続している。

 「私としては、嬉しい限りですなぁ。ここの職場は色々と融通を利かせてくれるので、妻子持ちにとってはありがたい」

 さらに別の声が響き、その主はウォッカ分隊、分隊長、スティーブ・オルドー空曹長。アクティ小隊長とは空士学校から同期の腐れ縁で、20歳の時に結婚し翌年に長男が生まれており、あちこちを飛び回る状況よりも、アースラに固定された現状を歓迎している。

 「そこは、君にも問題があると思うよオルドー空曹長。本官のような独身貴族ならともかく、家族持ちが武装隊の最前線に立つのは感心しないな」

 「問題ないさ、危険な仕事は頼りになる同期に押し付け、家族サービスに徹することが出来ているから。なあ、アクティ准空尉」

 「それは、恋人も作らず仕事一筋で尉官に昇進した本官への嫌味かな?」

 「さてね、独身貴族を満喫する自由者への愚痴とでも思ってくれ」

 「やれやれ、どうにも類は友を呼ぶと言うのか、アースラに関わる人達は皆そのようなものなのか、クロノ執務官が例外なのか」

 一応は任務中だというのに、毒舌の応酬を繰り広げる小隊長と分隊長に溜息をつくシグナムだが、その気持ちが分からなくもない。

 現在3人はかなりの速度で飛行しており、強力な魔法生物が跋扈する熱砂の海を進んでいる。

 そこはかつて、シグナムとフェイトが激戦を繰り広げた場所であり、サゾドマ虫が顕現してアルクォール小隊が嫌な経験を積み、ロッテがトラウマを植え付けられた因縁の地でもあった。

 それ故、この砂漠は今や3人にとっては庭も同然だ。油断ではなく、どこから魔法生物が出てきても対処できる余裕がある。


 「恐らく、クロノ執務官が例外なのだと思いますよ。特に空隊出身の連中は、割と軽いノリが多いですから、うちのラムなんかは典型例かな」

 「小隊長殿、ラムは私の分隊の隊員であって、貴官の直属というわけではないが?」

 「細かいことは気にしないでくれたまえ、分隊長兼副隊長代理殿。こうして本官が分隊長代行を務めているのだから、家族サービスに励む君の代わりに部下を監督するのも務めのうちだ」

 現在、アースラが“呪魔の書”関連の遺物や生命操作技術への対策部隊に指名されており、それに伴ってアルクォール小隊が有事の際のアースラ専属の航空戦力として編成されている。

 ウォッカ、ウィスキー、スコッチ、アップルジャックの4分隊の中でも、ウォッカ分隊は中核を成しており、さらに、普段は別の任務に就くウィヌ小隊やトゥウカ小隊も有事の際にはグレアムの依頼の下、アースラの与力となることが決定している。

 八神家もまた、ギル・グレアムを後見人とした超少数独立実験部隊に近い形で動いており、基本、アースラと行動を共にし、間接的ながらリンディ・ハラオウンの指揮下に入るため、ウォッカ分隊との縁は深い。


 「二人は空士学校依頼の腐れ縁と聞き知っているが、相変わらず仲がよろしいようだな」

 一応、現在のシグナムは二人より下位となるが、アクティとオルドーとは既に二度、共に行動しているので、敬語は使わない方針で固まった。当然、公的な場では別だが。

 「まあ、本官とこいつは10年を超える親友ではありますね。もっとも、昨年の春からは、妙なものと共に戦う戦友になってしまいましたが」

 彼、ヴァルツェス・アクティ准空尉は13歳で空士学校を卒業し、現在24歳、最近空戦AAランクとなったエース級魔導師である。ポジションはセンターガードで、射撃型としての能力も高く、治療魔法や転送魔法にも適性があり、ミッドチルダ式として汎用性が高く、隙なくそつがない。

 そして、新歴65年の春のジュエルシード実験において、当時Aランクの空曹長であった彼は、“ゴッキー”と遭遇、それでも、クロノの指揮の下で戦い、最後まで戦意を失わなかった。

 さらに、闇の書事件の遭遇戦では8名を率いてクロノと共にシャマルを相手にし。包囲戦ではシグナムを追跡した後、謎の仮面男と共にサゾドマ虫の餌食に。“クリスマス作戦”においても彼とアルクォール小隊は最後まで戦い抜いたが、結局、ダークネスティアから飛び出してきたサゾドマ虫の餌食となった。

 ある意味で、呪われた経歴の持ち主であり、フェイトやヴォルケンリッターとは色んな意味で縁が深い。


 「その点に関しては、私も否定できません。女房がGを見て悲鳴を上げた時、即座に対処できたのが嬉しいやら悲しいやら………」

 彼、スティーブ・オルドー空曹長もまた、ヴォルケンリッターとは奇縁の持ち主である。

 15歳で空士学校卒業し、現在26歳で空戦Aランク、ジュエルシード実験においても“タガーメ”と遭遇し、奮戦。危険な任務には極力着かず、残業はアクティに押し付け、家族サービスを第一とするため、出世速度は親友に比べやや遅め。

 しかし、優秀な魔導師ではあり、ポジションはフルバックでミッド式。治療・結界・封印などが本領で、遭遇戦では同僚がシャマルの鬼の手にやられてゆく中、強装結界を最後まで維持。だが、砂漠での包囲戦やクリスマス作戦ではサゾドマ虫の餌食となり、親友と同じ末路を辿った。

 そんなこんなで時の庭園とも縁が深く、いつかあの管制機をぶっ壊してやろうかと考えている点では、彼らは八神家やハラオウン家の人々と同志であった。


 「アレに苦労させられている点では、皆同じか………」

 「ええ………」

 「間違いなく………」

 蟲が繋ぐ絆、ここにあり。

 かつては闇の書の守護騎士と武装局員として、矛を交えた彼らだが、サゾドマ虫という共通の敵を前に一致団結し、今や戦友の境地に至っている。

 アレの恐怖を知り、共に戦いぬいたという事実の前には、かつて矛を交えたことなど些事でしかない。


 「となればやはり、件のラム隊員、彼に期待したいところだな」

 「それについても同感です。あいつは、本官らの期待の星」

 「対最終兵器ですから」




同刻  第95観測指定世界

 「ぶえっくしょい!」

 その頃、シャマル、クロノと共に遺跡調査に従事していたウォッカ分隊の隊員が、特に理由もなくくしゃみをしていた。

 「どうした、ラム、何かあったか?」

 「いいえ、何でもないっす、ハラオウン執務官」

 片手を上げて何でもないことをアピールしつつ、ひょっとしたら隊長達がまた俺を利用する相談でもしてるのかと考える青年が一人。

 彼はラム・クリッパー二等空士、18歳、魔導師ランクは空戦C+。16歳の時に空士学校を卒業し、ジュエルシード実験においてクロノの指揮下で戦い、類まれな蟲耐性を持つ男であった。

 彼自身はそれほど真面目な隊員ではなく、才能もそこそこ、無断欠勤などもあり、始末書も多く書いている。しかしどういうわけか蟲に対して嫌悪感を持つことがなく、今や一部で“対最終兵器”扱いされている。また、某金髪魔法少女から相談を受けることもあったりする(内容はあまりにあまりだが)。

 ヴォルケンリッターとの遭遇戦では、現在隣で遺跡の扉の解錠を試みている翠の服の女性にシャマられ気絶したが、“クリスマス作戦”では見事生き抜いた。闇の書の暴走体との連戦で疲労困憊のところにサゾドマ虫の襲撃を受け、流石に意識を失ったウォッカ分隊の面子を救出したのは彼である。

 (つっても、リリスは若干手遅れだったかもしれねえけど)

 なお、ウォッカ分隊には、もう一人メンバーがいる。

 本来は隊長、副隊長、隊員2名の計4名なのだが、アースラへの再編などもあって現在ウォッカ分隊は副隊長がおらず、アクティ小隊長が分隊長代理を兼ね、オルドー分隊長が副隊長代理という少々ややこしい事態となっている。

 それでも、隊長代理はセンターガード、副隊長代理はフルバック、ラム隊員のガードウィングに加え、もう一人のリリス・ストリア二等空士(空戦Bランク、16歳)がフロントアタッカーという布陣なのだが。

 (再前線のフロントアタッカーが、アースラの守りってのはどうなんだろ? いや、運用的に間違いってわけじゃねえけど)

 彼女は新歴65年の6月に空士学校を卒業したため、ジュエルシード実験には参加しておらず、闇の書事件の“クリスマス作戦”がほぼ初陣に近かった。そのため蟲の経験がなく、二重の意味でベテランの隊長らにサポートされ撃墜されずに残ったが、例に漏れずサゾドマ虫の餌食となった。

 その後、ラム隊員に運ばれ、そのトラウマからアースラの防衛戦力として後方支援に専念中。艦内や都市部なら何ら問題なく仕事が出来るが、自然保護区などでの活動はしばらく無理っぽい。

 噂では、オペレーターのアレックスやランディから通信士に関する仕事を学んでるらしいので、多分近いうちに後方に下がるんじゃないかとラム隊員は考えている。武装隊のフロントアタッカーから後方への転勤は珍しいが、女性局員ならないわけでもない。


 (でもま、何だかんだで、出来るだけ女性は安全な所で仕事してくれ、ってやつかね)

 恐らくだが、彼女の現状はトラウマのみならず、アクティ、オルドーの両隊長の意向があるのだろうと彼は見ている。

 彼女は魔力が高く、資質だけならAAランクに相当し、まだ伸び代があるらしいが、武装局員に向いているかどうかは別問題。

 性格的にも気弱なところがあり、どうにも、周囲の言葉や自身の才能に“流されて”、武装隊に入ったように思う。そして、特に空隊は飛行に関する先天資質があれば、それなりにやっていけてしまうものだ。

 まだ3年目での自分ですらそう思うくらいなのだから、勤続10年を超える隊長達なら、彼女は武装隊から退くべきだと早いうちから判断はしていたはずだ。

 (ふむ、ある意味で、なのはちゃんやフェイトちゃんへの見本なのかもしれねえか、あの子達も才能に流されて武装隊に入っちまう可能性あるし…………となれば、あの管制機がリリスにトラウマを植え付けたのも、計算づくか?)

知らぬ間に“対最終兵器”にされてしまった彼は、最近管制機が開発している新型の被験者にされることが多い。バイト代が高いので彼としても大助かりというのは内緒だが。

 そういった関係もあり、やはりウォッカ分隊が一番時の庭園と縁が深いのは事実。そして、彼もまたジュエルシード実験に参加した身だけに、あの機械がフェイトのためにだけ動いていることは理解できる。

 (ま、アレか、いつかは誰かが言わなきゃいけなかった、『お前は武装隊に向いてない』って言葉を、あの機械が代わりにやったことになんのかね。いくら隊長達でも、1年も経たないうちに面と向かっては言えねえだろうし)

 ラム隊員は、管制機のことを深く知らない。

 管制機が何を考え、どこまで予想して行動しているかなど、一武装隊員に過ぎない彼には、想像することも出来ないが。

 (結果が、フェイトちゃんとなのはちゃんの笑顔なら、悪いことにはなんねえだろうさ)

 彼もまたアースラが好きで、このメンバーで時に笑い、時に騒ぎながらやっていくのは、実に楽しい。特に、アルクォール小隊の面子は全員、4月に行われた花見に呼ばれており、海鳴の人達と馬鹿騒ぎをやった経験がある。

 だから、総合的に見れば±0どころか、プラスに傾く、本当にあの機械を嫌っている者も、憎んでいる者もいないだろう。

 なにしろ―――


 (あのフェイトちゃんが、時の庭園が誰かに恨まれることを望むわけねえ)

 子供の願いを叶えるための機械は、時に冷酷だが、その本質は母の愛。

 何だかんだで、温かい家庭のような雰囲気がアースラクルーや自分達武装局員、それに八神家との間に流れるなら。

 (昔のことを引き摺ってギスギスするよりゃ、百倍いい。俺もシャマルさんにリンカーコアぶち抜かれたけど、おかげでちょびっとばかし魔力UPしたし)

 「扉の解錠、成功しました。やはり近代ベルカの頃の術式でしたね」

 「ありがとう、流石だシャマル」

 「すげえっす、シャマルさん、惚れました、結婚を前提に付き合ってください!」

 「ふふふ、じゃあ、今夜私のベッドにいらっしゃい」

 「おおおお! ついに俺の子倅が卒業する日が!」

 「煩悩と一緒に、リンカーコアを引き抜いて上げるから」

 「ご免なさい」

 即座に前言撤回、やはり、アレを二度くらうのは御免だった。

 というか、美人が笑顔のまま、クラールヴィントを“引き抜く”用に構える姿が怖すぎた。

 「やれやれ」

 溜息を吐きつつも、クロノの表情も決して硬いものではない。彼もまた、今のアースラを気に入っているのだろう。

 平凡な武装局員であるラム・クリッパー二等空士も、このアースラの雰囲気が出来る限り続くことを、柄にもなく願っていた。






第29管理世界エスガロス  自然保護区


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……、ちくしょお、冗談じゃねえぞ」

 手付かずの自然によって形作られた、木々の生い茂る森林地帯。

 その美しき景観と自然動植物の豊富さにより、第29管理世界において自然保護区に指定されたその場所に、実に似つかわしくない男が、これまた景観を損ねるようなブサイクな面を歪ませている。

