ナロー・キャスティング大滝さんのDJってのは昔『ポプシクル』という雑誌でも話したけど、決してうまかぁない。小林克也さんとか糸居五郎さん、かつての亀渕さんとかに比べたら、およそうまくはない。ただ、大滝さんのDJはここ2・3年流行しているへタウマっていうんでもなく、へ夕の中にマニアックなとこがあるのね。ファナティックなわけ。 小林克也さんのDJって、あんまりファナティックじやない。マニアックでもないしね。一見そう見えるけど、ほんとはそうじやない。いわゆるー般大衆向け。 大滝さんのDJは、特定個人に向けての放送なんだよ。ブロード・キャストじゃなく。あれはナロー・キヤスト。 みなさん御承知のように、今は多品目出して少量販売しなきやいけない時代でして、それをラジオでやると、大滝さんのナロー・キャスティングがちょうどぶち当たるんじゃないかと思うわけです。 だから、空中波を使うか有線を使うかは別にして、大滝さんのDJはもっと受けるんじゃないかな。つまり、ナロー・キャスティングが、これからはもっと盛んになると思うんだよね。 たとえば去年、MGM・UAの『ガールズ・グループ』というビデオがものすごく売れた。大したビデオじやないわけよ。そりゃ、たしかに懐かしいし面白いよ、僕らの年代にとっては。若い人には新鮮かもしれないけどね。あれは、やっぱりナロー・キャスティングなの。あんなものが売れるわきゃないと……でも、やっぱ売れちゃうわけよ。 だから、これまでのナローなものが、それほどナローじゃなくなるだろうってこと。マスとはいわないけど、こじつけなりファナティックなり、そういったそのぉ、偏執狂時代がやってくるんじゃないかと思うんだ。 そこで、やっぱり、大滝さんは偏執狂時代の代表者なんだよ。 名人はみんな子供偏執狂時代ってのを、もっといい言葉でいうと、子供時代なのね。大滝さんて、やっば子供なの。とくにDJやってるときと、音楽づくりするときには、すっかり子供に帰っちやうわけ。 砂場で遊んでる子供と似てるんだよね。夢中で砂掘って、あっちこっちにトンネルつくってね。大人がみると、あんなとこ穴あけてボール転がしてどこが面白いんだっていうんだけどさ。どっかから水道管拾ってきて水が出ると「ワーッ、通った通った。ほら通ったよ!」とやるのと似てるのね。 ただ、名人っていわれる人は、みんな子供なの。たとえば、スティーブン・スピルバーグ。僕は会ったことないけど、本なんか読むと、まったく子供。子供時代の夢をー生懸命追い求めてるのね。それで、西武流通グループのCMじやないけど、子供心ってのはものすごく大切だということが、スピルバーグの映画なんか見ると、とてもよくわかるのね。 大滝さんのレコードづくりも、放送づくりも、そうなんだよ。 つまり、自分の宝物を自慢したいってこと。それから、前とは違う工夫をー生懸命やるってことね。どっちかっていうと大人は、怠惰に流れがちなのを、自分を鼓舞してやってるって感じ。結局、子供ってのはある程度、偏執狂なんだ。 だから、大滝さんのDJってのは、これまでもラジオ関東とかTBSとかの悪い時間帯で、陽の当たる場所に出てきてないでしょ。本人の意識もあるのかもしれないけど、陽の当たる場所に出る放送じゃないと思うよ。ただ、その地味なところからしつこく、くりかえしくりかえし、ああやって放送することによって、ナロー・キャスティングではあるけれども、1・2を争う立派なナロー・キャスティングになる可能性もあるよね。 ウェイ・オブ・大滝ジム・ピューターみたいな人は、死ぬまで続けられるっていう便利な面を持ってるわけ。毎日、新しいレコード聴ける限りは、死ぬまで続けられる。歴史を追いかけてるんだからね。 大滝さんは自分の興味のあるものしかやんないってところが面白いんで、死ぬまで続けてほしいとは決して思わない。ニュー・ウェーヴに興味がないんだったら、やらないほうがいい。それを商売でやるようになったら、大滝詠一はもうおしまい。そこが、ジム・ピューターと違うところなのね。ジム・ピューターはオールディーズ・バット・グッディーズのDJとしちゃ、商売よ。大滝さんは商売じゃない。ミュージシャンであり、クリエーターなんだ。DJもワン・オブ・ゼムの仕事。だから、彼がやってることって音楽もDJもウェイ・オブ・大滝、大滝ズ・ウェイってのがあるんだよ。 別に、無線とか有線て考えないでも、もっと面白いことがあると思うのね。たとえば、著作権の問題さえクリアーになるんだったら週に1回か2回、彼がテープをつくってサブスクライバーに配るという方法の放送だって、今後はありうるでしょう。まあ、簡単にはいかないけど、物理的には決して不可能じゃない。 彼の番組って、そういう番組なんだよね。 そうすると、彼の番組だったらもっと、子供心を持った、偏執狂じみたものになっていけると思う。やっぱり、彼もコマーシャル考えると思うのね。ブロード・キャスティングだと。