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コラム

メルトダウンを防げなかった本当の理由

──福島第一原子力発電所事故の核心

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2011/12/15 12:00
山口栄一=同志社大学 教授,ケンブリッジ大学クレアホール・客員フェロー

 この記事公開を受け、驚くべき反応が二つあった。 一つは、先に述べた東電の発表である。記事が公開された2日後の5月15日日曜日、東電は、緊急記者発表7)を行なった。あらましは、次の通りである。

 1号機について、運転員が計測した原子炉水位データはまちがっていて、実際には原子炉水位は維持できていなかった。しかも、11日15時30分ころの津波到着以降、非常用復水器系の機能は一部喪失していた。

 常用復水器の機能が完全に喪失していたと仮定して解析したところ、原子炉の水位は、1日18時に燃料棒の頭頂部に到達し、19時半ころに燃料棒の底部に到達して空焚きになったとの結論を得た。また炉心溶融は11日19時半には始まったとの結論も得た。

参考資料
7)東京電力「東京電力 福島第一原子力発電所1号機の炉心状態について」(2011年5月15日)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110515k.pdf

 それは、別に「反応」ではなかったのかもしれない。記事公開とはまったく無関係に、たまたまその3日後に記者発表会を開いただけ、という可能性は大いにある。

 そうだとしても、異様な記者発表だった。

 運転員が計測した原子炉水位データがなぜまちがっていたのか。それについては何も述べられなかった。ただ「原子炉水位は維持できていなかった」と語るばかりだ。

 しかも、実は1号機の2つの非常用復水器のうち1つは断続的ながら動いていた。稼働の詳細を東電は知っていたはずで、後日、非常用復水器の実際の稼働に合わせた解析結果も公表している8)。そうであれば、なぜその事実に近い解析結果の方を発表しなかったのか。実に奇妙である。

参考資料
8)東京電力「福島第1原子力発電所 東北地方太平洋沖地震に伴う原子炉施設への影響について」
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110909m.pdf

 こう勘ぐってみたくなる。「これまで原発は安全だと主張し、事故後もそれを言い続けてきた」ものの、経営責任を問う論説が現われたので、「原発は、地震と津波で暴走するほど危険なものだ」と解釈されることもやむなしとし、「1号機についてはすぐに『制御不能』に陥ったので、事故は経営者の意思決定の不行使のせいではない」と主張し始めた。もしそうであれば、この記者発表は東電の東電都合による「シナリオの書き換え」であり、その目的は「経営責任の回避」である。

 この東電の「豹変」に呼応するかのように、翌日からマスメディアは、東電を叩き始める。曰く「東電は、メルトダウンを隠していた」と。

 こうして「海水注入」の不行使が「過失」の刑事罰に当たるのではないかという法的追及は、「メルトダウンの隠ぺい」という「マスコミの情緒的反応」の陰にかくれることができた。少なくとも、私はそう解釈してきた。

 さらに6月6日、保安院は、独自の解析結果を発表する。彼らは、東電の主張通り「原子炉水位計は誤った値を示していた」と仮定するとともに、「津波到達後は、非常用復水器は作動を完全に停止した」ということを仮定した。その上で、「11日16時40分ころには、水位は燃料棒の頭頂部に到達し18時ころには炉心損傷がはじまった」と解析結果を発表し、東電の解析より1時間半も早く炉心溶融は起きた可能性が高いと報告した。

 この解析以後、「運転員が計測したデータ自体がまちがっており、実際には原子炉水位は維持できていなかった」という東電の説明を疑う第三者は、私の知る限り現れていない。東電の経営者の不行使の「過失」責任を問う報道についても、同様にまったく目にしていない。

日比野靖氏の証言

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投稿者
1109
 
的確な判断力と決断力は学識だけでは培われず、その判断が公正か否かを決定する自立した人でないと無理ということでは。
投稿者
aka21
 
絶対に落ちない飛行機はないし、絶対に沈まない船はない。なのに日本人は絶対という言葉を使いたがる。そしてもしもの際の保険を軽視、あるいは無視する。それが弱みを見せないビジネス上の絶対条件だと信じているから。
投稿者
蒼猿
 
私は、「根源が、東電が「イノベーションの要らない会社」だから」とは思いません。

根源は、経営層、関連委員会のメンバーらが「鍛錬不足だから」だと思います。
バブル期との関連で度々悪く言われるのはバブル入社組ですが、重大な問題があるのはバブル期にセクションリーダーだった層です。

彼らは、厳しい局面と向かい合わない、あるいは、他の誰かか何かのせいにする、こういった特徴を持ちます。
(子供の頃の育ち方も関係しているでしょう)
現在は、この世代が経営層や関連委員会のメンバーなのですから、意志決定に問題があるのが当たり前です。

根源は、東京電力のビジネス環境とは関係のない、あるいは関係の少ないところにあります。
独占企業の経営批判は書けるけど・・・ということなら、マスコミと五十歩百歩ですね。
投稿者
ニックネーム
 
