メルトダウンを防げなかった本当の理由
──福島第一原子力発電所事故の核心
もう一つの反応は、旧知の日比野靖氏からである。
日比野氏は現在、北陸先端科学技術大学院大学の副学長を務めている。菅総理大臣(当時、以下同)の大学時代の「同志」であって、菅がもっとも信頼を寄せていた友人であった。こうした経緯もあって菅総理は、2011年2月の終わりころ、日比野に内閣官房参与を依頼する。日比野氏は、2011年3月20日より参与に就任して科学技術行政を補佐することを菅に約束していた。
そこに震災と原発事故が起きた。3月12日、参与就任前だった日比野氏は菅総理に「一友人として」官邸に呼ばれ、3月13日にさまざまな助言を行なった。以下は、日比野氏から届いた私信である
貴殿の福島原発事故の原因に関するご見解(著者注:前出の日経エレクトロニクスの論文と日経ビジネスオンラインの記事を指している)、まさにその通りだと思っております。
その中で、1号炉の隔離時復水器、2〜3号炉の隔離時冷却系の存在を指摘されておられます。
実は、小生、縁あって、菅直人元総理の、内閣官房参与を3月20日より務めましたが、それ以前に、事故の翌日3月12日の夜、官邸に呼ばれ、緊迫した状況の中で翌日3月13日昼まで過ごしました。
そのとき、1号炉は既にベントも海水注入も実行されていたのですが、水素爆発をした後でした。
菅元総理は、2〜3号炉も1号炉を同じ経過をたどるであろうことを直感し、先手を打つことを、東電、保安院、安全委員会に何度も指示していたのですが、これらの専門家たちは、隔離時冷却系が動作しているからという理由で、ベントや海水注入に踏みきりませんでした。
菅元総理は、隔離時冷却系が動いているからといっても、熱が外部に放出されるわけではないので、温度と圧力は時間をともに上昇するはずだ。早くベントと海水注入をするべきだと強く主張していました。
小生も、東電、保安院、安全委員会のメンバーに、早くベントと海水注入をして冷却を進めるべきだと思ったので、隔離時冷却系が停止するまで待つ理由を東電、保安院、安全委員会のメンバーに質問しています。
回答はつぎのようなものでした。
できるだけ温度と圧力が十分上がってからベントした方が、放出できるエネルギーが大きい。一度しかできないので、最も効果的なタイミングで行う。
そのときは、小生、熱力学の知識が不十分だったので、納得して引き下がってしまいました。翌3月13日は、3号炉は隔離時冷却系が停止し危機的状況をむかえてしまいました。
しかし、大学に戻り、少し調べてみると、水は沸点を超えるとき大量の潜熱を吸収するが、それより高温の水蒸気の熱吸収は、水をわずかに超える程度であり、特に臨圧21気圧を超えて水蒸気は、水と同じ性質であるとのことを知りました。
やはり、早くベントし海水注入をするべきだったのです。2号炉はまだ間に合う。ただちに、菅元総理に電話で進言しています。
この進言、2号炉の隔離時冷却系停止には間に合いませんでした。
小生の長い間の疑問は、隔離時復水器、隔離時冷却系が動作している間に、なぜ、ベントと海水注入をしなかったのかということでした。この疑問は、貴殿のご指摘で、完全に解けました。
東電の「過失」が証明される内容を含む、重要な証言である。
イノベーション不要という病
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- 投稿者
- 1109
- 的確な判断力と決断力は学識だけでは培われず、その判断が公正か否かを決定する自立した人でないと無理ということでは。
- 投稿者
- aka21
- 絶対に落ちない飛行機はないし、絶対に沈まない船はない。なのに日本人は絶対という言葉を使いたがる。そしてもしもの際の保険を軽視、あるいは無視する。それが弱みを見せないビジネス上の絶対条件だと信じているから。
- 投稿者
- 蒼猿
- 私は、「根源が、東電が「イノベーションの要らない会社」だから」とは思いません。
根源は、経営層、関連委員会のメンバーらが「鍛錬不足だから」だと思います。
バブル期との関連で度々悪く言われるのはバブル入社組ですが、重大な問題があるのはバブル期にセクションリーダーだった層です。
彼らは、厳しい局面と向かい合わない、あるいは、他の誰かか何かのせいにする、こういった特徴を持ちます。
(子供の頃の育ち方も関係しているでしょう)
現在は、この世代が経営層や関連委員会のメンバーなのですから、意志決定に問題があるのが当たり前です。
根源は、東京電力のビジネス環境とは関係のない、あるいは関係の少ないところにあります。
独占企業の経営批判は書けるけど・・・ということなら、マスコミと五十歩百歩ですね。
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- ニックネーム
- 3月11日16時36分の時点で、「原子力災害対策特別措置法第15条」におけるの「原子力緊急事態宣言」が発令
これによって、原発における全権限が「東京電力」から「政府」に移ったはずなのに「技術経営の問題」なのでしょうか?