 ここは危険な魔法生物はおろか、人間を襲える程の肉食獣すら存在しない、平和の園。

 人の文化の痕跡のない無人世界であっても、弱肉強食を柱とした食物連鎖は存在するが、ここはピラミッドの頂点がせいぜい貂や猛禽の類で収まっている稀有な場所であった。

 「こちとらせっかく、ハンティングを楽しもうっていうのに……! なんで、こんなとこにまで、管理局が……!」

 それ故に、ハンティングを好む者達にとっては絶好の場であった。人間すら容易に殺し、餌とする猛獣の跋扈する狩場に踏み入り、命懸けのハンティングを行う本物のハンターは数少なく、大抵はこの男のように弱者をいたぶるしか能がない密猟者未満だ。

 だが、狩猟用ライフルを持ち、恰好だけはハンターとも呼べるその男は現在、走っている。

 天敵のいない場所で、銃を持つ俺こそが世界の主なのだと、雀の涙のような自尊心を満足させていた凡夫は、今や逆に強者に追われる立場となり、その驕りの代償を支払わされていた。

 「止まりなさい! この地区での狩猟行為は、自然保護法で禁止されています!」

 そんな男の頭上から降りかかるのは、少女の声。それも、管理局員であることを疑いたくなるほどに幼く、実際にまだ10歳でしかない。

 その格好も、管理局の武装局員などが標準として用いるバリアジャケットではなく、荒事には向きそうもない姿。

 しかし、見る者が見れば、それが古代ベルカより伝わる“魔女の礼装”を現代風にアレンジしたものであることを悟り、その杖、エルシニアクロイツもまた、容易ならざる古き業物であることに気付いただろう。

 そしてその髪は彼女本来の茶髪から白銀の雪へと染まり、紛れもなく融合騎とのユニゾン状態であることを示している。

 「ええい、冗談じゃねえ!」

 だが、古きベルカに関する知識も学もない男には、そのようなことがわかるわけもなく。

 男は上空からの死角になるよう木の陰に隠れると、右手に抱えるようにして持っていたライフルを持ち替え、ファイアリングロックを解除した。

 「お嬢ちゃん、落っこちてもらうぜぇ……!」

 簡易弾道補正システムを操作し、その攻撃目標を、白い魔力光をなびかせる空の少女へと。

 「ロック……!」

 そして、上空の少女に向かって銃口を向けた、その瞬間。


 「おらああああああああああああああああああああああああああ!」
 「な、なに!? こっちにも!?」

 付近には空の少女以外、誰もいなかったはず、少なくとも男の知覚においては。

 しかし、お前の認識など知ったことかとばかりに、ゴスロリ調の赤い服を着て、ゴツい鉄槌を構えた少女が飛び出し、突撃をかけてきたのだ。

 「ぶっ潰れろっ!」
 「うわあああああっ!!」

 パニックに陥りながらも、男は咄嗟に少女へ銃口を向けると、恐怖に駆られたまま何度も引鉄を引いた。

 だが、瞬時にそれが無意味であること、自分の目の前にいるのが常識を越えた規格外であることを悟る。

 「じゅ、銃弾を、弾いたぁっ!?」

 男の驚愕は当然のものであっただろう。相手が、あくまで一般的なミッド式の魔導師であれば。

 「こ、このガキも、魔導師……!?」

 目の前のいる謎の魔導師も、空にいる少女とほぼ変わらぬ年齢、いや、それよりもさらに幼いだろう、せいぜいが8歳ほどか。

 「違うな、あたしは魔導師じゃねえ―――騎士だ」

 一口で魔導師と言ってもピンキリであることは、男とて知っている。中でも、高ランク魔導師とされる存在は一個人で集団を屠り得る存在だということも。

 しかし、目の前の少女は、その中でもさらに近接武器の扱いに特化したベルカの騎士。大した狙いもなく放たれた銃弾を叩き落とすくらい、まさしく造作もない児戯だ。

 そして―――

 「手前、はやてに銃口を向けやがったな?」
 「ひ、ヒイィッ!」

 騎士の目の前で、主に対して武器を向けることがいかなる意味を持つか。

 男は悟った、自分は、決して近づいてはならぬ猛獣の尾を踏んだのだと。

 「手前には許しも救いもありはしねえ、夜天の主に凶刃を向けた罪を、命で贖え」
 「や、やめ、た、助けっ!」

 そして、どこまでも冷たい表情のまま、鉄鎚が脳髄を砕くべく振り上げられ。


 「待った、落ち着きぃ、ヴィータ」
 「はやて……」
 
 しかし、猛獣を震え上がるほどの怒気を孕んだ魔力は、凪の如く穏やかな少女の声で、瞬時に霧散する。

 「自然保護法違反に、人に向かっての銃撃、現行犯で逮捕します。抵抗しなければ、弁護の機会があなたにはあります、同意するなら武装の解除を」

 「は、あ、ああ……」

 自分でも気がつかないうちに尻餅をついていた密猟者の男は、恐怖に顔を引きつらせながらも安堵の顔を見せ、手に持っていた狩猟用ライフルを力なく地面に置いた。







 「ま、あんだけ脅しとけば、あいつも二度と密猟なんてしねえかな?」

 やや遅れて到着した、現地世界エスガロスの地上部隊の護送車に逮捕した男を送り込んだ後、二人の少女は再び空へと舞い上がる。

 「ヴィータちゃん、ナイス迫力だったです!」

 「へへん、あたしだってやりゃあ出来るんだよ」

 ただ、今は二人ではなく、はやての肩に小さな妖精がもう一人乗っかっている。

 「でも、3か月前に最初の密猟犯を捕まえた時は、思いっきり噛んで犯人から生暖かい視線を向けられてたしなぁ」

 「わぁ、でも、ヴィータちゃんらしいです」

 「ううう………人の黒歴史を………」

 同じような脅し文句でも、シグナムとシャマルは一発でOKだった。無言のままの美人というものは、それだけで迫力があるというのも要因だが、ヴィータの外見では迫力は皆無、とりあえずゴスロリ服をどうにかしない限りは。

 「まあでも、飴と鞭作戦は取りあえず順調そうやね。密猟の罪だけで済んだところを、わざわざ人を撃つまで追いかけ回すのもあくどいけどな」

 「だけどはやて、あいつは恐怖のままに手にあった銃を、はやて目がけて撃ちやがった。それはつまり、何の覚悟もなく人を殺す凶器を手に持ってた、ってことだぜ」

 ヴィータの表情が、海鳴で老人達に囲まれている時とは別人としか見えない程に、険しいものへと変わる。

 外見は幼くとも、彼女とてヴォルケンリッターの一角たる鉄鎚の騎士。

 “一般の民”が無自覚に過ぎたる力を振るったがために起こる悲劇を、深く理解している。

 「相手が、あたしやはやてならいい、騎士服もあるし、シールドで弾くことだって出来る。でも、非魔導師の自然保護隊の隊員に向かって撃っていたら、最悪のことになってかもしれない」

 「そやね、特にああいう中途半端なハンターは危険や。元々、日常生活に飽きて、刺激を求めて密猟ツアーのブローカーが蒔く甘い誘いに乗った人達やし」

 その精神は、市街地でサラリーマンとして暮らす者達と同じではなく、簡単に言えば暴発しやすい。

 相手を“殺してしまう”危険度が高いのは、本物の荒事屋よりも、実際に暴力を振るった経験のないチンピラである事実は、次元世界でも代わらない。

 「でもそれは、わたしたちの魔法にも言えることなのですよね?」

 「そや、私らの魔法も、一歩間違えれば銃と同じ、簡単に人の命を奪ってまう」

 「だから、緊急時に殺傷設定の魔法を許されてるのは、武装局員くらいなんだよ。まあ、あれだ、日本でも銃が必要なのはお巡りさんで、消防士さんには必要ねえからな」

 この第29管理世界であれば、それぞれの国家の警察機構がいざとなれば犯人への“命の危険を伴う攻撃”を許可されている。

 彼らは同時に時空管理局地上部隊の“外部組織”でもあり、他の世界に異動する場合も、勤務時間を換算することが出来る。

 その辺りの取りまとめを担うのは地上本部で、他の世界に跨る縦型の命令権限があるわけではないが、調整役として重きを置かれている。

 レジアス・ゲイズ中将はミッドチルダ地上部隊の率いる代表であると共に、他の世界の地上部隊の意見調整役であり、ある意味で労働組合の組合長のようなものだ。それだけに本局とは仲が悪いが、これは日本における労組と行政の対立のようなもので、妥協はあっても片方の要求が一方的に通ることはない、というかあってはいけない。


 「でもそうなると、殺傷設定しかないデバイスを持って蒐集してたヴィータちゃん達は、かなりの極悪人さんですか?」

 「まあ、普通はそうなるわな。強力な殺傷能力を持ったアームドデバイスを、非殺傷設定が無い設定にしたら、それだけでも重犯罪やで。そやけど………」

 「だけど?」

 「レヴァンティンもグラーフアイゼンもクラールヴィントも、時空管理局と管理局法が出来る遙か前に造られたデバイスやから、ノーカウントや」

 「あ……そう言えばそうです、皆はタイムスリップした中世ベルカ人でした。デバイスといってもホントに色々なのですね」

 「その辺りは古いデバイスに聞くのが一番やろ、っと、向こうも始まった感じやな。ザフィーラの魔力が臨戦状態に入っとる」

 「確か、今回の密猟者グループは、全部で五人、だったよね」

 「うん、アースラからの情報によればそうや。今はまだエイミィさん達に頼っとるけど、もう少ししたらその辺りの情報収集や捜査もわたしらでやらなあかんね」

 現在八神家は、独立性の高いエース級魔導師による少数部隊の実験例、という体裁だ。後見人は無論のことギル・グレアム提督。

部隊長   はやて
副隊長   シグナム
捜査官   ヴィータ
医務官   シャマル
防護官   ザフィーラ
技官    リインフォース

 という布陣で、本拠地は海鳴市というかなり異例の部隊だが、時の庭園の助力でサポートセンターやセーフハウスが外部組織である“自然保護隊への援助”として観測世界や無人世界に設置されており、アースラも数多く利用している。

 それらにはまた、試作型の“デバイス・ソルジャー”も配置されており、機動的に動く局員と現地固定の機械人形の連携をどこまで高められるかという試金石でもあった。

 「うーん、でもやっぱり、あたしに捜査官って向いてねえと思うんだけど」

 「平気やって、ヴィータならきっと出来るよ。書類仕事も早いし、直情的なようで、とても冷静や、それに、何だかんだでお仕事の半分は魔法生物の相手やし」

 「何だよなあ、ま、とにかく、ザフィーラが相手してるのが最後の一人か」

 先ほど捕まえた男以外に、既に3人を捕えている。

 その3人は今回が初めての密猟であり、さっきの男は三度目であると自白していた。

 「ザフィーラが追ってくれとるのが、アタリ、ちゅう可能性が高い」

 恐らく、最後の一人がリーダー格であり、4人の客の“案内役”を兼ねている。

 だが、相手が何者であろうとも、盾の守護獣に心配は無用。

 「ま、ザフィーラなら心配ねえよ、こういう森林での動きなら、賢狼の独壇場なんだから」

 遙か昔、自分が生まれ育った白の国も、このような森林の多い土地であり。

 そこに住む者達の秩序を守ることも、彼の務めであったから。







 「う、嘘だろ……」

 「………」

 そして、ヴィータの予想に違わない光景が、現実において展開されていた。

 外見だけで素人ではないことを伺わせる男は、魔力による目くらましと併用して散弾銃を用い、自分を追う局員へ奇襲を行った。

 「散弾銃を、全部、バリアで受け止めやがった………」

 彼自身の魔力量はDランク相当に過ぎず、局員の規定で魔導師ランクを取得したとしても、せいぜいCランクが限界だろう。

 しかし、一般人には保有すら禁止されている散弾銃、それも、対人に調整されたものを使用することで、彼は管理局の魔導師を数名、返り討ちにした経験があった。

 「迷わず撃って来たところから見るに、貴様、人を撃つのが初めてではないな?」

 だがそれも、あくまで第29管理世界に駐在する、地上部隊員であればの話。

 管理世界の自然保護区の密猟犯の摘発に、次元航行部隊のエース級魔導師が派遣されるなど、いったい誰が想像できるというのか。

 「た、た、助けてくれ! う、撃った、確かに撃ったけど、殺してねえ!」

 「………」

 「ほ、ホントだ、信じてくれ! 打算があったのは認めるけど、俺は殺してねえ! 殺したって何の得にもなりゃしねえし、金にもならねえ!」

 「………だろうな」

 恥も外聞のなく平伏し、ひたすらに懇願する姿を見れば、この男に人を殺す度胸がないことはよく分かる。

 悪知恵が回り、人々に害なす小悪党であることは疑いないが、それだけに暴力というものが最終手段であることも弁えており、ともすれば、自分が捕まった後の社会復帰の手立てすら準備している可能性もある。

 こういう輩は、殺人を犯さない。それが自分の人生に百害あって一利ないことをよく知っており、ある意味での自制心というものが強い。言いかえれば、分際を弁えている、となるだろうか。


 「さっすが、もう片付いてたか」

 「ご苦労様や、ザフィーラ」

 「かっこいいです!」

 「ヴィータ、それに、主はやて、フィーも」

 早々に武装を解除し、ザフィーラに害意がないと分かるやすぐさま黙秘権の行使に移行した男に、リンカーコアの働きを抑える手錠をかけたところに、はやて・ヴィータ・フィーが到着。

 ザフィーラもまた、管理局法について深く知っているであろう男にわざわざ決まり文句を言わなかったため、無言であった空間に、少女達の明るい声が響いた。

 「む、紫の杖に、6枚の黒翼を生やした天使…………それに、赤いゴスロリに鉄鎚を持った幼女…………ま、まさか、あんたら、伝説の密猟犯ヤガミ・ファミリー!?」

 はずなのだが、明るい声は黙秘を貫いていた筈の男の声で凍りついた。

 「あの生きた伝説に出逢えるなんて、すげぇ…………俺も昔は正義の味方とかに憧れたけど、才能ないしあんまり努力もしなかったわでずるずると落ちぶれて、しまいにはここの地上部隊でモグラなんてやることになっちまった。でも、風の噂であんた等の武勇伝を聞いたから………」

