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気象とは、地球が起こしている
発電現象ではないか
昨年末に京都の清水寺で書かれた一年を表わす一字は「災」であった。相次ぐ台風災害、中越地震、そしてスマトラ沖地震と津波などが、かつてない数の被災者を生んだ。人間は自然に翻弄されるだけなのか。
新潟県長岡市の酒井與喜夫さんは、独自の研究により、中越地震の発生を予知、公表していた。氏はカマキリの卵嚢の位置を調べて積雪量を予想し、その成果をまとめた論文で博士号を取得。地中から聞こえる音をもとに気象の長期予報も行っている。酒井氏の研究は、既存の気象学と地球上の生命としての人間のあり方に大きな疑問を投げかけている。
樹木には積雪量を予知する能力がある
― 酒井さんは毎年、新潟県内の最深積雪予想をなさっていますが、これが驚くほど当たります。通常の天気予報のように、雲の動きなどから予想するのではないとお聞きしましたが。
酒井 はい。素人の素朴な関心から始めたことで、私の予想というより、自然界に教えてもらっていると言った方がいいかもしれません。
昔から、カマキリが高いところに産卵した年は大雪になると言われています。カマキリは学名をマンティスと言い、これは「占う者」を意味します。カマキリは卵嚢をスギの枝葉などに産みつけますが、卵嚢の位置が雪面より低いと、雪によって卵が窒息したり、冷やされたり、重さで枝から落ちる恐れがあります。逆に高すぎれば、鳥の餌食になってしまいます。実際に調べてみると、カマキリは積雪の高さギリギリに産卵していることが分かりました。
― すると、カマキリは毎年の積雪量を予知しているのですか。
酒井 むしろ、カマキリはどの高さに産卵すべきか、産卵場所となる樹木から教えてもらっていると考えるべきです。通常、土壌の水分量が多いときは産卵場所が低く、逆に土壌に水分が少ないと産卵場所は高い位置にあります。裏づけを取ろうと樹木を調べると、産卵位置の電気抵抗が幹のほかの場所より増大しているのです。また、そのポイントの温度も二〜五℃高く、乾燥していました。樹木は土壌の水分を吸い上げますが、水が一定の位置から下に落ちないように調節する逆止弁のようなものがあるようです。土壌に豊富に水があれば、樹木はいつでも水分を取り入れることができるため、逆支弁の位置は低くなります。反対に土壌が乾いていれば、樹木は自らの生命を守るために、逆止弁の位置を高くして、水分をより高い位置まで保ちます。そして、カマキリの卵嚢はまさにこの逆止弁の位置にあったのです。
― カマキリにとってなぜそのポイントが重要になるのですか。
酒井 大気に包まれた地球の水分量はほぼ一定だと言われます。樹木の逆止弁の位置が高い、つまり大地が乾いていると、逆に空は潤っていることになりますから、しかる後に大雪や大雨になります。逆止弁は最高積雪ぎりぎりの位置にあって、ここに産卵すれば、卵嚢は雪から守られることになるのです。
― カマキリはどうやって逆止弁の位置を知るのでしょう。
酒井 私は逆止弁の位置を超低周波の測定器で調べてみました。すると、地中の音がよく聞こえました。拍子木のように、乾いたもの同士をぶつけた方が、湿ったものを叩いたときより音が響きます。同じ理屈で、樹木の他の場所より乾燥している逆止弁では、大地の震動音がより響いて聞こえます。カマキリは大地が発する音の変化を、樹木を通して聞いていたのです。
豪雪の教訓が研究を始めた契機
― 樹木こそが雪の量を正確に知っていたわけですね。
酒井 ええ。地球上に植物が登場し、次にバクテリア、そして昆虫が現れたと言われます。昆虫学者に言わせると、ゴキブリは四億年もの間地球上に生存しているそうです。激動する地球環境の中で四億年生き延びるために、昆虫たちがどうやってあまたの自然災害を乗り越えてきたか、非常に興味深い問題でした。
カマキリをはじめ昆虫の聴力は人間の一万倍を優に超えます。実は、小さな体を使って、大きな地球の発する振動音を捉えていたのですね。
― 酒井さんの研究対象が、既存の気象学から離れたところにあったからこそ、アカデミズムの枠に囚われないユニークな発想ができたのでしょうね。
