12月3日のJリーグ最終節で柏の劇的なJ1優勝を見届けた後、スカパーの仕事で私は欧州へと旅立った。5日朝の月曜日に成田を発ち、火曜日(6日)にドイツでUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)のドルトムント対マルセイユ戦、水曜日(7日)にイタリアでインテル・ミラノ対CSKAモスクワ戦を取材し、試合後のフラッシュインタビューではドルトムントの香川真司、インテルの長友佑都の聞き手を務めた。8日朝にミラノを発ち、9日の金曜日に成田に戻る強行軍だったが、いろいろと考え込まされる弾丸取材となった。
欧州CLのマルセイユ戦でパスを出すドルトムントの香川=共同
■ドルトムントもインテルも敗戦
試合の方はドルトムント、インテルともに敗れた。それでもインテルは3勝1分け2敗の勝ち点10でB組を首位通過したのに対し、ドルトムントは1勝1分け4敗のF組最下位で1次リーグを突破できなかった。昨季のドイツリーグ王者の早期敗退は、選手にとってもサポーターにとってもショッキングな出来事といえるだろう。
負けた試合の後の選手へのインタビューは、話す側にとっても聞く側にとっても決して気分のいいものではない。ただ、欧州で活躍するような選手たちは感情をコントロールする術をそれなりに身につけているから、生々しいものが外に向かって噴き出ることはあまりない。
逆にいえば、公衆の面前ともいえるテレビカメラの前では選手からはありきたりというか、当たり障りのない返事しか返ってこないものである。
■インタビュー後、香川の方から…
6日夜の敗戦後の香川のインタビューもそういう流れだった。ところが、中継のインタビューの持ち時間が終わり、マイクを東京のスタジオに返すと、香川の方から私に「城福さん、今日の僕のプレー、どう思いましたか」と尋ねてきたのである。
これには私も、そしてその場にいた日本人の中継スタッフも少なからず驚いた。香川の口調に真剣を通り越して「深刻」といったニュアンスがにじみ出ていたからだ。
この日の香川は先発から外れ、交代枠最後のカードとして後半途中から出てきた。その使われ方が示すように、試合の中でも有効な動きを見せることはできなかった。その問いに対する私の回答、それを聞いた香川のリアクションをここで明らかにすることはマナー違反だろうから差し控えたい。
一つだけ述べることを許されるなら、私はその香川の表情の中に欧州のトップレベルの戦いに身を置く22歳の青年の苦悩を、まざまざと見た気がしたのだった。
欧州CLのCSKAモスクワ戦で攻め込むインテル・ミラノの長友=共同
■食事をしながら長友と話し込む
7日の夜はインテルの試合を取材、テレビのインタビューを終えた後は長友と深夜まで食事をしながら話し込むことができた。ここでのやり取りはある程度、明かしても大丈夫だと思う。
というのも当の長友が16日付のイタリア最大のスポーツ紙「ガゼッタ・デル・スポルト」のロングインタビューで2試合連続得点を決めるなど復調の理由を聞かれ、「(僕を訪ねてきてくれた城福さんと)一緒に僕のプレーを分析し、試合展開を読んで攻め上がるタイミングを見極める必要性などを教わった」と語っているからだ。
私が長友に助言したのは彼本来の持ち味を思い出せ、ということだった。明大在学中の2007年にFC東京からプロデビューした彼は、東京Vとのダービーマッチで最も危険なFWフッキを抑え込んで一躍その名をとどろかせた。その試合の長友は守っているばかりではなく、果敢に敵陣に攻め込んでゴールに絡む仕事もした。その良さが今季は出しきれていない。どうしてだろうか。
■長友の一番の良さは…
前を向いて仕掛けてくる相手に1対1で抜かれない。これは佑都なら誰が相手でも十分にできる。後ろや横からガツガツ当たって相手に前を向かせない。これも佑都なら余裕でできる。
しかし、佑都の一番の良さはそれより前の段階、マークする相手にボールが渡る前にインターセプトし、奪った勢いをそのまま攻撃の推進力に換える出足の鋭さや間合いの取り方にあるんじゃないか。
