夏の医者
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・・・まあ、医者に季節は関係ないと思いますが、落語の「夏の医者」は、サゲ(落ち)の関係で、夏でなくてはなりません。 「夏の医者」は、東西共にまったく同じように演じられている演目で、原話は、明和2(1765)年に出版された笑話本「軽口独狂言」にある「蛇(うわばみ)の毒あたり」。上方落語の「ちしゃ医者(駕籠医者)」とは別の演目です。 「ちしゃ(萵苣)」と云う植物名は現代では使われてないと思いますが、「夏の医者」と「ちしゃ医者」で語られている以上、江戸時代には一般的に使われていたと云う事になるし、「チシャ」はレタスの和名になってます。ただし、現在のような球形のレタスではなくて、サニーレタスのような、葉っぱ状のレタス(小松菜のようなもの)を胡麻よごしにしたものだったと思われます。ちょっと判らない部分ですが、夏場にそう云うものをたくさん食べると、食あたりするようです。 「だいおう(大黄)」と云うのは、今でも漢方薬で耳にしますが、江戸時代には下剤として多用されていました。この演目に出てくる医者の名前は、玄白先生ですが、杉田玄白(1733〜1817)ではないと思います。藪井竹庵と云えば藪医者の代名詞であるように、落語は判りやすくするために、有名な医者の名前を使ったりします。 寒いから、早く暖かくなれ〜と云っていても、あと半年もすれば、暑くてどうしようもない季節がやって来る事になってます。阿武松でもあるまいし、夏にご飯を茶碗に七、八杯しか食べられなくなってしまい、こりゃ駄目だって事になり・・・落語ですから、この辺の無茶苦茶は勘弁して下さい・・・医者を呼びに行きますが、無医村ですから、山裾を回って六里(24キロ)の隣村まで呼びに行きます。 玄白先生は、半農半医ですから、畑仕事の途中なので、ちょっくら待てや・・・先生様、早くして下さい。山裾を回るのも面倒だから、山を越えて行けば一里は近道だ。って事で山道を行きますが、夏の事とて大汗をかいたので、一休み。先生はすっかり休憩モードに入ってしまって、なかなか立ち上がってくれない。 さあ行きましょうと立ち上がったら、一気に辺りが暗くなった。こりゃどうしたんだ。ウワバミに飲まれたかな? 案の定ウワバミに飲まれてしまいましたが、腹を割くにも脇差しを忘れてきたのでどうしようもない。玄白先生は医者ですから、薬籠(薬箱)を持ってます。薬籠から大黄の粉を取り出して、ウワバミの腹の中へ撒く。ウワバミは下剤をかけられたものだからビックリして七転八倒。とうとう二人を尻の穴からひり出す。 村に帰って、先生が患者の容態を聞くと・・・チシャの胡麻よごしを食べて腹を壊したらしい。それなら大した事は無い。薬をあげようとしたら、薬箱が無い。ああそうだ、ウワバミの腹の中へ忘れてきたってんで、先生は取りに戻る。 ウワバミは下剤をかけられたものだから、すっかり衰弱して松の木に寄り掛かっていた。腹の中へ薬箱を忘れたので、もういっぺん飲んでおくれ・・・と云ったが・・・ウワバミはグッタリして、イヤだよ。夏の医者(ちしゃ)は腹へ障る。 28:00 夏の医者 / 三遊亭圓生 データ・・・六代目 三遊亭圓生 明治33(1900)年9月3日〜昭和54(1979)年9月3日 享年79 前名=六代目 橘家圓蔵 出囃子=正札附 本名=山崎松尾 まあ、地口落ちですが・・・で、こう云う音源は、どこにもありません。ちょっと遊び心を出しまして、圓生さんの高座の音源に、「圓生百席」の芸談部分でやっている、明治時代の珍芸の四天王の解説を繋げました(^ω^) 「珍芸の四天王」と云うのは、圓朝や圓朝四天王(初代 圓馬、三代目 圓生、四代目 圓生、二代目 圓橘)が存命だった時代に、彼ら本格落語の噺家からはバカにされながらも、寄席に客を呼んだ、「ステテコ(踊り)」の初代(本来は三代目) 三遊亭圓遊、「ヘラヘラ(節)」の初代 三遊亭萬橘、「釜掘り」の四代目 立川談志、「ラッパ」の四代目 橘家園太郎。
付け足し音源部分で、「かっきょの釜掘り」と云ってるのは、「二十四孝」に出てくる逸話で「郭巨」と云う人名です。それから、隣町まで5,6丁と云っている距離の単位ですが、一丁は約百メートルです。 |
別な音源を繋げてみる、こういった試みは面白いですねえ(^^)
薮井先生、この噺の「ちしゃ」も現代では通じないので変えるなんて事は出来ないですね。w
変えたら噺そのものが無くなってしまいますね。(^^)
「夏のレタスは腹にさわる」じゃどうしようも無いですね。
2011/2/24(木) 午前 8:15
「ちしゃ」というのはなんだか分かりませんが、これは、改変できませんね。
2011/2/24(木) 午前 9:19
面白いですね。