酒井 私は気象について専門の勉強をしていない素人です。何にでも関心をもつ子どもと同じですよ。
人間は気象学をもとに天候を予測していますが、地球環境が変われば、今の気象学はあてにならないかもしれない。一方、植物や昆虫たちも気象予想が外れればたちまち絶滅の危機にあったはずが、実際には何億年もの間命をつないでいます。人間とは気象に対する考え方がどうも根本的に違うようなのです。
― そもそも酒井さんがカマキリの卵嚢の位置に興味をもたれたのは、どんな理由からですか。
酒井 私は通信工事会社を営んでいますが、昭和三十八年の豪雪の折、設置した家庭用テレビアンテナがあちこちで雪に倒れてしまいました。冬、雪に閉ざされればテレビぐらいしか娯楽のない地域のこと、まして当時まだテレビは高価です。お客様にずいぶんご迷惑をおかけしました。大雪の中、大汗をかいて修理に行く私たちも大変です。取り替えても三日と待たずまた雪に潰され、アンテナの在庫も底をつきました。そこで、積雪量が分かれば、雪に耐えるアンテナができると考え、昔の年寄りがカマキリの卵嚢で積雪予想をしていたのを思い出し、研究を始めたのです。
地震の兆しも植物は捉えていた
― 酒井さんは昨年十月の中越地震をずばり予想されました。なぜ地震があることを酒井さんは予想できたのでしょう。
酒井 長年の調査で産卵場所が決められる要因は、積雪量のみではないことが分かってきました。異常なほど高い場所に産卵しているケースがあるのです。
― つまり、逆止弁の位置が高すぎるわけですね。
酒井 はい。これはたぶん地震に関係しているのではないかと気づくまでに、観察を始めて五、六年掛かりました。逆止弁が異常に高い位置を地図上にプロットして、地質の専門家に聞くと、そこは最近になって断層が発見された位置だと言うではありませんか。
― ここでもカマキリは樹木を通じて、地中の状況を聞いていたということになりますね。
酒井 ええ。地球は割れたガラス球をのりで貼りつけたような構造で、いつ何時バラバラになるか分からないと言う人もいます。人間が把握していない断層もまだまだ存在し、断層があれば、そこの植物は確実にこれに反応しているはずです。
― 断層上の樹木の逆止弁は必ず高くなるのですか。
酒井 正断層の場合は通常より極端に高くなります。正断層では地面が両側から引っ張られ、ずれることで断層の口が開いていますから、地中の水は地下奥深くに浸透してしまいます。結果地面は乾き逆止弁は高くなります。反対に地面が両側から押しつけられる逆断層の場合は、水が地表近くまで上がりますから、逆止弁は通常より極端に低い位置にきます。カマキリは断層の存在を知らずに産卵しているのでしょうが、結果として私たちに地球の異常を教えてくれていたのです。
― 昨年のカマキリの卵嚢の位置はやはり異常でしたか。
酒井 普段なら一メートル程度の場所で、卵嚢が七、八メートルにありました。長岡市から小千谷市、小国町にかけては、十メートルに達していたところもあります。
― 卵嚢の位置は突然高くなるのでしょうか。それとも前兆があるのですか。
酒井 このあたりでは平成六年から卵嚢の位置が上昇し続けていました。そろそろ限界ではないかと考え、昨年十二月から今年二月にかけて地震があるのではと予想しましたが、不幸にして十月に中越地震が起こってしまいました。
地中の音で将来の天気が分かる
― カマキリが卵を産む時期は限られていますよね。いつ起こるか分からない地震を私たちが予想する方法はないのでしょうか。
酒井 人間はカマキリのような聴力をもちませんから、高感度センサーをつけた測定器で樹木を通して地球から聞こえる超低周波を捉えています。
― どんな音が聞こえますか。
酒井 渓流をゆく水のような音がして、場所や時間により変化します。草木も眠る丑三つ時という言葉通り、この時間は確かに地中の音はほとんど聞こえません。反対に午後二時ごろ聞いてみると、ものすごく大きな音がします。また、音が大きいと天気が良いことが分かりました。さらに調査を続けると、大きな音が出た六時間後に天気が良くなることが分かったのです。反対に、目にしている空が晴れていても、地中の音が小さくなると、六時間後に天気は崩れます。
