河城工房に慌ただしい足音が響いている。
皆が寝静まっている明け方、当然工房は稼働しておらず閑散とした廊下に靴音だけが響く。
「チルノー!!」
魔理沙は勢い良くチルノの研究室のドアを開ける。
その音に目が覚めたのか、机に座りながらうたた寝をしていたチルノは目を擦りながら、魔理沙を見上げる。
「どうしたの?」
「これ、これを見てくれよ!!」
魔理沙が差し出した手に小さな石があった。深い蒼色をした石は宝石のように輝きを持ち、
光の加減か時にマーブルのように色合いが変わる。
「賢者の石、これを使えばもしかしたら私も変身できるんじゃ!?」
『賢者の石』
それはお伽話によく出て来る伝説の石。
鉛などの卑金属を黄金に変える際の触媒となる霊薬であり、哲学者の石とも呼ばれている。
何故これが魔理沙の手の中にあるかというと、アリスに貰ったと言う。
魔理沙に詳細を聞こうとした時、
半分開きかけた研究室のドアに手を着いて息切れをしているアリスが居た。
「ちょ……ぜっ、はっ……魔理沙……まだあげるとは」
一先ず、机の横にあったお茶を淹れアリスに渡す。
アリスは息を整えつつ、お茶を一気に飲み干し少しむせた。
「はぁ……はぁ……」
「これ……どうしたの、アリス?」
アリスが落ち着くのを待ってチルノがアリスに問う。
漸く落ち着いたアリスが言うには、これは人形に命を宿す研究の副産物で生まれた物らしい。
何十年の前に作って特に使い道もなかった為、
放置していたのを思い出してチルノに渡そうとした所、魔理沙に奪われたらしい。
「何かの役に立つかなって思って……」
「これは……凄いモノを持っている……」
チルノが感心し、その石を見つめる。
その様子を期待に満ちた視線を送る魔理沙に気付き、首を横に振る。
「確かに触媒としては使えそう、だけど変身するにはエネルギーが足りない」
チルノや霊夢のような何らかの能力を持っているモノはベルトだけで変身できるが、
賢者の石を使ったからと言って、元から力を持っていない魔理沙は変換する為のエネルギー自体が無いのだ。
「そ……かぁ……いけると思ったんだけど、なら……無いなら他から借りて来るとか?
エネルギーパックみたいな……」
「そうか!? いや、なるほど……」
魔理沙の発言にチルノの頭に電流が走る。
魔理沙らしいと言えば、魔理沙らしい発想。
無ければ借りればいい、力を持たない者の考え方……だが、それがとてもおもしろい発見をした。
発想さえできれば、チルノは速い。
結果に結び付く為の筋道を幾通りも並列で処理していき、結論に達した。
「八卦炉を使う……だけど、変身するにはエネルギーが足りない」
そしてチルノはすぐさま行動に移る。携帯を取り出し、何処かに電話を掛ける。
その様子を驚いて見つめる魔理沙とアリスに、電話を終えたチルノが向き直る。
「二人とも手伝って、今日は徹夜になる」
――数時間後、河城工房に研究チームが結成された。
チルノ、にとり、アリス、魔理沙、河城工房の職人達。
会議室を包む、緊急招集への期待を孕んだ空気を受け、チルノが立ち上がる。
「今日皆さんにお集まり頂いたのは、最高の技術陣でなければ完成に至れない為です。
早速本題に入ります。議題は『仮面ライダー創造計画』」
今まで仮面ライダーになる為には、何らかの能力者でありなお且つベルトと相性が良くなければ変身出来なかった。
変身できる人間を選ぶ為、兵器としては不完全であった。
強力なシステムだが汎用性に乏しい事から、実験段階の延長という状況で今まで戦ってきた。
それはそれで、人間がグールや妖怪に対抗するには必要な事で、十分な成果を得られてはいた。
だが、今後続いていく闘いを考えると、量産化が必然となる。物量の差だ。
幾ら強力な兵器だろうと、運用するのは人間。
戦える人数が少なければいずれ数で押し切られる。消耗戦だ。
人工的に仮面ライダーを作る計画は以前より、チルノも研究していたが完成するには、パズルのピースが足りなかった。
アリスの賢者の石と魔理沙の発想を受け、チルノの脳裏に完成へ至る道のりが光り輝いて見えた。
「チームを分けます」
チルノを総括責任者とし、チーム編成した。
大まかにチーム分けをするが、全ての技術が密接に関わってくるためチーム間の連携は密にする。
チルノが四六時中工房に入り浸る訳にはいかない。
『紅魔』との戦いもある為、週に一回程通う形でその間は各チームのリーダーの判断で研究を進めてもらう。
にとりを中心としたライダースーツや武器等の強化チーム。
アリスを中心としたAI(人工知能)を研究するチーム。