抜かれない、前を向かせないためのポジショニングと、隙あらばボールを奪い取るためのポジショニングでは、2メートルは立ち位置が変わってくる。その2メートルを徹底的に突き詰めることが佑都の持ち味なんじゃないか。
私のこんな言葉が長友に響いたのだとしたら、それは「(インテルの右サイドバックのブラジル代表)マイコンみたいにもっと柔らかくボールタッチしろ」というような技術的な指導ではなかったからだ。
ジェノア戦でゴールを決めるインテル・ミラノの長友=共同
■期待外れと思われた時のバッシング
こうしたことは長期目標としてはいいかもしれないが、プレーに悩みを抱えた状態で今すぐできることではない。しかし、技術ではなく意識の問題なら、すぐに取り組むことができる。それで長友もパッと点灯するような感じになったんだと思う。
長友も今季は開幕から厳しいシーズンを過ごしていた。開幕からなかなか勝てないまま監督交代に行き着いたチームにあって、“戦犯”に近い扱いを受けていた。昨シーズン途中、チェゼーナから移籍してくるなり大活躍したから周囲の期待は膨らんだ。その分、期待外れと思われた時のバッシングは、反動で容赦ないものになる。表面的にはおくびにも出さなかったけれど、その圧力に長友も実は相当参っていたようだった。
その苦悩は日本にいるわれわれにはなかなか想像がつかないレベルにある。香川ならホームゲームのたびに8万人を越す観衆に囲まれて試合をする。トップ下はゴールを決めるか、ゴールに絡む仕事をしないと、監督もサポーターも評価しないポジションである。得点が取れずに負けると、責任が重くのしかかる。
■「使えるか」「使えないか」の2種類しかない
監督との関係も日本とは微妙に異なる。戦力の層が薄い日本では、監督に「これだけの戦力しかないのだから育てて勝つしかない」「この選手を何とか一人前にしてやろう」という視点がある。個の能力差はチーム力で補おうとするから、チーム全体が有機的に機能したり連動するように気を配る。
裏返せば、チームとしてうまく成果が上がらないとき、誰か特定の個人に責任を負わせるような発想はあまり出てこない。
欧州の5大リーグ(英、独、伊、仏、スペイン)の、それもトップ・オブ・トップスになればなるほど、そこはもっとシビアになる。そもそも育てるという発想はトップチームにはない。監督から見れば、選手は「使えるか」「使えないか」の2種類しかいない。
「使えない」と分かったら先発から外すし、ベンチからも外す。レギュラー組の後ろには、全世界に張り巡らされたスカウト網からピックアップされた順番待ちの選手がそれこそ五万といるから、いくらでも「代わりはいる」と思っている。
フライブルク戦で競り合うドルトムントの香川=共同
■シャヒンがいなくなった影響
私に言わせれば、今季の香川の開幕当初の停滞は香川本人の問題というより、トルコ代表のシャヒンというボランチをレアル・マドリードに売り払ったことが強く影響している。
日本代表に来るとボランチには遠藤保仁(G大阪)らがいて、いいパスがいいタイミングで入ってくるから、香川も前を向いて本来の力を発揮できる。ドルトムントにはそういう配球役がいないから、バイタルエリアで香川が一瞬フリーになってもなかなかパスが出てこない。
日本的な感覚なら、監督は「真司がここでも、あそこでもフリーになっている。こういうときになぜ、周りからパスが出ない?」と、むしろ周りの注意を喚起するところだが、ドイツではそういう感覚はおそらくないのだろう。誰かのために、ほかの誰かのプレースタイルを変えさせるようなアプローチはしないのだろう。
■自分で乗り越えるしかない
監督は「去年を思い出せ」「もっと裏を突け」「積極的にシュートを打っていけ」といった程度の助言をするだけなのだろうと思う。それでは悩める選手の胸には響かないし、選手は結局、この壁は自分で乗り越えるしかないと悟ることになる。
そこで自分の力ではい上がれる選手はいいが、はい上がれない選手は先発から外され、次のできそうな候補者が使われる。実際、そうやってシャヒンの後釜と思われたギュンドガンは先発であまり使われなくなった。
そういう厳しさを目の当たりにすれば、去年いっぱいため込んだ“貯金”が、どんどん減り、底をついていくような感覚に香川が襲われても不思議はない。