― カマキリにとってこの六時間はどんな意味があるのですか。
酒井 産卵に要する四時間ほどの間、最適な気温や湿度が保たれている必要があります。六時間後に天候が穏やかになることを知っていれば、生命を脅かすリスクはそれだけ減ります。私の調査した範囲で、カマキリが産卵に失敗するケースは、多い年で千分の一、少ない年で三千分の一しかありません。これはもう予想のレベルではなく、彼らにとっては法則なのでしょう。
― 酒井さんは長期予報もなさっていますが、これも地中の音を聞いて分かるのですか。
酒井 はい。地中の音の変化と連動して、長期的にはおよそ九十日後に天候の変動がみられます。実は、カマキリの産卵が初めて観察されてから約九十日後に初雪が降ります。産卵の最盛期から約九十日後に根雪になります。新潟県では例年八月下旬から十月にカマキリが産卵時期を迎えますが、カマキリの産卵が早ければ、初雪や根雪になる時期も早いことが分かります。
― この九十日という時間もカマキリにとっては重要なのですね。
酒井 カマキリの卵には休眠期がありません。冬であっても、万一暖かい日が続けば卵から孵ってしまいます。しかし、冬は表に出ても食べ物がない。生命としてそんなリスクは犯せません。春までは確実に卵から孵らない時期を選んで産卵しているのだと思います。
― カマキリの産卵のほかに、私たちが九十日というスパンを実感できるものがありますか。
酒井 二十四節気に啓蟄があります。虫が地中から這い出していよいよ春が訪れますが、啓蟄の頃地中の音はそれまでより大きくなります。虫たちは春の訪れの音を聞いて、地上に出てくるのです。啓蟄からおよそ九十日後の六月に日本は入梅します。短期的には地中の音が大きくなると天候がよくなりますが、九十日後には短期的な現象とは逆転した天候になることも判明しました。
地球はそれ自体が大きな発電機
― なぜ地下の音にともなって天候が変わるのが短期的には六時間後で、長期的には九十日後なのでしょうか。
酒井 私は地下のマグマの動きと地球の自転周期、公転周期が影響しているのではと考えています。
電気の実験では、磁気を強く流すと大きな電流が流れます。地球の場合、マグマの動きが磁気に、電流が気象の変化に喩えられます。かつてアメリカの電気工学者ニコラテスラが「地球は帯電体である」と言ったのは的を射ていて、地球全体が大きな発電機であり、気象とは発電現象ではないかと推測できます。イギリスの電気工学者フレミングの右手の法則(磁界中を移動する導体に誘起される電流の向き)をあてはめると、二十四時間で三六〇度自転する九〇度分、つまり六時間後に天候が変わるのだと私は考えます。
九十日については地球の公転が関係しています。三六五日と六時間で三六〇度公転する九〇度分、つまり九十一日と七時間半になります。これでも微妙なずれがあるので、私は補正を加えて、現在九一・五六日、つまり九十一日と一三時間半を理論値としています。しかし、まだ完全ではありません。地球の公転軌道にぶれがあるのか、あるいは他の惑星の配列により、地球の地軸の傾きが微妙に変わるのかもしれません。カマキリの研究から、素人の興味は宇宙にまで達してしまいました。
― なるほど、地球が巨大なダイナモなのですね。地上と対流圏との間の気象現象が起こる大気の層は一万メートルほどです。仮に直径一・二メートルの地球儀をつくれば、大気の層は一ミリ程度ということになります。つまりこの巨大な地球に磁気を帯びたマグマが移動しているとすると、この磁力が、地球の大きさからすると極めて薄い層である大気に影響を与えている可能性は多分にありますね。あたかも紙の上の砂鉄が磁石の動きに連動するように、雲の動きは地球の内部が起こしているのかもしれません。
酒井 雷もマグマのいたずらの典型ですね。雷鳴が轟く六時間前、樹木を通して地中の音を聞くと、連続して花火を打ち上げたときのように音がプスプスと鈍い音がします。空は晴れていますが、しばらくすると鳥が逃げ出します。雨が降り出し冠水することを恐れてモグラが逃げ出します。時を置いて、高い山に雷雲が現れ、空電が始まり、やがて雷をともなった大雨が降ります。
