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コラム

メルトダウンを防げなかった本当の理由

──福島第一原子力発電所事故の核心

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2011/12/15 12:00
山口栄一=同志社大学 教授,ケンブリッジ大学クレアホール・客員フェロー

 再び問いたい。なぜ東電は、このような事故を引き起こしたのだろうか。直接的には「廃炉による巨大な経済的損失を惜しんだ」ということになるのかもしれない。けれども問題の本質は、重大な局面で、そのような発想に陥ってしまったということであろう。

 その根源は、東電が「イノベーションの要らない会社」だからではないかと思う。熾烈な世界競争の中にあるハイテク企業の場合は、ブレークスルーを成し遂げないかぎり生き抜いていけない。一方、東電は独占企業であって、イノベーションの必要性はほとんどない。

 こうした状況下で人の評価がされるとすれば、その手法は「減点法」にならざるを得ないだろう。「減点法」の世界では、リスク・マネジメントは「想定外のことが起きたときに如何に被害を最小限にとどめるか」という構想力ではなく「リスクに近寄らない能力」ということになってしまいがちだ。その雰囲気が、人から創造力や想像力を奪う。

 人が創造力や想像力を存分に発揮できる組織にするためには、事実上の独占環境をなくして競争環境を導入し、人々が切磋琢磨できるようにすることしかないだろう。東電の場合、発電会社・送電会社・配電会社、そして損害賠償会社に4分割する。そして損害賠償会社は、この原発事故の原因が「技術経営の誤謬」にあったのだということを深く自覚し、みずからの「技術経営」の失敗を国民につけ回しすることなく最後まで、自分で自分の尻を拭く覚悟を持つ。

 その上で、「制御可能」と「制御不能」の境界を経営する最高責任者としてのCSO(Chief Science Officer)を新設する。CSOは、通常存在しているCTO(Chief Technology Officer)のように日々の技術とその改善に責任を負うのではなく、「知」全体の「グランド・デザイン」とそのイノベーションに責任を持つ。

 それが達成されないのであれば、独占企業に原発の経営は無理だ。

 実際、東電の経営者は「海水注入」を拒んだあげく、少なくとも2つの原子炉を「制御不能」にもちこんでしまい、ようやく自分たちが「物理限界」の外にいることを悟って、原発を放置のうえ撤退することを要請した。みずからが当事者ではないという意識で経営していたからだろう。

 さらには、現状の原子力経営システムをそのままにしておくことは罪深い。これは日比野氏の指摘によるものだが、そもそも事故後に保安院が東電などにつくらせた安全対策マニュアルによれば、今でも「隔離時冷却系が止まってからベント開放をし、海水注入をする」というシナリオになっている。これこそ事故に帰結した福島第一原発の措置と、まったく同じ手順であり、何の対策にもなっていない。この期に及んでも廃炉回避を優先しているのである。これでは、ふたたびまったく同じ暴走事故がどこかの原発で起きる。この国の原子力経営システムの闇は深い。

 この原発事故が日本の喉元につきつけたもの。それは、「ブレークスルーしない限り、もはや日本の産業システムは世界に通用しない」という警告ではなかっただろうか。電力産業に限ったことではない。農業にしてもバイオ産業にしても、分野ごとに閉鎖的な村をつくって情報を統制し、規制を固定化して上下関係のネットワークを築きあげる。その上下関係のネットワークが人々を窒息させる。イノベーションを求め、村を越境して分野を越えた水平関係のネットワークをつくろうとする者は、もう村に戻れない。それが日本の病だ。

 しかし、世界はもう、「大企業とその系列」に取って代わって「イノベーターたちによる水平関係のネットワーク統合体」が、産業と雇用の担い手になってしまった。だから、私たちが今なさねばならないことは、村を越えた「回遊」を人々に促すことである。そして分野横断的な課題が立ち現われた時に、その課題の本質を根本から理解し、その課題を解決する「グランド・デザイン構想力」を鍛錬する。そのためには、科学・技術と社会とを共鳴させ、「知の越境」を縦横無尽にしながら課題を解決する新しい学問の構築が必要となる。日本は、この事故をきっかけにして図らずもブレークスルーの機会を与えられた。

本記事は、FUKUSHIMAプロジェクト(http://f-pj.org/)による活動成果の一部を公表するものです。
活動成果は1月15日に早稲田大学小野記念講堂で開催するシンポジウム(参加無料)で発表し、調査レポート『FUKUSHIMAレポート--原発事故の本質』として、2012年1月に出版する予定です。
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投稿者
1109
 
的確な判断力と決断力は学識だけでは培われず、その判断が公正か否かを決定する自立した人でないと無理ということでは。
投稿者
aka21
 
絶対に落ちない飛行機はないし、絶対に沈まない船はない。なのに日本人は絶対という言葉を使いたがる。そしてもしもの際の保険を軽視、あるいは無視する。それが弱みを見せないビジネス上の絶対条件だと信じているから。
投稿者
蒼猿
 
私は、「根源が、東電が「イノベーションの要らない会社」だから」とは思いません。

根源は、経営層、関連委員会のメンバーらが「鍛錬不足だから」だと思います。
バブル期との関連で度々悪く言われるのはバブル入社組ですが、重大な問題があるのはバブル期にセクションリーダーだった層です。

彼らは、厳しい局面と向かい合わない、あるいは、他の誰かか何かのせいにする、こういった特徴を持ちます。
(子供の頃の育ち方も関係しているでしょう)
現在は、この世代が経営層や関連委員会のメンバーなのですから、意志決定に問題があるのが当たり前です。