 今までの黙秘はどこへいったのか、興奮した様子でまくしたてる男。彼にも彼の人生があった模様。


 「…………おじさん、ちょっとええかな?」

 「は、はい! 何でありましょうか! じ、自分が28歳にもなって密猟の案内役に鞍替えしたのも、貴女方に憧れてこの道を志し――「黙れ」ごめんなさい」

 再び平謝りする男、ひょっとしたら密猟ツアーのブローカーの組織内でもこういう風に生きて来たのかもしれない。

 どうやら、元は魔導師資質があることを生かして、ここの地上部隊へのモグラをやっていたらしいが、ちょっと前に人生の転機があったようだ。

 「今、もの凄い聞き捨てならん言葉を聞いたんやけど、伝説の密猟犯って、なんやねん?」

 「は、はい、昨年の11月頃から現われた、密猟難度最高クラスの魔法生物ばかりを次々を仕留めた、至高の密猟犯にして謎の一家です」

 「謎の一家なら、何で知っとるの?」

 「う、噂がありまして、それはもう、この歳になって憧れるほどの」

 「どんな?」

 「紫の杖に6枚の黒翼を生やした天使、銀の髪を備えた女神の如き女性、剣を携えた巨乳の女騎士、赤いゴスロリに鉄鎚を持った幼女、翠の服を着た金髪の女、そして、鉄壁の守りを持つ蒼い狼で構成された、伝説の密猟犯グループ、ヤガミ・ファミリー! たった6人で管理局の、それも本局の次元航行部隊と真っ向から渡りあい、執務官や武装隊と激闘を繰り広げた、密猟会における六英雄!」

 「………その噂は、いつ頃から?」

 「メジャーになったのは、今年の4月頃ですが、俺は1月の頃には話を聞いて、密猟の案内役へと変わりました! この散弾銃も、貴女方のように武装局員と戦えるようにと!」

 「黒禍の嵐………」

 はやてのエルシニアクロイツに、凄まじい魔力が集中していく。

 なお、彼が語った4月頃は、とある管制機が時の庭園に引き籠って裏活動に専念し始めた時期と符合する。

 だがまあ、そこまで考えるまでもなく、誰がそんな噂を流したかは一目瞭然だった。


 「すいません、嘘吐きました! これは正体がばれた時の逃走用というか、牽制用でした! これからは心を入れ替えますから、どうか、栗毛の魔法少女のようにリンカーコアを引き抜いてサゾドマ虫の餌にすることだけは!」

 ついでに、云われの無い悪行も知れ渡っているらしい。

 実際は、サゾドマ虫によって気絶した魔法少女を抱えて離脱したのがシグナムだったりするが、因果が微妙に狂っている。

 いやまあ、黙秘を貫こうとした男がペラペラと情報を話しているのだから、悪名にも意味があると言えばあるのだろうが。


 「なあ、時の庭園に殴りこんで、勝てると思う?」

 取りあえず男を眠らせた後、はやてが家族に問う、問わずにはいられない。

 「いや、気持ちはよく分かるけど、無理だろ。それこそ、サゾドマ虫とかの巣窟になってそうだぜ」

 「フィーは遠慮したいです、まだ精神的に死にたくありません」

 「それよりも、地上本部の協力機関として、我々の殴り込みを海と陸の対立に結び付けることすら可能かと」

 だが、現実はどこまでも無慈悲だった。

 「……うん、分かっとる、分かっとるんよ、これが、私らの贖罪の道やって」

 かつて、自分が家族へ言った言葉を、はやては思い出す。

 (みんながしたことは、罪は罪や。わたしも含めて皆で背負って、時間かけて償っていかなあかん)

 その言葉に、偽りはない。最後の夜天の主は、決して罪から逃げるような真似はしない。

 けれども―――

 「もう少しましな、償い方があらへんもんやろか………」

 なんかこう、マフィアのドンの如くに崇められ、小悪党に跪かれるのは如何なものか。

 八神家の受難は、しばらく続きそうであった。



余談だが、この男は無人世界で3年間の懲役に服し、自然保護のノウハウなどを叩き込まれた後、立派な自然保護官となり、やがて自然保護協会ヤガミの幹部になったとかならなかったとか。


あとがき
 デバイス物語は基本、原作から変化した点を描写していますが、A’Sにおいてははやてとの関わりが薄かったため、彼女の周囲はほぼ原作通りの展開で、出番がありませんでした。なので、空白期の初期は、はやての出番が多くなっています。



[30379] “黄金の翼” 7話  デバイスとナンバーズ
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/12/25 07:26

My Grandmother's Clock


第七話   デバイスとナンバーズ


新歴66年 8月下旬  次元航行艦アースラ  食堂


 「はい、カニ玉スープお待ちぃ! 温かいうちに食べてね」

 「どうぞ、三重ビッグピザです。お熱いですので、舌を火傷なさらぬよう気をつけて」

 とある密猟犯に関わる件で、はやてが贖罪という事柄に対する深遠な命題に悩んだりしていながらも、時は緩やかに過ぎていく。

 いよいよ8月も終わりに近づき、6月初めに陸士訓練校に入学したなのはとフェイトが海鳴に帰ってくる日ももうすぐな頃、アースラの食堂にて二人の年若い女性が給仕に励んでいる。

 一人はエイミィ・リミエッタ。アースラの管制主任にして、実質的なNo.3であると同時に執務官としてのクロノの補佐官も兼ねる才媛だが、現在は黄色のエプロンをつけてカートを押している真っ最中。

 もう一人は、八神家で唯一前線に出ることのない女性、リインフォース。美麗という表現が似合うどこか幻想めいた美しさを持つ彼女だが、桃色のエプロンをつけて家庭的な仕事に励む姿も不思議と様になっている。


 「エイミィ、肉はまだ?」

 そんな二人がペアで食事を配って回る中、実に食欲に忠実な催促の声がかかる。

 「ん~、後10分くらいしたらオーブンで焼き上がるんじゃないかな? アルフが好きな包み焼き形式にするって言ってたよ」

 「おお! そりゃあ楽しみだ、早く食べたいぃ~」

 フェイトの使い魔であるアルフは、現在彼女の代行も兼ねてアースラに乗り込むことが多い。

 彼女の主が通う訓練校は、候補生達の通う学び舎であり、自前の使い魔を持っているものは少なく、まして狼という大型の獣にAAランクという能力があるのは皆無。9歳でAAAランクの使い魔持ちというのは、珍しいどころではない稀有な例だ。

 また、入校の理由が、なのはとフェイトが陸戦の基礎を訓練法も交えて学ぶことにもあったため、フィジカルが強く格闘戦が主体のアルフが同伴しなかったのはある意味で当然でもあった。

 「アルフ、調理人への感謝と期待はいいことだが、しっかりと野菜も食べた方がいい、肉ばかりでは栄養が偏るぞ」

 「大丈夫だって、あたしは元々狼なんだから、肉さえあればそれだけで幸せなのさ」

 「しかし、ザフィーラは野菜を好むが」

 「それはアイツが特殊なだけだって、つーか、肉より野菜が好きな狼ってなんなのさ。菜食主義の狼なんて、昔話の狼の精霊くらいにしかいないよ」

 「うーん、確かに、ロッテやアリアは猫の使い魔だけど、やっぱり元が肉食だからか、野菜よりは肉の方が好きだったね。もっとも、一番食べられそうだったのはクロノ君だけど」

 危うく大人の階段を昇りかけたことが一度や二度ではないクロノ。

 エイミィもそれを助けるどころか、一緒になって落とし穴を掘る始末なので性質が悪い。最近はそこに管制機が加わったりもするが。

 ちなみに、ザフィーラは元々草食、というか基本食事をする必要があまりなかった狼が、人間の魂の器となったことで肉も食べれるようになったものなので、やはり特殊例なのだろう。

 「そういうものなのだろうか…………というより、クロノ執務官があのお二人から指導を受けた年齢を考えると、あまり洒落にならないのではないか?」

 クロノが執務官になったのは、11歳の頃。

 つまり、彼が猫姉妹の毒牙にかかりかけたのは、それ以前ということに………

 「そこはまあ、ほら」

 「突っ込んだら負け、ってやつじゃないかい?」

 「そ、そうか……」

 そこら辺のノリは揃って軽いエイミィとアルフ。こういう話題においては、常に真面目なタイプが悩ませられるのは世の常というものか。


 「しっかしまあ、次元航行艦のNo.3に、稀代のデバイスマイスターがエプロン着けて給仕やってんだから、ここも随分変わったところだよね」

 「まあね、うち独自のシステムではあるのかな」

 「だが、とても温かくて、良いことだとは思う。あの子達も、主はやても、守護騎士達も、それには皆同意見だろう」

 新歴も66年になるが人材不足が完全に解消されたとは言えず、クルーの平均年齢が非常に若く、女性も多いのは事実。

 しかし、だからこそアースラでは、調理は別として専門の給仕の職員は置かず、交代制で給仕係を決めている。その辺りの当番票の管理などもエイミィの役目で、なのはやフェイト、八神家の面子もスケジュールを合わせてしっかりと書き込まれている。

 「艦長も含めてせっかくみんな若いんだから、こういうことは自分達でやって、触れ合う時間を増やした方が楽しいしね」

 「花見の時も、アースラの連中はみんな慣れてたもんね」

 「宴会用の食材や飲み物類を買い込む際の段取りの良さは、神掛っていたな。ただ、レティ提督が酒瓶を抱えながら帳簿に何かを書き込んでいたのが気になったが………」

 「そこは、ほら」

 「突っ込んだら負け、ってやつだよ」

 ついに断定形になった。ツッコミは禁句らしい。

 「それに、はやてちゃんだったら調理の方も手伝ってくれるし、子供達が皆働き者でエイミィ姉さんは感激だよ」

 「なのはも、ウェイトレスの格好は結構様になってたよね。フェイトも、なのはと御揃いのエプロン着けるのが嬉しかったみたいだし」

 「確か、彼女の実家の翠屋のロゴが入った黒を基調としたデザインだったか。それに、配る手際も見事だった、やはり彼女は喫茶店の娘なのだな」

 リインフォースが視線を向ける先には、“喫茶翠屋コーナー”という看板が掲げられた一角がある。

 アースラにも当然甘味系のデザートは存在したが、それを専門に注文して配るコーナーを設けてはどうかと、ある管制機が提案したそうな。

 なお、この案をリンディ・ハラオウン艦長に提出したところ、即答で了承の意が返って来たらしい。

 「だね、管理局の武装局員として魔法使うだけが将来じゃないし、実家を継ぐ場合に備えて練習しておくのはいいことだと思うよ」

 「それに、アリサやすずかが“喫茶翠屋コーナー”のアルバイトとしてアースラに乗り込めるように、なんて話も聞いたけど。なんでも、調理実習の課外活動だかで押し通す案もあるとか」

 「なるほど、彼が考えそうなことだ。全てはテスタロッサのために、か」

 アリサとすずかがデバイスマイスターの勉強を進めているが、次元航行艦には既に専属人がいるため、それを仕事にアースラに乗り込むのは不可能。

 ならば、福利厚生方面でねじ込めば良いという方針で、かかる費用や彼女らの安全を保証することで“フェイトにとって良い環境”を構築するために、相変わらず暗躍しているらしい。


 「しかし、日本の人達が持つイメージに依るならば、矛盾しているように見えるのかもしれないな」

 「ん、どゆこと?」

 「生粋のミッド人であるエイミィには少し感覚が違うかもしれないが、日本という国は長い間“終身雇用制”というものが続いており、入社がそのまま定年まで勤め続けることを意味する価値観も多くあったらしい。最近はかなり変わりつつあるようだが」

 「んん~、それってアレかい? ミッドじゃあ自分のやりたいことが変わったり、結婚したり子供が出来たりしたら転職ってのは結構当たり前のことだけど、日本じゃあ大きい理由がない限り、勤め続けるのが多いとか何とか、トールが言ってたような………」

 「そっか、なるほどね、一応は艦長やクロノ君がなのはちゃん達を勧誘したような形なのに、アースラの中で学ぶことが管理局を離れて翠屋を継ぐための修行だから」

 「一般的な日本家庭の両親ならば、疑問符を浮かべるところなのだろう。彼女の家はかなり特殊なので、説明するまでもなく理解されているようだったが………しかしアルフ、なぜお前が疑問形なのだろうか」

 「実はあたし、あの馬鹿に説明されたような気もするんだけど、その辺あんまし聞いてなかったんだよね。フェイトが幸せなら、それでいいかなって思って」

 あの馬鹿が何者を指すかは、推して知るべし。


 「多分だけど、子供での嘱託魔導師や、就業に関することだと思うよ。なのはちゃん達がそろそろ卒業する訓練校も、普通は初等部を出て12歳頃に入学する子が最年少だし、その子達も管理局に入ってずっと勤めるよりも、途中で民間に移る方が多かったりするから」

 「13歳頃から管理局に務めつつ資格などを取り、様々な人々と直接触れ合いながら“自身の夢”を見出し、18、19歳になる頃に民間に出る局員も多くいるらしい。その年齢は大人への出発点にしやすいという点もあるとか」