そして、賢者の石を使用しエネルギー変換を効率化するチームには……、
「『核』しかないっスね!」
議論が進んで行く中、元気よく会議室のドアを開けた人物がいた。
腰まで届くほどの艶やかな黒髪、緑色の大きなリボンと赤い瞳が特徴的な妙歳な女性。
私服の上から白衣を羽織った出で立ちは、学者というよりも実験している大学生を思わせる。
「遅れてごめんね~チルノ~!」
満面の笑顔で掛けより、チルノを愛おしそうに抱きしめ頬擦りまでしている。
それがいつもの事なのか、さして気にもせず、抱きしめられた格好のまま話を進めるチルノ。
「急に呼び出してすまない。貴女の力が必要」
「No problem ~チルノの為だったらこの、霊鳥路 空。何時でも何処でもデリバリー!」
「……よろしく頼む、空」
霊鳥路 空と名乗った彼女はマイペースなのか、
白衣のポケットから缶コーヒーを取り出し、それを飲みつつ適当な椅子に腰かける。
彼女はチルノの研究所時代の知り合いで、現在は日本最大の原子力機関『太陽の庭園』で所長を務めている。
自分の研究に没頭するあまり周りの意見を聞かず、しばしば会話中でも自分の研究に思考が飛び、
何を話していたかわからなくなる為、研究仲間から鳥頭と揶揄されていたが侮られる事はなかった。
彼女の思考は遅いが、その思考の深さは誰よりも秀でており観察力に優れていた。
チルノがライダーの研究に当たって、必要だと思い呼び寄せた事から彼女の優秀さは皆の認めるところとなった。
しばしばの奇行には目を瞑って……。
――研究を始め、その中心となるのはAIの開発だった。
八卦炉に備え付ける形を取るAIは、核エネルギーを制御する制御棒と燃焼棒の役割を担いつつ、
変身した魔理沙の補佐を兼用できる優れた計算速度が必要だった。
スーパーコンピュータ並のスペックを小型化をするのは研究の時間をほとんど費やした。
アリスの希望もあり、作るなら自分で思考できるAIを作りたいと願った。
ライダースーツ自体には戦闘に必要なデータを呼び出し瞬時に展開する事で、
戦闘補助をする機能がついているが、このAIはその高機動バージョンと言ったところだ。
エネルギーの変換効率もある為、戦闘の際技の発動から結果に至るまでタイムラグが生じる。
それは高速で行われる戦闘において致命的で、
それを補完する為には第三者的視点から戦局を観測する存在が欠かせなかった。
――エネルギーにおいては、
「チルノ~『核』だけど……核分裂と核融合、どっちにする?」
核エネルギーを抽出する方法は大きく分けて二通りある。
『核分裂』……主に原子爆弾に用いられる方式で、核分裂の連鎖反応により、瞬間的に莫大なエネルギーを放出する。
『核融合』……太陽を初めとした恒星の内部で起こっている現象。水素やヘリウムなど軽い原子核が融合して重い原子核になる反応。
「爆弾を作るわけではない。必要なのはエネルギーだけ……」
「なら核融合って事で進めとくけど……制御難しいんじゃない?」
「その為のAI、それは任せておいて……それより賢者の石はうまく使えそう?」
「う~ん。確かに変換はいけそうだけど、スーツの外側に装着するとスーツ各部への伝達が上手くいかないっぽい」
伝説では卑金属を貴金属に変え、有限の寿命しか持たない人間に不死を与える等、その真の能力は『永遠性の付与』である。
だが、アリスが作ったモノは人形制作の一環で研究した副産物で、
伝説通りの賢者の石とは到底言えないまがいモノで、その力も十分では無い。
現段階で分かった事は、エネルギーの変換はうまくいくが触媒としてその役割を果たすと、
形を保てず崩れ落ち蒸発するように消えてしまう……言わば、消耗品だ。
最初はマガジン方式でベルトに装着補給をする予定だったが、
変換効率が悪い為変身は上手くいっても戦闘となると難しい、燃費が悪いのだ。
「どうするかな~」
空が頭を掻きながら白衣からお菓子のポッキーを取り出し、食べ始めた。
お菓子好きなのはいつもの事などで咎めはしない。
それが彼女の考えるスタイルなら、それで効率が上がるならとチルノは考えている。
あくまで程度の問題だが……、
空にポッキーの子袋を渡され、チルノも何本か食べ始める。
ちょうど小腹が空いていたところだ、糖分は脳の活動には必要不可欠だ。
「それは……考えてみる。出来る範囲で進めておいて……」
そう言って空と別れるチルノ。
そして――足が止まる。
エネルギーの変換、効率、補給、吸収、消化……。
面白い考えが出た。それが果たして実現可能かどうかわからないがやってみる価値はあるだろう。
「空……」
「うん?」