私はそういう彼我の差を「日本の方がかゆいところに手が届く指導だ」と誇っているわけではない。ただ、ひたすら、環境が違う、と言いたいだけなのだ。
それぞれの環境の中で、はぐくまれる指導者の資質もあれば、どう逆立ちしても身につかない資質もある。日本にいる私には「これだけの選手しかいない。何とかしてくれ」という発注に応える自信がある。欧州に対するコンプレックスもない。
ジェノア戦でゴールを決め、駆けだすインテル・ミラノの長友=共同
■平然としている選手と動揺している選手
チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグを見ていても「なんでこんなにくさびのパスを何本も通されているのに、ボランチを横にずらさせないのだろう?」と疑問に思うような采配が目に付く。
一方で毎試合8万人のサポーターのプレッシャーを受けながら試合をするというメンタルタフネスを持ち合わせることは環境的に難しい。
長友によると、インテルが今のように持ち直す前、チームの雰囲気が暗くなる中で、それでも平然としている選手と動揺している選手がはっきりと区分けされたという。
■思考のコアの部分
前者の代表が主将のサネッティやオランダ代表のスナイデルら。もちろん、それは決して無責任という意味ではない。勝利のために骨身を惜しまないが、一方でチームの浮き沈みと自分を切り離している風情なのだそうだ。
たぶん、それはサネッティたちの思考のコアにあるのが、チームに対するロイヤルティー(忠誠心)より、自分の技量を欧州のトップ水準の中で常に評価される状態にキープしておくことを優先させているからだろう。
プレーレベルが高ければ、チームの成績に関係なく、インテルでだめならACミランに行く、というふうに仕事場を変えていける。その自信があれば、おのずと腹も据わる。実際、サッカー選手は国をまたがって求職できる環境にある。そういうコアな欲求があるから、自分の仕事のレベルを下げるような職場には、自分の方から去ろうとしたりする。
そういう選手はそのクラブに在籍はしていても、どこか心の中にチームと自分を分かつ壁のようなものを作っている気もする。日本的な「チームと一心同体」という感じではないというか。だからこそ、チーム成績が乱高下しても平然としていられる。
レッチェ戦でアシストし、ゴールを決めたカンビアッソ(右)と喜ぶインテル・ミラノの長友=ロイター
■生存競争の厳しさ
日本はその点がどうもごちゃまぜになっている気がする。チームに対する忠誠心も仕事に対するプロフェッショナリズムも混然一体となっていて、チームの浮沈とともに自分のメンタルも大きく揺れ動く。
チームの成績が落ちると個々のプレーも精彩を欠く。逆にチームとの一体感に包まれると、とてつもない高みにまで上り詰めることができる。どちらにもそれぞれの良さと悪さがある。
ドイツとイタリアで2人の日本選手を通して垣間見たのは、彼の地でのプロの生存競争の厳しさだった。香川も長友も「たぶん、半年後はこのチームにいられないんじゃないか」というくらいの危機感に襲われた。
■乗り越えるとどんどんたくましく
「冬のマーケットでインテルは左サイドバックをどこからか連れてきた方がいい」といった雑音も、長友の耳には届いていた。それを自分の力でシャットアウトした。
香川も明らかに復調の気配がある。そこに身を置く緊張感、危機感は半端ではない分、乗り越えるとどんどんたくましくなっていくのだろう。
そんな彼らに拮抗できる自分であり続けたい。私も、熱い気持ちになった。
(終わり)
◎電子版セミナー スポーツセレクション 参加者募集中
日経電子版の会員を対象に2012年1月中旬、ゴルフの芹沢信雄プロ、フィギュアスケートの高橋大輔選手(関大大学院)をそれぞれ招いたセミナーを開きます。詳細や申し込みはこちらから。
Copyright © 2011 Nikkei Inc. All rights reserved.
本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。