羊膜に包まれたまま産まれた「ラッキー・ベビー」、出血しないお産、赤ちゃんが自立して呼吸を始めるまで臍帯を切らずに待つ……1999年の開業以来約500件の自宅出産を介助し、妊産婦や家族の人生に変革をもたらしてきた助産院「バースハーモニー」(たまプラーザ)。“芸術的なお産”の裏に隠された秘密とは? バースハーモニー院長で助産師の齊藤純子さんが語ります!
(取材・文/キタハラマドカ、写真・前田正秀)
★このインタビューの様子は、YouTubeの「バースハーモニー」チャンネルでも配信しています! リンクはこちら
助産院バースハーモニーは横浜市青葉区と川崎市宮前区の境、閑静な住宅街の公園沿いにある。妊婦健診や、食事、整体、呼吸の教室で体と心を整えお産に臨む妊婦たち。産後も赤ちゃん体操やお茶会などでOGが集まり、親交を深めていく
ーー娘の出産の際はたいへんお世話になりました(キタハラは齊藤先生の介助で2009年1月に自宅出産)。今、日本で病院以外、つまり助産院や自宅での出産を望む女性は非常に少ないと聞いています。
齊藤純子さん(以下、敬称略): 病院以外で産む女性は全出産のうち1%程度、その中でも自宅出産は0.1〜0.2%程度と言われています。ここ10年ほどで倍に増えましたが、全体から見るとごく少数です。
ーー最近、自宅出産がメディアで盛んに取り上げられ、映画が話題になるなど、自然なお産がブームになりつつある気がします。一方でそれに警鐘を鳴らすような主張もあり、助産師を取り巻く環境は目まぐるしいですね。
齊藤: 自然なお産を求める人の動機に二つの傾向があります。一つは、「自分の体を感じながら赤ちゃんを産んで、最も安心できる家庭で新しい家族を迎えたい」と考える積極派。
もう一つは、「助産院に行けば医療的なルーティンで産まされることはない」というやや消極的な動機の方。病院では、特にリスクのない正常分娩を扱う場合でも、消毒しやすくするために剃毛し、お産の時に排便で汚れないように陣痛時に浣腸し、産後の出血に備えて点滴をする「血管確保」、そして赤ちゃんの頭が見えてきたら会陰を切る「会陰切開」を行います。いずれも赤ちゃんがスムーズに出てきやすくする、出産時の感染症を防ぐなどの目的があるのですが、これらの処置に苦痛を感じてそれが心の傷になる女性も少なくありません。
ーー産科医療の発達によって「これまで救えなかった命が助かった」という面も大きいですよね。
齊藤: ここで一つの数字をご紹介します。2005年の日本の周産期死亡率(妊娠満22週以降の死産+生後7日未満の早期新生児死亡)は出生1000人に対し3.3人で、先進国の中で最も少ないのです(米国7.7人、英国8.5人、ドイツ5.9人)。妊産婦死亡率は世界平均で10万人あたり400人。日本の場合2005年が5.7人、2006年が4.9人、2007年が3.1人です。戦後の50年間で、お産によって命を亡くす母親は約80分の1に、赤ちゃんは約40分の1に減っています。これは間違いなく産科医療の発達の恩恵によるものです。
日本の法律では、助産院は連携医療機関(総合病院や大学病院など)、嘱託医(地域の産婦人科クリニックなど)との提携関係を結ばなければなりません。自宅出産の背後には、必ず医療のバックアップがあるということを前提に考えていただく必要があります。
ーー逆を返すと、世界を見ても10万人のうち9万9600人は安全に赤ちゃんを産めると言うこともできますよね。
齊藤: 今の産科医療をとりまく状況を考えると、大多数の安全なお産ができる人、経過によって医療の介入が必要な人、必ず医療の力が必要な人、すべてが一緒くたになり病院に殺到しています。産科医は24時間の勤務態勢、しかも常に訴訟と隣り合わせの厳しい環境で仕事をしています。これでは産科医が疲弊し、お産を扱うクリニックがどんどん減ってしまうのも無理からぬことです。妊婦さんは妊娠したらまず「どこで産めるの?」を心配しなければいけない状況です。
私はこれまで、自然素材の建物で、農的環境が身近にあり、妊産婦さんが産前産後に生命力のある食事でゆったりと心身を整えられるような滞在型の助産院をつくりたいという夢を抱いていたのですが、近未来的には地域の誰もが安心して産める「地域内での助産師連携」のシステムをつくっていくことのほうが重要なのではないかと思うようになりました。
ーー具体的にはどういうことでしょう?
齊藤: 助産師が独立して開業し、月に1〜3人程度の「安全に産める人」の自宅分娩を扱うこと。そういったフリーの助産師が担当する妊産婦を、医療が必要な時に大きな病院がダイレクトに診てくれる仕組みづくりです。一方で、助産師が妊婦さんにお産に向けて体と心を整えるための指導をしていけるよう、スキルアップのためのネットワークや学び合いの場所づくりも必要です。
安全なお産は地域の助産師が担い、医療が必要なお産は病院が担当する。スキルの高い助産師が増えれば地域内でのお産の連携ができ、誰もが安心して産める環境が生まれます。そうすれば子育てだってしやすくなると思うし、社会的に有益だと思うのです。
「助産院にやってくる方は医者嫌いな方が多い。だけど、医療が進んだことで助かる命もある。まずは薬が必要のない体をつくるのが前提だけど、薬が必要な状況にある人は医療の手を借りて謙虚に薬を飲むことも必要です」と諭す
齊藤純子(さいとう・じゅんこ) | |
たまプラーザで自宅出産を専門に介助する助産院「バースハーモニー」院長。日本医科大学付属第一・第二病院勤務を経て、横浜市青葉区役所、その他クリニック、助産院勤務、専業主婦を経て1999年「バースハーモニー」開業。自宅出産の介助実績は約500件。妊婦健診では頭蓋仙骨療法や光線治療、リフレクソロジーを取り入れ妊婦とじっくり関わりを持つほか、食事、生活、運動等一人ひとりに合わせた保健指導を行う。月1回リマクッキングスクール校長の松本光司先生によるマクロビオティック食養料理教室を開催するほか、BLBヒーリング前田正秀氏による呼吸教室、きづきかん井上聖然先生による個人整体、ヨコハマヒーリングデンタルの小泉克巳歯科医師による歯の噛み合わせ治療等、総合的に自然治癒力を高める各種教室を開催。 バースハーモニーのホームページでは、夫の齊藤雅一氏による「自然出産」の美しさを感じる写真が多数掲載されている。 |
|
http://www.birth-harmony.com/ |