 「へえ、そーいやそんなこと言ってたね」

 「そのため、中等部を出た15歳や、高等部を出た18歳で訓練校に入る者は、学校教育の中で考えた末に、職業として管理局を選んだ者が多いと、そう、彼から聞いている」

 「そうそう、そんなこと言ってたよ。あれだろ、10代に5年間くらい管理局にいた奴が民間に行って、それが今度は外部組織やらの横の繋がりの橋渡し役になるんだって」

 時に出向したり、古巣に戻ることもあったり。

 そうした、人と人の繋がりこそを基盤とし、管理局は緩やかな結束によって次元世界の平和を維持している。


 「そこが日本での“終身雇用制”ってやつとの根本的な違いなんだろうね。ミッドの小さい子にとって『管理局に入りませんか?』っていう勧誘は、“一緒に骨を埋めよう”よりも、“水泳スクールに来てみない?”って感じだし、正直あたしも士官学校に入ったのはそんなんだったかな」

 「確か、エイミィとクロノは士官学校の同期だったよね?」

 「まあ、あたしは学費免除で通信関係を学べるって餌に釣られた組だけどね。クロノ君みたいに、5歳の頃から局員として勤めあげるつもりの子なんて滅多にいないから。あたしの同世代でも陸士や空士学校の通信学科とかに入った組には、民間に移った人も結構いるしね」

 エイミィは縁を大事にするタイプなので、そういった旧友とも今でも交流を持っている。

 クロノと出逢い管理局に残った自分と、別にやりたいことを見つけて新たな夢へ進んだ彼ら、色々話すと面白いことは多い。

 それに、結婚して管理局を辞した寿退職の例も多く聞く。

 「つまりは、管理局を通して様々な仕事に従事する人達を触れ合い、その中で自分のやりたいことを見つけて欲しい、ということだろう。子供達への嘱託魔導師という制度も、そう願ってレオーネ・フィルスという方が提案したと聞く」

 「フェイトちゃんが良い例だね、まあ、何だかんだで学校だけじゃ出来ない社会勉強がたっくさん出来るしね」

 「海鳴の学校に通いながら管理局に関わるってのは、きっとフェイトやなのはにとって良いことだって、あたしも思うよ。だって、あんなに楽しそうなんだから」

 アルフの言葉は単純だが、それだけに的を得てもいた。

 どんなに屈強な大人で、重要な仕事を任されていても、そこに楽しさがないなら、いつか壊れてしまう。

 アースラのクルーが歓談やレクリエーションを大事にするのも、一歩間違えば世界ごと滅ぼしかねないロストロギアなどと関わっているからこそ、友人達との穏やかな日々を大事にしている。


 「だね、うんうん、やっぱり仕事も楽しむことが大事だよ。あたし達は次元世界の平和を守って笑顔を届けるのが役目なんだから、クロノ君のようにいっつも仏頂面で妹萌えじゃあ、助けられる人も―――わぎゃっ!」

 「誰が仏頂面で妹萌えだ、それと、変な言葉をフェイトに教え込まないように」

 「肉!」

 「クロノ執務官」

 右手にアルフの注文の品を掲げつつ、左手で不届き者へチョップをかます若き執務官。アースラの中だが、いつも通りバリアジャケット姿である。

 「アルフ、君の目には肉しか映っていないのか」

 「あ、クロノ」

 「今更か、家族としては流石に悲しいぞ」

 「い、いつつ、ううう……日増しにあたしへの対応がきつくなっている気がする…………フェイトちゃんには甘いのに」

 「もう少し女性らしくしてくれれば、こっちも相応の敬意を払うさ」

 「確かに、テスタロッサはクロノ執務官の前では、女の子らしくするよう心がけている気もしますね。我が主にはそのような意識がなさそうですので、若干見習って欲しいとも思います」

 「ほほぅ」

 「リインフォース、そういう言い方はこっちのが喜ぶだけだから、もう少し考慮してくれ」

 「すいません、心掛けます」

 「ひどい!」

 「まあ、アレだ、フェイトは男との関わりが全然なかったからね。あの馬鹿は論外だし」

 そもそも、人間ですらなく無機物が動かす人形である。


 「そうだ、その馬鹿からなんだが、リインフォース、第88観測世界の定時観測用のデバイスソルジャーが少し誤動作を起こしているらしい、診てもらえるだろうか?」

 「第88観測世界………分かりました、すぐに向かいます」

 「ありゃ、仕事かい」

 「デバイスソルジャーの“リア・ファル”はカートリッジを使い捨てから二次電池にした感じだけど、難しい技術だからね。今はまだ、完全に調律出来るのは、リインフォースだけだよ」

 そもそも、それらの技術は融合騎のそれにも似て、神代の調律師フルトンと、黒き魔術の王サルバーンの技術を根幹にしたものであるが故に。

 派生形であるリア・ファルを、彼女が調律可能であるのも、道理ではあった。






第88観測世界   観測施設


 「スレイプニィル、翼を休めよ」

 黒い4枚の翼をおさめ、リインフォースが地表へと降り立つ。

 今の彼女にはほとんど力はなく、攻撃的な魔法は使えない。飛行や探索、治療といった補助的な魔法をシュベルトクロイツを用いることで多少使える程度。

 そのため、空戦は不可能であり、飛行能力を考慮しても魔導師としては総合Cランクといったところだ。ただし、デバイスマイスターとしてがS級どころか人間国宝レベルだが。

 「大丈夫か、リインフォース」

 「問題ない、この程度の飛行ならば、な」

 そんな彼女が現場に降りる時、付き添うのは大抵が盾の守護獣ザフィーラである。

 今回はクロノからの依頼だけに彼が付き添おうとしたが、執務官として多忙な彼には他にも仕事があったことから、いつも通りにザフィーラの出番となった。

 両者とも饒舌な気質ではないため、二人で行動していても会話はそれほどないが気まずいわけでもなく、二人でいることが自然体、というのが適当だろうか。

 そんな二人に対して稀にヴィータが頬を膨らませることもあるが、はやてに微笑まれながら抱きしめられ、シグナムやシャマルにからかわれるのも、八神家の馴染みになりつつある光景だ。

 「お前は、昔から優しいな、いつでも、私達のことを気にかけてくれる」

 「お前ほどでは、ないさ」

 いつも通りの穏やかな無言のままに、二人は施設の廊下を歩いていく。セキュリティシステムなどは問題なく機能しており、二人を正規の使用者と認定していく。


 「誤動作を起こしているのは、あれのようだ」

 「ふむ、一目で分かるな」

 観測施設の機械類の中枢となる部屋に、ケーブルに繋がれた機械人形が鎮座している。

 が、両肩や頭の上には“ムッカーデ”が投影されており、“バグ発生中”であることが一目瞭然となっている。

 とりあえず、彼女の視界に入れておくのは目の毒でしかないので、蟲が平気なザフィーラが早急に振り払った。


 「一応はとんちのつもりなのだろう、虫とバグを重ねているようだが」

 「正直、あれにセンスはない。ベルカの小噺の方がいくらかましだ」

 ネーミングセンスにせよなんにせよ、こういう部分をアレに任せると碌なことがないのは関係者全員の共通認識だ。

 「しかし、これが地上本部で開発され、“協力の証”として試験運用を海の部隊に任されていると知れば、陸の人々はどう思うだろうか………」

 「ムカデが張り付いている部分を除けば、特に落胆はせんだろう。これらが海へ来る代わりにミッド首都航空隊へ出向となったウィスキー分隊やスコッチ分隊の者達とて、多少へこむ程度だろう、彼らの精神は強い」

 “クリスマス作戦”を始めとし、ゼスト・グランガイツ一等陸尉やクイント・ナカジマ准陸尉の協力など、グレアムを頂点とした集団と、レジアスを頂点とした集団には直接的な繋がりが出来ている。

 まだ試作段階のデバイスソルジャーの貸し出し、というか試験運用もその一環であり、今の段階では人間社会の様々な事情と絡む陸よりも、ほぼ無人の世界で定められた業務に就く海の方が試験がやりやすいという技術的事実によるものだ。

 「私には………無理だな、彼らを尊敬する」

 リインフォースは芯の強い女性ではあるが、やはり出来ることなら虫に近づきたくはない。“ムッカーデ”レベルならまだいいが、中隊長機や最終兵器は御免こうむりたいところだ。

 「彼らには彼らの仕事があり、お前はお前の仕事がある」

 デバイスソルジャーとは魔力電池、それも循環式の充電が可能な魔法人形だ。

 保存されているリンカーコアを核に、リア・ファルという非人格型融合騎に似た結晶を用いて電池として作動させ、疑似的な魔導師として活動させることが出来る。

 そのため、“融合機能の無い人間サイズのフィー”といった表現が一番的確だろうか、管制機の運用する使い捨てのカートリッジか庭園からの動力によって動く人形とは、自立性の点で大きく異なっている。

 「そうだな、彼らのためにも、早くこれらをB級デバイスマイスターでも調整が可能なレベルまで、ノウハウを築き上げよう」

 そしてその“調律”を行うのは、オートスフィアやヘリなどに携わるメカニックマイスターよりも、むしろリンカーコアを持つ魔導師との兼ね合いを考えてデバイスを製作、調整するデバイスマイスターが適任となる。

 その名の通り、人の形をしたデバイス、なのだ。


 「しかし、こうして改めて思えば、彼のマイスターには頭が下がる思いだ」

 「それは、テスタロッサの祖母にあたる女性のことか?」

 「ああ、彼に込められた命題、時の庭園の機械類に課された理念は、“人々の役に立つこと”。どれだけ機械が発達しようと、それによって人が堕落し、人間の心から温かみが失われるならば、本末転倒であると」

 最初期の融合騎たるスンナとスクルドを製作する上で、彼女の師もよく言っていた。“デバイスは人の役に立ってこそ”だと。

 まあそれは、自分のためにだけデバイスを作るかつての親友であった男との、意地の張り合いでもあったかもしれないが。


 「純粋に戦力を構築するだけならば、大型の工場でオートスフィアや傀儡兵を大量生産し、それらを制御する端末も同様に大量生産し組み込めば良い。近年にカートリッジシステムが発達したならば、魔力を持ち運び可能な単位で器物に込める技術が確立されつつある」

 「そう言えば、ヘルヘイムもまた、カートリッジ技術を基盤に大量生産の魔導機械を戦力として運用していたな」

 「ああ、古代ベルカ時代の聖王家の技術も混じってはいるのだろうが、カートリッジ技術を機械強化へ向け続ければ、待っているのはヘルヘイムと同じものだ。旧暦の末期の質量兵器全盛時代、次元世界はそのようにして一度滅んだ」

 「お前は…………覚えているのか」

 ザフィーラには、その時代の記憶はない。

 それは他の3人も同じだろう、少女達の願いと、ジュエルシードの奇蹟によって原初の記憶やヘルヘイムの残党との戦いの記憶は蘇った。

 だが、全てが元通りになったわけではない。特に、記録すらまともに出来なかった旧暦の末期から管理局の時代にかけては、自分達は明確な自我すらなく、主の命に応じて動くプログラムに過ぎなかった。

 「完璧とは言えないが、管制人格故に、な。本来ならば抱えることの出来ぬ情報だったが、暴走プログラムの負荷を彼とアスガルドが肩代わりしてくれたから」

 「そうか………」

 「それ故に思うのだ。あの時の庭園は、ゆりかごをもたらした初代の聖王や、人々のためのデバイス技術の確立を目指した白の国、そして、長く厳しい時代にあってもその技術を伝え続けた調律師達の系譜なのだろうと」

 管制機トールは、人が使う形でのデバイス運用しか入力されておらず、認めない。

 機械が機械を生み出し、機械が機械を操るのは、絶対にやってはならぬ禁忌。

 彼はあくまで、“プレシア・テスタロッサの代わりに”機械を作り、機械を管制するのだ。彼女のためだけに作られた紫色の長男には、それ以外の機能など何一つない。

 「このデバイスソルジャーはその証だろう。マイスターが調整し、彼らは人々のために機能するが、“彼らが使うためのデバイス”は存在しない、彼らこそがデバイスなのだから」