「賢者の石を砕いて錠剤のように服用したらどうなる?」
「……それは……そうか!? いや、だけど大丈夫かな……ちょっと動物実験で確かめてみる!!」
空は大急ぎでその場を後にする。
賢者の石は伝説では霊薬としての逸話もある。
中国の道教では服用すれば不老不死を得る(あるいは仙人になれる)という霊薬(仙丹)を作る術として錬丹術(煉丹術)がある。
身体に取り込むには安全性が第一条件になるが、それがクリアできたら研究は大きく進む。
――研究を始めて瞬く間に時間が過ぎたある日、遂に研究は最終段階へ入った。
今日はシステムの起動確認試験。
これをクリアできたら、次に武器等の運用確認を経て、
模擬戦闘を行った後に、最終調整を行う。
実験主任はにとりで、空がその補佐に回る。
今日チルノは不在だった。文からの報告があり、昨日から泊まり込みで山へ行っている。
どうやらグール達の巣があるようで、その近辺の住民からの情報によると最近行方不明者が多いとの報告があった。
霊夢や諏訪子達も行っているため問題は無いと思うが、大規模な戦闘に発展する可能性があった。
そのメンバーに入れなかった魔理沙は悔しい思いをしたが、今は我慢する他無い。
これが完成したら真っ先に駆けつけたい衝動に駆られる。
魔理沙は自分を落ち着かせようと、自分の焦りを言葉に表す。
「何か……緊張するぜ……」
被験者である霧雨 魔理沙が改めて改良されたベルトを装着していた。
ベルトの中心部は霊夢達のベルトと違い窪みがあり、ここに脱着式である八卦炉を装着する事で変身できるようにしてある。
最初から組み込むと、八卦炉だけ使用する場合が生じた時に対応できない為だ。
戦闘では何が起こるか分からないが選択肢は多いに越した事は無い。
周囲を壁に囲われた中心に魔理沙は立っていた。
強化ガラス越しに、見守るにとり達研究陣が頷き準備を整える。
「それでは実験を開始します。魔理沙、賢者の石を……」
「お、おう!」
にとりの指示で手に持っていたお菓子の箱らしき物を開ける。
それはどこかで見た事あるお菓子『きのこの山』だった。
動物実験を繰り返し、安全性が確認出来た賢者の石は服用し体内で消化する事により、
霊夢達と同じように身体内部からエネルギーを放出できるようになった。
しかし、予想もしない問題が起きた。
研究チームのリーダーである霊鳥路 空が、自分が服用する訳でも無いのに薬は嫌いだと言い張ったのだ。
そこでお菓子好きの思考(嗜好)からか、賢者の石をお菓子の形で食べればいいじゃん、と言い始めたのだ。
空はポッキー派、にとりはチョコボール派、チルノはチロルチョコ派と分かれ、
アリスに至ってはたけのこの里派で、きのこの山派の魔理沙と真っ向対立。
ここに居たってお菓子業界の縮図が垣間見えた気がした。
最終実験前の一週間……不毛な争いは続き、ついには被験者である魔理沙の意見が通り、
『きのこの山』でいく事になった……という経緯がある。
魔理沙は期待に胸を膨らませ、箱からきのこを三粒取り出して食べる。
きのこの笠の部分がきらきらと青い光の粒が輝いているが、味はしっかりとチョコの甘みが広がる。
動物実験段階では問題無いが、人間が服用した場合の問題もある。
何度も治験(臨床試験)を繰り返し、問題はなかった。
後は魔理沙が変身できるかどうかだ。
《My master.》
「おぅわ!? びっくりした!!」
突然、手に持った八卦炉が喋り出した。
研究を重ね完成したAIは八卦炉に搭載され、
核エネルギーの制御と魔理沙のフォロー役になる事を魔理沙には内緒にされていた。
そっちの方が面白そうだからという、にとりの茶目っ気だ。
魔理沙の反応から悪戯が成功した事に満足し、にとりは改めて説明する。
「これからはその八卦炉が貴女のパートナーだから。仲良くしてあげてね」
「そっか……なら、よろしくな相棒!」
《Buddy?》
「そうだ、嫌か?」
《All right. my master.》
「グッド! 行くぜ!!」
魔理沙が八卦炉に声をかけ、八卦炉を腰に身に付けたベルトへ装着する。
「変・身!!」
《Complete》
音声認識の電子音が響き、光が魔理沙を包み込んだ。
《……No problem. I believe master.》
―第三十二話 「石の記憶」、完。
―次回予告。
≪Let's shoot it, Master spark .
I can be shot.
I believe master.
Trust me, my master.
次回、東方英雄譚第三十三話 「ミルキーウェイ」 ≫