― 酒井さんの説を前提とすると、地震雲が現れるという話も決して根拠がないわけではないですね。
酒井 はい。先ほどもお話したように、正断層の場合は地面が両側から引っ張られ、乾いた状態にあります。喩えるなら、いたずらに電子ライターを何億個も着火しようとしているようなもので、放電させなければ電気は溜まる一方です。地面は電気を帯びていますから、大気中の粉塵がそこに集まり、月が赤く見えたりします。このポイントを遠くから見れば、帯状の雲が広がっています。地震雲とはこうした現象かもしれません。ただし、地震雲が出てから地震が起こるまでにそれほど猶予はなく、防災につながりませんから、今後はいかに地中の音を捉えて、より正確な地震予知を行うかが課題になると思います。
昆虫の方が人間より遥かに上手
― 今の気象学は地中の動きと天候を関連づけていません。酒井さんの予想の方がより正確です。
酒井 雲の動きを見て予報をするのは、地球の間接的な現象しか見ていません。雲の動きをコントロールしているものは、地中にあるわけですから、その音を頼りにした方が直接的に予想できるわけです。別な言い方をすれば、地球の帯電電圧を高精度で観測できる衛星があれば、確実な予報ができるかもしれません。
― 学問として確立された現在の気象学は、酒井さんの直感とダイナミックな視点、経験主義的な積み上げを欠いている気がします。
酒井 私の調査では、気圧が下がると地震が発生する傾向にあることが分かったのですが、某地震研究所でも地震と気圧の関係は調べていなかったようです。「今だかつてそんな論文は見たことがないが、理屈からすると可能性はありますね」と親しい研究者が話してくれました。さらに、長岡技術科学大学の学生に過去のデータを調べさせ、論文を書かせてみたらと勧められましたが、自分でやろうとする学生は誰もいませんでした。
― 正統ではない学問領域でもあり、研究者として評価されないから学生は嫌がったのでしょうか。
酒井 そうかもしれませんね。中越地震は十月二十三日にありましたが、新潟は同月の二十、二十一日に台風二十三号の被害を受けています。長岡市周辺では台風の影響で気圧が下がっていました。十一月の二十九日には北海道で地震がありました。このとき発達した低気圧が日本海を通過し、二〜三時間後に満潮になっています。低気圧と満潮が重なり、地震が発生したと思われます。
― 酒井さんの「地球=巨大な発電機」説が正しいとすると、気象学の理論そのものが変わりますね。
酒井 可能性はあります。しかし、そもそも私の研究もその発端はカマキリから教わったことでした。人間より遥かに長い間地球上で生き抜いている植物や昆虫の方が私たちより遥かに上手ですよ。彼らはちゃんと母なる地球の声に耳を傾け、その忠告に従って生きてきたわけです。コンピュータを使わなくとも、気象の原理を体で知っていますよ。
― 本来、人間もそうした能力を備えていたのかもしれませんね。
酒井 能力としてあったかもしれないし、昔の人間は知恵としてもっていました。二十四節気や旧暦は、そうした知恵を表現したものではないでしょうか。また、「ハチが川原に巣をつくると干ばつの恐れがある」、あるいは「虫が群れになって逃げれば大嵐が来る」などの言い伝えも、決していい加減なものではありません。昔は、現在のような観測機器はなかったかもしれませんが、観察の目は確かです。
他にもあります。庭木の冬支度のためのコモ巻きは、樹木に孔をあける虫から庭木を守るために藁を巻きます。コモは地上から一・五メートルの位置に巻けと長岡の職人は親方から教えられます。しかし、関東では一メートルと教えます。実は、コモ巻きの位置こそ逆止弁の位置なのです。虫たちがここに孔をあけて、春の訪れに耳を傾けることを、経験的に昔の人は知っていました。
― 先人の知恵や、地中上の生命として先輩である動植物に、もっと私たちは学ぶべきですね。本日はありがとうございました。
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