 「デバイスは人のためのもの、機械人形のためのデバイスなど、あってはならぬ、ということか」

 「当然、広義的な意味での機械端末は別なのだろう。しかし、狭義の意味における魔導師の扱うデバイスは、そういうものであって欲しい、私も、そう思う」

 材料の生成や加工は機械に任せるにしても、それを使い手のために組み上げるのは、人の手であって欲しい、人の心であって欲しい。

 機械の大量生産に比べれば、生産速度は劣る。現に、魔導機器を扱う企業の中には、大量生産の機械人形を開発しているところもあるらしい。

 だけど―――

 「母が子供のために作る手袋は、とても温かい」

 「ああ、それに、主はやてが、我々に作ってくださる温かな食事もな」

 その心を、失って欲しくない。

 今の技術ならば、衣類も食事も、全て機械が完璧に、大量かつ高速で作ることが出来るだろう。

 自動車にせよ、電車にせよ、次元航行艦にせよ、多くのモノは機械によって作られる。

 だからこそ―――


 「人と共に在るデバイスは、せめて人の手で」

 リインフォースは、二つのアクセサリをシュベルトクロイツの格納空間から取り出し、掌に乗せる。

 それらは待機状態であると同時に、改良途中の新たなデバイス。

 1つは、ソニックキャリバー。

 “クリスマス作戦”への協力のお礼という形であったため、製作を彼女が志願した、2児の母のためのデバイス。

 1月ほど前、八神はやてと親友達が泊まりにいき、二人の娘、ギンガとスバルとも仲良くなった。

 だから、死の危険すら伴う仕事に従事する彼女が、家族の下へ帰れるように、幼い子らが悲しみに沈むことがないように。

 もう1つは、アスクレピオス。

 こちらは元々あったデバイスの強化であり、出産を終え、もうしばらくすれば職場へ復帰する女性のために。

 彼女にも彼女の人生があり、悩んだ末に、危険を伴う職場に戻ることを決めたのだろう。

 ならば、生まれたばかりの小さな命が、母と切り離されることのないように、母子の絆が、断たれることのないように。


 「ソニックキャリバー、アスクレピオス、どうか強い子になって…………主の先達たる二人の母を、守ってやってくれ」

 祈るように両手で包みこみ、彼女は願う。

 どうか、子らの未来のために働く母達を、守ってくれるように。

 人の手で作られしデバイスが、母子の絆を繋ぐ、かすがいになれるように。


 「デバイス達よ、人々のためにあれ」

 祝福の風、リインフォースは、祈りを捧げる。






ミッドチルダ  某所

 「あれ、チンク姉にディエチ、何やってんの?」

 とある場所に人知れず存在する、狂科学者と愉快な娘達の暮らすアジトにおいて。

 水色の髪を持つ機人の少女が歩いていると、スーツケースに色々な荷物を詰め込んでいる姉妹、という実に珍しいものを発見した。

 「見れば分かるだろう、旅の支度だ」

 「チンク姉、シャンプーはこれでいいの?」

 「いや、それはかさばるからやめておけ、それよりもこちらの簡易デバイスに石鹸や洗顔フォームとを小分けにしながら格納してだな………」

 「なるほど、流石チンク姉」

 「お前の任地はあまり衛生環境が良くないだろうからな、身体を洗浄するための品はしっかりと持っていけ」

 「うん、ありがとう。………でも、これであの洗浄マシーンともしばらくは離れられるね」

 「ああ、それについては同感だ。一人で洗浄するのは久々になる」

 一応返事は来たが、すぐさま支度に没頭する二人。

 しかし、新歴63年の春に生まれてより3年、ほとんど外に出ていないセインにとっては、旅支度がどのようなものであるかは、正直ぜんぜん分からない。

 新歴63年冬生まれと、セインより年下のディエチにとってもそれは同様らしく、60年冬生まれで、外での任務に就くことも多かったチンクに基礎から教わってるようだ。

 「う~ん、よく分かんないけど、ウー姉からその辺の知識を転送してもらえば、早いんじゃないの?」

 「それは既に受けている、が、やはり実際に手取り足とり教えなければ分からないこともある。知識と経験は別物だ」

 「そういうもん?」

 「そういうものだ、私達は機械ではなく戦闘機人なのだからな。ただの機械であれば、それこそ感覚センサーからの入力も、転送される情報も等価だろうが」

 彼女らの創造主曰く、ナンバーズとは機械と人の中間に非ず、新たな命の可能性故に。

 自分の足で立って歩き、あらゆるものを見て、感じ、体験することこそが重要なのだと嗤う。

 「ふーん、ま、よくわかんないけど」

 「セイン、お前はもう少し物事を深く考える癖をつけるようにしろ。恐らく、トーレあたりにもそう言われているのではないか?」

 「う……」

 「下手をすると、これから生まれる妹にまでアホの子扱いされるぞ」

 「そ、それは………」

 流石に考え込むセイン、普段からお気楽でノリで生きているような彼女だが、これで案外繊細な部分や姉としての責任感が強いところもある。

 今はディエチ一人だけだが、さらに下の妹が生まれれば、もっと姉らしくなるかもしれない。


 「チンク姉、服はどうしよっか?」

 「むう、悩むところだ。今着ているボディスーツは論外だからな、こんな恰好で外をうろついては最悪、痴女として管理局に通報される」

 「そ、そうなの………」

 上の姉達が同じ格好なのであまり違和感は持ってなかったディエチだが、よくよく考えればウーノはボディスーツを着ていない。

 「戦闘機動には適しているし、我々の調整も行いやすくはあるので、施設内ではこの格好の方が楽だが…………ようは、着替えるのが面倒なものぐさなだけだからな」

 「ちょ、ちょっと待ったチンク姉! ってことは、チンク姉がいっつもスーツの上にコート着てるのって」

 若干のフリーズから立ち直ったセインさん、かなり慌てている模様。

 「姉は見ての通りの体系だ、シェルコートを纏っていれば一般人とそれほど差はなくなる、物珍しくはあるが」

 「じゃ、じゃあ、クアットロのシルバーケープも?」

 「どうだろうな、ただ、トーレにしても普段は上にジャケットを着ているだろう」

 「あ」

 「そういえば、トーレ姉やメガネ姉も……」

 よくよく考えれば、スーツを着てないウーノ以外の姉、トーレ、クアットロ、チンク、皆スーツの上に何かを羽織っている。

 このままいくと、自分達2人とこれから生まれる予定の妹達、ノーヴェ、ウェンディ、オットー、ディード、セッテだけが痴女状態で練り歩くことに………

 (うん、何か上に着よう)

 取り敢えず、アジト内でもマントか何かを羽織ることに決めたディエチ。セインも何か案を考えているようだ。

 「しかし、姉の外出着がディエチに合うはずもないな、かといってトーレは体格が良すぎる………クアットロに頼むのはリスクが高すぎる…………やはり、ドゥーエに依頼するのが一番か」

 未来への葛藤を重ねる妹達をよそに、チンクも思考を重ねる。こういう時に頼りになるのは、やはりかなり前から外で動き、セインやディエチとは面識のない二番目の姉だ。四番目は別の理由で論外。


 「と、ところでチンク姉、そもそもどこに行くの?」

 とりあえず葛藤に一区切りをつけたのか、はたまた心の整理のためか、セインが姉に質問。

 「ああ、セインはまだ知らされていなかったか、これからしばらく我々は掃除屋、及び荒事屋として動くことになるらしい」

 「すいーぱー? らんなー?」

 「掃除屋と荒事屋、裏社会のアウトローのことだよ、セイン」

 「一言にアウトローとは言っても、タイプや事情は様々ではある。私達も真っ当な生まれではなく、管理局法に触れる存在だが、そもそも管理局法に従うことを良しとしない者達もいる。その中でも、管理局との折り合いをある程度付けている者達の呼び名だな」

 「折り合い?」

 ほとんど鸚鵡返しに尋ねるセイン、そこで深く考えずに返すのが、彼女の特徴か。

 「簡単に言えば、任侠、悪党の仁義の世界だ。彼らには彼らの仕来たりがあり、破る者を許さない。そして、彼らは基本、堅気の人間には手を出さない」

 「ほら、セインが前に読んでた本で言うならあれかな、人々を襲う海賊と、海賊を襲う海賊、管理局が海軍みたいなものかな」

 「おおー、それなら分かる。ってことは、さっきの2つは……」

 「その例えなら、掃除屋は海賊を襲う海賊だ。小悪党を排除する点ではありがたい存在だが、法に触れる事実は変わらず、あくまで彼らの仕来たりに従っているだけなので、条件が揃えば当然人々にも牙をむく」

 そのため、彼らは偽造した身分証明証を持つのが常だと、チンクは説明する。

 なお、2番目の姉はその辺りの準備も兼ねて、外で活動していたりする。


 「つまり、管理局にとってはやっぱり逮捕対象なんだ」

 「あたし達の中だと、トーレとクアットロがその役目になるみたい」

 「そして、姉とお前達は荒事屋だ。こっちはむしろ、賞金稼ぎと言った方がいいな、堅気とアウトローの境界線だが、少なくとも完全な違法行為ではないので、基本逮捕はされない。嘱託資格を持っている魔導師も多いな、別に荒事屋に明確な定義もなく、探偵などもこれに区分されたりする」

 どんな社会システムでもあぶれ者は出てくる。

 そして、表側とは異なる生き方を選ぶ者もおり、例えどんな場所であっても、生きる力が強いものは生きていける。

 「へぇ~、何となく分かったけど、何で社会経験の無いあたし達が?」

 「どうやら、スポンサーの意向らしい。彼らはレジアス中将への“餌”として私達を発注したらしいが、どうにも方針の転換があったようだ」

 「レジアスのおっちゃんが? どんな?」

 「セイン、少しは自分で考えようよ……」

 とは言うものの。

 「ディエチ分かるの?」

 「………分からないけど」

 ディエチにも、管理局の裏側のことなどさっぱりだったりする。


 「件のレジアス中将と地上本部がデバイスソルジャーというものへと転換し、戦闘機人は最重要の案件ではなくなったそうだ。そうなれば、私達は最高評議会の担う、もう一つの役割に回ることになる」

 「もう一つって?」

 「裏社会の調整役だ。ドクター曰く、人は善悪を兼ね備える生命故に、善なる管理局だけで社会を回すことは絶対的に不可能、らしい」

 「ようは、ヤクザとかマフィアとかの偉い親分さんが、下っ端がやり過ぎないように纏めてるってこと?」

 「そういうことになる、そして、その裏の代表が最高評議会。もっとも取引に近い部分もあるらしいし、彼らだけでなく、管理局の上層部、各管理世界政府のトップ、聖王教会の重鎮なども裏社会の頂点とは繋がりがある。いや、無い方がおかしい」

 「あ、それが善だけじゃダメってやつか」

 「そうだ。表側への餌として使えないならば、元々が裏側の存在である私達には、相応しい仕事がある、ということだ」

 それがすなわち、調整役。

 やり過ぎない悪はある程度容認するが、やり過ぎた者達には粛清の必要がある。それも、法に依らぬ手段によって。

 別段珍しいものでもなく、極々ありふれた社会システムだ。


 「となると、あんましあたし達のやることは変わらなそうだけど、チンク姉は何するの?」

 「ビルの爆破解体だ」

 「へ?」

 薄いどころか無に等しい胸を張って答える小さな姉と、疑問符を浮かべる妹。

 「だから、ビルの爆破解体だ。第55管理外世界、管理局法を批准していない国家が多く、管理世界ではないが魔法は存在している俗にいう“准管理世界”、そこのとある政府からの依頼だ」

 「…………業者の仕事じゃないの?」

 「色々と事情があってな。4年に一度の大規模な競技会があるとかで、住民の意見など無視して政府が地上げを行い、様々な建物建設したが、もういらなくなった。しかし、無理して建てただけに解体の予算がない」

 「それで、犯罪者の仕業にして誤魔化す?」

 「ああ、正規の手順で解体する場合、粉塵や騒音など、近隣住民と散々に揉める。建設の時は強制排除レベルでやったらしいが、大会の後始末となれば、それをやるだけの金も意欲もない。だから、裏側に持ち込まれる」

 「でも、だとしたら依頼先は地元のヤクザでしょ、何でそこからわざわざチンク姉に?」

 「場所が場所だけにな、爆薬などの手法では色々と問題が残るそうだ。しかし、ランブルデトネイターならば、建材の金属部分に小規模な爆破を起こさせ、自壊に見せかけることも出来る。そして、その世界の魔法レベルではISを分析することは出来ず、管理外世界であるために、基本的に管理局は干渉できない」

 だから、最高評議会と裏取引するのだと。

 表面的には管理世界への加入を拒みながらも、裏では進んだ技術の恩恵を得ようと最高評議会の伸ばす網に手を伸ばす。そうして、管理局を利用しているつもりで、知らぬまに彼らに管理されていく。


 「…………なんつーか、そこの政府って、広域次元犯罪者より性質悪いね」

 「まあな、アウトローが法に背く存在なら、彼らは自分の都合のよいように法を歪める存在だ」

 「クアットロは、そんな政府なんて壊しちゃって構わない、むしろ世のため人のため、って言うけど………」

 ただ、本当にそれでいいのかと、ディエチは思わなくもない。

 確かに、堂々と犯罪行為を行うわけでもなく、自分達が正しいことにするというとてつもなく卑劣な行為ではあるし、正直ディエチ自身も嫌悪感は持っているが。


 「姉としては、余計なお世話なのではないかと思うが、問題がある政府にせよ、それを壊すなり直すなりするのはその国の人間の役目だろう。恩着せがましく部外者の私達が手を出すことではあるまい」

 その政府の裏の依頼を受けて最高評議会の指示で動く姉が言えることではないが、と、やや自嘲しながら彼女は言う。最高評議会の手駒に過ぎない自分達に思うところがないわけではないようだ。

 チンクの基本方針は、守成。

 彼女にとっては妹達を守れればそれでよく、わざわざ余所にちょっかいを出す必要性は感じない。


 「うーん、難しい………ところで、ディエチの方は?」

 「あたしは鉱山開発、硬い岩盤があるとかで、指向性があって個人単位で持ち運びできて、微調整も可能な魔力砲を使える人材が欲しいって」

 「あれ、案外まとも?」

 「その代わり、鉱山そのものが禁止区域内にある違法施設だ。真っ当なSランク級の砲撃魔導師ならばそんな辺境に行かずとも仕事はいくらでもある、大規模な裏組織が、架空の企業名などを使って財源として保有しているものだ」

 「それでも、現場で働いている人達は、普通に仕事してるだけだって。だから、手伝うこと自体は悪いことじゃないと思う」

 「ほんと、難しいわぁ」

 そろそろ頭から煙が噴き出しそうなセイン。


 「セインにも近々仕事が来るだろうとウーノが言っていたが、任地は管理世界、それも都市部らしいぞ」

 「ホント?」

 「嘘を吐く意味がどこにある、管理世界ならば人口もそれほど多くないし、小さく纏まって安定した国家が多いから、姉の行く場所のようなことは滅多にない」

 「おお~、そりゃ助かる、優しいウー姉とチンク姉に感謝感激」

 何だかんだで、セインとディエチには割とクリーンな感じの仕事が割り振られている。経験の浅い彼女らではいざとなれば組織を利用して切り捨てる、といった判断が出来ないという現実的な理由もあるのだろうが。