「原子力災害対策本部」指示を「東京電力」が無視した、ゴネたなら、法律違反?強制力が無い法律?
IAEAが指摘した指示・命令系統の不明確を無視した記事だと思います
- 投稿者
- 一東電契約者
- 6回(夜2回)の計画停電の補償が400円弱でした。地震の揺れで壊れて水が抜けていたのは明白なようです。多分、壊れている所に圧力を掛けて注水するのが怖かったのでしょう。科学的に考えれば「絶対に安全」とは本当に馬鹿げたことですが、そんな議論の仕方しかできない日本人が多いことは「年金」や「国の債務」でも明らかです。
- 投稿者
- 愚痩子
- やはり、技術の問題でも現場の能力の問題でも無く、経営の問題なのですね。やっと納得の行く解説に出会えました。それにしてもメディア、報道機関の不勉強、無定見、無節操には腹が立ちます。
- 投稿者
- ニックネーム
- 菅前総理の海水注入の指示を東電トップが拒んだことがこれだけの被害を起こしたということ。菅さんの危機管理能力は優れていたということだ。
- 投稿者
- yu2rou
- 災害時の対応マニュアルを無視して本番時にはしゃぐトップ。マニュアルは原子力災害対策特別措置法、トップは・・・・・・東電の人で無いのは確かですね、当日の第15条通報以降は。第一責任者への言及が無いのは片手落ちでは無いかと思います。
- 投稿者
- あけがらす
- チェルノブリやスリーマイルの知見も含めて事故のイベントとアクションについての研究・検証を徹底的に行って世界に公表すべきだ。事実・情報誤認や判断ミスのオポチュニティをいかに回避できるかは原発を有する国にとって大きな助言となる。このままでは、第二次世界大戦同様のズルズル・ベッタリになってしまう。
- 投稿者
- keith922
- 12月16日毎日新聞(名古屋版)朝刊一面の福島原発に関する委員会報告と今回の山口先生のこれまでの論評とに整合性が無いように感じます。再度、今回の論評の冒頭にあるような以前のような不可解なことを当局サイドがぬかしているのでしょうか?経営責任逃れのアリバイ工作のために。本件に言及頂ければ幸いです。
- 投稿者
- Shadow
- この事件の当事者として東電に大きな責任がある事は否定しない。しかしここまで原子力が無謀な開発を続けてきた過程があるはずであり、それを放置してきた政治家、無能な政治家を放置し続けてきたマスメディア、マスメディアのごまかしを鵜呑みにし続けた国民にも責任がある。
そういったことを考えるなら、地震・津波が起こりうる日本では、原子力に触れてはいけない“国家・地域”なのではないだろうか。膨大なエネルギーが容易に手に入るという幻想は消えた。国民一人一人が脱原子力、次世代エネルギーについて真剣に考えなければならない時が来たと思う。
- 投稿者
- kkk
- 後付の原因調査は簡単ですね。でも、そのときはどうだったのかを考えないと。報道にもちらりと出ていましたが、バルブが開けられなかったから水を入れられなかったのでは?空気駆動のバルブで、空気圧が無くなったときに閉まるタイプのバルブのように読めました。であれば、制御電源と空気圧が無ければ開けられませんね。手動で開けられるけど、現場に行かなければならないし。決死隊のようなものを結成して開けに行ったと思いますよ。プラント屋の立場から申し上げました。
- 投稿者
- ニックネーム
- 何処に居ても原発と連絡を取れるようにしておかなかったのも「経営者の責任」ですが、その経営者が出先から急遽自衛隊機で戻ろうとしたのをストップさせたのは政治家ですよね。状況が掴めなければ指示は出せませんし、そんな状態では指示も伝えられません。
社長の行動と海水注入との関係も知りたいところです。
- 投稿者
- 中身が分からないのに「制御可能」はあり得ないのでは
- 津波襲来後に福島第一原発の1〜4号機のオペレーションルームは停電し、炉内の状況はほとんどわかっていなかったはずです。
制御工学の立場としては、操作対象の状態がセンシングできない状態は「安定」ということはできても「制御可能」というには程遠いと思われます。
- 投稿者
- 菅生
- 自分の想像通りの見解でやはりなぁという感想です。ただ菅総理が正しい指摘をしていたのに無視され続けた事実があったことは驚きました。退職金問題やボーナスの支給など一般人の感覚とはかけ離れた対応をしてきた東電であれば納得の対応でしょう。これからも東電は被害者であると言い続けると思います。
- 投稿者
- kazu
- 稼働中の原子炉を止めるにはホウ酸水の注入が効果的なはず。報道では事故直後にアメリカは日本に何らかの薬剤を提供してくれたとあったが、ホウ酸ではないか?
ホウ素同位体は核吸収断面積が大きく、効果的に中性子を吸収し、核分裂を抑制できる。制御棒を差し込んだのと同じ状況を作れたのではないか。