3月11日16時36分の時点で、「原子力災害対策特別措置法第15条」におけるの「原子力緊急事態宣言」が発令
これによって、原発における全権限が「東京電力」から「政府」に移ったはずなのに「技術経営の問題」なのでしょうか?
「原子力災害対策本部」指示を「東京電力」が無視した、ゴネたなら、法律違反?強制力が無い法律?
IAEAが指摘した指示・命令系統の不明確を無視した記事だと思います
投稿者
一東電契約者
 
6回(夜2回)の計画停電の補償が400円弱でした。地震の揺れで壊れて水が抜けていたのは明白なようです。多分、壊れている所に圧力を掛けて注水するのが怖かったのでしょう。科学的に考えれば「絶対に安全」とは本当に馬鹿げたことですが、そんな議論の仕方しかできない日本人が多いことは「年金」や「国の債務」でも明らかです。
投稿者
愚痩子
 
やはり、技術の問題でも現場の能力の問題でも無く、経営の問題なのですね。やっと納得の行く解説に出会えました。それにしてもメディア、報道機関の不勉強、無定見、無節操には腹が立ちます。
投稿者
ニックネーム
 
菅前総理の海水注入の指示を東電トップが拒んだことがこれだけの被害を起こしたということ。菅さんの危機管理能力は優れていたということだ。
投稿者
yu2rou
 
災害時の対応マニュアルを無視して本番時にはしゃぐトップ。マニュアルは原子力災害対策特別措置法、トップは・・・・・・東電の人で無いのは確かですね、当日の第15条通報以降は。第一責任者への言及が無いのは片手落ちでは無いかと思います。
投稿者
あけがらす
 
チェルノブリやスリーマイルの知見も含めて事故のイベントとアクションについての研究・検証を徹底的に行って世界に公表すべきだ。事実・情報誤認や判断ミスのオポチュニティをいかに回避できるかは原発を有する国にとって大きな助言となる。このままでは、第二次世界大戦同様のズルズル・ベッタリになってしまう。
投稿者
keith922
 
12月16日毎日新聞(名古屋版)朝刊一面の福島原発に関する委員会報告と今回の山口先生のこれまでの論評とに整合性が無いように感じます。再度、今回の論評の冒頭にあるような以前のような不可解なことを当局サイドがぬかしているのでしょうか?経営責任逃れのアリバイ工作のために。本件に言及頂ければ幸いです。
投稿者
Shadow
 
この事件の当事者として東電に大きな責任がある事は否定しない。しかしここまで原子力が無謀な開発を続けてきた過程があるはずであり、それを放置してきた政治家、無能な政治家を放置し続けてきたマスメディア、マスメディアのごまかしを鵜呑みにし続けた国民にも責任がある。
そういったことを考えるなら、地震・津波が起こりうる日本では、原子力に触れてはいけない“国家・地域”なのではないだろうか。膨大なエネルギーが容易に手に入るという幻想は消えた。国民一人一人が脱原子力、次世代エネルギーについて真剣に考えなければならない時が来たと思う。
投稿者
kkk
 
後付の原因調査は簡単ですね。でも、そのときはどうだったのかを考えないと。報道にもちらりと出ていましたが、バルブが開けられなかったから水を入れられなかったのでは?空気駆動のバルブで、空気圧が無くなったときに閉まるタイプのバルブのように読めました。であれば、制御電源と空気圧が無ければ開けられませんね。手動で開けられるけど、現場に行かなければならないし。決死隊のようなものを結成して開けに行ったと思いますよ。プラント屋の立場から申し上げました。
投稿者
ニックネーム
 
何処に居ても原発と連絡を取れるようにしておかなかったのも「経営者の責任」ですが、その経営者が出先から急遽自衛隊機で戻ろうとしたのをストップさせたのは政治家ですよね。状況が掴めなければ指示は出せませんし、そんな状態では指示も伝えられません。
社長の行動と海水注入との関係も知りたいところです。
投稿者
中身が分からないのに「制御可能」はあり得ないのでは
 
津波襲来後に福島第一原発の1〜4号機のオペレーションルームは停電し、炉内の状況はほとんどわかっていなかったはずです。

制御工学の立場としては、操作対象の状態がセンシングできない状態は「安定」ということはできても「制御可能」というには程遠いと思われます。
投稿者
菅生
 
自分の想像通りの見解でやはりなぁという感想です。ただ菅総理が正しい指摘をしていたのに無視され続けた事実があったことは驚きました。退職金問題やボーナスの支給など一般人の感覚とはかけ離れた対応をしてきた東電であれば納得の対応でしょう。これからも東電は被害者であると言い続けると思います。
投稿者
kazu
 
稼働中の原子炉を止めるにはホウ酸水の注入が効果的なはず。報道では事故直後にアメリカは日本に何らかの薬剤を提供してくれたとあったが、ホウ酸ではないか?
ホウ素同位体は核吸収断面積が大きく、効果的に中性子を吸収し、核分裂を抑制できる。制御棒を差し込んだのと同じ状況を作れたのではないか。
記事中に誤りなど,編集部へのご連絡にはフッターのご意見/ご感想・お問い合わせをお使いください。
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