 逆に、トーレとクアットロについては、かなり物騒な仕事に就いている。これも適材適所というものか。

 それこそ、犯罪者として管理局と真正面からやり合うような。


 「でも、管理世界の都市部かあ、こっちはかなり辺境であんまりいい環境じゃないみたいだし、ちょっとセインが羨ましいな」

 鉱山、それも違法となれば、貧困でそこしか働く場所がないとか、事情持ちの屈強な男ばかりのはず。

 だとしたら、福利厚生は最悪が定番だ。ディエチのような若い女性向けの設備がある可能性は低く、助っ人扱いだから多少は良い部屋を用意してもらえるとは思うが、シャワー室が同じだったら目も当てられない。

 「貞操には注意してよ~」

 「大丈夫、痴漢撃退用のシステムはドクターに搭載してもらったから」

 ただし、そのシステムに“最終兵器”というラベルが貼ってあることを、ディエチが知る由もない。

 やがて、とある鉱山が魔力で構築された蟲の巣窟となり、ディエチがトラウマを負ったりするが、それはまた別の話。


 「あたしの場合は………都市部でディープダイバーなら、やっぱ密偵とかかな、ヤクザの親分の嫁さんの浮気調査とか」

 「恐らくはな、仕事場はそれぞれの能力の適材適所で選ばれているようだ」

 「セインは“潜行する密偵”だから、それしかないんじゃない?」

 「ふふん、セインさんの本領発揮の場だね、頑張るぞ~!」

 とまあ、気合いを入れるセインだったが、一つ、チンクから聞いていない情報があった。

 管理世界の場合、表も裏も社会システムが整っているだけに、多少のことは自分達だけで解決する。

 つまり、ここまで来る依頼は、かなり“上の方”になるということで。

 彼女が赴任する場所は、例外なく“大悪党”がいる極道世界の中心部とかだったりした。

 いやまあ、貞操とか安全とかは万全なのだが、顔や雰囲気が怖い、死ぬほど怖い、泣く子も黙るほど怖い。


 なお、セインが家出するのは、もうしばらく先の話である。



あとがき
 管理局の子供達については、StSのエリオとキャロが機動六課の後で、フェイトから学校に通ってはどうかと勧められていることを軸に考察しています。既に三等陸士として正規の局員となっている二人ですが、簡単に辞めて学校へ通える、そういう気風や“文化”的なものが管理局にはあるのではないかと、想像した結果です。



[30379] “黄金の翼” 8話  心の魔法、壁抜きの奇跡 (セインの受難1)
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2011/12/29 11:21
My Grandmother's Clock


第八話   心の魔法、壁抜きの奇跡


新歴66年 9月上旬  第97管理外世界  海鳴市藤見町  高町家


 「はい、どうぞ」

 「おおぉ、うまそうだなぁ」

 「ふふ、それじゃあ、なのはもフェイトちゃんも健康無事に短期留学を終えて帰って来たことを祝って、楽しくやろっか、皆、準備はOK?」

 「「「 はーい! 」」」
 「了解」
 「ああ」

 「それじゃあ、いただきます!」

 「「「「「 いただきますっ! 」」」」」

 桃子の音頭に始まり、士郎、恭也、美由希、なのは、フェイトの5人が同時にいただきますの言葉を述べる、そろそろ高町家で馴染みになりつつある光景だ。

 逆に、ハラオウン家においてはリンディの音頭に始まり、クロノ、エイミィ、なのは、フェイト、アルフの5人がいただきますを言うのが恒例になりつつあり、土曜の今日は高町家だが、日曜の明日はハラオウン家で帰宅を祝う催しがあったりする。

 さらに、八神家、月村家、バニングス家なども含めて宴会になることもあり、海鳴に暮らす人々はとても温かく、仲が良い。

 なのは、フェイト、アリサ、すずか、はやて。

 5人の少女は、とても穏やかな幸せの中で、少しずつ大人へと成長していく。


 「ほら、なのは、取り皿」

 「ありがとう、お兄ちゃん」

 「ん、うまいなこのシチュー」

 「美由希、お料理上手くなったじゃない。今日のシチューはほぼ一人で作ってたし、今はもうほとんど手伝ってないもの」

 「ふふ、ありがと、エイミィにも少し教わったんだ」

 「確かに、あの壊滅的な状況からよくぞここまで持ち直してくれたと思う」

 「もうっ、恭ちゃん!」

 「だが、事実もあるぞ美由希。俺と恭也が何度実験作を口にして台所へ駆けこんだことか」

 「…………どう見ても、人間の速さに見えなかったんですけど」

 なお、今年の1月頃、美由希が初めておせち料理の手伝いに挑み、彼女作の煮豆による悲劇をフェイトは目撃したことがある。

 見た目は普通であり、フェイトが普通に箸で口に運ぼうとした瞬間、それを遮る恭也の腕。

 そして、覚悟を決めた、いや、悲壮感すら漂わせながら士郎が恭也へ目くばせし、互いに頷いたところで両者は煮豆を口にした。

 その次の瞬間、彼らは台所の流し台にいた。超スピードとかそういうちゃちな代物ではない、“神速”という人間離れした技術の一端を味わったフェイトであった。

 「にゃはははは、お父さんとお兄ちゃんは御神流の剣士さんだから」

 「なのは、あたしもだよ?」

 「もっちろん、なのは自慢のお兄ちゃんお姉ちゃんです」

 「あらなのは、桃子お母さんは自慢の中に入ってないのね~~、お母さん寂しいいぃ」

 「お、お母さんもだよ、お母さん大好き!」

 「そこ、10歳の娘に対して嘘泣きをするな、高町母」

 「あーん、恭也までぇ、ねえあなたぁ、最近子供達が冷たい~」

 「ああ、何という悲劇だろうな、昔は雪山の中で俺と一緒に初日の出を見ていたと言うのに………」

 「なあ父さん、今更ながらに、子供の俺にやらせることではない気がするんだけど、もし美由希にもやらせていたら父とはいえ切り捨ててるよ」

 「その頃はまだ、あたしはいなかったものね」

 「最初にその話を聞いた時は、士郎さんを思いっきりとっちめた覚えがあるわね。確か、2週間おやつ抜きだったかしら?」

 「あの時は、辛かった……」

 「自業自得」

 「よね」

 「なのは、やっぱり凄い家庭で育ったんだね」

 「まあ、そうなのかな? でも、時の庭園で育ったフェイトちゃんはそれ以上だと思うよ」

 「そうかも、でもそれを言ったら、はやても同じか」

 「うん、家族の仲の良さに、血の繋がりは関係ないと思うよ」

 恭也は士郎の息子だが、母が違う。美由希は士郎の妹である美沙斗と静馬の娘であり、桃子との間の子が、なのは。

 とはいえ、現在のハラオウン家では、実の親子はリンディとクロノだけで、フェイトは養子でアルフはその使い魔、エイミィに至っては完全無欠の他人だが家族同然に付き合っている。

 また、八神家については言うに及ばず、誰一人として血は繋がっていないが、常に温かな笑顔がそこにはある。最近は伝説の密猟犯の噂によってやや引き攣った笑みになりつつあるが、まあそれはそれ。


 「でも、本当に美由希もお料理上手くなったわ。これなら、翠屋二代目も夢じゃないかも」

 「うーん、レジやウェイトレスなら出来るけど、パティシエは難しそう」

 「何事も挑戦、剣の修行の方も、もうそろそろ一段落つくんでしょう、恭也?」

 やはり、娘のどちらかに継いでもらいたい想いはあるのだろう、恭也に尋ねる彼女の声にもやや熱がこもっている。

 「まだまだ、だけどな。でも、美由希がやりたいなら、やってもいいんじゃないかと思う」

 「今の時代、剣で食ってくのも難しいからなあ。そりゃまあ、俺みたいにボディガードやら何やらで色々あると言えばあるが、正直、恭也はともかく、美由希やなのはにあまりやって欲しい仕事じゃないな」

 自身がその仕事で怪我を負い、家族に負担を強いてしまったのは、彼にとっても苦い経験だ。

 自分の歩んだ道に悔いを残す男ではないが、下手をすると妻を子供3人を残して逝ってしまっていた可能性も、決して低くはない。

 (やっぱり、皆おんなじなんだ……)

 士郎の言葉は、管理局で危険な仕事に就く人達、武装隊のアクティ小隊長や、特に執務官であるクロノが言うのと似ている。

 それぞれ、自分の職務に誇りを持ち、家族や親しい人々の住む街や世界の平和のために働いてくれている。だからこそ子供達もそうなりたいと願うけど、彼らにしてみれば、出来ればもっと安全な仕事に就いてもらいたい。

 フェイトとなのはもまた陸士訓練校において、自分達がどの道に進むのかを幾度となく話し合って来た。答えはまだまだ先だけど、いつかは、出さないといけない。


 「じゃあ、恭也さんやシグナムみたいに、他の人に剣を教えるというのはどうでしょう。なのはも航空戦技教導隊を目指してますから、姉妹お揃いで剣と魔法の教導官とか」

 「あ、それいいかも、いつも教えられる側だったからあまり意識しなかったけど、なのはも魔法を教えることを目指してるんだもんね」

 「うん、陸士訓練校で陸戦の基礎は教わったから、これからは航空戦術を教えられるようになるまで、色々教わるんだよ」

 「その話は、リンディさんから聞いてる。なのはの教育の責任者になってくれる人とも、実際に話したよ」

 「そうなの?」

 「ええ、シリウス・フォルレスターさん、士郎さんよりも年上の方で、如何にも軍人さん、って雰囲気だったわ。平日の昼間だったから、美由希はいなかったけど、ちゃんと細かい話は聞いてる」

 ミッドチルダならばともかく、日本においてなのはは小学4年生の女の子に過ぎない。

 そんな彼女がある意味で“海外”で研修を積むなら、家族の支援は必要不可欠。なのはとフェイトのために、高町家とハラオウン家の面子はこの3ヶ月間に何度も話し合っていた。

 子供達が、自由に夢を目指せるように。


 「それに関しては、俺と父さんは特に深く話を聞いている。陸士訓練校でも、肉体運用の基本については教わったんだろ?」

 「え、う、うん」

 「魔法については深く知らないが、やはり最後は純粋な医学や健康な身体がものを言うらしい。訓練を重ねるうちに無理な疲労がたまらないよう、成長期の女の子の身体に負荷がかからないよう、家族の協力が必要だと、な。幸い、ここに無事に高3まで育ってくれた前例が一人いる」

 「恭ちゃん、あたしのお師匠さまだもんね」

 「父さんの助言を受けながらだから、師範代と呼べる程でもないけどな。それでもなのは、せめてお前が小学生の間は、向こうと行き来する生活のサポートくらいはしてやれる」

 恭也は現在大学2年なので、ちょうどなのはの小学校卒業と重なる。

 その頃になれば、彼女も一人である程度肉体を管理できるようになるだろうし、何よりも士郎は当然その頃も翠屋のマスターだ。

 そして、なのはのためのサポートを、誰も負担などと思ってなどいない。

 幼い頃、常にいい子でいようとしてしまった彼女が、真っ直ぐな目で家族にお願いした、とっても大きな“わがまま”が、小学校に通いながら戦技教導官を目指すことであったから。

 あの時、一人にしてしまった末娘のために。

 今度は家族が一丸となって支える番だと、家族会議を開くまでもなく、全員がそう想っていた。


 「そ・れ・で、桃子お母さんは、二人が訓練ばっかりの寂しい青春を送らないように、“女の子らしさ”を教えるのがお仕事」

 「え? それあたし、聞いてないよ」

 けれど、母親というものはさらに一枚上手のようで。

 「あのねえ美由希、自分の娘をどこに嫁に出しても恥ずかしくないように育てるのは、お母さんの義務なのよ。というわけで、これから美由希はなのはと一緒に花嫁修業の開始です、手始めにまずはお菓子作りから、味見役は恭也で」

 「おい、味見役については聞いてないぞ、高町母」

 「何言ってるの、妹が頑張って料理を覚えるなら、味見役はお父さんやお兄ちゃんの役目って決まってるでしょ」

 「諦めろ恭也、こうなった母さんに何を言っても無駄だ」

 「あはははは」

 いきなり修行開始を宣告されたなのはも、笑っている。

 別に何が楽しいというわけではないが、純粋に彼女は家族と共に笑い合う時間が好きなのだ。


 「え、えっと、美由希さんとなのははそれぞれ剣と魔法の教導官を目指して、身体に無理がかからないように士郎さんと恭也さんが見守ってくれて、女の子らしいことは、桃子さんが教えてくれる、ってことでしょうか?」

 半ば仲裁に入る形で、話をまとめるのはフェイト。

 実に不思議なことだが、高町家のこういった問答においてはなぜか彼女が話をまとめることが多い。そうでもしないと中々話が進まないというのもあるが。


 「ええ、フェイトちゃんの言う通り、いいわね、二人とも」

 「はーい、ようし、目指せ年齢=彼氏いない歴」

 「ふふ、頑張ってね、お姉ちゃん」

 「なのはも気楽に言ってられないわよぉ、あっという間に大人になっちゃうんだから」

 「花嫁修業かあ………わたしも、母さんやエイミィに習おうかな」

 呆然と、誰かの奥さんになった自分を思い浮かべるフェイト。

 のはずだが、気付けば蟲の群から逃げている自分になっているのは、彼女のトラウマの根が深いためか。


 「どうしたの、フェイトちゃん?」

 急にガタガタ震えだしたフェイトを心配する親友の女の子、というか、親友でなくとも心配するのは当然だった。

 「何でもないよなのは、でも、あまり家庭的になり過ぎるのもほどほどにね。下手するとはやてみたいにお母さん属性を付けちゃうから」

 「うん、心配してくれるのは嬉しいけど、フェイトちゃん混乱してるよね、それをはやてちゃんに言っちゃだめだよ」

 フェイトの言動がややおかしくなる時は、大抵がトラウマ絡みであるのはよく知っている。

 こういう場合は、なのはがツッコミ役をいうか、暴走しがちなフェイトの手綱を握る役になる。

 そんなこんなで、優しい家族に見守られながら、少女達は夢へと一歩一歩進んでいく。







時空管理局本局  中央センター  B3区画


 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 それが時空管理局本局であり、次元世界からあらゆる情報が集まる情報都市でもある。