根源は、東京電力のビジネス環境とは関係のない、あるいは関係の少ないところにあります。
独占企業の経営批判は書けるけど・・・ということなら、マスコミと五十歩百歩ですね。
投稿者
ニックネーム
 
3月11日16時36分の時点で、「原子力災害対策特別措置法第15条」におけるの「原子力緊急事態宣言」が発令
これによって、原発における全権限が「東京電力」から「政府」に移ったはずなのに「技術経営の問題」なのでしょうか?
「原子力災害対策本部」指示を「東京電力」が無視した、ゴネたなら、法律違反?強制力が無い法律?
IAEAが指摘した指示・命令系統の不明確を無視した記事だと思います
投稿者
一東電契約者
 
6回(夜2回)の計画停電の補償が400円弱でした。地震の揺れで壊れて水が抜けていたのは明白なようです。多分、壊れている所に圧力を掛けて注水するのが怖かったのでしょう。科学的に考えれば「絶対に安全」とは本当に馬鹿げたことですが、そんな議論の仕方しかできない日本人が多いことは「年金」や「国の債務」でも明らかです。
投稿者
愚痩子
 
やはり、技術の問題でも現場の能力の問題でも無く、経営の問題なのですね。やっと納得の行く解説に出会えました。それにしてもメディア、報道機関の不勉強、無定見、無節操には腹が立ちます。
投稿者
ニックネーム
 
菅前総理の海水注入の指示を東電トップが拒んだことがこれだけの被害を起こしたということ。菅さんの危機管理能力は優れていたということだ。
投稿者
yu2rou
 
災害時の対応マニュアルを無視して本番時にはしゃぐトップ。マニュアルは原子力災害対策特別措置法、トップは・・・・・・東電の人で無いのは確かですね、当日の第15条通報以降は。第一責任者への言及が無いのは片手落ちでは無いかと思います。
投稿者
あけがらす
 
チェルノブリやスリーマイルの知見も含めて事故のイベントとアクションについての研究・検証を徹底的に行って世界に公表すべきだ。事実・情報誤認や判断ミスのオポチュニティをいかに回避できるかは原発を有する国にとって大きな助言となる。このままでは、第二次世界大戦同様のズルズル・ベッタリになってしまう。
投稿者
keith922
 
12月16日毎日新聞(名古屋版)朝刊一面の福島原発に関する委員会報告と今回の山口先生のこれまでの論評とに整合性が無いように感じます。再度、今回の論評の冒頭にあるような以前のような不可解なことを当局サイドがぬかしているのでしょうか?経営責任逃れのアリバイ工作のために。本件に言及頂ければ幸いです。
投稿者
Shadow
 
この事件の当事者として東電に大きな責任がある事は否定しない。しかしここまで原子力が無謀な開発を続けてきた過程があるはずであり、それを放置してきた政治家、無能な政治家を放置し続けてきたマスメディア、マスメディアのごまかしを鵜呑みにし続けた国民にも責任がある。
そういったことを考えるなら、地震・津波が起こりうる日本では、原子力に触れてはいけない“国家・地域”なのではないだろうか。膨大なエネルギーが容易に手に入るという幻想は消えた。国民一人一人が脱原子力、次世代エネルギーについて真剣に考えなければならない時が来たと思う。
投稿者
kkk
 
後付の原因調査は簡単ですね。でも、そのときはどうだったのかを考えないと。報道にもちらりと出ていましたが、バルブが開けられなかったから水を入れられなかったのでは?空気駆動のバルブで、空気圧が無くなったときに閉まるタイプのバルブのように読めました。であれば、制御電源と空気圧が無ければ開けられませんね。手動で開けられるけど、現場に行かなければならないし。決死隊のようなものを結成して開けに行ったと思いますよ。プラント屋の立場から申し上げました。
投稿者
ニックネーム
 
何処に居ても原発と連絡を取れるようにしておかなかったのも「経営者の責任」ですが、その経営者が出先から急遽自衛隊機で戻ろうとしたのをストップさせたのは政治家ですよね。状況が掴めなければ指示は出せませんし、そんな状態では指示も伝えられません。
社長の行動と海水注入との関係も知りたいところです。
投稿者
中身が分からないのに「制御可能」はあり得ないのでは
 
津波襲来後に福島第一原発の1〜4号機のオペレーションルームは停電し、炉内の状況はほとんどわかっていなかったはずです。

制御工学の立場としては、操作対象の状態がセンシングできない状態は「安定」ということはできても「制御可能」というには程遠いと思われます。
投稿者
菅生
 
自分の想像通りの見解でやはりなぁという感想です。ただ菅総理が正しい指摘をしていたのに無視され続けた事実があったことは驚きました。退職金問題やボーナスの支給など一般人の感覚とはかけ離れた対応をしてきた東電であれば納得の対応でしょう。これからも東電は被害者であると言い続けると思います。
投稿者
kazu
 
稼働中の原子炉を止めるにはホウ酸水の注入が効果的なはず。報道では事故直後にアメリカは日本に何らかの薬剤を提供してくれたとあったが、ホウ酸ではないか?
ホウ素同位体は核吸収断面積が大きく、効果的に中性子を吸収し、核分裂を抑制できる。制御棒を差し込んだのと同じ状況を作れたのではないか。
記事中に誤りなど,編集部へのご連絡にはフッターのご意見/ご感想・お問い合わせをお使いください。
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