レタスで食あたりとは。
ピーターラビットの絵本にはレタスは睡眠作用があると書かれてます。
子供のころに【ちしゃ】と聞いた記憶がありますが、どんな植物だったか思い出せません。
2011/2/24(木) 午前 11:41
「ちしゃ」なら、うちではいまだに言っております。もっとも、友達にいっても通じないですが・・・。(笑)
「ちしゃ医者」という噺もありますが、この「夏の医者」とは若干違いますよね。
「ちしゃ医者」なら生で一度聞いたことがありますが、「夏の医者」はありません。
枝雀さんが十八番でやっておられたようです。
2011/2/24(木) 午後 6:57 [ えび助 ]
*菖蒲園さん。。
落語ってのは演じたものをただ聴いても、なかなか判りにくい部分がある訳で、一番いいのは、演者が解説してくれる事ですね。ただし、三平さんのように、「このギャグはどこが面白いのかって〜と」ってのとは違いますが・・・
演者の勘違いってのもある訳で、噺家が落語を解説している音源ってのは、なかなか残っていないのですが、「圓生百席」の音源では、一部ですが、既に圓生にしか判らなくなっていた重要な事を語っていたりします。明治の「珍芸の四天王」は、圓生じゃなくても知られていますが、実際に「釜掘り」の四代目 談志が「てけれっつのぱっ」ってのをどうやっていたのかは、ほとんど知られていないと思います。
四代目 談志は、明治22(1889)年に亡くなっているので、明治33(1900)年生まれの圓生は、リアルタイムでは知らないし、音源も無い時代なので、大阪から母親と共に東京へ出て来て、三歳で子供義太夫として、四代目 圓蔵一門に加わってから、「談志の釜掘り」の話を聞いたんでしょうね。
2011/2/25(金) 午前 6:55
*続き。。
「死神」や「黄金餅」で、坊さんがいい加減なお経を上げますが、そのオリジナルが「談志の釜掘り」の「てけれっつのぱっ」であり、「あじゃらかもくれん」と云うナンセンスな言葉なんです。
2011/2/25(金) 午前 6:56
*キャバンさん。。
古来からの日本人が何を食べてきたのかってのは、食物学の範疇になると思いますが、文章や挿絵では残っていても、よく判らない分野ですね。現代の食べ物とはかなり違う筈です。
落語では、「茶漬け」と云う食べ物が頻繁に登場しますが、現代の茶漬けとは違って、保温ジャーの無かった時代ですから、朝炊いたご飯は、夜には冷たく硬くなっているので、冷や飯にお湯を掛けて食べざるを得なかったんだと思います。おかずは、沢庵などを少量。誠に質素で健康的(^∇^)
2011/2/26(土) 午前 5:19
*ちろちゃん。。
へぇ〜。レタスには睡眠作用があるんですかぁ・・・
グレープフルーツの香りには、安眠作用があるって云いますけどね。って事じゃありませんが、私がいつも飲んでいる缶チューハイは、グレープフルーツ味です(^ω^)
コアラは、ユーカリの葉っぱを食べます。ユーカリの木の葉っぱには、ベンジンのような揮発成分が含まれていて、コアラの動作がノロいのは、その揮発成分に酔っ払っているからです。コアラのような、あんなドン臭い生き物が何故生息できるのかと云うと・・・他の動物が食べないユーカリの葉っぱを主食にしているので、餌には困らないからです。
2011/3/1(火) 午前 7:15
*えび助君。。
「ちしゃ」ってのはもしかしたら、上方独特の用語だったのかも知れませんね。
「ちしゃ医者」と「夏の医者」は別の演目ですが、どちらも「医者」を「ちしゃ」に例える地口落ちですね。
2011/3/2(水) 午後 4:33
ここで出てくる「ちしゃ」はこちらで言う「ちしゃとう」の事だと思います。
「ちしゃとう」は「茎ちしゃ」とも言い、味噌和や胡麻よごしとして食べます。
干した物を「山クラゲ」と言いますが、何で腹に触るのかよく分からないです(汗)
付け足しの音源…初めて聞きました!!面白いですね。
2011/3/6(日) 午前 11:16
*しゅうちゃん。。
「ちしゃ」をレタスとしちゃうと、球状のものを思い浮かべちゃうので、ちょっと違うんですよね。日本には、奈良時代より、「掻きぢしゃ」と云って、球形じゃなくて、直立する茎から出てくる葉っぱを、掻き取るって事で「かきぢしゃ」と云う葉物野菜を胡麻よごしなどにして食べていたらしいです。
圓生百席の音源の百二十くらいの音源の全部じゃないのですが、その幾つかで、圓生はその演目を誰から教わったとかの、もはや圓生にしか判らなくなっていたような、貴重な芸談を音源として残してくれました。ただし、圓生百席の音源はすべて客無しのスタジオ録音ですから、重要だと思える落語の歴史を語っているモノは、客ありの音源にくっ付けると云う、藪オリジナル音源を作ってみたいと思います。
2011/3/8(火) 午前 6:52