 その中で、ここB3は武装局員が普段訓練している区画であり、航空戦技教導隊の本部もこの奥に存在する。


 「さて、それじゃあ早速いこっか」

 「はい、お願いしますロッテさん」

 そんな中を歩く二人、本局の重鎮ギル・グレアム提督の使い魔であり、戦技教導隊アシスタントも長く務めるリーゼロッテと、武装隊士官候補生の高町なのは。

 晴れて陸士訓練校の短期プログラムを修了し、なのははいよいよ士官候補生としての日々が始まる。その中心となるのがこの区画であり、しばらくはロッテが導き役を担うこととなる。


 「さて、訓練開始にもまだ時間あるから、のんびり歩きながらもう一回教導隊についておさらいしとくよ。他の組織と比べてどうとかはこの際置いておいて、なのはに関わる部分だけね」

 「はい」

 歩きながら、ロッテはウィンドウ画面を表示し、指差しながら説明を開始する。画面を見ながら歩くのは危なくもあるが、マルチタスクを修めた魔導師ならば呼吸に等しいことだ。

 「まず、なのはが目指す航空戦技教導隊の主な仕事はこの4つ」

1.訓練部隊の仮想敵として演習相手(想定される敵や能力をシミュレートするため様々な戦い方、飛び方を実演)
2.最先端の戦闘技術の構築、研究。レアスキルを“ミッド式”へ汎用化することも重要な役目。
3.魔導師用の新型装備や戦闘技術をテスト。
4.預かった部隊を相手に、短期集中での技能訓練。

 「このうち、1番目についてはほとんど武装隊と被ってるね。ここについては、教育隊も教導隊も差はないし、武装隊の士官候補生のなのはも、ここから始まる」

 「えっと、つまり………」

 「士官学校、もしくは空士学校を卒業したばかりの武装隊のひよっ子に、特大の砲撃をかましまくればオッケー」

 「あの、わたしもまだ卵なんですけど……」

 「なあに、なのはの経歴は正直あり得ないくらいだから大丈夫。AAAランク、いえ、砲撃に関してはSランクに届く高ランク魔導師を相手にするってのがどれだけの困難かを、骨身に染みて叩き込んでやるわけね」

 少なくとも、一般的な空士学校の卒業生はヴォルケンリッターと戦ったり、闇の書内部で6時間にも及ぶ壮絶な電脳戦を繰り広げたりはしていない。なのはが稀少であるのは厳然たる事実だった。


 「2番目も多分、並行して学んでいくと思う。天才肌の魔導師は他人にものを教えるのが苦手だから、なのはの場合は、結界魔法とか、治療魔法の習得じゃないかな?」

 「う………その辺りは、ずっとユーノ君任せでした」

 「だからこそ、さ、それが出来るようになればマルチスキルも向上するし、なのはのように簡単に空を飛べず、砲撃も撃てない連中の苦労がきっと分かるようになる。それが出来なきゃ、戦技教導官にはなれないよ」

 「頑張ります」

 両手でガッツポーズをするように気合いを入れるなのは、基本的に向上心は強い子だ。


 「3番目については、さっき挨拶した教導隊総隊長の爺ちゃんから必要に応じて割り当てられるから、特に気にしなくていいよ。要は、新型装備のテストを任せられるくらい成長しましたって証だから、そこまでいけばいよいよ4番で、教導開始」

 「それまで、何年くらいかかりますか?」

 「ん~、やっぱり、4,5年はかかるだろうね。武術だろうが学問だろうが、他人に教えるくらいに修めるにはそれくらいはかかるもんさ」

 「お父さんやお兄ちゃんも言ってました。剣の道だったら、本当に他人を指導できるようになるまで、10年はかかるって」

 「なるほど、金言だ。ちょっときついようだけど、なのはの魔法にはまだ“重み”が足りないんだろうね。お兄さんやお姉さんの剣にはあって、なのはの魔法に無いもの、それが備われば、きっと一人前の戦技教導官だよ」

 「きっとそれは、ゼストさんやクイントさんも持っているんだと思います」

 「そんだけ分かってりゃ十分、後は、じっくりと学んでいくだけだね」

 話が一段落したところで、二人は目的地に辿り着く。


 「航空戦技教導隊、5番隊隊長の執務室。今日からなのはの上官になる男の城だ」

 「シリウス・フォルレスター一等空佐さん、ですよね」

 「ああ、現状の5番隊は24名で6班構成。教導官はほぼ全て尉官以上だから、二尉で副班長、一尉で班長ってあたりが、まあ標準かな。こいつは2班の班長も兼任してるけど、隊長でもあるから一等空佐、副隊長やら隊長は基本佐官以上が勤めるから」

 「一等空佐って、ゲンヤさんより偉くて、リンディさんやレティさんと同じくらい凄かったような……」

 「まあね、なにしろ新歴30年に15歳で入局した勤続36年の大ベテランで、魔導師ランクは空戦SS。なのはとフェイトがぼっこぼこにやられた地上の英雄よりも古株の、戦技教導隊最高峰の魔導師、“隻腕のエース”さ」

 「えっと………」

 「まあ、そこは会ってからのお楽しみ。シリウス、入るよ!」

 そうして、高町なのはという少女は、シリウス・フォルレスターとの邂逅を果たす。

 10年に渡り彼女の師となり、“不屈のエースオブエース”の称号を、彼女へと託した、空の英雄に。







 「それじゃあ、今日はあたしがなのはを見てるから、またね」

 「失礼しました」

 「ああ、気を付けていきたまえ」

 重々しい初老の男性の声に送られ、10歳の少女と外見だけならば若い女性だが、実際は40年以上の時を生きている使い魔が執務室を後にする。

 「緊張したかい?」

 「は、はい、黒人の方と話したことはありませんでしたし、何より………」

 「身長は190cmを超えてる、声も厳ついし、顔もごつい、一見して軍人以外の職業が連想できない。その上、左腕がないときたもんだからね」

 「正直、ゼストさんよりも迫力がありました………でも、シリウスさんには左腕はありませんでしたけど」

 その代り、彼の周囲には“魔法の腕”が4本ほど浮遊し、それぞれが別々の作業をこなしていた。

 「あれ、どうやってるんですか?」

 「通称、“ロスト・ハンド”。別に特別なものじゃなくて、誘導弾とかを手の形に生成して、制御してるだけなんだよ。20歳の時に任務で失った左手の代わりに、ね」

 「そんなことが……」

 「やるのは多分、管理局でもあいつくらいだよ。普通は義手とか付けるし、最近はそっちの技術も進歩してる。けど、あいつも堅物の極みでね、自分の不覚を機械に肩代わりしてもらうつもりはないとか、己の慢心を戒めるためとか、そんな感じ。今じゃあ自分の腕以上に操るどころか、ああして複数の腕を遠隔操作するくらいになった」

 「なんか、クロノ君とゼストさんを合わせたみたいですね」

 それは率直な感想だったが、考えれば考えるほどそういう気がしてくるなのはだった。


 「そりゃ確かに言えるかも、でも、卵か鶏かで言えばこっちが先だね」

 「シリウスさんが先、ですか?」

 「あの魔法の腕はあいつの魔力の塊だから、デバイスを握って魔法を放つことも出来るんだ。なのはのブラスタービットもそうだけど、手元にある杖を本体に、複数のデバイスを同時に制御するのさ」

 「それを杖でやるのって、クロノ君の……」

 「そ、クロ助のS2Uとデュランダルの二杖流だね。あいつの場合は五杖流、ってとこかなぁ」

 「………信じられません」

 現在では、1つのブラスタービットを制御するだけで精一杯のなのはには、それがどれだけのマルチタスクを必要とするのか、見当もつかない。

 けれど同時に、その人の教えを受けたならば、レイジングハートのビットをもっと上手く扱えるようになられるんじゃないかと、期待感も膨らんでくる。

 「だけど、あいつはミッド式の極致だから、きっとなのはの良いお師匠になってくれるよ。まあつまるところ、ミッド式空戦AAAランクのなのはのお師匠には、ミッド式空戦SSランクが一番いいってことだね」

 ロッテが見るところ、ブラスタービットを展開し、フルドライブを使用したなのはを制するには、最低でSランクが必要だ。

 陸戦AAのクイントが勝ったように、初見殺し的な方法ならば、勝つ手段はいくつもある。しかし、師匠というものは弟子と幾度も模擬戦を重ねていくもの。

 スポーツ選手のコーチやトレーナーのように、自身が強くなくとも他者を高みへ導く者もいるが、戦技教導官はそうではない。教育隊の教官ならばそれでもよいが、管理局全体で100人程度のエースの集団に求められるものは違う。

 だからこそ、なのはを戦技教導官として教え導く役が、それも、彼女よりもあらゆる魔法戦技に優れる者の指導が、必要だった。

 「………わたしが、シリウスさんの弟子で、いいんでしょうか?」

 「なーに言ってるの、なのは以上に戦技教導隊に適性を持ってる子なんてそうはいないよ」

 「でも、わたしは教えたことがありませんし」

 「そーいうのじゃないの、教えるのが得意な人は教育隊に行けばいい。確かに、上手くできない人のことを理解する気持ちは必要だけど、戦技教導官に一番必要なものは、それじゃないのさ」

 それを、これから見せてあげると、ロッテは笑いながら言う。

 あのリンディ・ハラオウンが、幼い少女を勧誘せずにはいられなかったその理由。

 様々な道を示し、彼女が自由に選べるよう助力を行いながらも、見てみたいと思わずにいられなかった、その輝きを。





時空管理局本局  武装隊訓練施設


 「それじゃ、こっから先は、この子があんた等の相手をするからね」

 およそ32名の新米武装局員が集められた、訓練施設。

 まず初めに、Sランクに相当する前衛型の使い魔であるロッテより“洗礼”が与えられ、近接の空戦について多少の講義が行われた後、遠距離戦へと話は移る。

 そして、遠距離戦の専門家として、これから敵役を務める武装隊の士官候補生を紹介されたのだ。

 「初めまして、武装隊士官候補生、戦技教導隊アシスタントの高町なのはです。今日は皆さんの訓練相手を務めさせていただきますので、よろしくお願いします」

 ぺこり、と壇上の少女がお辞儀をすると同時に、整列した32人の新人武装局員の中に驚きともとまどいともつかないざわめきが広がる。

 壇上に立つ少女は、管理局所属の魔導師であることを示すエンブレムを胸につけてはいるが、そのバリアジャケットは何かこう、“魔法少女”的なデザインだ。

 年齢は10歳くらいだろうか、利発そうな子ではあるが、どこをどう見ても管理局の先輩には見えない。緊張しているのか、どこかぎこちない笑顔を浮かべるその姿は、誰がどう見ても年相応の少女のそれだった。


 「ん~、まあ分かりやすい反応だけど、まずは一つ、デモンストレーションといこうか」

 「え、ろ、ロッテさん、聞いてませんよ!」

 「大丈夫、狙ってやったから。いいかいあんた等! 武装局員たる者、現場で事前に聞いてないことをいきなりやれなんて言われることなんてざらだ! そんな中でも、しっかりと仕事をやってのける奴のことを、エースと呼ぶ!」

 響き渡る声は、まさしく歴戦の強者ならではのもの。

 それを成せず、殉職していった者達を知るからこそ、ロッテの言葉には重みが宿る。

 「それでなのは、アンタにお願いしたいのは、あっちの方に、壊れた建物があるね」

 「はい、あります」

 「あれはレイヤー建造物じゃなくて、本物だ。武装隊の訓練用に、ある程度の耐久性をもたせて最初から廃墟として、低予算の安普請で建造されたものさ」

 「はい」

 そして、何度も破壊されては建て直される。地上部隊からは予算の無駄使いだという声も上がるが、委託される業者との連繋や、急造建築技術の保存、老朽化による事故防止など、総合的に見ればそれほど無駄でもない。

 とは、後に建物を壊してしまったことを少し気に病んでいたなのはへ、とある管制機が送信した言葉だ。

 「その最深部に、犯人が人質を取って立てこもっている、という設定で対象物を置いておいた。それを、壁抜きの砲撃でノックダウンさせる。犯人には魔力ダメージのみ、人質には光と音の影響しか残らないレベルまで安全性を高めて、一切の後遺症を与えない」

 条件を聞いた瞬間、ざわめきが一気に広がる。

 ロッテの言ったことは、邪魔な壁は物理破壊設定で壊し、犯人は魔力ダメージで抑え、人質には危害を加えない、それをたった一発の砲撃で成せという荒唐無稽。

 “物理的に考えて”出来る筈もなく、武装局員として魔法の力を扱う彼らとて、理論上は不可能ではない、というレベルの認識でしかない。

 だが―――


 「他の条件はこの際考えなくていい、レイジングハートのワイド・エリア・サーチで距離を算出して、極限まで集中した貴女の魔法を使うだけ、やれるね、なのは、レイジングハート」