でも、そうじやなくて、お客さんのほうは彼にもっとパロディックになってもらいたいし、もっと偏執狂になってもらいたいし、もっと違うことやってもらいたい。ということは、もっと狭いメディアに入っていかなきやいけない。もっと閉ざされた、クローズド・メディアにね。で、彼はー生懸命、箱の中に入っちやう。それを聴取者がこじあける。そういった状況をつくれば、面白いんだろうなあ。 イレギュラーに宿命なし大滝さんの番組って、ゴールデン・タイムにドンとやるもんじやないと思うよ。 だから、彼がニッポン放送でスペシャル以外やらないっていうのは、意味があるわけ。レギュラーにしたら困るのは彼であって、絶対に僕らじゃない。レギュラーにしたら、スポンサーからの要求が出てくる。売れ行きが悪けりゃどうにかなっちゃうとか、良けりゃ良いでどうにかなる。そういったプレッシャーから解放されたところで、彼にものをつくらせてやらなきゃいけないと思うんだ。 それと、番組ってのは最初があったら必ず終わりがある。レギュラー番組は、そういう宿命を持ってろのね。だけど、イレギュラーものにはそんな宿命がない。ローリング・ストーンズみたいなものなんだ。ビートルズみたいにレギュラーで続けてると、解散する。ローリング・ストーンズは、解散して、たまに再結成するというね。ありゃ、もう70年代の初めに解散しちゃってる。というみたいなところがあるよね。 つまり、大滝さんの放送では、クリエーター・大滝詠一をいちばん大切にしなくちゃいけない。彼にね、無理きいてもらって頭さげてどうにかしてもらう番組つくっちゃ、絶対に駄目。彼はクリエーティブで悩むのはいいけど、その他のことで悩ましちゃ駄目なの。 パーソナリティー番組『スピーチ・バルーン』のようなトーク・ショーも、いいと思うよ。DJというのは、コメンテーターでありね、いわゆる文化評論家の大滝詠一というものがー方にあっていいんじゃないかな。 いわゆる60年代までのDJっていう格好のものは、もうないと思うのね。これからの大滝さんの番組は、パーソナリティー番組なの。これからは、DJの強烈なキャラクターを売っていく番組になっちゃうだろうね。さっきいったように偏執狂時代だから、DJといわれる人たちのキャラクターを売り込まなくちゃ駄目なんだ。きらいなものはやらないっていう時代が来るんじゃないかな。好きな人だけ聴いてくれればいいっていうのが、ナロー・キャスティングだと思うのね。 雑誌にしても、『宝島』とか『広告批評』とか、やっぱり好きなやつしか読んでない。でも、部数の割には影響力が大きいと。だからある意味で、50万部売れる雑誌はウソだってね。10万部とか7万部売れる雑誌がほしいんだよ。 よくいうんだけど、20%とる番組はこれはウソ。やっぱり、7、8%から10%までが本当の数字で、そこから先はウソだと……これも一方の真理なんだよね。僕も、個人的な気持ちとしては、そっちに組みしたい。だけど、商売としては、そうはいかない。やっぱり、10%よりは12%のほうがいい、12%よりは20%とれるほうがいい。これは、大滝さんだって、売りたくないとはいわないと思うんだ。 ただ、7、8%くらいの人たちがコアであって、その人たちが本当に満足できれば20%くらい行くんだという自身を持っていればいいんじゃないかな。 聴きたい者、寄っといで!『オレたちひょうきん族』ってのは、月に1ぺんはなかなか鋭い番組だよね。ひどく躁ウツ症的でさ、やっぱり、そこだと思うんだ。あれが続く限り、あの番組は大丈夫だって気がする。 だから、それと同じように、大滝さんの番組も躁ウツ症とはいわないけど、偏執狂・子供心番組だしね。 昔、子供の遊びであったじやない。「何とかしたい者、寄っといで」というやつ。あれなんだよ。俺の放送聴きたい者、寄っといで! 今の視聴率20%のテレビ番組というのは、みんなを寄せようとしてがんばってるわけ。みんなが見てくれなきや、こっちから行っちゃうよって感じなのね。そうじやなくて、指1本出して、俺のを聴きたい者は寄っといで――それが、大滝詠一の番組なわけ。 放送局という仕事が今は、たぶん、特殊な人がやる仕事じゃなくなっていると思うのね。ミニFM局なんか見ても、それこそ、そのへんの女の子がホニャッとやっちやってもいいわけで。パイドパイパー・ハウスのようなレコード店が放送局やっても構わないのね。ゴルフと違って、プロテスト受ける必要ないんだ。ニッポン放送だって、入社したら、みんな、きのうまでの素人が、きょうからプロなんだから。ミュージシャンもそういうところがあって、レコード出したらプロになっちゃうってところある。そう考えると、放送だって、だれでも放送局できるんだって思うわけ。 だから、若い子たちでも、きっと面白い子はほうぼうにちらばってると思うよ。 まあ、結局、彼と一緒に番組づくりをする人たちは、大滝詠一のマインドを理解してあげることがとっても大切なことなんだよね。きっと、そのことだけだと思うんだ。(談) (1984.6) |