 「―――はいっ! やれます、わたしと、レイジングハートなら!」
 『All right.』

 不屈の心の銘を持つデバイスと、純白のバリアジャケットを纏う少女には、恐れはない。

 「よっし! それじゃああんたら、よーーく見てな! エースというのがどういうものか、管理局の武装局員ならば、何を理想とするべきかを!」





 「ワイド・エリア・サーチ、開始。レイジングハート、わたしの願いに応えて」
 『Yes, my master. Sealing Mode.(シーリングモード)』

 主の願いに応じ、インテリジェントデバイス、レイジングハートが、最適な形へと変形していく。

 かつて鉄の伯爵に砕かれ、守護騎士と戦うために生まれ変わったレイジングハート・エクセリオンは、戦技教導官を目指す主のために、今の自分に必要な機能を演算し続ける。

 中距離射撃と誘導管制のアクセルモード。

 砲撃特化型のバスタ―モード。

 全力戦闘用、フルドライブのエクセリオンモード。

 リミットブレイクのブラスターモード、通称、“ルシフェリオン”。

 そして、一つの魔法に魔力をすべて向ける為の形態であり、光輝く羽根が舞う、魔導師の杖。

 彼女の“祈祷型”としての特性を最も引き出す、シーリングモード。


 『Wide Area Search successful.(WAS 成功)』

 それは、フルドライブなどに関係なく、全ての機能を演算や封印などに充てるためのモードであり。

 『Coordinates are specific. Distance calculated.(座標特定、距離算出)』

 主の願いを叶えるために演算を行うという、インテリジェントの基本にして究極形。

 なのはの望む魔法の力、その源は彼女のリンカーコアにあり、術式の構築を行うのも彼女自身。

 そしてそれをサポートし、誤った結果をもたらさぬよう制御するのが、デバイスの役目。


 「リリカル・マジカル―――乗り越えるべきものは超え、制さなきゃいけない人を制し、傷つけちゃいけない人は傷つけず―――優しい光を、わたしは願う」
 『I fulfill a wish of my master.(主の望みを、私は叶える)』

 距離、障害物の材質強度、WASによってそれらの特定が済んだならば、後は条件付けだ。

 そもそも魔法とは現実の事象を歪めるものであり、現実空間を構築する数式に別の数式を代入する“現象数式”と定義出来る。だからこそ、魔法はアプリケーションとして、プログラム化することが可能。

 レイジングハートは主である高町なのはの全てを知る。彼女が全力で砲撃を放てば、壁を砕きながら何秒後に目標に到達するかなど、手に取るように予測出来る。

 そこまで来れば、後は単純な条件文一つ、プログラムならば至極簡単。ある条件までは物理破壊設定、超えれば非殺傷設定、特定の対象については安全設定。


 「ジュエルシードによって出てきた木々………わたしが最初にディバインバスターを撃ったあの時は完璧に出来なかった、人は傷つけず、災厄の源だけを抑える魔法」
 『When it was now, we in whom it is possible grew.(できます、今ならば、私達は成長しました)』

 人間にとっては荒唐無稽の難問、機械にとっては単純な条件文の組み合わせ。

 WASがなく、勘で撃たねばならないならば、機械の鬼門。しかし、状況が分かっているならば、当てはめて演算するのみ。

 複雑怪奇な人間の心を読むことに比べれば、この程度の演算の、何と容易きことか。

 人には難しき大演算を必要とする大数式と解くために、デバイスというものは存在するのだから。


 「行くよ、レイジングハート!」
 『Yes, my master!  Buster Mode!』

 シーリングモードにおいて条件付けの演算を全て終え、魔導師の杖はバスターモードへと。

 その先端へ、彼女の願いを具現する星の光が集っていく。


 「ディバイン―――――」
 『Load Cartridge.』

 そして、ジュエルシードの時にはなかった、彼女達の歩んだ道の証であるカートリッジが、魔法の力を後押しし。


 「バスタァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 『Divine Buster.』

 破壊の力を秘めながらも、優しい願いに満ちた桜色の閃光が、解き放たれる。

 それは壁を砕き、倒すべき人を昏倒させながらも、守るべき人を傷つけない。

 どれほど巨大な力を秘めようとも、心無き冷たい質量兵器には決して不可能な、人の扱う温かな魔法だからこその、小さな奇蹟がそこにあった。




 「夢を与えること、目指すべき輝きを示すこと、それが、戦技教導官の一番の資質だよ、なのは」

 放たれし桜色の閃光が消えていく光景を見つめながら、長い時を生きてきた使い魔が呟く。

 その光景を見届けた若き武装局員達の瞳が輝いている、管理局員が目指すべき姿の一つをそこに見て、夢が、希望が、彼らの心に宿ったのだろう。

 それを叶えることが出来るかどうかは、それぞれの頑張り次第だけど。

 それを後押しするために、教導隊も、教育隊も存在している。

 「そりゃ、実際の事件はこうはいかないし、こんなはずじゃなかった悲劇なんて、数え切れない」

 それでも、掲げし理想を見失ってはいけない。それを目指して、戦技教導隊はスキルを積み上げているのだから。
 

 「もちろん、学ぶべきことはまだまだあるし、管理局と関わらず喫茶店の二代目になって、甘いお菓子で人々に笑顔を届けるのもいいさ」

 だが、どちらにせよ。

 「なのはには、誰かに笑顔を、夢を届ける仕事が、きっと似合ってるよ。子供を育てる専業主婦も、案外天職かも」

 間違っても、破壊の目的で力を振るう姿など、高町なのはには似合わない。

 「あたし達が駆け抜けたこの道の先、自由な翼で、どこまでも、どこまでも高く羽ばたいてくれれば―――」

 管理局の黎明期、その道のりで散っていった者達も、きっと浮かばれる。

 これまでは、歴戦の勇士であるシリウスのような男が必要とされてきた戦技教導隊はきっと変わっていく、そしてそれは、喜ばしい変化だ。

 実は、なのはを彼の下へ案内する前に部屋に訪れ、そんなことを何時間も、彼と過去を懐かしむように話していた。


 「戦争や事件がなければ、歴戦の勇士なんて、必要ないんだから」

 それが、“呪魔の書”という極限の闇と戦った、11年を超える闇の書事件との終焉において。

 ギル・グレアムやリーゼ姉妹が想い、そして、次代の子らに強く願う。

 温かく平和な世界への、祈りであった。


なかがき
 最近リリちゃ箱を見直して、やっぱりなのはの魔法は純粋な祈りだなあ、と思い。こちらのなのはの魔法もイメージは“希望の光”です。不屈の心と未来への希望はStSでの重要な鍵になる予定なので、空白期はやはり3人娘が成長していく話になりそうです。



セインさんの受難、その1


ミッドチルダ 某所

 とある秘密のアジトにて、作業に従事している紫髪のナンバーズ姉。

 そこへ、姉妹同士でのみ繋がる秘匿回線で通信が一つ、しかも相当に切羽詰った様子だ。

 「あら、貴方から連絡とは珍しいわね、セイン」

 【バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!】

 「いきなり馬鹿とは随分な挨拶だけど、どうしたのかしら?」

 【どうしたもこうもないよ! なんなの、アレ!】

 「アレ?」

 【やばいよ! 本物だよアレ! ドクターが普通のとっぽい兄ちゃんに見えてくるくらい、裏社会のやばいオーラを放ってたよ! 仕事出来なかったら絶対売りとばれされちゃうよあたし!】

 「平気よセイン、落ち着きなさい」

 【そんなこと言われても無理だって! お仕事ってピザの宅配なんだけど、絶対箱の二重底の下にヤバイものが入ってるよアレ! ヤクとかハッパとかクスリとか!】

 「別に、次元干渉型のロストロギアよりはましでしょう」

 【生々し過ぎて逆に怖いんだよ! これ渡してくれたおっちゃん、どう見ても防弾チョッキ着てるし、背広に不自然な膨らみあったし! 絶対あれハジキだよ! 護身用レベルじゃないよ! 鉄板も撃ち抜ける怪物銃だって! 何人もの血を啜ってるよ!】

 「間違いなくレリックよりは危険度は低いわ、銃で百人単位の人間は殺せない」

 【何百人殺せても、レリックはこっちのことを舌舐めずりしながら見てこないんだよう! アレ人間見る目付きじゃなかった! 品定めだよ! 商品だよ! 娯楽品扱いしてたよ! 貞操の危機をバリバリ感じたよおおおお!】

 「そんなに怖い人だったの」

 【怖いなんてもんじゃない! だって―――】



 (ほほう、戦闘機人ゆうからどんなのが来るかと思えば、若い姉ちゃんとはのう、スカの奴もいい趣味しとるわ)

 (は、ははははは、はい、じ、自慢のどくたぁで、でです)

 (まあ、仕事自体は簡単や。透過系の魔法を得意にしとった運び屋にちいと不幸があってな、こういう仕事は大抵転送封じの措置がとられとるけん、そこで姉ちゃんの出番や)

 (あ、あの、不幸って………)

 (不幸は不幸じゃ、知りたい言うなら教えたってもかまへんが、姉ちゃん、二度と家には帰れへんことになるで?)

 (聞きません! 聞きません! あたしは何も聞きませんでした!)

 (代金はもう例の秘書に払っとる、仕事さえしっかりしてくれりゃあ、細かいことには目くじらは立てんで安心せえや)

 (あ、あの、もし、もしですけど、万が一失敗しちゃったばあいは………)

 (まあ、命まではとらへんからそう怖がらんでもええ。姉ちゃん、ややスレンダーじゃけんど、中々にいい具合や、なあに、そういうのが好きな連中も大勢おる、なかなか売れっ子になれるでえ、別嬪に産んでくれた母ちゃんに感謝しいや)



 【―――とか言われたよ! こんなところでドクターに感謝しなきゃいけないのあたし! てゆーか、お母さんのお腹から生まれてないよ!】

 「大丈夫、今回の依頼主ことはちゃんと調べてあるから」

 【そ、そうなの】

 「ええ、そこの親分は極悪人で、娼館とか幾つも経営して、情人を何人も囲ってるけど、きちんとした仕事すれば、堅気には手を出さない人だから」

 【慰めになってねええええええええええええええええええええええ!!!】

 「しくじらなければいいだけでしょう」

 【リスクが重すぎるよ! あたしって社会経験なしだよ! 1年生だよ! 新人に初めての仕事やらせて失敗したら売り飛ばされるってなんなの! っていうか、何かあのおっちゃんの好みっぽいことも言ってたし、下手すると親分の情人にされちゃうよあたし!】

 「それでうまく取り入って、組織を乗っ取れれば言うことなしね」

 【待ていぃ! あたしに何させる気だああああああああああああアアアアアアアアアアアア!!】

 「冗談よ、そういうのはドゥーエの役割だから」

 【そういう冗談は止めてお願い頼むから、ウー姉が真顔で言うと冗談に聞こえない】

 「善処するわ」

 【………このまま家出しよっかな】

 「依頼品を持ったままだと、多分、銃器で武装したマフィアの私兵に追い回されるわよ。管理世界で銃器を製造、保持してるのは彼らくらいのものだし」

 【だよねえ、そういうゴツイ兄ちゃんがたくさんいたもん。ガジェットだっけ、あれとかに積むミサイルみたいなのも、こういう人達から貰ってるんだね、多分】

 「需要があれば供給があり、市場の真理ね」

 【でも! 娼館には断固反対! 女性の人権を無視してます! 男尊女卑はいけないと思います! つーかあたしを売るなこんちくしょう!】

 「質量兵器とセインの交換なら、悪い取引でもないかしら………」

 【だから冗談でも止めてそれ! クア姉ならともかくウー姉に言われるとあたしは本当はいらない子じゃないかって不安になるよ!】

 「そんなはずないでしょう、貴方も大切な私の妹、ドクターの自慢の娘よ」

 【ウー姉………】

 「そんな自慢の妹なら、お届けものくらい失敗するはずもないわ、頑張りなさい」

 【うん、頑張るよ! ……って、ちょっと待って、何の解決にもなってない! 失敗したら売り飛ばされる運命は不可避のままだし、地獄の口がウェルカムって合唱してるよ!】

 「大丈夫、ドクターを信じなさい」

 【はい、セインはパパのこと信じます。って言いたいところだけどぉっ! そもそも娘をこんな所へお使いに出す時点で信じられねえんだよおおお! 何だってドクターのためにこんな怖い思いしなきゃいけないのさ! 産んでくれたことには感謝してるけど、割に合わな過ぎるって! 真夏のはずなのに震えが止まんないよ!】

 「いざとなったら、ディープダイバーで逃げなさい」

 【結局あたしだけでどうにかするしかないんだね! 救いの手はないんだね! 獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とすんだね!】

 「帰ってきた貴方は、きっと見違える程に成長してるわ」

 【どうか、あたしの膜がまだ健在でありますように………って、諦めてどうするあたし! 聖王様に祈っても救われはしないって!】

 「それじゃあね、期待してるわよ」

 【うわ、切った、ほんとに切った! ちっくしょおおおおおおおおおおおおお!! 絶対いつか家出してやるうううううううううううううう!!】

 ナンバーズの少女達は、ジェイル・スカリエッティが作り上げし、新たな命の可能性。

 その進化の過程は、まだまだ厳しいようだ。

 次回、魔法娼婦リリカルセイン! 始まります!


 セイン家出ゲージ  残り19


あとがき
 セインさんの受難シリーズは半分パロネタなので、なかがきを間に挟みました。今回の元ネタ分かる人いるかな?
ノリはギャグですが、本編と無関係というわけではなく、サゾドマ虫シリーズと同じ具合に原作との相違点という部分で案外重要な鍵になります、内容はあまりにあまりですが、どうか、哀れなセインに黙祷を捧げて下さい。


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